あやかしの一揆、逆巻く火の手15 伯爵館包囲戦 七 再びシデリア
包囲十三日目夕刻
その日は、祐司は昨晩のことがあるので、ダンダネールには夕刻に少しばかり顔を出すだけでいいと言われていた。
これは昨夜の出来事の後に、祐司は包囲陣にいる領主や有力郷士による祐司の殊勲を讃える訪問を受けた。そのために、祐司がダンダネールの屋敷に帰ったのが太陽がかなり昇っている時間だったので祐司は大いに助かった。
祐司とパーヴォットが、包囲陣に到着すると昨晩の戦場跡はきれいに片付けられており、兵士はゆったりした感じで祐司達を待っていた。
「ジャギール・ユウジ殿は軍師でもある上に、古今無双の使い手ですな」
バルガが祐司を尊敬するように言った。
「見ていて知っているでしょう。最後は追い詰められて卑怯な飛び道具を使ったんですよ」
「剣術の試合ではございません。死ぬか生きるかの実戦です。飛び道具が卑怯なら弓兵はどうなります。巫術師を使う領主は皆卑怯者ですか」
ダンダネールの軍師役であるファティウスが祐司を諭すように言った.
「そうは言いますが、わたしが勝てたのは皆さんがブルニンダ士爵を怒らして冷静な判断を奪ったからです。相手に罵詈雑言を言うようにと言ったわたしは卑怯者でございます」
祐司はますます恐縮した。それに対してファティウスは優しく祐司に言った。
「罵詈雑言も事実無根なら怒らないでしょう。ブルニンダ士爵は心当たりがあるから動揺したのでしょう。あなたは何も気に病むことはありません」
祐司はこの後、バルガから詳しく夕べの戦果を聞いた。
バルガによるとブルニンダ士爵が正門から陽動のために討って出たのと同時刻に北の包囲陣の背後の穴からから王都派の兵士が飛び出してきた。これを地元派兵士が面白いように討ち取った。そして、王都派は三十人ばかりの死体を築いた。また数人が捕虜として捕らえられた。
穴には火の着いた薪がどんどん放り込まれて、鍛冶屋などから借りてきた大型の鞴を幾つも使って空気を送り込んだ。
これで、王都派の増援を阻止した。もし穴の中に王都派の兵士がいたとすればかなりありがたくない思いをしただろう。最後には水の手を切るときに掘りだした土砂を穴に注ぎ込んで埋め戻した。
「穴から飛び出したウサギを狩るより容易かったらしいぞ」
バルガから話を聞いていると、毎日のようにサモタン城塞に詰めて伯爵と策を練っているのであろうダンダネールが包囲陣に帰着するなりバルガと祐司の間に割り込みながら言った。
「で、坑道の気配は気づけたのですか」
「ああ、手に取るように聞こえたようだ。穴が貫通する直前には中の話し声も聞き取れたらしい。伯爵はこのユウジ殿の工夫にいたく感心された。
デルベルト近衛司令亡き後、伯爵館の指揮を執っていただろうブルニンダ士爵を討ち取ったことと併せて、この件でもきっと褒美がでるから楽しみにしておられたい」
ダンダネールは次にバルガの方を見て言った。
「捕虜と死体を見てきたが、中の連中はかなり消耗しているようだ。ブルニンダ士爵の死体もあばらが浮き出ていた。
まあ、ブルニンダ士爵のことだから、部下には食わしても自分は我慢していたのかも知れんがな。また、しばらく退屈な日が続くが油断せずに頼む」
その時、伯爵館の方で、地面に大きな物が落ちたような音が複数聞こえてきた。
「”雷”が敵の”屋根”を突破して着弾しました。三発が命中した後、再び”屋根”に阻止されました」
近くにいた兵士が報告した。
「そろそろ敵の巫術師も空きっ腹からか力がでなくなってきたようだ」
バルガが立ち上がって伯爵館の方を見た。
祐司とパーヴォットはこの日、ダンダネールの屋敷に引き上げる途中で新しくバナミナに到着した農民兵の一団に出会った。
その中にビルボラ村の一団がいた。ビルボア村は祐司がバナミナに来る前の日に宿泊した王都派の郷士スピリディオンの知行地であり、祐司が村長の次女であるダニエラの夜伽を受け損ねた村でもある。
「マチュイさん、あなたも戦ですか」
祐司はビルボラ村の一団だとわかったのは、先頭に村長の息子でダニエラの兄であるマチュイがいたからである。
「これはユウジ様にパーヴォットさん。本当にお世話になりました。碌なお礼もできずに心苦しかったです」
