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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第二十二章 シャクナゲ舞う南部紀行
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サヴォンリンナ神殿への道行き12 船内探索 八 移民区画④

「では、後部移民区画に行きましょう」


 ルドヴィグ航海士見習は祐司とパーヴォットを促した。


 ルドヴィグ航海士見習は数歩歩いて食堂区画の船尾側の扉を開けた。その扉は船首側と同じく引き戸で、他のソフィアネッテ号の扉より倍以上は広かった。


 先に扉をくぐったルドヴィグ航海士見習につづいて祐司とパーヴォットが後部移民区画に入ると、前部移民区画と同様に三列の二段ベッドが並んでおり、そこには亜麻の束が敷き詰められるように置いてあった。



挿絵(By みてみん)




「前部移民区画と瓜二つですが、なんとなく違うような気がします」


 パーヴォットは今まで入った部屋の中で一番暗い状態の後部移民区画を見て言った。


「ええ、船体はこの当たりから船尾に向かって徐々に細くなっていきます。

 その為に部屋全体が船尾に向かってすぼまっていますから寝台の間の空間が船尾に行くほど細くなるんです。


 前部移民区画は前後の部屋の幅がほぼ同じなので、全体の面積は後部移民区画が微妙に狭くなります」


「じゃ、後部移民区画に割り当てられた人は不満を持ちますね」


 ルドヴィグ航海士見習の説明にパーヴォットは余計なことと思いながら言った。


「狭いとわかるのはよくよく見ての話です。また原則として前部移民区画の者が後部移民区画に来ることはないし、逆も同じなので気が付くことはありません」


 ルドヴィグ航海士見習は少しばかり悪そうな笑みをたたえながら言った。


「この真上が基幹船員食堂ですか」


 パーヴォットが話題を変えた。


「そうです。基幹船員食堂から乗船区画の船首側になります。ちょうどユウジ殿とパーヴォットさんの部屋は後部移民区画の後半分の上になります」


「ここで百人が寝るのですよね。如何にわたしが贅沢な旅をしているのかがわかりました」


 ルドヴィグ航海士見習の説明にパーヴォットが少し嘆息した。


「移民の方で航海中に病気になったりする人等は出ないのでしょうか。子供も乗っていると思うのですが」


「わたしはソフィアネッテ号以外の船も含めて十回以上はキレナイトへ移民を運ぶ船に乗りました。

 二航海に一度くらいは病死が出ます。高齢者か子供ですね。乗船前から体調が悪かった者が航海で病状が悪化するんですね」


 パーヴォットの質問に対するルドヴィグ航海士見習の説明に、祐司は中世段階の世界にしてはリファニア船は近代的で設備もそれなりに整っており、航海術も優れているが矢張り近代船の航海とは一線を画した過酷さがあることを思い知らされた。


「ああ、それから老人の身投げに遭遇しました」


 ルドヴィグ航海士見習が思い出したかのように言った。


「自殺ですか?」


 パーヴォットが訊く。


「はい、まだ出港して間もないリファニア本土が見えるような時に老人が海に飛び込んだのです。

 家族の話では自分のような年寄りがいてはキレナイトで足手まといになると言っていたそうです。


 そしてどうせ死ぬのならリファニアで死にたいとも言っていたそうです。恐らく段々遠ざかるリファニアを見ているうちに発作的に飛び込んだのでしょう。慌ててボートを降ろして引き上げましたが、すでに死んでいました。


 詮方なく家族との別れをすまして、ようようリファニアが見えるところで水葬を行いました」


 ルドヴィグ航海士見習はやりきれないような話をした。


「水葬というのは海に葬るのですか」


 パーヴォットは初めて聞く水葬という単語の意味を確かめるように訊いた。


「ええ、布で遺体を包んで重しをつけて海にその体を委ねます」


 ルドヴィグ航海士見習の流すような口調から祐司は話題が重たくならないように気を遣っていると感じた。


「遺体を陸に持って帰らないのですね」


 パーヴォットが少々意外だというように訊いた。


 リファニアでは体という魂の入れ物を神々に返すという考えから死体は土に埋めて大地に返すことが常識だからだ。


「海事に関する法があります。次の寄港地まで二日以上ある場合や伝染病の場合は身分に関係なく水葬にします。

 余計な病気を蔓延させないためにやむを得ないことです。我々船員も水葬で水底に行くことは覚悟しています」


 ルドヴィグ航海士見習は重たい感じで言った。



挿絵(By みてみん)




