表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第五章 ドノバの太陽、中央盆地の暮れない夏
156/1175

ドノバ連合候国の曙33 パーヴォットの誤解 上

「明後日はいよいよ出立だ。本当は一月前には旅立って、王都タチの近くまで行っている予定だったが大分算段が狂ったな」


 夕食が終わった後で、ふっとため息をつきながら祐司が言った。夏至を過ぎてから、少しだけ夜の足音が忍び寄ってきていることを祐司は窓の外の空を見ながら感じていた。

 しかし、夜の帳で完全に暗くなることはない。リファニアでは夏の間は、身体が疲れて寝たくなった時に寝るという感覚である。

 

「なんか色々なことが、ありすぎて何年もシスネロスにいたようです」


 パーヴォットは祐司の洗濯物を畳みながら答えた。


「オレも色々経験したと思うぞ。故買屋と対決したり、商売して、(怪しげな仕事を引き受けさされたり)、(風俗に行ったし)、強制連行されて軍事教練を受けたり、戦場で実戦したしな。それから……」


 祐司は慎重に言葉を選びながら言った。


「それからなんですか」


 パーヴォットは洗濯物を畳む手を休めて祐司に聞いた。


「お姫様を迎えに行って、結婚した」


 祐司はわざとあらぬ方向を向いて言った。


「えっ、お姫様って?結婚?」


 パーヴォットは黙ったまま俯いた。


「どうした?」


「パーヴォットは身をわきまえております」


 パーヴォットは下の向いたまま小さな声で言った。そして、突然、顔を上げると、明らかに作った明るい声で言った。


「でも、嫌なことや恐い思いをしたはずなのに、シスネロスと、お別れとなるかと思うと一寸寂しいかも」


「また、新しい街で良い思いをすることもあるだろう」


 祐司はパーヴォットに微笑んで言った。


「ユウジ様、お金はどうするのですか。もう一頭馬を買わないと運べないくらいありますよ」


 パーヴォットは、話の方向を変えようとした。


「馬一頭はおおげさだろう。しかし、盗難の危険性を除いても、今の馬とラバでは目一杯になる。

 だから、シスネロスから補償金として貰った金は直接王都タチのシスネロス商館に送ってもらった。それ以外の金は神殿為替を利用して王都タチとマルタンに送った。だから、大方の金は手元にはない」


 祐司はパーヴォットの気持ちを察して話に乗ることにした。


「カワセってなんですか」


「なんだ。パーヴォットはヨスタさんのところで何年も奉公していたのに知らないのか」


「ああ、飛び銭のことですね」


 中世段階のリファニアではあるが、比較的近距離では、大店が運営する”飛び銭”という制度がある。大店の支店ないし本店で、金に換えて引換証を書いて貰う。それを、別の店に持っていくと、手数料を引かれて現金にしてくれる制度である。


 より遠方では、「三章、光の壁、風駈けるキリオキス山脈 キリオキスを越えて12 祐司の”情けは人の為ならず"」で説明した「神殿為替」を利用する。

    

「大雑把に言えば金を二等分して、今年の冬の宿営地になる王都タチと、来年の目的地の神殿都市マルタンに送ったんだ。

 まあ、全部マルタンに送ってもよかったのだが、まだ、タチまでは道中が長い。途中でオレが賭博に入れあげて無一文になるかもしれないからな。万が一の保険だ」


 神殿為替はマルタン以外の地方神殿で現金化してもらえる制度である。例えばシスネロスで現金を為替にして、マルタンで換金したい場合は、シスネロスのアハヌ神殿が、マルタンに送る上納金に上乗せした形にして貰う。

 この場合は御布施という形で手数料を出す。手数料は送りたい金額の一パーセントほどである。高額だと金貨何枚という形になる。


 上納金を送るのは時期が限られるが、丁度、夏の時期がその時期に当たっていた。


 また急遽マルタンへの為替を王都タチで換金するような場合は、為替を取り扱う商人に依頼して、王都タチの神殿で換金できる為替を買うことになる。手数料の為に額面額よりは多少、多く出す必要がある。

