ドノバ連合候国の曙16 落ち武者狩り 一
祐司とパーヴォットが、主従の繋がりを越えるように抱き合って再会を喜んでいるのを捜索隊の面々が不思議に思っていると、ガバリ一家の者で訳を知っている者達がパーヴォットが女の子であることを説明した。
その説明に得心したばかりか、祐司とパーヴォットの仲を勝手に邪推する者さえも出てきた。
「ともかく、ロヴィー婆さんにお礼をしなくては」
祐司はパーヴォットを連れて、ニコニコして立っているロヴィー婆さんにお礼を言いに行った。
「わたしこそ、何年もなかった楽しい生活ができましたよ」
ロヴィー婆さんは、少し涙ぐみながら言った。祐司が現れた以上、パーヴォットと別れなければいけないことが悲しいのだと祐司にも痛いほどわかった。
「ナルテンさん、こいつらの口を割ってくれ」
クチャタは元ドノバ候近衛隊のリーダーに言った。
「クチャタ、その仕事はわたしが手伝いましょう」
キナーリが少し笑いながら横から出てきた。
「母上、お願いします。早々に情報が必要です」
クチャタは、さも当たり前というような口調でキナーリに言った。
「すぐに、仕事は済ませますから、ユウジ殿やパーヴォットさんと小屋に入っていてください。見ていてあまり良い感じはしないと思いますから」
キリーナは自分の荷物の中からロープを取り出しながら言った。
「わたしは、お母様のお手並みを拝見していいでしょうか」
まるで、義母に料理でも習うような口調でクチャタの妻ルティーナがキナーリに声をかけた。それに、対してキナーリは微笑みながら返事した。
「いいですよ。本当に恐ろしいのは女だいうことをわからせてやりましょう」
この会話を聞いていた祐司は、日本では決して関わり合いになりたくない家族だと思った。
取りあえず、祐司とパーヴォット、クチャタ、ガバリといった面々はロヴィー婆さんの家に入って今後の行動について話合うことになった。
「お婆さんは巫術師だったんですか?」
部屋に入るなりパーヴォットは、ロヴィー婆さんに待ちかねたかのように言った。
「まさか」
ロヴィー婆さんは驚いた様に言う。祐司にはロヴィー婆さんが発する光から、ロヴィー婆さんが巫術師ではないことはわかっていたが、煙幕のような煙の正体は知りたいと思っていた。
「でも、あんな不思議な煙を使うなんて、パーヴォットでなくとも巫術師かと思いますよ」
祐司がそう言うとロヴィー婆さんは、床に置いてあった頑丈そうな木箱を開けた。
「さあ、こいつだ。ユウジさん、パーヴォットさん」
木箱の中には、黄色い小石が箱の底を埋めるくらいに入っていた。
「硫黄ですか?」
祐司は興味深そうにロヴィー婆さんに聞いた。ロヴィー婆さんはご機嫌な声で答えた。
「そう硫黄だ。それも特別の硫黄だよ」
「そうでしょうね」
祐司はそう言った。そして、確かにその硫黄は特別な硫黄だった。ひときわ濃い巫術のエネルギーによる光を発していたからだ。硫黄は燃えることは燃えるがマッチで火をつけたくらいでは勢いよく燃え続けるということはない。
「これは亭主が万が一のために、わたしに残してくれた硫黄だよ。わたしの亭主は傭兵だったんだ。盗賊を捕縛したときに、鉱物を扱う商人がお礼にくれたんだよ」
「いつでも燃える特別な薄い黄色の硫黄、別名は”不死鳥シムルグの食べこぼし”だ。燃えやすいのと黄色い煙を盛大に上げるから緊急時の合図に使われる。しかし、これだけ、多くあるのは見たことがない」
ガバリが感心したように言った。それを聞きながら祐司は、巫術のエネルギーとは物質を活性化するような働きがあるのだろうかと漫然と考えていた。
「いや、三分の二ほども使ってしまったからね。本当はこの三倍も特別な硫黄はあったのさ」
ロヴィー婆さんがにこやかに言った。
祐司はその時、ふと思いついた。「周期律表だ」
「スイ(水素)ヘイ(ヘリウム)リー(リチウム)ベー(ベリリウム)ぼ(ホウ素)く(炭素)の(窒素・酸素 N・O)フ(フッ素)ネ(ネオン)なな(ナトリウム)まがり(マグネシウム・アルミニウム Mg・Al)シップス(ケイ素・リン・硫黄 Si・P・S)」祐司は口の中でそう言いながら、硫黄の位置を周期律表の中に当てはめてみた。
