あやかしの一揆、逆巻く火の手8 気骨の奥方フスラヴァ 下
「この辺りの王都派屋敷を捜索し物資の没収を行う。まずは、この屋敷からだ。王都派のバギャナンの屋敷だ」
ダルブレヒトは率いていた兵士が全て揃っていることを確かめると目の前の屋敷を指さして言った。
「バギャナンなら、先程の一団の中におりました」
祐司がダルブレヒトに言うと、ダルブレヒトは兵士達に命令した。
「まさかとは思うが家族を連れ出しにきたのかも知れないな。ともかく、屋敷の中の人間を全てここに集めろ」
数分で、十名ばかりの男女が集まった。地味な服装からバギャナンの屋敷の使用人のようだった。
「この者達はいかがいたします」
兵士のリーダーらしい男が聞いた。
「身内の者が紛れ込んでいるやもしれぬから、慎重に詮議いたそう」
ダルブレヒトは使用人達を胡散臭そうに見ながら言った。それに、ダンダネールの奥方のフスラヴァが入れ知恵をした。
「ダルブレヒト殿、ここの使用人は我が家の使用人に首実検をさせましょう。使用人のことは、使用人に確かめさせるのが上策です」
「うむ、頼む」
フスラヴァはすぐに執事と古手の女中を呼んで面通しをした。
「すべて、バギャナンの家の使用人です。でも、男が二人おりません」
執事は直接、ダルブレヒトに報告した。
「この家の一家は反逆者である。本来ならお前達も連座しておかしくはない。そのことをわきまえて正直に言うのだ。いなくなった者は何処に行った」
「はい、昨日の騒ぎの後で、旦那様から使いがきました。それで、奥方とお子たちを連れて伯爵館に向かいました」
バギャナン家の使用人で一番年かさの男が答えた。
「この男は召使頭でございます。伯爵様の手の方に尋ねられて嘘を言うような男ではございません」
執事が年かさの男のことを紹介をした。
「よし、お前達は屋敷の中にある武器、貴重品、衣服、食糧を集めるのを手伝うんだ」
執事の言葉にもかかわらずダルブレヒトは、召使頭を胡散臭そうに見てから、フスラヴァに丁寧な口調で頼み事をした。
「フスラヴァ様、男手をしばらく借りたい。今から家の中を捜索します。しかし、手早く終わらして次に行きたいので見張りの兵士にあまり人手を割けない。その間に王都派の者がくるやもしれぬ。見張りをお願いできないでしょうか」
フスラヴァは黙って祐司の方を見た。
「いいですよ。見張りなら従者が最適です。わたしも見張りしましょう」
祐司は機嫌良く引き受けた。ダルブレヒトもご機嫌な様子で言った。
「ジャギール・ユウジ殿が用心してくださるとは百人力。では、お願いする」
ダルブレヒトの命令で二十人ばかりの兵隊が使用人に案内させてバギャナンの屋敷を出たり入ったりする。
甲冑をはじめとした武具、宝飾品、祭具、金属や陶器の食器、衣服、絨毯、書籍などがどんどん運び出されてくる。
流石に家具はなかったが、今、バギャナンの屋敷は空き巣に一切合切持って行かれたような状態だろうと祐司は思った。
祐司がぼんやり物品の押収を見ていると、イリス神の旗印をかげた一団が次々、周辺に到着して王都派の屋敷の捜索を始めた。そして、ダルブレヒトの隊と同じように物品の押収を行った。
その様子を地元派の屋敷からは人が出て遠巻きにして見ている。
祐司が気がつくと、兵士の一団の中では不似合いな二人の文官姿の男が書類や手紙を押収していた。
四半刻ほどで大方荷物を運び出して兵士達は使用人に命じて、王都派が残した荷車と自分達が持ってきた荷車に荷を積んだ。
「では、今から名を呼ぶ者はこちらに来い」
ダルブレヒトは文官姿の男から一枚の紙を受け取った。それを目の前にかざしてダルブレヒトは大声で名を呼んだ。
「ベベレ・アルバン」「グテナン・シャンタ」
男女が不安そうに顔を見合わせた。
「ヒオミバ・カルテン」
「その男はおりません。奥方やお子達と伯爵館に行きました」
バギャナンの家の召使頭がおずおずとした口調で言った。
「しかたない。では、お前達二人はサモタン城塞に来てもらう」
ダルブレヒトが顔をしかめながら言った。
「何故でしょう」
召使頭がダルブレヒトの顔色を窺いながら聞いた。
「目星はついておろう。押収した書類から、この者達は使用人ではなく、七年奉公と十年奉公でバギャナンが使っていた者だと判明している。