 リファニア船が十九世紀後半のアメリカ合衆国から来たサラエリザベスの情報のおかげで近代的な帆船様式の上に、リファニア船は数百年荒れる北大西洋を相手にしてきたので頑強な構造である。


 さらに位置測定などの航海術も優れており、おまけに巫術というアドバンテージがあり社会は中世段階でありながら十九世紀中頃のヨーロッパ船の航海水準があるといっていい。


 だが十九世紀後半になっても西洋文明諸国で年間100隻を超える船舶が海難事故で失われており、現代船と比べて当時の船舶は遙かに危険度の高い乗り物である。


 また一度遭難してしまえば通信手段がないので救助を呼ぶことが出来ず遭難したことも知られずに行方不明となってしまう。


 こうした背景があるのでリファニアの船員は「どうか船を降りる年齢まで命を長らえされて下さい」と出港に前に神殿で祈りを捧げ、帰航すれば「わたしの命を長らえさせてくださったことに感謝します」と酒屋に行く前に神殿で祈りを捧げる。


 リファニアの海事関係者にとって死、それも人知れず訪れる死は身近な存在なのである。



「この後部移民区画の先が船尾ですか」


 パーヴォットが訊いた。


「いいえ、後部移民区画の奥にもう一つ船倉があります。そこに向かいます」


「後部移民区画は前部より少し狭いと聞きましたが、同じような大きさに見えます」


 ルドヴィグ航海士見習が船尾に向かって歩き出そうとするとパーヴォットは不思議そうに言った。


「ああ、狭く見えないようにソフィアネッテ号の設計者が工夫したそうです。その人は画家としても仕事をしており遠近法というのを応用したと聞いています」


「少しばかり時間を下さい」


 ルドヴィグ航海士見習の説明に神学校の画学生でもあったパーヴォットは謎解きをせずはいられないようだった。


 パーヴォットはルドヴィグ航海士見習、そして祐司の返事も聞かないで船室を前後左右に動き、時にしゃがみ込んだりしていた。


「わかったか」


 祐司が時間的に限界かなと思って声をかけた。


「わかりました」


 パーヴォットが祐司とルドヴィグ航海士見習がいる場所までやってきた。


「で、どうだったんだい」


 祐司はうれしそうな顔付きのパーヴォットに優しく訊いた。


「まずこの端のベッドにわたしの剣を置いて幅を測ります」


 パーヴォットはそう言うと一番船首よりのベッドに自分の剣を置いてベッドの横幅を測った。


 パーヴォットの剣は非力な女性でも扱いやすい小ぶりな片手剣で刃渡りが一ピス七アタ(約51センチ)に柄の部分が四アタ(約12センチ)で、パーヴォットの手の大きさなら相手が力任せに攻撃してきた時に何とか柄を両手で持って堪えることが出来る。


 そして鞘に入れた時は1センチほど全長が伸びる。


 ベッドはパーヴォットの剣で二振り分とパーヴォットの拳七つ分の幅があった。パーヴォットの拳は8センチほどの幅があるのでベッドの幅はおよそ184センチである。


「では船尾側のベッドの幅を測ります」


 パーヴォットが一番船尾側のベッドで同じようにベッドの幅を測った。


 今度は剣で二振りとパーヴォットの拳で五つ分の幅だった。すなわちベッドの幅は168センチである。

    