マチュイが嬉しそうな顔で祐司達に近づいてきた。
「あなたの村でもひょっとして一揆を?」
「はい、さんざんに打ちのめしてやりました。村の近くにもスピリディオンの屋敷があるんですが、丁度、狩りをしにスピリディオンの弟一家という鼻持ちならない連中がいたんで狩りの途中で急襲してやりました。
狩りに来たのに狩られたんですからびっくりしたでしょう。反逆者の一族ですから皆殺しにしてやりました」
マチュイは領主であるスピリディオンに牙を向いたらしい。
「屋敷は残したとなると駄賃も手に入れましたね」
「まあね。でも、元々はオレらの稼ぎだから取り返しただけです」
マチュイはここで一息入れて、ちょっと決心したように言った。
「ここまでのことをしたんです。今更、気がついたら、スピリディオンに貴方の屋敷をいただき、弟一家を皆殺しにしてしまっていましたと言い訳はできませんからね」
「スピリディオンの弟の死に様は面白かったぞ。腹に槍を突き立てられているのに無礼者だとぬかしやがる。
それで、みんなで、何度も突いてやったらとうとう白い目を向いて倒れたんで、恨みのある連中を呼んだ。女や爺さん、婆さんまでやってきてえらい騒ぎだ。槍で突いたり、農具で殴らしたら、しまいには体が幾つにも裂けたんだ。でも、首は傷つけないようにして持ってきた」
マチュイの横にいた農民兵が、そう言いながら四角い木の箱を祐司に見せた。スピリディオンの弟の首が入っているらしい。
「いつもはオレらのことを見下して牛馬みたいにこき使って、わしらの家に寄ってはなにがしらの食べ物をかっさらって行く、家来連中が土下座して命乞いをするんだ。
もちろん、反逆者の家来など信用できない。そんでも命は取らずに全部捕縛してやった。伯爵様からお許しがでれば一生奉公にして売ってもいいんだ」
年かさの農民兵が嬉しそうに祐司に言った。
「でも、スピリディオンの妹に逃げられたからな。いけすかない女だったから、あいつを一生奉公に売れば溜飲が下がったがな。そうなればボウラの仇も取れてたのにな」
年かさの農民兵の隣にいた男が悔しそうに言った。
「ボウラさんというのは?」
祐司の問にマチュイが説明してくれた。
「スピリディオンの妹は、いけすかない性悪女だが顔は可愛いんだ。ボウラって野郎が惚れてしまってな。
それだけなら身分違いの女に惚れて相手は何も知らずってことで何のことはなかったんだが、どこで、聞きつけたのかスピリディオンの妹はおもしろ半分にボウラを屋敷に招き入れたんだ。そこで、スピリディオンに見つかったら、スピリディオンの妹は知らぬ存ぜぬ。変な男がわたしを襲いにきたと言ったんだ」
「それは酷いですね。どうなったんですかボウラって人は」
祐司は先をマチュイに聞いた。
「スピリディオンはボウラを水牢に閉じ込めたんだよ。腰まで水につかるような水牢だ。ボウラは自分はスピリディオンの妹に言われて屋敷に来ただけだと言ったが、スピリディオンは本当のことを言うまでは出さないと言ってボウラを水牢に入れた。そこで食べ物も与えられずに十日目でボウラは死んだよ」
「だから、スピリディオンの妹に、その落とし前をつけさせたかったんだ。まあ、弟を八つ裂きにしたのはその恨みもあるからだ」
また年かさの農民兵が言った。
「こいつらの言ったことは本当の事です。先程も言ったように、もう許してくださいは通じません。
是非、伯爵様に勝利をおさめてもらってスピリディオンには反逆者として死んでもらわなければなりません」
マチュイは何事かを宣言するような感じで言った。
「まあ、余程のことがない限りはそうなるでしょう」
祐司は笑いながら答えた。
「ところでボフミルさんは?」
祐司が聞いたボフミルは、ダニエラが祐司に夜伽に来た時に祐司を襲おうとして返り討ちにした男である。ボフミルはダニエラの許嫁で今は新郎になっているはずである。
「村の自警団の方にいます」
「じゃ、ダニエラさんも安心ですね」
祐司は愛想のつもりで言ったが、マチュイは眉をしかめながら返事をした。
「どうだか。結婚式が終わった後はしょっちゅう喧嘩してます。わたしが今朝、村を出立した時に、えらく腹をたてて実家へもどってきました」