この者達はバギャナンの財産の一部として没収する。以降の年季はバルバストル伯爵殿下に仕えるのだ」
ダルブレヒトの言葉に、年季奉公者という男女は不安げな顔をした。
「そう心配するな。伯爵は慈悲深い方だ。お前達を売り飛ばしたりはしない」
ダルブレヒトは少し笑いながら言った。
「伯爵家で働くのございますか」
年季奉公の男が深く腰を屈めながらダルブレヒトに聞いた。
「多分、伯爵殿下の直営地で畑働きではないかな。お前達は元は農民だろう」
ダルブレヒトはますます笑顔の度合いを深めて言った。しかし、年季奉公の男女は明らかに嫌そうな顔をした。
給金のない年季奉公の場合は、家事作業と農作業を比べた場合は重労働の上に、天候が悪くとも野外で働かなければいけない農作業は明らかに辛い仕事である。
「伯爵殿下は働きによっては年季奉公を短くしてくださるぞ」
ダルブレヒトの言葉に、年季奉公の男女は少しほっとした表情をした。祐司は例え、数ヶ月程度でも年季奉公を短くしてやれば、あの男女は伯爵に臣従するだろうと思った。
「お前達は全員、屋敷から出ろ。自分の荷物は持って出てよい。この屋敷は伯爵殿下が没収した。一切の出入りは禁止だ」
ダルブレヒトはバギャナンの家の使用人達に居丈高に言った。
「わたし達はどこへ行けばいいんですか」
あわてて召使頭が聞いた。
「身寄りを頼れ」
「バナミナには身寄りがいない者もおります」
召使頭は困惑したように言った。そこにダンダネールの奥方フスラヴァが割って入ってきた。
「それなら、そういった者は我が家で引き受けましょう」
フスラヴァの思わぬ申し出に、召使頭はすがるように言った。
「他の屋敷でも大勢そういった者が出ております」
「皆さん、こちらにいらしてください」
フスラヴァは、周囲で様子を見ている地元派の者達に声をかけた。
「フスラヴァ様、何でございましょう」
近づいてきた鎖帷子を着た老人が最初に声を出した。
「今、王都派の屋敷が没収され、使用人が追い出されています。それは、いたしかたのないことです。
ただ、中には行く当てのない者もおります。我が家でも数名引き受けますので、一人でも二人でもいいので暫く皆様の家で、行く当てが見つかるまで使ってやってもらえませんでしょうか」
フスラヴァの言葉に、フスラヴァと同年配の女性が激しく反発した。
「王都派の使用人ですよ。それに温情をかけるなど」
フスラヴァはその女性に向かいながら、周囲の者達にもよく聞こえるように大きな声でしゃべり始めた。
「我々は王都派からは地元派と呼ばれています。その言葉の裏には土臭いとか、垢抜けしないという侮蔑の意味もありました。
わたしはそれで良いと思っています。地元派は地元、マールに根ざした者です。その地元派が同じマールの民が難儀しているのを見過ごしてよいのでしょうか。給金までは払うことはないでしょうが寝るところと食べる物を与えてやるべきだと思います」
「フスラヴァ様、よくぞ申された。流石は気骨の奥方だ」
羽根飾りの付いた麦わら帽子を被り鎖帷子を着た老人が感心したように言った。老人は近隣では一目置かれているような人物だったらしく、王都派の人々も顔を見合わせては頭を縦に振った。
その様子に、フスラヴァに文句を言った女性が、急にしおらしい声で言った。
「フスラヴァ様、先程は思い上がったことを言いました。郷士たる者、領民の難儀を見捨てたとあっては名折れでございます。わたしの家では、隣家の使用人で行く当てのない者を引き受けましょう」
「バナミナに身寄りがなく行く当てがない者はここに来るんだ」
鎖帷子の老人が、大声で呼ぶと十数名の男女が集まってきた。
祐司がダルブレヒトの方を見ると、ダルブレヒトは兵士に次の命令を出しているところだった。
「よし兵士はもう一度、見落としがないか家の中を捜索しろ。オレが三百数えたら合図をする。そうしたらすぐに出てこい。出てこない奴は持ち物をあらためるぞ」
ダルブレヒトの言葉が言い終わらないうちに、兵士達はバギャナンの家に走り込んでいった。
