閑話 その11 リファニアの医療
この話を読み飛ばしても、本編の流れの理解には一切関係しません。解説のような部分は不用という方はスルーしてください。
中世世界の段階にあるリファニアでは当然医療は、現代日本とは比べものにならないような低いレベルにあります。しかし、史実の中世世界と比べれば、進歩した面も多々見られます。これは、戦乱が続いており外科的な処方が発達したことと巫術の存在があります。
リファニアの医療水準が現代日本より、遙かに低いのは言うまでもない。そして、リファニアでは医療に従事する人間の資格や区分が非常にあいまいである。
医師免許などはないので、その気になれば、明日からでも看板を掲げて医者として商売を始めることができる。
ただ、自分の身体や生命にかかわることであるから、ある程度、実績を上げなければ誰も寄りつきはしない。
一般には、評判のいい医者の元に弟子入りして、免許皆伝といったような推薦書を書いて貰うことで医者として独立する。
ある程度の専門性や得手不得手があるとしても、医者と名乗る限りは内科的な対応から、外科一般を診ることが期待される。
ただ、歯医者と目医者だけは、専門性が高く、医者、歯医者、目医者は明確に異なった職種だと思われている。
歯医者は兎も角、目医者が独立しているのは、不衛生な環境と、普請の程度の低い家屋では冬季の暖房から生じる暖房の煙が室内に充満する為に、トラコーマや結膜炎が多いことが上げられる。また、麻疹のような病気でも容易に失明の原因となる。多少の身体の痛みや、不自由は我慢しても視力の喪失は一大事であるので患者がつきやすい。
目医者は患者の目を診て、最適な薬草で作った軟膏を塗り込むという治療法を取っているが、放置した場合と比べて明らかに治療効果がある。
また、リファニアでは白内障に対して濁った水晶体を突き落とすという初歩的な手術が、実用化されているが、コツがいるために、どうしても目医者は専従が多くなる。
リファニアでは歯医者は医者と言うより職人の一種だと思っている人間が多い。歯医者は虫歯で痛む歯や槽膿漏などでぐらついた歯を、それこそ、やっとこのような物で引き抜く。そして、木製や陶器製の入れ歯を補填してくれる。
その他の治療法としては化膿した歯にドリルで穴を開けて中の膿を取り出すという現代からすれば恐ろしげな治療もある。
もっともリファニアの歯医者で理にかなった治療あるいは健康な歯を維持するための予防法は金属棒で歯石を除去することであり、特に歯の治療の必要のないものでも懐具合との相談になるが歯医者を見かけると歯石の除去頼む。
歯医者は、露店で営業したり、村々を巡回している者の方が、住居を構えて営業している者よりはるかに多い。
次にリファニアの治療技術について述べます。
外科的な処置では、骨折、捻挫などの固定、止血方は、おおむね現代の救急医療の仕様に準じたレベルにまで達している。裂傷も縫って傷口を塞ぐ方法が取られている。
感染症の原因が細菌であると認識はされていないが、ゴミがついた手で傷を触ることは状態を悪化させるという経験則は知られているために外科的な手術を行う前は、少なくとも医療関係者の間では、石鹸で手を洗うことは行われている。
さらに、塗り薬の状態での初歩的な抗生物質が知られている。とはいっても薬効のあるカビを練ったもので、かなり大量に用いないと、これも、ないよりはましというレベルである。本編に出てくる”エト神の涙”がこれに相当する。
壊疽などを起こす感染症が発症すると四肢を切断するしかないが、局所麻酔が用いられるので、現実の中世レベルの患者よりは苦痛は多少ましである。
そして、極めつけの麻酔が巫術である。”雷”の応用で、患者に接触して、弱い”雷”をかけ続ける。麻酔と言うより、麻痺に近い行為で、それなりの苦痛もあるが痛みは緩和できる。
また、甲冑に対しても有効なメイスのような打撃系の武器が多用されるため、砕けた頭蓋骨や血を取り除く手術も行われる。
輸血は知られていないために失血死は多い。ただし不完全ながらも血管を循環する血液という概念はあるので止血法は発達している。
外傷に関しては、意外かもしれないが、日本で言えば、明治時代半ばぐらい治療水準がある。
内科的なものは、薬効治療が主体である。種々の薬草を組み合わせた飲み薬が知られている。中には本編に出て来た冬虫夏草のようにたいした薬効がないのにも関わらず珍しいと言うだけで珍重されているものも多い。
総じて、リファニア世界の内科的な治療は、外科的な治療と比べると貧弱な医療水準だと言える。
現代では、容易く治療できる虫垂炎や腹膜炎を起こせば、それは、苦悶の末の死を覚悟しなければならない。
