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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第五章 ドノバの太陽、中央盆地の暮れない夏
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ドノバ連合候国の曙17 落ち武者狩り 二

 捕らえたマネルらを見張るためと、まだ、落ち武者が出没する危険性があったので、元ドノバ候近衛隊のメンバー二人と、ガバリの手下三人をロヴィー婆さんの家に残して行くことになった。


 ロヴィー婆さんによると、”おさびし谷”までは一刻ほどでたどり着くというので、各自が最小限の荷物を持って、馬はロヴィー婆さんの所においていくことになった。


 ただ、できるだけ多くの戦力的に計算できる人数が欲しいので、ナストリッド村勢が到着したら見張りを代わってもらいたいと、エッカルに託した書き付けには書いてあった。



 パーヴォット捜索隊から本格的に落ち武者の掃討隊に看板をすげ替えたクチャタ一行はロヴィー婆さんに教えられた小さな滝を目指して出発した。

 ようやく道とわかるような薄い踏み跡だけが残る小径から外れないように慎重に半リーグほど行くと、三尋(六メートル弱)ほどの落差のある滝に出会った。雨の影響か水量が多く、大きな音を滝はたてていた。


 ロヴィー婆さんから、話を聞いていなければここで行き止まりだと判断しそうな場所だった。


「ちょっと様子を見てこい」

 

 ガバリの言葉にさっそく、雨具を頭から被ったジャンマが滝に近づいた。そして、思い切って滝の中に飛び込んだ。ジャンマはすぐに滝から出て来た。


「最初にちょっと滝に打たれますが、中は大きくオーバーハングしていて、滝の下を歩いて対岸にたどり着けます」


 ジャンマは淡々と報告した。


「足跡が滝から出て来ています。マネル達のものでしょう」


 祐司は滝の周囲の足跡を見つけた。明らかに滑り止めのある兵士用の靴の跡が複数あった。


「ここが、頼りの関門なのに随分と気が利かない奴らだ」


 元ドノバ候近衛隊のリーダーであるナルテンが呆れたように言った。


 滝のある場所は、細長い半円形頂点に滝があり、周囲を岩壁で囲まれた場所で滝の挟んだ対岸は、数メートルの崖とも言えるほどの急斜面になっており先に進むような道は見えなかった。


「ジャンガ、滝を突ききったら先の様子も見てこい」


 ガバリは、あらためてジャンマに命じた。ジャンマは再び滝のしぶきに身をさらして対岸に渡った。滝のしぶきが激しいのでジャンマの姿はすぐに見えなくなった。しばらくして、ジャンマが走ってもどってきた。


「滝の横手に折りのようになった場所があって上の方に進めます。そこも藪が深くて知らなかったらここが行き止まりだと思うような感じです」




挿絵(By みてみん)




 一行も滝の水しぶきをあびながら滝の対岸に進んだ。ロヴィー婆さんの家を出て一刻近くたったころ、クチャタは小休止を命じて、ジャンマに偵察を行わせた。


「この先の谷に武装した人間がいます。わたしは谷の下流から近づきましたが、よくは見える場所までは行けませんでした。僭称ドノバ候の手合いかどうかはわかりませんが、落ち武者に間違いありません。

 それから、谷に通じる道には見張りが出ています。余程、慎重に近づかないと気付かれます」


 四半刻ほどしてもどってきたジャンマは、待ちに待った報告を持ってもどってきた。


「よし、ここから道を避けて森の中を進む」


 クチャタの命令で、一行は道から離れて森の中を進んだ。数十メートルほど進むと谷を見下ろす崖の上に出た。崖の手前は十メートル程が草原になっており、やや谷に向かって下っていた。


 クチャタはその手前の森の中で一行を止めた。


「ここからは、見やすいが、向こうからも見える。数名だけ崖の端まで這っていかせて様子を見させよう」


「その役目はわたしとパーヴォットがたまわります」


 祐司はクチャタに頼むように言った。祐司は僭称ドノバ候パウティス一行の中にバルタサルがいるかどうか一刻も早く自分の目で確認したかったのだ。


 今日見た無残な死体は、バルタサルの仕業に違いないと祐司は確信していた。


「ユウジ殿、見てきてくれるか」


「パーヴォット、わたしのするようにして後をついてこい」


 祐司はそう言うと、見つからないようにオペラグラスだけを、地面に置いたリュックから取り出してポシェットにしまい込むんだ。

 そして、ポシェットを背中に回すと地面に這いつくばって草陰に隠れるように匍匐前進を始めた。


 パーヴォットがあわててそのマネをする。


「絶対に頭を上げるなよ」


 祐司は小声で言う。返事がないのはパーヴォットがこちらの意図を理解している証拠だった。


 祐司は崖の端まで行くと、オペラグラスを取り出して様子を見た。谷は思ったより広く百メートル近い幅があり真ん中に良く茂った樹木が密集している中州があった。その中に人影が動いているのが見えた。


