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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第六章 サトラル高原、麦畑をわたる風に吹かれて
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あやかしの一揆、逆巻く火の手10 伯爵館包囲戦 二 バルガ

包囲五日目


 この日、王都派地域で一揆を起こした数百人の農民兵がバナミナに到着した。


 その農民兵たちは、数十人の捕虜を荷車に乗せて連行してきた。在地にいた王都派の領主や郷士とその家族である。子供をのぞく大半の者は後ろ手に縛りあげられていた。


 それらの者は直接的には一揆での捕虜であるが、反逆という罪科を犯した者として連行されてきたのである。


 伯爵館に立て籠もって伯爵に敵対していなくとも、リファニアの一般的な法では主君に対する反逆は二等親までの者が連座する。そして、三等親までの者は嫌疑がはれるまでは拘束される。


 二親等とは、親、兄弟とその配偶者、祖父母、子と孫およびその配偶者であり、三親等とは伯父伯母とその配偶者、叔父伯母とその配偶者、甥、姪を含むために領主や郷士のように婚姻関係を同階級で行っている場合はすぐに連座に引っかかる。


 ただし、地元派は伯爵の招集に応じているために、連座する範囲の者でも適応外という布告が出されており連行された者は全て王都派である。


 祐司とパーヴォットは包囲陣に行く途中で、この反逆者を運ぶ農民兵たちに出会った。本来なら、城壁と接したサモタン城塞にすぐ収容すればバナミナ市内を反逆者を連れて歩かなくていいはずである。


 しかし、農民兵と反逆者とされた者達が乗せられた荷車は、王都派から奪回された北の市門から入城して市内の通りを示威行進のように進んだ。その様子を見に通りには多くのバナミナ市民が繰り出していた。


「晒し者というわけだな」


 祐司が護送されていく者を見ながら言った。


「あのような幼子を捕らえて見せ物のようにする必要があるのでしょうか」


 パーヴォットが荷車に乗せられて、怯えた目をして母親にしがみついている三四歳の男児を見ながら言った。赤ん坊を抱いている母親は例外的に縛られていなかった。


「反逆者は絶対に許さないという伯爵側の意志を宣伝してるのだろう」


 バナミナ市民は物こそ投げつけるようなことしなかったが、時々、護送されて行く者に罵声が浴びせかけられた。


 その罵声に苛立ったのか手首を縛られた中年の恰幅のよい男が立ち上がって言い返した。

すると、荷車の脇にいた農民兵が槍の石突きで男の腹を勢いよく突いた。


 男はうずくまって苦悶の表情を見せながら歯を食いしばっていた。


「えらそうにしていた者ほど、今日の仕打ちは堪える。そして、多分、伯爵殿下はその効果を狙っているのだろう」


 祐司とパーヴォットは農民兵達を見送ると包囲陣に急いだ。包囲陣に着くと、ダンダネールとファティウスが何やら話し込んでいたので、祐司は先程見た農民兵と護送されてきた者たちの様子を報告した。


「一揆という様相は最初の二日ほどだけだったようだ。今は反逆者という犯罪者を領内の農民が追い回している状態だ。

 反逆者だから捕まえれば報償金が出る。そのために、農民は正々堂々、そして嬉々として、王都派を探している」


 ダンダネールは乾いた笑いを浮かべながら言った。



挿絵(By みてみん)



挿絵(By みてみん)




 また、この日は、バナミナ市民が自主的に組織していた自警団が、伯爵軍の市中の警備や包囲をしている兵士達に炊き出しをするなどの後方支援に当たることを申し入れてきた。


 更に市中警備と市内に潜伏する王都派摘発のために動員されていた守備隊兵士のうち半分が包囲陣に加わった。


 このため、包囲を行う戦力に余裕の出て来た伯爵軍は二交代から三交代にシフトを変更した。



包囲六日目

 