脳卒中や、心臓発作にも、リファニアの医療は無力である。ただ安静にして自然治癒に頼るしかない。糖尿病や痛風は、栄養状態の関係で、文字通り「贅沢病」である。極めて限定的な薬効のある薬草に頼るしかない。
ただ、リファニアには尚武の気質があり、貴族や郷士階級でも粗食を旨としている者も多いために、これらの病気が支配階級に偏っているわけでもない。
夏季になれば、赤痢菌やサルモネラ菌などが原因の疾病がしばしば流行する。医師はこのような疾病の患者には、流動食を与えて養生していろとしか言えない。これらの疾病は幼児の死亡率を上げている大きな要因である。
ガンや各種の内臓疾患も、リファニアの医師の手に余る。
しかし、これらの疾病にまったく無力というわけではない。治療専門の巫術師が存在しており、医師がサジを投げた疾病の面倒を見てくれる。
この治療専門の巫術師は、「体内の一部を熱する」「超音波のような振動を患部に与える」という術ができる。どちらも、”雷”系の巫術で電磁波を応用したものである。身体の一部に、物理的な振動を伴った電子レンジの作用を与える感じに近い。
大きなガン細胞の塊を死滅させたりすることができるので延命治療はできる。(完全にガン細胞を死滅させることは難しい)軽度の腸閉塞なら振動で治療することもある。
胆石や腎臓結石も、細かく破壊して体外へ排出させることも、知識がある上手な巫術師なら出来る。
ただ、身体の内部をレントゲンなどで調べることができないので、巫術師は患者からの訴えで、疾病の原因を考えて治療を行う。そのために、適切な治療が行われて患者が助かるかは、運任せになることの方が多い。
本編に出て来た、堕胎術もこの応用である。身に覚えのある女性は、妊娠して二ヶ月ほどなら、比較的安全に堕胎できる。
特に、その手の商売をする女性なら、妊娠したかどうかに関わらず、月のモノが遅れたと思った程度で、この術をかけてもらう。つわりなどのない妊娠の初期ならば自然に流れる。
巫術師による治療は、巫術師個々で技量や、作用する巫術に大きな差があるために、伝承できる技術ではない。また、巫術による医療が体系化されていることもないので、巫術による医療は数百年同じレベルにある。
しかも、これらの医療行為を受けられる人間は、都市の余裕のある層に限られる。リファニアの大多数を占める農民は、近くで採取される薬草を煎じて飲むくらいしかできない。
ただ、都市住民と農民の平均寿命に、そう差があるわけではない。都市部では、過密故の伝染病や不衛生な住環境により命を短くする要因が多いからである。
結核、破傷風、狂犬病、麻疹、天然痘、チフスなど疾病も現実世界と同様にリファニア世界でも存在する。これらの疾病もリファニア世界の医療には手にあまる。
ただ、コレラとペストは、その流行が今だにインドと中央アジアの原発地にとどまっているようで、少なくともリファニアには存在しない。
天然痘は致死率四十パーセントという高死亡率、強感染、免疫により再度の感染がない疫病であるので、現実世界と同様に牛痘の接種以前に行われていた人痘の人為的な感染が行われている。
ただ、比較的無害な牛痘の接種と違い、人痘の接種は一~二パーセントの死亡率があるために大規模な流行が起こっていないような状況ではほとんで接種する人間はいない。
その他の疫病としては、本編でも出て来た麦角菌による中毒がある。麦角菌は多くの種類があり、小麦・大麦・ライ麦・エン麦などに寄生する。麦角菌による中毒は呼吸器系や消化器系、そして神経系に障害を与える。
本編で出て来た物は、神経系統に麻痺を起こさせるものでありリファニア特有の物のようである。
(第三章 光の壁、風駈けるキリオキス山脈キリオキスを越えて8 ヌーヅル・ハカンの”情けは人の為ならず”四 参照)
祐司がいつの間にか、生業にしている薬草採取はリファニアでは専門の薬草取りから、農家のちょっとした小遣い稼ぎになるほど一般的な仕事である。
実は、リファニア世界の薬草は、我々の世界よりも、数段薬効がある。ただこれは、薬草自体が、よく効くのではなく人体の方が薬草の効果を効率的に受け入れるからである。
この理屈は”空の割れた日”のエネルギーに関連している事項であり、まだ、祐司もそのことには気がついていない。
最後に祐司の免疫については、既往症、幼児よりの予防接種、海外渡航のおりの予防注射から破傷風、結核、狂犬病、ポリオ、ジフテリア、麻疹、リファニア世界に存在する数種のインフルエンザ、A型およびB型肝炎の免疫がある。また、ハンセン氏病にも抵抗力がある。ただ、現実世界では根絶された天然痘には免疫がない。




