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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第二章  北クルト 冷雨に降られる旅路
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最果ての村アヒレス2  街道を南下して

 祐司は街道に出た。街道と言っても一メートルほどの幅で山道と大差ない道である。交通量もその程度なのか、祐司が街道を南に向けて半日ほど歩いているが誰一人として出会う者はいなかった。


 街道を北に進めば”迷いの森”の北を回り込みながら東沿岸に達するという。ただし途中に集落はなく、無人の低山と丘陵の交錯した生き物とて少ない地域を四五日は歩くと、危険な野生生物の多い千メートル程度の山岳地帯に至り二三日の間、馬車では通行できない上り下りの多い道に苦しめられる。


 脇街道のさらに枝道というような道で何かしらの事情がなければ利用したくない道なのである。


 苦労してリファニアの南東部沿岸に至っても、その地域はヘロタイニア「ヨーロッパ」方面からの各種の侵入者が拠点を築いて、土着勢力と対立しているという不安定な地域である。

 

 この世界の新参者である祐司にとってはハードルが高くスヴェアからも当面は近づかないほうがよい地域だと教えられていた。


 南はリファニアの南東部内陸にあるクルト盆地に至る道である。日本の五倍強の面積のある島大陸といっていいほどの大きさのあるリファニア(グリーンランド)である。その中でクルト盆地は南東部の中で大きな部分を占めている。


 しかし、クルト盆地は西は急峻なキリオキス山脈、東は”岩の花園”を含む南東山脈に遮られた、交通の不便な内陸部の寒冷な地域でもあるため人口希薄な地域である。


 祐司が馬を引き連れて進んでいる南の方向には、いくつかの集落があり、ヘルトナという街に至る。そこから西のキリオキス山脈を超える道が出ている。キリオキス山脈を越えるとリファニア中央部の比較的温暖で平野と丘陵が交錯した地域に至る。


 ヘルトナからキリオキスを越えると人口も多く都市もそこかしこに見られ、政情も比較的安定しているという。この中央盆地をまず目指すようにスヴェアは祐司に指示していた。


 また、スヴェアがキリオキス山脈を越えろと言ったのは近年のクルト盆地を続けて襲う冷害に懸念を持っていたからである。


 キリオキスから春になると吹いてくる暖かい西風が年々遅れたり弱まっているために冷害は自然現象にしては腑に落ちないので、巫術師のしわざかもしれないので見てきて欲しいとスヴェアは言っていた。


 

 街道を南へ進む祐司は少しでも早く人里に着こうと、いくつかの焚き火跡の残る野営に適した場所を見送っていた。太陽が西に傾きだす頃から急に雲が出て来て風が強まってきた。


 急にみぞれ混じりの雨になり祐司はあわてた。ここまでが比較的順調に来たために油断したのだ。取りあえず、祐司は身近な大木の下に入るが横殴りの風雨では濡れることをしのぐこともできない。


 ビニールのカッパを着込んで取りあえず衣服が濡れてしまうことは防いだ。


 祐司は実際は行ったことはないが、知識として知っている悪天候でのビバークを行おうとしていたとき、馬がいなないて、繋いである木から離れたそうな様子を見せた。

 

 馬は何回か首を振ってどこかの方向を示しているように見えた。


祐司は馬に任せろというスヴェアの言葉を思い出した。祐司は馬の手綱を軽く握ったまま馬が自由に動けるようにしてやった。

 馬はゆっくりとやってきた街道を戻り始めた。五百メートルほど戻ると道の脇に入っていく。すると、小さな崖があり上手い具合に二三メートル下部が掘れていてひさしのようになっていた。風向も崖の反対方向から吹いているので取りあえずは風雨をしのげそうだった。

 

 祐司は馬を窪みに入れてやってから、自分の野営の準備を始めた。スヴェアは”迷いの森”の近くで交易をしているらしいがこの辺りまで来たこともあるのだろう。馬がそれを憶えていてくれたために祐司はひとまず人心地をつくことができた。


 崖下の窪みは自然にできたのではなく人の手が入っているようだった。リファニアの避難小屋みたいなものだと祐司は思った。明らかに人が集めたと思える薪になるような太い木の枝などが窪みの一方に積んであった。

 祐司は木が濡れてしまわないようにより窪みの奥に寄せると、その木を利用して焚き火を始めた。すでに周囲は薄暗く気温はかなり低下してきたので火がつくと祐司は手を温めた。


 ふと後ろを振り向くと窪みの壁に金属片で引っ掻いたような絵が描かれていた。祐司の世界の人間が見れば聖母像と思うかもしれないような女性の絵である。壁自体も少しだけだが光を発しているようだ。


