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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第一章  旅路の始まり
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”小さき花園”の女9  いわゆる聖女 上

このと次回で長かった祐司とスヴェアとの生活も終焉を迎えます。このではリファニア以外の地域の話も出て来ます。

「今日は秋分だ。今日はユウジに話をする日にしたい」


 一日のそれぞれが担当する作業と剣術の稽古が終わり夕食までの間がある時間にスヴェアが改まった口調で言った。


「なんですか?」


「ユウジをこの世界に連れてきてしまった理由だ」


 続けてスヴェアはしゃべった。


「”空の割れた日”に起こった現象はユウジの世界と比べてこの世に利をもたらしているか。害をもたらしているか」


「比較すれば文明の発展はこの世界は遅れています。二千年前の僕の世界と同じかもしれません。ただ文明の発展は弊害もあります。自然の破壊による環境の悪化などの問題です。 

 例えば煉瓦を作るための燃料として木をどんどん切ってしまえば土地は乾燥してしまい農耕が難しくなります。大雨が降れば土地に水が蓄えられなくて洪水が起こります」


「それでも煉瓦は手に残るな。この世界は煉瓦も手に入れられず、自然は益々我らに厳しくなる一方だ」


「ユウジ、お前の子ども時代の友達は何人生きておる」


 突然、スヴェアは話題を変えた。


「いや、友達は誰も死んでいません。同じ小学校の奴が一人交通事故で死んだとは聞いてますが面識はありません」


「小学校とやらは何人いるのだ」


「同じ学年は百人くらいいたと思います。七歳から十二歳まで通うんですよ」


「税を払えぬ家の子を集めて何かの作業をさせるためか」


「いいえ勉強です。基礎的な計算や読み書き、社会の仕組みなんかを習うんです。義務教育なので全員が行きます。授業料は取りません。十五歳までは法律で働かせてはいけないんです。僕のいた国ではほとんどの人間は十八歳まで働きません。もちろん男女ともです」


「十八といえば男は独り立ちして、女は嫁に行っておる歳だ。それでどうして世が保てるのか我には理解しがたい。若い者が働かずとも生きていける。そして、みなが学問を学べるほど豊かな世界ということか」


 スヴェアは感心したように言う。


「問題もありますが」


 祐司は失業していた自分を思い出して言った。


「どのような世でも問題はあろう。程度の問題なのだ。遠い昔のことだ。我は東の大陸で生まれ育った。物心ついてから成人するまで毎年のように同じ世代の友は死んでいった。流行病、飢饉、事故と死は日常の一部だった。人買いに売られていったり、さらわれた友もおる。


 我は才能を見込まれて巫術師のもとに弟子入りした。五年間は先輩の弟子に奴隷のようにこき使われて雑用ばかりさせられた。食事は家畜の餌をあてがわれた。それでもこれで生きていけると思い嬉しくてしょうがなかった」


「ご苦労されたんですね」


 祐司はそう言ってから、通り一遍の言葉を恥じた。


「我が弟子入りしたのは七歳だ。ユウジよ、あまりにもユウジとここの世界の違いは大きい。

”空の割れた日”の試練で生き残った人間は神々と精霊の祝福を受けて巫術を手に入れたと、どの神官も巫術師も喧伝しておるが我は賛同せぬ。手先の安易な術に頼るこの世界は文明の歩みを止めてしまったのだ」


 スヴェアの声に少し熱が入った。


「それでも巫術は驚異的な能力のように思えます」


「我はよく巫術に関することで、ユウジにわかるから分かる。見えるから見えるとしか言えんというな。

 生まれつき目の見えんものに色を言葉で教えることは至難の技だ。火の暑さのような色とか水のさわやかさのような色とは教えられるが、それはその色の持つ一面だ。


 生まれつき耳の聞こえぬものに夜泣きウグイスとコアジサシの鳴き声の違いをどう説明する? 夜泣きウグイスは高い山に吹く春風のような声、コアジサシの声は海から吹く微風のような声とは説明できるが、これは個人の主観だ。


