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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第六章 サトラル高原、麦畑をわたる風に吹かれて
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あやかしの一揆、逆巻く火の手13 伯爵館包囲戦 五 ブルニンダ士爵

包囲十二日目


「ダンダネール様、今日はこの二三日、あまり出ていなかった炊事の煙が多いように思えます。腹を満たして体力をつけようとしているのではありませんか」


 昼に包囲陣の配置についた祐司は、なんとなく違和感を感じているうちに煙のことに気が付いて、包囲陣の見回りにやってきたダンダネールに進言した。


「なぜ、体力をつける」


 ダンダネールは祐司を試すかのように言った。


「夜襲があるのでは?」


「ユウジ殿も気づいておったか。そういった意見具申が幾つもある。そう思わせる手かもしれないが、ユウジ殿、夜襲を行うとしたらどこから出撃する」


 ダンダネールは祐司の目を見ながら真剣な表情で聞いた。


「まず、夜襲を行う目的を考えると、女子供を抱えていますから包囲網を一気に突破するのではなく食糧調達が目的ではないでしょうか。

 陽動で門から出撃して、こちらが対応に手一杯の間に密かに食糧徴発隊を出します。あえて大店の倉庫を狙わなくとも、ここは街中ですから、どこの民家に押し入っても少しばかりは備置食糧があるでしょう」


 少し考えてから祐司はダンダネールに言った。


「ファティウス殿、貴方が言ったことと同様のことをユウジ殿も言っています」


 そして、ダンダネールはすぐ横にいるファティウスに言った。


「罠かもしれないということはあろうが、警戒を厳重にして損はないだろう」


 そう答えたファティウスは、今度は祐司に聞いた。


「ところで、ユウジ殿はどこから夜襲を仕掛けてくると思う」


「抜け穴なんかないのですか。ないとしたら掘っているのかも知れません」


「抜け穴があるという話は昔からないな。いくらお飾りだったとはいえバルバストル伯爵殿下が知らないということはないだろう。念のためにバルバストル殿下に今一度確かめてみよう」


いしにえの知恵に、底の抜けた大きな壺を地中に半分埋めてから、壺の口に皮を張って、そこに耳をつけ、それで、地中の音を聞いたということを書物で読んだことがあります。底の抜けた壺がなければ樽でもいいと思います」


 祐司は中国の兵法か何かで、そのようにして坑道戦に対処した話を思い出した。


「面白そうだな。手間はかからんからやらしてみてはどうだ。ユウジ殿が考えた案山子の兵隊も効果を出している。ユウジ殿は中々の知恵者だぞ」


 祐司の話に興味を持ったのかファティウスがダンダネールに言った。


「いいでしょう。それも伯爵殿下に進言してみましょう」


 ダンダネールもまんざらでもない様子で答えた。


「ひょっとして穴を掘っていることに気がつかれているのでは」


 あまりに話が弾むので祐司はちょっとカマをかけてみた。


「まあな」


 少し唇を歪めながら言ったダンダネールの様子で祐司は伯爵館の王都派が抜け穴を掘っているのは確実だと思った。

 ひょっとして、この間、脱出してきた間者と思われる男女がその情報をもたらしたのではないかと祐司は考えた。


 そこで、祐司は気が付いたことを更にダンダネールに進言してみた。


「もし夜襲をかけさせたいのなら案山子の兵隊は一時目に付かない場所に移動さておけばいいと思います」


「うむ、それは実行させている。かわりに生身の兵士に待ち構えさせる」


 そのダンダネールの言葉に、祐司は戦いの駆け引きについては流石にダンダネールは身分柄よく読んでいると感じた。



 ダンダネール隊の交代の一刻前になって、今夜は総員で警戒するので、包囲陣の中で仮眠を取って置くようにと言う指示と夕食が包囲陣にやってきた。


 その後、シフトで警戒に当たっている者以外は仮眠を取るようにとの命令が出た。



「ユウジ様、起きてください。招集がかかりました。裏門の近くから敵兵が地下を通って出てくる気配がしたそうです」


 地面に毛布と、とっておきの狼の毛皮を敷いて寝ていた祐司をパーヴォットが揺すった。そして、あくびをして上半身を起き上がらせた祐司にパーヴォットが呆れたように言った。