祐司がマチュイが率いるビルボラ村の一行と別れてダンダネールの屋敷に引き上げる途中でバルガが声をかけてきた。
「ユウジ殿、言いにくいんだが」
「わかっています。この前の女遊びの件ですね」
祐司は色街に出かけてダンダネール直属の兵士の費用の大半を持った。しかし、その時にいっしょに行かなかった兵士がおり、祐司は気にはなっていたのだ。
「そうなんだ。他家の者や、ダンダネールの一族であるクルム家一門でもダンダネール様の直接の家臣でない者はいいが、この間、女遊びに行った時に、連れて行けなかった当家の連中がむくれているんだ。自分達だけ奢ってもらえなかったと」
「いいですよ。何人ですか」
祐司は、兵士達に奢ったことで、いずれは、このようなことになるのではと想像していたので気楽に応じた。
「四人だ」
バルガがすまなそうな声で言った。
「じゃ、今日はその人達と行きましょう。この前と同じ感じで奢りますよ。ただし、バルガさんは付いてきてくださいよ。わたしだけで行くと足元を見られますから」
「そうか。悪いな」
バルガはほっとしたように言った。ダンダネールの客分扱いの祐司に直接奢って欲しいと言うのは憚れるから、兵士達はバルガをせっついていたに違いなかった。
「それから、わたしはこの前の女の所に行きます。交渉をお願いします」
祐司は少し真剣な声で言った。この前、相手になってもらったシデリアという女に祐司は興味があり、また話してみたいと思っていたのだ。
「その目は何かわけありのようですね。詳しいことは聞かないでおきましょう。じゃ、例の料理屋で飲み食いしましょう。ただし、今日の飲み食いはわたしが出します」
祐司は気楽に言ったが、パーヴォットにどう話していいのもかまた迷った。パーヴォットのことだから、二つ返事で行けばいいというだろうがパーヴォットの発する光から嫌がっていることはわかっていた。
祐司は正直が一番と思い直した。
「パーヴォット、実は先日、飲み食いに行っただろう」
「はい、お土産ありがとうございました」
パーヴォットはすでに何かを察したように言葉が固かった。
「実は、先日行けなかった者達がいる。その者達にも振る舞いをしてやりたい。そして、先日、色街に行った時にデルベルトの家で働いていた者の子がいた。金に困っているようだ。確かにデルベルトは反逆者でわたしの命を狙ってきた。
そのデルベルトをパーヴォットの力も借りて返り討ちにした。デルベルトを死なせたことには何の後悔もない。しかし、そのことで身を売ることになった娘がいることには責任を感じている」
祐司の言うことをパーヴォットは聞きたくないようだった。
「ユウジ様はユウジ様の思うようにして下さい」
祐司はそれでもパーヴォットに本当の事を言っておきたかった。
「何故、今日、わたしがもう一度、色街に行こうとしているのかをパーヴォットに知っていて欲しい。その子は誰にも憤懣をぶつけることができない。
この前、少し話をした。だから、今日も話を聞いてやろうと思っている。しかし、三度目はない」
「ユウジ様は人がよすぎます。でも、そんなユウジ様でよかったと思っております」
パーヴォットはちょっと笑顔になって言った。そして、あらためた感じで言葉を続けた。
「ユウジ様が昨日のブルニンダ士爵との戦いで命を的に戦っているのだと、今更ながら気がつきました。どうぞ、毎日を心残りのないように過ごしてください」
パーヴォットは戦場に夫を送り出す妻のような口調で言った。
「おいおい、それではわたしが戦死する感じだな」
祐司は笑いながら返事をしたが、パーヴォットはますます真剣な様子で言った。
「ユウジ様、父キンガは戦場では何が起こっても不思議ではないと言っていました。古今無双のユウジ様でも同じだと思います。ですから、一層のご注意をお願いしたします」
「キンガ師匠の言葉なら間違いはないな。心に刻んでおく」
祐司も少し心を引き締めて答えた。
「ユウジ様。また、お土産をお願いします」
そう言ったパーヴォットは先程のように、少し微笑んだ。
「では、バルガさんと行ってくる。先に寝ていてくれ。これはお願いだ」
「わかりました」
パーヴォットはずっと微笑みながら言っていた。しかし、パーヴォットが発する光が揺れていることからその心中が祐司には手に取るようにわかった。
