虚飾と格式、領主直轄都市バナミマ11 マロニシア巡礼会
「デルベルト殿、ここは穏便に。誰でも間違いはございます」
家老のバルマデン準男爵が取りなすようにデルベルトに言った。デルベルトはバルマデン準男爵が自分の間違いを前提に話をしたことでヘソを曲げた。
「ランディーヌ様、この不埒な者をいかかがいたしましょう。不埒な者にはそれ相応の対応が必要と思います」
デルベルトは家老の言うことなど聞いていないかのように、伯爵妃のランディーヌに向かって声をかけた。
伯爵妃は明らかに困ったようにデルベルトと家老のバルマデン準男爵の顔を見た。祐司は伯爵妃の発する光が、大きく波打って色も落ち着きなく変わるのを見て混乱しているのだと感じた。
伯爵妃のランディーヌは自信なさげに言った。
「真相がわかるまで取りあえず牢に…」
伯爵妃の意外な言葉に、さすがに王都派で占められたお付きの者達も顔を見合わせた。
「ここは、あわてないでドノバ候に確かめるのがいいかと思う。わしも、ドノバ候臣下のグリフード男爵殿よりの手紙を読んだ。
ジャギール・ユウジとその従者に関しては、恙なく領内を通過させて欲しいと書かれておったゆえ、手荒なことをすれば、当家がドノバ侯爵家と揉めるような関係になるやもしれぬ」
バルバストル伯爵が取り乱したように言う。
ドノバ州太守と、ドノバ州の四分の一のマール州の更にその四分の一を領地とするバルバストル伯爵ではあまりにも力関係が隔絶している。それも遠方の領主ならともかく経済的にも依存度の高い隣接した領主である。
いくら筆頭家老の依頼だと言っても間接的に祐司の領内通行の安寧をドノバ候が頼んでいることは明らかである。何の咎もない祐司を牢に入れるなど、ドノバ候に対して顔に泥を塗る行為である。
バルバストル伯爵の横で、伯爵妃のランディーヌが顔をしかめた。領内では夫である伯爵をコケにしたような扱いをしているが領外との交渉、付き合いはそのコケにしている伯爵が取り仕切るからである。
こればかりは伯爵妃の的外れな行いを容認し、その権威に寄っている王都派でも、領外の交渉ごとは、領外に君主と認められたバルバストル伯爵を立てないといけないと必死に諫言していた。
「ここは、慎重に行動しよう」
バルバストル伯爵の言葉に、伯爵妃はしかめた顔をもとにもどすと無表情で何も答えない。
「確認の使者を送りましょう」
家老のバルマデン準男爵が助け船を出してきた。誰もが目の前の祐司がドノバ候が保護を要求している祐司であることは知っている。ただ、王都派の実力者デルベルトのメンツを潰すことを恐れていたに過ぎない。
「よかろう」
バルバストル伯爵は少しばかりほっとしたように言った。そして、まだ、不満げな顔をしているデルベルトに言った。
「デルベルトよ。この件はそちに任せる。それからジャギール・ユウジの…。ここにいるジャギール・ユウジだが、ダンダネールが責任を持って保護監視せよ」
バルバストル伯爵はデルベルトの事態を任せると言ってメンツを保ちながら、実質的な差配はダンダネールに任せる内容のことをさりげなく言った。
「謁見はここで終わる」
バルバストル伯爵は誰も何も言わないことに苛立ったように言った。
「何故です。まだ、伯爵様の謁見を待っておる者達がおります」
家老のバルマデン準男爵があわててバルバストル伯爵に抗議するように言った。
「先程、勝手に謁見室から出て行った、もう一人のジャギール・ユウジを名乗る男は捕まえたのか」
「いえ、まだのようです」
バルバストル伯爵の問に家老のバルマデン準男爵は言い淀むしかなかった。そこに、バルバストル伯爵は畳みかけるように言った。
「謁見の最中に勝手に出て行く男を誰も咎めない。その男は逃走して行方不明だ。反対に言うと勝手に入ってくる男も咎めないということにならないか。そのような警備状態の中で謁見を続けることはできない」
