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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第五章 ドノバの太陽、中央盆地の暮れない夏
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ドノバ連合候国の曙18 落ち武者狩り 三

 クチャタや祐司、ナストリッド村の面々が、落ち武者集団となった僭称ドノバ候パウティス一行の包囲を密かに行っている頃、僭称ドノバ候パウティス一行の中にいたルードビニは傍らの兵士に話しかけていた。


「明後日の夜は、キリオキス・エラ州だ。おっかない追っ手はいないし、森も深いから、そこの連中にも見つかりにくい。二三日進めばリヴォン・ノセ州の東端に到着だ。それで、褒美が貰える。運が回ってきたかな」

 

 ルードビニは事態はそんなに楽観的ではないが、多少は日が差してきたように思えた。また、そう言ってないと不安で押しつぶされそうだった。


「木を降りるときは、最後の一尋(1.8メートル)に気をつけろと言うぞ」


 年配の兵士が知った風な言い方で返した。


「また、返り討ちにしてくれるぜ。オレの相棒がいれば、相手がここいらの野良仕事しか知らないような連中なら五十人でも大丈夫だ」


 ルードビニは言い返す。その言葉もまた不安の裏返しだった。


「それは認めるが、お前の相棒、ちょっとは笑ったらどうだ。薄気味悪くてしょうがないぜ」


 兵士は、バルタサルの方を気にしながら声をひそめた言った。


「いや、笑ってたぜ」


 別の兵士が言った。年配の兵士が聞き返す。


「いつだ?」


「昨日、物見をしていた奴らを二人始末しただろう。その後で、死体を見て笑ってたぜ」


「よせやい、余計気味が悪い」


 最初に、バルタサルのことを話題にした年配の兵士が肩をすくめて言った。


「感謝してくれよな。バルタサルがいなかったら今頃どうなっている」


 ルードビニの言うことは本当だった。昨日、潜伏場所を探して、ルードビニ達が山中を歩いている時に、付近の農民二人に遭遇した。二人は一行の姿を見ると、あわてて逃げ出した。

 ルードビニがバルタサルに「やっちまえ」と言うとバルタサルは猛然と追いかけだした。半リーグほどもバルタサルは相手を追いかけた。ルードビニ達が追いついた頃には谷底で二人を始末していた。


「あんなに凄腕なのに、なんでお前なんかのいいなりなんだ」


 年配の兵士は不思議そうに言った。



 僭称ドノバ候パウティス一行は”おさびし谷”の河原の真ん中にある小さな森に籠もっていた。この森に接近するには河原に出て姿を見せなければならなかった。これで、不意打ちを防ぐことができるはずだった。


 これが、一見袋のネズミのような場所に露営している理由であったが、それは多少言い訳じみていた。


 しかし、現在の場所に野営することになった最大の理由は雨宿りができることだった。リファニアの山は針葉樹が多い。

 それも日本より疎らにしか生えていない。ただ、僭称ドノバ候パウティス一行がいる場所は、河原で水が得やすく、常に光が当たるという自然条件からか葉が繁茂した広葉樹が密生していたのだ。


 そのため、テントを持っていない一行は、葉のついた枝を折って小屋掛けをすることで山の中にいるよりはかなり雨風をしのげた。

 針葉樹の疎林の中で下手に小屋掛けをすると目立ってしまうが、今、居る場所は広葉樹が繁茂しており自然の茂みに紛れ込ますことができたのだ。


 着の身着のままで、時折、降る雨に一行はかなり体力を低下させていた。なによりも、一行は少しでも雨を防ぎ、休める場所を欲していたのだ。


 ただ、用心のために”おさびし谷”の西にある獣道には見張りを配置していた。掃討隊が接近すれば状況によって上流ないし下流の灌木地帯に逃れる予定だった。




 ここからは、(第二章 霧雨の特許都市ヘルトナ17 捕縛隊)で、ジャベンジャ隊の追跡を振り切って逃げ出した、ルードビニとバルタサルの動向になります。



 パーヴォットにとっては非情の養父であるベガウトの手下であるルードビニとバルタサルは、祐司との戦闘で傷を負った。そして、ジャベンジャ隊の追撃を受けてルードビニは左肩に矢傷まで負ってしまった。

