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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第六章 サトラル高原、麦畑をわたる風に吹かれて
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あやかしの一揆、逆巻く火の手2  公開裁判

挿絵(By みてみん)




「さあ、始まるぞ」


 ファティウスは芝居でも始まるかのように言った。


「だだ今より公開裁判を開始する。まず、この公開裁判を開く理由を告発状によって明らかにする」 


 王都派と目されるガバス・パウティス判事が、立ち上がって羊皮紙の巻物に書いた告発状を読み上げた。


 まず、告発されたエネネリの氏名、略歴が読み上げられた。それによると、エネネリはジャンマ郡の半農半狩を生業とする一家の三女である。


「なお、被告が十年以上の入牢、強制奉公の判決を受けた場合には二等親以内の身内に連座制を適応する。

 よって、両親、兄弟は現在、サモタン城塞にて監禁中である。さらに、法によって二等親相当とされる神殿に認められた婚約者ハレバン・カルミネも同様に城塞にて監禁中である」


「約束が違います。おっとうやおかあ、パウス兄ちゃんやマレット姉ちゃんたちには手出ししないって約束です。

 まして、カルミネさんも今度のことには関係ありません。だから、罪を認めたのに約束が違います」


 突然、エネネリが大声で叫び出した。エネネリの歳は二十歳だと告発状で明らかにされているが幼い顔立ちと同様に声も年よりずっと幼い感じの愛らしい声だった。


 群衆からざわめきが起こった。


「打ち合わせが悪いな。あれでは、親族や婚約者の身をもって脅迫したと印象づけただけだ。連座など余計な事を言わなくとも裁判は始まったのにな」


 ファティウスは冷笑しながら言った。


「告発状を読む間は、被告は無言を貫け。被告に猿ぐつわをせよ」


 ガンデナ・バルタサル判事は、いつまでも家族と婚約者の釈放を言い立てているエネネリを静かにさせるように命じた。

 尋問台に縛り付けられても、必死で暴れるエネネリは近衛隊兵数名によって猿ぐつわをはめられた。


 その光景を見た祐司は、非業の最期を遂げた薄幸の少女テスラを思い出して胸が締め付けられるようだった。

(第二章 北クルト 冷雨に降られる旅路 最果ての村アヒレス8 オオカミ憑き 下 参照)


 ようやく、エネネリが静かになったので、パウティス判事は、エネネリを告発した人物の名を読み上げた。

家老のバルマデン準男爵以下、近衛隊司令デルベルトや、祐司に夜伽をあてがおうとしたスピリディオンの名を含んだ三十名ばかりの名前と身分、役職が読み上げられた。


「王都派有力者の勢揃いだな。これで、この裁判の悪役が明らかになった」


 延々と告発者の名前が読み上げられる途中でファティウスが、皮肉っぽい口調で言った。


「身分郷士、近衛隊二番隊長……」


 告発者の名と身分、役職を読み上げていたパウティス判事は言葉を失ったかのように黙った。


「ガバス・パウティス判事、続きを読みなさい」


 バルタサル判事が発言を促した。


「以上、当初の告発人に加わり、次の者を加える。日付は昨日になっております。ヴァベマン・ジュルーニ・ランディーヌ・ハレ・ロクナット・オステ=ロスフェルト・カプト=ロスフェルト・ディ・マール。身分貴族、伯爵妃」


 パウティス判事の言葉に、広場中が震えるようなうめき声が木霊した。低い声でうなるのは、現代のブーイングに近い行為である。祐司達が座っている台の、地元派郷士達もひそひそとお互いに何事かを言い合っていた。