「でも、よく寝られますね。わたしなど一睡もできませんでした」


「自分でも不思議だが修羅場をくぐったおかげかな」


 祐司はすぐさま、傍らの短槍を持つと起き上がった。


 その夜、伯爵館の正門前では弓兵が百人ほど隠れて待機した。そして、もう一ヶ所、土中から音が聞こえてきた館の北の一画に伏兵がおかれた。


 夜といっても、リファニアの晩夏であるので真夜中に少しばかり夜の帳が訪れるだけである。


 伯爵館の中の者が思っているのとは違い、この夜は用心していつもの二倍の数の兵士が包囲陣地で見つからないように待ち構えていた。


「パーヴォットは、この辺りから離れるな。味方が崩れそうになったらすぐにダンダネール様の屋敷に戻るんだ。いいか、崩れる前にだぞ」


「ユウジ様は」


「オレは自分一人なら血路を開いて戻る」


「わかりました。ユウジ様の足手まといにならないようにします」



 それから四半刻もしないうちに、突然、伯爵館の正門が開いて兵が押し出してきた。待機していた巫術師達は”照明術”で辺りを昼間のように明るくすると弓兵が矢を全速で連射した。

 二百人ほど押し出してきた兵は矢の猛射撃に堪らずに矢を防ぐために盾をかざして立ち止まった。


 その中から剛の者なのか数名が飛び出してくる。それに、引きずられるように一旦立ち止まった兵士も矢を防ぎ、そして体に浴びながらも小走り程度の速さで前進してきた。


 やがて、数名の兵士が、逆茂木を突破して包囲陣の端に辿り着いた。そして、背丈ほどの柵をよじ登ってきた。

 一人の兵士が柵に取りかかると、数名の味方兵士が槍をいっせいに繰り出した。数本の槍が敵兵を貫く。祐司も短槍を振るって敵兵の一人の腹を貫いた。


 たまらず、敵兵は柵の向こう側に転がり落ちる。


「死兵だ」


 祐司は攻め寄せてきた兵士はやけくそになっていると感じた。しかし、その絶望的な攻撃は数分で終わった。


 ほとんどの敵兵は包囲陣の一角に取り付くことさえ出来ずに四十人ばかりの死体を残して門の中に押し返された。


 敵兵が目の前の包囲陣を突破しようと左右に構わなかったことに乗じて、左右の包囲陣から味方が敵の退路を遮断するように押し出した。


「ウレリアノさん、やるな」


 祐司は口に出して包囲陣の指揮官を誉めた。この夜、総指揮官のマーヌ・リストフェル士爵はバナミナ城塞で予備隊を待機させて不意の事態に備えて自ら指揮を執っていた。


 今夜の包囲陣の指揮官は守備隊のガスバ・ウレリアノ隊長である。


 味方は押し出してきた敵三十人ばかりを包囲していた。


「どうして、手をださないのですか」


 戦いで血がのぼり興奮した祐司が勢い込んで聞いた。


「まずい奴がいる」


 バルガは、そう言って口を一文字に結んだ。


「誰ですか」


「ヴァルナ・レンガリア。ブルニンダ士爵だ。精鋭部隊のヴァベマ隊を率いている。ブルニンダ士爵は元伯爵妃の乳兄弟で王都派きっての使い手だ。

 まあこの人数だ。負けることはないが、勝ちが見えている戦で怪我はしたくない。まして、命を的に戦いたくもない」


 バルガがブルニンダ士爵のことをレンガリアといったがこれは本名ではない。


 レンガリアとはリファニアの”言葉”では”母親につきまとう子供”それから転じて”甘えん坊の男の子”という意味で成人男性に用いた場合は、女に甘えたがる女々(めめ)しい男という意味になり男尊女卑のリファニアでは侮蔑語である。


「必死に戦う気力に欠けている。それが味方の弱点ですね」

 

