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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第六章 サトラル高原、麦畑をわたる風に吹かれて
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あやかしの一揆、逆巻く火の手14 伯爵館包囲戦 六 ウレリアノ隊長

「ジャギール・ユウジ、見事だ」


 守備隊のガスバ・ウレリアノ隊長とダンダネールが祐司に近づいてきた。


「見苦しい戦いをして申し訳ありません」


 祐司は二人に頭を下げた。


「ブルニンダ士爵ほどの使い手に見苦しい戦いなどない。戦いは一対一で正々堂々と戦われた。技量に優れ頭の働く方が勝つのだ。

 ブルニンダ士爵は頭で負けたのだ。反対にジャギール・ユウジは頭で勝ったと言うことだ。卑下する必要などない」


 ウレリアノ隊長は祐司をねぎらうように笑いながら言った。祐司は肩で息をしながら答えた。


「恐れ入ります。お願いがあります」


「なんなりと」


「疲れました。少し休みます」


 そう言うと祐司は地面にあぐらをかいて座り込んだ。


「よかろう」


 そう言ったウレリアノ隊長は、さらに、大きな声で笑いながら言った。


「ジャギール・ユウジ殿も流石に神話に出てくる英雄ではなく、我らと同じ人間であるとわかった」


 ウレリアノ隊長は引き連れていた守備隊兵士の方を見た。


「ブルニンダ士爵の首を刎ねろ」


 急にきつい声でウレリアノ隊長が配下の守備隊兵士に命令した。


「よし、ブルニンダ士爵の首を掲げろ」


 ブルニンダ士爵の首が長柄の先にぶら下げられた。


「ユウジ殿、もう立てるならいっしょについてきてもらいたい」


 ウレリアノ隊長が、優しげだが断れないような雰囲気で言った。祐司が立ち上がるとウレリアノ隊長は恐ろしげな事を言った。


「話の流れによっては雑兵を相手にしてもらうことになるかもしれない」


「まだ、戦うんですか」


 祐司の驚いた口調にウレリアノ隊長は頼み込むように言った。ただ、雰囲気は命令だった。


「話の流れ次第だ。これはわしからの頼みだ。金貨十枚で引き受けてくれないか。わたしはできれば、敵でも命は救ってやりたいのだ。正直に言おう。殺したくない者が敵の中にいるのだ」


「そこまで言うのなら考えますが、相手の技量は」


 祐司はウレリアノ隊長の雰囲気に抵抗することも出来ずに言った。祐司は条件闘争をすることにした。


「並の上。ちょっとできる程度だろう」


「わかりました。一つお願いがあります」


「なんだ」


 ウレリアノ隊長は優しく言うが目は祐司を睨んでいた。


「わたしがその者と戦って危なかったら、その者を大勢で止めてください。もしくは射殺してください」


 祐司は精神力を総動員してウレリアノ隊長に言った。ウレリアノ隊長は少し間を置いて言った。


「わかった。約束する。一緒についてきてくれ」


 ウレリアノ隊長の発する光が安定していることから祐司は約束は守られると確信した。



 ウレリアノ隊長に連れていかれたのは伯爵館正門前の包囲陣とバナミナ市街地の間にあるちょっとした広場になっている場所だった。


 包囲陣を突破した三十人ばかりの兵士が、十重二十重の包囲の中で小さいながらも円陣を組んでいた。誰もが目ばかりが目立つ汚れた顔をした兵士だった。


 円陣の真ん中では、赤色の狼が描かれた隊旗が掲げられたいた。


「降伏しろ。平民のジャギール・ユウジ殿にお前達の主は討ち取られた」


 円陣に近づいたウレリアノ隊長が呼びかけた。


「嘘だ」


 円陣の中から悲壮な声がした。ウレリアノ隊長が手で合図をした。ブルニンダ士爵の首が円陣の兵士によく見えるようにかかげられた。


「これを見ろ」


「士爵様」


 円陣の兵士から呻くような声が聞こえた。


「ブルニンダ士爵は、ダンダネール準男爵の客分である一願巡礼ジャギール・ユウジ殿に討ち取られた」


 ウレリアノ隊長の言葉に円陣の指揮官らしい兵が怒鳴り返した。


「嘘だ。平民が士爵様に叶うわけがない」


「ジャギール・ユウジ殿は、知ってのように、カタビ風のマリッサを討ち取り、今度の反乱でも、逆徒である近衛隊司令デルベルト、剣術師範リストハルト、巫術師カスパルおよびドルファスをいずれも一撃で倒した剣の達人だ」


