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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第六章 サトラル高原、麦畑をわたる風に吹かれて
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虚飾と格式、領主直轄都市バナミマ10 謁見

 その日のダンダネールの屋敷では夕食のメニューに祐司が買った肉と魚が出て来た。冷蔵庫のないリファニアでは生鮮食料品は、その日に食べてしまうか、燻製のように保存の効く料理にしてしまう必要がある。

 執事に祐司が買った食材は使用できなくなる前に、使って欲しいと言った内容は正しく伝わったようだった。


 ダンダネールが食材のことはまったくふれなかったので執事は、旅のために食材を買いに行ったとは報告しただろうが量のことは言わなかったのだろうと祐司は思った。


「ユウジ殿、明日、バルバストル伯爵様による謁見の儀がある。お手数だがユウジ様も出席して欲しい。バルバストル伯爵様による直接のお呼びだ」


 食事の途中にダンダネールが祐司にすまなそうに言ってきた。


「謁見ですか?畏れ多いことで御座います。いつぞやは、貴族でも平民でもなく一願巡礼だと啖呵を切りましたが、わたしはまったくの平民です」


 祐司は困り顔で言った。


「実はバルバストル伯爵様へシスネロスでの報告をした時、ユウジ殿のことに触れないわけにはいかなかったのだ。なにしろ、ドノバ候家老のグリフード様が直接話題にされたからな」


 ダンダネールも、あまり乗り気のないような言い方だった。


「で、どのようにすればよろしいので御座いますか?」


 祐司は、断り切れない頼みなのだろうと察して謁見に行く前提で聞いた。


「難しくはない。正装で従者を引き連れて伯爵様の謁見室で膝をついてしばらくいてくれればいい」


「話かけられますか?」


 祐司は一番聞きたいことから聞いた。


「平民に対する謁見は多くても月に一度なので大勢でする。その中で話しかけられるのは僅かな者だ。万が一、話しかけられても、丁寧に答えるだけでいい。多少の不作法があっても、旅の無知な平民と言うことでわたしが庇う」


 ダンダネールの言葉で、祐司は多少気が安んじた。



 次の日、祐司とパーヴォットは嫌々ながら、ダンダネールに連れられてバルバストル伯爵の屋敷に出向いた。


 正装は貸衣装屋に借りた。ダンダネールが言うには平民で正装など持っている者はいないから普通のことらしい。

 ダンダネールが気の毒がって代金を出そうとしたが、ダンダネールの懐具合がよくないのを知ってしまった祐司は丁寧に断った。


 正装といってもリファニアで一般的に着用されているワンピース型の服の丈が足首まであり袖口が幾分ゆったりしているだけの違いである。それに、白いケープを纏うだけである。


 貸衣装屋は最後に、祐司達の宿泊を断った宿屋の亭主がしていたような白と黒で染め分けられたターバンを出してきた。


「これはマール州の風習でございます。平民は目上の方から招待をされた時にしか着けることはできません。今日は殿様の謁見と言うことですから着ていないと、反対に大層な騒ぎになります」


「でも、ターバンは上民がするものでしょう。勝手に着用していいのですか」


 祐司は貸衣装屋の主人にターバンを頭に巻いて貰いながら聞いた。


「はい。単色のターバンは、上民しか着用できません。ただ、ターバンは正装ですので黒と白で上下が染められたものは誰でも着用できます」


「日常で着てはいけないですか」


「はい、目上の方に直接会う時か、冠婚葬祭でホストをする時だけです」


 ターバン以外にも、服の着用には細かな決まり事があった。それを一々、祐司は貸衣装屋に聞いていたため、着替えるだけで、半刻ほどもかかってしまった。



 バルバストル伯爵の屋敷は、敷地こそドノバ候私邸に比べて数倍ほども大きかった。ただ、この敷地の中に、市庁舎の役割をする役所があるためドノバ候私邸の居住地部分は大差なかった。