 人に教えることのできぬ技術や能力などは社会全体の得た技術とは言えぬ。人の世をよりよくする技とはいえぬ」


 スヴェアはハーブティーをすすり一息置いた。そして昔語りを始めた。


「長じて大いなる巫術師と讃えられるころから、我はこの疑念に苦しんでおった。そのころ出会ったのがイェルケルだ。


 イェルケルは我の師匠の敵対する巫術師の一番弟子だった。師匠は、その巫術師と一番弟子どうしの勝負をすることになった。死を賭けた勝負だ。

 勝負はなかなかつかなかった。我もイェルケルも手負いになり、体力的にも最後の決着が近づいた。


 我も若かった。数刻の死闘でイェルケルになら殺されてもよいと思った。イェルケルはまっとうな勝負しかせぬ男だった。このような気持ちのよい戦い方をする男になら納得して殺されよう。一方しか生き残れぬならイェルケルが生き残るべきだと思った」


「惚れたんですね」


 思わずそう言った祐司は後悔した。スヴェアは構わず話を続けた。


「そういうことだ。その時、我は見たのだ。わが師匠と敵対しているはずの師匠が、介添え役と称する商人たちと笑いながら金銭をやり取りしておるのを。我らの勝負で賭をしておったのだ。ただただ、師匠たちを許せなかった。


 我はイェルケルに対する防備を解くと、我を忘れるくらいに師匠らに雷を続け様に放った。その途中にイェルケルに殺されると思っておった。

 わざと無防備になっただけなら我をイェルケルは攻撃するまいが、ただ自分の師匠が攻撃されれば躊躇せず我を殺すであろうと。


 師匠も必死で防御した。我の力が尽きようとした時、我も見たことのない威力の雷が放たれて師匠達を吹き飛ばした」


「イェルケルさんですね」


 祐司はまた後悔した。


「そうだ」


 スヴェアの声は嬉しそうだった。


「放心しておる我を連れてイェルケルは町を出た。何しろ師匠殺しは大罪だ。我らは流れの巫術師になった」


「流れの巫術師?」


「祐司は”リケン”という言葉を使ったことがあるな。この世界には適当な言葉がないがそれに近い概念がある。村や町にはそこに住み着いた巫術師がいる。人々に巫術を与えることで見返りを受けるのだ。あるいは王侯や貴族に仕える巫術師もいる。


 一定の地域を根城としない。誰にも仕えない巫術師が流れの巫術師だ。このような流れの巫術師を自分達のリケンを脅かすものとして、そこに住み着いた巫術師は忌み嫌う。

 流れの巫術師は、その村や町の巫術師から排斥される。それもその近在の巫術師の集団からだ。時としてその地域の為政者も荷担する。


 我らは身を隠して巫術師から術の恩恵を受けれぬ貧しい者たちに巫術を与えることにより生き延びた。しかし、いつかはその行為は露見する。さすれば、我らはまた安住の地を求めて放浪した。


 ユウジがヨーロッパと呼ぶヘロタイニアの地や、アフリカと呼ぶネファリアの地、北アメリカと呼ぶ西方大陸をわれらはさすらった。


 そして我らは気がついた。この世界は病んでいる。瀕死の状態かもしれぬとな」


 スヴェアは最後の言葉を強調するように言った。



「どういうことですか」


「各地で我らは、その地の年代記を読んだ。干魃や洪水、夏でも雪の降るような天候、恐ろしい嵐の来襲、それにともなう飢饉、戦争が時代を経るごとにどこでも急激に増えておる。

 我の生きている間でも目に目えてその状態は酷くなる一方だ。人の一生の間には気がつかぬかも知れぬ。このような状態が当たり前と思っておるため、目の前のことに気を取られて根本の原因を見失っておるのだ」