「伯爵妃が告発状に名を連ねるとは作法どころか、常識以前だ。それも、正式の告発状に昨日になって書き足すとはな」


 ダンダネールは呆れたように言った。


「静粛に!静粛に!不敬だぞ」


 パウティス判事は四方に向かって怒鳴った。それでも、海鳴りのように響くうめき声は止まなかった。


 突然、近衛隊の兵士達が群衆を威嚇するように、槍の石突きで地面を叩き出した。次第にうめくような声は収まった。


 祐司はバルコニーの伯爵妃を見た。遠すぎて表情や仕草もわからない。祐司の特殊能力である人間が発する光で感情を推測することも無理だった。

 リファニアの人間が発する光は元々薄いのものであるので、余程激高したり、巫術まがいの能力で周囲に影響を与えるシスネロス元市参事ランブルのような人物の光でないと十メートルほども離れると判別できない。


「パーヴォット、伯爵妃の様子は?」


 祐司は驚異的な視力を持つパーヴォットに聞いた。


「はい、横の伯爵様と話しています。落ち着いた感じです。その後ろに何か言い訳をしてるような感じの郷士らしい男がいます。どうやら、領民に正義を示すとか、伯爵妃のためとか言っているようです」


「伯爵妃は自分の名が告発状にあるのは知っていたということか」


 パーヴォットの言葉に祐司は呟くように言った。


「どこかのお調子者が、伯爵妃に反逆者の告発状に伯爵妃の名があると告発状と伯爵妃自身の権威が上がるとでも吹き込んだだろう。

 ところで、言い訳をしている郷士はどんな感じの人物だ。最近、歳のせいか目がめっきり弱くなった」


 ファティウスがパーヴォットに聞いた。


「赤っぽい顎髭を生やした、小柄で少し太った男です」


「侍従長のバブヘリ・ガガナンだな。最近、失態が続いているから、伯爵妃に気に入られようと必死だという噂だ。また勇み足をしてしまったわけだ」


 ファティウスが面白そうに言った。そして、ファティウスは王都派が座っているベンチの方を指さした。


 王都派の領主や郷士達は互いに身を乗り出して何事かの言い合っていた。


「裁判が始まる前から仲間割れかな」


 ファティウスはますます愉快だと言わんばかりに言った。


「静粛に!」


 主席判事と目される、ガンデナ・バルタサル判事が立ち上がって一喝するように言った。最後のうめき声が収まった。バルタサル判事はパウティス判事に目で合図した。


「告発内容を読み上げる」


 何事もなかったかのようにパウティス判事が再び告発状を読み出した。


「被告、グテナン・エネネリ・ハレ・バンガット・ピリナ・ディ・マールは、オラヴィ王五年より本年オラヴィ王八年にわたり、不正な巫術を使い居住地周辺地域の天候を悪化させることで大幅に収穫を減少させた。

 その推定量は累計で小麦一万九百石、大麦七千三百石、ライ麦三千四百石である 。これによりその地の民を苦しめ、年貢を減少させた。年貢は郷土を守護する領主の力を弱め、敵対勢力に利をもたらした。よってその罪は反逆罪である」


「その証拠は」

 

 バルタサル判事はパウティス判事に荘厳な感じで言った。


「ここにエネネリの供述書がございます。また、巫術を使用するところを目撃した郷士階級の者二名の陳述書があります」


「それをこちらに」


 バルタサル判事は、パウティス判事から書類を受け取った。そして、裁判台の下にいた役人風の男達に手で合図をした。役人分の男達は書類を三人の判事に渡した。


 三人の判事は、その書類とパウティス判事が持っていた書類を結構な時間をかけて照合しているようだった。


「われらが、二日前に受け取った供出書の写しと割り印、内容が一致した。われらはこの写しを持って真偽を突き止めようと精読した。これより、被告人の尋問に入る」


 パウティス判事が裁判台の真ん中で宣言した。


 それを合図のように、兵士がエネネリの猿ぐつわを取った。


「家族を家に帰してください。罪は認めます。死刑になっても恨みません」


 エネネリは猿ぐつわを取られると哀願するようにバルタサル判事の方を見て言った。


「法に従って行う」


 バルタサル判事は事務的にエネネリに答えるとパウティス判事に命令口調で言った。


「パウティス判事よ。尋問を始めなさい」


 バルタサル判事の命でパウティス判事はエネネリの尋問を始めた。尋問と言っても供述書に書かれている内容の是非をエネネリに確認していくだけだった。


「認めたら家族を家に帰してくれますか」


 何度もエネネリはパウティス判事に聞いた。パウティス判事は「正直に言えば情状酌量がある」といい、その度にバルタサル判事から「被告を誘導したり、空約束をしてはいけない」と注意を受けた。


