あやかしの一揆、逆巻く火の手9 伯爵館包囲戦 一 ファティウス
包囲一日目
この日は、伯爵館からの徴発隊が館に押し戻されて、伯爵館側は王都派がかろうじて占拠している北門との連絡もできなくなった。この日の午後から伯爵館は外界との補給路はおろか連絡線も完全に断たれた。
時系列で言うと、祐司が巫術師カドルファスを討ち取った日にあたる。
包囲二日目
祐司は昼からダンダネールのクルム家に割り当てられた場所で見張りをすることになった。時々”雷”が伯爵館に向かって放たれる。
もちろん相手方の巫術師の”屋根”によって防がれるが、途切れることなく”屋根”を伯爵館とその周辺にかけておくことは、相手方の巫術師に大きな負担をかける。
千人前後の戦いの規模で、有力な巫術師三人を失っている王都派は巫術師合戦でも圧倒的に不利だった。
モンデラーネ公のように一定水準の巫術師を数多く集めた領主は例外的な存在で、一般の領主に仕える巫術師は玉石混合で、量より質が大きな意味を持っていた。
不特定に”雷”を放つのは相手方巫術師の消耗を狙ってのことである。
祐司とパーヴォットの属するダンダネールのクルム家は、昼から真夜中まで半日が担当で包囲線で待機することになった。
真夜中になるとダンダネールの屋敷にもどり食事をして寝る。翌日は洗濯してある清潔な下着に着替えてまた包囲線につく。
長期戦を覚悟した場合、ちゃんとした食事を定時に食べ、ベッドで寝られるということは体力の消耗を防ぐだけでなしに気力の維持にも有利である。
王都派は二百メートル四方の場所に女子供も含めて二千人以上が押し込められている。露営する者も多いはずである。
着の身着のままで籠城をしている王都派は日数が経つに従って不潔な状態になり疫病などにも抵抗力が低下する。
「司令官の視察だ」
大きな声がした。
数名の兵士を従えて、青いマントを羽織った五十年配の威厳のある男がダンダネール勢の守る包囲陣にやってきた。
「ダンダネール、そちらは小勢と聞いた。二家ほど指揮下に入れてやってくれ」
威厳のある男が言った。かなり、ダンダネールとは親しいようだった。祐司がよく見ていると威厳のある男に覚えがあった。
どうも、エネネリの裁判の時にダンダネールの横に座ってしきりとダンダネールと話し込んでいた男のようだった。
「ヌーマ・リストフェルわかりました」
男は、ダンダネールを呼び捨てにして、ダンダネールは男を卑称をつけて呼んだ。親しい間柄で身分の差もないが、男がダンダネールより年長である分、ダンダネールが相手を立てているような関係らしかった。
「ダンダネール殿、よろしくお願いします。郷士ジャフガ・シードル、六名の家臣とともに、あなたの指揮下にはいり差配に従うことは書面でだします」
三十代半ばの少し古風な感じのするアーマープレートをつけた男が言った。いかにも貧乏郷士が、いざ鎌倉とばかりに駆けつけたような感じだった。
「ダンダネール殿、わたしもよろしくお願いします。郷士デキバベ・スピリドン、わたしも四名の家臣とともに、あなたの指揮下に入ります。シードル殿と同様に臣従の書面を出します」
今度は二十代後半と見える男が言った。この郷士はヘルメットは立派だったが、甲冑は小柵で上半身の主要部を補強した鎖帷子だった。
「うむ、ジャフガ・シードル殿、デキバベ・スピリドン殿、承った。配置場所の段取りは、後で決めるので先にわたしの部下と面通しをしてくれ。
わたしの指示はもちろん、わたしが不在の時は副官バルガの指示を聞くこと。いいですかな」
「承知しました。この戦いが終わるまでは、わたしと家臣はダンダネール殿の寄子でございます。ご随意にお使いください」「わたしめも同様に」
ジャフガ・シードル、続いてデキバベ・スピリドンが軽く会釈をしながら言った。
「では、ここにいるわたしの客分ジャギール・ユウジと従卒のパーヴォットを紹介する」
ダンダネールが一歩後ろ向きに下がりながら祐司を紹介した。
「ジャギール・ユウジ殿。”バナジューニの野”の英雄であり、伯爵殿下のお命を守ったあなたと戦えて嬉しいです」
「ジャギール・ユウジ殿がいる軍勢に入れるとは望外の喜びです」
先程の同様にジャフガ・シードルとデキバベ・スピリドンが祐司に軽く会釈した。祐司は恐縮した様子で言った。
「わたしは一願巡礼というだけのただの平民です。どうか、お気を遣わないで何なりとお言いつけください」
「それでは、この陣の者を紹介します」
そう言って、バルガは、二人の郷士とその家臣を連れて行った。
