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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第六章 サトラル高原、麦畑をわたる風に吹かれて
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あやかしの一揆、逆巻く火の手4  伯爵VS伯爵妃

「これにて本日の裁判は終了だ。他国者でありながらエネネリの巫術について暴いてくれたジャギール・ユウジには褒美を与える」


 裁判台の横に急遽設えられた台の上の椅子から立ち上がったバルバストル伯爵も大きな声で続いた。


「バルバストル伯爵万歳」


 群衆の中で誰かが叫んだ。それはまたたくま間に広がった。


「バルバストル伯爵万歳」「バルバストル伯爵万歳」「バルバストル伯爵万歳」


 群衆は裁判の結果とバルバストル伯爵の仕置きに満足しているという意志表明である。

その群衆の声が少し下火になった時にバルコニーから叫ぶような女の声がした。


「その者が巫術師でなくとも人心を乱したことにかわりはない。よって、死罪じゃ。家族はエネネリが巫術師と虚偽の証言をした。家族も死罪じゃ」


 伯爵妃のランディーヌがバルコニーから身を乗り出すようにしていた。


「伯爵妃、我々はバルバストル伯爵よりこの裁判に対する判決を委任されております。我々の判決を尊重していただきたく存じます」


 バルタサル判事は少し腰を屈めて伯爵妃に言った。


「人心を惑わし、巫術で天候を左右するという虚言の供述をした。よって家族もろとも死罪だ」


 伯爵妃の口調は完全に感情に任せて言っているようだった。


「伯爵妃、この裁判は被告エネネリに対して、巫術による天候操作の罪を問うものでございます。

 人心を惑わしたことで罪を問うのなら再度、被告を尋問してその嫌疑をつまびらかにして告訴状を作成しなくてはなりません」


 バルタサル判事は諭すような口調で言った。 


「わたしの言うことが聞けぬか」


 伯爵妃はバルタサル判事を睨みつけた。


「聞けません」


 バルタサル判事も負けじと伯爵妃を睨んで言った。


「面白くなって来たぞ」


 ファティウスが薄笑いを浮かべながら祐司の方を見て言った。


「伯爵妃ランディーヌ様、我々はバルバストル伯爵殿下よりこの裁判に対する判決を委任されております。我々の判決を尊重していただきたく存じます」


 バルタサル判事は、今度は懇願するように言った。


「人心を惑わし、巫術で天候を左右するという虚言の供述をした。よって家族もろとも死罪だ」


 伯爵妃は一歩も退く様子はなかった。


「伯爵妃ランディーヌ様、この裁判は被告エネネリに対して、巫術による天候操作の罪を問うものでございます。エネネリはその疑いで反逆罪として公開裁判にかけられました。

 人心を惑わしたことで罪を問うのなら再度、被告を尋問してその嫌疑をつまびらかにして告訴状を作成しなくてはなりません。その場合は、虚言罪でございますから公開裁判ではなく通常の裁判となります」


 バルタサル判事は、ゆっくりと伯爵妃に噛んで含めるように言った。


「法務官の取り調べにおいて、虚言罪と認められれば告訴状を作成して法に従い処置せよ」


 伯爵がバルタサル判事に声をかけた。


「なりません。わたしが告訴する。今、ここで判決を」


 伯爵妃はバルバストル伯爵の言葉を無視して裁判台の三人の判事に命令した。


「はい、すぐ三人で協議します」


 パウティス判事が慌てた様子で伯爵妃ランディーヌに頭を下げて言った。


「その必要はない。今日の裁判は終わったのだ」


 バルバストル伯爵も三人の判事に向かって言った。

 


