ドノバ連合候国の曙22 葬列と婚礼 下
祐司とパーヴォットがリヴォン亭に帰ってきたのは昼を大分過ぎてからだった。
「祐司様、お手紙を預かっております。申し訳ございません。うちの小僧が三日前に預かっていたのを忘れていたのです」
番頭が渡してくれた手紙を祐司はすぐに目を通した。手紙はガークからだった。パーヴォットを探索しに行くのに自分に声をかけなかったことを軽く非難した内容の後に、結婚式へ出席するように書いてあった。
そして、祐司はガークの結婚相手の名に絶句した。
ガークの結婚相手はリューディナだった。
リューディナはリファニアではよくある名前であるが、ガークの手紙にはリューディナが祐司に、また会いたいと言っているので是非出席して欲しいと書いてあった。
祐司がまた会うリューディナとなると黒猫亭で、祐司と遊んでくれたリューディナしかいない。
(第四章 リヴォン川の渦巻く流れに 自治都市シスネロスの街角11 優しき雌猫の誘惑 参照)
「番頭さん、今日は何日だった」
祐司はあわてて番頭に聞いた。
「はい、二十三日で、ネズミの日です」
リファニア暦は全ての月が三十日で、年末にどの月にも属さない余日が五日ないし、六日ある。そして、十二の曜日が余日も含めて巡る。
「まずい今日だ。アバーテ通りの落葉松亭って料理屋知ってますか」
祐司は手紙に書いてある日付を見てあわてた。午前中、葬列であったガークが「詳しい話は後で聞こう」と言った意味がようやくわかった。
「知ってます。大きな料理屋です。この季節にはよく結婚式なんかがありますよ」
「パーヴォット、疲れているか」
「いいえ、元気一杯です」
祐司の問いかけに、もう一つ、様子がわからないパーヴォットは戸惑ったような返事をした。
「よし、すぐにドレスに着替えろ。いや、結婚式となると普段着のドレスは拙いかも。オレは…」
結局、祐司は番頭に助けを求めることにした。
「結婚式に出るにはどんな格好がいいんだ」
「貸衣装屋にいっしょに行きましょう。こちらの不手際ですので最大限のことはいたします。今日は結婚式も多いんですよ」
リファニア人の心情は現代日本人の祐司には分かり難いことがある。戦死者を悼む葬列が終わるまでは慶事は遠慮する。ただ、終わったとたんに、死者のことは振り払って慶事に邁進する。
祐司はその切り替えがついていけないのである。昼間に荘厳な葬列を見送ったら、夜は宴会である。花婿は厳粛な顔で葬列を見送っていた。せめて、一日でも間を開けたらと思うがリファニア人は、そうは考えないらしい。
番頭は貸衣装代を出すと言ったが、祐司はそれを固辞して出来るだけ相談にのって欲しいと言った。
番頭は、また最上級の物しか残っていないという貸衣装屋の言い値を半額にさせて、祐司にはトーガのようなマントとワンピース型の上着、パーヴォットには、花の刺繍がちりばめられた薄い藍色のドレスを借り出してくれた。
半値と言っても、銀二枚という値段だった。
「番頭さん、結婚式には祝儀がいるのかな」
「そうですね。結婚式はお互いに出てもらって、誘われてですから祝儀は特にいりません。ただ、祐司様は旅人ですので、ご自分の式に招待できないと思ったら少しばかり結婚式の差配人に渡せばいいと思います」
番頭は淀みなく適切なアドバイスを祐司に与えた。
「正直、幾ら出せばいいですか」
「落葉松亭の披露宴でしたらお二人で銀一枚です。奮発する人で銀二枚でしょうか。後は気持ちです」
祐司がパーヴォットを連れて、番頭から教えて貰った落葉松亭に着いた時は披露宴が始まる直前だった。
落葉松亭は番頭の言ったように、大きな料理屋で一階を貸し切りにしてあった。そこに、祐司が目分量で数えただけでも二百人ほどの老若男女が集まっていた。
「ユウジ殿、お待ちしてましたぞ」
店に入ったところで祐司は見知った顔に声をかけられた。ドノバ防衛隊でいっしょに戦った馬商人のナサーンだった。
「ナサーンさん?」
「わたしが、今日の結婚式差配人です。好きなだけ飲み食いしてください」
リヴォン亭の番頭の話では、相場は一人で多くて銀一枚ということだったが、祐司はナサーンに祝儀にして欲しいとして銀三枚を渡した。
パーヴォットと二人で銀二枚だが、日本人的な感覚で祝儀に二枚は拙いだろうという感覚と気持ちとしてさらに多めにした。本当は、金一枚でもよかったがあまり非常識な額を出すのも拙いだろうと思ったのだ。
「美味しい所を持っていかれました。わたしも差配人に名乗りをあげたんですが、賭けに負けてしまいました」
石工の親方であるハンマットが祐司に声をかけてきた。ハンマットもドノバ防衛隊の戦友であり、巫術師のガナリを援護する祐司が率いる一隊では祐司の部下という関係だった。
「何を賭けたんですか」
祐司は深く考えもせずに聞いた。
