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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第五章 ドノバの太陽、中央盆地の暮れない夏
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黒い嵐18 バナジューニの野の戦い 八

挿絵(By みてみん)

 ガークの率いるドノバ防衛隊は、霧が少し晴れてくると戦場のど真ん中に位置していることがわかった。


 ドン、ドン、ドン。ドン、ドン、ドン。


 モンデラーネ公軍の本陣らしい位置から今までとは異なった、間をおいた太鼓の響きが聞こえてきた。モンデラーネ公軍が十年以上使うことのなかった退却を知らせる太鼓の音だった。


 まだ、ドノバ防衛隊の後方にも多数のモンデラーネ公軍がおり、急いで撤退を開始していた。

 最前列のモンデラーネ公軍兵士は、まだシスネロス市民軍と 干戈を交えており、自分の意志だけで退却はできなかった。

 少しずつ後ろ向きに、下がってシスネロス市民軍が襲ってこないと判断できるまでは敵に背後を見せることができなかったからだ。



 そして、戦場の中央にできた池の前にはドノバ防衛隊が布陣していた。


「円陣を隙のないようにしっかり組み直せ」


 ガークは、少しばかり円陣を小さくして兵士の密度を上げた。すでに、勝利は確実であり、余計な戦死者を出したくなかったのだ。


 円陣の脇をモンデラーネ公軍の群れが走りすぎて行く。


 雑多な武装をした兵士の一群が円陣の脇をすり抜けようとした。ところが、円陣の方を見ていた大柄な兵士が無謀にも唸るような声を上げて円陣に向かってきた。それを、かたわらにいた小柄な兵士が無理矢理に止めて去って行った。


 祐司は、大柄な兵士が自分に向かって威嚇したように感じた。大柄な兵士と、小柄な兵士は目の周りだけ露出したヘルメットを被っていたので顔はわからない。ただ、その仕草に祐司は見覚えがあった。


(まさかこのような場所で)


 祐司は心での中に浮かび上がった疑念を否定した。


 やげて、円陣の周囲を、より多くのモンデラーネ公軍兵士が退却して行くようになった。まだ、霧が晴れないために不注意に円陣に近づいた兵士は矢を受けたり、投げ槍で討ち取られた。


 この様子を見たガークには、思いついたことがあった。


「お前達、よく頑張った。小遣い稼ぎさせてやろう。円陣の一番奥、シスネロス側の部分を開けろ。オレが手練れと認めた者は円陣の中にこい。

 それから傭兵隊の兵士もだ。敵を複数で確実に討ち取れ。死んだり、怪我をするな。手に負えなかったらオレを呼べ」



挿絵(By みてみん)




 円陣の一部が開けられ、円陣の中には、傭兵隊を含めて四十名ほどの兵士が得物を持って待機した。祐司とヴェトスラル師匠もその中にいた。


「入ったぞ」


 円陣から大声が轟く。


 方向を見誤った数名の兵士が円陣の中に入ってきた。二人は槍を持っていたが、残りは槍や盾を放棄したのか剣だけだった。


 一人が祐司の前に現れた。祐司は敵兵の剣を自分の短槍に絡めて弾き飛ばした。


 すぐさま、敵兵の脇腹に二本の槍が突き立った。祐司の左右に祐司を援護するようにいたのは、マリッサの首を取った傭兵達だった。


「さすがだ。あんな早い短槍の動きは見たことがない」


 傭兵は、心底、感心したように言った。


「この調子でいこうぜ」


 もう一人の傭兵はそう言いながら祐司にウィンクして見せた。


 三十秒ほどの間に、全ての敵兵は命を落とした。


「また、入ったぞ」


 円陣の中から声がかかった。


 敵兵は面白いように数名ずつで死の円陣に誘い込まれた。モンデラーネ公軍兵士からすれば、まだ、視界が悪い中で、ともかくも、太鼓の音のする本陣に向かって退却した。そして、その進路に死の円陣があった。


 円陣に入ると一人に手練れが三四人がかりで斬りつけてくる。あわてて、下がると円陣の内側から槍が伸びてきて背中を刺された。

四半刻もしないうちに、円陣の中はモンデラーネ公軍兵士の屍が散らばり、気を付けないと死体を踏みかねないような状態になった。


「狩りの要領だな」


 祐司が少し肩で息をしながら言った。


「あんた猟師かい」


 ヴェトスラル師匠が真顔で聞いた。


「猟師じゃないが、こんな要領じゃないか」


 祐司は、人を狩っていることに思い至って肩をすくめた。


「また、来たぞ」


 ヴェトスラル師匠が、太い声で言った。


 円陣の中に飛び込んで来たのは、六人の兵士と頭からつま先まで、完全な甲冑で身をかためた高位の指揮官だった。馬車で移動していたが、それを失って徒歩で後退している途中だったようだ。