「判事さんってすごいですね。そんなに大声を出しているように思えないのに声がよく聞こえますね」


 パーヴォットが感心したように言った。


「弁舌が分かり易く、声が聞きやすいのも判事の条件だから、日頃から発声法を練習しておるのだ」


 ファティウスがさも当たり前だと言わんばかりに解説した。



「以上で、わたしの尋問を終わります。被告エネネリは自覚はなくともバルバストル伯爵領を弱体化させて外敵にスキを見せる状況をつくりました。この件での反逆罪は成立いたします」


 最後に、パウティス判事はそう言って椅子に座った。


「では、ハヤル・セレドニ判事よ。尋問を行いなさい」


 バルタサル判事は今まで一言もしゃべっていない、若いセレドニ判事に尋問を促した。


「エネネリ、わたしはハヤル・セレドニです。わたしは供述書に書かれていないことをあなたに確認します」


「あなたなら、おっとうやおっかあを家に帰してくれますか」


 エネネリがすがるような目をしてセレドニに言った。


「あなたが無実なら家に帰ることができます」


「わたしは、伯爵様に反逆なんて恐ろしいことを考えた事も思った事もありません。だから、わたしのしたことは本当ですが反逆ではないんです。反逆で有罪だとは納得できません。反逆ではありませんので、わたしは無罪です」


 エネネリの最後の言葉に反応するように。広場のあちらこちらから「そうだ」「無罪だ」という声が聞こえた。


「静粛に。尋問を妨害するような発言者は退場させる」


 バルタサル判事が群衆を制するように言った。


「落ち着いてください。わたしはあなたが罪をおかしたどうか判断するだけです」


 セレドニ判事がエネネリにかける言葉は感情がこもって優しかった。


 祐司はここまでのやり取りを聞いていて、漸く裁判の仕組みがわかってきた。全て判事と名乗っているが、パウティス判事は検察役、セレドニ判事は弁護士役を担当しているようだった。


 祐司はリファニアの司法制度に精通しているわけではないが、裁判で判事、検事、弁護士という職能が未分化であることは漠然と知っていた。

 大まかに言えば江戸時代さながらに、御奉行が一人で警察、検察、裁判官を兼任して罪科を正すのである。


 ただ、少なくともマール州のバルバストル伯爵領では、概念的ながら罪を明らかにする検察役、罪の背後を明らかにして場合によっては、被告の罪科を疑い軽減を願うような弁護士役がいるようである。


 ただ、弁護士役のセレドニ判事は一見落ち着いているように見えるが、祐司からは自身を苛むような感情の動きがセレドニ判事の発する光の様子から見て取れた。

 光は大きく波打ち、セレドニ判事の心の中が押しつぶされるような状態になっているようだった。


 セレドニ判事は、少し目を瞑ってからダンダネールとファティウスの方を一瞬見たことを祐司は見逃さなかった。そして、その時、セレドニ判事の発する光は今までになく波打った。


 セレドニ判事の動揺の原因がダンダネールとファティウスにあることは明らかだった。セレドニ判事はバルコニーにいる伯爵を見て、それからエネネリを見た。


 セレドニ判事の光が急に落ち着いた。祐司はセレドニ判事が何やら覚悟を決めたように感じた。


 セレドニ判事は、落ち着いた口調でエネネリへの尋問を始めた。


「エネネリ、あなたは反逆罪ではないと言った」


「そうです。収穫を増やしました。それで何故反逆になるのですか」


 エネネリの言葉に、セレドニ判事は仲間の二人の判事を見て言った。


「ガンデナ・バルタサル判事、ガバス・パウティス判事、わたしはこの十年の領内の収穫量を調査いたしました。変動がありますが、前半の五年と比べて後半の五年は全体で、一分だけですが収穫量が増えております。