「船尾のベッドの方幅が狭いのか。そうかベッドの幅が違うことを知らないとより遠くにベッドがあると思うということか。それで船室が大きく見えるのか」


 祐司は自分に説明するような感じで言った。これに対してパーヴォットが補足しだした。


「それもありますが、船室の天井や床の延長上の消失点とベッドを結んだ延長上の消失点が異なるので目が実際より大きいと錯覚するのです。

 より正確に言うとわたし達はこの船室の大きさを判断する時は目線に近いベッドを結んだ線で大きさを判断します。


 でもそれは徐々に狭くなっているのに、副次的に判断の材料になる天井、そして床とと壁を結んだ線はずれています。

 そのずれがこの船室を実際より大きいと錯覚させます。もっと正しく言うと実際より船尾側の船室の横幅が大きいと見せるんです。


 壁際だけ見ていると船尾に向かって船室の幅が狭くなっているのは明瞭ですが、ベッドの幅も狭くすることでそれを誤魔化しているんです。まさしく遠近法の応用です」



挿絵(By みてみん)



挿絵(By みてみん)




 パーヴォットは説明が終わるとルドヴィグ航海士見習に「ルドヴィグさん、この説明でいいでしょうか」と言った。


「まあ、どう言っていいのか。わたしも先にジャギール・ユウジ殿が言っていた理屈を教えられました。それで今日まで納得していました。


 遠近法というのはよくわからないのですが、設計者が遠近法の応用だと言ったのは本当です。多分パーヴォットさんの説明でよいのでしょう」


 ルドヴィグ航海士見習は納得したようなとも理解が追いつかないとも取れるような感じだった。



「ルドヴィグ航海士見習、この先の案内をお願い出来ますか」


 祐司はそろそろ船内探索も終わらせようと声をかけた。


「そうですね。船尾の船倉に行きましょう」


 ルドヴィグ航海士見習はそう言うと、気を取り直したかのように後部移民区画を船尾側の扉の方に歩き出した。


 後部移民区画を抜けた先は第三甲板で唯一の専用船倉である。


 船倉は移民区画と比べて一回り狭く舷側に添って種々の大きさの木箱と樽がロープで固定されて置かれていた。

 ただ船倉の収容力からすれば現在の荷の量はかなり控えめな量である。


「ここにある荷はヘルコ船舶商会が頼まれた店や個人の荷物です。船首寄りに王都宛、船尾よりにネルナン宛の荷が置いてあります」

*ソフィアネッテ号は祐司とパーヴォットをネルナンで降ろしてから王都に向かう。


 ルドヴィグ航海士見習の説明を裏付けるように、荷には乱暴な字体ながら送り主と受け取り主、そして引き渡し地が記入された樹皮紙が貼り付けてあった。


「ヘルコ船舶商会は少々割高です。でも安全に確実に目的地まで荷を運びます。ですから多少値の張る物を任せる人が多いですね」


 ルドヴィグ航海士見習がちょっと自慢げに言った。


 祐司はヘルコ船舶商会の総帥であるギスムンドルが以前「ヘルコ船舶商会は価格競争はしません。信頼に値する仕事で適切な料金をいただきます」と言っていたのを思い出した。


 また各種保険業務が未発達なリファニアにおいて、ヘルコ船舶商会は十九世紀後半のアメリカ合衆国から来たサラエリザベスの知識を元に、日本の江戸時代に行われていた”海上請負”という一種の保険を手がけている。