バルバストル伯爵にそう言われると家老もさすがに言い返せなかった。
「デルベルト近衛司令、後で警備の落ち度について報告せよ」
バルバストル伯爵はそう言うと一人で部屋を出て行った。あわてて小姓だけが後を追った。しばらく、気まずい空気が流れた。
「伯爵は体調が優れぬようだ。折角、来てくれた者に申し訳ない。わたしが謁見しよう」
伯爵妃のランディーヌはそう言うと、ジャギール・ユウジだと名乗っていた男がいた場所の隣から謁見を始めた。
流石に空気は重かった。
バルバストル伯爵が王都派の象徴である伯爵妃ランディーヌの顔色を窺っていることを知っていてもバルバストル伯爵にかわって伯爵妃が謁見をするのは異例中の異例である。
祐司は伯爵妃は尊大な感情ではなく、王都派が連れてきた人間を謁見しないことに気を使っているのではないかと感じた。少なくとも伯爵妃の発する光は怒りではなく、おびえのような感じの光だったからだ。
やがて、伯爵妃のランディーヌは祐司の前に来た。
「ことが終わったらすぐ領内から出て行け」
伯爵妃は、冷たい口調でそれだけ祐司に言った。家老が隣で青い顔をしていた。謁見は公式行事である。その場で伯爵妃はドノバ候が保護を頼んだ祐司を邪魔者扱いにしたのである。
デルベルトが連れてきたユウジは偽物で騙されていたという言い訳も立つ。伯爵妃が公式の場で、実質的に本物のジャギール・ユウジと認められている男に言う言葉ではない。
この場の言葉は、参加者全員を監禁でもしない限りは噂となって広がる。尚武の気風のあるリファニアでは武勇をあげた者を邪険にすることは常識外なのである。
今度、ドノバ候の使者が来た時に、使者がユウジのことを話題にするようならばドノバ候へ献上品を出さなければならないと家老は心配していた。
伯爵から侯爵への献上品となると、常識的に金貨百枚の単位を越える品物となる。伯爵妃の一言がとんだ出費にならなければとも家老は思っていた。
実際、ここまで考えが及ぶよう人間でなければ戦乱の絶えないリファニアで家老など務めることはできない。
「御意、そのつもりでございます。ことの真相がはっきりして、お許しが出ればすぐさま領内から立ち去ります」
裕次は伯爵妃がかけた言葉に下を向いたまま答えた。
祐司は伯爵妃の言葉は、怒りではなく忠告だと感じた。そして、その言葉は気を使うことに疲れた中年女性のため息のようにも感じた。
近くで見る伯爵妃の発する光は、細かく震えるような光で、光の色も定まっていなかった。謁見室にいる人間の中で、他人の動向に最も気を使っているのは伯爵妃だろうと祐司は思った。
傍若無人に振る舞っているような伯爵妃だが周囲に気を使ってその言動を決めているようだった。
伯爵妃の謁見が終わって伯爵妃が退出すると、家老のバルマデン陣男爵はあわてて、追いかけるように謁見室を出て行った。
その姿を見届けてからデルベルトが怒鳴るように言った。
「ダンダネール、お前にこの者らを預ける。逃げられないように閉じ込めておけ。オレはその間にドノバ候に使者を送り事の真相を正す」
デルベルトの言葉の前半で、自分がこの一件を差配したというメンツを保って、バルバストル伯爵の言のようにダンダネールに祐司の身柄を任せた。
問題はデルベルトの言葉の後半である。その内容はリファニアの人間ではない祐司でも恐ろしく非常識なことはわかる。
現代の日本は身分社会でないが、下請けの課長が、まったく面識のない元請けの社長に元請けから出向してきた社員について照会せよと私信を送るほど以上の非常識である。
行いが非常識以前にその正気を疑われる事象である。
「申しにくいのですが、私信ならまだしも、デルベルト様が、主家と同格のドノバ候へ質問状のような書状を出すとなりますと」
王都派郷士らしい老年の男が、へりくだった口調でデルベルトに諫言した。