「何故、伯爵妃であるランディーヌ様はバルバストル伯爵様の命令を拒めるのですか。そして、何故、あんなに片意地なのですか」


 パーヴォットはファティウスに不思議そうに聞いた。パーヴォットの常識では領地内では領主の命令が絶対無比だからである。


「王都派は先々代の娘であった伯爵妃を権威の象徴として押し立てている。伯爵妃は昔からの家臣である王都派の力で政治に容喙する。

 王都派はバルバストル伯爵をお飾り扱いにしているが、実は伯爵妃のランディーヌ様も飾りだ。伯爵妃に政治を行って欲しい訳ではない。伯爵妃によって利益を得たいのだ。だから、利益をもたらしてくれない伯爵妃ならいらない存在だ」


 バルバストル伯爵と伯爵妃の言い合いが続く中でファティウスが解説した。


「伯爵妃はそれを自覚している」


 祐司が言った。


「そうだ。今度の裁判の告発者は王都派の有力者だ。その告発が不発に終わったら顔は丸つぶれだ。それも被告は平民の小娘だ。

 領主や郷士には耐え難い屈辱と感じるだろう。伯爵妃としては自分の支持者に屈辱をもたらし、恥をかかすわけにはいかないからだ」


 ファティウスが祐司に向かって、口元に微かな笑みを浮かべて言ったが目は笑っていなかった。


「さあ、エネネリをわたしは虚言罪で告発した。判決を下せ」


 伯爵妃ランディーヌの命令にバルタサル判事は、じっと伯爵妃を見据えたまま動かない。

 パウティス判事は、王都派が座っているベンチを見たり伯爵妃を方を見たりと落ち着かない。セレドニ判事は、時々バルタサル判事の方を見ては渋い顔をしていた。


「やめなさい。ヴァベマン・ジュルーニ・ランディーヌ」


 バルバストル伯爵が伯爵妃を名で呼んでたしなめた。公式の席でバルバストル伯爵が伯爵妃を名で呼ぶとは異例中の異例である。そして、卑称からの呼び名を言ったということは公式の叱責である。


