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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第六章 サトラル高原、麦畑をわたる風に吹かれて
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虚飾と格式、領主直轄都市バナミマ12 デルベルトの接待

「ユウジ殿、申し訳ないことになった。ただ、家老のバルマデン準男爵がユウジ殿の手柄を言い張る男がいるがという照会の使者をドノバ候家老のグリフード男爵に出された。五六日したらどうなるか楽しみだな」


 ダンダネールは屋敷に戻ってきてから祐司にことの成り行きを説明した。先の事は見えているので祐司は気長に待つことにした。


「わたしはそれまでどうすればよろしいでしょうか」


「この街から出ないように。ただし、街中は自由に出歩いてもかまわない。屋敷を出る時は執事に言ってくれ。いつでも案内させる」


 ダンダネールも気楽な口調で祐司に言った。



 その日の、午後遅く、デルベルトが三人の家臣を引き連れて、赤いマントを翻した近衛隊長の公式行事用の服装でダンダネールの屋敷を訪ねてきた。


 デルベルトはダンダネールと祐司に面会を申し込んだ。


 客間に通されたデルベルトにダンダネールと祐司が会いに行くと、デルベルトはダンダネールに儀礼的な挨拶をしてから立っている祐司の方を見た。


「おぬしがカタビ風のマリッサを討ち取ったという男か」


 デルベルトはさも祐司とは初対面のような口調で言った。


「はい。ジャギール・ユウジ・ハル・マコト・トオミ・ディ・ワでございます」


 祐司も初対面のような返事をデルベルトに返した。


「我が屋敷に来て頂こう」


 デルベルトは意外な事を口に出した。


「何故に?」


 ダンダネールは面白そうに聞いた。


「わしはカタビ風のマリッサを討ち取った男を客人として接待しておった。だからだ」


 どうもデルベルトは失いかけているメンツを保つためにとんでもないことを思いついたようだった。


「どういたします」


 祐司はちょっと不安げにダンダネールに聞いた。


「行っておあげなさい」


 ダンダネールは少し微笑むようにして祐司に言った。そして、デルベルトに祐司を連れて行くための条件を出した。


「デルベルト殿、ユウジ殿はここの作法に疎い。そこで、うちの執事を指南役に着けております。

 それから、執事も同行させていいでしょうか。ユウジ殿の従者扱いで結構ですから。それから、晩餐が終わりましたら当家に執事を帰してください。明日の早朝にまた行かせますので」


 デルベルトが首を縦に振ると、ダンダネールは傍らに立っていた執事に言った。


「ユウジ様にお出しした食事のメニュー。ユウジ様に仕立てた衣服のリストをお渡しして。それから、ユウジ様をもてなした内容も書いてお渡ししなさい」


 祐司はダンダネールの言葉を聞いて驚いた。食事関連のことはさておくにしても、ダンダネールに仕立ててもらった服はない。


 話は祐司の意志の届かぬような場所で決まった。祐司は取りあえず二三日過ごせるほどの荷物だけをパーヴォットにまとめさせると、パーヴォットといっしょにデルベルトの屋敷に出立した。



「執事さん、ダンダネール様が治めている村は幾つですか。おおよその人口も教えて欲しいのですが」


 祐司はデルベルトとその家来の後を歩きながら小声で執事に聞いた。


「五村でございます。人口は千五百人ほどだと思います」


「デルベルト様が、治めている村は?」


「たしか、二村だったと思います。人口は五百人ほどではないかと思います」


 祐司はダンダネールの企みがなんとなくわかってきた。


「夜伽が出るかも」


 祐司はパーヴォットをからかうように半ば冗談で言った。パーヴォットはちょっと不快そうな顔をした。


 デルベルトの屋敷はダンダネールの屋敷から数分の場所にあった。そこは、伯爵屋敷により近い場所で、後で聞いた話では王都派が多く住む地域だった。

 デルベルトの屋敷の規模はダンダネールと同じくらいの大きさだったが、見ただけで普請は数段階ほども下という感じだった。


 ダンダネールの屋敷は内部は木造ながらも、外壁は分厚い石を使い歴史を感じさせる重厚な造りであるのに対して、デルベルトの屋敷は外壁もほぼ木造で造りも雑な感じがした。

 

 デルベルトは玄関前に立っていた家族に祐司を紹介した。家族は三十半ば程の歳の奥方に、十歳前後の男の子が二人、それに七つほどの女の子だった。

 それにデルベルトの母親だと紹介された七十歳ほどの老婆だった。リファニアでは現代日本より老人は少なく、より年老いて見える所から祐司は六十代前半ぐらいだろうと思った。


