ドノバ連合候国の曙10 子のない母
祐司はクチャタとともにヌーイの家に戻った。祐司は泊まっていけと言うクチャタの言葉に謝辞を述べた。そして何故、祐司の釈放を求めるアハヌ神殿からの書状の存在をクチャタが知っていたかをたずねた。
「実は貴方が義勇軍で活躍したという話を聞いて、知り合いの神官に確かめたのです。ユウジ殿は一願巡礼として釈放を求めた筈ではないかと。
すると、神官はアハヌ神殿から複数の釈放を求める書状を出したと言いました。その話にウソがあるわけがありませんので言ってやったのですよ」
祐司はクチャタの発する光に変化がないことからクチャタは包み隠さず真実を言っていることがわかった。
ただ、気になったのは、その話をいっしょに聞いていたヌーイの光に、揺らめきがあったことだった。ひょっとしたら、ヌーイは、早い段階で祐司がシスネロスで捕らわれていることと、釈放を要求する書状の存在も知っていたのではと感じた。
祐司は、そのことには触れずに、丁寧に自分のために行動してれたクチャタに礼を言うと、宿泊していたリヴォン亭に向かった。
「ユウジです。今日は泊まれますか」
声をかけた祐司に番頭は目を丸くした。
「ユウジ様、ご無事で何よりです。はい、部屋はございます」
祐司は以前宿泊していた二階の部屋に案内された。貴重品だけが入った愛用のポシェットをベッドの上に投げ出すと、疲れが一度に襲ってきて祐司は一刻ほど寝入った。
ようやく元気がもどった祐司が階下に降りていくと、番頭がカウンターの後ろにある椅子に所在なさげに座っていた。
「夕食は食べられますよね」
番頭は祐司に気が付くと声をかけた。
「お願いします。それから、荷物を預けているので誰かに取りに行って貰いたいんですがそれもお願いできますか。もちろん手間賃は払いますから」
朝、兵舎を出る時に、馬商人のナサーンの店員が幾人か迎えに来ていた。すると、ナサーンは祐司に落ち着き先が決まるまで荷物を預かろろうと言ってくれので祐司はその厚情に甘えたのだ。
「お安い御用です」
番頭は手を鳴らした。見知った顔の小僧が出て来た。祐司はナサーンの住所と取って来て欲しい荷物を説明すると銅貨五枚を小僧に握らせた。
「パーヴォットのラバを連れて行ってもいいよ」
祐司は小僧に言った。それを、小僧は不思議そうな顔して返した。
「ラバと馬はおりません」
「え?」
「でも、馬とラバのことを頼むと兵舎に荷を届けに来てくれた人に言付けましたが」
祐司は番頭に聞いた。
祐司は拘束されてからすぐに荷物を届けて欲しいと宿の手紙を出していたが、荷が届いたのは出陣の前日だった。届けてくれた宿の使用人は手紙は、今朝届いて急いで持って来たと言っていた。
祐司は使用人に「馬とラバを頼む」と言って、荷物を持ってきてくれた謝礼に合わせて銅貨を十枚渡した。
人件費が安く他の物価が高いリファニアと現代の日本を比べるのは難しいが五千円くらいの感じだろう。さらに祐司は番頭に渡してくれと、馬とラバの世話代のつもりで銀貨一枚を言付けていた。
「はい、銀貨をユウジ様からいただきましたので、新しい馬とラバの手配のことかと思っておりました。ですから、近所の馬商人に頼んでおきました」
リファニアの”言葉”では偶然、日本語と同じで”頼む”という動詞は、馬の世話とともに、馬の手配を頼むという意味にも取れる。
「いつから馬とラバはいないのですか。誰が持ち出したのですか?」
祐司は番頭に問いただした。馬とラバはリファニアでは高価な物である。
「はい、ユウジ様がお帰りになって、連れて行かれる時にはもういませんでした。わたしどもはてっきりパーヴォットさんといっしょに市民軍に連れていかれたと思っておりました。なにしろ、非シスネロス市民の馬やラバも有無を言わさずに徴発されておりましたから」
番頭の説明に、祐司はパーヴォットの行方は馬とラバにヒントがあるような気がした。
「パーヴォットといっしょに馬とラバがいなくなったのですか」
祐司は初めてパーヴォットが市民軍に拘束されたのではないのかもしれないという考えが浮かんできた。
「ご亭主はどうしてます。お怪我をされたと聞いておりますが」
これは本来、祐司が最初に聞こうと思っていたことだが、馬とラバのことで後回しになってしまっていたのだ。
「はい、何とか一命は取り留めたようです」
番頭の話では、いつもは時折新規の泊まり客が訪ねてくるくらいの暇な時間帯だったので宿の亭主が一人で店番をしていたらしい。他の使用人の大半は、遅い昼のまかないを台所で食べていた。