 伯爵妃の顔が見る見るうちに険しくなった。


「判事諸君、バルバストル伯爵はわたしだ。法を越えて行いを出来るのはわたしだけだ。本日はご苦労であった。裁判台から去られよ」


 バルバストル伯爵は三人の判事に命令した。


「誰のおかげで伯爵になれたのじゃ。黙っておれ」


 伯爵妃ランディーヌの怒号が轟いた。


「これにて、解散だ。判事は裁判台から離れろ。これは、バルバストル伯爵の命令だ」


 バルバストル伯爵は伯爵妃の声など聞こえなかったかのように再度判事達に命令した。バルタサル判事とセレドニ判事が裁判台を降りようと階段の方へ歩き出した。


「離れてはならぬ」


 伯爵妃の声でパウティス判事はあわててバルタサル判事の服を掴んで裁判台から去るのを止めにかかった。


「判事諸君、どちらの言うことを聞くのだ」


 バルバストル伯爵も怒りを交えた声で言った。


「バルバストル伯爵殿下、万歳」


 群衆の中から誰かが大声を出した。そして、次第にその声に同調するように声の主は増えていった。


「バルバストル伯爵殿下、万歳、バルバストル伯爵殿下、万歳」


「やめろ。バルバストル伯爵を讃えるな。伯爵妃であらせられるランディーヌ様に逆らうな。バルバストル伯爵などお飾りだ。言うことを聞く必要はない」


 パウティス判事が錯乱したかのように怒鳴りまくった。


「反逆者だ」


 誰かの声を合図に、地元派の郷士達がベンチから一斉に立ち上がった。


「反逆!反逆!」「反逆!反逆!」


 地元派郷士は一斉に伯爵妃を糾弾するように叫びだした。それに、群衆も呼応した。広場は「反逆」の声で満たされた。


 それをバルバストル伯爵は手で制した。広場は声は収まった。それはバルバストル伯爵の威光を大多数が認めていることの証左でもあった。


「わたし、バルバストル伯爵自らの命を無視した上に、わたしを民衆の面前で侮辱した判事パティウスを解任して不敬罪で告発する。

 なおこれは現行犯であるゆえ守備隊で身柄を拘束して、動機、背後関係を含めた取り調べの後、裁判を行う。

 判事バルタサルと判事セレドニは、裁判の公正を守るために裁判が開始されるまで一切の他人との交流を禁じる。そのために、二人を拘束する」


 バルバストル伯爵は、結婚以来初めて伯爵妃に最後まで屈しなかった。


 守備隊の兵士が四人、裁判台に上がってパウティス判事の肩を掴んで引き立てようとした。裁判台の近衛兵は、顔を見合わせて動こうとしなかった。


「なんかえらいことになってきましたね」


 パーヴォットの声に祐司もファティウスも何も言わずに右手で剣の柄を握った。


「許さん。パウティス判事を即刻釈放して、エネネリの処刑を行え」


 伯爵妃の言葉で、ようやく裁判台の上の近衛兵が動いて、裁判台から降ろされて連行されて行くパウティス判事を追いかけようとした。


「近衛兵は動くな。誰に誓いを立てて、近衛兵になったのだ」


 バルバストル伯爵が近衛兵を一喝した。近衛兵が王都派、伯爵妃の配下のような存在であるのは公知の事実だが、近衛兵を任命するのはバルバストル伯爵の権限である、近衛兵はバルバストル伯爵に臣従することを誓っている。


 これは形ばかりのことではあると近衛兵は思っていたが、さすがにバルバストル伯爵自身に言われると、近衛達は動けなくなった。


「パウティス判事を裁判台へ連れ戻せ」


 伯爵妃がわめくように怒鳴る。


「誰の権限でそのようなことを言う」


 バルバストル伯爵は冷静な声で伯爵妃に言った。


「わたしはバルバストル伯爵妃だ。父上のお情けで叙任されたお前など、お飾りのバルバストル伯爵に過ぎない。わたしの命令を聞け。聞けないというのならば、お前の伯爵位は剥奪する」


 伯爵妃は完全に冷静さを失っていた。


「誰の権限でわたしから伯爵位を奪う」


 バルバストル伯爵の問いかけに伯爵妃ランディーヌは致命的な言葉で返した。


「わたしの権限だ。失せろゲス」


「諸君、聞いたか。伯爵妃ランディーヌはバルバストル伯爵であるわたし、バナガン・キルレット・エヴァリスの命を聞かないばかりか、公然と侮辱して伯爵位を自分の権限で奪うと言った。

 リファニア王にのみに許された叙任と爵位の剥奪の権能を自分が行うと公言した。これはリファニア王への反逆でもある」


 バルバストル伯爵は広場の群衆に呼びかけるように言った。そして、傍らに来ていたバルタサル判事とセレドニ判事に向かって聞いた。


「ガンデナ・バルタサル判事、及びハヤル・セレドニ判事。伯爵妃の今の発言は、統治権および司法権のある伯爵に対する越権行為であり、リファニア王のみに許されて叙任権を行使しようとした反逆であると認めるか」


「神々に誓って証人になります」


 バルバストル伯爵の傍らに来ていた二人の判事は口々に言った。神々に誓ってという修飾はリファニアでは最も重い言葉である。 


「キンベザ・ゴットフリー殿、こちらへお越し下さい。あなたも今の伯爵妃の言葉をお聞きになりましたか」


 バルバストル伯爵の言葉で、三十代半ばほど、旅装束の男が伯爵のいる台の上に上がってきた。


「はい、しかと」


 ゴットフリーと言われた男はバルバストル伯爵に会釈をしながら言った。


「その者は誰だ」


 王都派のいるベンチからデルベルト近衛隊司令が怒鳴った。


「キンベザ・ゴットフリー殿はリファニア王オラヴィ陛下より派遣された私服監察官です。オラヴィ陛下の直参郷士です」


 ダンダネールの隣にいた地元派の年配の郷士が言い返した。ダンダネールと同様にベンチの中央に座っていたことから、地元派の有力者のようだった。


「私服監察官だと」


 デルベルト近衛隊司令が胡散臭そうに言った。


「そうだ。キンベザ・ゴットフリー・ハル・ベルンハルド・バルゼナレド・ディ・タチ殿はバルバストル伯爵が、リファニア王オラヴィ陛下に私服監察官の派遣を依頼され、オラヴィ陛下から遣わされたお方なのです」