 増えているのは、エネネリの居住地を中心にした東西二十三リーグ、南北八リーグの範囲で増え方は顕著です。その周辺の地域はよくて現状維持、多くは減収になっています」


 パウティス判事が立ち上がって何か言いたそうだったが、バルタサル判事はそれを制してセレドニ判事の発言を続けさせた。


「確かにエネネリの巫術の力で収穫が左右されていたといたしましても、領内全体では年貢は増えております。

 これは、反逆罪ではなく、みだりに巫術を使用して周囲に不利益を与えた年貢徴収妨害の罪が適切かと思います。告訴状には反逆罪と年貢徴収妨害の罪科が記入されておりますが、反逆罪の適応は無理がありましょう」


「その資料は、わしも読んだ。適切と認めたいが、ガバス・パウティス判事はどうか」


 バルタサル判事がパウティス判事に同意を求めるように聞いた。


「承知いたしております。ただ、年貢徴収妨害のみでも、金貨十枚以上の損害を年貢という公的な材に加えております。これはマール州の法では死刑が適応されます」


 パウティス判事は、想定の質問だったらしく淀みなく答えた。


「死刑でいいです。家族を赦して下さい」


 エネネリが悲痛な声で言った。それに、対してパウティス判事は告発状を読み上げている時と比べて、手の平をかえしたように冷酷な調子でエネネリに言った。


「家族はエネネリの所行を知っておりました。同罪です」


「エネネリが巫術を使用した場合にどの程度収穫に影響したかを正確に判定するのは難しいと思います。

 金貨十枚相当なのか、そうでないのかは証明できません。エネネリの巫術の力がどの程度なのかという証拠も提示されておりません。それに法では年貢徴収妨害で死刑になるのは、年貢徴収妨害自体に目的があって悪意があってのことです」


 セレドニ判事は、あわててパウティス判事に反論した。


「我々はエネネリが本当に天候を左右する巫術を持っているかどうかを知りません。被告が死刑になる可能性がある以上それを確認すべきです」


 セレドニ判事の言葉に、バルタサル判事とパウティス判事は顔を見合わせた。セレドニ判事は執拗に食い下がった。


「エネネリの巫術を目撃してたという証人に聞いて見たいと思います」


「必要はない。郷士身分の者がエネネリが巫術を使ったと供述している」


 パウティス判事はセレドニ判事を咎めるような口調で言った。


「はい、内容は信用しております。エネネリはベストラス山の山頂付近で、手を空にかざして巫術を使い辺りの天候に異変を与えたとあります。

 その内容について詳しく聞きたいのです。幸い目撃者は二人とも告白者になっておりこの場におります」


 セレドニ判事はパウティス判事に構わずに、バルタサル判事に言った。しばらく、沈黙が裁判台を覆った。


「よかろう」


 バルタサル判事は低い声で言った。


「郷士カガリネ・シオドリク、および郷士マシューバニ・ガスタスはこの場に出られたい」



 すぐに王都派の席から二十代半ばぐらいの郷士が二人、裁判台に上がってきた。


 判事と違って広場で大勢に通るような発声法を身につけていない。郷士のために二人の”拡声術”を行う巫術師が裁判台に上がってきた。


 セレドニ判事は四半刻も時間をかけて、そして何度も聞き返して二人から詳細な証言を得た。もともと、”拡声術”は、しっかりと前を見て演説するような人間の声を拡声する術であり証言をするような人間の声を拡声するのは向いていない。