暫くすると、下着、布団、毛布、履き物、木製の食器、酒瓶などを手に様々な物を持って兵士が出て来た。確かにめぼしい値打ち物は最初に没収されたようだが、まだまだ、品は残っているのだろう。
兵士の役得、言い換えれば公認の略奪である。
「よし、三百だ」
ダルブレヒトが大声を出した。最後に出て来た兵士は、見事な木彫りの飾りがある揺りかごを持ち出してきた。
「あれは値打ち物ですよ。でも、きっとこの家の赤ちゃんが使ってたんですね」
パーヴォットは少し悲しそうに言った。
兵士達はまだ空だった荷車に略奪した荷を積んだ。
ダルブレヒトは今度はバギャナンの家の使用人達に言った。
「くれぐれも言っておく。持ち出していいのは自分の荷物だけだぞ。あらためはしないが、服の中や自分の合切袋に、この家の物を入れて持ち出してはならないぞ。きっちり四半刻したらこの家は封印する。その時、家の中にいたら家ごと売り飛ばすぞ」
「あの、私達もいいのでございますか」
年季奉公の男が聞いた。
「お前の荷物があるなら取ってこい」
ダルブレヒトの言葉に年季奉公の男女も、他の使用人と先を争ってバギャナンの屋敷に入って行った。
祐司は呆れたのと同時に、ダルブレヒトの温情かと思った。職を失う使用人への退職金代わりに暗に略奪を勧めているのだ。
これは自分達の腹も痛まずに、王都派使用人の不満ややるせない気持ちを多少は和らげられる。そして、主人の物に一度手をつけた使用人は主人への忠誠は皆無になるだろうと思った。
後で、ダンダネールの執事が教えてくれたところによると、使用人は自分の知識を生かして、鍋や釜、包丁、裁縫道具、洗濯道具といった日用品、玩具や文房具、自分達が使っていた寝具、果てはカーテン、清掃用具や、洗う前の洗濯物まで持ち出して来た。
祐司がびっくりしたのは金袋を持ち出して使用人で分けている光景を見たときだ。主人か奥方のへそくりだろうと祐司は思った。
執事に言わせれば商人に値をつけさせば、使用人が持ち出した物は、闇雲に兵士が持ち出した物より値打ちがあるだろうと言うことだった。
後で、周囲の王都派の屋敷でも使用人に最後の略奪をさせていた。どうも、ダルブレヒトのとっさの判断ではなく最初から公認の没収、兵士の略奪、使用人の略奪と順番が定められているようだった。伯爵のスタッフには知恵者がいると祐司は思った。
祐司が巫術師のドルファスを討ち取ってから二刻ほどしてダンダネールが屋敷に数名の兵士とともに帰ってきた。
「ユウジ殿は、ドルファスを一撃で打ち倒したそうだな。王都派の第一位と二位の巫術師に、武闘派第一の郷士、それに師範代を一人で舞台から消し去ってしまうとは、今度の戦いがおさまったら殊勲第一だ」
ダンダネールにそう言われて、祐司は自分のことながらトドメは他人に任せたとはいえ二日で四人の人間を殺めたことをあらためて自覚した。
「ユウジ殿が相手をしたのは徴発隊だ。散々鬼ごっこをしたが王都派の徴発隊は完全に駆逐した。今は王都派は完全に伯爵館に閉じ込められた」
「徴発隊ですか」
「食糧の徴発隊だ。商家や民家にまで押し入って食糧を漁っていたがもうそれもさせん。まあ、王都派が切羽詰まって無茶なことをしてくれたおかげで、バナミナ市民は感情的には完全に地元派になった」
ダンダネールの話では、昨日からバナミナの住民はどの家も戸締まりをして住民はじっと家の中に潜んでいる。
そこへ、王都派の食糧や衣服の徴発隊が押し入っていたらしい。もぐら叩きのように、守備隊や王都派の一部がそれを制圧するために走り回ったが、かなりの数の住民がとばっちりを受けた。また小火騒ぎが頻発していた。
「今後はどうなります」
祐司はダンダネールが疲れているのはわかっていたが聞いてみた。
「市の北門には、まだ王都派が数十名いるがこちらも包囲している。北の市門を確保すれば王都派は完全に外界から遮断される。援軍どころか物資も一切補給できない。
ただ意外に手強くて人数を割かねばいけなかった。そのために市中の警護が手薄になって今日のような失態を演じてしまった」
「では、後は」
「兵糧攻めをする。もともとはバナミナ城塞は数ヶ月分の備蓄食糧があるが、伯爵公邸には使用人分を含めて一月ほどの備蓄しかない。