周期律表では硫黄は元素記号S、元素番号十六、酸素族の元素である。「そうか酸素も巫術のエネルギーに反応しているんだ。巫術のエネルギーは影響する元素に対して濃淡があるのかもしれない。そうだとすれば、動物が植物より多くの影響を受けていることが説明できる」
動物は酸素を取り込んで活動して、植物はそれを排出するからだ。
「パーヴォットさんは確保した。これで目的を達したわけだ」
クチャタが言った言葉に祐司は現実に引き戻された。
「いいんですよ。まだ、三日残っているじゃありませんか」
祐司は儀式のように答えた。パーヴォットの捜索はカモフラージュの要素が強いことはすでに祐司にもわかっていた。
パーヴォットを迎えに行くくらいなら用心するにしても数人でこと足りるはずである。賞金目的の落ち武者狩りは本当だが、もっと隠れた目的があるはずだと祐司は考えていた。
「正直、そう言ってくれると助かるが、心苦しいのも本当だ」
クチャタは祐司に本当にすまなさそうに言った。その言葉が真実であることは、クチャタの発する光に何の揺らぎもないことから祐司にはわかった。
「じゃ、こうしましょう。得物があればわたしも働きに応じて賞金を貰いましょう」
祐司は少し笑いながら提案した。
「ユウジ殿、あなたの提案に乗ります」
クチャタは即答した。
「一つだけ、約束してください」
「何でも約束する」
「シスネロスにたどり着くまでパーヴォットの身を守って下さい」
祐司はクチャタの目を見ながら言った。クチャタは両手の平を顔の横に上げた。そして、厳かに言った。
「わたしは、パーヴォットさんの身の安全を我が身の安全以上に保つことを、エト神に誓おう。それを一願巡礼のジャギール・ユウジに宣言する」
リファニアでは神に誓った者の言うことは全面的に信頼できる。
「小物ですが、幸先がいい」
ガバリは話を変えた。ガバリとしては本来の相談を早く始めたいようだった。
「あの男は、この近くの村の出でマネルと言い、人に大怪我をさせて出奔した者です。旧ドノバ候の元に行ったという噂がありました」
ロヴィー婆さんはマネルの説明した。
「そう言えばパーヴォット。無茶をするな。怪我でもしたらどうする。相手は本職の戦士長だったぞ」
祐司はそう良いながらゾッとした。日本で真剣を持った中学校二年の女の子が、歴戦の傭兵とやり合うなどとは想像の埒外だった。
「なんとか守備はできました。でも、力で押し切られるかと思っていたところ、相手の剣が折れましたので助かりました」
パーヴォットは声を低くして言い訳をするように言った。祐司は相手の剣が折れたということから巫術で強化された剣だったのだろうと思った。
パーヴォットの片手剣は日本からもたらされた古釘が埋め込んであり巫術のエネルギーで強化された物から、そのエネルギーを奪うからである。
「罰を与える」
祐司は少し真面目な口調で言った。
「二日ほど、掃討隊の臨時隊員とする。その視力で敗残兵を見つけるんだ。ただし、恩返しとして褒美はなしだ」
祐司の言葉を聞くと、パーヴォットは喜色満面の表情で答えた。
「は、はい。ユウジ様といっしょにいられるんですね」
祐司はシスネロスに帰還するまではパーヴォットを自分の目の届く場所に置いておきたかったのだ。
「ハーブティーを入れましょう」
ロヴィー婆さんが、そう言いながら人数分のカップをテーブルの上に並べた。カップは品のいい陶器で、ロヴィー婆さんがもともとこのような僻地に住むような境遇ではないことを表していた。
「そうですね。表のヤツから情報が入ってから詳しいことを決めましょう」
クチャタは自分の気を静めるように言った。
四半刻ほどして、キナーリとナルテンと呼ばれていた元ドノバ候近衛隊隊員のリーダーが小屋に入ってきた。
「ちょっとしめただけで、簡単に吐きましたよ。最初にガバリさんの所の若い者が怒鳴っただけで震え上がってしまいました。仕事をする甲斐のない者達でした」
キナーリはもの足りないかのように言った。少々機嫌の悪いキナーリを無視して、クチャタはナルテンに聞いた。
「それで、所属は?」
「やはり僭称ドノバ候の手の者です。大怪我をしている戦士長の服にも旧ドノバ候の紋章が刺繍してありました」
「で、僭称ドノバ候はどこにいるんだ」
クチャタが勢い込んで聞いた。
「”おさびし谷”と言っていました」
「で、”おさびし谷”とは何処なんだ」
すると、ロヴィー婆さんがハーブティーを飲みながら説明してくれた。