「どちらが、リューディナと寝た回数が多いかをです」
ハンマットは、含み笑いをしながら少し声を落として祐司に言った。
「これは家内には内緒ですぞ」
ナサーンが宴席の真ん中に進み出ると大声で「祝辞」を述べ始めた。そして、最後に、より大声を張り上げた。
「みなさん、シスネロス市傭兵隊のディンケ司令から酒の差し入れがありました。今日は存分に飲んで祝いましょう」
一同がそれを聞いて気勢を上げる。それを合図にカップに次々と麦酒がつがれていく。
「ガーク万歳、我らが女神リューディナに乾杯」
ナサーンの言葉に一同が同様の言葉を復唱して宴会が開始された。
十以上の大きなテーブルの上に大皿に入れられた料理が次々と運び込まれてきた。各自はそれを皿に取るというビュッフェ形式である。
「くそ、もう、リューディナはガーク一人のもんだ。オレに甲斐性があればリューディナを娶ったのにな」
「あんないい女は十年に一人だ。あれがいい上に家庭的な女だ。ガークの旦那はいい女を手に入れた」
宴席のどこに行っても男達はガークがリューディナと結婚したことを悔しがっていた。どうもこの宴席に来ている大半の男はリューディナと寝たことがあるらしかった。
女性も大勢来ていたが、リューディナの仕事仲間以外は既婚者の妻が多いように祐司には思えた。
ここでも祐司はリファニアの感覚についていけないが、女性たちもリューディナの結婚を心底祝福しているようだった。
よく考えれば、今まで亭主が遊んでいた女性が結婚して亭主と寝なくなることは歓迎すべきことなのだろうと祐司は思った。
「あら、ユウジさん」
ガークとリューディナは宴席を巡りながら出席者に挨拶をしていた。鉛丹のような濃く明るいオレンジ色に染められた目にも鮮やかな花嫁衣装を着たリューディナが祐司に声をかけてきた。
「どうもお久しぶりです。ご結婚おめでとうございます」
承知の上とはいえ、強面の花婿であるガークを目の前にして、自分が行為を行った女性に祝意を述べるのに祐司は緊張した。
「ユウジもリューディナを知っているんだったな。それならオレはユウジとは穴兄弟か。だが、オレたちはさっきアハヌ神殿で婚礼の誓いをすませて、シスネロス市庁舎で婚姻の届けも出した。これからは、リューディナを奥様と呼べよ」
ガークの言葉に祐司はますます緊張した。
「は、はい。重々承知しております」
祐司はそう言いながら、パーヴォットが穴兄弟の意味を理解しているのか気になってしかたなかった。
「ユウジさん、お疲れのところ今日はありがとうございます。そちらの可愛いお嬢さんは?」
リューディナは祐司に丁寧に挨拶するとパーヴォットの方を見やりながら聞いた。
「パーヴォットと申します。訳あってユウジ様の従者をしております。いつもユウジさまの身近におります。ユウジ様はわたしの保護人でもあります」
祐司にはパーヴォットの声にどこかしらケンがあるような気がした。どうも、パーヴォットはリューディナに対して自分が祐司に取って特別な存在だとアピールしているらしかった。
「母ももっと早く、父さんと出会っていればリューディナさんみたいに幸せになれたかもしれません」
パーヴォットはガークとリューディナが去ると小さな声で言った。祐司がなんと言っていいのか困っているとパーヴォットは明るい声で祐司に言った。
「ユウジ様、気にしておりません。わたしの母は、わたしを養うために…。そんなことを気にしていたら…。母に申し訳ありません。わたしは子供の頃から、男の人達をよく見知っておりますから」
(第二章 北クルト 冷雨に降られる旅路 霧雨の特許都市ヘルトナ11 霧中の追跡 上 参照)
「パーヴォット、今日はたくさんご馳走になろう」
祐司もパーヴォットに笑顔で言った。
「はい」
「でも、無理して食べるな。腹がそこそこ一杯が苦しくなくていいぞ」
「でも、こんなにご馳走が並んでいます。無理なく好きなだけ食べていいですよね」
パーヴォットは食べるときは基本的に子供である。
「うん、それがパーヴォットらしいな」
思わず祐司は大きな声で言った。
「おい、戦友ユウジ殿、こっちに来てくれ」
祐司はこの声で幾たびも呼ばれた。ガークの結婚式にはドノバ防衛隊の面々が多数詰めかけていたからだ。祐司は呼ばれるたびにパーヴォットを紹介して説明をしなければならなかった。
「ハンマットさん、酒は苦手ですか?」
ハンマットが素面でいるとこに祐司は出会った。
「いや、かなり飲むが、これから別の結婚式に出ないといけないんだ。それが、ちょっとわけありで素面で行かないと拙いんだ。ここらで、失礼するよ」
ハンマットはそれだけ言うと落葉松亭から出て行った。
ガークとリューディナとの婚礼の祝いは夜遅く、太陽が地平線すれすれに近づくまで行われた。現代日本の瀟洒で垢抜けした結婚式などとは縁のない放歌高吟のまかり通る豪快な結婚式である。