デルベルトが言ったことを実行すればドノバ候は、立場上、手紙の真意を聞いてくるだろう。まるく収めようとすれば、最低でもデルベルトの近衛隊司令解任ぐらいの姿勢をドノバ候に見せる必要が出てくる。
王都派の牙である近衛隊を統率するデルベルトを失うのは王都派にとって打撃である。また、デルベルトを信任する伯爵妃が断固としてデルベルトを庇うかもしれない。
その場合、最悪の事態としてはドノバ州から境界線を越えて付近の村を占領するくらいの侵攻があるかもしれない。
いまや領内が統一されつつあるドノバ州とバルバストル伯爵領は、動員兵力で十数倍できかない差がある。その相手には、足元を見られない細心の注意がいるにも関わらず、自分から喧嘩を売る事態が起こるかもしれないのである。
流石に王都派でも癇癪を起こしかねないデルベルトであるが、なんとしてでも説き伏せる必要があった。デルベルトは自分達の立場を強くする人物であるがデルベルトと心中する気は王都派の誰にもなかった。
「どうすればいいのだ」
デルベルトも流石に周囲の空気の変化に気がついてダンダネールにぶっきらぼうに言った。ダンダネールは落ち着いた口調で答えた。
「畏れ多いことですが、御家老に、お願いして手紙を書いたドノバ候家老のグリフード殿に、御家老のバルマデン様の私信という形の書状を送るしかないと思います。
当地でジャギール・ユウジを名乗る人物がいるが真偽がわからないので風体を知らせて欲しいという内容にします」
「よかろう。そちから頼め」
デルベルトは、大股で謁見室を出て行った。
その姿を見て、ダンダネールは苦笑した。王都派といっても一枚岩ではない。大きく分けて文官、武官の対立がある。文官はおおむね勝手知ったる地元派の協力がなければ仕事が円滑に行えないこともあり地元派には宥和的である。
反対に近衛隊を牛耳っている武官は地元派に対してあからさまな敵意を示す。それに加えて、伯爵妃ランディーヌの恩寵を巡って家老のバルマデン準男爵と近衛隊司令デラベルトは個人的にも不仲であるのは周知の事実だった。
実際、デルベルトは、何があっても家老のバルマデン準男爵に自分から、何かを頼むということはしたくなかった。
なし崩しに、謁見は終わって出席者は三々五々退出した。
「これから、どうなるんですか?」
「とにかく、わたしはバルマデン様に書状をお願いしてくるのでこの部屋の表にある控え室で待っていてくれ」
ダンダネールの言いつけ通り、祐司とパーヴォットは控え室で待っていたが二人の近衛隊兵士が胡散臭そうな目で見張っているので一言も口はきかなかった。
四半刻ほどしてからダンダネールが戻ってきた。
祐司とパーヴォットは、ダンダネールに促されて控え室から外にでたが二人の近衛隊兵士は黙ってダンダネールを見送った。
「近衛兵は男爵格のダンダネール様に敬意も表さないのですね」
不思議そうに言うパーヴォットにダンダネールは吐き捨てるように答えた。
「近衛隊兵士のほとんどは、王都派に媚びる教導平民です。まあ、彼らもそのうちに世の理がわかる日がくるでしょう」
祐司はダンダネールの言葉の後半にダンダネールの発する光が少し強くなったことを感じた。ダンダネールは感情のままに言ったのではないようだった。
「伯爵妃はいつもあの調子なのですか」
パーヴォットはリファニア庶民の一般的な認識として、高位貴族の女性には漠然とした憧れと高貴な振る舞いをするものだという思いがあった。それだけに、パーヴォットは伯爵妃の振る舞いが納得できなのだ。
「まあな」
「ここだけの話です。ここだけの話なら聞いていいでしょうか」
パーヴォットは何度もダンダネールの顔を見ながら恐る恐る言った。