 指揮官らしき男は、ガークや祐司よりも、まだ少しばかり背が高かった。リファニアでは大男と呼ばれるような堂々たる体格で、年は四十ばかりと見えた。

 男はヘルメットの顎の辺りからも黒い顎髭をのぞかせており、黒い目とからもイス人の血が濃いようだった。 


「入り口を閉じろ。円陣の内部の者は、槍を内側に構えろ。外側は、絶対に敵を円陣に近づけるな」


 ガークが命じる。ガークの目からも大物のようである。


「わたしは、シスネロス義勇軍第二部隊、別名ドノバ防衛隊指揮官の一代郷士ガーク。ドノバ州ではいささか名が知られております。名のある武人とお見受けした。お手合せ願いたいが、その前に名乗られよ」


 戦場では貴賤なく命のやり取りは覚悟の上である。しかし、リファニアでは貴族が、討ち取られた場合に「名も無き兵士によって」という修飾は、恥じるべきものだった。

 ガークが貴族とも思える高位指揮官に、名乗りを上げて一騎打ちを挑んだのは武人としての情けであった。


「わしは、モンデラーネ公麾下、デラトル男爵だ」


 ガークの気持ちが伝わったのか、デラトル男爵は落ち着いて答えた。


「猛将として知られておりますデラトル男爵殿ですか。いささか我が身では、不足かと存知ます」


 ガークは、詫びるように少し頭を下げた。


「是非とも、お手合わせ願いたい」


 デラトル男爵はガークの問には答えなかった。デラトル男爵を六人の兵士が取り囲むように守る。


「周りのヤツの相手をしてやってくれ」


 ガークが言い終わるまでに、祐司、ヴェトスラル師匠、その二人の弟子、四人の傭兵が護衛の兵士に突っ込んで行った。


 それを見て、あわてて他の手練れも、デラトル男爵の護衛に襲いかかった。


 祐司は、敵兵士の繰り出す槍を、簡単に短槍ではねのけて懐に飛び込んだ。驚愕の表情で見ている兵士の右肩に祐司は短槍を突き立てた。

祐司は短槍を抜くと、そのまま、短槍を右に振って、隣の兵士のヘルメットに直撃させた。ヘルメットと槍の穂先が当たるはでな音がした。


 祐司は短槍を引っ込めて構え直す。


 ヘルメットを短槍で直撃された兵士は、シスネロス側の傭兵の槍をまともに腹に食らっていた。


「ユウジ、オレにも活躍させろ。左から牽制してくれ」


 ヴェトスラル師匠は、祐司の左で、敵兵と槍の穂先でやり合っていた。祐司は左から、ヴェトスラル師匠とやり合っている敵兵に近づいて、短槍の穂先を顔の前に突き立てた。不意をつかれた敵兵は、本能的に自分の槍を引っ込めると後ろに下がった。