 二人はなんとか追跡を逃れて、北クルト伯爵の都市ビドゴチに逃げ込んだ。ここで、祐司に殺された悪党仲間のギャフスから隙をみて奪い取っていた金を使って、ビドゴチの悪党仲間に匿ってもらっていた。


 この頃、ルードビニはバルタサルの変化に気がついた。バルタサルが柄にもなく物思いにふけるようになったのだ。


「どうした。惚れた女でもできたか」


 ルードビニが戯れに言うと意外な言葉がバルタサルから返ってきた。


「ミシャーリー(パーヴォットのこと)はオレのことが好きなんだ」


「何を言ってるんだ。ションベン臭い小娘だぞ。それも、お初はアサレテが持っていったんだ」


 女の扱いに長けてたいるルードビニにとってパーヴォットは、売る女であって自分の好みの女ではなかった。


「アサレテにされている時にオレに助けを求めていた。だから助けないと」


 バルタサルは思い詰めたように言った。


「そうだな、そうさ。ミシャーリーもお前に惚れている。だがな、ユウジって野郎がそのミシャーリーを取り込んでいるんだ。それも力ずくでだ」


「ユウジが憎い。オレはユウジからミシャーリーを助ける」


 視力が残ったバルタサルの目が狂気の光を放った。


「そうだ。オレに付いてくれば必ずミシャーリーに会わせてやる」


 この一言で、ルードビニはバルタサルを支配下に置いた。


 この辺りは、ルードビニの小悪党ぶりの面目躍如といったところである。ただ、五日ほどすると、ビドゴチにもヘルトナから二人の手配書が回ってきた。


 悪党仲間は傷が癒えきらない二人をビドゴチから追い出した。


 しかたなしに、二人は一旦治安が乱れている南クルトへ潜り込み、ドノバ州を通過して、リヴォン・ノエ州へ向かう隊商の押しかけ護衛になった。


 二人は隊商と共にキリオキス山脈を避けて、本来の交易路である南回りのルートでドノバ州南部に入った。そこから、隊商の中継地であるシスネロスに到着したのは、パンサ神の祭りの日である。


 この日、パーヴォットは二人の姿を見たように思ったが、それは間違いではなかった。


 数日後、ルードビニは潜伏していた新市街地で男装の少女を連れた、えらく度胸のいい一願巡礼の噂を聞いた。


 ルードビニはバルタサルを連れて市内の主な宿を尋ねて回った。妹のテスラや、兄貴分のベガウトの仕返しという気持ちもあったが、それ以上に、金を、たかろうという気持ちが勝っていた。


 ルードビニも、いずれか機会があればユウジを殺害しようとは思っていたが、傭兵隊と自警団によって治安が維持されているシスネロス市内でことを起こす勇気はなかったのだ。


 バルタサルは、パーヴォットを束縛していると思い込んでいる祐司を憎み、慕っていた巫術師のアサレテをユウジに殺されたことで復讐の念に燃えていた。ルードビニは、それをネタにユウジを脅そうと考えていた。


 金を出せばバルタサルを押さえておいてやる。という脅しである。


 何軒目かの宿屋で近くの宿に似たような主従が宿泊しているという情報が手に入った。そこで、ルードビニはリヴォン亭に乗り込んだ。

 リヴィオ亭の主人は、堅気とは思えない、ルードビニとバルタサルの様子にのらりくらりと話をはぐらかしていた。


 何度か、ルードビニとリヴォン亭の主人との会話にユウジという名が出てきた。ユウジという名を聞く度に、バルタサルは次第に激高してきた。

 ルードビニは、このままでは、自分でもバルタサルを押さえられなくなると感じて、ユウジの名を出さずに、ミシャーリ(パーヴォットの別名)という若い女を知らないかと聞いた。


 この頃には、ルードビニとリヴィオ亭の主人とは、諍いのような様子になっており、宿の使用人が何事かと様子を見に来ていた。


 リヴォン亭の主人は、ユウジという名にもミシャーリという名も心当たりがないと言った瞬間に、バルタサルが剣がはいったまま鞘で、リヴィオ亭の主人の頭をしたたかに打ち付けた。


 使用人が騒ぎ出して、傭兵隊を呼びに行く者までがいる中で、ルードビニはバルタサルを引きずるようにして逃げ出した。

 ともかく、潜伏する新市街地まで逃げると荷物をまとめるのも、そこそこに、倉庫が建ち並んでいるシスネロス市西側の裏市門辺りにやってきた。そこで、川船に積み込む麻布を満載した荷馬車の荷に隠れて首尾良くシスネロスから逃げ出した。


