表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第六章 サトラル高原、麦畑をわたる風に吹かれて
177/1175

あやかしの一揆、逆巻く火の手3  祐司VSエネネリ

「言下具申を申し立てる」


 広場に響き渡るような大音声がした。


 近衛隊司令のデルベルトが真っ赤なマントを翻しながら、王都派郷士が座っている台の上で仁王立ちになっていた。


「家老や高位の役職にある者は反逆罪などの重大な裁判では、言下具申として一度だけ発言が許される」


 ファティウスが手短に解説してくれた。


「エネネリがどの程度の巫術を持っているかはここで試せばいい」


 デルベルトは最初の大音声に負けないくらいの声で言った。


「試す?」


 バルタサル判事が訝しげに聞いた。


「そうだ。幸いこの広場にはカタビ風のマリッサを討ち取ったジャギール・ユウジ殿が来ている。是非にエネネリと対戦してもらいたい」


 デルベルトは祐司の方を見ながら言った。どうやら、祐司が台に座っていることに気付いていたらしい。


「エネネリがわざと力を発揮しなかったらいかがいたす」


 バルタサル判事が言い返した。


「バルバストル伯爵殿下にエネネリの家族への恩赦をお願いしたい。ユウジ殿にあっけなく組み伏せられるようであれば、エネネリの家族はエネネリが巫術を使った虚言の供述をしたことになる。死罪が適応されるような罪科で虚言の供述をすればどのような罪になるのか?」


 デルベルトはパウティス判事に向かって聞いた。


「最高で死刑だ」


 パウティス判事の答えに、デルベルトは満足げに言った。


「ならばエネネリは家族のために全力を出すだろう」


「しかし、そのジャギール・ユウジ殿がこの対戦を受けてくれるのかでしょうか」


 セレドニ判事が不安げに言った。



「ダンダネール様、受けます」


 祐司はダンダネールの方を振り返るときっぱりと言った。デルベルトが悪意で祐司を引っ張り出そうとしているのは明らかであり祐司は逃げることより決着をつけることを選択した。


「よいのか。相手は希代の巫術師であるのは間違いないぞ。貴族でもないユウジ殿に勝算はあるのか」


 ダンダネールもデルベルトがエネネリの巫術の力を試すという口実で、祐司を危険な戦いに追い込もうとしていることはよくわかっていた。ダンダネールの言葉に、祐司は迷いなく答えた。


「大丈夫です。わたしはあの女性を助けたいのです」


 これは祐司の本心である。祐司は衆人環視の中で見せ物のように、尋問台に縛り付けられているエネネリが不憫でならなかったのだ。


 ダンダネールはバルバストル伯爵のいるバルコニーに向かって手で円を描くような合図をした。


「よろしい。判決は判事が下すが、恩赦を与えるにはわたしの権限である。エネネリが強力な巫術の持ち主と証明されるような力を出したと三人の判事が判断すれば家族と婚約者に恩赦を与えよう。

 ただし、この対戦はわたしが見極める。わたしが止めたらそれで終わりだ。これはエネネリが本当の巫術師がどうかを見極めるために行うためのもので、判決はまた別の話だ。わたしも下に行く。しばし待て」 


 バルバストル伯爵はバルコニーの中で立ち上がって言った。


「では、ジャギール・ユウジ殿、この裁判台の上へ。巫術師の方々も裁判台の横で待機して裁判台に”屋根”をかけて周囲に”雷”などが届かないようにお願いします。また、エネネリに不審な動きがあれば、我らに構わずに一斉に”雷”をお願いします」


 バルタサル判事が祐司に向かって言った。


 やがて、バルバストル伯爵が四人の護衛を伴って広場に現れた。護衛のうち一人は剣のみで武装していることと服装から巫術師のようだった。


 地元派の郷士達の座っているベンチがのっている台から、急いで郷士達が降りる。伯爵は近くにいた守備隊の兵士に命じてベンチを降ろさせると、小姓が持ってきた椅子を台の上に置かせた。


