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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第二十二章 シャクナゲ舞う南部紀行
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サヴォンリンナ神殿への道行き9  船内探索 五 移民区画①

「ここから第三甲板に降ります」


ルドヴィグ航海士見習が手で示した。


 祐司とパーヴォットの目の前には上下に行くための階段があった。



挿絵(By みてみん)



挿絵(By みてみん)




「船首方向の出入り口ですね。ここはわたし達は使わないようにと言われています」


 パーヴォットが甲板へ出るための階段を見上げながら言った。


「乗客の方がここに降りてきても一般船員室か船倉にしか行けませんからね。好奇心旺盛な乗客に勝手に入られてしまって何か事故でもあっても、我々の責任になります。


 どうしてもという方がいる時は、今しているように案内することもありますが時節柄を考えて人は選びます」


 ルドヴィグ航海士見習の説明にパーヴォットがすぐに返した。


「何処かの間者が混じっていると」


「まあ王家に関連した荷などを運ぶときは警戒します。またはわたし達と競合する船問屋に頼まれて、船の構造や積荷を偵察しているなどと言うこともありますからね」


 ルドヴィグ航海士見習の口調はどことなく歯切れが悪く考え考えという感じで言っていた。


 そして祐司はルドヴィグ航海士見習が発する巫術のエネルギーによる光が乱れていることを見て取った。

 パーヴォットの質問に言ってはいけないことを避けようとするが、自信がないのか或いは不安なのだ。


「その話はその辺りで」


 パーヴォットがさらに何かを言いそうになったので祐司はルドヴィグ航海士見習が困惑していることを見越して言った。


「船内の案内はここまでですか」


 パーヴォットが上目遣いでルドヴィグ航海士見習に訊いた。 


「いいえ、折角ですから第三甲板までご案内いたします。移民船として使用していない時は第三甲板は船倉として使用していますので無人です。


 流石に第三甲板は吃水に近い位置にあるので窓などもなく真っ暗とは言いませんが、ランタンが必要な場所ですが、わたしと掌帆長のゲンゼ・ヴァルタルが一日に一度は見回りますので、巫術師が”照明術”をかけてくれています。


 薄暗いですが見て回るには不自由はないと思います。


 移民船がどのようなものかを知っているのはキレナイト(北アメリカ)への移民ということになりますが、彼等の過半は行ったきりですから、リファニアの人間でも移民船がどのような造りになっているのかは大方の人は知らないでしょう」



「移民のことはほぼ知らないと言っていいのでいい勉強になるかもしれませんね」


 ルドヴィグ航海士見習の言葉に好奇心旺盛なパーヴォットは嬉しそうに言った。


「ではまず直下の厩舎に行きましょう」


 ルドヴィグ航海士見習はそう言いながらやや急傾斜になった階段を下りだした。


 階段を下りた場所が文字通り厩舎だった。


「この厩舎の前にもう一つの積み込み用のハッチがあり、馬とラバはそこから積み込みました」


 ルドヴィグ航海士見習は厩舎の反対側の船首よりになる天井を指差しながら言った。


 その部分は一般船員食堂の天井と同じように格子状の蓋のような感じで、ほのかに上部から光が差し込み、どこことなく風の動きが祐司にも感じられた。


「あれは第二甲板の床の一部が格子状になっています。その上の甲板も格子状の蓋で塞いでいます。

 そこから光が入ってきて通気もよくなります。厩舎に馬がいる時や、移民が第三甲板にいる時は出来る限り格子状の蓋を用いています」


 ルドヴィグ航海士見習はそう説明した。


 厩舎は両舷に分かれて二箇所あったが、使われているのは左舷だけでそこに祐司達の二頭の馬と一頭のラバがいた。


 馬達は祐司とパーヴォットが来ると少しばかりいなないた。 


「イチゴウ、ニゴウ、ラバ、元気だった」


 パーヴォットが嬉しそうに彼女に近づいた馬達の鼻先を撫でながら言った。


 祐司は馬とラバは事情があって手放すことも考えられるので、余計な情が湧かないように名前をつけるつもりはなかった。


 しかしパーヴォットがどうして名をつけたいというので、旅の最初に大巫術師スヴェアから託された馬を日本語の一号、”バナジューニの戦い”の戦功によりドノバ候から賜った良馬を二号、そして北クルトのヘルトナの商人ヨスタから餞別代わりに貰った騾馬をラバと日本語で名付けてパーヴォットは名前と認識するが自身にとっては名前ではないという鵺的な名称を祐司はつけていた。