 祐司が呼び出されたのは、伯爵館の居住地部分にある田舎の公民館ほどの二階建ての建物だった。ダンダネールの話では謁見専門の建物で、その名も謁見館と呼ばれていた。

 一階は石造り、二階は木造というリファニアでは一般的に見られる建築様式である。屋根と二階はベンガラを塗装しており、街中でよく見られる建物と一緒だった。


 中に入ると、一階が大きな広間になっており、すでに、数十人の人間が入っていた。


「ここが謁見室でございますか」


 祐司の質問に、ダンダネールは中にいる人間を確かめるようにしてから答えた。


「そうだ、ここは平民、郷士格、並みの郷士の者の謁見室だ。二階は貴族、領地持ちの郷士との謁見室になっている。

 平民の場合は、身許を保証する人間が同席しないとここには入れない。だから、わたしが居るのだ」


「わたし達はどこにいればよろしいでしょうか」


 ダンダネールは部屋の入り口にいた役人に場所を確かめた。役人が指示したのは出入り口の一番近い場所だった。すなわち末席である。


「伯爵様からの直々の呼び出しで末席ですか」


 パーヴォットが祐司の後ろから小声で言った。


「ここに」


 ダンダネールが指さした先は、数センチほどだが床面が低くなっていた。祐司がよく見ると部屋の半分が低くなっている。そこが、平民の居場所のようだった。ダンダネールは高い方の床に立っていた。


 低い床にいる人間の大半が、上民の印である単色のターバンを巻いている。祐司のように白黒のターバンを着用しているのは数名に過ぎなかった。


「バルバストル伯爵、ランディーヌ伯爵妃がお見えになる。皆のもの二列に並べ」


 先触れのように謁見室に入ってきた役人風の男が声を張り上げた。


 現れたバルバストル伯爵は、三十前後のあまり目立たない風体だった。目立たないのは、伯爵の横にいる伯爵妃のせいである。

 伯爵妃は、化粧で若作りをしているが、一目で伯爵より年上だった。祐司は女性の年齢を当てるのは得意ではない。


 特に現代日本では、化粧の技術が発達していることもあり、女性の年齢は中々わからないが、リファニアの化粧は顔全体に施されるものではなく、口紅や頬の紅、目筋など際だたせるものに過ぎなかったために、祐司の目からは余計に年齢を際だたせているように見えた。


 伯爵は高位貴族である証明のような薄手の紫に染めたマントを羽織っている以外は、上等な物であることはわかるが質素とも言える服を着ていた。


 それに対して、伯爵妃は大きく裾が膨らんだ濃い赤のドレスを着ていた。伯爵妃の年齢からすればもう少し落ち着いた色合いのドレスが似合うはずである。伯爵妃のドレスは祐司の目には少女趣味が窮まったようなものだった。


 祐司が見るところ、伯爵妃は三十台の半ばから四十そこそこだった。後で、聞いたところでは伯爵は三十歳、伯爵妃は四十三歳だった。


 リファニア貴族の間で、年上の妻はタブーではないが珍しい。それも、十歳以上も年上は普通でありえない組み合わせだった。反対に普通ではない場合はあり得る。


 伯爵妃は再婚である。当初の夫は現在のバルバストル伯爵の兄で先代のバルバストル伯爵であった。その先代の伯爵でも伯爵妃よりも十歳も年下だった。


 もともとは、王都タチからの移入者である先々代伯爵には三人の女子しか子がいなかったので姉妹のいずれかを伯爵妃ということにして、王都タチに住むバルバストル伯爵家の血筋の者を婿に迎えるつもりだった。


 ところが、前述したように、王都タチの貴族は地方に下りたがらない。何年も婿入りの候補者と交渉しているうちに、先々代のバルバストル伯爵の姉妹のうち上の二人は他家に嫁いだ。

 そして、三女である現伯爵妃ランディーヌも、二十歳を大きく越えて、リファニア貴族の基準ではトウがたった年齢になってきた。


 そこで、跡継ぎの問題もあるために、地元派ではあるが、血統的には一番無難な先々代の甥の子が婿に迎えられて婿となった。


 この時、甥の子は十二歳であったために、実際の婚礼は三年後に行われ、その間に王都派は徹底的に甥の子を自分達に都合のいいように育てようとした。


 ところが、甥の子は現伯爵妃ランディーヌとの婚姻後、四年ほどで病死したという発表があり慌ただしい葬儀が行われた。中世世界のリファニアでは青少年でも、いとも簡単に感染症や風邪をこじらせた肺炎などで急死してしまうことから不思議な話ではない