 シフト時間の変更でダンダネール配下の部隊は、正午から九刻(午後八時)までが担当時間になった。

 ただ一度に包囲部隊が交代すると隙ができるので、交代する部隊が完全に展開してから、それまでの部隊が引き上げることになっていた。


 そのために、九刻よりは多少引き上げる時間はずれ込むが完全に暗くなる前には、祐司達はダンダネールの屋敷に引き上げてまともな時間にまともな食事を食べて暗くなると就寝することができた。


 シフトの時間帯としては最も楽な時間帯である。多分、ダンダネールの威光のおかげだろうと祐司は思った。


 夜間に充分、寝る時間ができた祐司は午前中、ダンダネールの家の裏で乗馬の練習をすることにした。

 シスネロスで急造のように、元軽業師のエッカルから乗馬を習ったが練習をしないでいるとその成果さえ失われるような気がしたからだ。

 

乗馬の練習と言っても、歩くほどの速さで半刻ほど馬に乗せてもらっているという感じだった。


 ただ乗馬というリファニアでは珍妙な行いを他人の目から隠しておくことは出来なかった。祐司が乗馬している所に、ダンダネールの屋敷に避難してきているダンダネールの血縁者や近所の者、特に女子供が見せ物を見るように見に来た。



 この日は、伯爵館正門前に幾つもの大釜が持ち出された。そこで、大麦が茹でられており、魚や肉のスープが大量に作られた。


 もっとも、包囲陣の兵士達の食事を作っている市内の飲食店や大店から調理用具を運び出しただけなので、余分な食事を作っているわけではない。


 自分達の食事を作るついでに、旨そうな匂いを伯爵館にも届けてやろうという心理戦である。


 城壁から苛立ったように数本の矢が飛んできた。しかし、矢は調理を行っている場所のはるか手前までしか届かなかった。


「そろそろ、伯爵館では食べ物が乏しくなってくるころでしょう」


 その様子を見ながら、副官である老兵バルガは祐司に言った。


 夕刻には城の北で掘っていた水の手を切るための壕と水をヒネナル川に逃がす応急の地下水路が突貫工事の末に完成した。水をたたえた壕の端に盛られた土が取り除かれると水は勢いよく地下水路に流れ込んだ。


 今までは伯爵館に流れる地下水脈を粘土で補強した壕で遮断していたが、幾分かは伯爵館の方に水が染みこんでいくのを防げなかった。しかし、この排水路の完成で、ほぼ伯爵館の水の手は断ち切られた。



挿絵(By みてみん)




包囲七日目


 ヤリス神殿のシルヴェスト神官長の仲介で、伯爵館に足止めされているバナミナ市と伯爵領の事務仕事を行う雇員が伯爵館から退去することと、行政上の書類を持ち出すことが双方で合意された。ただし書類も持ち出しに当たっては大麦正袋五十袋分と引き替えとなった。


「王都派にとっては雇員はただの平民だ。我々にとっては宝石にもかえがたい貴重な人材だ。書類にしてもどれだけ重要なものかを王都派は理解していない。

 それを大麦五十袋で引き渡してくれるとは大盤振る舞いもいいところだ。身分や家柄だけで彼らがいかに仕事をしないどころか、その内容も理解していなかったかのあかしだ」


 ダンダネールは吐き捨てるように言った。


 約束通り五刻に、疲れ切った様子の百名近い雇員が数台の荷車に乗せた書類を引きながら伯爵館の正門から出て来た。それに戦闘員としては役に立たない女性使用人が五十人ほど解放された。


 雇員達の話から、食事は三日前から一日に一回、それも普段の量の半分程度になったという。それまでは、多少量が減ったとはいえ一日二回の食事を出し続けていたようで急激に備蓄を減らしてしまったらしい。


