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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第一章  旅路の始まり
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閑話 その2  ”空の割れた日”の時代と”太古の書”

ここでは、"空の割れた日”の世界各地の時代背景と、”太古の書”に触れます。



 スヴェアの故郷であるヨーロッパは新石器時代の末から初期の青銅器時代の境目であり、イングランドでは有名なストーンヘンジの主要部分が建設された。


 中国では、まだ夏王朝の出現でさえ千年近い時間を待たねばならない。新石器時代の最盛期で都市国家がようやく見られるようになった時代である。


 モンゴルからヨーロッパロシアの草原では、いまだに乗馬を知らぬ人々が恐ろしく疎らに住みながら徒歩で飼える少数の家畜を頼りに暮らしている。


メソポタミアではすでに数百年にわたり、人類最古の文明を築いたとされるシュメール人達の都市国家が栄えて栄枯盛衰を繰り返していた。

 

 インダス川流域はようやくメソポタミア文明の影響を受けたと思われるインダス文明の芽が吹き出したばかりである。


 南アメリカではジャガイモやトウモロコシが栽培され旧大陸とは異なった作物体系が成立していた。しかし、マヤやアステカといった名の知られた文明が栄えるのはまだ三千年以上も先である。


 そして、日本は縄文時代の中期で土偶や大型土器が盛んに作られていた。長い長い縄文時代で最も人口が増えた時代である。と言っても全国で全人口が二十万人くらいであるが。



 これらの地域は現在のリファニア世界ではどのような姿になっているかは、物語の進行により触れることもあります。



 次にリファニア世界のおおまかな宗教の特徴について述べます。


 キリスト教や、その基盤の元に出現したイスラム教はおろか、キリスト教の母体となったユダヤ教も成立する以前の時代である。

 さらに、善悪二元論を持ち、ユダヤ教やキリスト教に影響を与えたとされるゾロアスター教さえ出現するのは千年も後である。


 絶対無二の唯一神を信仰する基盤はリファニア世界では脆弱である。なにしろ日常的に奇跡の術とでもいうべき巫術を操る者があふれており、その術の根源は神々の恩寵とも罰とも考えられている世界では教祖が見せるべき奇跡は色褪せたものとなる。


 いちはやく、各地の土着宗教が巫術を己の神学大系のなかに組み込んでいるため、それを目に見える形で覆さなければ新宗教の成立は難しい。

 そして、時代を経るにしたがい各地の宗教は教義を整えて理論武装が進むとともに地域を越えて日常生活の中に根を下ろしている。


 こらからの物語の中で触れていくことになるが、リファニア世界で生き残ってきた宗教は、千年以上の単位で、それなりの改革を幾度ともなく繰り返してきた。

宗教が生活の中には入り込んでも、宗教的戒律で一般信者を縛ることはしない。また、宗教者が政治に関与するすることはあっても、不滅ではない政治体制の中に入り込むことはない。

 

 この姿勢は数千年の齢を保った宗教の知恵である。


 そして、リファニア世界に複数在る多神教は、日本で仏教が興隆する時代に神道との関係を説明した本地垂迹思想のような考えを相互に持っている。

 ご存知のように本地垂迹ほんちすいじゃく思想は仏教で登場する種々の仏は、日本では八百万の神々として日本の地に現れた権現ごんげんであるとする考えである。


 つまり、A地のX神はB地のY神であるということを相互に主張して決定的な対立を回避している。リファニア世界は宗教対立については史実世界よりも平和な世界だと言える。



 最後は祐司が研究していた神話とその古文書について述べます。


 リファニア世界には”空の割れた日”のことと、それに続く災厄の日々を伝えた”太古の書”と呼ばれる宗教書と年代記が混じったような記述が伝わっている。


 良く知られた”太古の書”はマリ書、キンブリ書、ネギャエルーガ書の三つである。


 これらの書は書かれてから四千年以上たっており、原本はすでに散逸しており残った色々な言語に訳された写本は異本も多くあり復元は困難を極める。

 それでも各地の宗教者や巫術師により研究書や復元を試みた注釈書が多数書かれている。


 まず、マリ書は祐司の推測ではエジプトで直接”空の割れた日”を体験した人物により書かれた書である。”太古の書”の中では最も成立年代の早いと思われる書でもある。


 この書の著者は”空の割れた日”は神々による人類への懲罰であると考えたようであり、マリ書は神々への贖罪の修辞に溢れている。

 ただ、過剰な修辞を取り除くと神々が起こした災悪をできるだけ忠実に記述しようとする姿勢があり、祐司にとって”空の割れた日”とは一体何が起こったのかを知る手がかりになりそうな書である。