 しかし、前日まで元気な姿が多数の人間に目撃されていることから、もっぱらの噂では伯爵妃の奥女中であった地元派士爵の娘と駆け落ちしたと言われていた。

 これは、該当する娘が病気の為に職を辞して、すぐさま病死したとして姿を見せなくなったこと、その士爵が落ち度もないのに伯爵宮廷に出入り禁止になったことからか確度の高い話だと認識されている。


 困った王都派は、血筋だけを頼りに姿を消した伯爵の弟を急遽担ぎ出してきた。この弟が現在の伯爵である。


 このような理由があるために、妻の方が一回り年上というリファニア貴族の世界では考えられないような組み合わせができた。



挿絵(By みてみん)



 年の差と妻が高齢であること以外に、二人の間には夫婦生活がなく当然子もいない。この理由は王都派によれば伯爵の男性機能不全である。

 地元派によれば変に気位の高い伯爵妃が目下と思っている伯爵に体を許すことをしないためだという。また先代の伯爵とも夫婦生活はなく伯爵妃は処女であるともっぱらの評判である。


 一般には地元派の主張が受け入れられている。伯爵には男と女の庶子がいる。君主の庶子の場合は、君主自身が望めば公式に庶子として認知される。

 ところが伯爵妃と王都派が、伯爵が伯爵妃との間に子がないのは伯爵に子種がなく、庶子は伯爵の子としては認めがたいという理由で断固認めない。


 そのために認知されない君主の庶子というこれまたリファニアでは珍しい事態がバルバストル伯爵家には存在する。


 祐司は、この話は前もってダンダネールから聞いていたので伯爵と伯爵妃の年齢差を見ても驚きはしなかったが、異様な感じは受けた。


 特に奇異に感じたのは、常に伯爵妃の方が半歩ばかり伯爵より前にいることだった。まるで、伯爵妃が伯爵を引き連れているような感じだった。


 どうも謁見とは有力な家臣や、郷士がお気に入りの平民を招き入れてバルバストル伯爵に紹介する儀式らしかった。

 ただ、祐司が見ていると取り巻きは、伯爵妃にばかり話をしながら謁見している者の紹介をしているようだった。


 四半刻ほどで謁見は半分ほどが終わった。


 祐司は部屋の端におり謁見は最後である。バルバストル伯爵自らが謁見に招いておいてなぜ最後にするか、祐司には不可解だった。

 祐司は王都派が勝手に序列を決めているのではないかと思った。それで、跪いたまま祐司は早く謁見が終わることだけだけを考えていた。


 ふと、祐司が伯爵の方を見やるとビヤ樽のような体躯をもった赤ら顔の禿げ上がった男が自分の連れてきた男を紹介しているところだった。男は禿げ上がっているが三十代半ばほどで、立派な赤い口髭を持っていた。


 その男は真っ赤なマントに、謁見の場に相応しくない大きな剣を腰に下げていた。周囲の近衛隊兵士の服装と同種の格好から、男は近衛隊の幹部のようだった。


 謁見の列の丁度真ん中で、本日の第一の謁見者のようだった。


 ビヤ樽のような郷士が口髭の男を紹介する言葉を聞いて祐司は思わず目を見開いた。


「この者は、ジャギール・ユウジと申し今度のモンデラーネ公とシスネロスとの戦いで、カタビ風のマリッサを見事討ち取りました勇者でございます」


 祐司の隣にいたパーヴォットが立ち上がった。


「その者は偽りを申しております。カタビ風のマリッサを討ち取ったのは、我が主、ジャギール・ユウジ様で御座います」


 あわてて祐司がパーヴォットの袖を引いた。


 謁見の間は、水を打ったような静寂に包まれていた。


「その従者を引っ捕らえろ。もちろん、主もだ。戯言が言えぬように舌を切ってしまえ。近衛隊司令デルベルトを、満座の中でこけにした所行はもう言い訳でないぞ」


 立派な口髭を生やした男を紹介していた、ビヤ樽ような体躯のデルベルトが傍目にも怒りで震える口調で怒鳴ったる


 伯爵の周囲にいた護衛の兵士達はどうしたものかと顔を見合わせていた。


「引っ捕らえなさい」


 伯爵妃がきつい口調で言った。


「この者どもは、昨日お話ししたジャギール・ユウジと従者に御座います伯爵様、どうか御裁可を」


 ダンダネールは、バルバストル伯爵にそう言うと走り寄ってくる兵士を押しとどめた。


「デルベルトよ、この場はお前に任せる。近衛隊司令としての権限で収めよ。ただし、ダンダネールの意見はわしの意見として扱うのだ。そして、その者はわたしが、謁見に招待したことを伝えておく」