 祐司はしたり顔で言った。この時点ではまだ祐司にとってブルニンダ士爵は他人事だった。


 包囲された兵士の一団から一人の大男が進み出た。それがブルニンダ士爵だった。


「ジャギール・ユウジはいるか」


 ブルニンダ士爵が何度が怒鳴った。祐司は拙いことになったと思った。


「ジャギール・ユウジはここにいます。わたしは平民で余所者だ。あなたが誘っても戦う義務はない。どうしても戦いたいならここに来ればいい」


 祐司の最後の言葉は余計だった。


 ブルニンダ士爵は剣を右手に、左手に小型の盾を持って猛然と祐司の方へ突進を始めた。祐司とレンガリアの間には数十名の味方がいる筈だった。

 ところが、その味方はブルニンダ士爵が突進してくると、勢いに押されて道を開けるように左右に引いた。


「嘘だろう」


 祐司はあっけに取られて呟いた。ブルニンダ士爵に続こうとした敵兵には、味方の兵士が押し包むようにして押し返した。

 ただ、誰もブルニンダ士爵などいないかのように、ブルニンダ士爵の相手をしたり進路を塞ごうとする者はいなかった。


「ユウジ様、逃げて」


 後ろからパーヴォットの声がする。祐司も逃げたかった。でも、味方の目が自分に集まっていることも感じていた。


「なんとかなる」


 祐司は取りあえず一太刀交わすことにした。相手が手に負えなければそれから逃げようと決めた。


 そう思った時には相手は目の前だった。全身隙のないプレートアーマーを着込んでなんであんな速度で走れるのだろうと祐司は思った。ただ、ヘルメットはフルヘルメットではなく、顔を露出させたオープンヘルメットだった。


 夜襲と言うことで視界の確保を優先したのだろうと祐司は思った。


「ジャギール・ユウジ。わたしはブルニンダ士爵、ヴァベマ・ベルトラン・ハル・バラート・ベルハルト・ディ・タチニア。

 伯爵妃ランディーヌ様との約束で元伯爵を討ち取れぬ場合は、お前を討ち取って首をランディーヌ様に見せる。覚悟せよ」


 祐司を目指して走ってきたブルニンダ士爵は立ち止まって名乗った。


 ブルニンダ士爵は四十歳ほどだろうが、いわゆる美丈夫だった。背丈も祐司より少し低いだけでリファニアでは大男の部類である。


 祐司が何よりも拙いと感じたのは、ブルニンダ士爵の発する光である。少しの動揺もなく安定していた。生死を超越して肝が据わった状態である。


 ブルニンダ士爵は無言で祐司に斬りかかってきた。祐司はあわてて短槍をブルニンダ士爵がやってくる進路に向けた。

 

 その短槍の穂先をブルニンダ士爵は剣で薙ぎ払った。もし、ブルニンダ士爵の剣が巫術で強化されていれば剣は折れるか損傷した筈だ。


 祐司の短槍は弾き飛ばされそうになった。ブルニンダ士爵の剣は巫術で強化されていない本物の剣だった。


 祐司はとっさに右に避けた。


 祐司が体勢を立て直したかけた時に、次の剣の攻撃が向かってきた。かろうじて短槍の穂先でかわす。


 祐司は逃げた。逃げた先には、ブルニンダ士爵の剣が待っていた。二撃、三撃と祐司は

ブルニンダ士爵をなんとか凌ぎながら逃げ回った。


 気がつくと今日の夕食を運んできた荷馬車を真ん中にして、祐司とブルニンダ士爵が睨み合っていた。

 さすがに、完全武装で走り込んできて祐司に先駆けて全力で動いたブルニンダ士爵は荒い息をしていた。


 「ガーク並みだ」と祐司は感じた。剣術も祐司と同じ攻撃と防御のバランスに優れた東方剣術である。

 おまけにブルニンダ士爵は縦横とも数十センチほどの大きさがある小型の盾を持っており、その取り回しにも長けていた。


 横目で辺りを見ると味方の兵士が周囲を遠巻きにするように取り巻いていた。リファニアは尚武の気質の強い土地柄である。一対一の戦いに手出しをしないという雰囲気がある。余程のことがなければ味方の加勢はないことは祐司はすぐに理解した。


