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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第五章 ドノバの太陽、中央盆地の暮れない夏
158/1161

ドノバ連合候国の曙35 シスネロスからマール州へ 上

ほのぼの系の話が混じります。長かったシスネロス市関連の話も今回と次回で本当に最後になります。

 祐司とパーヴォットは、この日、シスネロスで世話になった人々の家を訪問した。


 最初に訪問したヌーイ家は、ヌーイとクチャタは仕事の為に不在だった。代わりにヌーイの妻のキナーリとクチャタの妻のルティーナが家に招き入れてくれた。

 

「今度の掃討戦ではお世話になりました」


 祐司は、二人にパーヴォット捜索の件で改めて礼を言った。


「面白かったですわ。郷士の妻となれば、あんなことがなければ数日も家を留守に出来ませんから。久しぶりに腕がなりました」


 キナーリが嬉しそうに言うと、嫁のルティーナもにこにこ顔で言った。


「また、呼んでください。報償金で実家も大分助かりました」


 祐司は呆れたように返した。


「または、ありませんよ。バナジューニの野の戦いみたいな戦が、そうそうあってはたまりません」


 ルティーナの天然な願いに、祐司とキナーリは大笑いをした。


「まあ、ルティーナさんには、今まで手伝いをしてもらっていた仕事を本格的に覚えてもらうことにしました。もう、子供も大きいので週に何日かは仕事をしてもらいます。給金も良いのですよ」


 キナーリは意味深長なことを言い出した。


「本当にお母様には感謝しております。週に二回ほど呼ばれていますが、天職のように思えます。

 それに郷士の妻が給金を人に後ろ指を差されることなく貰えるなど滅多なことではありません」


 祐司はルティーナの口が滑ったのかと思いあわてて遮った。


「あの、そういった話はわたしが聞かない方がいいのではないでしょうか」


 具体的な仕事の内容はキナーリもルティーナもしてはいないが、今までの話からすると、女性間者、すなわちスパイや工作員の女性を尋問する仕事だと祐司は確信していた。


「ご心配なく。正式なドノバ候の仕事です。ドノバやシスネロスに仇をなしたり、裏切る者は男ばかりではありません。とは言っても人に言い歩く仕事でもありませんから他言はしないでください」


「女は女に攻め立てられるのは我慢できないのでございますよ。普段から女は殿方よりへりくだっております。ですから、少々男にきついことを言われて攻めたてられても平気でございます。

 ところが、その男を女が指図して攻め立てられますと、女の風下にいる男に攻められることになり女は心が折れるのでございますよ」


「犯罪者なら拷問で自白させれば済みますが、そうでない者は本当のことを言わせる。または言うように導きます。

 そのことでは、女より男の方が楽ですね。女と馬鹿にする馬鹿な男が多いのです。油断して余計な事を色々しゃべりますからね」


 祐司は二人が詳しい仕事内容を言わないのに祐司に思わせぶりな情報を与えるのは何か意図があると感じていた。



 祐司が去ってから、ルティーナがキナーリに心配げに聞いた。


「お母様よかったのでございますか。ユウジ様にあそこまで話して」


「ちょうど、いい加減でした。ユウジ殿は馬鹿ではありませんから今の話は他言しません。

そして、ドノバ候に対してずっと恐れと畏敬の念を持ち続けます。

 王都タチでもシスネロスの関係者に会えば我々の手の者ではないかと警戒するでしょう。余計なことを知った者にはもう少し情報を与えて黙らせておくに限ります」


「何か心苦しいですわ」


 ルティーナの言葉にキナーリは優しげな声で答えた。


「いいえ、わたし達の言ったことが忠告となってユウジ殿とパーヴォットさんを守るのですよ」




 ガークの家でも、ガークは留守だった。新しく組織される「ドノバ防衛隊」の士官として、ディンケ司令に三顧の礼で誘われたのだ。妻のリューディナは、祐司がパーヴォットのことを女の子であると説明してから家に入れてくれた。


 この辺りはリューディナの商売が商売であっただけに、リューディナが余計に気を使っているのが祐司にも感じられた。


 ガークの新居は、ヌーイなどが住む郷士街と呼ばれる市の北部に隣接した場所にあったが、郷士街と較べると家並みの様子が少し砕けた感じの中程度の商人や市の職員などが多く住む地域だった。