 ”迷いの森”の飛び地のようものだろうか。或いは自然のものかはわからないが巫術のエネルギーの濃い場所だった。


 祐司は、スヴェアが千年巫女なんて勝手な名をつけられてとぼやいていたのと夏至の日には自分の部屋から外に出ないように命令されていたことを思い出した。


 夏至の日はスヴェアも儀式のために母屋で祈っているとのことだった。去年、リッポーが一声低く鳴くので何気なくドアの隙間から表を見るとスヴェアのような光を放った大きな白いオオカミが走り去るのを見た。

 祐司は賢明にもこのことはスヴェアには黙っていた。今、祐司は壁の絵を見て夏至の日はスヴェアはオオカミに変身してここまで来て何らかの儀式に参加しているのだと思った。


 少し身体が温まった祐司は馬に感謝するために、枯れ草や落ち葉を、明日の分も考えて二抱えほども集めてきてから自分の食事を始めた。その間にも天候は益々悪化して完全な吹雪になった。


 祐司はその夜、火を絶やさないように、携帯電話のアラームで一時間おきぐらいに目を覚ました。目を覚ますたびに荒れ狂う風の音でしばらくは寝られなかった。


 明るくなってきて祐司は驚いた。祐司がいる崖の下は風下になっていたので雪が目の前に吹き溜まって、一メートルほども積もっていた。幸いに窪みは周囲の地面より高い場所に作られていたので、窪みの中までは雪は入っていなかった。


 祐司が一晩寝たせいか壁の光はすっかり消滅していた。まあ、夏至までには回復するだろうと祐司は考えて気にしないことにした。


 周囲は完全に白い世界だった。”小さき花園”でも冬の間は降雪があるが、リファニアにきてから祐司は一晩でこれほどの降雪量を体験したことはなかった。夕べの間に馬に枯れ草を集めてきてよかったと祐司は思った。


 祐司は服装を冬装束に整え直して再び街道を南下した。しかし、街道はすっかり雪の下になり、時折、吹雪といった悪天候は続いていた。昨日までのように、一時間に数キロといったペースは望むべくもなく、祐司は街道から外れてしまわないように、風雪に逆らうように牛歩の歩みで進まざるを得なかった。


 昼頃から祐司は野営できそうな場所を見繕いながら前進した。どうしても見つからなければ元の出発した窪みまで戻ることも考えていた。


 祐司が新雪に足を取られながら歩いていると、かなり開けた場所に出て来た。街道の両側の数十メートルほどは木がなかった。それが、ずっと先まで続いていた。

 もともと木がなかったのではなく切り株が点在していた。切り株の近くからは若木が伸びているものもあったが祐司は人の営みを強く感じた。


 一キロほど進むといよいよ数軒の人家が見えてきた。ところが近づくにつれてそれが廃屋だということが、はっきりしてきた。

 スヴェアの母屋のように石を積み重ねた壁は残っているが、天井はどの家も雪の重みに耐えかねたのか家の内部に落ち込んでいた。



挿絵(By みてみん)




 祐司は比較的ましな状態の廃屋を見つけると潜り込んだ。昨日の経験に懲りたのだ。廃屋はどれも十畳ばかりの大きさで一間だけだった。床は土間になっておりスヴェアの母屋や祐司の部屋にあった木の床は敷かれていなかった。


 祐司は壁の一角に残った粗末な石積みの暖炉に屋根を支えていた木を燃料にして火をおこした。


 馬を別の廃屋に入れてやり、小一時間ほどもかけて、雪の下から一抱えほどの枯れ草を集めてきてやった。馬は静かに枯れ草をはんだ。


 鍋で沸かした白湯を祐司は飲みながらこれからの旅の行く末を思いやった。リファニアは現在のヨーロッパよりも気候的には恵まれているとスヴェアは言っていたがもう四月の声を聞くころに大雪である。


「この世を救って欲しいか。でも、今のオレは廃屋の中で凍えて何やってんだろうな」


 祐司は独り言を言う。


 その時、急に馬がいなないた。


 祐司が急いで表を見ると、一番遠い廃屋の前に熊がいた。祐司の毛が逆立った。いななく馬に熊は興味を示さずにまっすぐに祐司のいる廃屋の方へ近づいてきた。


 祐司はあわてて弓に矢をつがえる。しかし、祐司より少し大きそうな熊にはいかにも非力な弓矢である。刀のほうがダメージを与えられるだろうかと祐司は迷う。祐司はオオカミが飛びかかって来た時のことを思い出した。