 ルードビニとバルタサルは、荷馬車から抜け出ると渡船でリヴォン川を渡って西に逃れるつもりだった。ところが、同時刻に起きたビルケンシュト市参事暗殺の余波で、渡船は留められて傭兵による捜索が強化された。


 事情がわからないルードビニとバルタサルは、しかたなしに渡河を諦めて、リヴォン川東岸に沿って北に逃れた。


 そして、三日目にシスネロスへ向かうモンデラーネ公軍の臨時傭兵を集める徴発隊に出会った。

 ルードビニは、暫く飯にありつけて戦闘が終われば、それなりの給金を出すというので、いきり立つバルタサルを押さえて徴発隊に抵抗することなく捕まった。


 ルードビニとバルタサルは、シスネロス市民軍によって掘られた戦車を阻止する壕を埋めることや、杭を破壊する作業を命じられた。

 要領のいいルードビニは、できるだけ危険のない場所を見つけ出すと督戦隊に目をつけられないように作業を行った。


 ところが、戦場は豪雨と、朦気で覆われため、ルードビニは脱走を図ることにした。ルードビニとバルタサルはできるだけ敵に出会わないように、西の森へ逃げ込もうしたがシスネロス側の部隊が、西の森の手前に集まってきたために、東の方へ移動を始めた。


 そこで、モンデラーネ公軍の撤退が開始された。その撤退の渦に巻き込まれたルードビニたちは、もとのモンデラーネ公軍の位置にまで戻された。


 この時、戦場でユウジの姿を見つけたバルタサルは、本能のままにユウジのいる方へ突進しようとした。


 脱走を諦めないルードビニは、バルタサルを四苦八苦して押さえ込んだ。そして、今度は北の森に逃げ込もうと戦場に潜伏して機会をうかがった。


 ところが、四方へシスネロス軍が進出してきたために、近くにいた一隊と有無を言わさずに森の中に逃げ込むはめになった。


 この一隊が僭称ドノバ候パウティスの一隊だった。僭称ドノバ候の一隊も森の中を逃げているうちに脱走者や脱落者が出て、当初の百数十人から二十人ほどに減っていた。


 この状況に僭称ドノバ候パウティスは、途中で出会った物見に出ていたらしい二人連れのシスネロス兵を一人で返り討ちにしたバルタサルの技量を当て込んだ。そして、自分に従って無事に帰還すれば金貨三十枚の褒美を出すと吹いた。


 貴族などと言う人種には会ったことのなかったルードビニはこれを信じた。



挿絵(By みてみん)




 モンデラーネ公から派遣された臨時傭兵隊の兵士はほとんど逃げ去ったが、数少ない僭称ドノバ候パウティスの家臣は主に従っていた。

 没落した郷士や、自信過剰のプライドの高い流れ者が主立った者だが、僭称ドノバ候パウティスは、家宰や、近侍長、近衛隊長などの名称を与え、モンデラーネ公からの支援金の大半を家禄として支給していた。


 モンデラーネ公の家臣達は心の中ではバカにしていたかも知れないが、僭称ドノバ候パウティスの家臣を名称に合う待遇で遇していた。そして、僭称ドノバ候パウティスは、長く野にあったこともあって卑屈にならない程度に気を配りながら家臣に接していた。


 これらの要因から、僭称ドノバ候パウティスの家臣達は窮地に陥りながらも、主君を見捨てることなく従っていた。


 ルードビニとバルタサルを含む一行は追っ手をまきながら、モサメデス川の西岸にたどり着いた。ただ、途中で八名の兵士が迷子になったのか自ら脱走したのかいなくなり一行は十三名にまで減ってしまった。


 それでも一行は運良くモサメデス川の岸辺で木樵が集めていた丸太数本を見つけた。それで、即製の筏を造ってホンの少しだけ薄暗くなる真夜中の僅かな時間に無事にモサメデス川を渡河した。


 一つだけ誤算だったのが、僭称ドノバ候パウティスが信頼していた近侍長のファブリスが渡河の時に流されたのか行方不明になったことだった。

 ファブリスは、旧ドノバ候の没落時に家禄を失った郷士の孫で、不始末をするまでは、シスネロス市傭兵隊にいたというだけあって、土地勘があり勝手知ったる土地で追っ手をかわすのに多大な貢献をしていた。


