あやかしの一揆、逆巻く火の手1 義民エネネリ
「今日はちょっと厄介ごとがある」
祐司とパーヴォットがダンダネールの屋敷に帰った翌日に、祐司が部屋まで運ばれてきた朝食をパーヴォットと食べているとダンダネールが突然、部屋に入って来た。
「何やら街が騒がしい様子ですが関係があるのでしょうか」
祐司は朝からいつもは閑静なダンダネールの屋敷前の道を多くの人間が行き交っていることを不審に思っていた。
「反逆者が護送されてくる。反逆罪は公開裁判となる。そして、裁判が今日広場である。その結果によっては、広場で即時の処刑があるので処刑を見たいという見物人と反逆者の命乞いをしようという人出で騒がしいのだ」
ダンダネールは、そのことを告げに来たかのように話した。
「どのような反逆者でございましょう。また、何故に反逆者の命乞いをする者がおるのでしょうか」
祐司はじっくりダンダネールの話を聞く事にした。ダンダネールの話によると以下のようなものであった。
バルバストル伯爵領の北東部にジャンマ郡と呼ばれる地域がありドノバ州と接している。バルバストル伯爵領を含むマール州では、ここ数年ほど程度の差はあるが凶作が続いている。ところがジャンマ郡だけは何故か大雨も日照りもなく比較的天候が安定しており、そこそこの収穫を確保していた。
そのことは、かなり前から不審に思われていたのだが、密告者によって巫術師が関与していることが判明した。
その巫術師は、エネネリといいジャンマ郡の農家出身だった。エネネリは数年程前に天候を操れる術を偶然習得したと言う。
エネネリはその術を駆使してジャンマ郡の天候を農耕に都合のいいように操った。
ただし、ある地域の天候を操ると周辺に影響が出る。これは科学的に証明されているわけではないが、経験則としてリファニアでは知られている事象である。
干ばつを防ぐために、雨を降らせると周囲は一層の少雨となり干ばつが悪化する。気温低下を防ぐために雲を消して少しでも気温を上げようとすると周辺は一日中雲に覆われて農作物の生育が悪化する。
そのために、巫術師が悪天候の元凶だと知ったジャンマ郡周辺地域の知行持ちたちが騒ぎ出したのだ。自分たちに損害を与えた身勝手な巫術師を処刑しろと伯爵に訴えたのだ。
巫術師による天候操作は、その地域の領主の許可が必要であり、領主は周辺の領主に許可を取る必要がある。
ただし、これは伝説の類であり、一つの郡に及ぶ大規模な天候操作などという巫術ができるのは、リファニアでは公式には知られていない。
一般的な降雨術の範囲は数百メートル四方を超えないために、数年間ほども天候操作が自然現象と誤認されていた。
このことが発覚したのは、密告によるものであった。もともと、あまりにも不自然なジャンマ郡のみに都合の良い天候が続くことから巫術による天候操作が行われているのではないかという噂はあった。
噂を確かめるために、近隣の領主は幾人かの密偵を放ったり、賞金をかかけて情報を集めていた。
そして、先月、ついにジャンマ郡で商売していた行商人から情報が入った。それによると、エネネリはジャンマ郡の南東端にあるベストラス山で常に天候操作の巫術を行っているという。
ジャンマ郡のほとんどは地元派の領主知行地が錯綜している地域だった。
そこで、王都派の領主が結託してエネネリがベストラス山で天候改変の巫術を行った後、王都派の領主の知行地に一歩でも入った時に捕縛する手はずが整えられた。
先月の初めにエネネリが長雨を避けて日照時間を確保するために、大規模に風を起こしているところが確認された。
そして、数日に渡った、その巫術が終わりエネネリが故郷の村に帰る途中で、王都派領主の知行地に入ったところで、その領主に捕縛された。
エネネリは捕らえた領主のもとで尋問された後でバナミナに送られることになった。捕まった場所の王都派領主の領地は伯爵家より統治を委任されたという建前があるために、長期の刑が予想される者は伯爵が裁くことになっていたからだ。