 そこに、ヴェトスラル師匠の槍が伸びてきて、敵兵の首筋にあったヘルメットと甲冑の隙間に突き刺さった。


「おい、ユウジ、今のは、お前だけで、やれたんじゃないのか」


「ヴェトスラル師匠が活躍させろって言ったじゃないですか」


 祐司はそうは言ったが、自分でトドメをさすようなことは出来るだけしたくなかったのだ。だから、敵兵を無力化して、後始末は味方に任せていた。


 祐司は、傭兵とやり合っている敵兵のふところに再び飛び込むと、素早く突きを繰り出した。たまらず、敵兵は後退する。敵兵の歩みは突然止まった。


 内側の壁に近づきすぎて、二本の槍で背中を刺されたのだ。


 祐司が最初に、傷を負わせた兵士は、槍を捨てて左手に持った剣で抵抗しようとしたがヴェトスラル師匠が槍で一撃に仕留めた。


 傭兵の一人が、手傷を負ったが、一分もしないうちに敵の六人の兵士は討ち取られた。


「もう一度、お願いする。お手合わせを」


 ガークは何事もなかったかのように言った。


「いいだろう」


 覚悟を決めたのかデラトル男爵は、剣を構えた。


「一つ願いがある」


 デラトル男爵は、思い詰めたような声で言った。


「なんでしょう」


「わたしが貴公を討ち取った場合は、ここから逃して欲しい。これは、我が命を惜しんで言っているのではない。

 我が軍はすぐに全面的な後退を始めるだろう。その時、わたしは殿軍を指揮して、我が主君モンデラーネ公爵を安全に離脱させる任務がある」


 デラトル男爵の言葉は、円陣の中に響くような声だった。


「調子よすぎるぞ」


 円陣を構成するドノバ防衛隊の誰かが言った。


「約束する。わたしは、このバナジューニの野を去る最後のモンデラーネ公軍兵士となる。その時は、ここの衆、全てを相手にしよう」


 デラトル男爵の言葉は、静かで二心がないことを誰もが感じた。


「よろしいでしょう。しかし、それには、わたしを倒さなければなりません」


 そう言ったガークは、凄まじい勢いでデラトル男爵に、上段の構えのまま突っ込んでいった。


 示現流だと祐司は思った。示現流は薩摩に伝承されている戦場で使用する古剣法である。示現流は、上段に構えて、一のたちで相手を屠ふる。場所と時間を超えて戦場での剣法は同じようなような形に行き着くのかもしれないと祐司は後で感じた。


 ガークの剣を、デラトル男爵は掲げた剣で防ごうとした。剣と剣がぶつかり,火花が飛んだ。ガークはそのまま、力任せに剣をデラトル男爵に押しつける。デラトル男爵は堪らずに剣を少し傾けて、ガークの剣を滑らせた。


 ガークはデラトル男爵から少し離れると、再び上段の構えから続けさまに連続してデラトル男爵を打ち付けるように攻撃を加えた。


 一撃、二撃、三撃、四撃、そして、五撃目にガークの剣は中程から折れた。あわてて、ガークは数歩後ろに下がった。


「良い剣だ。巫術で強化してある」


 ガークは、肩で息をしながら剣を自分に向かって突き出しているデラトル男爵に落ち着いた声で言った。


「メイスあるか?」


 一人の兵士が駆け寄ってきて、小振りなメイスをガークに渡した。


「ガークさん、この人と少しだけ打ち合っていいですか。敵将とやり合ったって経験をしてみたいんです」


 祐司は剣に込められた巫術の力をそがないと、ガークの腕を持ってしても危ないかもしれないと思った。


「まあ、いいだろう。だが、仕留めるな。怪我もさせるなよ」


 ガークは、教官のような言葉遣いで言った。


 祐司は短槍をデラトル男爵に繰り出した。あわてて、デラトル男爵は剣でそれをはらう。祐司はできるだけ、短槍を繰り出しては穂先を剣に触れさせた。それだけでも巫術のエネルギーは槍の穂先で無効にされたはずである。


「ありがとうございました」


 祐司は、試合のように軽く一礼をすると、デラトル男爵から離れた。デラトル男爵は、あっけに取られたような顔で祐司を見た。


「では、もう一勝負」


 ガークはメイスを、剣と同じように上段に構えててデラトル男爵に突っ込んでいった。デラトル男爵は剣を振り上げてそれを防ぐ。

 デラトル男爵には勝算があった。巫術で恐ろしいまでに研ぎ澄まされた剣は、メイスの木製の棒部分を切断する筈だった。


 ところが、ガークは精密機械のようにメイスの先端の金属部分をデラトル男爵の剣に当てた。次の瞬間に剣は真っ二つになり、メイスの金属部分はデラトル男爵の頭部を激しく叩いた。


 デラトル男爵は、脳震盪寸前になりながらも腰に差していた小振りの片手剣を抜こうとした。そこへ、ガークのメイスが頭部を再び激しく打った。


 デラトル男爵は完全に朦朧とした状態になった。次の瞬間にデラトル男爵が見たのは両手でメイスを持ったガークが再び自分の頭部を狙って、最上段からメイスを振り下ろす姿だった。


 ガークは立ったままのデラトル男爵に、渾身の力でメイスを三回振り下ろした。そして、四回目にデラトル男爵は崩れ落ちた。


 傭兵が二人がかりでデラトル男爵のヘルメットを脱がせようとしたが、ヘルメットはひどく変形しており力任せに頭から引き抜くしかなかった。


ヘルメットの上から打撃を受けた部分が、三ヶ所で陥没骨折しているのが、少し離れた場所にいた祐司でもわかった。


 三人の傭兵が、素早くデラトル男爵の首級をあげた。そして、その首を、高々と持ち上げた。


「バォオオオオォォォ----」「バォオオオオォォォ----」


 円陣の内側にいた兵士が、腹から絞り出すような声で一斉に勝ち鬨を上げた。




 この時点で、モンデラーネ公軍は当初の攻撃発起ラインまで後退していた。バナジューニの野の北西では、ドノバ州領主軍が接近して、シュテインリット男爵の軍とモンデラーネ公軍の後衛にいた部隊が小競り合いを始めていた。