 先程の年配郷士が、祐司に説明するように言った。


 王都派のいるベンチでざわめきが起こる。また、地元派のベンチからもざわめきが起こった。どうやら、ゴットフリーのことは地元派でも一部の者しか知らない秘密だったようである。


 祐司が後で聞いたところでは、リファニア全土を把握しているとは言い難いリファニア王であるが地方の状況を把握するという名目でリファニア王から監察官が派遣される。

 常に監察官が派遣されるのはリファニア王に心服している領主領に限られる。これは監察官と言っても儀礼的なものであるために相当の饗応が必要になるためである。


 ただ監察官が派遣される場合は、その地の領主が歓待することになっているために、紛争地でもリファニア王から認められた正式の領主であることを誇示するために監察官の派遣を依頼する領主は珍しくない。


 このように監察官は儀礼的かつ政治的なものであるが、私服監察官は隠密的な監察官で、リファニア王に地方の状況を密かに報告することが任務である。私服監察官はそのために裏監察官とも呼ばれている。


 私服監察官自体には何の権限もないが、見聞したことは正式文章になってリファニア王に報告されるために、特定の事件の証人としては大きな価値がある証人となる。


 その上に、ゴットフリーの家名であるバルゼナレドは、現在の王家バルゼナ家の分家であることを示している。丁度、徳川本家と松平家の関係のようなものである。

 ゴットフリーは郷士と名乗っているから、分家の端くれのような人物であろうが、王家の血筋という権威は重い。


「嘘だ。その者を含めて引っ捕らえろ」


 伯爵妃がわめき立てた。流石に王の検察官だと名乗る人物を捕らえろと言われても、王都派の面々も近衛兵も互いに顔を見回すばかりで一歩も動こうとしなかった。


「伯爵は乱心したのだ。以降、わたしが摂政として政を執り行う」


 伯爵妃ランディーヌは、もういかように言い訳しても後戻りができない言葉を公の場で言った。 


「伯爵妃ランディーヌ様のご命令を実行するんだ。バルバストル伯爵を拘束せよ。偽監察官を捕らえよ」


 このままでは、一方的に押されるばかりと感じたデルベルトが大声で命令した。それに呼応して周囲の王都派の郷士と、デルベルト配下の近衛兵が一斉に剣を抜いた。


「反逆者を取り押さえるのだ。王命と心得よ」


 バルバストル伯爵が大音声で叫んだ。それに呼応して地元派の郷士や武装した農民も剣を抜く。

 王都派と地元派の間にいた無武装のバナミナ市民はあわてて危険を避けるために四方に走り去った。


 この混乱の中で、裁判台にはエネネリ、記録係、そして、四名の近衛兵が取り残されていた。


「マロニシア巡礼会の衆、エネネリを奪回して身の安全を図れ。非常事態だ許可する」


 ダンダネールが大声を上げた。


 それに反応して、数名の農民が剣を抜いたまま裁判台に上がろうとした。それを、裁判台の上の近衛兵が阻止しようとする。ただ四人の近衛兵で、大勢の農民を阻止するのは難しい。


 すでに、百名以上の農民達が裁判台全体を取り囲んでいた。それを、援護するように地元派の郷士やその従者達、それに一部の守備隊兵士が王都派が裁判台に接近しないように王都派と農民達の間に入り込んでいた。