「さあ、判事の椅子もここへ。判事はわたしといっしょに見届けるように」


 バルバストル伯爵は三人の判事に命じたが、バルタサル判事は深くバルバストル伯爵に礼をしてから決然とした言葉で返した。


「お言葉でございますが、裁判台は私どもの戦場でございます。勝負の邪魔はいたしませんので身近に証拠を見たいと思います」


「よかろう。しかと見届けよ」


 バルバストル伯爵は満足げに言った。裁判台の記録係と警備役の近衛兵達が不安そうに顔を見合わせた。職務上、彼らも裁判台に残らなければならないからだ。


「もしユウジとやらが、まことカタビ風のマリッサを討ち取った勇者なら、エネネリごときに遅れを取ることはないでしょう。

 もし偽りの勇者であれば、簡単にエネネリに打ち負かされるでしょう。偽りの勇者であればそれなりの罰を与えるべきかと」


 デルベルトは、広場にいる人間に宣告するように言った。デルベルトの算段では、強力な巫術師であるエネネリに対して逃げ場のない裁判台の上で上手くいけば命を落とすという算段だった。



 前日、デルベルトの奥方のオレーシャは、夫婦喧嘩の挙げ句にデルベルトが近々死ぬという予見をデルベルトの母親に伝えて王都に向かった。


 オレーシャは、デルベルトが死ぬとだけ予見したのだが、母親はなんとか死を逃れる方法はないのかと聞いた。

 オレーシャは、夫婦喧嘩の発端になった祐司への接待の憤懣から祐司もいっしょに死ねばいいのにと言ったのだが、藁をもすがりたい母親は、祐司が死ねばという言葉の意味をオレーシャに聞き返した。


 すると、オレーシャは、祐司も死ねば、わたしの憤懣も収まるだろうと言って立ち去った。この言葉は普通に聞けばデルベルトの死とは関係がない。

 しかし、母親は死は、オレーシャがもたらすのではないかと以前より考えていたために、祐司が死ねばデルベルトが助かると都合よく解釈して、そのままデルベルトに伝えていた。


 そのために、デルベルトは祐司に強い殺意を持っていたのだ。


 祐司は近衛兵によって台の上に追い立てられた。


 エネネリは尋問台から降ろされていましめが解かれた。ただ、逃げ出すことを防ぐためか右の足首はロープで固くくくられていた。

 ロープは結び目に針金が巻き付けてあり素手でロープをはずせないようになっていた。そして、ロープは裁判台の台木につながっていた。


 裁判台の四隅に巫術師が現れて、裁判台を覆うように”屋根”をかけた。もし、エネネリが”雷”を使用しても周囲に害が及ぶことはない。

 ”屋根”は通常は見えないが、祐司には空間の揺らぎとして波のような感じかすかに見えた。


 裁判台の周辺は完全に”屋根”が壁のようになって取り巻いているはずだった。少なくとも術をかけている巫術師はそのような手応えを持っているはずである。


 ところが、裁判台は祐司の巫術を無効にする力の範囲からするとギリギリの大きさで祐司が少し裁判台の真ん中から端に寄れば、その方向の”屋根”は消失していた。


 祐司は腰に吊していた刀をセレドニ判事に渡した。裁判台の上にいる人物で、セレドニ判事が一番信頼できそうだったからだ。


「武器無しでエネネリと戦うのですか」


 セレドニ判事が驚いて聞いた。


「相手は若い小柄な女性で、何も持ってはいません。わたしだけが武器を持っていては対等な戦いとはいえません」


「エネネリは巫術師ですよ」


「いいえ、わたしはそうは思いません」


「貴方様にはなんの恨みもございません。しかし、貴方様を倒さねば家族が罪科に問われます。お許しください」


 エネネリがすまそうに祐司に言った。


「遠慮なくどうぞ。どうか術の準備をしてください。それまで待ちます」


 祐司の言葉にエネネリは手を構えた。エネネリの発する光から術の準備ができるまで祐司は待つことにした。

 

 祐司は、大勢の群衆に見られて、ちょっと気分が高まった。そして、武器を隠し持っていないことを見せるために膝の上まであるような大型のTシャツ状の上着とシャツを脱いで上半身裸になった。


 祐司はエネネリは天候を操るということから、必ず”突風術”を使用するに違いないと思った。


「行きますよ」


 エネネリが手を突き出して術を発動させようとした。祐司は手に隠し持っていた水晶を口を払う振りをして口中に含んだ。祐司は小走りでエネネリに近づいた。


 エネネリは術を発動させた。すっとした風が祐司の頭を撫でて通りすぎて行った。


 もし、エネネリに近づいたのが祐司でなければ数十メートル程も飛ばされていたかもしれないほど強力な巫術だった。

 

