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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第六章 サトラル高原、麦畑をわたる風に吹かれて
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虚飾と格式、領主直轄都市バナミマ3  温泉

 ダンダネールの言っていた宿屋は、ナックルヘルトの集落から一リーグ弱ほどいった場所にあった。


 街道から少し入った場所に数件の家があり、その内の一軒は”金熊亭”と同様の大きさだった。その家は”モミの葉亭”と書いた小さな看板を出していた。

 ”モミの葉亭”は造りは古いが、多くの旗印を掲げて目立とうとしていた”金熊亭”と比べてどこかしら落ち着いた感じの宿だった。


「地元の人間は、収穫が終る秋になると、”モミの葉亭”に宿泊して二三日ほども温泉を楽しむそうだ。

 料理も女将が付近にいる野鳥や、ウサギを食材にした手料理を振る舞ってくれる。わたしは宿泊したことはないが食事は何度か食べているので味は保証する」


 ダンダネールに導かれて、宿に入ると初老の主人が丁寧な挨拶をしてくれた。ダンダネールが食事だけでなく宿泊すると言うと主人は驚いた風であった。その主人が説明してくれた料金は祐司が聞いても適正な価格であり、主人はすぐさま空いていた部屋を提供してくれた。


 ただし、空いていた部屋はダンダネールと祐司・パーヴォットで二部屋であったので、ダンダネールの護衛や従者たちは、食事と風呂は”モミの葉亭”を利用するが、宿泊は主人の紹介で集落の民家に泊まることになった。


 祐司は荷物を部屋に置くと、パーヴォットを引き連れて宿屋のカウンターに向かった。カウンターにいた亭主に祐司は勢い込んで話しかけた。


「先に温泉にいきたのですが。場所を教えてもらえますか」


「先に温泉ですか?食事の前に利用されるとは珍しいですね。空腹だと湯あたりしますよ」


 亭主は心配げな顔で言った。


「大丈夫です。温泉につきましては心得ておりますから」


 祐司は亭主に温泉の場所を聞くと、湯浴みのための服を借りた。


 リファニアでは、蒸し風呂に男女が同室するためか裸で風呂に入る習慣はない。風呂に行く前に宿屋のカウンターで、薄い布でできたポンチョのような服を借り、それを着て湯船に入る。