「エネネリを殺せ。伯爵妃の命令だ」


 王都派の誰かが近衛兵に声をかけた。


「パーヴォット、そこを動くな」


 そう言った祐司はあわてて裁判台に駆け寄った。


 裁判台の上の近衛兵の一人が剣を振りかざしてエネネリに向かって行った。いくら、祐司がリファニアの人間と比べて電光石火の速さで動けるといっても走る速度が速くなるわけではない。


「間に合わない」


 祐司がそう思った時、何か黒い小さな物が近衛兵の顔面に命中した。エネネリに剣を振りかざした近衛兵が急に頭に手をやる。目の上辺りから出血していた。


 数人の農民が袋状の投石器を振り回していた。マロニシア巡礼会の農民でも護身用の剣しかバナミナに持ち込めなかったが、布ヒモでできた投石器をばらばらにしておくことで上手く遠射兵器として持ち込んだに違いなかった。


 投石器から発射される石つぶては、近衛兵に何度か命中していたが大方は完全武装の甲冑や分厚いマントに弾き返されていた。

 また、裁判中は装着していなかったフルヘルメットを石つぶてをよけるために被られたので最初の一弾のように露出している顔に当てることもできなかった。



挿絵(By みてみん)




 しかし、投石に近衛兵が気を取られているうちに、裁判台の上には十人以上の地元派の郷士と農民が上がっていた。郷士と農民うち数名は幕舎の支柱に使った棒を持っていた。

 完全武装の兵士に甲冑を着ていない者が剣で立ち向かっても分が悪い。甲冑を着た兵士には打撃系の武器が効果を発揮する。


 ハルバードやポールウェポンのような専門の武器でなくとも、丸太のようなもので叩かれればいくら甲冑を着込んでいても内臓にダメージを受けるほどの衝撃がある。

 まして、頭部を狙われると剣は防げても、重さの関係から数ミリしか厚さのないヘルメットは丸太では凹んでしまう。


 そのヘルメットに守られている脳は激しく揺さぶられる。


 郷士と農民は丸太を振るって抵抗する近衛兵を追い詰めていた。近衛兵達は持ち堪えられないことを悟ってエネネリの殺害だけを果たそうとした。


 三人の近衛兵が援護する中で、先程、石を当てられた近衛兵が再び逃げ惑うエネネリに剣を振り上げた。


 祐司は裁判台の上に飛び乗ると、三人の近衛兵が裁判台の郷士や農民と斬り合っているスキに再びエネネリを殺害しようと剣を振りかざした近衛兵の背後に走り込んだ。


 祐司は近衛兵が振り上げた剣を横から刀で薙ぎ払った。剣は刀によって二つに断ち切られた。近衛兵の剣は巫術で強化してあったのだ。それが仇になって剣は巫術のエネルギーを無効にする刀で無力化された。


 近衛兵は勢い余って半分の長さになった剣をエネネリの振り下ろした。半分になった剣はエネネリの鼻先をかすめて裁判台の床をしたたかに打った。


 祐司は前屈みになった近衛兵に背後から体当たりを食らわせた。近衛兵は俯せになって裁判台に伏した。そこへ、援護していた近衛兵を始末した郷士と農民達が殺到して甲冑の隙間を狙って剣を近衛兵に突き立てた。


「さあ、エネネリを安全な場所に」


 祐司は近衛兵の断末魔を聞きながら、エネネリの足を縛っているロープを刀で切ると駆け寄ってきた農民にエネネリを託した。


 エネネリは「ありがとうございます」と小さな声で祐司に言うと、農民達に連れられて裁判台を去って行った。


 祐司は裁判台を飛び降りてパーヴォットの元に駆け寄った。


「さあ、巻き込まれないように逃げるぞ」


 祐司はバナミナ市民に紛れて逃げようと思ったが、すでに大半の市民は逃げ出した後で、殺伐とした空気が広場を覆っていた。王都派、地元派は間を塞いでいたバナミナ市民がいなくなったので急激に距離を詰めており逃げ出す通路はなかった。