 驚愕の表情のエネネリに祐司は近づくと、エネネリの服の胸ぐらと、袖口を掴んだ。そして、昔、高校の体育で習った柔道の背負い投げをエネネリにかけた。

 身長が百四十センチあるかないか、体重も四十キロ以下の小柄で呆然としている女性を身長が百八十センチ弱、体重が七十キロを越える祐司が投げるのである。


 ズデォーン。


 裁判台は派手な音を上げた。


 技はお手本のように決まった。祐司はエネネリが床にたたきつけられる前に、大きなダメージを負わないようにエネネリを多少引き戻すほどの余裕があった。


「勝負あった。それまでだ」


 バルバストル伯爵が立ち上がって叫んだ。


 広場全体からくぐもったような「ウォーーーー」という声がした。



挿絵(By みてみん)




 祐司はエネネリの様子を見る振りをしながら口中に含んだ水晶をエネネリにあて、水晶が埋め込まれた左の肘もエネネリに当てた。祐司は肘の震えで強力な巫術のエネルギーが吸い取れていくのがわかった。


 祐司はエネネリの巫術のエネルギーが完全に抜けたところで、水晶をズボンのポケットに入れてエネネリを立たせようと手を引っ張った。


 しかし、エネネリは腰が抜けたかのように立ち上がれなかった。急激に巫術のエネルギーが抜けてしまった影響だろうと祐司は思った。


「どうなっているんだ」


 デルベルトが大声で叫んだ。 


「この者は巫術師ではございません。巫術は使えるかもしれませんが、精々田舎で巫術をよく使えるような者に毛が生えた程度でございます」


 祐司はデルベルトに言い返した。


「ええい、これでは何も証明できん」


 デルベルトも感情的に祐司に言い返した。


「エネネリが天候を操った人物ではないことが証明されました。雨を降らし、暖かな風を吹かせるということは、特別な一握りの巫術師にしかできない技でございます」


 祐司は三人の判事に向かって言った。     


「それは証明にならない。わざと術を出さなかったかもしれんではないか。あるいは術をかけ損ねたのかもしれぬ」


 パウティス判事が大きな声で宣言するように言った。


「お恐れながら証明できます。巫術師の方はエネネリに弱めの”雷”を」


 祐司はバルバストル伯爵に言った。巫術師かどうか判定するのに巫術に弱い巫術師の特性を利用して弱い”雷”で試すのは一般的な判別法である。

 本来ならば、決闘や見せ物のように、祐司とエネネリを対戦させる前に実行してよい方法である。


「バルタサル判事、パウティス判事いいでしょうか」


 セレドニ判事が聞いた。バルタサル判事はすぐに頭を振った。


「よいだろう」


 祐司が言った方法は、拒否する理由がない一般的な方法であるためパウティス判事はしぶしぶ承知した。


「”雷”をエネネリに与えよ」


 バルバストル伯爵は近くにいた巫術師に何事かを命じた。巫術師は急いで裁判台に上がると、膝をついて、まだ立ち上がれないでいるエネネリの肩を両手で掴んだ。弱い”雷”は相手に接触することで与えることができる。


 エネネリの体が仰け反った。巫術師はエネネリから手を離すと立ち上がった。エネネリは肩で息をしているが、動けなくなるような大きなダメージを受けたようには見えなかった。しばらして、よろめきながらもエネネリは自分で立ち上がった。


「巫術師なら昏倒しています。床に投げつけられて弱っている状態でも常人よりまだ巫術に耐えております。エネネリは巫術師ではございません」


 巫術師は伯爵と判事の方を交互に見やりながら言った。


 巫術師は巫術に弱い。体に接触して与える”雷”は、一般人ならしびれて数分動けない程度であれば、巫術にある程度の耐性がある貴族では少し感電したような感覚と接触された部分がしびれて一二分は動きに制限を受ける。そして、巫術師ならば完全に動けなくなるか気を失うだろう。