 ウレリアノ隊長の言葉で円陣の兵士達が明らかに動揺し始めた。今、あげられた人物は討ち取られことは知っていても、伯爵館では誰が討ち取ったかを正確に確認できていなかった。

 討ち取ったのはジャギール・ユウジという男という情報はあったが、まさか、一人でそれらの人間を討ち取れるとは想像できなかったのだ。


「ブルニンダ士爵は、そのような達人に勇壮果敢に戦いをいどんだが、ジャギール・ユウジ殿にはかすり傷一つ負わすことはできなかった。しかし、ブルニンダ士爵は古今無双の達人に戦いを挑んだ勇者である」


 ガスバ・ウレリアノ隊長の物言いは、ブルニンダ士爵を祐司の下に置く上から目線だった。


「嘘だ。嘘だ。みんな騙されるな。ブルニンダ士爵様は数十人相手に奮戦したのだ。多くの敵兵を討ち取ったのだ。あいつらは、おれ達を恐れて嘘を言っているのだ」


 円陣の指揮官はせめて自分が許容できるブルニンダ士爵の最後を自分に言い聞かせるように言った。


「ブルニンダ士爵は誰も討ち取ってはいない。毛筋ほどの傷を敵に負わすことなく死んだのだ。

 犬死にだ。ここでお前達も犬死にするか。嘘だと思うのなら誰かジャギール・ユウジ殿と手合わせをしてみろ」


 祐司はウレリアノ隊長の言葉に、自分がまた戦わなければいけない状況に追い詰められたことを悟った。 


「オレがブルニンダ士爵様の仇を取ってやる」


 円陣の指揮官は一歩円陣から進み出た。


「ほほう、ジャギール・ユウジ殿がブルニンダ士爵を討ち取ったことは認めるのだな」


 ウレリアノ隊長は挑発するように言った。


「卑怯な手を使ったんだ。よってたかってブルニンダ士爵様の邪魔をしたのだ」


「よし、ジャギール・ユウジ殿と手合わせをしろ。ジャギール・ユウジ殿の力がわかったのなら降伏するのだ」


 ウレリアノ隊長の言葉に祐司はしかたなしに短槍を構えて敵兵の円陣に近づいた。


「どうした。口だけか」


 祐司はやけくそで言った。その祐司にウレリアノ隊長は低い声をかけた。


「殺さないで捕らえてくれ。ただし、ジャギール・ユウジ殿が危なかったらその限りではない」


 円陣の指揮官が二間(四メートル弱)ほどの槍を真上に構えて円陣から出て来た。祐司は兵士の持っている槍を見てほっとした。

 ご丁寧に柄まで巫術で強化してある槍だった。槍全体から巫術のエネルギーが発する光が見えていた。


 先程、戦ったブルニンダ士爵は、鍛造した巫術のエネルギーのない剣を持っていた。祐司にはこの方が脅威である。武器が互角になるからだ。


「さあ、こい。それともこっちから行こうか」


 祐司は兵士が槍を少し倒して前に向けたのを見てヘルメットを取り地面に置いた。頭部は無防備になった。


 それを見て兵士は再び槍を垂直に近い状態に立てた。


「食らえ」


 兵士は祐司に近づくと、頭上に構えた槍を祐司目がけて振り下ろしてきた。槍の突きは点攻撃である。敵に致命傷を与える。

 それに、対して振り下ろしは線攻撃である。相手は防御も難しい。今の祐司のように頭部が防御されていないと大きな打撃を与えられる。


 祐司は振り下ろされてくる槍の軌道を見極めると、短槍の刃で柄の部分を薙ぎ払った。


 槍は穂先から数十センチ下で切断されて、穂先はあらぬ方向へ飛んでいった。先が切断された槍は勢いが止まらずに地面をしたたかに打ち据えた。


 祐司はその槍の柄に飛び乗るようにして両足で踏んだ。衝撃で兵士は槍を手放した。


 素早く祐司は兵士との距離を詰めながら、短槍を百八十度回転させて短槍の石突きを兵士の額に撃ち込んだ。


