ドノバ連合候国の曙21 葬列と婚礼 上
僭称ドノバ候パウティス一行を捕縛して二日後、シスネロスに祐司たちは戻った。僭称ドノバ候パウティスを捕縛したクチャタの掃討隊に、ナストリッド村の一行も同行したため百名近くになり、ちょっとした軍勢のようになった。
クチャタは、同行するのは十名ほどで良いと言ったが、ナストリッド村の面々がこれを機会にシスネロス見物もしたいと言い出した。結局、ナストリッド村の掃討隊全員もシスネロスまで同行することになった。
この行列の中央には、ナストリッド村から借りた四台の荷馬車が位置しており、荷馬車には僭称ドノバ候パウティス以下十二名の者と、掃討隊によって殺害された七人の首が積まれていた。
「シスネロス市民軍本部と傭兵隊に連絡してくれ。捕らえた僭称ドノバ候パウティスを護送してきた」
クチャタは市門で衛兵に中継ぎを頼むと四半刻もしないうちに、ドノバ候近衛隊と傭兵隊がかけつけてきた。クチャタは僭称ドノバ候パウティスをドノバ候近衛隊に、それ以外の人間を傭兵隊に引き渡した。
「どれくらいの報償金になりますか」
ナストリッド村のベルトラン村長が、ここに至って暢気なことを聞いた。
「シスネロス市から金貨二百枚だ。それに、ドノバ候から金貨二百枚が別途出る。僭称ドノバ候パウティスはドノバ候の捕虜になる」
クチャタはそう言うと一行をドノバ候公邸前まで連れて行った。ここでも四半刻ほど待たされたが全員が公邸の前庭まで通されて賞金を受け取った。
祐司はあまりの手際のよさに、やはり、僭称ドノバ候パウティス一行の情報をドノバ候は事前に入手しておりパーヴォット捜索にかこつけて自分が僭称ドノバ候パウティスを手にいれたかったのだと思った。
結局、賞金は全員で山分けということだったので、一人当たりの取り分は金貨二枚と銀貨二枚になった。端数は半分ずつにして、シスネロスのアハヌ神殿と、ナストリッド村の神殿に奉納することになった。
これに、シスネロス市からの金貨二百枚は僭称ドノバ候に従っていた者たちの査定が終わる二日ほど後にいっしょに支払わせるということだった。
その時点で、新たに金貨二枚と銀貨二枚に加えて銀貨十数枚程度の報償金が支払われる予定だった。
予定通りの支払いがシスネロス市から行われるとすると、一人当たりの取り分は、金貨五枚と銀貨十枚にはなるはずだった。
「まあ、ちょっとした小遣い稼ぎだったな」
金貨五枚と銀貨十枚は現代日本の物価基準で言えば百二十万円弱、人件費基準なら百八十万円弱ほどだと思えば当たらずとも遠からずである。堅気からすれば割のいい臨時収入、渡世人から見ればちょっとした小遣いである。
「シスネロス市からの報償金が出るまで二三日、シスネロス見物をして、何かいい土産でも村で待っている家族に買って帰るよ。死んだ者の家族にも弔慰金が出せる。
本当に、あんた達には感謝している。いつも苦労している家族に今年は少しはいい目をみさせてやれる。それに今日は前庭とはいえドノバ候公邸の敷地にまで入れたんだから帰って近隣の者に自慢できる」
ベルトラン村長はちょっと感激した様子でクチャタに言った。
「全員、たいした怪我もなくて何よりでした」
クチャタがそう言うはしから、ガバリがベルトラン村長に言った。
「ナストリッド村の衆、ここは盗人が多い。ケチな詐欺師もいる。言っては悪いが、田舎者丸出しの格好で街をうろうろしたら格好の餌食だ。あんた達が金を持っていることは、すぐに知れ渡る」
「どうすればいい」
ベルトラン村長は困惑したようにナストリッド村の衆と顔を見合わせた。
「護衛を付けよう。数名に一人つける。街の案内や値引きも伝授もしよう」
ガバリがしたり顔で言う。
「幾らだい?」
カンのいいナストリッド村の村人が聞いた。
「案内人一人につき一日銀貨一枚と銅貨三十枚だ。それと、飯も食わせてやってくれ。それで、案内人の言うことを聞いていたのに金を盗まれたら全額保証しよう」
銀貨一枚銅貨三十枚は行商人やかけだしの職人の四五日分の稼ぎである。田舎の金銭感覚では、ぼったくりに近い。
「ガバリ一家の者が案内役の一行に手を出す酔狂な者はいませんよ。安い案内料です」