「かの巫術師ナンゼナ・ルチバルドは、わたしの直属の公認巫術師である。その言葉は公式な見解だ」


 バルバストル伯爵は満足そうに返した。


「巫術師が術をかけ損ねたのでは」


 あわてた様子でパウティス判事が異論を唱えた。


 祐司は、王都派のパウティス判事がいよいよ本領を発揮してきたと思った。王都派にすれば、エネネリが強力な巫術師であることは明白である。

 後は罪科の問題であり、反逆罪にすることで、エネネリの恩恵を受けたであろうジャンマ郡の地元派領主に圧力をかけられば上出来だったのだ。


 その最低限の条件であるエネネリが巫術師でないとすると、虚偽の告発を伯爵妃も含めた王都派領主が行ったことになる。

 平民の小娘に伯爵妃を含めた王都派が法廷で敗北するのである。裁判の進行から王都派は家族を捕らえることでエネネリに、無理矢理、供述書を書かせたという雰囲気になっている。


 中立的に考えれば、無力な平民の小娘を領主が組んで冤罪に仕立て上げようとしたと思うほうが自然である。ただでさえ、領民には煙たがられている王都派は、大きく信頼を失い権威に傷がつく。  


「お疑いなら、もう一度術をかけましょう。あなたも手伝っていただけますか」


 巫術師のルチバルトがパウティス判事を挑発するように言った。


「よし、いいだろう。どうすればいい」


 パウティス判事は明らかに虚勢をはったような口調で返した。


「エネネリと手をつないでください」


 パウティス判事は巫術師のルチバルトに言われたようにエネネリと手をつないだ。


「エネネリさん、ここがあなたの正念場です。絶対に手を離さないでください」


 祐司がエネネリに言うとエネネリは頭を振った。エネネリはおぼつかない様子だったが顔を前に向けて立っていた。


 巫術師のルチバルトは右手をエネネリの肩に、左手をパウティス判事の肩に置いた。


「では、いきます。先程よりも少しだけ強めにします」


 再びエネネリの体が仰け反った。しかし、エネネリはなんとか踏みとどまって立っていた。しかし、パウティス判事は弾かれたように飛び上がってから崩れ落ちて裁判台に四つん這いになった。


 それでも、エネネリはしっかりとパウティス判事の手を握ったままだった。


「エネネリが手を離さなかったことで、両者に均等の巫術がかかりました。結果はごらんの通りです。エネネリがごく下級の巫術師であるとすればパウティス判事はリファニアが産んだ最も偉大な巫術師でしょう。

 そうでないのなら、パウティス判事は並みの巫術師でエネネリは巫術ができたとしても極弱い、それも不確かな巫術しかできません。最大限、譲歩しての見解です」


 巫術師のルチバルトはちょっとぶったような言い方で言った。目立つのが好きな男なのだろうと祐司は思った。


「裁判では余計な修飾はいらない。譲歩しないのならどうだ」


 バルタサル判事はきつい言い方で言った。


「エネネリは常人です。巫術師ではありません。むしろ貴族に近い耐性があります」


 巫術師のルチバルトは今度は素直な口調でバルタサル判事に言った。


「記録係は、この様子についての記述はもちろん、公認巫術師ルチバルトの言葉と伯爵殿下の言葉を記録せよ」


 バルタサル判事は記録係に念を押すように言った。そして、横に立っているセレドニ判事とまだ四つん這いになって体全体で息をしているパウティス判事に言った。


「ガバス・パウティス判事、ハヤル・セレドニ判事、判決を下してよろしいか」


 セレドニ判事は、短く「はい」と答え、パウティス判事は何を言っているのか聞き取れなかったが大きく息を吹き出した。


 バルタサル判事は椅子から立ち上がると、裁判台を降りて裁判台の横に設置されていた背丈ほどの高さの小さな幕舎に入った。パウティス判事、セレドニ判事も続いて幕舎に入った。


「あそこで、合議をするんだ」


 ファティウスが、服を着てダンダネールのいる台に戻ってきた祐司とパーヴォットに教えてくれた。


 数分で三人の判事は幕舎から出て来た。そして、裁判台の上に戻り伯爵のいる台の方を向いて一列に並んだ。


 真ん中にいるバルタサル判事が一歩進み出た。


「判決を下す。エネネリは天候を左右するほどの力を持った巫術師ではない。告発された罪については無実が証明された。無罪だ」


 バルタサル判事は広場に響き渡るような声で言った。群衆は歓声を揚げた。


「家族は?」


 エネネリが慈悲を乞うようにバルタサル判事に言った。


「前後の事情から家族ないし婚約者が、エネネリが巫術師であると虚偽の証言をしても利はない。ただし、虚偽の証言は事実である。一月の監禁を命じる」


 群衆から再び歓声が上がった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