 その証言を拡声することは、上手くいく時と、聞こえないような場合もままあったが巫術師がかなり努力したのか広場にいる人間に概ね伝わった。


セレドニ判事は二人の郷士を下がらすと記録係の方を見て言った。


「では、郷士カガリネ・シオドリクおよびマシューバニ・ガスタス、次のような内容を見たということで記録に残します。

 本年、オラヴィ王八年、馬の年六月十三日、この日は”バナジューニの野”で開闢以来とも言える激戦が隣州ドノバ州であった日である」


「バナジューニの野のことは不用だ」


 パウティス判事はあわてて異議を申し立てた。大きな戦いがあり、巫術が集中的に使用されると周囲の天候が影響を受けることは経験的に知られていたからだ。それは、エネネリの影響で天候が変わったという王都派の主張に傷をつける事実である。


 それまで、じっと裁判の成り行きを見ていた王都派の座っているベンチからざわめきが聞こえだした。王都派にすればセレドニ判事は王都派よりである。少なくとも中立であるはずである。

 それが、意に反してセレドニ判事が王都派の主張を傷つけるようなことを言い出したために動揺しているのは明らかだった。


「わたしは意味がある情報だと思います」


 セレドニ判事は、バルタサル判事の目を見て言った。


「記録係はセレドニ判事の言ったように記録せよ」


 バルタサル判事もセレドニ判事の目を見て言った。

 

「その日の朝に村を一人で出たエネネリは、午後の遅くにベストラス山の山頂に到着した。そして、半刻ほども空を見上げていた。

 これを目撃した郷士カガリネ・シオドリクとマシューバニ・ガスタスは三人の家臣と当日の朝からエネネリを追跡して同時刻エネネリと同様にベストラス山山頂付近の岩陰から見張っていた。バルタサル判事、パウティス判事、この部分は異議がありますか」


 聞かれた二人の判事は、静かに頭を振って同意の合図をした。


「では、夕刻の第八刻頃(午後六時)に至り、エネネリは急に両手を空の方向にかざして、巫術を発動させる時に目撃される姿勢をしばらく続けた。すると、百ほど数える後に、ベストラス山から見てジャンマ郡の方向にあった雲が急に動き出した。それまでは止まっていたかのような雲が明らかに動いているとわかる速さだった」


 再び、セレドニ判事は二人の判事に同意の確認を取ったてから、ゆっくりとした口調で続けた。


「その後もエネネリは手を、四半刻ほども手をかざし続けていた。その間、動き出した方向と同じ方向へ動き続けた。また、周囲の雲もしだいに同じ動きをした。翌日の朝、十日ほど雨が降らなかったジャンマ郡一帯で雨が降った」


 セレドニ判事は少し息を吸ってからしめた。


「以上です」


「まことに、いつわりも虚飾誇張もないりっぱな証言です。細かな部分まで証人の主観を除き真に客観的な事実を明らかにされたセレドニ判事には感謝します。この証言でエネネリが天候への巫術を使用したことが明らかです」


 王都派に味方するか、最悪でも中立を守るだろうと思っていたセレドニ判事が本気でエネネリを弁護する姿勢を見せたために、セレドニ判事に対して姿勢が前のめりになっていたパウティス判事は安心したように言った。


