サヴォンリンナ神殿への道行き6 船内探索 二 -料理人達-
この話お後半は凄惨な結末となる愛憎劇が語られ、残酷な表現と人によっては見たくないような挿絵があります。そういった表現が苦手な方は二人目の料理人について書かれた後半部分は避けて下さい。
「厨房長、もう話をしていいかい」
ルドヴィグ航海士見習はパン種をこねていた男に声をかけた。
声をかけられた男は「パン種をこね出すと最後まで手が離せない。お待たせしたな」と言ってようやく祐司とパーヴォットへ体を向けた。
男の言葉自体はぞんざいであるが口調は丁寧だった。
「こちらは乗客としてお乗りになっているジャギール・ユウジ殿とその保護人のパーヴォットさんです・
ジャギール・ユウジ殿は御存知のように天下の武芸者で、パーヴォットさんはジャギール・ユウジ殿の知行地の地頭を務める郷士身分のお嬢様です」
ルドヴィグ航海士見習は祐司とパーヴォットを紹介した。
「いつも美味しいモノをありがとうございます」
パーヴォットはそう言って男に頭を下げた。
「オレはデゼメ・パンタレオというただの料理人だ。料理を出すのが仕事だから礼はいいよ」
パンタレオという男はやはりぞんざいな言い方だが、祐司は実は内気な性格なのではないかと感じた。
するとルドヴィグ航海士見習がパンタレオの説明を始めた。
「デゼメ・パンタレオさんはヘルコ船舶商会の総帥ギスムンドルさんが直接説得してソフィアネッテ号の厨房長になって貰ったのです。
ソフィアネッテ号はヘルコ船舶商会の旗艦ともいうべき船ですから、それに相ふさわしい厨房長に乗船して欲しいとギスムンドルさんは願っていたのです。
そんな折に王都のヘルコ船舶商会の支店から”イギナ亭”で働いていた腕に良い料理人が奉公先を探していると連絡があったのですがギスムンドルさんはなにが何でも説得しろとすぐに返信しました」
「”イギナ亭”というと王都でも有名な料理屋ではありませんか。デゼメ・パンタレオさんはそこの料理人だったのですか。どうりで出てくる食事のどれもが美味しいはずですね」
パーヴォットが心底感心したように言った。
王都には有名な料理屋が幾つもあるが、”イギナ亭”は百数十年の歴史がある老舗として知られている。
「オレは口下手だ。ルドヴィグさん説明してくれ。オレは夜食の準備をする。パンの焼き上がりも見なくてはならない」
パンタレオはそう言って竈の上の鍋を調理台まで運んで来るとシャモジで煮られていた幾つものジャガイモを取り出した。
そしてパンタレオは若い男に「鍋を元に戻しておけ」と言うとジャガイモを木槌で叩いて粉砕しだした。
船舶では水は貴重なのでジャガイモを煮た湯を捨てるのではなく別の料理に使うのだろうかと祐司は思った。
そしてジャガイモを形がなくなるまで粉砕しているのと夜食の用意をしているという話からポテトパンケーキを作っているのだろうと祐司は推測した。
「では、基幹食堂の方へ戻って少し話をしましょう」
ルドヴィグ航海士見習が祐司とパーヴォットを誘った。
祐司とパーヴォットは言われるままにルドヴィグ航海士見習と基幹船員食堂に戻った。
祐司らがベンチに座るとパンタレオの助手らしい若い男が「パンタレオさんがお持ちしろとのことです」とようやく聞き取れる程の声量で言って人数分のハーブティーを持って来た。
「パンタレオさんの助手をされているのですか」
パーヴォットが若い男に問うた。
若い男は再びようよう聞こえるような声で「はい」とだけ言った。
「この男はパンニ・ルジェロと言います。デゼメ・パンタレオの弟子みたいなものです。ギスムンドルさんがデゼメ・パンタレオにソフィアネッテ号の厨房長になって欲しいと頼んだ時に自分の弟子も一緒という条件をつけたのです。デゼメ・パンタレオも助手も少しかわっているでしょう」
ルジェロという男が厨房に戻ったのを見届けてからルドヴィグ航海士見習が言った。
「腕に憶えがあるような料理人はままそういった人がいるという感じがありますが」
祐司はそう言いながら旅で出会った二人の料理人のことを思い出した。
一人は一昨年シスネロスから王都への旅の途中で出会った、”精霊亭”という料理屋を営むドレアである。
(第七章 ベムリーナ山地、残照の中の道行き ベムリーナ山地の秋霖8 再びグラニダニ山の怪、あるいは解説 参照)
(第七章 ベムリーナ山地、残照の中の道行き ベムリーナ山地の秋霖17 三組の夫婦 下 参照)
