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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第六章 サトラル高原、麦畑をわたる風に吹かれて
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あやかしの一揆、逆巻く火の手7  気骨の奥方フスラヴァ 上

 祐司とパーヴォットは、何が起こるのかわからないので寝られるときには寝ることにして寝室に戻った。


「一揆が起こっているという事ですが、ますますひどくなるのでしょうか」


 パーヴォットは心配そうに祐司に聞いた。


 リファニア全体で見れば農民の反乱はしばしば起こる。しかし、特定の地域に限ってみれば、数十年に一回あるかどうかという程度である。武装して、無言の圧力を領主層に与える農村が、領主層の無体な行いを封じて、一揆という領主と農民の武力抗争になることを防いでいる為である。


 一旦、一揆が起これば眠っていた農村の武力により、抗争の相手となる領主層とは、互角の戦いをする。そのため、一揆は騒擾というより内戦という感じになる。


「これから刈り取りという農繁期だ。突発的な事件がきっかけになったといっても一揆を起こすのには不適切な時期だ。

 それに一揆の広がり方が不自然だ。ダンダネール様の言ったことが正しいとすれば時期を見計らったように伯爵領全土、それも王都派領主の知行地だけで同時に発生しているらしい。事前に用意していたかのような感じだ」


 祐司は、どう考えても地元派を利するような感じで一揆が起こったということに、一揆が今回の王都派と地元派の抗争と独立して起こったとは思えなかった。


「どういうことでございましょうか」


 まだ、パーヴォットは腑に落ちないように聞いた。祐司は「寝よう」とだけパーヴォットに告げた。



 朝になってもダンダネールは帰ってこなかった。そのかわりに、サモタン城塞から使者が命令書を持って来た。


 命令書には鎮圧軍総大将と言う肩書きでバルバストル伯爵の名が記してあった。鎮圧軍を名乗ったことで、伯爵妃と王都派は正式に反逆者とされたようである。


 その命令書は、地元派領主や郷士に対して食糧、個人の自衛用以外の武器をサモタン城塞に集結させよと書いてあった。

 そして、近隣の王都派領主と郷士の屋敷から食糧、武器を没収するので協力するようにとも書いてあった。


「すぐに命令書には従いましょう。ただ、運ぶのは今の人手では無理ですから地下室に集めておきましょう。あそこなら、ドアを壊そうと思ってもかなり手こずるでしょう」


 そう言ったダンダネールの奥方フスラヴァは、残った使用人たちに具体的に指示を出した。



 玄関奥の部屋で、祐司とパーヴォットが、家族、使用人ともいっしょに昼食を摂った後の出来事だった。


「ユウジ様、二十人ほどの兵士がこちらにやってきます。通りに面した家に押し入っています。女中さんに聞いたところでは王都派の郷士の家だそうです」


 玄関先で見張りをしていたパーヴォットが駆け込んできた。


「なにか印をつけているか。王都派か。それとも鎮圧軍の徴発隊か」


 祐司はそう言いながら傍らの短槍を取って、パーヴォットと表に出た。


「あわててよく見ませんでした。でも、旗とかは持っていませんでした」


 すまなそうに、パーヴォットは言うと二百メートルほど先にいる一団をじっと見ていた。


「あっ」とパーヴォットが声を上げた。


「どうした」


 祐司は用心のために、朝から鎖帷子を着込んでいた。その鎖帷子のベルト部分をもう一度締め直しながら聞いた。


「兵士の先頭にいる男に見覚えがあります。この屋敷に来た時にいっしょに夕食を食べた男です」


 パーヴォットは確信を持って言った。バナミナに来た初日、祐司はダンダネールとともに近所の王都派郷士と会食した。パーヴォットの言っているのは、そのうち昨日、見かけたヒルトニアではなくバギャナンと言う郷士のようだった。


「それでは王都派だな」


 祐司はヘルメットを被った。


「奥様、戸締まりは大丈夫ですか」


 祐司は心配そうに玄関先に出て来た奥方に聞いた。


「一階の窓は板で打ち付けております。今は出入り口は、表の裏の二ヶ所だけです。しかし、男は執事と御者だけでございます。二人とも武器をあつかった経験はありますが数が少なすぎます」


