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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第六章 サトラル高原、麦畑をわたる風に吹かれて
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虚飾と格式、領主直轄都市バナミマ5  村娘の夜伽 中

 ダンダネールが見当たらないので、祐司はパーヴォットが寝ている部屋に向かった。実際の時間は午後十時ぐらいだが、夏至が過ぎたといえ高緯度のリファニアではまだ太陽が名残惜しそうに西の空に出ている。


 ただ、かなり太陽の出ている角度が低いのと雲が分厚く空を覆い始めたために、明るい薄明程度には薄暗くなってきた。


 祐司が村長の家の横に来たときに「こちらです」と女の声がした。


「ウワァ」


 祐司は、急に左手首を捕まれて納屋に引き込まれた。とっさに、身構えて暗がりにいる相手を見ると少し肥満気味の女だった。薄暗いために顔まではわからなかった。


「驚かせて申し訳ありません」


 女がなまめかしい声で言った。


「誰ですか」


 少し目が慣れて相手の顔がなんとなく祐司にもわかってきた。黒い髪に大ぶりな目鼻、厚めの唇からハスキーな感じの声がもれてきた。


「マグレッタでございます。このような、うば桜で申し訳ございません」


 村長の奥さんであるマグレッタは少し頭を下げて言った。


「何かご用ですか」


「伽にまいりました」


 マグレッタの言葉に祐司は、間が抜けていると思いながらも酒の酌を断るような口調で言った。


「いや、お気遣い無く」


「わたしも困りますので」


「いや、そう言われましても」


「夫に叱られます」


 このようなやり取りが、祐司とマグレッタの間で何回か交わされた。


「お世話になっております村長さんを裏切るようなことは」


 祐司がそう言うと、マグレッタは何故祐司が自分の誘いを固辞するのかということを理解した。そして、祐司の手を取ると納屋の外に案内した。


「お客人は、旅の方でございますね。マールの作法には疎いと思います。それでは、こちらへ」


 納屋の横に一部屋だけの離れが建っていた。マグレッタはその離れのドアをノックした。


「ダンダネール様、よろしいでしょうか。マグレッタでございます。少し困ったことがございます。ちょっとお話をしていただきたいのですが」


「ちょっと待ってくれ」


 中からくぐもったようなダンダネールの声がした。しばらくすると、ドアがあいてダンダネールが出て来た。ダンダネールは半コートのような上着を羽織っているだけで下着は着ていなかった。


 ドアが開いた時に、部屋の中のベッドが見えた。毛布を被っていたがどうも女がいるらしいのが祐司にもわかった。


「旅の方が風習に疎いようで御座いまして」


 マグレッタが深く腰を屈めてダンダネールに言った。


「そうか、説明がいるか」


 ダンダネールは少し口を歪めて言った。


「ここでは、貴族である領主を接待するためにだ。まあ、こんな接待をするのだ。ユウジ殿はわたしの客人なので、接待を頼んだのだ。ここは、わたしの顔を立ててどうかマグレッタの言うようにしてやってくれ」


「さあ、ユウジ様、まいりましょう」


 祐司はダンダネールに言われると積極的に反論できなかった。そして、これはダンダネールに頼まれただけという意識が、祐司の心の垣根を低くした。


「そこまでおっしゃるなら」


 祐司の言葉にマグレッタは、祐司の手を引きながら言った。


「それでは、先ほどの納屋へ」


「納屋って誰かきませんか。それに、表には結構人がいますよ」


「来ればわかります」


 マグレッタは納屋に入ると、奥の壁を少し持ち上げた。壁は人がようやく通り抜けられるくらいの幅で外れた。”隠し戸”のようである。


「さあ、ここです」


 マグレッタは祐司をともなって隠し戸から中に入ると、再び中から隠し戸をはめ込んだ。中は幅が一メートル半、長さが四メートルほどの大きさの空間で、膝くらいの高さのベッドが置いてあった。


 手際がよいことに、ベッドの横には小さなランプがなまめかしい光を放っていた。


「ごゆっくりしてください」


 マグレッタはそう言うと祐司に抱きついてきた。マグレッタは背伸びをするようにして祐司と口づけをした。



 祐司は、ベッドで上向きになって薄暗い部屋の天井を見上げていた


「お若いんですね」


 マグレッタが悪戯っぽく言った。


「マグレッタさんが、いい女だからですよ」


 祐司は、そう言いながら全身全霊の決意を持ってベッドから起き上がった。


「一晩でもいいんですよ」

  