-マリ書の一節「抄訳」-

 あまねく慈悲に満ちたるラー神、地に満てる人々の驕慢なる生活と不信心を憂う。セクメト神をもち人を滅ぼさんとしはラー神なり。慈悲深く賢きオシリス神、ラー神を諭して人を生き長らえさせたりとす。ラー神、その言に従いしが人は己の所行を慎むことなし。

 ジェフテ「増水期の第一月、七月下旬」の最初の日、ラー神の怒りを悟られしホルス神、畏れ多くも雷、雹、空を覆う光にて警告を発せられたり。人はその真意を心得ず怯懦に陥り、他者と安寧な場所を争えり。

 現世と冥界の支配者たるラー神、その日の夕刻、ついにセクメト神に命じて大いなる雷と光を空に放てり。神の御業によりて支えられたる空は壺を落とせしように砕け落ちぬ。諸々の家、小屋は平たくその姿を留めず。十人に八、九は神々の慈悲によりてただちにオシリス神のもとに送られたり。

 現世に残されし人、数日の内、口、鼻、目、耳、尻より血を流し大いなる苦痛と汚辱に包まれり。多くは苦痛のうちにオシリス神のもとに送られたり。空の落ちたる地はすべて元の地にあらず。残されし人は大いなる罪人ならん。


 神の住処に至らんとする神と詐称したる偽王とその眷属は滅びたり。


 嗚呼、神々の御業と御意志を讃えまつらん。現世に残されし人はすでに人ならず。




 ”古代の書”の中でキンブリ書はマリ書とは異なり、”空の割れた日”より二三世代後に書かれた書のようである。次第に付け足されたらしく、”空の割れた日”から百年以上後のことと思える記述も多い。


 すでに”空の割れた日”以降の異変を受け入れたうえでの記述と、頻繁に出てくる古老曰くといった表現から”空の割れた日”以前を知っている人間が少数ながら生き残っている時代だと判断されるためである。


 また、祐司はこの書が中東で書かれたと判断している。その理由は、ウルやウルクといった都市名である。祐司のうろ覚えの記憶でも、この二つの都市はチグリス・ユーフラテス下流にあった最古の文明であるシュメール人の都市国家だと判断できたからだ。


 この二つの都市は”空の割れた日”に壊滅的な打撃を受けた後に蛮族の侵攻にあったようである。


 キンブリ書の著者は一人ではない。多くの伝承が編者によって纏められたようである。もともと同種な異本が当時存在しており、その重複部分をまとめ、欠落部を補ってできたのがキンブリ書のようである。


 編者も複数だと思えるが、主要部分はラガシュという都市の宗教者以外の住民のようで自分の回想なども記述している。

 かつての繁栄を懐かしむほどに”空の割れた日”以降のラガシュも衰退したが、キンブリ書の書かれた頃はまだ都市国家としての実態があり独立の矜持を持っていたようである。


 キンブリ書では、すでに巫術を使う人間についての記述が出てくる。


-キンブリ書の一節「抄訳」-

 ”空の割れたる日”を境にして、雷、雨、霧を己で操れる者多く現れる。互いにその術を競う。諸国「都市国家」の王、術の鋭き者を集めて戦に用いん。



 ”古代の書”の中で異端の書と呼ばれているのがネギャエルーガ書である。キンブリ書と同じく中東で書かれた思われる。ただし、この書が書かれた地域は乾燥地域に大河が流れるメソポタミアのような当時の中核地域ではないようである。

 理由としては”内海”という表現でカスピ海とおぼしきものが頻出することと、木々に覆われた山々が普遍的な情景で表現されているからである。


 インドに進出してヒンドゥー語を話すようになったアーリア人と呼ばれる人々と現在のイラン高原に進出してペルシア「イラン」人と呼ばれるようになった人々の共通の先祖が中央アジアにいたころに初期の楔形文字を用いて著した書のようである。


 ネギャエルーガ書は神話的な創世記から始まり、精霊と人間の関わりを中心にした一種の物語である。


 異端の書と呼ばれているのは、記述してある神々の事跡が具体的なことで各地にある神話体系との整合性が困難なためである。ただ異端の書と呼ばれていても排斥されているわけではなく、大いなる誤謬のある書として認識されている。


 祐司がこの書に惹かれるのは、神話的要素を取り除くと、”空の割れた日”以降の数百年の歴史が年代記のように読み取れるからである。



 以上の三つが”太古の書”と呼ばれる物の中の代表である。その他にも、”精霊伝記”などいくつか”太古の書”に加えられる書もある。


 物語が進行するにつれて祐司は”太古の書”から巫術のエネルギーの本質とリファニア世界の行く末の一端に触れていくことになるだろう。


挿絵(By みてみん)

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