 奥方の言い方は落ち着いていた。相手は二十人以上で、こちらは祐司を含めて男が三人、あとはパーヴォット以下、十人ばかりの女と子供である。


「わたしもおります。しかし、あの集団が近づいてきましたら逃げましょう」


 祐司は即断した。


「安全を求めて逃げるならバナミナ城塞。近くでは、わたしの実家です。歩いて千歩ほどです。実家は武装した男が十名以上おります」


 奥方は的確に言った。


「バナミナ城塞は安全でしょうが少し遠すぎます。道中の様子が何もわかりません。取りあえず、奥方の実家を目指しましょう。

 すぐに逃げる準備をして裏口に集まってください。そして、ここの玄関は板を打ち付けて閉鎖させてください」


 そう奥方に言った祐司は、パーヴォットにも指示を出した。


「パーヴォット、三軒目くらいまで近づいたら教えろ」


「通りの反対から兵士の一群がきます。顔が二つ神の印の旗印を持ってます。きっとイリス神の旗です」


 パーヴォットが嬉しそうに叫んだ。


「バルバストル伯爵の旗印です。味方です」


 奥方も安心したように言った。


「でも、王都派も旗印は同じでは?」


「いいえ、イリス神の旗印は、オステ=ロスフェルト家、地元派の家紋です」


「ユウジ様、略奪をしていた兵士の中に巫術師がいます。術を発動させようとしています」


 ちょうど、ダンダネールの家の前をイリス神の旗印を先頭に、三十人ほどの兵士が駆け抜けていくところだった。


 祐司は短槍を手に持つとドアから飛び出した。


「危ない。”雷 ”がくるぞ。退け」


 祐司は怒鳴りながら、先頭を走っている旗手のさらに前に出た。兵士達がたじろいだように止まった。


 目前、百メートルほどの道の真ん中で、若い男の巫術師が仁王立ちで術を発動させようとしていたからだ。


 祐司は短槍の石突きを地面に触れさせた。”雷”を地面に逃したと言い訳するためである。


 ”雷”は祐司の頭上で微かに炸裂した。祐司は内心驚いた。直接、祐司に目がけて”雷”が放たれても普通ならば何事も起こらないからだ。

 それが、微かにでも炸裂したということは祐司の肘にある水晶が、巫術のエネルギーを吸収する能力をやや超えた巫術のエネルギーだった証左であるからだ。


 もちろん、祐司には巫術のエネルギーを無効にする能力があるので、いくら巫術のエネルギーを浴びせかけられても平気だが周囲の人間が無害という訳にはいかない。


 相手は、かなり強力な巫術師でそれも溜めに溜め込んだ巫術のエネルギーを放ったに違いなかった。


 祐司は周囲を見渡したが、被害を受けているような兵士は見当たらなかった。


「こけおどしの巫術師だ。進め」


 祐司が駆け出すと、兵士達も走り出した。大きく目を見開いた巫術師があわてて二撃目を繰り出すが結果は同じだった。


 巫術師が三撃目を出そうとした時には祐司が目前に迫っていた。巫術師はあわてて剣を抜いた。そして、祐司を迎え撃つために前進を始めた。これが、彼の運命を決した。逃げればよかったのだ。


 祐司を剣で迎え撃とうとした巫術師は、二十代前半のまだ若い男だった。


 祐司は目の前に迫った若い巫術師が逃げ出すのなら追いかける気はなかった。ところが、剣を抜いた上に、自分の方に進んでくるとなると自分を守る行動に出ざる得なくなった。


 祐司は姿勢を低くすると、巫術師の正面から急に左に進路を変えてすれ違いざまに、短槍を横合いから巫術師の胴を目がけて切り裂くように突きだした。

 巫術師はあわてて剣で短槍を跳ね返そうとしたが、祐司は短槍の動きに、すこしフェイントを入れて巫術師の剣を難なく避けた。

 

 短槍は巫術師の左の腰の辺りを抉った。祐司は手に骨に当たる衝撃を感じた。


 祐司が短槍を構え直して巫術師の方を見ると、巫術師はすでに両膝をついていてかろうじて右手に持った剣を地面に突き立てて倒れないようにしていた。


「お前、巫術を無効にしたな」


 巫術師は祐司を睨みながら言った。


 祐司はギクリとした。巫術を無効にする祐司の能力はリファニアでは絶対に隠さなければならない。

 もし、そのような能力の存在が知られれば、貴族や領主は祐司を得ようとして、祐司は自由に旅を続けることが出来なくなるだろう。


 そこへ、後続の兵士が繰り出した槍が巫術師の胸元に突き立てられた。祐司の杞憂は一瞬で終わった。


 巫術師が討ち取られたのを見た他の王都派兵士は抵抗もせずにちりぢりになって逃亡した。祐司が巫術師の死体を眺めている横を地元派の兵士が追跡のために走り去って行った。


 後には巫術師の死体と、食糧や衣服を乗せた三台の荷車が残されていた。



挿絵(By みてみん)