披露宴の後、ガークとリューディナを先頭にして、参加者達は、ガークの新居までゾロゾロとついていった。
「皆さん、今日はありがとう。これから…」
ガークが百数十人以上付いていきた参列者にちょっと緊張した声で答えた。
「ガークさん、言わなくていい。オレらに悔しい思いをさせないでくれ」
誰かが言った言葉を合図に男女とも雄叫びを上げた。
「バォーーーー、バォーーーー」
太陽が出ているとはいえ、真夜中である。ただし、シスネロスでは結婚式に限ってはこの騒ぎも大目に見られていた。
参加した男で独り身の者は、その手の店に繰り出す相談があちらこちらで始まった。披露宴に参加していた、黒猫亭のマスターが商売っ気を出して自分の店を含めて、よい娘のいる店を紹介すると言い出した。
それに乗って、かなりの数の男達が通りに繰り出した。さすがに妻をつれた既婚者は苦笑いしてその姿を半ば羨ましそうに見ていた。
「ユウジ様は行かないんですか」
突然、パーヴォットが祐司に言った。その口調はほとんど抑揚がなかった。小さい頃から、その手の店の様子を見知っているパーヴォットが男とはそういうものだと諦観しているのかも知れなかった。
そう思うと祐司はパーヴォットがたまらなく愛おしく不憫に感じられた。
「行かない」
祐司は一言だけはっきりと言った。
「わたしに気を使わないでください」
パーヴォットの声は明るいかったが、どことなく気持ちを押し殺しているようだった。
「気なんか使ってないさ。自分のしたいようにしている。だから、パーヴォットも変な気を回すな」
祐司がパーヴォットの方を見ると、パーヴォットは小さく頷いた。
リヴォン亭に帰るため、多少土地カンが出来てきたシスネロスで近道を選びながら祐司とパーヴォットが歩いていると、数件前の家の戸が開いて数名の男女が出て来た。
どの人間も先程の結婚式で見たような出で立ちだった。しかし、その華やかな衣装を身の纏った人々は、もの悲しい空気に包まれているのがわかった。
祐司とパーヴォットが立ち止まって見ていると、花嫁衣装の女性が、小さな女の子の手を引きながら家の中から出て来た。
花嫁衣装の女性の後からは、頑固そうな親父と赤ん坊を抱いた初老の女性が出て来た。その初老の女性に華やかな衣装の男性が声をかけていた。
「あれは、ハンマットさんではないですか」
「そうだな」
祐司の目でも遠目であるがハンマットだとわかった。祐司とパーヴォットは立ち止まってハンマットが近づいて来るのを待っていた。
祐司に気が付いたハンマットが少し驚いたように声を上げた。
「ユウジ殿か。今、ここの家の結婚式に参列していたところだ」
「様子を見ておりましたが特別な式でしょうか」
祐司はハンマットの様子を見ながらおずおずと聞いた。
「そうだな。特別な式だ。花婿はバナジューニの野で死んだ」
「え?」
「花婿はわたしが仕事道具を頼む懇意にしている鍛冶屋だった。数年前にトムスの街から、さっき見た花嫁姿の奥さんと駆け落ちしたんだ。花婿の親が頑固でどうしても結婚を許さなかったらしい。
ところが、孫も出来ているとなると、その親も折れて正式に結婚を認めてくれることになって、今日が結婚式の予定日だったんだ。
花婿が戦死して奥さんは酷く落ち込んでいたが、花婿の親が孫を正式に身内として認めたいから結婚式だけは挙げてくれということになってな」
シスネロスでは信者証明に男には妻、女には夫の名が記入される。それが、公式の婚姻証明の代わりになる。
死亡した場合は可及的すやかに届け出ることになってはいたが、生死不明や神殿のない僻地という場合もあるので数ヶ月ほど遅延があっても何も言われずに受け付けてくれる。
そのために、死者との婚姻とはあり得ない話ではない。
この婚礼は、戦死した鍛冶屋の父親が完全に二人の間を公認したという印でもある。正式の婚姻関係にあると信者証明にあれば子は母親の私生児にならなくてよい。そして、なによりも妻と子に夫の遺産が受け継がれるからである。
それならば、意味のないような結婚式抜きで信者証明だけ出せばいいようなものだが、そこがリファニアの感覚が現代日本とは異なる所である。
結婚式は神々への報告を兼ねたものであるから、相手が死んでいても結婚式は必要という感覚だ。
そして、結婚式には神官が立ち会う。神官には幾ばくかの御布施が支払われる。その辺りは実利の問題もある。なぜならば、結婚していると信者証明に書き足すのはその神官であるからだ。
「そういう事情ですか」
祐司は少しため息をついて言った。
「花婿もドノバ防衛隊に入っていれば命を長らえて、手柄も立てたかもしれないが、あいにく別の義勇軍部隊に配備されたそうだ」
表目には戦勝に沸くシスネロスではあったが、戦火の傷跡は思わぬところで姿を見せた。