「まあ、聞きたいことはわかかる。何故、伯爵はそんな伯爵妃を咎めないのかということだろう。あれでも、精一杯、伯爵妃の行動を止めている。しかし、あからさまに止めると何を言い出すかわからないからな」
「少なくとも伯爵様はりっぱな方だと思いました。それにしても、ユウジ様、まさかユウジ様の偽物がでるとは驚きですね」
パーヴォットは自分を納得させるように言った。
「結構、あることですか」
祐司はダンダネールに聞いた。
「まあ、どこぞの領主の御落胤だとか、故郷を追われた公子だとかを名乗る詐欺師は結構いる。その手の中でもケチな詐欺師だろう」
「そんな詐欺師に引っかかるような近衛隊司令で大丈夫ですか」
パーヴォットは心配そうな口調で言ったが、内心面白がっているようだった。
「頭はからきしだが、近衛隊では人望がある。近衛隊がまとまっているのは、あの豪壮な性格に惹かれている連中が多いからだ。まあ、気前はいいのは確かだ。その分、家計は火の車だろうがな」
ダンダネールもパーヴォットをたしなめることなく答えてくれた。
「イリス神殿の神官長様には救われました。イリス神殿には参詣しておりますが、わたしのような者が直接神官長様にお礼を言いに行っていいでしょうか」
祐司はデルベルトの罵倒合戦になってもまずいと思い、気になっていたことをダンダネールに聞いた。
「シルヴェスト神官長は、あなたの顔を見たくてわざわざ伯爵の謁見に同席したのですよ。シスネロスのアハヌ神殿神官長の紹介状を持って今からシルヴェスト神官長に面会にいきましょう。実はもともとわたしもシルヴェスト神官長に面会する予定だったのです」
できすぎた話にダンダネールはいつになく丁寧な口調で付け加えた。
「本当です。今日と決めていたわけではありませんが、ユウジ殿が礼を言いたいというなら早い方がいいでしょう」
祐司とパーヴォットはダンダネールの屋敷で昼食を食べた後、イリス神殿に向かった。謁見のために借りた衣装は明日までに返せばよかったので、ターバンだけを外した格好で出かけた。
イリス神殿では、待たされる事なくシルヴェスト神官長の部屋に通された。さすがに、パーヴォットは控え室で待たしておこうと思った。
ところが、シルヴェスト神官長は名指しでパーヴォットにも会いたいというので、祐司はダンダネール、パーヴォットと三人でシルヴェスト神官長と同じテーブルで相対することになった。
祐司は謁見室で事の礼を言った。シルヴェスト神官長は祐司が持参したアハヌ神殿のスヴェンエリク神官長の紹介状を読んで祐司に”バナジューニの野の戦い”と僭称ドノバ候の捕縛について質問した。
祐司から一通り話を聞くと、シルヴェスト神官長はパーヴォットに僭称ドノバ候捕縛の顛末を聞いた。
「いや、本当の戦いをした人間の話はひと味違います。従者の方の話もおもしろかった。ドノバ候嫡子エーリー様が紹介状を書いてくれるはずです。
パーヴォットさん、貴方が幸せになれますよう夕べの祈祷の時は、イリス神にお願いしておきましょう」
「もったいない事でございます」
神官長などと言う庶民が滅多に話す機会もないような高位聖職者に、自分のことを祈ると言われてパーヴォットは目を大きく見開いて言った。
神官長が敬われているという事実を見せつけられるたびに、祐司は千年巫女神殿の神官長グネリのことが頭に浮かんで可笑しくてならなかった。
祐司に取っては神官長であっても、グネリは迂闊でちょっと可愛い気のいいおばさんだからだ。
そして、グネリは書類上の妻である。
シルヴェスト神官長は優しい口調でパーヴォットに語りかけた。
「イリス神は最も人間の心に近い心を持った神でございます。人間には人の幸福を願う気持ち、妬みから人の不幸を願う気持ちがございます。
イリス神もそのような心を持っておられますが、二つの顔で、その二つの気持ちを表して我々に戒めを示してくださるのです」