エネネリを捕まえた王都派は、マール州で死刑が下される反逆罪でエネネリを告発していた。何が何でも自分達の領地を減収に追い込んだ憎いエネネリを処刑しようという意図である。
そして、伯爵自身が判決をくだすことはない。伯爵に委任された判事が判決をくだす。これは日本の歴史を見ても、歴代の将軍、戦国大名にいたるまで個々の犯罪を自分では裁かずに、その職権を持った奉行の様な人物が裁きを行っていたことと同様である。
ダンダネールはエネネリの説明を以上のような事情も含めて説明した。
「王都派はエネネリを反逆者として告発したが、ジャンマ郡の農民はエネネリを義民として讃えている。そして、彼らはエネネリの釈放を願い出ているのだ」
「それは面倒なことですね」
パーヴォットが横手から囃子のように言った。
「エネネリはジャンマ郡では義民でしょうが、周囲の農民にすれば疫病神でしょう」
祐司はダンダネールに、率直に思ったことを聞いた。
「いや、そうでもないのだ」
「どうしてですか」
パーヴォットも不思議そうに聞いた。
「前にも言ったように王都派領主は、年貢の先払いでしのいでいることが多い。だから、凶作で収穫量が減れば、先に払った年貢を充当するという契約が年貢の先払いの時にされるのが普通なのだ。
だから、農民の取り分は多少の凶作になっても変わらない。本当に先払いの分が戻ってくるかは、自分達の領主の懐具合から考えて不確かだから取り戻す理由がある時に取り戻したいというのが農民の心情だ。
契約でよほど酷い凶作時以外は、年貢を取り戻せるからちょっとした凶作は歓迎されるのだ。だから、周辺の農民にとってもエネネリは義民なのだ」
「農民が凶作を望むなんて、なんかおかしいです」
パーヴォットは納得いかない口調で言った。
「そうだ。おかしい。おかしなことは長続きしない。いつまでも問題の先送りもできない。ということで、反逆者の裁判はバナミナに居住ないし滞在している郷士は出席せねばならないという決まりがあるため、今から私も裁判の傍聴に行かねばならない」
ダンダネールの真意がわかってきた祐司だが礼儀上の質問をした。
「わたしは、どうすればよいでしょう」
「そうだな。一応、ユウジ殿を四六時中監視下におけとの命令が出ている。人目のあるところでは」
「いっしょに行った方がよいのですね」
「できればそう願いたい」
ダンダネールはにっこりと笑った。
祐司とパーヴォットはダンダネールに連れられて街の中心部にある広場に行った。ダンダネールは執事と、いつもは下男のような仕事をしてる二人の若い男にこざっぱりした服を着せて、きれいに磨いた柄に入った剣を持たせて、お供の様に連れていた。
裁判は公式なものなので出席するのはそれなりの体面を満たすお供がいるのだろうと祐司は思った。
裁判という事で、祐司とパーヴォットは刀と剣だけを腰に吊していた。
バナミナの中心部にある広場はシスネロスの市庁舎前の広場と比べると四分の一ほどの広さである。そこにバナミナ中の人間が集まったのではないかというほどに人が溢れていた。
「ユウジ殿、今日は裁判見物か。それとも処刑を期待して来たのか」
祐司の後ろから声がした。祐司達が振り向くと、一度、ダンダネールの屋敷の近くであった、引退した老郷士のファティウスだった。
前に会った時は、小綺麗だがくたびれた服装だが、今日はダンダネールと同じように郷士としての正装で固めていた。
「これはファティウス殿、お久しぶりでございます」
ダンダネールは丁寧に頭をファティウスに下げて言った。
ファティウスは王都タチから来て今は隠居をしているという王都派の老人である。ダンダネールが親しげに呼ぶ口調から、本人は中立と言ってたのは伊達ではないらしかった。
広場の中心に高さが一メートル、縦横が十数メートルのほどの木製の舞台のような物が作られていた。
そこには、肘掛けがついた三つの椅子が置かれ、その後ろには小さな机と椅子があり、男が座っていた。
三つの椅子は、まだ登場していない判事の椅子で、舞台の上にいるのは記録者のようだった。