 また、モサメデス川を渡河しようという提案をしたのもファブリスだっただけに、僭称ドノバ候パウティス一行は行く手に不安を持たずにはいられなかった。


 思わぬアクシデントはあったが、一行はモサメデス川の東岸に広がり、キリオキス山脈まで続く森林に覆われた低山地帯に潜伏することに成功した。

 十二人に減ってしまった一行だが、ここで十人の敗残兵のグループと一人の巫術師に遭遇した。交渉の結果、この兵士達と巫術師も一時的に僭称ドノバ候パウティスの指揮下に入ることになった。


 ここまで来れば、北上して用心しながらキリオキス・エラ州に入り、その西にあるリヴォン・ノセ州へ帰還することが現実味を帯びてくる。


 しかし、キリオキス・エラ州に近づくに従って、落ち武者狩りの農民兵の密度は上がってきた。獲物はキリオキス・エラ州に向かうことがわかっているのであるからドノバ州北辺に農民兵は集結していた。


 現在いる場所は、比較的安全と思われたが、近隣の農民が捜索をしているので四六時中気が休まることはなかった。

 何よりも、食糧が欠乏してきた。元々戦場での非常食程度しか携行していなかったのをなんとか食いつないできたが、モサメデス川渡河時点で食べ尽くしてしまった。


 夏なので山野には、木の実がなってはいたが、毎日、それで凌げるわけでもない。鳥やウサギを捕らえることもあったが、二十人以上の所帯となると焼け石に水である。




「ここで潜伏しても体力が消耗してジリ貧です。敵の裏の裏を行きましょう」


 ファブリスが行方不明になったために、一行を引っ張ってきた近衛隊長が、すっかり、やつれて土気色になった僭称ドノバ候パウティスに提案した。


 僭称ドノバ候パウティスは五十の坂を越えようかという年齢である。リファニアでは老人の範疇に入る年齢である。

 戦場で纏っていた戦車用の重たく身動きに制約のある甲冑は近侍長のファブリスが、いざという時の囮になるといって僭称ドノバ候パウティスのかわりに纏っていた。


 一番信頼していたファブリスが渡河の時に行方不明になったのは、その重たい甲冑のせいではないかと僭称ドノバ候パウティスは気に病んでいた。


「どうする?」


 僭称ドノバ候パウティスは、力のない声で言った。


「もう一度、モサメデス川を渡ってドノバ州から直接リヴォン・ノセ州へ逃れましょう。リューディナ様のためにも生還する必要があります。

 モサメデス川を渡河した時に使った筏は渡河の痕跡を隠すためにバラバラにして捨て置きました。それを、再度組み立てましょう」


  近衛隊長は、僭称ドノバ候パウティスを励ますつもりで、令嬢の名を出した。僭称ドノバ候パウティスがいなくなれば、その令嬢であるリューディナはモンデラーネ公には価値のないものになってしまう。

 僭称ドノバ候パウティスが、娘のためを思えば何が何でも、モンデラーネ公のもとにたどり着く必要があるからである。


「上手くいくか。まだモサメデス川西岸でも落ち武者狩りをしているだろう」


 僭称ドノバ候パウティスは、懐疑的だった。


「日数を考えると、モサメデス川の西岸に残った者は大方、捕まるか逃げたでしょう。きっと、手薄になっていると思います。最も激しく落ち武者狩り行われた場所こそ安全なのです」