 普通に立ち回れば刀で熊を傷つけられるだろう。しかし、あの時はスヴェアがいざという時は助けてくれるという気持ちがあった。また、オオカミなら一撃で倒せても熊は変に手負いにしてしまう恐れがあった。


 祐司が矢をつがえたまま躊躇していると、熊は突然、馬のいる廃屋の方へ歩みを変えた。

一層馬がけたたましくいなないた。熊は祐司が狭い戸口に置いた木の棒を外そうと前足で何度か強打した。大きな音がして棒が折れた。


 祐司は気がつくと表に飛び出していた。熊は立ち上がって祐司の方を見た。祐司より少し大きいどころか背は二メートル以上あった。祐司から見ると熊はひどくゆっくりとかがんだ。そして、後ずさりをはじめた。


 その様子に祐司は目の前の大熊の正体を確信した。


 熊は突然、馬のいる廃屋の方へかけだした。祐司は矢をつがえたまま追いかける。


 熊は馬のいる廃屋の前で立ち上がると威嚇するように口を開けて牙をむいた。祐司は矢を放った。偶然だが矢は熊が大きく開けた口にすいこまれた。


 そしてそれは地面に寝転がって喉に突き刺さった矢を抜こうと前足を口の周りで振り回した。祐司が見たものは体長が一メートルにも満たない動物だった。


 祐司は腰の刀を抜いた。


 祐司の刀は動物の首筋に吸い込まれていく。


 動かなくなった動物を見て、祐司はクズリではないかと思った。そんなに動物に詳しいわけではないが以前にテレビで見たことがあるクズリに似ていたからだ。小型の熊に似た肉食獣で大きさの割にはどう猛な動物であるという知識はあった。

 スヴェアが”言葉”でクズリの意味の単語を教えてくれていたことから、リファニアには比較的多い動物なのかもしれないと祐司は思った。


「やっぱり巫術か」


 祐司は熊と思える動物が突進を始めたあたりの足跡を見た。クズリがつけれないような大型の足跡だった。


 巫術で強化された動物は脅威であるが、巫術を無効にできる祐司の場合は反対に対処可能の動物である。本当の大熊に襲われる方が分が遙かに悪い。


 祐司は取りあえずクズリの死体を廃屋の軒先に吊して血抜きを行った。動物を食べるためにリファニアに来て得た知識である。雑食であるクズリがおいしいとは思えなかったが、毛皮として人里ではいくらかでも交換対象に使えるかと判断したからだ。



 馬を落ち着かせて、遅い昼食と早めの夕食を兼ねたような食事をすませた祐司は先ほどの出来事を整理してみた。


 スヴェアからの情報だけだが、動物に巫術をかけることの出来る能力を持った巫術師は数が限られている。しかし質で見ると中の上程度の巫術師なら可能だそうである。

 ただし、コウモリを龍にするなどというレベルは別の次元のことである。初歩はその動物の持つ性質を強化する程度であるらしい。


 猫を強化して山猫にしたりするのが初歩である。先ほどのようにグズリのどう猛な性質を持った熊並の大きさの動物にすることはかなり難しい技術だろう。


 もっと難しいのは動物を強化した状態を保持することである。スヴェアがハヤブサのギーミュが白頭鷲の術から解けてからはそのままの姿にとどめていたのは動物自身にも負荷がかかるからだと言う。

 ”迷いの森”や”岩の花園”の獣は例外中の例外で、巫術の効果が地域全体につねにかかっている状態のため繁殖までするが、並の巫術師では三四日程度で術は解けてしまうという。


 このことから近くにクズリに巫術を施した巫術師がいる。その術の目的は人間に危険な大熊を街道近くで徘徊させていたことから善良な目的とは思えない。

 特に、最初は馬を無視して微かな人間の気配を察して祐司を襲おうとしたのだ。ただ、巫術の程度は最上等とは思えない。


 理由は早い段階で自分に対する祐司の危険性から祐司への攻撃意欲を喪失していたことである。巫術が解けてしまうという結果は同じなのだが高級な巫術による獣ほど、巫術師の命令を遂行しようとするために祐司を攻撃するだろうとスヴェアから聞いていた。

 ”岩の花園”で躊躇無く祐司に襲いかかってきたモンスター達の行動からもそれは理解できた。


 祐司はこの巫術師とは近々出会うと予想した。


 翌日まで断続的に雪は降った。風も弱まることはなかった。



    北クルト風景

挿絵(By みてみん)



挿絵(By みてみん)



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