顔を見合わせているナストリッド村の面々に、元ドノバ候近衛隊のナルテンが真顔で言った。
「申し訳ないが信用できる御仁ですか」
ベルトラン村長がガバリを目の前にしながら大胆に祐司に聞いた。
「宿でガバリ一家のことを聞いてみなさい。この御仁が折角言ってくれたのに断ったら、もう金は盗まれたのと同然です」
祐司は正直な考えを言った。すると、ベルトラン村長はガバリに軽く頭を下げて頼んだ。
「あなたは、りっぱな親分さんとお見受けしました。それで、お願いします」
「よし、十人の案内役を用意する。明日の朝、宿屋まで出向かせる」
ガバリは不快な顔一つせずに、ベルトラン村長に言った。そして、ガバリの手下三人がナストリッド村の衆に宿屋を紹介するための案内を買って出た。
「宿屋の紹介は無料だ。安心安全で適切な値段の宿屋を紹介する」
ガバリはゆっくり去っていくナストリッド村の衆に声をかけた。
「無料といっても、ガバリさんは宿屋から紹介料をもらえますね」
祐司はそう言ってから余計な事を言ったと後悔した。ガバリは祐司の問いかけには答えずに笑顔で祐司に返した。
「情報はただではない。ただ、金を出した情報はそれだけの価値はある」
ガバリがそう言うと、祐司は黙って頷いた。
「今度の落ち武者狩りは腕に覚えのある者ばかりで行った。口達者だけな奴は置いてきた。だから小遣い稼ぎが出来なかった口達者にも余録を出してやらんとな」
ガバリは独り言のように言った。
ナストリッド村の衆がガバリ一家の一部の者がいなくなり、クチャタの掃討隊は自然解散となった。祐司とパーヴォットは馬とラバをそれぞれ曳いて、宿屋のリヴォン亭に向かった。
「ユウジ様、お帰りなさい。パーヴォットさん、ご無事でしたか」
祐司とパーヴォットがそろって、リヴォン亭に入ると番頭が大声で嬉しそうに言った。
「今日から、また二人でしばらく厄介になります。馬とラバは表に繋いであるのでまたしばらくあずかってください。それからまたパーヴォットの部屋をお願いします」
「はい、前にパーヴォットさんが泊まっていた部屋は空いております。鍵はかかっておりませんのでお入りください」
祐司はパーヴォットと自分達の部屋がある二階への階段を上がりながら番頭に聞いた。
「明日の葬列が始まる時間はわかりますか」
「はい、三刻(午前八時)に始まるそうです」
「葬列ってなんですか」
パーヴォットの問に祐司は静かな声で言った。
「バナジューニの野の戦いで戦死した人間を弔うんだ。クチャタさんから聞いたんだ。明日、大通りで戦死者の家族が集まって死者の魂を神々の元に送る葬列をする。それに参加したい」
祐司はパーヴォットに説明すると番頭に声をかけた。
「番頭さん、葬列を見送るのはどんな格好がいいんだ」
「黒い物を羽織るだけでいいんですが、お持ちですか」
「いや、持っていない」
「そうですか。貸衣装屋に行きますか。でも、残っているかどうか。なにしろ、シスネロスあげての葬列ですから」
番頭は少し頭を傾げながら言った。
自分達の部屋に荷物を置いた祐司とパーヴォットは番頭に紹介された近くの貸衣装屋に出かけた。
貸衣装屋の亭主は、銀貨四枚ほどもする特上の物しか残っていないと気の毒そうに言ったが、祐司は迷いなく自分とパーヴォットの分を借り受けた。
祐司は、貸衣装屋にリヴォン亭に衣装を届けてくれるように頼み、パーヴォットと定食屋で簡単な夕食を食べた。
「ようやく落ち着きましたね。後はリヴォン亭に帰って寝るだけです」
腹をさすりながらパーヴォットが言った。祐司は時々、パーヴォットが子供のような仕草をするのを微笑ましく見ていた。
「まだ、やることがある」
祐司はパーヴォットに重々しい口調で言った。
「何ですか」
「風呂だ」
祐司はあきれ顔のパーヴォットをともなって風呂屋に行った。久しぶりの風呂屋で満足した祐司はパーヴォットと急いでリヴォン亭に帰りベッドに潜り込んだ。
シスレロス市による戦死者を悼む葬列を見送るために、数時間の睡眠の後に二人は、葬列用の黒いマントを手にして市庁舎前の広場に出かけた。
朝食は時間を節約するために、広場に行く途中で屋台のトウモロコシパンを買って食べた。これは、トルティーヤのような物で味を付けた挽肉が薄く煎餅のように焼いたパンの上にのっている。