 ロヴィー婆さんは、”おさびし谷”と言ったが谷に水はほとんで流れておらず、すぐ上流で谷は終わって緩い斜面になり背後の山にいたるルートがあるようだった。下流は、少し幅が広く河原一面が灌木で覆われていある。


 ”おさびし谷”は数メートルほどの急斜面や崖で囲まれており、谷というより両方に出入り口がある窪地のような地形だった。


 河原には数名の兵士が周囲を警戒するようにして石の上に座っていた。祐司はできるだけ丁寧に人数を数えた。そして、ジャンガが言うように、全部で十五人以上の人間が確認できた。


 ただ、大柄な兵士の姿は見つけたが、それがバルタサルかどうかは祐司には確信が持てなかった。


「下がるぞ」


 祐司はそのまま後ろ向きに匍匐して森の中に戻った。後ろで草をこする音がするのはパーヴォットも同じ動きをしている為だろうと祐司は思った。


 少しとはいえ、登り斜面を後ずさりの匍匐姿勢で動くのはかなり身体に堪える運動である。

 祐司は大学時代に二度ばかり友人に誘われて、サバイバルゲームの訓練と称するものに参加したことがあった。祐司は服ばかり汚れて少しも楽しくないので、それきっりにしたが、その時の経験が役に立った。


「ルードビニとバルタサルがいました」


 パーヴォットが小声で祐司に言った。


「相手は全部で十五名以上はいます。ただ、木に隠れてよくわからなかったのですが、やはり二十ということはないでしょう。槍は二本ほどしか見えませんでした」


 祐司はクチャタに自分の見たことをそのまま報告した。


「あの距離でよくそこまでわかったな」


 クチャタが感心した口ぶりで言った。


「全部で十六人か十七人です」


 パーヴォットが補足するように言った。今度は、祐司が心の中で舌を巻いた。祐司はオペラグラスを使用していたが、パーヴォットは裸眼なのである。


「それと、谷に通じる道に二人いるわけだ。すなわち、マネルが言ったことは正しかったということだ」


 クチャタの言葉に、キナーリが苦笑しながら反応した。


「最初は五十人なんて言ってましたけどね。わたしにハッタリは通用しません」


 祐司は今までのことから、ヌーイは隠居した身分と言っているが、ドノバ候の現役の諜報ないし防諜の仕事をしていることを確信していた。

 また、妻のキナーリは元女官で、自分の部下だったと言ったが、女官の上司はより上位の女官であるはずである。どこの宮廷でも、女官を統率する男性上司など聞いたことがない。


 多分、ヌーイの口が珍しく滑ったのだろうと祐司は考えていた。口が滑ったのは、ヌーイがキナーリの上司であるということが本当のことということだろうと祐司は直感していた。


 キナーリがヌーイに見せた心遣いや、先を読んで行動するさまは、気の付く妻と言うよりは、上司と腹心の部下のような関係に思えた。

 キナーリが女官であったことは、本当だろうがそれは仮の姿であり防諜の任務についていたに違いなかった。そうであれば、尋問に長けているという説明もつく。


 そこまで、祐司は考えると、知らず知らずのうちに、虎口に飛び込んでしまったのかもしれないと思い至った。


 密かに僭称ドノバ候パウティスをドノバ候が得たいと思っているから、パーヴォットの捜索にかこつけて掃討隊を組織したのだろう。

 クチャタが隠している秘密はそれかもしれない。そして、それを、どこまでも秘密にするつもりなら祐司とパーヴォットを始末するだろう。


 もっと早く気が付くべきだったと祐司は後悔した。


 冷静に考えれば、元ドノバ候近衛隊隊士と言っても、十分予備役になるような面々である。それを情勢がまだ定まらないシスネロスから出すのはいかにも不自然である。現役の隊士を出すのはあまりにも露骨であるから下手な言い訳をしたのかもしれない。


 ガバリ一家もヌーイの息のかかった者達であることは、以前のヌーイの言葉から周知の事実である。


 おっとりしていそうな、クチャタの妻のルティーナでさえ、キナーリとの会話から判断するとただの郷士の世間知らずの娘ではなさそうである。


 下手をすると祐司とパーヴォットの身の周りは敵ばかりと言うことになる。


 今は、クチャタをはじめとする、周囲の人間が発する光の変化を見落とさないことである。祐司とパーヴォットを始末するつもりになれば、必ず光に変化が出るはずだと祐司は確信していた。