「ここから、そこにある小径をたどって少し東に行くと、小さな滝がある。小径はそこで無くなっているように見えますが、滝のしぶきに濡れることを厭わなければ進んで行くことです。
結構、滝の向こうに小径があって深い谷を見下ろす場所に出ます。その谷は、この辺りの者でも知らぬ者が多い谷ですが、”おさびし谷”と呼ばれています」
「何故、そんなことを?村の人に先に言わなくていいんですか」
祐司はロヴィー婆さんのここでの立場をおもんばかって言った。
「村の衆が言ってたんだよ。この近在を全ての石の裏を探すように落ち武者を捜したが見つからない。後は探すのは”おさびし谷”だけだと。ほっておいても、一両日中には村の衆も行くでしょう」
ロヴィー婆さんは祐司の心配を打ち消すように力強く言った。
「あいつらは、誰かに食べ物を持って行こうと言うような口ぶりでした」
パーヴォットが横から口を挟んだ。祐司はパーヴォットが旅の最初とは随分変わってきたと感じた。
自分の言いたいことの半分も言わなかったパーヴォットが積極的に自分の思っていることを言うようになってきたからだ。
ロヴィー婆さんは、今度は静かな口調でしゃべり始めた。
「マネルが帰ってこないとなると逃げられてしまうかもしれません。わたしだって村の衆には世話になっていますから手柄を立てさせてやりたいが逃げられては元もありません。
それに、村の衆も”おさびし谷”へ向かっているかもしれません。もし村の衆に出会った時は、仲良くしてください」
祐司はクチャタの顔を見た。クチャタは小さく頷いた。
「行きましょう」
祐司が小屋の外に出て見ると、木に縛り付けられていたマネルが縛めを解かれているところだった。マネルはぐったりしており口から血を出していた。
そこへキナーリは歩み寄ると何事かマネルに聞いた。マネルはそれに抵抗することなく答えているようだった。
「わたしが出るような幕ではありませんでした。ただの素人兵士です」
キナーリはクチャタに声をかけた。クチャタはすぐに情報をキナーリに求めた。
「相手は何人ですか」
「十九名です」
「四十対十九か。多いな」
祐司はクチャタが言った「多いな」という言葉が気に掛かった。その言葉を発するときにクチャタの発する光に動揺が見られたからだ。
祐司はクチャタが最初から相手が僭称ドノバ候パウティス一行であり、その人数を今より少ないという情報を持っていたのではないかと思った。
「その十九名の中には巫術師もいるそうです」
ナルテンが難しい顔をして付け加えた。
「ますます拙いな」
ガバリが渋い声で言った。
「そうなると、スェデンさんとナニーニャさんは、相手の巫術師にかかりっきりになるな」
そう言ったクチャタは一方的に味方の巫術師で相手を叩くつもりだったらしい。
「相手の技量はいかほどでしょうか」
「そこまでは、わかりません。霧は何回か出したそうです」
ナルテンはそう言うと、巫術師は途中で合流した者なので捕らえた連中もその力は知らないようだと付け加えた。
「それなら先程、すれ違った落ち武者狩りの連中にも加勢を頼みましょう」
しばらく、考え込んだクチャタは決心したように言った。
「わたし達だけでやれます。相手はわたし達の半分です」
ガバリの手下のジャンマが不服そうに言った。祐司が隊員の顔から察するに隊の空気もジャンマと同意見のようだった。
「命懸けの相手に、倍の人数では心許ない」
クチャタがジャンマに言った。しかし、ジャンマは食い下がった。
「しかし、加勢を頼めば報償金や分捕り品が半減します」
「口を出し過ぎるぞ。身をわきまえろ」
ガバリがジャンマを叱責した。ジャンマは下を向いてさがった。クチャタは隊員全員に語りかけた。
「わたし達は命懸けではありません。誰も死なず、傷つかないで報償金を得たいはずです。無理はいけません」
ガバリがクチャタの横に来て同じように隊員に冷静な口調で言った。
「わたしもそう思います。戦と喧嘩は勝てる場合にするべきです。小遣い稼ぎにきているのだから、怪我もしたくありません。
それに、必死の相手なら取り逃がすこともあります。そうなると骨折り損です。こういってはなんですが、わたしらは日頃危ない橋を渡っておりますから、欲をかくとどうなるかはよく知っております」
