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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第六章 サトラル高原、麦畑をわたる風に吹かれて
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虚飾と格式、領主直轄都市バナミマ4  村娘の夜伽 上

 翌日、祐司は固辞したがダンダネールは是非、いっしょに馬車に乗れと言って聞かなかった。


 しかたなしに、祐司とパーヴォットはダンダネールの馬車に同乗した。祐司はシスネロスで尋常ではない乗り方で馬車に乗せられたことがあった。シスネロスの街中の比較的平坦な道ではあったが祐司はその乗り心地の悪さに閉口した。

(第四章 リヴォン川の渦巻く流れに 自治都市シスネロスの街角7 危険な仕事 参照)


 ダンダネールの馬車はドノバ候への正式な使者が使用するものであるから、それなりの馬車だろうが、日本の大きめの山道なみの道を、半日ばかり揺られていると祐司とパーヴォットは気分が悪くなってきた。


 慣れているのか、何かコツがあるのかダンダネールは気取ったような顔色一つ変えていなかった。


「今日は、少し早いですがこの辺りで宿泊いたしましょう」


 ダンダネールがそう言った時、祐司は心底、天の救いの声のように思えた。


「え、もう少し進めば、ハーンマルトの宿と聞いておりましたが、このようなところに宿があるのですか」


 祐司が折角、馬車から降りられると思ったのにパーヴォットが余計な事を聞いた。


「ハーンマルトには、碌な宿屋がございません。少し脇道に入りますが、わたしの所領の飛び地になっている村があります。今日はその村の村長の家で世話になりましょう」


 しばらく、進むと本道から分岐した、でこぼこの激しい脇道に馬車は入っていった。


 半リーグばかり馬車が進むと道の回りの林が途切れて、差し渡しが一リーグばかりの大きな窪地、否、小盆地に出た。

 

 小盆地の中は、一面の麦畑である。盆地の中央に数十軒の家が集まっていた。その村は周囲を空堀と、木の柵で囲んであった。自治と自衛を行う典型的なリファニアの農村である。


 馬車は麦畑の中をのろのろと村の方へ進んで行く。


 ドノバ州で見た麦畑とは明らかに穂の実入りが悪いことが祐司の目にも見て取れた。


 ただ、近づいてきた村の家は街道端で見た農家よりは、手入れが行き届いているようだった。半分、屋根がずり落ちそうになった農家も何軒も見てきたが、そんな廃屋寸前の家はなかった。


 村の入り口に、村人達が集まっていた。護衛の人数が一人足りないことに祐司は気がついていたが、どうやら、先にダンダネールの到着を知らせに走らせたようだ。


「ダンダネール様、ガセット村をあげて歓迎いたします」


 そう言った男は祐司に、自分はダンダネール所領のガゼット村村長であると名乗った。


 祐司は村長が青いターバンをしていることで、教導平民だとわかった。ただ、ダンダネールがいるにしても”金熊亭”の亭主のような横柄さはなく他の村民にも、丁寧な物言いをしていた。