ドレアは王都で料理人として修行したあとで、故郷のベムリーナ・サルナ州のキンデワイア子爵領に帰りキンデワイア士爵家に料理人として召し抱えられた。
ところがドレアの腕はリファニア有数であったが、当日自分の気に入らない料理は領主が要望しても絶対に作らなかった。
これは中世世界リファニアの概念からすれば一介の料理人が貴族家当主の命を聞かないなど考えられないことである。
当主の命令を聞けない者を召し抱えておくことは貴族の沽券に関わるのでドレアは放逐されるように追い出された。
ところがドレアの料理の味を諦めきれない当主はドレアに”精霊亭”という店を持たせて狩猟のおりなどに出掛けてはドレアの料理を堪能した。外部の店で”おまかせ料理”を頼むことは貴族の沽券に関わらないからである。
当主はこの”精霊亭”に近隣の貴族家の者達や、自家の高位家臣、付き合いのある御用商人などを招待するが、領民が好き勝手に通わないように”精霊亭”に辿り着く道を迷路としている。
その迷路も日々ドレアが道を付け替えているので、事前にドレアから行き方を聞いておかないと”精霊亭”には辿り着けない。
そのような面倒なことをしなくとも領民に対して”精霊亭”を領主専用の店としておけばいいのだが、ドレアが店なのだから料理の対価を出す者は迎え入れると言い張ったので半ば呆れた当主も面白がって迷路を突破した者は客として扱ってもいいと許可したのだ。
ただ運良く”精霊亭”に辿り着いてもドレアの料理はかなり高価で庶民が気楽に食べられるようなモノではない。
現代日本の感覚にするとドレアの一番安価な一品料理でも数万円はする。
ドレアも自分が自信を持って作れる料理は一日に十人前までとしているが、料理の単価が高価であることとによって当主を通じた予約客だけで”精霊亭”はバランスが取れた商売が出来ていた。
さらに”精霊亭”の近くには当主がドレアに与えた山荘があるが、ここは当主一家だけが利用出来る料理屋である。
ドレアは貴族家当主にも楯突くという男だが、家族構成もかわっている。
ドレアは四十代半ばほどだが妻は六十を超えている。この妻は実は父親の後妻であり、父親が死んでからドレアが口説き落として結婚したのだ。
もう一人の料理人はドレアに出会ってから四日後にベムリーナ・サルナ州の王領ザザムリバで出会ったブラウリオである。
ブラウリオはザザムリバでドレアの店と同名のそこそこ繁盛している”精霊亭”という宿泊施設付きの居酒屋を営んでいたが、ブラウリオは数年前まではザザムリバの王家が経営する銀鉱山に送られた囚人だった。
ブラウリオの起こした事件は当時王都でもかなり話題になった凄惨な事件である。その事件とはが我が子の殺害と妻および弟子への傷害によるものだった。
(第七章 ベムリーナ山地、残照の中の道行き ベムリーナ山地の秋霖18 ”精霊亭”の亭主とお内儀の罪と罰 参照)
(第七章 ベムリーナ山地、残照の中の道行き ベムリーナ山地の秋霖23 懐かしき囚人食と藪の中身 参照)
ブラウリオは王都で代々続いた料理屋の次男だった。親の店は長男が継いだが料理の腕はブラウリオの方が上だったので、親が金を出して店を一軒任せてくれた。
そしてブラウリオは王都で修行していた店の看板娘と恋仲になって自分の店をはじめた。ところが内弟子にしていた間男がお内儀と恋仲になった
これはお内儀が出産した時を挟んで一年以上は露見しなかったが、ある日、ブラウリオは妻が厨房で四つん這いになりながら弟子と情交しているのを目撃してしまった。
こともあろうかお内儀は行為のさなかに喘ぎながら「また、あなたの子を産みたい」と言った。
そこで呆然とみていたブラウリオは激高して、赤ん坊がいる部屋に行くとようやく一つになっていた男の子の、首を肉切り包丁で叩き落とした。
そして泣きながら子豚を捌くように、肉を骨から剥がすと部位ごとに切り分けて内蔵もきれいに出した。
覚悟を決めたブラウリオは何食わぬ顔をして弟子を呼びつけた。そして腕を確かめると言った。
赤ん坊の肉を骨からすべて引き離して、更に切り分けて子豚の肉と偽って弟子に料理させ。
そして料理が出来上がると、お内儀を呼んで弟子の料理を試食しろと言いつけた。ブラウリオは、お内儀がいくらか食べたのを確認すると、二人の目の前に、子供の頭を置いた。
阿鼻叫喚になる二人をブラウリオは床に叩き伏せて蹴ったり踏みつけた。大きな肉切り包丁でお内儀の、左の薬指と小指の先、それから右足の指を全部切り落とした。