広場の真ん中の舞台を取り巻くように、五ヶ所に、長さが十数メートル程の細長い台が設えられており、その上にベンチが置いてあった。台の端には三段ほどの階段があり台の上のベンチに座れるようになっていた。
すでに、ベンチには隙間がないくらいに郷士姿の男達が座っていた。
ダンダネールが台に近づくと、幾人かの男がベンチの隙間を詰めて空間を空けた。ダンダネールは、階段に足をかけるとベンチの空間に座った。
「ここは郷士の席なのだ。ユウジ殿には悪いがわたしの前にいてくれ」
ダンダネールは物の言い方は丁寧だったが、言葉の真意は命令だった。
いくらダンダネールが祐司に丁寧に接しても、身分制社会のリファニアには郷士と平民の間には統治する者と統治される者という大きな溝がある。意識しなくともダンダネールは祐司を統治される平民と言う気持ちで接している。
「ファティウス殿もここに座られよ」
ダンダネールは祐司に言った言葉遣いとは明らかに異なる仲間に対するような口調で言った。
「いや、そこに座ると地元派に寝返ったと宣伝することになる。そう思っている者も多いが、わしは自分では中立と思っておるからここで立って見ている」
ファティウスは少し笑いながら言った。ダンダネールもそれ以上は何も言わなかった。
ファティウスの言うように、王都派、地元派は別々のベンチに座っているらしかった。
「お疲れになりませんか」
パーヴォットがファティウスを気遣うように言った。
「疲れたら王都派に見えないように台に座らせてもらうことにする」
ファティウスの言葉に台の上にいるダンダネールが目の前に立っている祐司以下の三人に声をかけた。
「ユウジ殿はわたしの客だ。ファティウス殿といっしょに台に座られよ。従者も目をつぶる」
祐司以下の三人は台に座った。台の高さは祐司のヘソの位置ほどの高さで、立っている時よりも幾分視界が開けた。立って見ている時より頭一つほど背が高くなったような感じである。
そういったやり取りをしている間にも、広場の北と南にしかない出入り口から多くの人々が広場に入って来ていた。
ただ、微妙な服装の相違と、周囲の人々の雰囲気から異なっていることで、かなり大勢の農民も集まっていることが見て取れた。
その農民達のほとんどは帯剣していた。その剣のほとんどは自衛用の小型のものではなくかなり本格的な大型の剣だった。
そして、その農民達は帽子にカシの葉を挟み込んでいた。カシの葉はバルバストル伯爵領の農民や町人で組織するマロニシア巡礼会の印である。
「どうして武装した農民がバナミナに入れたのだろな」
ファティウスがまるで質問するかのように祐司に言った。
「マロニシア巡礼会の者達だからでしょう」
祐司は一昨日、ダンダネールとヤヌス神殿のシルヴェスト神官長に面会に行った時のことを思い出した。
ダンダネールはマロニシア礼会の農民がヤヌス神殿参詣の為に支障なくバナミナ市内の入れるようにとシルヴェスト神官長に頼んでいた。シルヴェスト神官長に参詣のための農民に便宜を図って欲しいと治安責任者が頼まれれば断るのは難しいだろう。
ダンダネールはマロニシア巡礼会の農民が、家族ではなく大半が二十代から四十代の男ばかりであることを見て取った。
戦乱の絶えないリファニア、また広域的な治安警察が存在しないために最低限の武装は平民にも認められている。それにしても武装した集団としては明らかに広場の雰囲気に影響の与える程の人数である。
「そう彼らはマロニシア巡礼会としてバナミナに入った。その本性はエネネリの応援団だ。かなりの人数がバナミナに入っている」
ファティウスが農民の多さを説明していると完全武装の兵士の一団が広場に入ってきた。
「近衛隊だ。近衛隊はほとんどは王都派の子弟、息がかかった者だ。ぶっそうなことをしたらただではおかないという威嚇だな」
ダンダネールが説明した近衛隊は、百人ほどの兵士からなっていた。
ここでも、祐司は昨日、ダンダネールがデルベルトに近衛隊は何人だと聞いたことを思いだした。
ダンダネールは挨拶や世間話で聞いたのではない。デルベルトは言ってはならないことを上手く言わされたのだと祐司は感じた。