 さらに雇員の話では井戸を涸らすために壕穴を掘って水の手を断つ作業の効果は現れているようだった。

 一昨日までは井戸の底にかろうじて溜まっていた水は、昨日から排水を行う地水路が完成したので井戸の側面からしみ出す程に激減した。


 それまでは雇員達のような非戦闘員は一日に一クォート(一リットル)の水、戦闘員は一クゥート半の水が配給されていたのが、今日はカップ一杯の水しか配給されなかったと言う。伯爵館を出てくるときはあわてて数箇所で井戸を掘っていたということも雇員が報告した。


 包囲陣の噂では伯爵館の差配は名目上は伯爵妃ランディーヌが行っているが、サモタン城塞を攻撃しろと言うような彼我の戦力を無視したような命令を出したり、観念的なことを言うばかりで、数名の有力領主、臨時の近衛隊司令が合議で指揮をしているという。


 このために、根本的な方針が決まらず、食糧節約の件についても決定が遅れてしまったらしい。


「大麦五十袋を渡したとなると半月から一月はしのげるのではないですか」


 祐司は包囲の時間中に、配食される遅めの昼食を食べながら副官の老兵バルガに聞いた。


「まあな。ただ元から食糧備蓄はほとんどないだろう。現実的に王都派が見込みがあるのは、王都タチにいる伯爵妃の親類衆が動いて王命による仲裁を勝ち取ることだ。

 そのためには二三ヶ月しのがなけれないけない。だから、伯爵館の連中は今日から腹一杯食べられるということにはならない。水にも不自由している」


 バルガは冷たく言い放った。


 包囲する方も最初の緊張感が緩んできた。双六に似た賭博をしたり、到着したばかりの農民兵の中には、すでに勝ち戦と思って隠れて酒を飲むような者までいた。


 そのため、規律の厳しい傭兵集団である防衛隊が巡視することになり担当時間中の博打や、飲酒は厳しく取り締まることになった。

 見つかれば正門前で完全武装をしたまま半日の歩哨か、伯爵館を取り巻いている堀を埋めるための一抱えほどの柴の束を百束作ることが課された。


また、緊張感を維持するために、担当時間の中で一刻ほど武術の鍛錬が行われることになった。



包囲八日目 午後


 この日、数十名の老若男女が包囲陣の一角、伯爵館の正門前に集まっていた。樹皮でつくられた大型の固定メガホンが持ち込まれて、固定メガホンの近くには、ぼんやりとした光を放つ巫術師がいた。


「あの人達は?」


 パーヴォットが、副官のバルガに聞いた。


「近衛隊兵士の親兄弟だ。今日から賑やかになるぞ」


 副官である老兵バルガは気のよい男で祐司とパーヴォットは何度か話し込んだことがあった。


 その老兵バルガの話では、隠れていた近衛隊兵士の家族の何人かがサモタン城塞に出頭してきて息子や兄弟の助命を誓願した。

 そこで、バナミナを捜索して捕らえていた他の近衛隊兵士の家族も動員して、投降を呼びかけることになった。


 メガホンの所にいるのは、細かい大気の振動を調整して拡声させるという巫術を持った巫術師である。特殊な技術だがシスネロスやバナミナなどの都市には必ずいる巫術師でもある。