「御領主様、今日は何用で御座いますか。視察にしては少し時期が早うございます」


 村長は、少し不安げに聞いた。


「うん、シスネロスへの使いの帰りだ。ついでに、視察も行おうと思ってな」


 ダンダネールの言葉に、村長の顔の表情が緩んだ。


「では、”金熊亭”でご宿泊ですか」


「いいや、”モミの葉亭”に泊まった。あそこの温泉は中々よかった。今まで利用せず随分と損をしたような気分だ」


「そうでございましたか、わたしらも秋にはよく行きます。ダンダネール様がご宿泊されたとなると、また客も増えましょう」


 そのような世間話を、ダンダネールと村長はしばらく続けていた。


「それでは、今年は少し早いが邪魔する。急で申し訳ないが今日は宿を借りたいのだ。ちゃんと、それ相応の宿賃の計算をしてくれ」


 ダンダネールの言葉に、村長は大仰に両手を顔の前で振って言った。祐司はいよいよ二人の話は、本題に入るのだと直感した。


 ダンダネールと村長が発する光が少し増したような気がした。表面では愛想笑いをしながら二人とも集中しているのだ。


「何をおっしゃいます。御領主様から宿賃などいただけません」


「何か困っていることはないか」


 ダンダネールが言った言葉に、村長は待っていたかのように少し声の調子を上げて言った。


「はい、今年も不作のようです。いつもお気を遣わしております。ダンダネール様には年貢は何としてでもお納めいたします。

 ただ、小麦四袋について大麦六袋程度に入れ替わりがききますとガゼット村の衆も随分と助かるのでございます」


 ダンダネールは、いちいち村長の言葉に頷きながら聞いていた。


「うむ、家令に言っておこう。問題ないかも知れん。ただ、小麦五袋で大麦八袋程度までにはなるかもしれんがよいか。

 詳しいことは収穫状態を見てから家令と相談せよ。まあ、あいつのことだから、渋いことを言うかもしれんが話はしておく」


 ダンダネールは、一見約束したようであるが、実質は、どうにでも変更できるようなことを言った。


「はい、家令様と話を詰めます」


 村長は、そのまま引き下がった。祐司は二人の間に、実際の言葉に出された以外の暗黙の了解があるのだろうと思った。


「今日は、羊を捌いて料理しております。お口にあうかどうかはわかりませんが、朝から煮込みましたシチューができております」


 実質的な話が終わって村長は、ダンダネールの歓待に話題を切り換えた。


「おお、豪勢だな。祝いか?」


 中世世界並みのリファニアでは、スーパーに行って毎日精肉を食べられるワケではない。庶民、それも農村部で精肉が食卓に出るのは秋である。

 冬を前に備蓄した飼料で乗り切れるくらいの家畜以外は屠殺して、塩漬け肉や乾燥肉などに加工する。その時期に、余った精肉を一年の中で、食べられる最良の料理として食べるくらいである。


 現在は、夏であり家畜を肥え太らす時期であるため、その家畜を殺して食べるとなると贅沢であると言える。


「はい、結婚式でございます。少しばかり御領主様がお顔を出していただければ、花婿、花嫁ともいたく感激しましょう」


 リファニアでは夏は結婚の季節である。春、夏の終わりから秋にかけては農繁期であり、冬は堪え忍ぶ季節である。幾らか農作業が落ち着いている夏は、備蓄食料が少なくなっている時期ではあるが結婚式が多い。


「そういうことであれば、ご馳走だけになるわけにはいかんな」


 ダンダネールは村長の要請を快く引き受けた。領主が結婚式に参列するなど滅多に無い機会である。

 近隣の村落でも話題になることは必至で、結婚式の当事者とともに村長は多いに面目が立つことになる。

 

「同行されておりますお客様はどのような方なのでございますか」


 村長はダンダネールの後ろに立っていた祐司に、今更のように気付いた様子で言った。


「そうだ。今度のシスネロスとモンデラーネ公との、戦で手柄をあげたジャギール・ユウジ殿だ。それも、珍しい一願巡礼だぞ」


「ほう、では、ユウジ様も是非、結婚式にご参加ください。ここは田舎でございますので、旅の方の話には飢えております。ましてや、あの大戦おおいくさの話でしたら、是非にも聞きとうございます」 


 村長は、祐司とパーヴォットに、にこやかに言った。その後で、ダンダーネルと村長は、祐司に取っては、いささか意味不明なことを小声でやり取りした。


「それから、今日は急に参ったので、そちらの用意もできていないだろうから、気にしなくていいぞ」


「いいや、こればかりは、こちらからお願いすることでございます。ただ、ダンダネール様のお気に召すかどうかは自信がございません」


「本人が納得していないのであれば、無理をするな」


「納得済みでございます」


「お客人はいかがいたします」


「用意できるのか?」


「お一人までなら」


「では、頼む。客人を優先にな」


 このダンダネールの言葉で、村長は引き下がっていったが、会話を途切れ途切れに聞いていた祐司は自分に多いに関係のあることが、話されているとは思ってもみなかった。



 祐司とパーヴォットは、村長の奥方という女性に村長の家の離れのような場所に案内された。村長は五十年配だったが、奥方は三十になったばかりという年頃で、祐司は後妻かもしれないと思った。


「三部屋ございます。一番大きな部屋とその付属室は、ダンダネール様と従者の部屋ですので残りの部屋をご使用ください。従者と一緒になりますがベッドはいいものが置いてありますのでお使いください」


 そう言うと、豊満な体つきの村長の奥さんは、祐司に媚びを売るような笑顔を見せた。



結婚式は二組が一度に行われた。人口が二百人にも満たないガゼット村は、村内に神殿はなく、近在の神殿から神官によって衆人環視で行われた。


 祐司はシスネロスで、ガークとリューディナの結婚式に参列したが、田舎の結婚式はまた独特の趣があった。

 村落中の家から持ち出された机や椅子が、野外にコの字型に並べられて、その上に各種の料理が、これまた集落中から集められた食器の上に盛りつけられた。


 二人の花嫁は、まだ、十代後半らしい少女と二十代半ばの女性だった。二人とも隣村の出身でガセット村に輿入れしてきたということだった。


 リファニアでは貴族や富裕層では、女性は十代で結婚することの方が多いが、庶民の家庭では、女の子も重要な働き手であるために、結婚は二十を過ぎてというのが年相応である。


 また、庶民階級では、子は親に持参金を払わねば正式な結婚はできない。

(第四章 リヴォン川の渦巻く流れに 自治都市シスネロスの街角11 優しき雌猫の誘惑 参照)