 奥方と子供達は見た目にも精一杯の正装をしていた。奥方のドレスの胸には大きな琥珀のネックレスが目だっていた。

 それに、比べてデルベルトの母親は紹介されるまでは使用人かなと思えるような質素な服だった。


「わたしはデルベルトの家内のパナテナ・オレーシャでございます。当家に来ていただきまことに光栄でございます。ただ、突然のお越しですので、晩餐の手配を変更しております。少々お待ちください」


 奥方の物言いは、丁寧だがどこかけんがある言い方だった。それを、デルベルトが難しい顔で聞いていた。


「奥方の物の言い様は、優美でございます。ひょっとして王都のご出身でございますか」


 祐司はスヴェアにリファニアの”言葉”を習うときに王都言葉と言われるアクセントで習った。その王都言葉のお手本のようなアクセントの使い方を奥方がしたために思わず祐司は聞いた。


「そうでございます。貴方も王都言葉でござますね」


 そう言った奥方は少し口調が優しくなった。


「今、お部屋を準備しておりますのでここで少々お待ちください」


 奥方はそう言うと家族を率いるようにして姿を消した。デルベルトがちょっと慌てた風でその後を追いかけた。


 祐司達は玄関前のホールのような場所でしばらく待たされることになった。


「ユウジ様、あわてて食材の都合をつけているのですよ。この家はかなり掛け売金が溜まっておりますから商人が右から左へと商品を出してくれるか」


 執事が祐司に小声で言った。


「よくご存知ですね」


「使用人には使用人の情報網が御座います」



 四半刻近く待たされてから、デルベルトと二人の使用人に祐司達は二階の一室に案内された。


「さあ、ここが貴公の部屋だ」


 デルベルトが自信ありげに言った部屋は二十畳ほどもある大きな部屋だった。ただ家具はベッドと小ぶりの机と椅子が一組あるだけだった。


「従者の部屋はどこでございましょう?」


 執事がデルベルトにたずねた。


「使用人室ではいかんのか」


「ダンダネール様のお屋敷では、わたしの部屋の隣でした」


 パーヴォットがおずおずと言った。 


「手配しろ」


 デルベルトは使用人に怒鳴ると不機嫌そうに立ち去った。


 パーヴォットの部屋だと案内されたのは、廊下を挟んだ向かいの部屋だった。六畳ほどの大きさの部屋に、祐司の部屋にあるのと同じようなベットと机、椅子があった。


 祐司はパーヴォットの部屋だとされた部屋が本来の客用の寝室ではないかと思った。祐司の広すぎる部屋は、二階の居間か何かであわてて家具を入れ替えたのではと考えた。


「晩餐の用事ができるまではお部屋でおくつろぎください」


 使用人はハーブティーが入ったポットと人数分のカップを置いて立ち去った。


 ハーブティーはジンジャエールのような薫りがしたが、ダンダネールの屋敷で出される物と比べると白湯のような感じだった。


「急なことで指示が行き届いてないのでしょう。多分、いつもの調子で煮出したのではないでしょうか」


 執事は祐司とパーヴォットにハーブティーを注ぐと自分も飲みながら言った。



 執事の言ったことは正しいらしく、いつまで経っても晩餐にはならなかった。


「ユウジ様、さすがにお腹が減ってきましたね」


 パーヴォットは窓から薄暗くなった通りの様子を見ながら言った。そこへ、使用人が盆の上に焼き菓子をのせたものと、とっくりのような入れ物、そして小さなコップを持ってきた。


「とっておきの晩餐を準備しております。今、しばらくお待ちください。腹の足しにお菓子などをお持ちしました」


「これは、ガネス通りにある菓子屋の焼き菓子です。味はバナミナで第一ですが少々値がはります。こちらは、ワインですな」


 執事は使用人が去ると、品物の説明を始めた。


「ワインとは、リファニアでは珍しいですね。高価な物では?」


 祐司はシスネロスで、料理屋で食前酒に一度だけワインを飲んだことがある。杯ほどの極小のコップに、それも半分ほど入っているだけだった。


 祐司が以前、シスネロスのリヴォン亭の主人に聞いたところでは、リファニアでは園芸的に栽培されるブドウ以外はブドウがない。そのためワインは輸入品で大層高価で、領主や大商人の正式な晩餐などに添え物的に出されるだけらしかった。


 味は、かなり酸っぱくて、現在の日本では売り物にはならないような品だった。


「ほとんどのワインは、キレナイト(北アメリカ)から持ち込まれます。南西沿岸では出回っておりますが、高貴な方や裕福な方だけが飲まれます。マールでは、南西沿岸から来て新しく所領を得ました方々が好まれるようです」


