ドノバ連合候国の曙19 落ち武者狩り 四
-話は数分前に戻ります-
「上手く包囲しました」
クチャタのもとに、元ドノバ候近衛隊の一人が報告にきた。元ドノバ候近衛隊員は、ヘルメットや上半身の服の隙間に草や葉のついた小枝を差し込んでいた。
祐司がカモフラージュを提案して、おもしろがったクチャタが採用したのだ。
「西側の斜面の一角は空けておいたか?」
クチャタがナストリッド村の村長であるベルトランに聞いた。
「はい、その左右はナストリッド村の衆で飛び道具を配置してます。飛び道具にかまわず突っ込んで行くような無鉄砲は、運がよければそこから逃げられます」
ベルトランは少し緊張したような声で答えた。
「まあ、もとより逃がす気はないがな。逃げれば背中ががら空きだ。そこを弓で仕留めてくれ。ところで、村長、弓や弩の腕前はどうだ」
クチャタの言葉に、ベルトランは、少し言い訳口調で答えた。
「弓は狩りで使いますから結構上手な者が多くいます。三十歩くらいまでの距離なら必ず当てます。ただ、弩はあまり使ったことがないので」
「弩はじっくり狙えば弓より正確に飛ぶ。威力も段違いだ。ただし、連射が効かない。最初の一撃を発射したら、自分の護身用に近づいてくる者だけを確実に仕留める。このことは、村の衆に徹底しているか」
クチャタは二回ほどベルトランに言ったことを、また確認するように聞いた。
「はい、大丈夫です」
ベルトランは自信ありげに言った。
「いつ始めますか」
元ドノバ候近衛隊員のリーダーであるナルテンが聞いた。
「本格的に雨が降ってきそうだ」
ガバリが空を見上げて言った。そして、少し笑みを持った顔つきで言葉を続けた。
「雨が降ってくれば、河原にある木の茂みに全員が雨宿りのために集まるでしょう」
「そうだ。それまで待とう。獲物はすでに袋の中だ。後はこちらが出来る限り有利な条件でカタをつける。伝令を出して各グループに連絡してくれ」
クチャタもガバリの真意を理解して新たな指示を出した。そして、接近戦を行う元ドノバ候近衛隊の面々と腕に覚えのあるガバリ一家の者に言った。
「突入隊の諸君、敵将は生け捕りにしたい。自分の身が危ないときは躊躇せず殺してよいが、感情に任せて傷つけないように」
祐司は崖の端で見張っているパーヴォットがこちらの方を見たので、もどって来いと言うように手で合図した。
祐司はもどって来たパーヴォットに低い声で聞いた。
「パーヴォット、見たことを報告しろ」
「木の陰から出たり入ったりしていますが、森の中の相手はやはり十七人です。甲冑姿が六人、兵士用具足が九人です。後の、二人は甲冑も具足もつけていません」
パーヴォットの報告にクチャタが即座に言った。
「その甲冑を纏っていない、どちらかが、僭称ドノバ候パウティスの可能性が高いな。そして、もう一人が巫術師だな」
クチャタが言った内容に祐司は、やはり、クチャタは僭称ドノバ候パウティスに関する情報を知っているのだと思った。僭称ドノバ候パウティスも一軍の将として戦場に臨んだかぎりは甲冑姿であると考えるほうが常識であるからである。
「それから」
祐司はクチャタにたずねることなくパーヴォットに言った。
「やはりルードビニとバルタサルがいます」
「バルタサルの得物は何だ」
「剣と盾だけです。三本だけ槍が確認できました。他の者は剣だけです」
谷へ通じる道にいる兵士を見張っていたガバリ一家のジャンマが走ってくると息を切らせながら言った。
「今、谷に通じる道から二人の兵士が河原の茂みの方へ向かいました。雨宿りのようです」
「いいぞ、一網打尽だ」
ガバリ一家の者が嬉しそうに言った。
「スェデンさん、ナニーニャさんいいですね。上手くいけば最初の”雷”の一撃でカタがつきます」
クチャタが巫術師のスェデンとナニーニャに言う。