「ジャギール・ユウジ、紹介しておこう。此度の包囲戦の司令を伯爵殿下より仰せつかったベントロート士爵マーヌ・リストフェル殿だ」
二人の郷士とその家臣が去ると、ダンダネールは青いマントを羽織った五十年配の威厳のある男を祐司に紹介した。
「あらためて名乗ります。ジャギール・ユウジでございます」
「ジャギール・ユウジ。この度の貴公の働きは知っておる。褒美はできるかぎりのことをする。すまないが、今、しばらく貴公の武勇を我々に貸していただきたい」
ベントロート士爵は祐司の肩に右手を置きながら言った。
「もったいないお言葉でございます」
祐司は深く頭を下げて言った。
どうやら急いで、地元派の軍勢は軍としての編成を行っているようだった。リファニアは封建制であるから領主の連合体という軍の編成を取る。
モンデラーネ公軍のように、モンデラーネ公が指揮を一元化しているのは例外とはいわないが余程強力で領内の中央集権化が進んだ領主だけである。
領主には大小がある。有力領主による零細領主の家臣化が進んだドノバ州なら、どんな小さな領主でも最低百という数を揃えられる。しかし、マール州を含めて多くに地域では、いまだに一知行地ごとの部隊編成となる。
その場合、小の領主は、ジャフガ・シードルやデキバベ・スピリドンのように数名ばかりの部下しか率いることができない。
そのために、少しでも合理的な指揮をする必要から部隊編成を行う。すわなち大手の領主に臨時に指揮権を与えて意味のある数の部隊とするのである。
これが戦いが常態化した地域なら、日本の戦国時代に見られたように、寄親・寄子のような関係があり常に大手の領主の指揮下にはいる小領主は固定化するが、対外的には、近々、戦争を経験していないマール州では未編成だった
ともかくダンダネールの配下は祐司を含めて三十九名となり、小ぶりながらリファニアの最低限の部隊編成である半隊といった規模になった。
この日の夕刻に、伯爵麾下の地元派は北門脇の塔に立て籠もる三十人ほどの王都派に対して攻撃を仕掛けた。
ダンダネールの隊は、その攻撃の後衛として動員がかかった。ダンダネール隊は後衛なので遠巻きにして味方の攻撃を眺めることになった。
相手には巫術師がいないので、”雷”で塔の上に相手が入れなくしてから塔の開口部を狙って矢が浴びせかけられた。
その援護のもとに、まだ葉が付いている生木と薪を混在させて塔の周囲に並べられた。そして火がつけられた。
かなり離れた後衛でも風向き次第でも、咳き込んだり目が痛くなるほどの煙が流れてきた。この煙の効果はすぐに現れた。
塔の開口部から剣や槍などの武器が投げ捨てられて塔の入り口が開くと手を挙げた王都派が咳き込みながら投降してきた。
「伯爵館もこう簡単にいくといいのだが」
ダンダネールは嘆息するように言った。
「伯爵館には巫術師がいますから接近は大変です。それに、伯爵館ほどの大きさとなると煙責めは効果が薄い」
副官に任命されたバルガがダンダネールの考えを読むように言った。
包囲三日目
伯爵館の北側で幾つもの穴が掘られ出した。その作業には多くのバナミナ市民も動員されていた。
強制力のある動員ではなく町内長に布告を出して協力を要請したのだったが、予想以上の人数が集まり力仕事も厭わずに行った。
人心はバルバストル伯爵の元にあるのが祐司にも肌で感じれた。
「伯爵館の水の手を絶つ。水が出るほど穴が深くなったら横につないで濠にする。そこに、粘土をいれて水が伯爵館の方へ流れないようにする。それと平行して溜まった水を市外に流す水路も掘らしている。
井戸の水脈を断ち切るのだ。伯爵館の堀に水を供給する水路はすでに断ち切ったから二日ほどで干上がる。そうすれば、空きっ腹に加えて、喉の渇きも籠城側は我慢することになる」
ダンダネールが穴を掘っている目的を教えてくれた。
「水を汲み出す水路を掘るって大変ですよ。水は地下を流れているのでしょう」
祐司の言葉にダンダネールは少し自慢げな口調で言った。
「だから、地下に水路を掘らしている。見に行くか」
ダンダネールに祐司とパーヴォットが案内されたのは、伯爵館の北からヒネナル川の方向へ延びる通りだった。
通りには十メートルおきぐらいに人が入れる程度の穴が掘られていた。穴の周囲には二三人の男があり、時々、穴の中から土を入れた籠をロープで引き上げては周囲に捨てていた。
「カナートだ」と祐司は思った。