そして、奥方による”死の予見”を受けたデルベルトが兵士を増やすのではと考え込んでいたことも祐司は思いだした。
「最初からいる兵士は近衛隊ではないのですか」
集まった人々を多くの兵士が規制や誘導をしていた。ただ、その兵士は比較的軽武装で服装も近衛隊の煌びやかな服装に比べて地味な感じがした。
「あの兵はバナミナ守備隊だ。傭兵でバナミナの治安も担っている。総出で二百人ぐらいはいるだろう。それにしても、守備隊もえらく人数を気張ったな。近衛隊の二倍だな」
ファティウスは最後の二倍という部分を強調した。
裁判台の周辺を近二十人ほどの衛隊の兵士が取り巻いた。また裁判台の四つのコーナーには見るからに巫術師といった服装の男達が椅子に座っていた。
被告が巫術師なので、万が一の用心のようだった。巫術師に対抗するには巫術師が一番だからである。
広場の中央には舞台に三人のトーガのような衣服を纏った三人の男が七名の守備隊兵士を引き連れて上がってきた。
判事の登場である。その三人の判事は広場に面した唯一の三階建ての建物のバルコニーの方を見た。二階のバルコニーは日除けがしつらえられていた。
やがて、バルコニーにバルバストル伯爵と伯爵夫人の姿が現れた。二人の周囲はゆったりした椅子に座り、その周囲には護衛の兵士の他に巫術師らしい男女が数名人立っていた。
エネネリは腕利きの巫術師らしいから、やけくそになって巫術で伯爵を襲うことを恐れているのだろと祐司は思った。
判事達はバルバストル伯爵のいるバルコニーに深々と頭を下げた。
それを合図にするかのように、広場にいた人間全てがバルコニーの方を向いて、帽子を取ってから会釈をした。
「判事は公正なのですか」
パーヴォットがファティウスに聞いた。
「まあ、普通の犯罪者ならな」
「今回は普通でないのですね」
「地元派地域の農民のために王都派の耕地に害を及ぼしたという事件だ」
「判事が王都派か地元派で判決が違ってくるということですか」
祐司はパーヴォットが調子に乗らないように話の腰を折るために発言した。
「バナミナの人間ならわかっているが、一人はガンデナ・バルタサル、この御仁は老年だが法曹一筋という人間で頑固者だ。
どのような事件も外からの圧力に屈せず判決を下す。だから、人望も厚い。普通ならガンデナ・バルタサルだけが裁く。
この辺りの悪党ならガンデナ・バルタサルは悪神ゾドンのような存在で、善良な人間にとっては生きた法律のような存在だ」
ファティウスからバルタサルいう名を聞いて、祐司とパーヴォットは顔を見合わせた。
祐司とパーヴォットを苦しめて、パーヴォットの父親の命を奪った無法者の名と、厳格な判事の名が同じバルタサルであることに皮肉めいたものを感じたからだ。
「普通ではない裁判だとガンデナ・バルタサルさん以外に判事がつくのですか」
パーヴォットがファティウスに聞いた。
「今回はガンデナ・バルタサル以外に二人の判事が任命された」
そう言ったファティウスは、中年の判事を指さした。
「一人はガバス・パウティス。こいつはあからさまな王都派だ。伯爵妃の母方の従兄弟でもある」
「もうひとりは地元派ですか?」
今度は祐司がファティウスに聞いた。
「いや、ハヤル・セレドニという若造で伯父が近衛隊の副長だ。近衛隊は王都派の牙城だからな」
「じゃ、ガンデナ・バルタサルという判事が正しい判断をしても裁判は王都派の思うままではありませんか」
パーヴォットはため息をつくように言った。ファティウスはそれに対して含み笑いをしながら答えた。
「だが、法の権化のようなガンデナ・バルタサルとまったく違った判断を下すのは勇気がいるだろう。
それに、ハヤル・セレドニは王都派であったとしてもガンデナ・バルタサルについて法学を学ぶ弟子だ」
程なくして、一メートル四方ほどの木箱を積んだ荷馬車が、二十名ほどの護衛の近衛兵に囲まれて到着した。
「エネネリが到着した」
祐司の傍らでダンダネールが言った。
近衛兵たちは荷馬車に積んでいた木箱を判事がいる台の上に運んだ。そして、箱を縛っていた太いロープを解いて、木箱の上の板を外した。