 短槍の石突きは短槍を杖代わりにすることを考慮して円筒状の金属で覆ってあり先端は鈍角だが円錐状に尖っていた。


 兵士の額が割れて血が飛び散った。兵士は両手で顔を覆った。


 祐司は今度は短槍の石突きで敵兵の鳩尾に突いた。敵兵は夜襲のためか多少でも身軽に動ける鎖帷子を着ていたので鳩尾にまで打撃が伝わった。


 前屈みになって敵兵は体勢が崩れかけた。そこを祐司は右足で敵兵の左足をはらった。


 敵兵は俯せた姿勢で倒れた。


 ちょっと無理矢理な攻撃だったが、相手が百六十センチもないような小柄な体格だったので、百八十センチ近い祐司が力任せに押し通した。


 祐司は右足で敵兵の背中を押さえつけて、短槍の穂先を敵兵の首筋に当てた。


「捕縛して下さい」


 祐司の声に数名の守備隊兵士が駆け寄って、倒れている敵兵を後ろ手に縛りあげた。 


「ヴァベマ隊の諸君、見ての通りだ。ブルニンダ士爵は討ち取られ、副官のマーヌ・イェルケゼは捕縛された。これ以上の抵抗は無駄だ。武器を捨てろ」


 ウレリアノ隊長が敵兵の円陣に近づいて、何故か諭すように言った。


 敵兵は次々と武器を捨てて捕縛された。



 祐司がパーヴォットと包囲陣にもどって来るとダンダネールが笑顔で迎えた。


「ユウジ殿、見事だった。ブルニンダ士爵が討ち取られてとなると王都派の志気は一気に下がるだろう。指揮系統も混乱する。

 多分、デルベルトがいない中でブルニンダ士爵は王都派の指揮中枢を担っていたに違いない。なにしろ、ブルニンダ士爵はどのような苦境になっても何とかしてくれそうな雰囲気を持っていたからな」


「指揮官自ら出陣ですか」


 祐司が意外そうに言った。


「人材がいない。今晩のような大胆な夜襲の指揮を執り、可能性は低いが目的を達成させられそうな者はブルニンダ士爵しかいない」 


 ダンダネールは静まりかえった伯爵館の方を見ながら言った。


「何故、ウレリアノ隊長は敵の最精鋭部隊を助けようとしたのでしょう」


 パーヴォットがダンダネールに聞いた。味方の退却を援護するために、ブルニンダ士爵の直轄部隊は逃げ遅れて円陣を組んでいた。

 ウレリアノ隊長は、他の部隊は容赦無しに壊滅させたのに、明らかにブルニンダ士爵の部隊は他部隊とは異なる扱いをしていたからだ。


「ユウジ殿が捕縛したブルニンダ士爵の部隊の副官のマーヌ・イェルケゼンは、マーヌ・イェルケゼン・ハル・ウレリアノ・ボンディオ・ディ・マールと言う。ウレリアノ隊長の次男だ」


「え、親子で戦っていたのですか」


 ダンダネールの説明にパーヴォットは素っ頓狂な声を出した。


「ダンダネール様、正門から打って出たブルニンダ士爵という貴公子は、どのような方なのでしょうか」


 祐司がウレリアノ隊長の次男のことは些末なことのように思えて、ダンダネールに本筋から聞くことにした。


「口さがない連中は元伯爵妃の愛人だと言っている。それほどにまで個人的に重用されておった。伯爵妃と同年配だから貴公子にしては歳は食っているがな 。

 この手のことは話に尾ひれがつきやすいが、真の武人だった。名をヴァベマ・ベルトランといってな元伯爵妃ランディーヌの乳母めのと姉弟だ。

 

 ブルニンダ士爵は元伯爵妃の権勢で近衛隊の重職を務めていた。その近衛隊の中で地縁や血縁を排除して精鋭部隊を鍛え上げた。

 伯爵妃は、その部隊を元に伯爵妃警護のための隊を別に創設した。正式な名称は伯爵妃警護隊と面白くもなんともない名だが、ブルニンダ士爵の卑称を取ってヴァベマ隊と呼ばれている」