(第二章 北クルト 冷雨に降られる旅路 最果ての村アヒレス2 街道を南下して参照)

(第三章 光の壁、風駈けるキリオキス山脈 キリオキスを越えてキリオキス山脈へ 上 参照)

(第五章 ドノバの太陽、中央盆地の暮れない夏 ドノバ連合候国の曙33 パーヴォットの誤解 上 参照)


「馬の世話が得意な船員がおりまして、毎日十分なことをしております」


 ルドヴィグ航海士見習は馬やラバと戯れるパーヴォットに話しかけた。


「よろしくお願いします。でも一日一度はここに来ていいでしょうか」


 パーヴォットはルドヴィグ航海士見習に頼み込むような目つきで言った。


「わかりました。船長に伝えておきますので、その時、指揮所にいる当直の許可を貰って下さい」 


ルドヴィグ航海士見習が和やかな声で言った。


「万が一、船が難儀なことになったら馬たちは逃げることができませんね」


 パーヴォットは不安げに言った。


「ご心配なく。この厩舎の外壁、すなわち船体ですが万が一の時は引き戸になっているので馬は外の海に直接逃げることが出来ます。


 丁度、外壁を開けると吃水の位置になりますから、馬は少しばかり飛び込む程度でそのまま海に逃げることが出来ます。


 陸が見える位の場所なら馬は人間より上手に泳いで逃げることが出来ます。


 ただ万が一の漏水の心配がありますから普段は絶対に開けませんのでお見せは出来ません」


 ルドヴィグ航海士見習の説明にパーヴォットは「それなら安心ですね」と自分に言い聞かせるように言った。



挿絵(By みてみん)




「では、移民区画に行きましょうか」


 パーヴォットが馬たちとの交流を十分したと思った頃合いにルドヴィグ航海士見習が祐司とパーヴォットに声をかけた。


「よろしくお願いします。移民のことも訊きたいです」


 パーヴォットがそう言って軽く頭を下げると、ルドヴィグ航海士見習は船尾側のドアを開けた。


 内部はかなり大きな空間で暗くなりかけたような状態で”照明獣”の明かりで照らされていた。

 その光で照らされているのは二段になった三列の大きな蚕棚のような棚で船の前後に平行に並んでいた。


 棚には全て紐で括られた繊維の束が積み上げられる形で載せられていた。


「ここからが移民区画ですが、現在の航海では船倉として使用されています。棚に載っているのは亜麻の繊維です。


 亜麻は四十リュベルごとに束ねられて全部で二千五百束あります。全て王都に出す品物です。


 この下の船倉には鉄材や樽に詰めた塩漬けの魚などが積載されています。これらは王都で降ろす分もありますが、半分以上は貴方方の目的地であるオデラナト州ネルナンで降ろされます。


 ネルナンではトウモロコシを鉄材と樽が空いた場所に積んで王都に運ぶことになります。船は空荷で運航すると利益が出ませんのでヘルコ船舶商会の各支店が所属船の寄港に合わせて荷を集荷しているのです」


 祐司とパーヴォットは事前知識があるのでルドヴィグ航海士見習の説明で十分だが、彼の説明には少々解説が必要になる。      


 まず上部の船倉に比較的軽い亜麻、下部の船倉に反対に重量物である鉄材と樽を積んでいるのはソフィアネッテ号の重心を上げないためである。

ネルナンで降ろした鉄材と樽の代わりに亜麻と容積当たりの重量が似ているトウモロコシを積み込むことで重心の過度の上昇を防ぐことが出来る。


 亜麻はヘルコ船舶商会があるヘルコ州一帯の特産品で、ヘルコ船舶商会の配下のヘルコ商会が自作地も経営しながら取り扱っている。


 自社の取り扱い品を自社で運んでいるという形である。

 

 その亜麻は全て王都に運ばれるということだが、祐司がバーリフェルト男爵家に伝授した初期の機械式紡糸機であるガラ紡が王都とその周辺では早くも徐々に普及しはじめおり、紡糸を行うのなら繊維を王都に運び込むのが圧倒的に有利である。

(第十一章 冬神スカジナの黄昏 春の女神セルピナ22 リファニア絵馬とプチ産業革命 参照)



挿絵(By みてみん)




 さらに祐司のネルのシャツを修復するためにバーリフェルト男爵家に雇用された織機職人達が産業革命初期に発明された”飛び杼”を独自に生み出したので、織布も”飛び杼”が普及しだした王都で行うのが圧倒的に効率がいい。