 数名の兵士に付き添われて最初の家族がメガホンの所にきた。


「ボザン、聞こえるか。母さんだよ。もう、伯爵様に逆らうようなマネは止めとくれ。今なら寛大なご処置で済むそうだ」

「兄ちゃん、家に帰っておくれ。父さんの具合が悪いんだ。それは、兄さんのせいだ。だからそこから出て来て」


 次々と家族が入れ替わって、二刻ほど投降を呼びかける声がこだました。


「近衛隊の平兵士に絞って投降を呼びかけているのがミソだな」


 バルガはにやりとしながら言った。


「そうですね。でも、家族の声を聞いているとこっちまで悲しくなってきますね」


 パーヴォットがやりきれないような声で言った。


「実際に名指しで呼ばれている兵士はたまったものではないだろう。自分は立身出世するつもりで入隊しただろう近衛隊だ。

 ところが、逆徒と呼ばれ、家族は投降を呼びかけてくる。そして、周囲の者からは猜疑の目で見られるだろう」


 祐司は解説するようにパーヴォットに言った。


 この投降を呼びかける声は次の日からも、一日に二刻から三刻ほども行われることになった。



「バルガさんは、ダンダネール様のお屋敷では長く仕えているのですか」


 毎日、伯爵館の方を見ているだけなので、祐司は暇つぶしに傍にいたバルガに何とはなしに聞いた。


「そうだな。もう十年になるかな。色々とあってマールに流れ着いてどうしようかと思案している時にダンダネール様に拾われたんだ」


 いつもは、包囲陣の人間に注意を喚起して回っているバルガも暇なのか話に乗ってきた。


「どのような経緯があったのですか」


「野盗の討伐をするというので、賞金目当てに参加したんだ。その時に、野盗の討伐に来ていたダンダネール様の目に止まって、給金は安いが死ぬまで面倒をみるという約束で仕えることになった」


「ご家族はいるのですか」


 横からパーヴォットが聞いた。


「家族と言えるかどうか」


「ドヴィカさんですね」


 何処で聞いたのかパーヴォットが嬉しそうに言った。


「そうだ、ドヴィカは通いの女中。オレはダンダネール様の屋敷で常駐することが約束だから、非番の時にドヴィカの家に通っている。念の為に言っておくが、けじめというか、一応、神殿にちゃんと登録した夫婦だ」


「お子さんはいらっしゃるのですか」


 祐司もバルガが嫌がらないで興味半分で聞いた。


「ドヴィカの連れ子がいる。上の男はもう十六だから、商家に奉公に出ている。下の女の子は十三で来年からダンダネール様に紹介してもらって女中奉公に出すつもりだ。

 オレも年だし、ドヴィカも今年で四十だからもうオレの子はできないだろ。それを抜きにしてもオレとしては自分の子として可愛がっているつもりだ」


「バナミナに来る前はどこにいたんですか?」


 祐司の質問にバルガはちょっと遠い目になって答えた。


「南東沿岸に接した領主のところの傭兵隊に入っていた」


「すると北クルトか南クルトですか」


「南クルトだ。今は内戦で荒れているというが辺地にしては栄えていたぞ。泥沼の内戦だから心ある傭兵はみな南クルトを離れた」


「南クルトではイフリトリにいたのですか」


 パーヴォットが勢い込んで聞いた。イフリトリは南クルトの主邑で、南クルト伯爵の城下である。

 そしてイフリトリはパーヴォットの母リャニーメルが、裕福な商人の娘として生まれ育った街であり、リャニーメルが初めて父親のキンガと出会った街でもある。


「イフリトリには十年ほど住んでたさ。南東沿岸に出かけてヘイロタニア(ヨーロッパ)人との戦いをしなければな。あいつらは時々痛めつけておかないと、妙に力を蓄えて内陸まで侵攻してくるからな」


「それでは、テシュート・キンガという人を知りませんか。南クルト伯爵に仕えていた傭兵です」


 パーヴォットが今度はすがるような声で聞いた。


「知っている。二三回程いっしょに酒盛りをして遊びに行ったくらいだから本当に知っているという程度だ。

 まあ、こちらは平民の戦士長で、テシュート・キンガ殿は、郷士で半隊長だ。身分が違ったからな。それでも気さくな人だった。それからテシュート・キンガ殿は武術では中々の達人だ。パーヴォットさんは知り合いか」


「わたしの父です。わたしはローウマニ・パーヴォット・ハル(男性の後置詞)・キンガ・ヘフトル・ディ・クルト=ノヴェです」


 パーヴォットは名乗りの中で男と偽った。


「へー、テシュート・キンガ殿に子がいたのか」


 この日を境に、バルガはパーヴォットに色々と気を使ってくれるようになった。



挿絵(By みてみん)


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