 ヴァベマとは餓狼きろうという意味である。そこまで言うと、ダンダネールは忌々しげに言った。


「伯爵館の中でヴァベマ隊だけは反逆者ではない」


「どうしてですか」


 祐司は反射的に聞いた。


「ヴァベマ隊は伯爵妃個人に忠誠を誓っている。伯爵とは関係のない部隊だからだ。費用も伯爵妃個人が負担していた」


「そのような部隊が許されていたのですか」


 祐司は今更ながらにバルバストル伯爵の権威のなさと、バルバストル伯爵妃の横暴を感じた。


「その存在がバルバストル伯爵領のいびつな姿を表している」


 ダンダネールは自嘲気味に言うと、笑みを漏らした。


「まさかと思ってはいたが、ヴァベマ隊を夜襲に投入してくるとは余程、今夜の夜襲に望みをかけていたのだろう。

 まあ、これで敵の最精鋭部隊も消えた。最終段階ではやっかいな存在になると警戒していたのだ。ブルニンダ士爵が率いて全滅覚悟であれば、サモタン城塞から出た伯爵を討ち取ることも可能な部隊だったからな」


 パーヴォットが素朴な質問をした。


「そのヴァベマ隊に何故ウレリアノ隊長の次男がいたのですか」


「ウレリアノ隊長は自分の子は戦いに関係のない人生を送らせたかったらしい。それで、ウレリアノ隊長の長子は神官職になった。ところが、次男は頑として武人になると言い張った。

 とうとう、大喧嘩の末に次男のイェルケゼンは家を飛び出して、憧れていた武人として名高いブルニンダ士爵の元に走ったのだ」


「いろいろあるんですね」


 パーヴォットはため息をつきながら言った。


「ヴァベマ隊は純粋な捕虜だ。自分で費用を捻出して自分を買い取るか、誰かに身代金を出してもらって解放されない場合は誰かに買い取られて一生奉公の身になる」


 ダンダネールはちょっと面白そうに言った。


「イェルケゼンを買い取るのはウレリアノ隊長ですね」


 パーヴォットも白い歯をこぼしながら言った。


「ああ、他の者は買わない。一生奉公だからイェルケゼンはウレリアノ隊長の言うことを聞かざるえない」


 ダンダネールも薄笑いを浮かべながら言った。


 このあたりは、日本の感覚とリファニアの感覚が大いに異なる。リファニアでも親権は強いが、子が親に勘当されれば子は親の言うことを聞かなくてよい。


 親に勘当されると、親は神殿に申し出て信者証明にそのことが記載するように頼む。神殿が故ありと認めれば勘当された者として信者証明に記載される。

 親に勘当された不所行をした者として社会生活では大きな不利益になる。反対に、それを忍べば子は親の言うことを聞かなくてよいことになる。

 

 一生奉公の場合は奉公する相手に従うしかない。信者証明にも記載されるので、奉公の期間中は奉公主の財産と見なされる。

 逃げ出しても、まっとうな社会に居場所はない。裏社会に潜り込んでもいつかは売られる。逃亡した奉公人を捕まえる賞金稼ぎもいる。そのために、どこか人のいない場所で一人で暮らすしかない。


 ウレリアノ隊長は自分の子を買い、自分の身辺に置くことでその子の安全を図るつもりだった。


 祐司は少しふらつく足でダンダネールとともに包囲陣にもどった。パーヴォットはいやに元気だった。


「ユウジ様のお働きは今日一番の戦働いくさはたらきでございますね」


 パーヴォットの声に祐司は何も答えなかった。


「今日は真の武人同士の戦いを見せてもらった」


 木箱に腰掛けたファティウスが手を叩きながら言った。


「いいえ、無様なことで申し訳ありません。武人の戦いに放漫にも参加したわたしが愚かだと思います」


 祐司は心底疲れていた。ブルニンダ士爵やイェルケゼンは、自分よりも何十倍も強い思いと決意の中で戦ってきたに違いなかった。

 その前にピエロのように踊り出て、彼らの命、自由を奪ってしまった自分がひどく軽い人間のように思えた。


「ブルニンダ士爵のヴァベマ隊は、十重二十重に包囲されていたとはいえ、それを始末するとなると味方にも大勢の死傷者が出ただろ。

 そして、ブルニンダ士爵はヴァベマ隊の全ての兵士とともに死んだだろう。それをユウジ殿はブルニンダ士爵だけの犠牲で、他の者の命を救った。わしはユウジ殿こそ真の勇者だと思うぞ」


 ファティウスは真顔で言った。



挿絵(By みてみん)



挿絵(By みてみん)


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