祐司はガバリの言葉に違和感を持った。なんとなく、人を誘導するような感じがしたのだ。ガバリなら手下に一言命令すればいい。他の隊員に関してはクチャタに任せればいいはずだが、明らかにガバリは全員に説明するように言っていた。
「落ち武者狩りは、付け足しだと思い出してください。パーヴォットさんの救出が目的です。その目的だけ果たしても結構な金になるのですよ。なにしろ、シスネロス市庁舎がパーヴォットさん発見に報償金をかけましたからね」
今度はクチャタが、ガバリに続いて他の者を説得するように言った。祐司はここでも違和感を感じた。二人が示し合わせたように思えたのだ。それに、祐司自身がパーヴォットを見つけたとなると、あっさりシスネロス市庁舎が金を出すかは疑問であった。
「わたしからもお願いします。この場所を教えてくれたロヴィー婆さんのこともあります。ロヴィー婆さんは村の衆に手柄を立てて欲しいと言っていました」
祐司は応援を頼むことに異論はなかったのでロヴィー婆さんを手合いにして、頭を下げて頼んだ。
それでも、一行は押し黙ったままだった。
「ここは隊長であるわが夫の指示に従いましょう。異論はありませんね」
クチャタの妻ルティーナが、そう言うと、やっと一行は小さく頭を振った。理性では数が多い方がいいのはわかっているのだ。
「皆が報償金を楽しみにしているのは分かる。しかし、手堅くやろう」
クチャタは雰囲気が変わったのを逃さないように、応援を頼むことが決まったように言った。
「村の衆が弓矢や弩を多く持っておりましたので、そこは任せましょう。必死の相手には飛び道具に限ります」
それを後押しするように、ガバリが一行に説明口調で言った。
「今から誰かを伝令に出して間に合いますか。彼奴らは一ヶ所に長くいるとは思えません。移動したらどうしますか」
元ドノバ候近衛隊のリーダーであるナルテンが聞いた。
「オレたちが捕まえた連中が帰ってくるまでは動かないだろう」
「いや、帰ってこないからこそ動くのではありませんか」
一行の中でも、意見が対立した。
「エッカルがいる」
ガバリはそう言うなり、数十メートルほど離れた場所に待機していたエッカルの元へ向かった。祐司とクチャタもその後について行った。
「ここで乗れるか」
ガバリは、馬にニンジンを食べさていたエッカルに勢い込んで聞いた。
「早足くらいならできます」
エッカルは事も無げに返事した。
「人より速いか」
「人の二三倍ほどは速く走れます」
「ナストリッド村の連中を呼んで来てくれないか」
「書き付けか何かをくれますか」
エッカルがガバリにそう言うと、ガバリは振り返って後ろで様子を見ていたクチャタに頼んだ。
「クチャタ隊長、あなたがさっき言ったことを書き付けにしてくれますか」
クチャタは、すぐに薄手の羊皮紙に何やら書くと、その羊皮紙をエッカルに渡した。
「エッカル、頼んだぞ」
クチャタから受け取った羊皮紙をエッカルは懐にそれをしまい込むと、急いで自分が連れてきた馬の荷物用の鞍から荷を降ろした。
そして、空になった鞍にまたがると手綱を器用に操って馬を走り出させた。見る間にエッカルと馬は山道の視界をふさぐ木々の陰に隠れて見えなくなった。
「あの馬子は馬に乗れるのか」
ナルテンがひどく感心したように言った。
「年を取って、今は馬子をしているが、昔はあちこちを巡り歩いていた軽業師だ。見ての通り得意な技は馬に乗ることだ」
ガバリはエッカルのことを簡単に説明した。エッカルが軽業師なら、その興行は土地土地の裏家業の親分に話をつけていたはずである。
リファニアでも軽業師や旅回りの役者から所場代を取るかわりに、その興行の庇護や人の整理を行うのは裏家業を行う親分の半分合法的な仕事である。エッカルがシスネロスで世話になったのはガバリだろうと祐司は思った。
「しかし、ここは平地とは違うぞ。坂の多い山の中だ。大丈夫か」
クチャタが少し心配そうに言った。
「エッカルが大丈夫だと言っていたでしょう。あいつはウソは言いません」
ガバリは、かなりエッカルの芸を認めているようだった。
「人が馬に乗るのは初めて見ました。あんなことが出来る人が世の中にはいるのですね。ユウジ様は見たことがありますか」
パーヴォットは、エッカルの姿が見えなくなって、しばらくしてから祐司に報告するように言った。