 ただし、ブルニンダ士爵とまともに勝負しては、分が悪いことはすぐにわかっていた。ましてや、相手はプレートアーマーと盾で完全に防御されている。

 祐司も甲冑は着込んでいるが胸と腹にこざねを仕込んだ鎖帷子とヘルメットと並みの籠手だけである。


 もし祐司が素早く動けるというリファニアでのアドバンテージがなければ瞬殺されていただろう。


「ブルニンダ士爵は肝が据わっている。あいつを怒らせてくれ。よろしく頼む」


 ブルニンダ士爵の息が収まってきた。祐司は思いきって味方の加勢を頼んだ。


「まかせろ。手は出せないが口は出すぞ」


 後ろから聞こえてきたのは、ファティウスの声だった。


「イノシシ武者。お前の家来を放り出して自分だけ手柄か。お前が見捨てた部下は、今頃、なで切りにされているぞ」


 ブルニンダ士爵の光が大きく揺らめいた。本来は有能な部下を大切にする指揮官に違いなかった。


「ランディーヌの雄犬」「不能」「四十男が童貞だ」「種なし」「ケツ貸せや」「ランディーヌの垂れたおっぱいなめてろ」「あたいのケツの穴なめな」「ランディーヌが赤ん坊のころからクソしたケツなめるのが仕事だってな」「ランディーヌの腐れマ●●にレンガリアの腐れちんぽ」


 ありとあらゆる性的な罵倒が飛び交った。祐司がショックを受けたのはその声の中にパーヴォットの声がしたことだ。

 どうも、ブルニンダ士爵は元伯爵妃ランディーヌのことと、性的なことで嘲笑される理由がありそうだった。


 ブルニンダ士爵の光が小さいながら揺らぎだした。必死に嘲笑に耐えているかのようだった。


「おい、偽ランディーヌの間男。褒美はセレスティナの●ン●か」


 罵倒の中で、ファティウスの声がした。他の罵倒に埋もれるような感じだったが祐司ははっきりと聞き取った。「セレスティナって誰だ」祐司がそう思っていると、急にブルニンダ士爵の光は千々に乱れた。


 ブルニンダ士爵は完全に冷静さを失った。


 ブルニンダ士爵は辺りを見回して彼を動揺させたファティウスを探しているようだった。祐司は足元の石をブルニンダ士爵に投げつけた。


 石はブルニンダ士爵の顔にあたった。


「セレスティナの●●コが欲しけりゃオレを討ち取れよ」


 祐司は、ブルニンダ士爵にかろうじて届くほどの小声で言うとブルニンダ士爵から逃げ出した。


 セレスティナはどのような人物か祐司には想像もつかなかったが、ブルニンダ士爵がセレスティナという名に激しく反応するのはわかったので祐司は目一杯利用することにした。


 冷静さを失ったブルニンダ士爵の動きは先程の祐司の動きをよんだものではなく、単に祐司を追い回している感じだった。祐司は楽にブルニンダ士爵の剣先から身を逃すことが出来た。


 ブルニンダ士爵の動きが止まった。先程、止まった時より息遣いは荒かった。プレートアーマーの重さと籠城による空腹から体力が落ちているようだった。


 祐司は足元に落ちていた石を急いで拾い上げると、ブルニンダ士爵の顔に投げつけた。祐司にとっては信じられないことが起こった。

 ブルニンダ士爵は盾で、祐司の投げた石を弾き返したのだ。元の地球では雑作のないことである。

 投擲する物体が最初はゆっくり飛ぶというリファニアで、当初から全速で飛んでくる石を弾き返すブルニンダ士爵は驚異的な運動神経を持っているようだった。


 二人が立ち止まったので再びブルニンダ士爵に味方の兵士が罵詈雑言を投げつけた。


 ブルニンダ士爵は、もうその罵詈雑言にはあまり反応していなかった。それどころか、次第に発する光が落ち着きだした。

 祐司はブルニンダ士爵の剣の技術も恐ろしいが、精神面でもブルニンダ士爵は驚異的な強靱さを持っているのだと感じた。


「おい、もうお遊びはおしまいか。つまらない奴だ。真剣にかかってこないとオレは自分の槍で突いてから、この短槍でランディーヌとセレスティナの腐れ●●コを突く。

 ランディーヌとセレスティナはオレの白いものと自分の赤い血を出しながら悶え死ぬんだ」


 祐司は先程と同じように後半を、ブルニンダ士爵にだけかろうじて届くほどの小声で言った。

 現代日本ならありふれたエロ小説の文句だが、近代社会以前、映像はおろか文字でもお目にかかれない言葉はブルニンダ士爵にはあまりにも刺激が強すぎた。


 祐司は自分で言いながら、自分を最低の人間だと思った。しかしながら、祐司は生き残るためにもっと卑劣な手段でも使うつもりだった。


 ブルニンダ士爵の発する光は燃え上がるように乱れた。


「鬼畜か下郎!八つ裂きにしてやる」


 初めてブルニンダ士爵は声を発した。そして、もの凄い形相と勢いで祐司の方へ突っ込んできた。


 祐司は周囲を取り巻いている兵士達の一角を突破すると小さな路地に飛び込んだ。その路地は包囲陣からダンダネールの屋敷への近道だったので祐司とパーヴォットは毎日利用して勝手知ったる路地だった。