 シスネロスとタチというリファニアでも有数の都市の場合は、需要も多いことから比較的安価な手数料である。需要が多いと、安くなるのはマルタンの神殿から仕入れた為替が早くはけるためである。


 神殿為替は需要が多いと安くなり、少ないと高くなるという不思議な商品である。


「寂れた地方の神殿が発行した為替は数が少なく、いつ買ってくれる人間がいるかわからないから手数料が高くなるんだ。仕入れた商人にしたら博打みたいなもんだからな」


「博打は母の仇です。どうかユウジ様、そのような事だけはお控え下さい。どうしても、したければ私を売って博打をしてください。博打をするユウジ様を見るのは辛すぎます」


 祐司が使った博打という言葉にパーヴォットが反応した。


「オレは博打はしない。約束する」


 元々、日本でも祐司はパチンコですら、話の種に二三回行った程度だった。


「もしオレが博打をするとしたら」


「博打をするとしたら」


「パーヴォットの為にだ」


 祐司は芝居っ気たっぷりに言ったつもりだった。しかし、パーヴォットは反応しなかった。黙って祐司の顔を見ている。そして呟くように言った。


「ユウジ様」


「なんだ」


「いずれパーヴォットとユウジ様は別れるので御座いましょう」


 パーヴォットは小さな声で下を向いて言った。


「まあ、キンガ師匠の故郷に着いたならな」


「では、パーヴォットを邪険にあつかってください。ユウジ様のことを嫌いになるようにして下さい」


 パーヴォットはますます小さな声で下を向いたまま言った。


「パーヴォット、世の中はなるようにしかならない。二人で楽しく旅をしよう」


 祐司も少しは思うところがあったが、明るい口調で返した。


「そうで御座いますね。申し訳御座いません。パーヴォットのいつもの我が儘で御座います。捨て置いてください」


 パーヴォットは、再び洗濯物を畳みだした。


 気まずい空気が二人の間に漂った。



「ところで、ホケンて何ですか?」


 突然、パーヴォットが素っ頓狂な声で聞いた。保険という概念がリファニアにはなかったのだ。祐司はその声を聞いてパーヴォットが、まだ子供の要素を残した十四歳の少女であることを再認識した。


 祐司は出来るだけ手短に説明した。


「ああ、頼母子講のことですね」

*話末注あり


「一寸違う。いや、かなり違うぞ」


「ユウジ様」


 そう言ったパーヴォットは今にも泣かんばかりの顔をしていた。


「何を思い詰めた顔をしてるんだ」


「ユウジ様は、ご主人様です。ユウジ様がどのようことを言いつけようとも精一杯頑張ろうと思っていました。いや、今も思っております。

 ところが、パーヴォットはユウジ様のお優しさに助長してしまったのでございます。わたしは嫌な女でございます。ユウジ様のお優しさを言い訳にするなんて最低の女でございます」


「今日のことか?」


 祐司の問いかけにパーヴォットは頷いた。


「気にしてない。それより明日は挨拶まわりだ。いろいろ行くところが多い。寝坊すると出立し損ねるから今日からは早く寝よう」



 そう言いながら、祐司は三日前のできごとを思い出した。祐司は、あの日、思い切ってパーヴォット探索時に雇った馬子のエッカルの所に行った決断は無鉄砲だったなと思わずにはいられなかった。