挿絵(By みてみん)



挿絵(By みてみん)




 ちなみにリュベルとはリファニア独特の単位で繊維や製糸を測る単位である。一リュベルは重さの単位で、一リュベルは約四百グラムで一重の服一着分の重さと言うことになる。


 すると四十リュベルが二千五百束なので全部で一万ニュベルとなり、ソフィアネッテ号は服一万着分に相当する亜麻を運んでいることになる。


 鉄材は鉱産資源が豊富なヘルコ州の北に位置するイティレック州で生産された銑鉄のことである。中世段階のリファニアでは輸送量に限界があるので鉄鉱石のまま運搬するよりも銑鉄という半製品の状態にした方がより多くの鉄を効率的に運べる。

 

次に塩漬けの魚とはおそらくニシンのことである。


 リファニア西岸沖は暖流である”海の川”が北上しているので、寒流に棲むニシンを得るにはリファニア西方のマルトニア(現バフィン島)沿岸の漁場に行く必要がある。

 単一の魚種としてはニシンはおそらくリファニア最大の漁獲高があり、毎年数万トンは以上はリファニア近海で水揚げされている重要な魚種である。



 ただ冷凍技術は巫術師が造り出す微々たる氷しかないので、ニシンは一部が地消される以外は塩漬けにするか干し魚として内陸部、そして漁場から遠いリファニア南部に運ばれる。


 ニシンは豊漁と不漁の差が大きいが、不漁の年でも食糧資源としては十分な漁獲高がある。

 豊漁の年には乾燥させたニシンが魚粉になり肥料として主にリファニアの農業先進地域である王都を中心にしたリファニアの畿内ホルメニアで使用される。


 ホルメニアはリファニア全体からすれば二パーセントほどの面積しかないが、リファニアの農業生産領の七分の一を占めるのは気候と地味に恵まれていることに加えてこのような手品の種がある。



挿絵(By みてみん)




「この亜麻を載せている棚が移民の寝台になります。ここは前部移民区画です」


 ルドヴィグ航海士見習が山積みになった亜麻の束を載せている棚を指差しながら言った。


「大きな寝台です。手足を伸ばしても有り余る広さですね」


 パーヴォットの言うように上下二段になった棚は六ピス(約1.8メートル)以上、長さも七ピス(約2・1メートル)ほどもある。

 確かにリファニアで最も大きな大男でも手足を伸ばして寝ることが出来るだろうと祐司も思った。


「一人で寝るわけではありません。基本は大人三人分です」


 ルドヴィグ航海士見習は少し苦笑しながら言った。


 寝台は目分量が正しければ3.8平方メートルほどの大きさで畳二畳分である。それに大人三人はリファニア人が現代日本人より小柄だとしても登山テントで寝るような感じになる。


「きつくありませんか」


 質素な暮らしながら生まれてこのかたベッドについては自分一人でしか利用したことのないパーヴォットが胡乱うろんげな感じで言った。


「他人同士ならね。寝台は家族単位です。大人二人すなわち両親と子供一人なら十分な大きさでしょう」


 畳二畳とは見方を変えればキングサイズのベッドの大きさであるから家族なら詰め込まれたという感じではない。


「寝台は全て家族単位です。五人家族なら両親で一つ、子供三人で一つです」


「それなら余裕ですね」


 ルドヴィグ航海士見習の説明にパーヴォットもは今度は納得顔で言った。そしてルドヴィグ航海士見習は詳しい説明を始めた。


「キレナイトといっても広いですから目的地が異なり、気象条件によって差が出ますが十日は移民はここで過ごします。

 ただでさえ移民は不安な気持ちになっていますし、船酔いに苦しむ者も出ます。そのことで些細な事から諍いになることもあります。


 そこで活躍するのが事務長と聖職者です。


 移民には二通りあります。一つは自発的な移民です。これは数が少ないです。大店の息子や番頭だった者が伝手も利用しながらキレナイトで商売をして一旗揚げようとか、キレナイトで広大な農地を経営しようという地主や豪農の次男などが多いです。