正確な数はわからないが、武装した者が千人弱に巻き込まれた行政雇員が百、使用人も百、バナミナ在住と一揆から逃れてきた王都派の家族が七百から八百とふんでいる。
通常の数倍の人間がいるのだ。それも節約など今まで考えもしなかった連中だ。十日ほどで食糧は尽きる」
ダンダネールの話しぶりから、祐司はダンダネールが作戦全般を決定する伯爵の中枢に近いところにいるのだと感じた。
「伯爵妃が降参しなければ、包囲は最低十日ということですか」
パーヴォットが微笑んで言った。
「ダンダネール様、根本的なことをお聞きしたいと思います。何故、王都派は籠城するのですか。食糧もない状態で敵地に孤立しています。
ここで、王都派ができるのは、今更ですが侘びを入れて、責任者が詰め腹を切る。伯爵妃の非礼を認め離婚させる。後は、お情けでなんとか命だけは、勘弁してもらうことしかないと思うのですが。今のままでは皆殺しにあう可能性もあります」
祐司は率直な疑問をダンダネールに聞いた。
「王都派も冷静になれば、それしかないと思うだろう。しかし、彼らは冷静ではないようだ。市外にいる王都派からの援軍を期待している。
ひょっとしたら、王都にいる御親類衆が動いて、調停の王命でも出るのではと期待しているのだろう」
ダンダネールは冷笑しながら言った。
「現実的にそのような事が起こりえますか」
「一番新しい報告では、領内にあるほとんどの王都派の屋敷は一揆勢に占拠された。今は落ち武者狩りの状態だ。
伯爵館の王都派が期待する市外の味方の実態は一揆の対応で精一杯どころか命からがら逃げ回っている。王都派が王都へ出した使者はほぼこちらが確保した」
ダンダネールの説明に祐司は調子に乗って余計な事を聞いた。
「ひょっとして一揆は、地元派の領主や郷士の方々が指導なさっていたり加勢されているのでは」
「流石にユウジ殿だ。あまり一揆に手を取られては、農民が刈り取りの時期を逃すからな。第一、戦いの専門は我々スノバス(日本語にすれば、やんごとなき身分。民の見本になる指導階級という意味の”言葉”)だからな」
ダンダネールが機嫌よく言ったので、祐司は遠慮せずに自分の考えを言った。
「ダンダネール様だから言います。農民が単独で領主を倒すという前例は作る訳にはいきません。
ここは、指導する者として農民に頼りになる姿を地元派の領主や郷士の方々が見せるということですね」
祐司はダンダネールが難しい顔をして黙っているので、おどけた調子で言葉を足した。
「今のことは戯言でございます。わざわざお返事などいただく必要はございません」
「ユウジ殿のような感覚を持っている者が少ないのがマールの実態だ。他州では平民でもわかることが、マール州では領主や郷士でもわからぬ者がいる」
ダンダネールはため息をつきながら言った。
「食糧、武器は地下室にあります。すぐにサモタン城塞に運びますか」
奥方のフスラヴァが横からダンダネールに声をかけた。
「それはご苦労だった。命令が変わった。幾つかの拠点を街中に設けることになった。市内に残っている領主や郷士の家族は一族で最も堅固な屋敷に集まることになった。我が屋敷も拠点となった。夕刻には我がクルム家の血筋の者達がこの屋敷に避難してくる」
ダンダネールは奥方のフスラヴァを労るように言った。それに、足して奥方は念を押すような口調で聞いた。
「お母様もですか」
「いいや、今は道中がぶっそうだから知行地の隠居館にいてもらう。そのようにして欲しいと使いも出した」
ダンダネールの言葉に、奥方のフスラヴァはほっとした表情をした。それを見て、祐司は嫁と姑の難しい関係はリファニアでも普遍的なことだろうかと思い苦笑した。
「今、領内は混乱状態だ。家族を知行地の村に逃すことも考えたが、結局、バナミナ市内が一番安全ということになった」
ダンダネールはここで一息ついて奥方の方を見て言った。
「フスラヴァ。この屋敷の差配はお前がしてくれ。よろしく頼む。いざと言う時のために叔父上と五十歳以上の者と十八歳以下の者にこの屋敷の守備を頼んだ。
全部で十数名になるから、今日のようなことがあっても応援がくるまでは持ち堪えられるだろう」
戦乱の絶えないリファニアであるが流石に女戦士は神話や芝居の中だけの存在である。戦場で戦う女性は女性巫術師だけである。