「縦穴を掘って、それを地下で横穴でつなぐんですね。そうすれば、丸々大きな深い水路を掘らずにすむ」
「そうだ、よく知っているな。ネファリア(アフリカ)から伝わった技術だが、リファニアではそう用いられるものではない。伯爵館はわかりにくいが、バナミナの中では一番高い場所にある。だから、竪穴も精々二三尋ほど掘れば充分だ。
水は城壁の下を通らしてヒネナル川に流す。ここの人手は、伯爵直轄耕作地の農民を動員した。もともと、直轄耕作地の農民は年に三十日の賦役義務があるしな。その上で朝と昼に兵士と同等の食事を出すという約束で頑張らしている」
直轄耕作地とは領主が所有している耕地のことである。元は賦役により周辺の農民に耕作させて、収穫物は全て領主の物となっていた。現在でも、そのような形式の領主直轄地も残っている。
しかし、それでは農民が本気で作業しないために非効率であることが認識されてきた。そのために小作地として貸し出されたり、流民や困窮した者、あるいは懲罰を受けた者を集めて家屋、農具を貸したうえで自分の食い扶持と僅かな手間賃を出して集団で耕作させるようになった。
中央盆地で広く見られるのは後者の方法である。直轄耕作地は自治権がないために、封建領主が賦役を課したりすることができるなど、死なない程度に搾り取れる数少ない支配地である。
直轄耕作地で働く場合は、十年程度の労働契約が交わされる。その間に逃亡すると逃亡農民となり犯罪者として追われる。ただ、真に困窮した者に取っては最低限の生活が保障される場所でもある。
しかし、一度直轄耕作地に入ってしまうと、余剰の財産を中々持てないために出て行くことが困難になり、結局、世襲で居着く場合が多い。
「戦いが終われば埋め戻してもいいし、水量を調整してこの辺りの街区の共同井戸にしてもよい」
「使用料を取ってですね」
パーヴォットの言葉にダンダネールはちょっと肩をすくめた。
「王都派は伯爵館で粘っていても、そろそろジリ貧だと感じないのでしょうか」
包囲陣に戻ると、伯爵館を見ながら祐司はダンダネールに聞いた。
「まだ、一揆を鎮圧した王都派の領主が救援にくるのを期待しているのだろう。しかし、ほとんどの王都派領主は一揆に追い回されてそれどころではない。
一揆勢に捕まった王都派の領主の中には、こちらに寝返って包囲軍に参加したいと願っている者も出て来ている。そろそろ目が醒めだした者もいる」
「この事態を一番理解していないのが伯爵妃のランディーヌだ。自分の権威でいまだに領内がひれ伏すと思っている。どうもエネネリの裁判の時に受けた投石で右目がほとんど見えずに苦痛に苛まれているらしい。
その中で、王都の親戚筋からの援軍が来てくれると時々、側近に言うそうだ。王都からの援軍となると、最短でも三ヶ月は籠城せねばならないだろうな」
ダンダネールのこの言葉を聞いて、伯爵妃の様子がわかるのなら伯爵館の籠城者の中には内応者もいるのだろうと感じた。
「それも、救援の知らせが届いて、すぐさま王が伯爵妃に正義有りと認めて、王都から軍を出すことを許可する。
さらに、神々のように数百の軍勢をまたたくまに編成して、ここに来るまでの全ての領主が快く通過させてくれてのことだ。どれもが、リヴォン川が海から山に流れるよりも難しいだろう」
「伯爵殿下の通告を矢文で出した。それも百以上は撃ち込んだ。隠し立てはできない。これから、日々矢文を放つ。段々、条件が厳しくなる予定だ」
ダンダネールは少し楽しそうに言った。
この日の午後には、双方の捕虜交換が行われた。
流石に王都派は門を開けることはなく、城壁からロープを使って捕虜を降ろしてきた。地元派は城壁の下で待ち構えており、一人捕虜が降りてくるたびに、王都派の捕虜を担架に乗せ、担架にロープを括り付けては城壁の上に引っ張り上げさせた。
「困ったことに、王都派の捕虜の中に引き渡されるのを拒んだ者が数名いる。自分は反逆者ではない。こちらの味方をすると言い立ている。しかし、約束だから縛り付けて有無を言わさずに引き渡す」
ダンダネールは捕虜交換のために見張りを厳重にさせて、自分も捕虜交換の間はずっと陣で様子を見ていた。
捕虜交換は、互いに十五名の捕虜を交換して終わった。
それが終わると包囲陣からの”雷”による攻撃が再開された。
緊張と退屈が交差する包囲戦は最初の三日が過ぎ去った。
包囲四日目
この日、祐司は思わぬ人物に会った。
「よう、ユウジ殿か。お役目ご苦労」
地縁では王都派でありながら中立派を自称する引退郷士ファティウスがダンダネールの陣にやってきた。ファティウスは三人の若者を引き連れていた。