モンデラーネ公にとってはシスネロスとの戦いは起こる公算が低かった。万が一戦いになっても、モンデラーネ公が今まで行ってきた戦いのように、味方の損害が僅かなうちに敵の戦意を挫いて有利な講和に持って行く戦いであった筈である。


 それが思いも寄らぬ決戦のような戦いに発展して、あまつさえ目的を果たせないまま後退を強いられていることにモンデラーネ公は苛立っていた。しかし、その苛立ちは安全に後退するまでは誰にもぶつけるわけにはいかない。


 ところが、急速な撤退は無理なことがすぐに判明する。西からバナジューニの野に至る街道は、戦いの後半に続々と到着しだしたモンデラーネ公殿軍の輜重隊荷馬車で渋滞を引き起こしていたからだ。この時間になってもモンデラーネ公軍の輜重隊が五月雨式に西から戦場に到着していた。


 半分の荷馬車はすでに戦場後方に到着していた。モンデラーネ公は、バナジューニの野に近い場所にいる荷馬車を一旦、バナジューニの野に引き出して、残りの荷馬車は道の脇に移動させた。 


 その間は、東からのドノバ州領主軍と、南から散発的に攻め寄せてくるシスネロス軍を戦列を維持して防ぐ必要があった。


「前衛の兵で戦列を組んで防御を行え。後衛は撤退の準備を始めろ」


 そう言った時、モンデラーネ公には、まだ余裕があった。シスネロス市民は攻めあぐねた相手ではあるが、こちらが防御に回った時に、よい戦ができる相手だとは思っていなかったからだ。


「後衛戦闘はデラトルに指揮を取らせよ」


 モンデラーネ公は、シスネロス市民軍に対する防御戦闘をデラトル男爵に、任せて自分は、親衛隊を率いてドノバ州領主軍に手痛い打撃を与えるつもりだった。


「デラトル男爵は、まだもどりません」


 ドラヴィ近侍長の言葉にモンデラーネ公は、怒った。


「何?どういうことだ」


「総攻撃の指揮のために兵を率いて出撃されたままです」


 ドラヴィ近侍長は、すまなそうな声で答えた。


「馬鹿野郎!」


 モンデラーネ公は本気で怒った。


モンデラーネ公は強面のモンデラーネ公を演じるために、部下を怒鳴り、罵しることは日常茶飯事であったが、滅多に感情のままに怒る人物ではなかった。


 そのモンデラーネ公が本気で、怒ったのは何度も兵を置いて前線で戦うなとデラトル男爵に言い聞かせていたからだ。内心、モンデラーネ公は、シュテインリット男爵の次に、デラトル男爵を使える指揮官だと評価していた。

 デラトル男爵は、忠誠心が厚く、攻撃では容赦のない指揮振りだった。そこが、猪突猛進と紙一重であり、モンデラーネ公の絶対の信頼を勝ち得ていない理由だった。


 ただ勇将との評判とは裏腹にデラトル男爵は防御戦闘では、兵を意のままに扱う術を心得ており慎重な采配を行った。

 時に怯んだ敵に攻勢を仕掛けるなど、自分の目に届く範囲でなら兵を自分の身体のように使い越す能力がデラトル男爵にはあった。


 そのためにシスネロス市民軍の攻勢をデラトル男爵に上手くあしらわせることを目論んでいた。

 モンデラーネ公自身は、いまだに戦闘に参加していないために、戦力十分の親衛隊を率いてドノバ州領主軍に当たるつもりだったのだ。


「フレドリ(シュテインリット男爵のこと)へ、伝えろ。援軍は出してやれぬ。今の兵を率いてバナジューニの野から主力が撤退するまでドノバ州領主軍を防げ。オレは親衛隊を率いて南のシスネロス市民軍への防御を行う。撤退の準備が出来たら後衛部隊から撤退させろ」


「御意」


ドラヴィ近侍長は、深く頭を下げた言った。


 この時、シュテインリット男爵は、ドノバ州領主軍の戦列が整わないうちにモンデラーネ公が向かわせた後衛部隊を加えて、ドノバ州領主軍と互角に近い兵数を確保していた。


 しばらく、前からドノバ州領主軍とシュテインリット男爵の部隊は、睨み合いをしており、本格的な戦端は開かれていなかった。


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