 祐司は逃げ出す機会を逸したことを悟った。


 市民が大方逃げ去って、王都派と地元派の間にできた空間を挟んだ双方は一斉に相手方に剣をかざして突進した。


 普通の戦いでは滅多に見られないことが起こった。剣で武装しているが、弓といった本格的な飛び道具や甲冑を装備しない者による千人規模の戦闘である。


 双方に数人の巫術師はいるが、広場で敵味方が錯綜しており命中精度が心もとない”雷”を放つことはできなかった。精々、味方が多い場所に”屋根”をかけるだけだった。

 

 ダンダネールが剣を振りかざしてその戦いに身を投じると、祐司は自分で待避路を切り開くべく抜刀してパーヴォットを守るようにして広場の出入り口の方へ向かった。


 ところが南北二ヶ所しかない広場からの出入り口は王都派が占めていた。祐司は争いに巻き込まれないように、パーヴォットの手を引くと安全な場所を求めて走り回った。

 広場の中全てに人間が充満していたわけではない。双方がぶつかる場所に人が集まり、その後方はまったく人のいない場所もあった。


 これは王都派に取っては僥倖であった。


 王都派最大の戦力である近衛隊は百名で完全武装である。それに対して、地元派の守備隊は警備を主眼とした武装で二百名で戦力として拮抗している。


 その他の人数は地元派の農民を入れて地元派が二倍以上いるが、広場の北の出入り口を押さえている限り伯爵館に駐屯する近衛隊の増援を受けられる。

 そして、南のサモタン城塞への出入り口を押さえれば、サモタン城塞から来る地元派最大の兵力である守備隊を狭い出入り口で阻止できるからだ。


 可能性としてはあるという程度だが、伯爵から反逆を宣告された以上、伯爵を含めた王都派を皆殺しにして自分達に都合のいい話をでっち上げて伯爵妃を新しい伯爵に叙任してもらういう方策である。


 ただ、これを実行するにはその決断を下して、伯爵を含めた地元派を情け容赦なく殺略するように近衛隊を動かし、全体を指揮する人間がいればという条件がいる。


 そして、それが可能な王都派の人物は自らその任務を放棄してしまった。


 祐司は広場の東端にそのような場所を見つけるとパーヴォットとそこから全体の戦況を眺める余裕ができた。


 投石器を持った農民は次々と王都派に投石を開始した。また投石器を持たない農民や地元派に荷担するバナミナ市民も石を拾って、素手で王都派に向かって投石を行っていた。

 これは、最前列に押し寄せよとする王都派をたじろがせて王都派は少人数で地元派と刃を交わすことになった。


 しかし、エネネリを救った農民の投石器は思わぬ効果もあげてしまった。


「あ、伯爵妃に石が当たったようです。左目を押さえてます。血がどんどん流れてます。ざま見ろでございますね」


 驚異的な視力を持つパーヴォットがいち早く異変を告げた。


「伯爵妃が抱きかかえられて逃げていきます」


 パーヴォットが言ったように、地元派が押さえたかった伯爵妃ランディーヌは負傷したために早々に争乱の場所から逃げ出した。


 伯爵妃ランディーヌの性格からすれば、ぎりぎりまで争乱の場所に残って指図をしたに違いない。そうなれば地元派の捕虜になる確率は高かった。


 しかし、伯爵妃は早めに逃げ出したために、地元派は伯爵妃を捕らえることが難しくなった。


 伯爵妃を追っていこうとする者もいたが、味方の投石が続いていているために前に出ることが出来ずに伯爵妃は逃げおおせた。


「パーヴォット、剣を抜いておけ」


 祐司は、投石をかいくぐって王都派の四名が駆け寄ってくるのを見た。その先頭には殺意をむき出にするように赤いマントをひるがえした近衛隊装束のデルベルトがいた。



挿絵(By みてみん)


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