 家は二階建てで、現代の日本流にいえば、「5LDK」といった造りだった。ただ、部屋は狭い部屋でも八畳程度の広さがある。

 部屋数が多いのは、最近の日本の住宅ではすっかり少なくなった客間があるのと住み込みの女中がいるからである。


 シスネロスのような都市では中層から上の家庭では近郊の農家出身の若い女性を女中として住み込ませていあることが多い。この女中志願者は結構多い。

 給金は多くはないが、衣食住が保証されてて何より家事全般を仕込まれる。他人の家の家事労働全般を引き受けるといえども実家でもする仕事であり、辛い農作業から較べれば楽な仕事と言える。


 そして、数年も働けば、リファニア庶民の習慣である結婚の時に、相手の親に出す持参金を貯めることが出来るからである。


 ガークの家でも早速に女中を雇用したのか、パーヴォットとの同年齢の十代半ばと見える少女が、まだおぼつかない様子でハーブティーを持ってきた。


「最初は、わたしとの約束で、料理屋の亭主になるんだと言っておりましたが、わたしも、あの人が料理屋の亭主をしても”郷士の商法”になると思って仕官を薦めたのです」


「リューディナさん、よく思い切りましたね」


 祐司は心底感心して言った。シスネロスで士官の妻となれば郷士階級の人間とつき合うと言うことでありリューディナが、当面、気を休めることなどできなくなるからだ。


「人には得手、不得手がございますからね。シスネロスで一緒に暮らせるなら、わたしはそれで満足です。

 これからは、郷士の妻として人に後ろ指をさされないように行儀作法を習いに行っております」


「そうですか。でも郷士の妻の作法とは誰が教えてくれるのですか」


「はい、ヌーイ様の奥様のキナーリ様にです。色々な郷士の奥方にも紹介していただいております。あの方も平民の出身でご苦労なされたようで、本当に親身になっていただいております」


「おや、キナーリ様と御知り合いとは存じませんでした」


 最初、祐司は色街の女であったリューディナと、何やら秘密の仕事はしているが、郷士の典型的な妻であるキナーリとが結びつかなかった。


「はい、ヌーイ様とは懇意にさせていただいておりましたから、ご相談したので御座います」


 祐司は何故ヌーイとリューディナが懇意なのかと訝しく思ったが、ヌーイの歳のわりに枯れない様子から、その理由は一つしかないように思えた。ある意味、リューディナは最強のつてを持った女性かもしれないと祐司は思った。


「ガーク隊長の奥方に失礼を働く人間は礼儀を知らない人間です」


 祐司は心の底からリューディナに言った。


「今、主人は毎日遅くまで仕事をしております。でも、秋には船でポテナにまで行こうと言ってくれます」


 ポテナとはドノバ州の南端にある都市で、エト神の大きな神殿がある。信心と物見遊山にはぴったりの計画である。

 リファニアには新婚旅行の風習はないが、それに近いものだろうと祐司はガークのリューディナに対する思い遣りを感じた。


「いつ見ても、きれいな方で御座いますね」


 パーヴォットは、そのままのことを言っているかもしれないが、祐司はリューディナに対するパーヴォットの言葉には、つっかかられたような感じを受ける。




 祐司は次にバナジューニの野の戦いで、ガレオを守るために力を貸してくれてたヴェトスラル師匠の道場を訪ねた。ヴェトスラル師匠の道場はガークの家からほんの三ブロックほどしか離れていなかったからだ。


 道場と言っても、一階が店舗、二階が住居というような家屋の一階をぶち向きにしたものである。

 道場は学校にある剣道場程度の広さで、雰囲気も剣道場である。ただ下が土間になっているのが違うから、外見は相撲部屋のような感じと言った方が似ているかもしれない。


 祐司が道場のドアを開けると、ヴェトスラル師匠が四人の若者と相対して、剣の型稽古をしていた。型稽古といってもかなり動きは速い。ただ速いと言っても、型を知らない祐司の目でも太刀筋を見極められるほどの動きである。


 リファニアの剣にも流派があり、祐司が最初に習ったスヴェアの剣術はヘロタイニア(ヨーロッパ)剣術の流れを引くという東方流であり相手の剣を逸らしながら攻撃することが多かった。