「一番の問題は、樹木で姿が見えないことです。誤差のある当てずっぽうになります。少し距離がありますから”雷”の威力はともかく、特定の場所をピンポイントで狙って”雷”を落とすのは難かしいです。
この距離からだと五尋(十メートル弱)ほど誤差が出ると思います。位置が特定できても一撃で全員を仕留めるのは難しいです。」
スェデンが少し難しい顔で言った。
「最初の一撃を外すと、相手の巫術師が”屋根”をかけて手間取る恐れもあります。また、どのような術を使うのかも不明ですから気色悪いですね」
ナニーニャも口調が少し不安そうだった。どうも自分達のかけられている期待に怖じけついているように祐司は感じた。
「できるだけ範囲を広げて威力が弱ってもいいので頼みます」
祐司はスェデン達を気楽にさせるつもりで言ったが、反対にスェデンは固い口調で返事をした。
「”雷”の範囲を広げたり狭めたりは出来ません」
「なら、反対に姿を現させて誰かには当たるようにした方がいいんじゃないか。相手の数を減らして圧倒的に有利な比率に持っていきましょう」
クチャタが新たな案を出してきた。
「どうやっておびき出す」
ガバリが祐司の方を見て言った。祐司はガバリの言わんとすることをすぐに理解した。
「わたしが行きましょう。バルタサルに用事があるとでも言いましょう。わたし一人なら討ち取ろうとぞろぞろ出てきますよ。そこへ、”雷”を落としてください。バルタサルを無力化できれば相手の戦闘力はがた落ちです」
祐司の言葉に、元ドノバ候近衛隊のナルテンが自分も行くとばかりに言った。
「一人じゃ罠臭い。十名ほどで行ったらどうです」
「間違ってそこに”雷”が落ちるかもしれません」
スェデンは勝手に話が進んでいくのであわてて止めに入った。
「それに相手には巫術師がいるということです。ユウジ様がその巫術師の”雷”でやられます」
ナニーニャが心底心配そうに言った。
「そこが狙い目です。”雷”を発動させようとすれば、”屋根”はかけられない。スェデンさん、ナニーニャさん、そこへ一撃二撃と連続で”雷”を与えてください。
わたしは運がいいから絶対に”雷”に当たりません。不思議な話でしょうが、”雷”が落ちる時に感じるのです。だから、避けられます」
祐司はできるだけ冷静に言った。
「余程、自信があるのだな」
クチャタが祐司の顔を見て言った。祐司は黙って頭を縦に振った。そして、祐司は少しおどけた風に言った。
「いいえ、危ないと思ったら、すぐに尻尾を巻いて逃げます。援護をよろしく頼みます。それに、上手くいけばバルタサルを釣り出せるかもしれません。その時はキナーリさんの方へ逃げますから」
「まかせて下さい。こちらには弓が七張あります。そのバルタサルとやらに雨霰のように射ましょう。最悪、足止めくらいならできます」
キナーリがすぐに言った。
「クチャタさん、パーヴォットには見張りを続けさせていいですか」
祐司は隊長であるクチャタに許可を求めた。
「それが、パーヴォット殿の真骨頂だ。是非、見張りを続けさせてくれ」
「パーヴォット、ロヴィー婆さんのところでしていた覆面を持っているか」
祐司は傍らのパーヴォットに聞いた。
「はい、ただの袋です。とっさに目のところに穴を開けました」
「それを付けて、この近くにある木に登っていろ。もし、逃げ出した者がいたらどちらの方向に逃げたか後で報告するんだ。何があっても、ルードビニとバルタサルには見つかるなよ」
祐司が言い終わらないうちにパーヴォットは袋を持って近くのモミの大木によじ登りだした。
「迷彩を忘れるな」
クチャタは母のキナーリと妻のルティーナに声をかけた。
「心得ています」
そう言ったキナーリとルティーナは、ともに頭に鉢巻きを巻いて、そこに草を差し込んでいた。祐司が入れ知恵をすれば顔に泥を塗っただろう。
「ベルトランさん、弩を一つ貸してもらえませんか」
祐司はナストリッド村のベルトランに頼み事をした。