 祐司は真っ暗な路地に数メートル程入ると振り返った。左手だけで短槍を持つと腰帯に差していた短剣を鞘から引き抜いて右手に持った。


 次の瞬間、シルエットのように路地の入り口にブルニンダ士爵の姿が見えた。


「ばーーー」


 ブルニンダ士爵は恐ろしい叫び声を上げた。ブルニンダ士爵は路地は剣を振りかざして路地に飛び込もうとしていた。


 祐司の鼓動は早鐘のように打った。祐司は逃げ出したいのを必死で我慢しながら慎重に短剣を投擲の姿勢で構えた。


 祐司は短剣をブルニンダ士爵の顔を目がけて投げつけた。キンガ師匠から最後に習った技術である。その技は一度祐司の危機を救っている。

(第二章 北クルト 冷雨に降られる旅路霧雨の特許都市ヘルトナ14 襲撃 中 参照)


 祐司は自分の剣と短槍の鍛錬の最後には、数回短剣を投げる練習をしていたので、数メートルの距離なら外さない自信があった。


 的は防具で覆われていない顔面だけである。


 路地に入ったのは、短剣を投げたことを気付かれないためだった。ブルニンダ士爵が自分目がけて短剣が飛んでくるのに気がつくのは短剣が暗い路地を抜けてからだ。


 気がついた時には、短剣が到達するまでに一メートルほどしか余裕はない。


そして、投げつけた短剣はドノバ候から拝領したすばらしい切れ味の短剣である。


 手応えがあった。


 シルエットのように見えるブルニンダ士爵の姿はよろめくように路地から後ずさりを始めた。


そして、ブルニンダ士爵は膝をつき、さらに正座するようにかがみ込んだ。剣は左手だけでかろうじて持ち、盾を地面に降ろして右手は口の辺りを探っているようだった。


 祐司は短槍を両手で構えて路地から飛び出した。


 短剣はブルニンダ士爵の口の中に深々と突き刺さっていた。ブルニンダ士爵は唇も切断されたようで、口の中と外から激しく出血していた。


ブルニンダ士爵は頭を下げて右手で短剣を引き抜こうとしていた。


 祐司は短槍を突き立てながら勢いよくブルニンダ士爵の方へ走り込んだ。そして、ヘルメットと甲冑の間にある鎖帷子の部分に短槍を突き立てた。


 勢いを持った短槍は鎖帷子に破孔を作り、数センチほどのど仏の上あたりに侵入した。祐司はそのまま全力で前に進んだ。ブルニンダ士爵は短槍の勢いに押されて上半身が起き上がった。


 短槍はブルニンダ士爵の首筋を完全に貫いた。


 祐司が渾身の力を込めて短槍を引くと、ブルニンダ士爵の首筋から噴水のような勢いで二条の血吹雪があがった。頸動脈を切断したのだ。


 ブルニンダ士爵は操り糸を失った人形のように崩れ落ちた。すぐさま、ブルニンダ士爵の首から吹き出した血で地面が赤く染まった。


 祐司はそれでも、短槍を構えて用心しながらブルニンダ士爵に近づくと、落ちていたブルニンダ士爵の剣を横に投げ捨てた。

 そして、左手に短槍を持ったまま、ブルニンダ士爵の口にささっている短剣を右手で引き抜いた。


 ウォーーーーー。バーーーーーー。バーーーーーー。


 周囲の兵士達が一斉に雄叫びを上げた。


 祐司はマール州第一の武人にして、剣の名手を衆人環視の中で討ち取ったのだ。


 この夜、元伯爵妃ランディーヌは攻勢に出られる技量を持った兵力の半分とデルベルトに代わる有能な戦術指揮官を失った。そして、その穴埋めをする者は伯爵館にはいなかった。



挿絵(By みてみん)



挿絵(By みてみん)


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