 直刀である剣で相手の剣を滑らせて逸らすのは中々難しい技術であるが、祐司の持つ湾刀である日本刀においては比較的容易な技である。


 祐司が剣の型稽古をする時はこの流派の型稽古をする。


 東方流はサッカーに例えれば、引いて固く守りカウンターで相手を仕留めるような剣術である。


 亡くなったキンガ師匠やガークの剣術は、リファニア東部に多い、賢者流という剣術である。攻撃と防御のバランスを第一に考えているような剣術である。

 ある一瞬に防御から攻撃に転じる。攻撃の形と防御の形が明確に分かれている。自分の腕が相手より少しでも上ならば、主導権を握りやすい剣術であるが習得は難しそうである。


 パーヴォットが日頃行っている型稽古もこの流派の形である。


 今、見ているヴェトスラル師匠の型稽古は、祐司やパーヴォットの型稽古とはまた違っていた。


 どうも、愚者流というリファニアでは最も好まれている流派の形のようだった。


 愚者流とは一言で言えば”皮を斬らせて肉を斬る。肉を切らせて骨を斬る”というような剣術である。防御は必要最低限で我慢するかわりに一撃必殺を狙うのである。型稽古の様子から、習得は容易かもしれないと祐司は感じた。


 リファニアでは戦乱のために、剣術が道場剣術ではなく実戦剣術であることを求められている。

 また、剣を積極的に学ぼうという者は戦場で敵を討ち取り手柄をたてたい人間であることを考えればできるだけ万人向けで、相手を討ち取れる技量が早く身につくという愚者流が好まれていることは納得がいった。


 大雑把に言えば、愚者流は手柄をたてたい平民出身の傭兵が好む剣術で、東方流は、いざという時に自身の防御を最優先にした貴族が好む剣術であり、賢者流は雑兵に討ち取れれることを防ぎながら、あわよくば高位者を討ち取ろうという郷士の剣術である。



「ヴェトスラル師匠」


 ようやく型稽古が終わったので祐司が背後からヴェトスラル師匠に声をかけた。


「ユウジ殿、息災なようでなにより」


 振り返ったヴェトスラル師匠は、どうも、祐司が背後にいたことを察していたかのように言った。ヴェトスラル師匠は弟子に稽古の休止を伝えると、祐司とパーヴォットを二階の部屋に招き入れてくれた。


 武人の部屋らしく椅子と机しか家具が置いていない部屋に通された。ただ壁には十振りほどの剣が飾ってあった。


「バナジューニの野の戦いでは、多くの剣の戦利品も手に入って何回かシスネロス市の競売会があったので、三振りほど競り落とした。懐が温かかったこともあるが、出品された数が多いから普段では二倍の値を出してもかえないような名品が手に入ったよ」


 ヴェトスラル師匠がちょっと自慢げに言う剣はいずれも、巫術のエネルギーが発する光がなかった。鍛錬によって鍛えられた正真の名刀である。祐司は名人からすれば、巫術のエネルギーで強化した剣はまがいなのかと思った。


 祐司が剣を眺めていると、二十歳半ばほどの女がハーブティーを運んできた。中央盆地ではあまり見かけないアサルデ(北アフリカ)人の血の濃い女性で黒髪に肌が薄い赤銅色をした女性だった。


 最初は女中かと思っていたが、女中にしては服装が垢抜けしており、地味ながら上等な布地の服を着ていた。


 リファニアは身分社会であるから、規則や法律はなくとも、身にあった服装を纏うという不文律がある。

 女主人が自分の古着を女中に与えることは珍しくないので、女主人と女中が同じような服装をすることはあるが、決して女中は仕事着以外で新品の服を着ることはない。女の服装は真新しく女中が着る服装の範疇から外れていた。


「女房のランジェールだ」


ヴェトスラル師匠は少し照れたように言った。


「奥さんですか。これは失礼しました」


 祐司はそう言うと簡単に自己紹介をした。


「お若い奥様ですね」


 パーヴォットは、ヴェトスラル師匠の奥方であるというランジェールが去ってから聞いた。祐司はヴェトスラル師匠の年を聞いたことはなかったが若く見て四十後半、年相応なら五十代前半である。


 リファニアで五十代といえば老境である。


「面目ない。ランジェールは十五の年に女中で雇ったんだ。見ての通り顔は十人並みだが情の深い女でな、ちょっと間違いをしてしまった。それで、男としての責任もあって夫婦になった」


 ヴェトスラル師匠の言葉に丁度、ラスクのような焼き菓子を持ってきた奥さんは少しヴェトスラル師匠に向かって恥ずかしそうに笑った。


「お子さんができたんですか」


 パーヴォットがそのものズバリの質問をした。


「そうだ、十歳と八歳の女の子がいる」


 ヴェトスラル師匠は奥さんににこやかに言った。


「おい、ランジェール。子供達を連れてきてくれ」



 奥さんが連れてきたのは、二人の女の子だった。どちらも、真新しい清潔な服を着ており、祐司とパーヴォットを見るなり「こんにちわ」と軽く会釈した。可愛がられるとともにしっかりと躾けもされているような感じだった。