 これは荷の運搬を引き受ける際に運賃に上乗せする形で荷が損じた場合に荷主に保証金を出す仕組みである。


 具体的には保証金の上限と保証金に見合った荷かという検査はあるが、海難等で荷を失った場合に保証金の二十倍の金額を補償するという制度である。

 荷主は保証金を出すことで安心という形のない商品を購入しているといっていい。さらに保証金を長期に利用する荷主には保証金の五十倍までの損害補填を行っている。


 これによりヘルコ船舶商会は常連を増やすことが出来て、運ぶ荷の量も予想を立てるられることから効率的な配船が行える。


 ヘルコ船舶商会の海難事故遭遇率は他の船問屋と比べて低いので、ヘルコ船舶商会はこの保証金制度によっても利を上げている。


 そして祐司とパーヴォットが第三甲板の船倉で見た荷の過半に、”保証”と書かれた木札がつけられていた。


「預かった荷はどのような物が多いのですか」


 パーヴォットが屈託なく訊くが、祐司は顧客の荷を詮索することに対して後でパーヴォットに注意をしておかなければと思った。


「特に注意しなければならない物は事前に教えられますが、基本的には船員は何が木箱や樽の中に入っているかは知りません。

 ただ樽はほとんどが鯨油ではないでしょうか。木箱の中は予想外ですが、かなり重いのが幾つかありました。おそらく王都向けの銅卓だと思います」 


 荷の中身を他人に話していいのかという祐司の心配を知ってか知らずかルドヴィグ航海士見習がお気楽な口調で言った。


 夏季はリファニア西岸は捕鯨の季節である。鯨油は地消分以外は王都のある人口が多く豊かなホルメニアに運ばれることは容易に想像出来る。

 またソフィアネッテ号が出港したヘルコ州の北東に位置するロクシュナル・サルナ州には幾つか銅山がある。

*話末注あり



「この船倉は予備の移民区画でもあります。ここまで目一杯移民を乗せると四百人ほども収容できます。

 一度だけここも使ってキレナイトに移民を運んだことがあります。流石に四百人ではなく三百五十人でした。


 それでもいつもの倍も移民の世話をする船員は多忙でした。食堂などは肩がつき合うほどに押し込めて一日休む間もなく食事を提供しなくてはなりませんでした。

 わたしも基幹船員の中では一番若いということで、事務長の助手として種々の揉め事の仲裁に引っ張り出されました」


 ルドヴィグ航海士見習はその時のことを思い出したのか、少々うんざりしたような口調だった。


「ここは船尾に近いので細いですからベッドが三列では通路が狭すぎて不自由ではありませんか」


 パーヴォットが心配げに訊く。


「そうです。だからここはベッドは二列で真ん中だけが通路になります。ただしベッドは二段ではなく三段です」


 ルドヴィグ航海士見習は事も無く三段ベッドというが、空間の広がり具合から三段ベッドが設置されたとなるとどこぞの強制収容所のような感じだろうと祐司は思った。



挿絵(By みてみん)




注:ロクシュナル・サルナ州の銅鉱山

 ロクシュナル・サルナ州はその西隣のイティレック州と合わせて、王権派という旗幟を明らかにしたノヴェレサルナ連合侯爵デデゼル・リューチル・ミラングラスが統治しています。

 イティレック州にはリファニア有数のミルゼン鉄鉱山があり、ロクシュナル・サルナ州にはこれもリファニア有数のヘキルキ銅鉱山があります。



挿絵(By みてみん)




 ミルゼン鉄鉱山、ヘキルキ銅鉱山とも露天掘りの鉱山です。ミルゼン鉄鉱山は百年ほど前に発見されましたが、ヘキルキ銅鉱山は千年以上も昔から採掘が続いています。


 ミルゼン鉄鉱山、ヘキルキ銅鉱山ともノヴェレサルナ連合侯爵家が管理しており、そこで作業を行っているのは労働者の過半は領内の有期刑者です。男性は採掘と鉱石の運搬、女性は鉱石の選別作業や炊事洗濯などに従事しています。


 ミルゼン鉄鉱山、ヘキルキ銅鉱山で行っているのは、鉱石の選別までで、鉱石は鉱山近くの製鉄所、精錬所で鉄鉱石は粗鋼、銅鉱石は銅卓の状態にされます。 

 製鉄と精錬を行っているのは領内の商人や地主が出資した鉱山組合で販売も行っています。


 ノヴェレサルナ連合侯爵家は販売利益の半分を受け取っています。これは製鉄や精錬といった常に技術革新が必要でまた経済的に効率よく作業し、販路を開拓し市場を見極めて供給するという部分は民間に任せた方がよいというノヴェレサルナ連合侯爵家の経験則から来ています。

 

 リファニアでは食器は木製が主力ですが、それについで多いのが銅製品です。食器に主に陶器を使用するのは使用人を使えるような階層です。

 ただいずれも階層でも所有数に多寡はありますが、鍋釜といった調理器具は銅製が主力です。



挿絵(By みてみん)

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