 三日前とは市民総会の翌日、その日は少し寝過ごして、パーヴォットに起こされた。


「ユウジ様、早く起きて下さい」


 祐司は寝ぼけ眼で、ベットの中でパーヴォットに背を向けた。


「おい、今日はまだ出立の日じゃないぞ」


「ドノバ候からの御使者が、参っております」


 パーヴォットの一言で祐司はベッドを飛び出すと、「すぐ行く」と言いながらあわてて身支度を始めた。


 祐司が宿の階下に降りていくと、一階のカウンターの前に番頭と話し込んでいるヌーイがいた。


「ジャギール・ユウジ殿ですかな」


 ヌーイは祐司の姿を見ると、他人行儀に聞いた。


「ヌーイさん、びっくりさせないで下さい。ドノバ候の御使者はどこでございましょう」


 祐司の問に、ヌーイは仰々しく言った。


「わしが使者だ。ユウジ殿がドノバ候にマリッサの守り刀を献上した返礼を持ってきた」


 ヌーイはそう言うと、祐司を宿の表に連れて行った。そこには、やや小柄だがしっかりした体つきの馬が繋いであった。


「名馬とは言わぬが、なかなかの良馬だぞ。二歳馬で調教も終わっておる。ドノバ候からの印だ。ただ、ドノバ候から下賜されたとなると、かえって厄介だから、一度、わたしに下せたものを、わたしがユウジ殿に与えてくれというドノバ候の伝言だ」


 ヌーイは馬の説明をしながら、馬の尻にある焼きごてを指で示した。ドノバ候近衛隊の印であるDMG(実際はリファニア文字)の焼き印の下に真新しい焼き印で、放出品の印であるSP(実際はリファニア文字)の印があった。


「ここだけの話だが、この馬は良馬だが軍馬としては小柄なので扱いに困っておってな。それで、近衛隊からユウジ殿のもとにやってきた。

 ドノバ候は倹約家だからな。だから、遠慮せずに使ってくれ。ドノバ候近衛隊からの放出馬ということになっているから他の者に売っても問題ない」


 祐司はドノバ候が苦労人であるという噂は知っていた。その噂は本当らしいと思った。上位者、特に高位貴族からの下賜ともなれば、それなりに大切に保管する必要があり、余程のことが無い限り売ったりすることはできないからだ。


 しかし、ドノバ候が放出品という形で与えてくれるならこの煩わしさはなくなるのである。これは、ドノバ候が世情や庶民の生活を知っている表れだろうと祐司は感じた。


「それから、これだ」


 さらにヌーイは羊皮紙でできた封筒に入った四通の羊皮紙を祐司に渡した。


「まだ、あるんですか?」


 祐司は、言うと羊皮紙を読み始めた。羊皮紙を読んでいる祐司に、ヌーイは羊皮紙の説明した。


「さすがにドノバ候がユウジ殿の紹介状を書くことはできないが、”バナジューニの野の戦い”と僭称ドノバ候パウティス捕縛に対して家老のグリフード男爵様が感状を書いてくださった。

 感状にはドノバ候のおぼえもめでたく、ドノバ候の命でこの感状を与えると書いてあり、ドノバ候の確認の署名と印が押してある。領主への感状と同じにするわけにはいかないので遠回しだがドノバ候の感状と同格だ。

 それから、こちらは書状は、ハタネン市長の名を筆頭に市参事と有力商人の連名になっている。王都タチのシスネロス商館で見せればよい。何かと便宜を図ってくれる。感状も書状もドノバ候の腹は痛まないから気にしないでいい。

 最後にアハヌ神殿のスヴェンエリク神官長がドノバ候の紹介状のかわりにと紹介状を書いてくださった」


 ドノバ候は名目上はドノバ州全ての軍勢の指揮官であるので、感状は三桁の単位で出されている。

 しかし、それは主に指揮官、領主や近衛隊の郷士階級の者に対してのものが大半であり、残りは部隊単位で出されたものである。形式が異なるとはいえ一介の巡礼が感状を貰うとなると格段いの優れた武勇を上げた左証になり値打ちが違う。


 また、ハタレン市長以下の名がある書状はシスネロス市全体からの紹介状と見なされるであろうから非常に希有な存在である。


 いずれにしても金では買えないような値打ちがあるが、それも祐司本人が持っていてこその値打ちで他人には無価値な物である。


「ありがとうございます。なんとドノバ候に感謝すればよいのか。まことに畏れ多いことでございます」


 祐司はそう言うと、ドノバ候公邸のある北の方に向かってお辞儀した。これは、心の底からの行為と言うより祐司は中世世界のリファニアを渡っていくのに日本の時代劇を参考にしていたからである。