 祐司はクチャタの声に現実に引き戻された。いつの間にかクチャタの周囲には、全員が集まっていた。


「今日、見た死骸を思いだせ。相手には一騎当千の兵がいる。これからが本番だ。ささいな油断が全員を危険にさらす。絶対に身勝手な行動はするな。変だと思ったら確かめる前に報告しろ」


 クチャタは小声でも良く通るようにゆっくりとしゃべった。


「さっき、ユウジ殿がしていたような仕方で崖の端で三人ほど見張りをさせてくれ。少しでも動きがあればすぐに知らせてくれ」


 クチャタはガバリに指示した。ガバリは三人の男を指名するとさっそく見張りに出した。


「ナストリッド村の衆には、討ち取った人数、相手に関係なく二隊で報償金は山分けと言うことで話をしてみよう。地元の掃討隊なら土地勘もあるから、気付かれないで上手く包囲できるだろう」


 クチャタはガバリとナルテンに確認するように言った。


「一角を開けておきましょう。必死の者は手に負えません。そのような必死の者とは争わずにいることが怪我をせぬために大事です」


 ガバリは、それに対して包囲を行った時のことを話題にした。クチャタはそれを聞いて自分に言い聞かすように言った。

 

「そうだな。最低限、僭称ドノバ候パウティスだけを捕獲すればいい」


「十九人の中にまずいヤツがいます。今日見た死体の下手人にちがいありません。わたしが前に一度手合わせをした傭兵崩れです。

 バルタサルという凶暴な手合いです。技量もかなりのものですが、一度、戦い始めたら恐れを知らずに向かってきます。一騎当千のヤツで、一対一で勝てる者はここにはいません」


 祐司は、クチャタにバルタサルの危険性を伝えて、その情報を知っているということで自分の価値を高めようとした。


「そいつは”悪神ゾドンの兵士 ”だな。オレの知っているやつも悪神に魅入られた。大儀のない戦いを戦っているうちに殺すことや、戦うことだけが生き甲斐になってしまうんだ。痛みも知らず疲れも知らない。そうなったら誰の手にも負えない」


 近くにいたガバリの手下の中でも重武装をした中年の男が独り言のように言った。悪神ゾドンとはキリスト教における悪魔に近いが、決定的な相違は悪神ゾドンも神々の眷属であることである。

 リファニア神話では、神々はより至高の存在になるために、自身の全ての悪しき感情を捨て去った。その感情が集まったもので悪神ゾドンが誕生したとされる。悪神ゾドンは、神々の一部であったものの集合体であるので神々は手を焼きながらも、悪神の姿を見て、かつて自分達の中にあったものへの憐憫の情から眷属として受け入れているという。



「お前の知り合いはどうなったんだ」


 興味を持ったのかガバリの手下の一人が聞いた。


「味方が始末した」


 重武装の男は遠い目をしながら言った。


「こいつはガカリナ子爵のところで禄を得ていたんだが、不始末をしてオレの所に流れきたんだ」


 ガバリが重武装の男について簡単な紹介をした。


 ガカリナ子爵家では、兵士に実戦を積ませるためと、経済的な理由から家臣や兵士を傭兵としてあちらこちらに派遣していた。そのことから、重武装の男の言っていることには真実味があった。


「バルタサルという奴はユウジ殿に取って危険な存在か」


 クチャタはあらたまって祐司にたずねた。


「はい、わたしとパーヴォットに取っては危険な人物です」


「その者の対策は別に考えておくべきだな」


 クチャタは考え込むように言った。



 一刻すると、エッカルは五十人ほどの人間を連れてきた。先頭を馬に乗ったエッカルが引き連れてくる様は、エッカルが一軍の隊長のようだった。


 この姿を見て、一行の中で一番安堵したのは祐司だろう。祐司は疑心暗鬼にかられて、クチャタ一行が敵に見えたことを恥ずかしく思った。

 ナストリッド村の面々を手元に迎えたということは、祐司とパーヴォットに手を出す考えはクチャタに無かった証となるからだ。



「わたしはナストリッド村の村長でマーヌ・ベルトランと言います」


 四十代半ばの温和そうな男がクチャタに話しかけてきた。その後ろには、前にあった掃討隊のリーダーが、少し険しい顔でついてきていた。


「村長自ら掃討隊を率いて?」


 クチャタは驚いたように言った。ちょっとした村なら治安を担当するような村会メンバーがいる。常識的にはその人物が危険な掃討隊のリーダーを務める。村長自らが落ち武者狩りを率いるのは余程の事態である。