-ここからは、ルードビニ視点です-
「いや、何かおかしいぞ。前にもこんな感じに出会ったことがる。巫術の霧が薄れていくんだ」
ルードビニが思わず立ち上がって言った。そして、霧の向こうから近づいてくる人影に気が付いた。
「ミシャーリー(パーヴォットの本名を知らないルードビニはパーヴォットのことをこの名前で認識していた)はどこだ。すぐに釈放しろ」
薄い霧の向こうに見えた人影の人間が大声で言っているようだった。
「おい、お前。ユウジか」
聞き覚えた声に、ルードビニは霧の向こうの人影に声をかけた。
ルードビニの横をもの凄い勢いで人影の方へバルタサルが駈けだした。それにつられて、数名の兵士が槍や剣を構えて飛び出して来た。
「やめろ。罠だ」
半隊長が大声で怒鳴る。
ルードビニは一瞬、目の前が明るくなったような気がした。そして、気が付くと立っていた位置から二メートル程離れた場所に横向きに倒れていた。がむしゃらに立ち上がって前を見るとバルタサルがよろめきながらも、人影が見えていた方向へ走っていた。
その後には、四名の兵士が呻きながら苦しそうに地面の上をのたうち回っている。
もう人影は見えなかった。「”雷”か?」そうルードビニが呟くと同時に、ルードビニは右肩に衝撃を感じた。見ると二の腕の上の方に矢が刺さっていた。矢はルードビニに向かって何本も飛んできた。
ルードビニは急いで少しでも霧のある方へ走り出した。ルードビニの頭の上が光った。
巫術師のキャルヴィンが”屋根”をかけたのだ。その”屋根”に”雷”が直撃したに違いなかった。とっさに、ルードビニは地面に伏せた。あまり、キャルヴィンから離れてしまうと”雷”をまともに受ける恐れがある。
しかし、キャルヴィンがいる茂みにもどるには、矢が飛び交う霧の無い場所を走らねばならなかった。そして、その場所には二人の兵士が数本の矢を受けて倒れていた。
「くそ、バルタサルの野郎どこに行ったんだ」
そう言うルードビニの上でまた光が発した。”雷”の連続攻撃である。これでは、キャルヴィンは反撃の”雷”は撃てない。”雷”を発動させるには”屋根”の術を解かなければならないからである。
地面に臥していたルードビニの周囲の霧が急速に薄くなった。バルタサルが、祐司らしい人影を追いかけていった谷の下流には十名以上の武装した男達が近づいてくるのが見えた。
「バルタサルの野郎、討ち取られたのか」
ルードビニはそう呟いたが、バルタサルが簡単に討ち取られるとは思えなかった。その時、近づいてくる男達の会話が聞こえてきた。
「あの化け物はどうした」
「今、弓で相手をしている」
「後ろも気を付けろ。あの化け物とは手合わせするな」
「しかし、凄い殺気だったな。オレ達のことをちらりと見ただけで、あの一願巡礼を追いかけていったが、一願巡礼は大丈夫かな」
どうやら、近づいてくる男達はバルタサルをやり過ごしてきたようだった。ルードビニはケチな小悪党だが、とっさの時の決断だけは早かった。
助かるにはバルタサルから離れてはいけない。ルードビニは機会を窺った。近づいてくる人影をできるだけ引きつけることにした。近づけば咄嗟に逃げ出しても相手の反応が間に合わなくなる可能性が高まるからだ。
しかし、ルードビニは倒れて薄目を開けて人影が近づくのを見ていたが、十尋ばかりの距離より一向にルードビニに近づく気配はなかった。
「味方の”雷”に誤って撃たれることを恐れているんだ」ルードビニはそう判断すると、起き上がって脱兎のごとく駈けだした。
そして、その中の一番小柄な男に向かって、矢で右肩を射られて、動かし難くなった右手にかわって、左手で剣を振り上げながら「バーーーー!」と叫んで突進した。
小柄な男はルードビニの勢いに気押されたのか一歩横に動いた。すかさず、一瞬出来た包囲のスキをついてルードビニは小柄な男の横をすり抜けた。