 執事はワインのおかわりを入れながら言った。


「この家の伝家の所蔵品かもしれません。残すと非礼になります」


 祐司は、この味で伝家の所蔵品なら常に飲まれているワインの質は想像したくなかった。


「こんなに飲めません。執事さんも少し手伝ってください」


 ワインの味に辟易とした祐司は執事に泣き言のように言った。


「使用人に酒を勧める場合は褒美として与える場合です。別のカップに注ぎ使用人の目の前に置きます」


「手間ですね。では、執事さん、色々教えてもらい助かってます。褒美に飲んで下さい」


 祐司はハーブティーのカップになみなみとワインを満たして執事の前に置いた。執事はそれを両手でうやうやしく受け取ると二三口で飲み干した。


「執事さんはいける口ですね」


「いや、酒はあまり好みません。でも、飲み干すのがしきたりです。それに、わたしのような下賤の者の舌は、ワインなどと言うお酒のよさはわかりかねます」


「いや、執事さんの舌は正しいと思います」


 祐司はあまり執事に無理強いするのは、憚れるので我慢して残りの酸っぱいワインをなんとか流し込むようにして飲んだ。


「いつまで、ここに居なければならないのでしょう」


 パーヴォットは焼き菓子を食べながら祐司にたずねた。


「シスネロスからの使者が帰ってくるまでだろう。確かに、デルベルトの屋敷にいるジャギール・祐司はカタビ風のマリッサを討ち取ったと証明されれば用済みだ。後は王都タチなり何処へでも行けと追い出すだろう」


「なんか意味があるんですか?」


 パーヴォットが呆れたように言った。それに対して執事が説明をしてくれた。


「デルベルト様は、バルバストル伯爵様の前で自分の屋敷でもてなしているのは、カタビ風のマリッサを討ち取ったジャギール・祐司だと見栄を切りました。

 ところが、そう言っていた男は行方不明です。デルベルト様も内心、ユウジ様が本当のジャギール・ユウジだとは理解しています。

 だから、後ろ指を差されないためにジャギール・ユウジを接待しているということを示さなくてはならないのです。そうしなくては面目がたたないのです」


「見栄も大概ですね」


 パーヴォットはさらに呆れた声で言った。そして、祐司は苦笑しながらパーヴォットに答えた。


「見栄と言うより慣わしなのだろう。余計、厄介だな」



 夜食というような時間になって、ようやく晩餐が始まった。執事は使用人食堂で夕食を貰ってからダンダネールの屋敷に帰ることになった。


「ユウジ様、晩餐の時に奥方の服装、装飾品を見ていてください」


 食堂に行く前に執事が祐司の背後から小声で言った。


 晩餐は山海の珍味や,高級食材を使った手の込んだ料理ではなく、ともかく、量で勝負というような料理だった。

 祐司とパーヴォット、デルベルト夫婦に、三人の子が晩餐のメンバーだった。デルベルトの母親は時間が遅くなったので先に就寝したと告げられた。


 この人数に、カモ、鶏、うずら、ウサギの丸焼き、トドメは、品種改良されていないためにウリンボ(イノシシの子)そっくりの子豚、まだそれぞれが、ご丁寧に頭もついていた。急いで焼いたのか、焦げた部分がある割に、中は生焼けだった。


 十キロばかりはあろうかというジャガイモのサラダ、数種類の川魚のソテー、たっぷりチーズを溶かし込んだスープが大鍋にいっぱい。

 卵を数十個使ったようなプレーンオムレツ。杏や、拳ぐらいの小振りなリンゴが洗濯籠のようなバスケットに山盛りである。


 祐司とパーヴォットは、ダンダネールの執事に聞いていたように、全ての料理を少しずつ食べて、ホストの顔を潰さないようにした。


 祐司は、デルベルトから聞かれたことには、できるだけ丁寧に答えた。もっとも、デルベルトは街の印象や、シスネロスで会った人物のことなど、当たり障りのなさそうなことしか聞かなかった。


 ただ、祐司がドノバ候から、短剣を拝領したことを言うと、デルベルトは興味を示したので、祐司は腰に下げていた短剣を見せた。デルベルトは短剣を、かなり長い間見ていたので、その良さはわかるらしかった。


「確かにこのような立派な短剣を下賜できるのはドノバ候だけだろう」


 晩餐の間中、奥方は気難しい顔をして一言もしゃべらなかった。


 そして、執事が言ったように奥方の服装を確認した。初めて挨拶したときに、つけていた琥珀のネックレスが首元から消えていた。



挿絵(By みてみん)


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