「お恥ずかしい話ですが、この辺りはもともと落ち武者が少ないうえに、隣村には元傭兵が数名おりまして、大方狩り尽くされてしまいました。

 落ち武者狩りでも報償金をあてにして少々無理をしてしまいました。なんとしてでも数名は狩らないと赤字なのです。そのような訳で全村で取り組んでおります」


 村長のベルトランは恥ずかしそうに言った。


「腕前の方は?」


 クチャタは時間が惜しいのか、単刀直入に知りたいことを聞いた。


「はい、ほとんどが剣か槍の鍛錬をしている者です。今度の戦では街道防備のために動員されまして、少しばかりですが訓練も受けました。実戦は盗賊の捕縛に出かけて斬り合った者が数名いる程度です」


 祐司は村長のベルトランが話の中で少々無理をしてと言った内容は、飛び道具を多く揃えたことだろうと思った。そう思わせるほどナストリッド村のほとんどの面々は弓やを装備していた。


 クチャタの率いるシスネロス勢とナストリッド村勢は、装備と技量の違いから、シスネロス勢が敵への突入を担当し、ナストリッド村勢は包囲網を構成することになった。


「どうだ動きはあるか」


 見張りの一人が交代でもどってきたので、クチャタは声をかけた。


「いいえ、相変わらず腰をおろして休んでいます。出発するような気配はありません」


「よし、今のうちに手筈を決めよう」


 クチャタは、ガバリ、元ドノバ候近衛隊のナルテン、ナストリッド村のベルトラン村長、それに、巫術師夫婦のスェデン、ナニーニャ、そして、祐司という面々を集めて話し合いを持った。


「この人数だから、よもや返り討ちということはない。後は、損害を出さずにどう奴らを始末するかだ」


「生死に関わりなくという布告ですが、やはり、生け捕りの方が喜ばれます」


 ガバリが報償金のことを頭においた発言をした。


「相手を早い段階で無力化するか、戦意を喪失させることができればいいのですが」


 ナルテンが難しい答えを見つけようとするかのように言った。


「先手必勝と言います。最初の”雷”で一気に無力化できませんか」


 祐司が口を挟んだ。


「少し距離があります。正確な一撃は無理です。でも、近づけば気が付かれます。すると”屋根”をかけられて戦いが長期戦になります。

 ”雷”の一撃も最初の一撃だけで、後は”屋根”をかけられると思っていた方がいいでしょう。問題は”雷”は”屋根”より体力を消耗することです」


 スェデンは腕を一度組んでから右手で顎をなでながら言った。 


「わたしたちは、巫術師としては、二人で一人ですが、その分体力の消耗が防げます。並みの巫術師相手なら半刻以上は”雷”を放ち続けることはできます。

 ”屋根”なら相手が完全に消耗するまでかけられます。多分、その時もこちらは、数撃の”雷”を放つくらいの体力は残っています」


 ナニーニャは夫のスェデンよりも力強い言葉で言った。


「相手に”雷”を撃たして、こちらは防いで相手の消耗を待つのが上策ですか」


 ナルテンがようやく答えを見つけたかのように言った。しかし、夫のスェデンが否定的な意見を言った。


「いいえ、こちらの人数が多いのが難点です。包囲したすべての人間に”屋根”をかけることはできません。下手をすると各個撃破されます」


 少しばかり、重苦しい空気がたちこめて誰もが、発言しなくなった。すると、ガバリが少し軽い口調で明るく言った。


「油断はいけませんが、深刻にならなくていいでしょう。正攻法でいきましょう。相手を包囲したうえで、最初の”雷”を放つ。上手くいけば相手の巫術師を無力化できるかも知れない。

 そうでなくとも相手は”屋根”をかけるから、こちらを攻撃できません。そこに、弓矢の援護のもとで腕の立つ者で攻撃すればいい。抵抗が激しければ怪我人が出る前に退いて風上から火を放って燻り出しましょう」


「最初の一撃で何人かを無力化させて、相手が十人程度になると楽なのですが」


 ガバリの言葉を受けて、ナルテンも少し明るい口調で言った。


「その方策を考えましょうか」


 ようやく、見つけ出すべき答えがわかってクチャタがあらためて提案した。


「まずいですな。雨です。ここらでは、雨と霧はつきものなのです」


 小糠雨が降り出してきた。ナストリッド村のベルトラン村長が困ったような口調で言う。


「ものは考えようです。霧が出れば包囲の為の移動が見抜かれにくい。しかし、確かに相手の動きが見えないのは困ったことだ」


 クチャタは、周囲の様子を見ながら言った。祐司は近くにいたパーヴォトを招き寄せると命令するように言った。


「パーヴォット、悪いがさっきの崖の上から見張りを続けてくれ。ナストリッド村の連中が配備につくまでどんな些細な変化も見逃すな」


「はい、しっかり見張ります」


 パーヴォットは嬉しそうに返事をすると、まだ崖のかなり手前から匍匐前進を開始して崖の端ににじり寄った。


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