「姉がフロランで、妹はリザンドだ」


 ヴェトスラル師匠が言う姉のフロランは、父親譲りの薄いブルネット、妹のリザンドは母親譲りの黒髪で、二人とも両親のいいところを組み合わせたような端正な顔立ちをしていた。


「今年の春にようやく結婚式をした。ランジェールの両親はシスネロスで駄菓子屋をしているんだが頭の固い連中でな。

 年が離れていること以上に、わたしがシスネロス市民権を持っていないことを理由に結婚を認めてくれなかったのだ。それで、ランジェールが二十五歳になるのを待って正式に夫婦になった。まあ、オレもシスネロス市民権を得たからランジェールの親もそのうち折れてくるだろう」


 ヴェトスラル師匠は聞きもしないのに色々と説明してくれた。その後で奥さんのランジェールは憤慨したように言った。


「バナジューニの野の英雄ユウジ様と肩を並べて戦い、手柄をたてた主人を認めないなどシスネロスへの反逆でございます。事実、親は親戚や近所の者に、毎日攻め立てられておるそうです」


 リファニアの庶民階級では、男女は持参金、結納金を両親に払って結婚を許可して貰うが男性では三十歳、女性では二十五歳を過ぎると自分達だけで結婚の届けが神殿に出せる。

 結婚の届けを出せるだけで親の許可は世間的には必要であるが、親と絶縁関係になってもよいのなら普通に暮らしていける。農村部では難しい選択であるが都市では、手に職があれば暮らしに不自由はない。


 ただ、現代、日本の感覚ではそこまで待っても遅くはないだろうが、平均寿命が短く、二十歳を過ぎると急激に年を取る傾向のあるリファニアではかなりの高齢での結婚になる。

ヴェトスラル師匠とランジェールが親子ほども年が離れていたために、取り得た方法であろうと祐司は思った。


「お弟子さんは?」


 祐司はヴェトスラル師匠にコレクションの剣を褒める言葉を言ってから”バナジューニの野の戦い”の時にいっしょに従軍した二人の内弟子の姿が見えないことに気が付いたので、内弟子のことを聞いてみた。


「あの二人は傭兵隊に入隊した。傭兵隊も少しばかり損害が出たので定員を補充する為に隊員を募集しておったからな。ドノバ防衛隊の一員であったというだけでえらく気に入られてな」


 ヴェトスラル師匠はちょっと嬉しそうに説明してくれた。戦乱の絶えないリファニアで武芸者に入門するのは腕を磨き仕官するためである。武芸者からすれば弟子が仕官したとなれば評判があがり弟子が増えるという算段である。


「内弟子さんだったんでしょう。寂しくなりますね」


 パーヴォットが何気なく言った。


「また内弟子になりたいと三人ばかり訪ねてきている。道場も四五人入門者が増えた。老後の金もできたし、歳だからそろそろ道場も店じまいしようと思っていたが、のんびりもできん性格だし娘達のためにも、本当に身体が動かなくなるまで今の生活を続けるつもりだ」


 ヴェトスラル師匠は、そう言ってから祐司にパーヴォットのことをたずねた。


「その子は?」


 祐司はいままでの経緯に加えて、北クルトでは有名だったキンガ師匠の娘で毎日剣術の稽古をしていることと、傭兵と剣で渡り合ったことをヴェトスラル師匠に話した。


「よし、わしが腕前を見てやろう」


 ヴェトスラル師匠の言葉に、パーヴォットはあわてて祐司の方を見た。


「ここで、北クルト第一の武芸者であるキンガ師匠の技を見せられるのは、パーヴォットだけだ」


 ちょっと、どぎまぎした顔のパーヴォットの肩に手を置きながら祐司は言った。


 パーヴォットは小さく「はい」と答えると、ヴェトスラル師匠について一階の稽古場に下りていった。パーヴォットは慣れた手つきで稽古用の防具を装着しだした。

 


 ヴェトスラル師匠とパーヴォットは、最初は祐司が義勇軍の訓練で使ったことがある細長い棒を数本束ねて布に入れて練習用の剣代わりにしたものを使った。竹がないリファニアの竹刀である。