しかし、主人が出陣中の家を守るのは奥方の仕事であり、出陣中の主人が家のことを心配せずに家中の差配をするのは女性の仕事と認識されている。
平時には男に従う女も戦時には対等に見られるのがリファニア社会の特徴でもある。
「すぐに応援が来るのですね」
奥方は念を押すように聞いた。
「今、伯爵館を包囲しているのは、地元派の貴族や郷士の部隊だ。守備隊の半分は近づいてくる王都派への警戒で城壁にいる。
もう半分は市街の捜索を行って、潜伏している王都派の摘発をしている。だから、万が一のことがあっても、ほんのしばらく持ち堪えれば、市街を巡回している守備隊が駆けつける」
「ダンダネール様、そうことでありましたら私どもは心苦しい限りでございますので、足手まといですがダンダネール様のお手伝いをしたいと思います」
祐司はどうせ騒乱の最中にバナミナを逃れることができないのなら勝ち戦の側に積極的につくことにした。
「うむ、どう切り出そうかと迷っておった。バナジューニの野の英雄は、ここでも豪壮無双と謳われていたダルベルトを切り伏せたうえに、相手方第一の巫術師カスパルと第二の巫術師ドルファスを倒した。是非、御加勢をお願いしたい。我が伯爵家の者は実戦の経験があまりにもない」
ダンダネールが渡りに船とばかりに言った。
「よろしくお願いします」
祐司は素直に頭を下げた。
「利で釣るのは心苦しいが、伯爵殿下もユウジ殿の働きに報いるために最大の報償を出すと言っている」
ダンダネールもすまなそうな口調で答えた。
「それでは、顔見せをしておこう。我が家でユウジ殿を知らない者はいないが、反対にユウジ殿は全員と、上下関係は知っておらぬだろうからな」
ダンダネールは五十年配の男に目配せをした。その男が近くにやってくるとダンダネールはやおら紹介を始めた。
「まず、わたしの副官をしてもらうハンバン・バルガだ。この男は若い頃に南東沿岸で戦士長として戦ったことがある。
配置についての指揮はわたしが行うが、実戦での指揮はバルガが行う。お恥ずかしい話だが、わたしは盗賊の討伐隊に行ったくらいで実戦の経験がないからな」
副官だと紹介されたバルガという男は五十年配で、老兵という言葉が似合う男だった。バルガはダンダネールの家では珍しく兵士一本で奉公してきた男で普段は門衛や屋敷で奉公する男達に武芸を教えていた。
「ダンダネール様に死ぬまでにお役に立つことができて幸いでございます」
バルガはダンダネールに深くお辞儀をして言った。
そのバルガから、祐司は昨日まで家事使用人であった兵士を一人づつ紹介された。
こうして祐司はダンダネールの率いる二十七人の、ダンダネール配下のクルム家一族郎党の部隊に客分として入ることになった。
包囲戦ということで、祐司はパーヴォットは祐司の従卒ということにして、いっしょにいることにした。
「ダンダネール様、お聞きしたことがあります」
部屋からバルガ以下の郎党が出て行って、ダンダネールと祐司、パーヴォットの三人が残った時にパーヴォットが小声で言った。
「なんだ?」
「今日、奥様は近所の、羽根飾りの麦わら帽子を被ったご老人から”気骨の奥方”と言われておりました。
奥様のしたことは、りっぱな御振る舞いだと感心しましたが、”気骨の奥方”とはどのような意味でしょうか」
「多分、家内に”気骨の奥方”と言ったのは、前の近侍長を務めていたダブド・ヘルマンニ殿だ。先代の伯爵が近侍長だけはこの男しかいないと王都派を説得して近侍長にした。そして、王都派の嫌がらせも何処吹く風と平気で近侍長を務めていたお方だ。
今度のことで手を貸して欲しいと言っても、若い者が担う時代だと言って出て来てはくれない頑固者だが、この辺りの郷士の束ね役はしっかりしている」
「そのような立派な方だったのですか」
パーヴォットは口に手をあてて驚いたように言った。
「気にするな。家内のフスラヴァに”気骨の奥方”といった戯れた名をつけたのはダブド・ヘルマンニ殿だ。
家内のことを曲がったことは嫌い、義理も果たすが人情も忘れないと言ってな。家内もマールの女だということだ」
ダンダネールはそう言うと部屋から出て行った。