そして肉を焼く櫛でお内儀の左目を抉りだした。そうしてから何度も鉄の櫛をお内儀の顔に叩きつけた。
さらに苦痛にうずくまっているお内儀の髪の毛を持って、裂傷で血まみれになったその顔を弟子に見せつけた。
このような姿になった女でも好きかと、ブラウリオは弟子を怒鳴りつけた。すっかり怖じ気づいた弟子は頭を地面にこすりつけて謝った。
すると、ブラウリオは益々怒り狂って、オレを殺してでもお内儀を奪う気がないような奴に跡目は継がせないと言って弟子の右手首を切り落とした。
それからブラウリオは自首した。
何の罪もない赤ん坊を殺害して、それを母親似食べさせるという大罪であるが、裁判では激高のあまりに錯乱状態であったという判断されてザザムリバ銀鉱山で五年の懲役となった。
判事は王家への罪科報告に赤ん坊を殺してそれを料理した上で母親に食べさせるなどと言うことは人として行える行為ではなく悪霊に取り憑かれた狂人の所業で罪に問えないと記述している。
妻と間男に肉体的な欠損をもたらした暴力を行ったブラウリオはかなりやり過ぎではあるが、リファニアでは夫が不義をした妻と間男を半殺し程度であれば暴行しても罪に問われずよくやったと世間から賞賛されるという背景もある。
さらに奇っ怪なのはこの後である。
間男とお内儀は小さな料理店をはじめた。もちろん、そんな店だと知られているから閑古鳥が鳴くような状態だった。それでもなんとか暮らしていくくらいの収入はあった。
ところがある日、間男は酒に酔った勢いで、自分がブラウリオにやられたように肉を焼く大串でお内儀の顔に傷をつけた。
お内儀は、このような仕打ちを受けるのは、亭主を裏切った自分への当然の罰だと言ってさらに、血まみれになった顔を間男に差しだした。そして、許されはしないが、自分が愛しているのはブラウリオであるので殺してくれと言ったという。
この言葉で間男は愛憎が逆転した。そして包丁でお内儀の右目を突いた。そして、殺しはせずに、自分の痛みを味あわせようとお内儀の右足の指の骨を砕いてから手斧で切断した。あまりの苦痛に逃げようとするお内儀の左手の指も切断した。
たまたまお内儀を訪ねてきたお内儀の兄が妹の悲鳴を聞いて駆け込んできて間男と取っ組み合いになった。そうこうしているうちに、近所の者が市中警護の者を呼んできた間男はお縄になった。
裁判では間男はお内儀なんぞに熱を上げなければ、数年でまっとうな自分の店を出せた。もしくは大きな料理屋で厚遇されたはずだと思い込むようになり、間男はお内儀が疎ましくなったと証言している。
ただこの事件を調べた王家の通達士カレルヴォとその友人ヘルマンニは状況証拠から次のように推測していた。
お内儀を傷つけた犯人はお内儀の兄で、その兄をお内儀が庇っているおり、間男もブラウリオにした裏切り行為を自ら罰するために罪をかぶったというのである。
お内儀の実家は料理屋でかなり身分の高い人間が客層だった。その店の娘が間男をつくりその店で働いていた男によって赤ん坊の死体を食べさされた。それも我が子の死体である。王都で知らない者がいないほどの事件である。
当然、客足は落ちる。そこで値段の安い料理を取り入れて幅広く商売をしようとしたが、これは悪手でまだ店を贔屓していてくれた常連客に見限られた。そして常連客がいなくなっても新規の客は増えないという状態になった。
当時その店を取り仕切っていたのはお内儀の兄である。
このお内儀の兄は、お内儀の異母兄弟である。父親と出入りしていた魚屋の娘との間にできたのがお内儀である。
お内儀の兄の母親は怒って父親と離縁した。それでお内儀の母親が後妻に入ったことで兄は妹であるお内儀には当然いい感情はなかった。
お内儀の兄は成人していたが義理の母親と妹の顔を見るのは面白くはない。ほとんど家に寄りつかず別の店で修行していた。
しかしお内儀の母親も亡くなったこともあって父親と和解して自分の店にもどって後を継いでいた。
半ばなさぬ仲の異母妹も嫁入りしていなくなってこれからという時に妹がとんでもない事件を巻き起こした。
お内儀の兄は取調の時にはお内儀のことを男を寝取るのは母親の血筋だとか、淫乱からは淫乱が生まれるのだと罵っていた。
事件の日はあまりに客足が悪く、早めに店をたたんでやけ酒を飲んでいた。そして恐らく酒を飲んだ勢いで、お内儀の店に腹いせの一言でも言ってやろうと乗り込んだ。
これはお内儀の兄の証言と兄の店の者からも裏付けられている話である。