椅子や机が倒れるような大きな音がして、あわてて番頭を筆頭に使用人達が駆けつけると、剣を抜いた二人の男の間に頭から血を流した亭主が倒れていた。
番頭達に向かって大柄な男が剣を持って近づいてくる。「ミシャーリーはどこだ」と大柄な男は剣を使用人達に向けた。女中の一人が金切り声を上げた。
すると、三人の市中警備任務の傭兵が店に駆け込んできた。
祐司も度々見たことがあるが、市中警備の傭兵は、金属のベルトを先端にまいた背丈ほどの長さの棒を持っている。
店でした大きな音は通りまで達していた。中の様子をのぞき込んだ近隣の者が運良く通りかかった傭兵達を呼んだのだ。
それを見て小柄な男が、剣を振り回しながら、大柄な男を引きずるようにして表に飛び出した。
最初は何事が起こっているのか理解できていかったために、二人の男の逃亡を許してしまった傭兵隊はあわて、逃げた男達の後を追った。
ようやく、番頭以下の使用人が亭主のもとに駆け寄ると、亭主は額から右目にかけて明らかに頭蓋骨が陥没しているのがわかるほどの深手を負って痙攣して床に仰向けに倒れていた。
想像だが鞘に入ったままの剣で頭を叩き割られたらしい。
番頭達は壊れた机の天板を担架のかわりにして、亭主を近所の医者の所に運んだ。医者は一目、亭主を見るなり、「うっーーむ」と言って家族を早く呼べと言った。
宿の主人は数年前に嫁に死なれて、嫁いだ年かさの娘と成人して別の宿屋で修行がてらに奉公している二人の息子がいた。子供らはあわてて駆けつけてきた。
医者は、器具を使って頭蓋骨の破片を、いくつか取り除いて頭に包帯を巻いてから、知り合いの巫術師を紹介するから氷を買ってこいと亭主の子供らに言った。
リファニア世界はどこかしらで慢性的な戦乱が起こっているために怪我に対する外科的な処置はそれなりに発達している。麻酔も局所麻酔なら知られている。
また、氷を作れる巫術師も数は少ないがちょっとした街には必ずいるようだ。暑い季節にしか需要のない術だが、副職や余技程度だが街の巫術師としては持っていたほうがよい術なのだそうだ。
翌日に兄が市民軍に招集され、多くの巫術師にも動員がかかったために姉と弟は、必死で巫術による氷を探して、やっと大枚で氷を入手して亭主の頭を冷やし続けた。
頭部の外傷に対して冷やすという治療法は、現代の日本でも一般的に行われる治療法である。炎症や腫れを抑える効果があるからである。
「ご主人はどのような具合なのでしょう」
祐司は主人ならパーヴォットのことについて知っていそうな気がした。
「幸いに四五日前に時々意識が戻るようになりました。でも、ほとんど寝ているという状態が続いています。それでも、少しはしゃべったり、寝ながらですが人の手を借りて粥を食べられるようになっております。ただ、襲われた前後のことは記憶にないらしくて」
番頭は気の毒そうに言った。
「お見舞いはできそうにありませんね」
祐司は、頭部を酷くやられたための記憶障害だろうと思った。亭主は思い出すかもしれないが、それが何時かはわからない。
「そうですな。もう少したってからの方がいいと思います」
番頭は、考え考え言っているようだった。どのような話にも、親身になって考える番頭の人柄が祐司に伝わった。
「ねえ、さっき、ご亭主を襲った男が、ほら、なんて名前の人間を出せと?」
祐司は、ふと気になったことをたずねた。
「ミシャーリーです。何故かよく憶えてます」
ミシャーリー?どこかで聞いた名だと祐司は感じていた。
祐司の記憶が蘇ってきた。
ヘルトナにいた時、パーヴォットの父親だというベガウトが、パーヴォットのことを、ミシャーリーと呼んでいたことを思い出した。そして、祐司はその手下のバルタサルとルードビニなら、パーヴォトという名を知らない可能性があることに思い当たる。
祭りの日、何かを見て怯えたように様子のパーヴォット。リヴォン宿の亭主を襲った大柄な男と小柄な男。
バナジューニの野の戦いの終盤で祐司に向かって雄叫びをあげて無謀にも円陣に突っ込んでこようとした大柄な兵士と、その大柄な兵士を必死で止めていた小柄な兵士。
宿の主人に瀕死の重傷を負わせた大柄な男、祐司に向かって雄叫びを上げた兵士はバルタサル。
宿から剣を振り回して大柄な男と逃亡した小柄な男、祐司に向かって行こうとした大柄な兵士を止めていた小柄な兵士はルードビニ。祐司はそう確信した。
すると、祐司の頭の中で、推測のパズルが組み合わさって行く。パーヴォットは二人に捕まったのか?