「ユウジ殿は律儀だな。それもワの風習か」


 ヌーイは感心したように言った。


「はい、そう聞いております」


 祐司は適当に誤魔化すと、ヌーイに宿の食堂でハーブティーを飲まないかとすすめたが、ヌーイは公務多忙と言って帰って行った。


 祐司はその後で、ヌーイが連れてきた馬の様子を見た。リファニアの馬は巫術のエネルギーの光を発してしない。この馬は、そういった目に見える巫術のエネルギーの影響以上に巫術のエネルギーに関しては無関係という印象を祐司は受けた。


 祐司は馬を撫でてやった。馬は優しげな目でちょっと祐司の方を見た。祐司はふと思いついて傍に控えていたパーヴォットに言った。


「ちょっと撫でてやってくれ」


 パーヴォットが馬を撫でると、少し馬は頭を左右に振った。祐司は前から祐司とパーヴォットが同じ馬を扱っても、パーヴォットが扱う場合に少し馬が嫌がるような素振りをしたりすることに気が付いていた。


 馬は巫術のエネルギーには無縁ではあるが、巫術のエネルギー自体に悪い意味で敏感なのかもしれないと祐司は思い当たった。

 そうだとすれば、祐司は巫術のエネルギーの影響で神経伝達速度が遅いことだけでリファニアの人間が乗馬できないことを説明するより、巫術のエネルギーを馬が嫌うということを付け加えたほうが合理性があるような気がした。



 そして、祐司はこの馬なら乗馬が出来るのではないかと思った。そこで、思い出したのが馬子のエッカルのことだった。


 エッカルの発する巫術のエネルギーによる光は弱く、馬に対して他の人間より影響を与えないのでかろうじて乗馬が可能なのではないかと祐司は考えたのだ。

 そして、巫術のエネルギーを排斥して、巫術のエネルギーを近づけない祐司なら乗馬しても馬は嫌がらないだろうと推論したのだ。



挿絵(By みてみん)




注:頼母子講


 日本では「無尽」という言い方も一般的です。鎌倉時代から存在した民間の資金借り入れシステムです。


 同様のシステムは世界各地に見られる。種々の方式があるが、簡単にいってしまえば「仲間内で毎回一定の掛け金を積立て、集まった金額を抽選や入札を行って貸し出したり使ったりする制度」である。集めたお金で助け合うという相互扶助を理念としている。


 歴史的に見て代表的な運用方法は次の二つである。


 まず、十二人の人間が毎月一万円を一年間かけ続ける。一月後に十二万円貯まったところでクジで一人が十二万円を受け取れる。

 一回、クジに当たった人間は掛け金だけを払い続ける。一年後には、全ての人間が掛け金と同額の金額を受け取れる。


 何故、このような手間を掛けるかというと,一時に大きな金が入手出来て商売の拡大や、いつもは入手出来ない大量の物資を仕入れることができるメリットがあるからである。


 次に十二人の人間が毎月一万円を一年間かけ続けることは、同様であるが、クジではなくて毎月入札を行い資金獲得者を決める方法である。十二万円を得たい人間は、十一万五千円とか、十一万円とか金額を決めて入札する。


 この時、最も安い金額を書いた人間が、その金額を入手できる。十一万万円で入手した人間がいたとすれば、本来、積み立ててある十二万円のうち、一万円は残りの人間の利子となる。

 一回も入札に参加しない、もしくは、入札できなない場合は、本来、自分が積み立てた「十二万円+利子」を受け取るできる。


 この頼母子講は、やがて「無尽会社」により不特定多数の人間を相手にするシステムに発達する。現代の相互銀行はこの「無尽会社」から発達してきたものが多い。


 リファニアにも同種の組織がある。小規模な商人の間では、上記のようなことが行われる。

 また、農村部や都市の町内会的な組織では、二三日程度の巡礼を名目にした物見遊山が行われるが、その資金を毎月積み立てる。積み立て中に、参加者が病気や不慮の事故に遭った場合は自分が積み立てる予定の金額を無利子で融通してもらえる。


 このことから、パーヴォットは保険と頼母子講を同様なシステムだと思ったのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