「一人逃げた」
ルードビニの背後から怒鳴る声がした。
「くそ、この先に何がいるんだ」
まだ、一群の霧が目の前を覆っていた。背後からの追っ手がこないことを確認するとルードビニは、河原の端にある灌木地帯を用心しながら目指した。
しかし、二十メートルもいかないうちに、霧は突然、晴れた。
否。無くなった。そこには短槍を構えるユウジがいた。
「待っていたぞ。お前を殺してミシャーリを取り戻す」
「悪いが今日は忙しい」
ルードビニは、そう言うと祐司から離れるように河原の崖の方向へ走り出した。ルードビニは武芸ではユウジに敵わないことを重々承知していた。
その上、矢傷のために右手が使えないのだ。右肩の刺さったままの矢は関節の近くにあり右腕を少しでも動かそうとすると激痛が走った。
ルードビニは後ろから迫ってくる足音に恐怖を感じていた。いつ、ユウジの短槍が背中を貫くかという恐怖である。そして、今にも心臓が口から飛び出そうになった時に、灌木に飛び込んだ。
ルードビニは後ろを振り向いた。ユウジは追いかけて来ていなかった。
その理由はすぐにわかった。灌木を越えるとそこにはバルタサルがいた。
バルタサルは数名の弓兵とやり合っていた。バルタサルは小振りの盾で矢を防ぎながら接近戦に持ち込もうとしていた。バルタサルの周囲は地面に刺さった矢が何かしらの植物のように何本も突き立っていた。
バルタサルの背中の同じような場所に矢が二本打ち込まれていた。一本の矢は矢にしては短いから弩から発射された物だろうとルードビニは思った。
バルタサルは皮の防具とチェーンメイルで防御してはいるが、矢を完全には防ぐことはできない。一本、一本は致命傷にならなくとも、数本も打ち込まれれば、さすがのバルタサルでも出血で弱るだろう。
盾も数本の矢が刺さっていた。盾とて限界がある。
ルードビニはユウジにしてやられたことを悟った。ユウジはバルタサルを誘い出して弓で始末しようとしたのだ。
ルードビニの心にユウジへの強い殺意が湧いた。
「バルタサル、突破しよう」
ルードビニはバルタサルの方へ駆け寄りながら怒鳴った。ルードビニは、二度目の衝撃と痛みを感じた。右の太ももに矢が刺さっていた。
ルードビニはよろけるように倒れた。
バルタサルは興奮しているのか、ルードビニには気が付いていないようだった。バルタサルは矢をほとんど射尽くしてしまった弓兵の方へ近づいていた。弓兵は一本、バルタサルの盾に矢を射込むと急いで逃げ出した。
「バルタサル!」
ルードビニは疎らに飛び交う矢をなんとかしのいで、ほとんど右手と右足をつかわない四つん這いという格好でバルタサルに近づいた。
矢が疎らにしか飛んでこないのは相手の弓兵が矢を射耗しているのだろうとルードビニは冷静に判断した。
バルタサルは周囲を警戒しながら、弓兵の姿を探っているようだった。
「おれ達をこんな目にあわしたユウジに償いをさせるんだ。それには、ここは一旦、逃げ延びるんだ」
哀願するような目でルードビニはバルタサルを見つめた。
「バルタサル、今はだめだ。ここを落ち延びれば復讐の機会はまた来る。お前の可愛いミシャーリー(パーヴォットのこと)を卑劣なユウジから助け出したいんだろう」
このルードビニの言葉でバルタサルはほとんど役に立たなくなった盾を投げすてた。そして、剣を鞘におさめた。
バルタサルは右肩に弩と矢を撃ち込まれているために右手が思うように動かなかった。そこで、倒れているルードビニを左手だけで背負って、近くの崖を文字通り駆け上り始めた。
この行為は一見、情けのある行動であるが、ルードビニとバルタサルは、共依存の関係に陥っていた。
バルタサルは以前、祐司に殺された巫術師のアサレテと同じような関係にあった。バルタサルは、そのような関係でしか他人と交わることのできない人格障害であると、現代日本では判断されただろう。