「バルタサル判事、ありがとうございます」


 セレドニ判事はそう言いながら右手を空の一角に向けて突きだした。そして、ゆっくりと手を少しずつ横に動かし始めた。

 最初は何のためにそんなことをするのか、誰もが訝しく思った。しばらくすると群衆の中からざわめきが起こってきた。何人かがセレドニ判事の示している空の一角を見ていた。


 祐司が同じ空の方向を見ると、地上ではほとんど風がないにもかかわらずちぎれ雲がかなりのスピードで移動していた。まるで、セレドニ判事が雲を操っているかのようだった。


 このセレドニ判事の行為で群衆はエネネリが巫術を使ったという証言に疑問を持ったのは明らかだった。


 裁判を傍聴している群衆に判決を言い渡す権利はない。しかし、公開裁判である以上、群衆の反応とまったく異なった判決を下すのは裁判の権威という点からも好ましくない。


「バルタサル判事、もう一度エネネリに質問していいでしょうか」


 群衆がざわめいている間に、セレドニ判事はバルタサル判事に聞いた。


「許可しよう。ただし手短に」


 バルタサル判事の言葉にセレドニ判事は頭を下げた。


「エネネリ、貴方は最初から巫術で天候を変えたことを認めていましたか」


 セレドニ判事はエネネリに優しげに聞いた。


「言っていることがよくわかりません」


 エネネリは不安げな顔をして言った。


「捕まった時に、すぐ巫術で天候を変えたと言いましたか」


「いいえ」


 エネネリは小さな声で言った。


「伯爵様や群衆に聞こえるように大きな声で言ってください」


 セレドニ判事が諭すように言った。


「いいえ、最初は認めませんでした」


 エネネリが大きな声で答えると、セレドニ判事は間髪を入れずにエネネリに聞いた。


「どうして」


「こわかったんです。きっと殺されると思いました」


 エネネリは泣きそうな声で答えた。


 セレドニ判事はエネネリにそれ以上は聞かずにバルタサル判事に崇敬の念を表すような口調で聞いた。


「バルタサル判事、エネネリを尋問したのはエネネリを捕まえた郷士カガリネ・シオドリクとマシューバニ・ガスタスです。再度、事情を聞いていいでしょうか」


「それも手短にな」


 バルタサル判事は、少し微笑んだような感じで言った。



 再び二人の郷士と、二人の”拡声術”行う巫術師が裁判台に上がってきた。


「カガリネ・シオドリクとマシューバニ・ガスタス。エネネリの尋問は手こずりましたか」


 セレドニ判事は、最初にシオドリクという郷士に聞いた。


「頑固な女だ。目の前で我々が見たことも認めようとはしない。最後はだんまり。三日三晩尋問しても認めない。

 しかし、我らは名誉ある郷士であるから、どのような女であっても手荒なことはしなかった」


 シオドリクは堂々とした口調で答えた。


「三日三晩責めたのですね」


 セレドニ判事は口調を変えずに聞いた。


「ああ、寝ささずにな。こっちも大変だ」


 もう一人の郷士ガスタスが横手から口を挟むように言った。


「どうやって白状させたんですか」


 セレドニ判事は、ガスタスの方が組みしやすいと思ったのか、直接、ガスタスに聞いた。


「頭を使ったんだ。家族を同罪で捕まえるぞとね」


 ガスタスは勢い込んで言った。


「認めましたか」


「いや、悪賢い奴だ。家族はジャンマ郡にいて、我々が手を出せないのを知っていた」


「それでどうしました」


 セレドニ判事は感情を抑えた声で聞いた。


「家族に使いを送った。出頭しないとエネネリを責め殺すってね。もちろん本気じゃない。こっちの作戦だ」


 今度はシオドリクが口を挟んできた。それに、ガスタスが言い添えた。


「すると、家族どころか頼みもしないのに婚約者までのこのこやってきた」


「家族が捕まったのを見てエネネリは白状しましたか」


 ガスタスは自慢げに言った。


「すぐに白状した」


 群衆がざわめいた。


 身分が違うという意識の塊であり、自白させて供述書さえ整えば何の問題はないと思っている二人の郷士は、エネネリに対する尋問が不正な印象を与えているとの自覚さえなかった。


 取り調べや法廷を舞台にしたサスペンスドラマを見たことがないどころか、それに類する書物さえ読んだことのない二人の郷士は法廷知識がまったくなかった。そのため、群衆のざわめきさえエネネリの自白を得た自分達への称賛だと感じていた。


「ありがとうございました。わたしの尋問は全て終わります」


 セレドニ判事は満足した顔で言った。


 

挿絵(By みてみん)


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