シルヴェスト神官長の言葉をパーヴォットは聞き落としてなるものかというような顔で聞いていた。
「シルヴェスト神官長、ユウジ殿との話が一段落したようですので、わたしの方の話をしてかまいませんか」
ダンダネールが笑顔で話しに割り込んできた。
「おお、これは話に夢中になってダンダネール様を待たせるなど失礼をしてしまいました」
「お気になされずに、たいした話ではありません」
「マロニシア巡礼会のことですかな」
シルヴェスト神官長は左の眉を少し上げて言った。
「はい、今年は刈り取り前にバナミナへ数多くの者が巡礼を希望しております。神官長様にはよしなにお願いいたします」
「せっかく、イリス神殿を参詣してくれる者に不快な思いはさせられません。御家老と近衛隊の方にはバナミナ入城のおりに巡礼は追い返すことなどないようにお願いしておきましょう」
シルヴェスト神官長は、ダンダネールの頼みを快く受け入れたようだった。
イリス神殿からの帰りのダンダネールがマロニシア巡礼会のことを祐司に説明した。
マロニシアとはマール州東部の古名でほぼ現在のバルバドス伯爵領に当てはまる地域である。バルバドス伯爵領は山梨県ほどの大きさがあるので、領内の著名な神殿を回るだけで数日はかかる。
ちょっとした小旅行になるために、多くの領民は古来からあるマロニシア巡礼会に加入している。このマロニシア巡礼会に加入すると、会員の家で食事を分けてもらえたり、家に宿泊させて貰える。
ただし、自分も施しを受けた食事と同量の食事を巡礼に与え、宿泊した日と同数日で他の巡礼も宿泊させなければならない。
これらは記録を取る訳ではない。加入時に会員証をもらい、加入金のかわりに小さな真鍮のメダルを地域のマロニシア巡礼会代表者から購入する。
メダルは食事で一枚、宿泊で二枚というように会員に渡す。メダルを受け取った会員は、それを利用して自分の巡礼をする仕組みである。
メダルの購入枚数は一枚といった最低限でも加入させてくれるので、金のない者でも、巡礼に相応の饗応を続けていれば自分も金を気にすることなく巡礼ができる。
加入者が購入したメダルの代金は積み立てられて、病に冒されて巡礼を行う者や困窮して巡礼を行うことによって暮らすような者への援助金になった。
それ以外の利点としては、マール州内のバルバストル伯爵領以外の神殿に参詣しようとする場合にもマロニシア巡礼会の会員証があれば関所での調べが簡略化されて、通常よりは少し安い一定の関銭で通行させてくれる。
また、目指す他領の神殿の近くには、マロニシア巡礼会から指定を受けた宿屋があり、相部屋や粗末な食事を我慢できるなら格安で宿泊させてくれる。
マロニシア巡礼会自体には、メダルの発行と管理や揉め事が起こった場合に対処する村長クラスを中心にした代表者の集まりがあるが、ダンダネールは古くからの郷士の家であるために、名誉職に近い参事を頼まれていた。
領内を多くの巡礼が動くことは領主たちがいい顔をしないので、マロニシア巡礼会は無害であることを見せるため、領主としてマロニシア巡礼会を統率把握するために、領主の何人かがダンダネールのような名誉参事になっていた。
「そのマロニシア巡礼会で名誉参事を務めるのは、地元派の人が多いのでしょうか」
祐司は、何故かマロニシア巡礼会のことが気になってダンダネールに質問をした。
「まあ、そうだな。全てと言っていい。マロニシア巡礼会は歴史が古く地の領主といっしょに歩んできた組織だからな」
祐司はダンダネールの言ったことは意味深長な言葉だと理解した。
王都派はほぼ宮廷を支配しているが、それ以外の場所はしっかりと地元派が把握しているのだとダンダネールが言っているように祐司には聞こえた。
「ほら、あそこにいる者達もマロニシア巡礼会の者たちだ」
ダンダネールが指さした方向には、家族と思える数人の老若男女がいた。服装から農民のようだった。全員が帽子に葉のついたカシの小枝をさしていた。