 近衛隊長は理を尽くして説明した。


「それしかないな」


 僭称ドノバ候パウティスは力のない声で返事をした。彼は今までの人生で、ドノバ候パウティスと名乗って生きてきた。そのことで直接、身の危険を感じたことはなかった。

 しかし、皮肉なことに自分の統治権を主張しているドノバ州で捕らえられば、身分を偽ったという理由で処刑されてもおかしくないのだ。


 僭称ドノバ候パウティスは、そのことに、ドノバ州を彷徨うことになってから、初めて思い至り、最初は怯え、そして、ある種の諦念と覚悟をするまでになっていた。




「しかし、遅すぎないか」


 僭称ドノバ候パウティスが、モサメデス川の再度の渡河を考えている頃、そこから少し離れた場所で、ルードビニが仲間の兵士達に食糧調達に行ったマネルのことを聞いた。


「ああ、ひょっとしたら捕まったか、自分でお恐れながらってことも」


 そう答えた兵士は、ルードビニと同様にモンデラーネ公軍に徴発された兵士だった。


「かなり前に行った場所で、うろ覚えだ。思い出しながら行くことになるので明日になるかもって言ってただろう」


 僭称ドノバ候パウティスに仕えて、マネルとも親しい兵士が怒ったように言った。


「あいつは凶状持ちだ。故郷で人をあやめたらしい。行方不明になった近侍長のファブリスさんが言っていたから確かな話だろう。マネルにしたら、ここのお上には見つかりたくないはずだ」


 もう一人の僭称ドノバ候パウティスに仕える兵士が、補足するように言った。


「逃げだそうにも、ガガナン戦士長がついている。ガガナン戦士長は兵卒からの叩き上げだ。腕も確かなら肝も座っている。ガガナン戦士長のおかげでオレたちはここまで来られたんだ。下手なマネはできないさ」


 途中から僭称ドノバ候パウティス一行に合流した兵士が言った。ガガナン戦士長とは祐司に討ち取られた戦士長の名である。

 ガガナン戦士長は途中から僭称ドノバ候パウティス一行に合流した兵士達の精神的支柱でもあったので、祐司がガガナン戦士長を不在にしたことで、いざという時の彼らの組織的な戦闘力は大幅に減少していた。


「おい、しゃっべっていないで、しっかり周囲を見張ってろ」


 一行のうち三分の二を占める兵士を束ねる僭称ドノバ候パウティス一行の半隊長が叱責した。


「おい、食い物をくれよ」


 ルードビニが半隊長に為口で言った。


 近代的な区分で言えば少尉ないし中尉に相当する半隊長に兵卒であるルードビニの行為は本来の軍隊関係なら懲罰ものである。

 しかし、自隊の兵士でない上にならず者まがいのルードビニへ半隊長は、自分を抑えながら答えた。


「もうない。キリオキス・エラ州に入って食糧調達ができるまで辛抱しろ。それか、木の実でも探せ。ただし、この木立から出るな」


「もう、この辺りに木の実があるものか」


 滅多にしゃべらないバルタサルが怒ったように言った。雨が多少しのげるようになると今度は空腹が集団を脅かす最大の敵となった。 


「おい、殿さんが食っているのを見たぞ」


 ルードビニが文句を半隊長に言った。


「あの方は特別だ。わかっておろうが、この下郎」


 半隊長は、思わず剣の柄に手をかけた。


「また、雨だ」


 ルードビニは、半隊長に構わず手をかざしながら言った。何人かが雨を避けて移動を始めた。小糠雨はしばらく前から降っていたが少し雨粒が大きくなったのだ。風も少しだが出てきた。すると、薄い霧が谷を覆うように湧きだした。


「キャルヴィン、ちょうどいい、自然の霧に紛れて、もっと霧を出せ。十分に霧が出たら、それに紛れてコケモモを探せ」


 半隊長が、途中で合流した巫術師に命令した。この巫術師は、リヴォン・ノセ州領主軍の所属で五十年配の気難しい男だった。


「出してもいいが、少し食う物をくれ」


 キャルヴィンと呼ばれた巫術師は気怠そうに言った。巫術は思いの他、体力が必要であり巫術師は体調の管理にこだわる。


「出したらやる」


 半隊長は冷たく巫術師のキャルヴィンに言った。


 キャルヴィンは、文句を言いながらも霧を出す巫術を発動させた。キャルヴィンの周囲が濃い霧で覆われた。その霧は谷の下流の方へ吹く風に流されていった。ところが数十メートルもしないうちに霧は薄くなった。


 そのため、僭称ドノバ候パウティス一行がいる河原の中州辺りだけが霧に覆われるような格好になった。これでは、余計に目立つことこのうえなかった。


「ほら見ろ。食い物がないとこのざまだ」


 巫術師のキャルヴィンは、半隊長の方を振り向いて不満一杯な口調で言った。


「いや、何かおかしいぞ。前にもこんな感じに出会ったことがる。巫術の霧が薄れていくんだ」


 ルードビニが思わず立ち上がって言った。



挿絵(By みてみん)


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