「自分で売り込まないと、こんな年寄りはどちらからも声がかからん」
ファティウスは祐司が聞きもしないのに、挨拶も無しに愚痴めいた口調で言った。
「でも、ここにいるということは地元派でしょう」
祐司がちょっと意地悪い口調で答えた。
「いや、中立だ。とはいうものの捕まるのはまっぴらだからバルバストル伯爵殿下の命令に従って特別警戒に応じた。
それに勝負はエネネリの裁判の日についておる。後は負けた方がそれを納得するための時間と儀式がいるだけだ」
ダンダネールが言ったことと同じ内容をまくし立てるように言うファティウスに祐司は背後にいる三人の若者を見ながら言った。
「ファティウスさんのご家族ですか」
二人は二十歳前後、もう一人は十代半ばのような感じで、どちらも鎖帷子を着込んで二間ほどの槍を持っていた。
「そうだ。次男の子と長女の子で、三人ともわたしの孫だ。長男一家は問題なく地元派に寝返った。それで、嫁の実家の地元派領主に長男と孫を二人引き受けてもらった。
長男はワシが仕事を辞めたことを、王都派の横暴だといつも憤っていたからな。自分では復讐のつもりだろう。
次男一家はワシが説き伏せた。ところが長女の婿が嫁と子供を義絶して”伯爵館”に行った。切るに切れぬ義理があるのだと」
ファティウスは少し苛立ったように言った。
「お身内で敵味方ですか」
パーヴォットが恐る恐る聞いた。
「そのような家は多い。王都派が来てから二十数年だ。婚姻も進んでいる。断り切れない地縁もある。一族が明確な王都派や地元派の方が少ないわ。娘は王都派につくという亭主を離縁した。子供を連れてな」
「奥さんから離縁ですか?神殿がよく認めてくれましたね」
祐司はちょっと驚いた様に言った。
リファニアと雰囲気がよく似た史実の中世ヨーロッパよりは、リファニアの女性は権利を持ってはいるが、基本的にはリファニアも男尊女卑の社会である。女性から離縁をするのは難しい。
「ああ、すぐに認められたよ。兄弟や一族の争いなら神殿は介入しないが、今度は伯爵と伯爵妃の争いだ。
すでに、伯爵妃の離縁は認められている。暗に伯爵妃の反逆行為を認めたということだ。反逆者に従う夫と離別したいと言ったら右から左だ」
「神殿は伯爵に正義有りと認めたのですね」
祐司はイリス神殿は完全に伯爵側だと思った。
「別にイリス神殿は伯爵支持を謳っているわけではない。表向きは、今回のことで伯爵妃に婚姻関係を継続する意志がないとして離別を認めた。それだけだ。明日にでも発表されるだろう」
少し落ち着いてきた口調で言うファティウスに、祐司は半ば目的がわかっていながら聞いた。
「事情にお詳しですね。ところで、今日は?」
「おお、この者達をダンダネール殿の配下に入れてもらおうと連れてきた。先程も言ったように次男と長女の子だ。
形勢が明らかなので、明日辺りからどこぞに潜んでいた奴が地元派に助っ人すると湧いてくるからな。早いうちに動かんとな」
「ダンダネール様は半刻ほどしたら来られると思います」
パーヴォットがファティウスに言った。ダンダネールはサモタン城塞に出かけていた。
「うむ、待たしてもらう」
「でも、ご長女の息子さんだと、王都派に入った父親と戦うことになりますよ」
パーヴォットが心配そうに聞いた。
「だからこそ余計に、長女とその子らは旗幟をはっきりさせる必要があるのだ。親子の情より、伯爵殿下への忠義を優先させたとな。
まあ、長女の子の年はまだ十六だから、使い走りにでも使うしかない。父親と戦場で戦うなどという芝居のようなことは起こりはしない」
ファティウスはそう言うと陣地の中に置いてあった椅子に座り込んだ。
半刻ほどしてダンダネールが戻って来た。ファティウスはダンダネールの顔を見るなり孫のことを売り込み始めた。
「いいでしょう。伯爵殿下のお許しを貰って、我が隊の一員として受け入れましょう。ただし、一つ条件がございます」
ダンダネールは笑顔で答えた。
「なんだ?」
「あなたも、我が隊に参加することが条件です」
「こんな老いぼれ役に立たないぞ」
「わたしの軍師として傍にいてくれればいいです」
ダンダネールの目をじっと見たファティウスは少し笑ってから答えた。
「いいだろう。いや、こちらからお願いする。今回の騒乱は先が見えているとはいえ、戦士としての血が騒ぐ。できれば特等席で顛末を見たい」
ダンダネールの隊は更に四人を加えて四十三人になった。