木箱の中に入っていたのは人間だった。二人の近衛兵が手を木箱の中に入れて中の人間を台の上に立たせた。
その人間は麻袋を頭に被せられて顔はわからない。手は厳重に縛られていた。近衛兵と比べるとかなり背が低い。祐司が判断するに百四十センチそこそこではないかと思われた。また優しげな体つきから祐司は子供かとも思った。
兵士が頭に被せてあった麻袋を剥ぎ取った。
「女ではありませんか」
祐司は両手を縛られ裁判台の立っている人物を見て驚いて言った。
「男だと言ったか」
高いベンチに座ったダンダネールが祐司の頭上から面白そうに言った。
裁判台の上で縛られれて立っているのは、パーヴォットよりも一回り小さな女だった。その小柄な女は濃い褐色の長い髪の毛、黒い瞳、少し日に焼けた肌合いで、手は働く者の手だった。体つきから二十歳前後と思われた。
エネネリの顔立ちは整っていており丸顔で小さめの鼻が愛らしい姿に見えた。その丸顔と小さめの鼻がエネネリを幼くして見せていた。
祐司は別れた日本の彼女を連想した。別れた彼女はエネネリのように小柄ではなかったが顔つきが似ており、彼女の少しばかり染めた髪の色がエネネリの髪の色から連想されたからだ。
祐司はエネネリはイス人(アジア系)の血筋が濃いのだろうと思った。
エネネリは農民の女性が着用するカーキ色に近いくすんだ茶色の分厚い生地のワンピースを着ていた。
エネネリは農民の服装をして日に焼けていることから巫術を専門していたのではなく、普段は農民の娘として働くような生活をしていたのではないかと祐司は思った。
エネネリは確かに強力な巫術師だった。オレンジに近い赤の光が波打つように体全体から発せられていた。光が波打つのは、巫術の力が安定しないか、激しい感情の動きによるものである。
祐司は経験から、恐れと怒りが混じった感情の起伏ではないかと思った。
「被告を尋問台に縛りつけろ。それから尋問台を立てろ」
王都派のガバス・パウティス判事が命令した。近衛兵達がエネネリを尋問台に縛り付けると、尋問台を垂直に立てた。
それは、台と言うよりX字型に組んだ丸太だった。Xの交差点は両方の丸太が半円形にくり抜かれて凹凸ができないようになっていた。
近衛兵達はそのX型の尋問台にエネネリの手足を縛り付けた縄を何度も確認していた。
「あれでは処刑台ですね」
パーヴォットが眉をひそめて言った。
「今回は異例だ。なにしろ腕利きの巫術師ということだから巫術を裁判中に使わせるわけにはいかないからな」
小声でダンダネールが言い訳のように言った。
「ふん、うまくお膳立てしたな。ダンダネール殿」
「バナミナに到着したエネネリを拘束尋問したのは守備隊だろう。ところが、護送してきたのは近衛隊の兵士だ。
それも見るからに酷い扱いだ。ここに来ている農民達は自分達を救ってきた娘の哀れな姿を見て怒りで心が弾けそうだろうし、手弱女が乱暴に扱われているのを見てバナミナの連中は同情心を持ったことだろう」
ファティウスは、ダンダネールに薄笑いを浮かべながら言った。
「エネネリの護送と、裁判中の護衛は近衛隊が申し出てきたことだ」
祐司は今までに見たことのないくらいダンダネールの発する光が揺らいだことを見て取った。ダンダネールはポーカーフェイスを装っているが明らかに動揺していた。
「詳しいですな。まあ、エネネリ奪還の動きがあるとか、守備隊にそれに同調する者ありなどという密告があれば、頭の弱い連中はあっという間にひっかかって近衛隊で仕切ると言い出すでしょうな」
ファティウスは声を潜めて言った。
「……」
ダンダネールは黙ってしまった。ファティウスは、ダンダネールに構わずにしゃべり続けた。
「こんな話はここでしかせん。第一、地元派王都派の厄介者のワシの言うことなんぞ誰も相手にはしない。
王都派はわしを裏切り者と思っておるから口もきかない。ワシは自分の推測が正しいかどうかを見極めたいだけだ」
「どんな推測ですか」
パーヴォットの質問には、ファティウスは答えなかった。