「わたしは、バッカン・ダルブレヒト。伯爵殿下に忠誠を誓う郷士である。貴公はジャギール・ユウジ殿だな?」


 指揮官らしい男が祐司に声をかけてきた。


「はい、ダンダネール様のお宅に寄食しております。一願巡礼のジャギール・祐司でございます」


 祐司は郷士と言うだけで相手の身分などがわからないので、できるだけ丁寧な口調で答えた。


「ドルファスを一撃で仕留めるとは驚きだ。高名なカタビ風のマリッサを一太刀で切り伏せたと言うが真実のようだな」 


 ダルブレヒトと名乗った指揮官が言った。


「ドルファス?」


「ドルファスはバナミナでは有名な巫術師だ。剣の腕も中々という評判だった」



「我らは王都派の屋敷から食糧武器を徴発している。任務の途中であるがダンダネール殿はお役目でお留守と聞いているので、用心の為に五人ほど置いていこう。すまないが、その者に飯を食わせてやってくれ」


「ダンダネール様の奥方に頼んでみます」


 祐司がダルブレヒトと、ドルファスの死体の傍で待っていると数分でダルブレヒトの部下達が帰ってきた。王都派の兵士が三人後ろ手に縛られていた。一人は肩を負傷して血を流していた。


「一人は仕留めました。あとはばらばらになって逃げたので捕まえられませんでした。申し訳ございません」


 そう言った兵士は、生首をダルブレヒトに掲げて見せた。


「こいつは知っている。営繕長のエッカルトだ。王都派では二番手の中というところだ。手柄だ」


 ダルブレヒトは満足そうに言った。そして、足元の死体を見て兵士達の命令した。


「ドルファスの首を刎ねよ」


 三人の兵士がドルファスの死体を持ち上げ一人が剣を振り下ろして首を刎ねた。祐司はすでに何度も首を刎ねる場面に遭遇しているが未だにその光景には強い違和感があった。


「ユウジ殿、ドルファスを討ち取ったのはユウジ殿だ。間違いなく報告する。ただ、トドメを刺したのは我が手の者だ。一応、首はこちらで預かってよいか」


 ダルブレヒトは祐司にそうは言ったが、ダルブレヒトの発する光は少しばかりゆっくりと乱れていた。祐司は迷っているなと感じた。


「はい。なんの問題もありません」


 祐司は特に手柄に執着しているわけではないので躊躇うことなく承知した。


「ドルファスを討ち取ったのはユウジ殿ではありませんか」


 いつの間にか、屋敷から出て来ていたダンダネールの奥方フスラヴァがきつい声でダルブレヒトに言った。


「これはフスラヴァ様、ドルファスを討ち取ったのはユウジ殿です。ユウジ殿にもそう言っております」


 ダルブレヒトは明らかに動揺しながら言った。


「では、何故、ユウジ殿が首を刎ねない。首を刎ねる栄誉は討ち取った者にあるのではないか」


 奥方のフスラヴァは納得せずに食い下がった。


「いや、ユウジ殿の許可も取ってある……」


「ダルブレヒト殿。報告はしっかりお願いします。わたしもユウジ殿がドルファスを討ち取るところをこの目でしかと見ました」


 奥方のフスラヴァが念を押すように言った。


「間違いござらん。人の手柄までは取らぬ。安心されたい」


 そう言ったダルブレヒトの発する光は落ち着いた光に戻った。どうやら、ダルブレヒトはいらぬ誘惑に打ち勝ったようだった。


 日本の戦国時代のようにリファニアでは討ち取った相手の首を刎ねて手柄の印にする習慣がある。

 以前にも書いたが負傷した敵兵を手厚く看護して、打ち解けた間柄になっても死ぬと躊躇いもなく首を刎ねる。


 魂の抜けた死体には大きな価値がないと考えるリファニアの宗教観がもとになっているようだが祐司には嫌悪感以外何者でもない。

 しかし、リファニアの人間が日本では死んだばかりの死体を高温で焼くと聞けば気分を悪くするに違いない。


 リファニアでは火で人を焼くことは嫌悪感を持たれる行為で、火炙りの刑なども神々も顔をそむける残虐行為として行われていない。


 ダンダネールの奥方がダルブレヒトに祐司の手柄だと念を押したのは個人の武勇が尊ばれるリファニアではあるが、手柄はその隊のものという基本認識からきている。


 祐司はダンダネールやその奥方から見れば客分で、自分の家、隊に属する人間である。祐司の手柄は自分達集団の手柄でもあるので、それを守るためにダンダネールの奥方はダルブレヒトに念を押したのである。


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