 温泉宿といっても、普通の宿屋の近くの岩場に温泉がわき出ている場所があり、簡単な小屋を作って天然の風呂にしているだけだった。


 温泉自体は、服を着て入るため、混浴だったが脱衣場は別々になっていた。誰もいなかったので、祐司とパーヴォットは男女別の脱衣場で湯浴み用の服に着替えた。


「パーヴォットは温泉は初めてだろう。第一、湯につかる風呂も初めてじゃないかな」


 祐司は風呂のある方向に早足で進みながら、パーヴォットに聞いた。


「はい。お湯につかってだいじょうぶですか。火傷しませんか」


 パーヴォットは不安げに言う。


「さあ、かけ湯をして風呂に入ろう」


 リファニアではどのような目的で使用されるのかわからないが、湯船の近くに転がっていた中型の植木鉢のような陶器の桶に祐司は湯を入れると自分にかけた。


 そして、再び桶に湯を入れると、パーヴォットの肩に湯をかけた。


「あ、熱いです」


 パーヴォットは目を固くつむってあえぐように言った。


「折檻でございますか。今日は失礼にもダンダネール様にため口を利いたりして、ユウジ様に恥をかかせた罰でございますね」


 誰もいない風呂ということで、祐司の遊び心に火がついた。


「もっと、凄い折檻をする。湯船に入るんだ」


 祐司はとっとと湯船に首までつかりながら、風呂の淵で立ち尽くしているパーヴォットに言った。


「はい」


 パーヴォットは、そう言うばかりで足先すら湯船につけようとはしない。


「オレはパーヴォットのかわりに湯につかる罰を受けている。このままオレが茹で死んでしまっていいのか。もう、身体が火傷で焼けただれてきた」


 祐司はわざと苦しそうな声で言った。


「入ります。パーヴォットがユウジ様の代わりに」


 パーヴォットは悲壮な顔をして、湯船に入った。


「どうだ」


「……。そんなに、熱くありません」


 もともと、祐司の感覚からすれば、湯はかなり温湯ゆるゆだった。


「なんか、気持ちよくなってきました」


「肩を出している方がいい。調子に乗っていると湯あたりするからな」


「はい」


 パーヴォットは、上半身を胸の辺りまで湯の上に出した。来ている湯浴み用の服は、思ったより薄く胸の線がくっきり出ていた。


「良い気分だ。温泉なんて三年ぶりだ」


 思わず祐司は、パーヴォットを見ないように空を見上げながら言った。


「ユウジ様は、イース(アイスランド)で温泉に入っていたのですか。イースは火を吹き出す山や温泉がたくさんあると聞いたことがあります」


 パーヴォットが珍しく祐司に過去のことを聞いた。一願巡礼は過去の話をしないということをヘルトナにいる時から何度も祐司が言い聞かせていたからだ。


「まあ、そう言うことだ」


 祐司は曖昧な返事をした。


 その時、祐司は脱衣場に誰かがきたことに気が付いた。しばらくして、三人の男が風呂にやってきた。


 露天風呂は、一方が一メートルほどの高さを持った岩壁で空豆のような形をしていた。祐司はパーヴォットの手を引いて、男達から見えない場所に移動した。


「おい、パーヴォット、オレから離れるな」


 祐司は、男達の様子からダンダネールの護衛をしていた兵士だと気付いていた。特に深い考えがあったわけではないが、ダンダネールという人間を知るために、盗み聞きをしてみたいと思ったのだ。


「は、はい」


 パーヴォットは、男が入ってきたので緊張した声で返事をした。


「しゃべるときは、もう少し声の高さを抑えろ。湯の中に浸かって頭だけ出しているんだ」


「はい」


 二人の男は、特にかけ湯もせずに足からゆっくりと湯船に入った。祐司が耳をすませると二人の会話が聞こえてきた。


「今回は御用だから給金は大丈夫だな」


「ああ、でも支払いは遅れるかもしれねえ。領地全体が金不足だそうだ」


「飯付きといっても給金は銀貨二枚だぜ。ケチケチせずに出しやがれよな」


「元は銀貨四枚の筈だったのによ」


「そのかわりに、年貢を負けてくれることになったじゃないか」


「金があれば、酒屋も行けるだろう」


「ちがいない」


「でもよ、本当の傭兵の護衛なら、銀貨七枚は下らないぞ」


「まあ、従者だと思えばいいだろう。どうせ、紛いの傭兵で、こけおどしなんだしな」


「ダンダネールの旦那が”金熊亭”を断って、ここに宿泊してくれてよかったぜ」


「ああ、”金熊亭”は、あからさまにオレらの料理の質を落とすからな」


「早く帰りたい。もう一月もすれば刈り入れが始まるからな。出てくるときは先柄はまずまずだったがどうなってるか」


 話の内容は明らかに農民のするものである。


 ダンダネールは、金に困っているのか、別の理由があるのか祐司はダンダネールに対する興味がふつふつと湧いてきた。


 その後、男達は今夜の飯の話や、妻子の話をとりとめなくして十分ばかりで出て行った。


「おい、パーヴォット」


 祐司が横を見ると、パーヴォットが真っ赤な頬、うつろな目つきで惚けたような返事をした。


「あ、はい」


「すぐ湯船から出ろ。のぼせたんだ」


 祐司は、パーヴォットを後ろから抱きかかえるように湯船から引き上げた。パーヴォットの、細い髪の毛が束になって祐司の口を鼻を塞いだ。


「ユウジ様、申し訳ございません」


 祐司は謝るパーヴォットから離れて言った。


「いいんだ。オレが悪かった」 


 その時、パーヴォットが小声で、それも何か思い詰めたように「ユウジ様」と言ったような気がしたが、祐司はパーヴォットの左手を掴むと脱衣所の方へ連れて行った。



 普通の宿屋の食事は本来なら、日本の定食屋のような感じの食堂で食べる。”モミの葉亭”の食堂は、大小の個室がいくつもあって宿泊した人数に併せた個室に案内してくれた。


 祐司とパーヴォットは、ダンダネールと三人で食事を摂ることになり、比較的、小振りな部屋に案内された。

 祐司はダンダネールが従者たちに、明日の出立に関する指示をするために席を外したすきを利用して、パーヴォットに合図をしたら、ある質問をダンダーネルにするように言いつけた。


 さほど待たされることもなく、食事が部屋に食事が運ばれてきた。


 山海の珍味とはいかないが、じっくり煮込んだ羊肉のシチューと、スープの中間形のような料理をメインに、リファニアでは一般的な野菜であるケールにハーブを混ぜたサラダ、バターで味付けしたジャガイモなどがテーブルに並んだ。


 祐司は、これらの料理をダンダネールとともに、ビールに舌鼓を打ちながら、おいしくいただいた。



「こんな良い宿が近くにあるのに、何故、了見の狭い”金熊亭”がやっていけているのですか」


 食事も半ばを過ぎた頃に、パーヴォットは怪訝な感じで誰に言うこともなく言った。


「貴方はリファニアの風習に疎いと言っておったな。リファニアの人間でも知らない者が大半だろうが、このマール州といっても、東部だけだが、平民の中に教導平民と呼ばれる者がいる」