 マグレッタが小悪魔のような声で言った。


「そろそろ、帰らないと。従者が心配します」


 祐司は自制心を動員して言った。


「あの人にもお相手が用意できればよかったんですけど。なんなら、わたしがお相手しましょうか。筆降ろしならまかせてください」


 マグレッタが本気か冗談かわからないような口調で言った。祐司はそれに答えずに「お世話になりました」というと服を着だした。


「ユウジ様、また、この村に来ることがありますか」


 マグレッタが名残惜しそうに言った。


「わたしは一願巡礼です。願いが叶うまではリファニアの地を流離うだけです。どうぞ、そのような男のことは捨て置いてください」


 祐司はそう言いながらかなり自分勝手な言いぐさだと思った。


「先に納屋を出てください。わたしはここの後片付けをします」


 マグレッタはベッドの中から半身を起き上がらせて言った。


「ユウジ様、もし子ができたのなら産んでもいいですね」


 マグレッタの言葉に動揺した祐司は言い訳じみたことを慌てて言った。


「わたしは王都タチで冬ごもりをする予定です。来年の春になればマルタンに出立します。もし、子ができたのなら王都タチのシスネロス商館宛に手紙を送ってください。

 マルタンに出立した後でも、そこからわたしに手紙は届けてくれるでしょう。なんらかの援助はいたします」


「援助などいりません。見てのように夫もわたしもイス人(アジア系)の血を色濃く引いています。ですからご心配なく」


 マグレッタはそう言いながら祐司の背後から全裸で抱きついてきた。「ユウジ様、だめですか」とマグレッタが耳元で甘い声で囁いた。祐司はマグレッタの誘惑を断つことはできなかった。



 結局、祐司が寝入ってしまったマグレッタをおいて納屋から出たのは半刻後のことだった。



 祐司がパーヴォットのいる部屋に帰る途中にダンダネールと出会った。祐司は多少照れくさそうにダンダネールに黙礼をした。

 ダンダネールは少し消耗したような顔をしていた。きっと自分もこのような顔をしているに違いないと祐司は思った。


「どうだった。わたしの相手もつい先程帰ったところだ」


 ダンダネールは女を見送りに外に出ていたらしい。


「本当に村長は、その奥方に…」


 祐司は今更ながらのことを口走ってからひどく後悔した。


「マグレッタは村長の後妻だ。子はいない。石女という噂だ。まあ、今更、子ができても上に先妻の子が四人いるから厄介なことにはならない。

 石女と知っていて村長は後妻に迎えたのだと思うぞ。村長にとってはある意味、都合のいい女だから気にすることはない」


 ダンダネールの言葉に祐司は言わずもがなことを口走った。


「このような時に、上手く使えると」


「まあな、わたしも何度か相手をしたが、マグレッタは子を産んでもいいかと言っていなかったか」


 ダンダネールはちょっと苦笑しながら言った。


「はあ、確かに」


「マグレッタは男をたぶらかす台詞だと知って言っている。まあ、その最中は相手になってやればいい」


 ダンダネールは更に自分の相手のことについて聞かれてもいないのに語り出した。


「わたしの相手は村長の先妻の末娘だ。わたしの叔父の子だと言っているが、どこも似てないようだな」


「叔父上の子?」


 祐司は少し眠気が勝ちだした頭で考えた。叔父の子ならダンダネールとは従妹の関係であるから現代の日本でも婚姻は合法である。


「教導平民は自分の妻や娘が貴族と交わることは特権だと思っているのだ。貴族の子を何代か続けて宿せば貴族の血筋になる子ができるのだと」


 ダンダネールは冷笑しながら言った。


「でも、それだけで貴族にはなれないでしょう」


 祐司は徐々に理解してきたリファニアの常識から不思議そうに言った。


「その通りだ。でも平民は貴族になる可能性は皆無だが、貴族の血を持った教導平民なら貴族になる可能性はあると勝手に思っておる。まあ、まったくなしと、万に一つの違いくらいはあるがな。

 ただ、現実に、ここ百年で貴族の血を引いた平民がマール州で、士爵も含めて貴族に受任された例はない。夜盗の捕縛や、戦功で郷士になった者は確かにいるが顕著な功績だと普通の平民でも任命される」


 ダンダネールはそう一方的に言うと、自室に戻っていった。



 祐司はパーヴォットを起こさないように静かに部屋に入った。宿では別々の部屋を取るようにしているが、今日は同室だったからだ。


 部屋の中では、パーヴォットが自分のベッドの上でちょうど体育座りのような格好をしていた。


「どこに行っていたんだ」


 祐司は驚き、とっさに間抜けなことを聞いた。


「どこにも、行っておりません。待っておりました」


 パーヴォットは半分泣きそうな声で言った。


「何を?」


「ユウジ様が、夜伽の相手をしていると聞きましたのでお帰りをお待ちしていました」


 パーヴォットは夜中に起きて祐司がいないために誰かに祐司の居場所を聞いたにちがいないと祐司は思った。

 そして、パーヴォットのことを男の従者だと思っている者が本当のことを教えたに違いなかった。


「パーヴォットは男の人が…」


 パーヴォットは何か言いたそうだった。祐司はそれを遮るように少し大きな声でパーヴォットを封じるように言った。


「そうか、寝るぞ」


 祐司は、それ以上パーヴォットに質問も下手な言い訳もせずにベッドに入ると毛布を被り横になって寝入った。



挿絵(By みてみん)


 どうも祐司は年上の女性と縁がありそうです。スヴェア(齢数百歳)、グネリ(四十前後)、テポニナ(三十前後)、リューディナ(二十代半ば-祐司と同年配)、マグレッタ(三十代前半)

 マグレッタに遊んでいると言われましたが、書き連ねてみると一概に否定も出来ないようです。なお、パーヴォットにばれているのは二人、リューディナとマグレッタですが、パーヴォットの気持ちからすると人数が問題ではありません。

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