「カシの葉がマロニシア巡礼会の印だ」
この後、ちょっとした事件が起こった。
祐司達が酒屋の前に来たときだった。その店の前で郷士らしい姿格好の中年の男が、十二三歳ほどの少年に書き付けを渡していた。少年は立ち振る舞いから男の子供ではなく従者のようだった。男はちょっと酔っていた。
「ちゃんと、女房に渡すんだぞ」
どうも、酒屋でもう一杯飲むつもりで奥方に遅くなることを知らせる様子だった。祐司は郷士らしい男がかなり強面の顔をしているのに恐妻家なのかと思った。
少年は郷士らしい男から書き付けを受け取ると前も見ずに走り出した。祐司はなんなく少年を避けたが、ダンダネールはまともに少年にぶつかった。
それでも、ダンダネールは身構えていたので少しよろめいただけだった。少年は尻餅をつくように道に倒れ込んだ。
「すみません」
少年はあわててダンダネールに言った。
そこに、郷士らしい男が大股でやってきて倒れている少年を蹴飛ばした。少年は少し身体が浮き上がって横に転がった。
「ダンダネール様、申し訳ございません。お許しください。わたしの躾が悪く、粗忽な従者でございます。
わたしが謝りますので従者は堪忍してやって下さい。ダンダネール様にかわりまして主人のわたしが、鞭を背にくれてやります」
郷士は平身低頭でダンダネールに謝った。
「いや気にしてない」
ダンダネールはそれだけ言うと歩き出した。
男は倒れている少年の耳を掴んで無理矢理に起き上がらせた。
「さあ、とっとと書き付けを持って行け。自分の行為で主人に謝らすとはとんだ間抜けだ。さっきも言ったが今日は鞭はくれてやるが、夕飯はそのかわりになしだ」
少年は半泣きの顔で走り出した。
その後、三人はほとんど話をすることなくダンダネールの屋敷に帰った。
「申し訳御座いません。今度こそ本当にパーヴォットを罰してください。折檻をお与え下さい。
たとえそれで命を落としても本望で御座います。謁見の場でユウジ様を窮地に陥れダンダネール様にもご迷惑かけてしまいました」
ダンダネールの屋敷に帰り、祐司とパーヴォットが祐司の部屋に入るなりパーヴォットは思い詰めたように言った。
「どうした急に」
「わたしはユウジ様の従者でございます。その従者の軽率な行いでユウジ様を窮地に陥れて、ダンダネール様にまで迷惑をかえました。
わたしはユウジ様のお優しさに甘えておりました。いや、そう言いながらも甘え続けて、口で言うのとは裏腹に益々増長しておりました」
祐司が心配そうに聞くと、パーヴォットは堰を切ったように言った。
「わたしは卑怯者だ。何も言えなかった。その卑怯者にかわってパーヴォットは、わたしの名誉を守ってくれたのだ。存分の褒美を要求しなさい」
祐司は泣かんばかりになっているパーヴォットに静かな口調で言った。
「では、折檻をお与え下さい。粗相をした従者は鞭打ちや顔を殴られます。それが本当なのでございます」
パーヴォットは嗚咽するような口調で言った。
「世にも恐ろしい折檻を与える」
祐司が口で言い聞かせてもパーヴォットは納得しそうもなかったので、祐司はちょっとした悪戯を思いついた。
「はい、覚悟はできております。どうかご存分に」
「目を閉じろ。絶対に声をあげるな。動いてもいけない」
祐司はぎゅっと目を閉じているパーヴォットの額に唇を押し当てた。祐司の鼻腔はパーヴォトの前髪から立ち上ってくる、女の子のかすかに甘い匂いで満ちた。
「さあ、折檻は終わった」
祐司は理性の力で欲望を押さえ込みパーヴォットの額から唇を離した。
「ユウジ様。それでは折檻になりません」
パーヴォットは今度は本当に泣きながら言った。
「不満か」
「いいえ、ユウジ様のすることに不満などありません」
パーヴォットは涙を堪えて小さな声で言った。