「教導平民?」


「教導平民とは、大仰な言い方であるから、上民という言い方が一般的だ。これが、”金熊亭”がやっていける理由だろうな」


 ダンダネールの話によると、マール州のバルバストル伯爵領では平民と郷士の間の身分として教導平民というものを百年ほどまえに設けた。


 教導平民とは呼んで字のごとく、他の平民の範になるような人物を選んで任命していた。当初は近所の病人を長年介護した者や孤児を進んで育てた者などが任命されていた。

 現代の日本で言えば、人命救助を行った者や、研究芸能などで社会貢献をした者に与えられる褒賞に近い感覚である。


 ところが用水工事などに私財を投じた者や、多額の納税者にも与えられるようになってくると、元々財力のある平民が教導平民、すわなち上民であるという風潮が生まれてきた。

 また、教導平民を任命するに当たって地域の有力者の意見を聞き推薦を頼むようになると教導平民達は互いの子を推薦するようになった。


 すなわち、教導平民の世襲である。そうなると、平民の上に上民という階級が暗黙のうちに形成され、平民は上民に敬意をはらうという慣習もできてくる。



「風習にすぎんが、教導平民、上民は服装も特別な物が許される」


 ダンダネールは、あまり面白くもないような感じ言った。


「どんな服装ですか?」


 パーヴォットが興味深げに聞いた。


「例えば、ターバン。白、黄色、赤、黒と色で区分しており、上民の間も階級があるそうだ。貴族や郷士から見れば上民の区分などなんの意味もない。それどころか、上民も普通の平民も平民だ」


 ダンダネールは,益々つまらなさそうに言う。


「ああ、それで、”金熊亭”の亭主が威張っていたのですね」


 ダンダネールの言葉に、威張っていた意地悪な宿屋の亭主がターバンをしていたことをパーヴォットは思い出して納得したように言った。


「先々代の伯爵が泊まった時に、気紛れ半分で任命したのだ。料理が旨いと言った理由だったそうだから、本来なら料理人の手柄のはずだがな。

 変な話だが、上民は上民とつき合いたがる。だから、上民は宿屋でも上民の経営する宿屋を利用する」


 ダンダネールは今度は少し面白そうに言った。


「なんか悪習慣のように聞こえます。廃止しないんですか?」


 パーヴォットがあきれたように言った。 


「まあ、都合がいいこともある」


 ダンダネールの返事に、祐司はどこの世界でも、支配層にとって被支配層の分断政策は有効と理解されているのだろう思った。


「多分、上民と普通の平民の間には、緊張した関係があるということでしょう」


 祐司はそう言ってから出過ぎたことを言ったと後悔した。同じことを言ってもパーヴォットと祐司では、相手に与える意味合いが違うからだ。


「まあ、そうだな」


 案の定、ダンダネールは少し警戒したような口調で答えた。そこに、パーヴォットが割り込んできた。


「ドノバ州ではドノバ候のもとで貴族も郷士も大商人、農民や職人までがドノバの民という思いを持って外敵に当たっていましたよ」


「それは、シスネロスに行くたびに感じる。年々戦乱は大きくなる一方だ。モンデラーネ公が、来年、マール州へ侵攻しても驚かん。

 貴族だ、郷士だ。平民まで上民だ、真性の平民だなどと互いをけなし合っている場合か。非常時に、シスネロス市民以下、ドノバの民が示した武勇をマール州では期待できまい。


 教導平民は始まった時はそれなりに意味があったが短所ばかりが目立ってきている。しかしそれを煽って教導平民を自分の為に利用しようとする輩がいるのだ。マール州の力を弱めるばかりだということが目に見えていない」


 祐司はシスネロスの内情を知っているだけに、それは買い被りすぎだろうと思った。そして、祐司はダンダネールの真意を確かめようと思った。


 そして、パーヴォットに打ち合わせをしていたように左手で鼻の先をこすって合図を送った。


「ダンダネール様は、たくさんの従者と護衛を揃えられて御権勢が盛んでございますね」


「そう見えるか。それなら、あの者たちも立派に役立っているということだ。本来の従者は一人だけだ。後は臨時雇いの者ばかり。それも、所領の農民を年貢代わりに呼び出したものだ。

 どこでも、公式な旅となれば常識的な従者や護衛の数がある。特にバルバストル伯爵領はその数にうるさいのだ。そんなに大勢の者を普段から養っておけるほどの余裕もないのでなんとか誤魔化しているだけだ」


 パーヴォットの言葉に、ダンダネールは躊躇無く言った。祐司はダンダネールから出ている光にも注意を払っていた。


 光は安定してした。嘘は言っていないようだった。


 ただ、祐司が気になっていたのは、光の強さや色は安定しているが、ごくゆっくり波打っているように見えたことだ。祐司のカンではダンダネールの言葉の裏には何かがある。

 あるいは、計画とか企みに関するようなものの存在である。ただし、それは目の前の祐司に関してどうこうというものではなさそうだった。


「本当に今日は、よいお宿を紹介していただきありがとうございます」


 祐司はダンダネールに改めて礼を言った。


「うむ、わたしも満足だ。これからは、”モミの葉亭”を贔屓にしよう」

 

 ダンダネールも、微笑んで答える。

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