 四半刻ほどパーヴォットが剣道の「掛かり稽古」のような形でヴェトスラル師匠に切り込むという腕試しとも稽古とも判然としないことを続けた。


「さあ、身体が温まってきたようだ。木剣で模擬試合をしよう」


 ヴェトスラル師匠が言う木剣の模擬試合といっても、二キロから三キロはある硬木の剣を振り回すので、あたり処が悪いと大怪我をする。

 木剣を防ぐ防具は顔面を保護する皮のヘルメットと籠手、胴は気休めに布を詰め込んだ練習着だけである。


「では、勝負」


 そう言うなりヴェトスラル師匠はパーヴォットに打ちかかってきた。パーヴォットは次々に繰り出されるヴェトスラル師匠の剣を必死で受け止めていたが数撃でパーヴォットの木剣は跳ね飛ばされた。


 そこで、ヴェトスラル師匠は攻撃を止めて、稽古が終わったという印である木剣を鞘におさめる仕草をした。


「筋はいい。防御は完璧に近いが、体力を考えると最後はやられる。一つでもいいから攻撃の手段を身につければいい」


 まだ、息が荒いパーヴォットにヴェトスラル師匠がアドバイスをした。


「稽古でへとへとでした。でも、最初からならもう少し太刀打ちできたと思います」


 防具を脱ぎながらパーヴォットはちょっと悔しそうに言った。


「剣を使うような状況は疲れている場合が多い。だから、その状況をつくったんだ」


 そう言われたパーヴォットは真剣にヴェトスラル師匠に聞いた。


「わたしが攻撃に使う術は何がいいでしょう」


「”龍の尾”だ。正面からの攻撃は力ずくで跳ね返されるが、横からの攻撃は防御相手が剣の力を入れにくい。できるだけ身を屈めて相手の腰から下を狙うんだ」


 ”龍の尾”とはリファニア剣術における基本形の一つで横払いの胴打ちである。それで腰から下を狙えとヴェトスラル師匠は言う。


 理由は祐司にもわかった。相手が甲冑などで防御していた場合にパーヴォットの細身の剣では胴を攻撃しても効果は薄い。ただ、完全武装の相手でも腰から下は脚部を動かす必要から完全に防御はできない。


 一撃で倒せなくとも、脚部に負傷を負わせれば相手は踏ん張りがきかない分だけ力を削がれる。動きも緩慢になる。そこをパーヴォットが機敏に動いて相手にダメージを与え続ければよい。


「でも、馬鹿の一つ覚えみたいで相手に見透かされないでしょうか」


 なおも、パーヴォットはヴェトスラル師匠に指南を求めた。


「絶対に出来ると思えば、”顔刺し”をすればいい。それも”龍の尾”をマスターしてこその攻撃法だ。攻撃は二種類で十分だ。剣術は守るための技術だ。

あれもこれも欲張るより自信のある技を磨くことだ。攻撃によって相手の攻撃を封じていれば目的は達成している。

 攻撃は相手を討ち取ることより、相手の攻撃を怯ませるためのものだと肝に銘じておけ。相手を討ち取りたければ、剣より槍を習うことだ」


 ヴェトスラル師匠の言う”顔刺し”とは、相手がフルヘルメットであろうがお構いなしに剣を顔面に向かって突き刺す技である。

 幾ら顔面を保護するフルヘルメットでも目の部分の開口部がある。また、相手が剣を自分の顔に突き出してくるのを見ては、並みの剣士なら動揺する。


 この後、ヴェトスラル師匠が是非にというので昼食を祐司とパーヴォットはご馳走になった。

 食事はヴェトスラル師匠の一家に、弟子もいっしょだった。一日稽古のある日の昼食は

毎回、賑やかなんだとヴェトスラル師匠は、ちょっと自慢げに言った。


 ヴェトスラル師匠が自慢げに言った理由は昼食をご馳走になってわかった。ヴェトスラル師匠の若い奥さんのランジェールは料理が上手で祐司は、ちょっとした定食屋の味よりも上手いと感じた。


 

 祐司は食事の最中にヴェトスラル師匠の若い奥さんを見てふと思い当たることがあった。


 一軒目のヌーイの家では、ヌーイと後妻とは言えキナーリは一回りは年が離れている。二軒目のガークとリューディナも一回り以上は年が離れている。そして、ヴェトスラル師匠と奥さんは二回りの年が違う。


 祐司はパーヴォットを見やった。祐司はリファニアでの年月も加算すると二十七才になる。パーヴォットは十四才である。


 全然、大丈夫じゃないかと祐司は思った。




挿絵(By みてみん) 


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