 農村部では現金収入が少ないために、嫁ぐ形になる女性は相応の年まで実家の労働力になることで、将来の婿になる男性の持参金を払う形になっていた。それに、男性が家畜などを持参金の不足分として花嫁の両親に譲渡する。

 中には、なかなか娘を手放さない親もいるが、二十五歳以上なら親は引き留められないという慣習がある。


 農家の男の持参金は、もう少し複雑になる。長男の場合は自家を継ぎ、花嫁を労働力と貰い受けるので花嫁の親に持参金を渡すだけですむ。

 しかし、次男以下の場合で、独立する時は、実家の農作業を手伝う約束をしたり、都市に出れば約束した金額を自分の親に送金することになる。


「バッジはこれから大変ですよ」


 祐司の隣にいた村民が、心配半ば、興味半分という顔で祐司に話しかけてきた。


 話によると、バッジというのは、十代の花嫁を娶った男で、花嫁が若い為に、相場以上の家畜を相手の親に渡した上に、二年間は自分の家の農作業をしながら、花嫁の家の農作業の手伝いをしなければならないという話だった。


 これから二年、重労働をするバッジという男も含めて披露宴は、常に笑いが起こり、村人が楽士をする楽団が常に音楽を奏で、誰かが歌ったりダンスを披露するなどで盛況だった。


佳境はダンダネールの挨拶だった。

 

 十代の花嫁の一族も披露宴に参加していたが、ダンダネールがバッジは、自分の領民なので、お手柔らかにお願いしたいと言った。


 すると、郷士とはいえ貴族格の領主が自分の娘の披露宴に出席していることに感激した花嫁の父親が、農作業の手伝いを酔った勢いで一年に負けると言い出した。

 隣に座っていた、花嫁の母親があわてて止めようとしたが、ダンダネールが「ありがとう」と先に言ったために、バッジの手伝いは一年ということになった。


 これも御領主様臨席という余録だろうと祐司は思った。


 現代日本でも珍しいことではないが、二十代半ばの女性には三つほどの男の子がいた。


「連れ子さんですか」


 パーヴォットが祐司の耳元で囁いた。それを、耳聡く先程、祐司に話しかけてきた村人が聞きつけて説明してくれた。


 子供は、確かに花婿と花嫁の子だったが、花嫁の親が男の持参金を拒否したために、通い婚のような形で子供をもうけた。

 さっきほどのバッジとは逆に結婚前に、かなり花嫁の実家の手伝いをして、やっと結婚を認めてもらったということだった。


「ところで、パーヴォットが結婚する時は、相手の男は誰に持参金を払うんだ」


 祐司が何気なく聞くと、パーヴォットは小さな声で答えた。


「ユウジ様です。でも、パーヴォットがあまり長くユウジ様といるとユウジ様は持参金をもらえなくなります」


 どうやら、パーヴォットは二十五才まで祐司といっしょにいるつもりらしかった。それは、パーヴォットの願望かもしれない。パーヴォットはそれ以上、何も言わずに二人の花嫁を見ていた。


「どうした?」


「花嫁さん達、きれいですね」


 祐司の問いにパーヴォットは羨ましそうに言った。祐司にもなんとなくパーヴォットの気持ちはわかった。身寄りのいない旅の娘が今日のような花嫁姿になれるのだろうかという漠然とした不安である。



「お前さん、ドノバの大戦おおいくさで手柄を上げたんだって」


 村人の一人が祐司に声をかけてきた。


その言葉を皮切りに、祐司の周りに人だかりができた。娯楽の少ないリファニアの農村では、結婚式は絶好の生活のアクセントであり、旅人の話は歓迎される。

 それも、聞いたことのないような戦の話である。二三時間経っても、話を聞きたがる村人は祐司の近くを離れなかった。


「パーヴォット、疲れたら先に部屋で休んでおけ」


 そろそろ、眠気で舟をこぎ出したパーヴォットに、祐司は声をかけた。


「マグレッタ、従者さんを部屋まで案内して」


 パーヴォットは、村長夫人のマグレッタに案内されて部屋に戻って行った。


 祐司はその後も半刻ほど宴会に付き合った。料理と酒が残り少なくなる頃合いで、村長が花婿と花嫁に、短い祝辞を述べた。これが、式の終わりの合図らしく、二組の花嫁と花婿はそれぞれの家に入った。


「今日はどうもありがとうございました。ご領主様臨席であの者達にとっても忘れがたい自慢の式になりました。

 また、一願巡礼様のお話で村人も、先の大戦のことをつまびらかに知ることができました。後の、用意はできておりますのでお楽しみください」


 結婚式の終わりは流れ解散だった。徐々に人がいなくなり、おかみさん連中が食器を回収する。すると。多少素面の気が残って居る男達が机や椅子を、貸し出した家へ運んでいった。


 祐司もダンダネールに挨拶をしてから、寝床に帰ろうと思ったがダンダネールの姿は見えなかった。



挿絵(By みてみん)



挿絵(By みてみん)


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