 バルバストル伯爵は、初めて祐司にも聞こえる声で言った。祐司はバルバストル伯爵とダンダネールが同じパターンの光の揺らぎを出しているのに気がついた。


 どうも、二人にとっても予想外の出来事に慌てている様子だった。


「デルベルトよ。ダンダネールがお前が連れてきた者と同じ名だという者を連れてきた。どちらかが偽物だ。心して当たれ」


 伯爵妃が押し殺したような声で言った。


「よし、この者どもを捕らえよ。畏れ多くも謁見の場で虚言の罪を犯した大罪人だ。死罪は免れないと思え」


 近衛隊司令のデルベルトが言った。デルベルトは伯爵妃の言葉に後押しされて、祐司は伯爵が招いたと言ったことなど眼中にないようだった。

 デルベルトは心底怒っているようだが、祐司はデルベルトが発する光から、ひどく自信のない虚勢だと思った。


「捕らえてはいけません。このジャギール・ユウジは一願巡礼で御座います」


 ダンダネールは祐司の方を見やって言った。その様子から祐司はあわてて信者証明をダンダネールに渡した。祐司はダンダネールの耳元で「デルベルトはわかっています」と囁いた。


 ダンダネールは祐司の信者証明をデルベルトに見せた。


「それがどうした」


 デルベルトは祐司の信者証明を一目見ると、そっけない口調で言った。もし、自信があれば自分がジャギール・ユウジであると言った髭の男の信者証明を見せそうなものだがその素振りはなかった。


「一願巡礼は現行犯でない限りは逮捕するのは、一願巡礼を許可した神殿の許しがいります」


「現行犯ではないか」


 デルベルトは今度は揚げ足を取ったかのように自信満々で言った。


「何の現行犯でしょうか」


 ダンダネールも自信に溢れた口調で言う。


「虚言の罪じゃ」


「この者は一言もしゃっべっておりません」


「無礼な従者の管理不行き届きだ」


「それで神殿が納得しますか」


「何処の神殿だ。オレが直接掛け合ってやる」


 ああ言えばこう言うダンダネールにデルベルトがしびれをきらせたかのように言った。この言葉はとりようによっては不敬である。


「チャヤヌー神殿で御座います。蛮族に掠め取られた南東沿岸に今も毅然と神々の信仰の伝えております大名刹です」


 ダンダネールは心の中でデルベルトの無知をあざ笑いながら言った。


「そんな所に行けるか。行けない神殿なぞ恐くはないわ。向こうも手出しできまい」


 デルベルトはダンダネールの言葉など無視して、今度は明らかに神々に対する不敬を口に出した。


「不敬でございます」


 突然、乾いた声が謁見室の響き渡った。今まで伯爵の後ろにいた神官が声を荒げるように言った。その衣装から神官長のようだった。


「シルヴェスト神官長、申し訳ございません。撤回いたさせます」


 あわてた様子でバルバストル伯爵が言う。


「その言葉は撤回するか」 


 バルバストル伯爵の叱責のような言葉に、デルベルトは頭を下げた。 


「まだ、デラベルト殿はご不審という顔だ。では、チャヤヌー神殿に、この者のことをご照会ください。

 一願巡礼とは少しばかりのことでは認められないのでございます。それなりにチャヤヌー神殿が責任を持って認定しております」


「いいえ、必要ございません」


 バルバストル伯爵がきっぱりとした口調で言った。間接的に祐司が本当のジャギール・祐司であることをバルバストル伯爵が認めた言葉である。


 祐司は後でダンダネールから聞いたところでは、デルベルトを制した神官長は、バナミナのイリス神殿の神官長だった。


 普通、謁見に神官長が同席することはない。ただ、この日は、バルバストル伯爵にご機嫌伺い来ていたイリス神殿の神官長がシスネロスのアハヌ神殿神官長スヴェンエリクの紹介状を持っているという祐司に会いたいというので同席していた。