否。
宿から逃亡した二人はパーヴォットを連れていない。ましてや、パーヴォットの居所を番頭達に問い詰めようとした。
宿屋の亭主に手ひどい怪我をさせたのはパーヴォットの居所を亭主がしゃべらなかったからだろう。
「番頭さん、パーヴォットが市民軍に拘束されたところを見ましたか」
「いいえ、わたしは見ておりません。夜中に市民軍と傭兵隊がやってきてお客様の部屋に押し入って次々お客様を拘束しました。
わたし達が気づいた時には、もう何人かのお客様が連れ出されておりました。それで、パーヴォットさんは、その時には連れ出された後だと思いました。
それから、どの部屋に誰が居たかと尋問されました。それで、唯一お帰りになっていなかったユウジ様を市民軍は待ち伏せしたのでございます」
パーヴォットは馬とラバ、そして、祐司に届かなかった荷物と共に市民軍が来るはるか以前に宿を出たのだ。
祐司を捕らえた市民軍の隊長は祐司を大人しくさせ、言うことを聞かせるためにパーヴォットを捕らえているとはったりを言ったのだ。
祐司はそう確信した。祐司が冷静であれば隊長の発する巫術のエネルギーの変化で嘘を見破れたはずであるが、今更である。
では、パーヴォットは何所にいったのか?
まだ、市内に居るとすれば、どこかの民家で匿ってもらっている。それをパーヴォットが選択した場合は、ヌーイの家であるだろう。
でも、ヌーイの家には行っていない。他の家も片っ端から聞き込まれている。なのに手がかり一つ無いという。
すると市外に出ている可能性がある。
街道が事実上の閉鎖状態になり、馬とラバを連れた従者姿は目立った筈である。市外に出たとしても誰かに目撃されている公算が大きい。でもその情報もない。
否、聞き方が悪いのだ。こんな従者を最近、見なかったか。どこかの家で人が増えた様子はないか。すべて、現在のことを聞いているに違いない。
そのような聞き方では、パーヴォットが市外に出たという過去の目撃情報は出ない。
半刻後、祐司は市庁舎にいた。本来なら、市庁舎はとっくに閉まっている時間だった。祐司が市庁舎で警備に当たっている傭兵にガッツァーリ局長への面会を申し込むと、あっさり中に案内してくれた。
祐司の顔を見るとガッツァーリ局長は嫌そうな顔をしたが話は聞くと言って、昼間、通してくれた応接室のような部屋に祐司を案内した。
祐司は挨拶もそこそこに本題を切り出した。
「お願いがあります。やみくもに探しても見つからないと思います。まず、リヴォン亭付近から聞き込みを始めて、総動員がかかった日に馬とラバを連れた十四五歳の従者姿の者を見なかったと聞いてください。
怪しくはありませんが、そんなに普段は見ないような姿です。ひょっとして誰かが憶えているかもしれません」
祐司の提案に、ガッツァーリ局長は渋い顔をしていた。横から若い職員が思い詰めたように言った。
「局長、この方の言うようにしましょう」
実際に、聞き込みを行っている若い職員も聞き方を変えなければならないと感じていたからだ。
ガッツァーリ局長の善処しましょうという言質を祐司は取ると、長居して嫌われるよりはとあっさり引き下がってリヴォン亭にもどった。
その夜、祐司はパーヴォットの夢を見た。夢の中でパーヴォットは何度も祐司を待っていると言った。
パーヴォットがいた場所は、アハヌ神殿前の広場やバナジューニの野、倉庫街だった。祐司はパーヴォットを見かけるたびに走って行こうとするが足が泥濘に取られて一歩も動けなかった。
翌日、祐司がリヴォン亭で朝食を摂っていると、シスネロス市庁舎から昨日の若い職員が息を切ってやってきた。
「五人の人間が憶えていました。隊商といっしょに歩いている若い従者がいたらしいです。市門の衛兵も同様のことを言っていましたから間違いはありません」
若い市庁舎職員の話によるとシスネロス市庁舎の関係者は一晩中聞き込みをしていたようだった。
「市外に出たんですね」
祐司は仮説が正しいと意気込んだ。
「間違いないと思います。市門から出た隊商はヘルトナの隊商だとわかりましたので、ヘルトナへ照会を行います」
若い市庁舎職員は、親身な口調で祐司に説明した。祐司はヘルトナの隊商という言葉に惹かれた。実質的なパーヴォットの生まれ故郷であり、知人のいるヘルトナに戻った可能性があったからだ。
「よろしくお願いします」
祐司は若い市庁舎職員に頭を下げて頼んだ。そして、頭を上げてくれと言う若い市庁舎職員に言った。
「いつぞや、市庁舎からきた老人にお世話になりました。あなたは、あの老人と同じような気持ちのいい人だ」
祐司の言葉に、若い市庁舎職員は戸惑ったような表情を見せたが少し微笑んだ。
「また、情報がありましたらすぐにお知らせします」
若い市庁舎職員は。そう言うと急ぎ足で去って行った。
「ユウジ様、主人の様子を見に行っておりました」
朝から顔を見なかったリヴォン亭の番頭が、祐司を見つけると声をかけてきた。
「どうですか、お具合は?」
祐司の問に、番頭は驚くべき知らせを祐司に伝えた。
「ユウジ様、主人はまだ朦朧とした状態ですが、主人の娘さんの話によると、ユウジ様に伝言がある。伝えて欲しいと言って、”子のない母”と何度も言ったそうです」
「子のない母?」
次の瞬間、祐司はパーヴォットの居場所がわかった。