 彼等は相応の財産がありますから、自分で船賃を出してジャギール・ユウジ殿が使っている乗客区画に乗りますから、移民と言ってもこの移民区画とは無縁の人々です。


 もう一つの移民がこの移民区画に入る流民です。ただ戦乱でホルメニアに逃れていたばかりの者と何年もリファニアを放浪していた者達では意識に差があります。

 なりたての流民というか避難民は王家が新天地を用意してくれたので、それにかけて見ようという意欲があります。


 何年も流民暮らしをしていた者達はすれてしまって、刑罰としてキレナイトに流されるのだという気持ちになるようです。


 この二つのグループは一緒に出来かねるので二つある移民区画で分けます。ただ何年も流民をしていてもようやく安住の地へ行けると思っている者もいますから、避難民に流民の苦しさを話してキレナイトに渡れることは自分達にとって善いことだと話すように仕向けます。


 ただ仕向けると言っても何かするワケではありません。黙っていても互いに身の上話をしますからね。


 そして流民や避難民は移民船に乗る一か月ほど前から王都の近郊にある移民収容所に入ってキレナイトの事情などを教え込まれます。

 そこへ事務長が出向いて出来るだけ情報を集めるのです。同級の者は誰と誰かとか、収容所で諍いを起こしたり仲が悪かった者達は誰かとかね。


 事務長はそれを勘案して寝台の場所を決めるのです。不満のでないような公平な割り当てが出来たと思えば、これを移民達に示します。

 示した寝台の場所は絶対に互いに交換させたりはしません、また苦情があっても受け付けません。


 一度声の大きな者のいうことを聞き入れれば、移民船は弱肉強食の状態になってしまいますからね。

 昔は色々トラブルがあったと聞きますが、今はどの移民船でも移民間の強弱関係で不愉快な思いを一部の者がしないように気を使っています。


 移民船がトラブルなく到着地まで航海出来るかどうかは事務長の乗船前の手腕に寄るところが大きいのです」


「今回の航海では事務長は乗っていないのですね。事務長という人は移民関係の仕事をする人ですか」

*話末注あり


 パーヴォットが訊く。


「とんでもありません。移民関係の仕事は移民船になった時の追加の仕事です。事務長は出港前に航海に必要な物を準備します。

 船員の賃金の支払い、入港時に波止場の利用代などに使う金銭の管理、航海に必要な各種申請書の作成、荷の配置など出入港時はてんてこ舞いです。


「ではどうして事務長は乗っていないのですか」


「今度の航海が終われば移民船としての仕事があります。事務長はその下準備で別の船で先に王都に向かったのです。

 今度の航海は行き慣れた港と積み慣れた荷ばかりで、荷を引き渡すのもヘルコ船舶商会の支店で商売ではなく荷運びですから面倒な書面のやり取りはありません。


 ですから乗っているのは金銭の管理をする事務輔佐だけです。大概、船尾の事務室か隣接した寝室にいます。

 事務輔佐は食事は一般船員職で食べますからジャギール・ユウジ殿らが見かけるとしたらので甲板で出会った時になります」


 続け様のパーヴォットの質問にルドヴィグ航海士見習はすぐに答えてくれた。 



注:事務長

 ここでいう事務長とは船舶における職種の一つとしての事務長で、イギリスではパーサー(purser)、アメリカ合衆国ではチーフスチュワード(chief steward)と呼ばれます。


 スチュワードは食事の準備と配給、物品の受領、支給、在庫管理、士官居住区の清掃などの業務を遂行する職員のことです。


船舶における事務長の仕事は貨物および乗客の名簿を含むすべての管理業務と補給業務です。

 また船内の金銭課を運営して乗客と乗組員のビザとパスポートの処理し、航海中に港湾書類を準備します。また乗客とのやり取りも担当します。


 旧日本海軍では主計長、海上自衛隊では補給部の長が事務長に相当します。


 リファニア船の事務長も金銭を管理しており補給物資の手配と購入、船員の給与計算と支払いを行っています。


 そしてリファニア商船における事務長の重要な仕事は交易相手との交渉です。これはリファニア船の事務長の起源が船舶のオーナー代理として乗り込んだ者が給与を含む金銭をオーナーから預かって適宜支出し、さらにオーナー代理として交易交渉をした者だったからです。


 リファニアの事務長は特定の船に所属しているのではなく、必要な時に必要な船に乗っています。


 この為にそういった交渉の機会がない航海であれば現在のソフィアネッテ号のように事務長が乗っておらず、船内だけで完結する物資の購入、管理、給与計算を行う事務輔佐だけが乗船しています。


 ただ多くの乗客を乗せる客船、移民船の場合は事務仕事が膨大になるのとそれなりに対応しなければならない乗客の為に複数の事務輔佐を統括する為に事務長が乗り込んでいます。

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