「何が原因なんですか」


「巫術だ」


「巫術ですか?そうか、多分、放っておけば次第に中和されるか宇宙に放出される”空の割れた日”にもたらされた何かしらのエネルギーを巫術は不自然に利用している」


「巫術は代償をともなっておるのだ。ユウジがグリーンランドと呼ぶこの地は、ユウジの世界では氷に閉ざされておるのだな。

 では、なぜこの地のより遙か南のヘロタイニアでは、リファニアより遙かに広大な地が氷に覆われておるのか」


「巫術ですか?」


「そうだ、”空の割れた日”からほどなくして千年の齢を保ったとされる大巫術師アスホーリアとその盟友のランスプアーは東からヘロタイニアを経てこの地にきた。

 この地が”空の割れた日”に生き残った人に対して、神々が祝福を与えて授けた地という啓示を大巫術師アスホーリニアが受けたからだとされる」


「ネギャエルーガ書の末尾に出て来ますね」


「彼らは神々の助力を得て巫術でこの地の姿を変えた。氷に覆われたこの地は人の営みのある地になったとされる。

 今でもその恵みを補完するために夏至には、この地のあちこちでその地の巫術師が競い合うように儀式をしておる。


 ただし、大巫術師アスホーリアと盟友ランスプアーの話はネギャエルーガ書で初めて出て来た伝承だ。僅かに散逸を免れたほかの太古の書には一切記されていない。それにあまりにも大きな巫術の力から実在の人物とは思えん」


 スヴェアは机の上に置いてあったネギャエルーガ書を人差し指で叩きながら言った。


「”空の割れた日”のエネルギーは濃淡があった。作用する事象も地域で違っていたのかもしれません。このリファニアが大きな巫術のエネルギーを蓄えた地なら、”空の割れた日”のエネルギーはこの地の氷を砕いたか溶かしたのかもしれません」


「我が夫イェルケルと我もそう考えておる」


 スヴェアはそう言うと、冷めてしまったハーブティーの最後の一口を飲んだ。


「でも、エネルギー保存の法則から行くと、どこか別の場所が寒冷化したり気候の大変動を招いているはずです。

 スヴェアさんは僕の世界のヨーロッパ、この地でのヘロタイニアは北部と中央の山岳地帯が氷河に覆われていると言っていましたよね」


「我の故郷であるネファリア(北アフリカ)は温暖だが、ヘロタイニアはこのリファニアより遙かに暮らしにくい地だ」


「スヴェアさんの話ではヘロタイニアの東からは広大な半ば砂漠の低温な乾燥地帯が続くと。そして西方大陸の中央にも大地を覆う氷河あると。まるで氷河時代そのままです。

 これらの地はどこも穀倉地帯になるべき地域です。グリーンランドに住めるようになっていても人類全体からすれば遙かに住みにくい世界になってます」


 祐司はスヴェアから聞いた知識をなぞるように言った。


「リファニア自体も天候の悪化でずいぶんと暮らしにくい土地になっておるのだ。この百年、祝福される地であるリファニアでも人口は確実に減っておる。幾つかの町は見捨てられ、多くの村が廃村になった。


 それをくい止めようと、巫術師たちは己のリケンのある地によき天候をもたらせようと術をかけて、日々、巫術で生活の糧を得て、戦争にも巫術を利用する。見境なしだ。そして、負荷のかかった天候は悪化の度合いを進める。誰も把握することなく事態は益々悪化しておる」


「いつかは”空の割れた日”のエネルギーは尽きます」


「どのくらい先だ?」


「二千年以上前に書かれた太古の書の巫術に関する話では今とそれほど状況は変わらないようですから、多分数十年という単位ではなく、少なくとも数百年かあるいは」


 祐司は自分の推論から年月の桁を引き下げて言った。


「その頃には我らは全て滅んでおるであろうな」


 スヴェアは冷たい口調で言った。


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