トウモロコシはドノバ州でも南端に近い地域でしか栽培できないそうで、日常はあまり食べないということだった。
「これがトウモロコシパンですか。初めて食べました」
冷涼な北クルト出身のパーヴォットは不思議そうに味を確かめながらトウモロコシパンを食べていた。
「腹ごしらえができたところで出かけようか」
広場にはすでに数千人近い人間が集まっていた。市庁舎の前には臨時の演台が設置されており、アハヌ神殿のスヴェンエリク神官長がすでにその上に立っていた。
祐司とパーヴォットは急いで葬列用のマントを羽織った。
「ガークさん」
祐司は群衆の中にいる、ドノバ防衛隊の隊長だったガークを目ざとく見つけると声をかけた。
「これを見送るまでは自分勝手なことはできないからな」
ガークはそう言うと祐司の傍らにいたパーヴォットに気が付いた。
「おや、その子がパーヴォットか」
「はい、ユウジ様の従者を務めますパーヴォットでございます。おかげさまで無事にシスネロスに帰ってこれました」
パーヴォットはガークに深々と頭を下げながら言った。
「まあ、詳しい話は後で聞こう」
ガークのこの言葉に祐司は違和感を持ったがあえて聞き返すことはなかった。この時に祐司がガークに聞き返しておけば後で祐司はあわて回ることもなかった。
アハヌ神殿のスヴェンエリク神官長が祈祷を始めた。数十の角笛が悲しげな音色をあげて響き始めた。それを合図に遺族達は一列になって蛇行しながら市庁舎前の広場を歩み始めた。
遺族達は右の足を出しては、祈祷に合わせて少し足を前後に振ってから、地面に右足を降ろした。左足も同様の仕草をするために実にゆっくりと葬列の行進は進む。
葬列に参加する者も数千人ほどもいるために、葬列が全て市庁舎前の広場を通過するのに一刻ほどもかかった。
その間、少し頭を垂れて祐司とガークは葬列を見送った。
「ようやく終わりましたね。一体何人の人が死んだんですか」
「シスネロス市民軍だけで千人を超えている。その他に市民予備軍や傭兵隊、直轄地軍、領主軍まで含めると二千人以上の人間が命を落とした」
祐司の言葉にパーヴォットは信じられないというような顔で呟いた。
「二千ですか?それではシスネロスから人がいなくなるのでは」
「噂ではモンデラーネ公軍も三千人以上(この数は「余録の戦い」を含めると概ね正しい数になる)の兵士が死んだらしい。
リヴォン・ノセ州領主軍にいたっては、五千(捕虜も含めると七千の損害)の戦死者が出たそうだ。これは、戦場の死体を確認したから確からしいという噂だ。だから、モンデラーネ公の軍は一万に近い戦死者を出したことになるな」
「一万!そのような恐ろしい数を神々は許すのでしょうか」
パーヴォットが一万という数に驚いたのは、千以上の数が日常生活でめったに登場しないリファニアの事情もある。
祐司とパーヴォットは、朝食と同じように昼飯を屋台で食べた。今度はナンのように焼いた薄いパンに干し肉をのせた物を試してみた。
「これも美味しいですね。これなら、もっと早くから屋台で食べてみればよかったですね」
パーヴォットは、そう言いながら割合に大ぶりのパンを二枚平らげた。祐司はその姿を見ながら戦死者一万という数にパーヴォットは驚いていたが、本当の戦場の姿を見たわけではないのだなと思った。
いや、パーヴォットは修羅場を知っている。自分で体験もした。祐司はそれに思い当たりパーヴォットに聞いた。
「なあ、パーヴォット。無理して食べてないか」
「いや、そんなことは」
明らかにパーヴォットは動揺していた。
「なぜ、腹一杯になってるのに無理して食べるんだ」
「わたしは、わたしは…痩せています」
祐司の目から見ればパーヴォットは丁度といって言い体型である。ただ、リファニア世界の美人とはやや豊満な女性である。
「誰に美人に見られたいんだ」
「…ユウジ様」
パーヴォットは本当に小さい声で言った。
「それ以上、痩せては困る。もう少し肥えてもいいが、今のパーヴォットはオレにとっては、いっしょにいるのが自慢したくなる可愛い女の子だ」
祐司の言葉にパーヴォットは嬉しそうに頷いた。