 神官長の言うことは、デルベルトに言いがかりのような訴えに対する反証としてはずれているが神官長という威厳がデルベルトを沈黙させた。


 追い打ちをかけるようにダンダネールがデルベルトに言う。


「この者は多くの紹介状を持っております。それも、親書扱いでございます。もし、このユウジが偽りのユウジであるならば、その紹介状を出した者達に苦情を申し立てねばなりません。少なくとも事の経過を知らせなければなりません」


 親書扱いとは、本文まで含めて紹介状を出した本人が書いたもので紹介状の中でも一番格が上になる。


「誰だ。とんだ食わせ物に紹介状を出したのは、丁重な謝罪をさせてやる。それでも文句を言うならオレの威光で黙らせる」


 デルベルトは諦めきれないのか虚勢に満ちた言葉で言った。


「はい、ドノバ候筆頭家老のグリフード男爵様、シスネロスのアハヌ神殿のスヴェンエリク神官長様、シスネロス市参事会一同様、シスネロス市長ハタレン様、ヘルトナのペリナ神殿のブレヒトルド神官長様、千年巫女神殿のグネリ神官長様、ヘルトナ守備隊ジャベンジャ様。ジャベンジャ様は北クルト伯爵の寵臣で御座います。その他、各地の神官の紹介状を持っております」


「オレも寛容だ。一願巡礼はお目こぼしだ」


 デルベルトはそうそうたる名に引き時を得たように言った。そして、パーヴォットの方を見た。


「この従者も紹介状を持っております」


 先手を打ってダンダネールがデルベルトを牽制した。


「誰のだ」


 デルベルトは苛立ったように言う。


「バンジャ・レ・バガラン・エーリー・ハル・ジャバン・ホノビマ・ディ・ドノバ様です」


 ダンダネールの言葉に、デルベルトはさも誰かと考えながら呟いた。


「バンジャ・レ・バガラン・エーリー?」


「バガラン・エーリー様はドノバ候の嫡子です」


 デルベルトはバガラン・エーリーの名を聞くと押し黙ってしまった。隣国、それも大国の君主の嫡子に関して滅多なことは口にできない。


「わたしがシスネロスより持ちかえましたドノバ候裁可の合戦の報告書には、カタビ風のマリッサにつきましても記述が御座います。この報告書はドノバ候から正式に殿に当てられた正式な報告書です」


 ダンダネールの言葉に、デルベルトは我が意を得たりとばかりに飽くまでも引かない様子だった。


「それを何故早く言わぬか。それで、この者達の虚言が証明できるではないか」


「カタビ風のマリッサを討ち取ったのは、一願巡礼ジャギール・ユウジと記載がありました。さらに合戦後に旧ドノバ候パウティスの捕縛にも参加して手柄をあげたそうです」


 ダンダネールが冷静になっていくほど、デルベルトの言葉は感情的になった。


「平民風情が、何故、カタビ風のマリッサを討ち取ったり、旧ドノバ候の忘れ形見を捕らえられるのだ。報告書が間違っておる。ドノバ候は平民風情にうまく取り込まれておるのだ」


 ああ言えばこう言うデルベルトにダンダネールは皮肉っぽく返した。


「あなたが紹介したジャギール・ユウジ殿は郷士以上の方ですな。では、この部屋では役不足でございます。ここは平民のみの謁見室でございます」


 ダンダネールはふと何かに気がついたように周囲を見回しながら言った。


「ところで、あなたの紹介したジャギール・ユウジ殿の姿が見えませんがどこに行かれました」


 ダンダネールの言葉に、デルベルトがちょっと狼狽えた様子でいると、それまで伯爵妃の背後にいた家老のバルマデン準男爵が慌てて声を荒げた。


「入り口の衛兵を呼べ」


 あわてて近衛兵の真っ赤なマントを翻して衛兵が部屋に入ってきた。家老の質問に衛兵は、部屋の雰囲気に気押されたように言った。


「はい、先程、謁見は終わったと申しまして一人出て来ました。急いで帰られました」


 誰も衛兵に何も言わなかった。バルバストル伯爵が衛兵を叱責するように言った。


「何故、止めなかった」


「はい、デルベルト司令がお招きになった方でございましたので」


 衛兵はデルベルトの顔を窺いながら答えた。バルバストル伯爵はそれに皮肉っぽく言い返した。


「デルベルト司令が招いた者でなかったら止めたのかね」



挿絵(By みてみん)


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