パーヴォットも心が揺れ動いていることの証である。この時ばかりは祐司は自分の能力を恨んだ。
それでも一度、バルガに話したことを反故にもできず、何より祐司はシデリアにもう一度は会いたかったのだ。
実はシデリアは祐司が日本でつき合っていた彼女となんとなく雰囲気が似ていた。もちろん容姿も年の違うのだが雰囲気や思考のパターンが似ているような気がしたのだ。
バルガが、バナミナの色街であるベーリージア横町には行かずに直接、この間の料理屋に祐司と四人の兵士を連れて行った。
「おれはこれから、女郎屋に行って交渉してくるから待っていろ」
そう言ったバルガは店には入らずにベーリージア横町の方へ歩み出そうとした。祐司が声をかけようとする直前にバルガは振り返って祐司に聞いた。
「ユウジ殿には、えーと?」
「シデリアさんです」
「シデリアだな。今、客を取っていても、その客に他の女をあてがってオレが連れ出してきてやる」
祐司達がこの前のように二階で飲み食いしていると、バルガが六人の女と現れた。その中にはシデリアもいた。
「ユウジ殿、こっちはこの前のようにして決めるから先に楽しんでいてくれ。部屋もこの前と同じだ」
バルガはシデリアの手を引っ張って祐司の所に連れてきた。シデリアは祐司の手を握ると黙って、この前の部屋に祐司を導いた。
「ユウジ様、また呼んでいただいてありがとうございます。ユウジ様、街は昨日の夜襲のことで持ちきりでございます。
あのブルニンダ士爵をジャギール・ユウジが討ち取ったとえらい評判でございます。タダで抱かれると言っている女が大勢おります」
シデリアはそう言うと祐司に抱きついて口づけをした。
「人を殺してちやほやされたくありません。また、そのような男になってはいけないと思っております」
口づけが終わると祐司はシデリアに言った。
「そのようにおっしゃられるジャギール・ユウジ様に、デルベルト様は討ち取られたのですね。致し方のないことだと今更のように感じます」
「ご商売の方は順調ですか」
「はい、今は女が足りないと言うことで、わたしのような者でも客がつきます」
「シデリアさん、あまり無理をすると体を壊して結局は辛いことになります。自分の体と相談してご商売をした方が賢いですよ」
祐司はシデリアの顔が少しやつれたように見えた。
「はい、ここのご主人からも同じ事を言われました。女郎奉公をしているのではないから気に入らない客は無理に相手をしなくていいとまで言ってくれます。でも、借金取りからの催促もあります。今はお客が多いので少しでも稼がないと」
「八刻半(午後九時)まで時間を取って有りますから、わたしのことは気にせずにゆっくりして下さい」
「そんな訳にもいきません。どうぞ」
シデリアは恥じらいもなく服を脱ぎながら言った。会わなかったのは僅かの間だが、祐司にはシデリアがなんとなく蓮っ葉な感じになったように見えた。
シデリアは祐司の横に仰向きに寝ながら祐司に、家族や今の暮らし向きのことを話した。
「ユウジ様、わたしは本当に賤しい女になっていくような感じがします。それが恐ろしゅうございます。そしてユウジ様にまた会いたいと思っていました。
お話もしたいと思っていました。それなのに、満足させて金を貰わないとという気持ちが勝ってしまうのです」
そう涙を流しながら言うシデリアは最初にあった日の、恥じらいで俯いているような女性に戻っていた。
「その気持ちがあればいいと思います。その気持ちがあればシデリアさんは、ずっとシデリアさんですよ」
「ありがとうございます。なんか、やけっぱちになっていました」
シデリアは、涙を拭くと急にきつい口調でしゃべりだした。
「あのエネネリという女がいなければと思います。ユウジ様がデルベルト様をお討ちになったのは正々堂々の戦いだったと聞いております。あのお強いデルベルト様を倒されたユウジ様は真の勇者でございます。
でも、あのいかさま巫術師のエネネリはどうしても許せないのです。あのいかさま巫術師さえいなければ今度のようなことはなかったに違いありません」
この言葉に何故か祐司の気持ちが冷めた。そして、祐司はそれでよかったように思えた。