お内儀の兄が間男の店に来た時はお内儀が一人だった。これは間男が外出先から戻る前にお内儀の兄が店に入ったという複数の証言があり確かである。
お内儀の兄はお内儀を罵って間男と別れるように言った。それに対してお内儀が言ったのは、本当はブラウリオのことを今も愛しているが、今更許しを乞うこともできない。
また間男の行く末を奪ってしまった。せめてその責任を果たすためにも、また亭主が納得してくれるかどうかはわからないが間男と添い遂げることが贖罪だと言った。
無論お内儀の兄はそんなことでは納得しない。間男と別れて亭主の刑が少しでも軽くなるように毎日、神殿に人目につくようにして参拝しろと言うばかりだった。
そこで次第に追い詰められたお内儀は実家に迷惑をかけた責任を取ると言うと手斧で自分の右手薬指と小指を切り落とした。
お内儀が自分で指を切ったことで、お内儀の兄は却って逆上した。
お内儀の兄は同じ傷を負った間男への愛情の印だと思い込んのだ。間男と同じ欠損を受容する行為だとさらにお内儀をなじった。
そして手斧を奪い取るとお内儀に襲いかかった。さすがにお内儀はそれを避けたが、手斧はお内儀の右足の親指と人差し指を叩きつぶした。
そして、お内儀の兄はどうせなら間男と同じ場所に見える傷を与えるといって、大串でお内儀の顔を打ちのめした。
これによってお内儀の左目から右頬にかけて深い傷が出来た。さらに殺意があったのか顔を突いてお内儀の右目を潰した。
その時に間男が帰ってきた。
実際に間男が帰ってくる前に諍いの声がしていたという証言を、何人もの近所の者が証言をしてる。
間男はお内儀の兄と取っ組み合いになった。大きな音がするのでここで近所の者達が見に来たり府内警護隊を呼びに行った。
お内儀の兄は格闘の末に柱で頭を打って気を失った。間男はお内儀の様子、切断されて指を見て手当をしながら何があったかをお内儀に聞いた。
お内儀は苦痛に喘ぎながらも、姦淫の罰は間男と同じように受けなければならない。そのためにこれは自らが望んだ状態だと言った。それからブラウリオに対する謝罪の言葉を口に出した。
この時に間男はどんな心境の変化があったのかわからないがブラウリオにお内儀を返そうと決心したようだ。
そして府内警備隊が現場に踏み込んだ時には、間男がお内儀の顔に大串を叩きつけていた。
だがそれは本気ではなく府内警備隊を欺く行為でほとんど力の無い打撃であり傷は浅かった。
そして間男は捕まってからは全部自分がしたことだと言い張った。今の境遇に落ちたのは、お内儀のせいだ。いつまでもブラウリオのことばかり言う、お内儀が憎かったとも供述した。
取調が始まって落ち着いてからお内儀の兄が言うのは酔っていて気がついたら義弟と取っ組み合いをして気を失ったということだけだった。
それに反して間男は自分がお内儀を大串で叩きのめしている時に、義兄がやってきてその行為を止めようとしたので取っ組み合いになったと証言した。
この間男の自分に不利な証言が真相とされて間男がお内儀への傷害犯として起訴されて結局ブラウリオと同様にザザムリバ銀鉱山に送られた。
お内儀は取りあえず傷が癒えると一切合切の財産を金にかえたうえで、弱みを握られている兄にもかなりの金を用意してもらいすぐさまザザムリバに向かった。
ブラウリオは半年ほど前に刑期を終えてザザムリバの代官所で調理人をしており、そこにお内儀がやってきた。
すると二人はすぐさましばらく会わなかった夫婦のように抱き合った。
数年会っていなかった二人は何事もかったかのように、お内儀の持って来た金で今の”精霊亭”を始めた。そして入れかわるように間男が鉱山に送られてきた。
現在、ブラウリオとお内儀は二人の子までなして仲睦まじく店を切り回している。
そしてブラウリオは金に糸目をつけずに巫術師にお内儀の顔の傷の修復を依頼しており、祐司とパーヴォットがお内儀を見た時にはお内儀は右目だけを開けた眼帯をしていた。
ただ帯があっても、お内儀の顔に右上から左下にかけて三本の線上の傷跡が見てとれた。そして左上から右下もかけても薄いながらも顔を切り裂いたような一条の傷があった。
ただ一部はほとんど目立たなくなっているのでかなり治癒した古傷という感じだった。
また間男は間男で銀鉱山で機嫌良く役人や囚人の食事を作る仕事をしており、時にブラウリオは間男に食材や調理に関する書き物を送っている。
ブラウリオはお内儀を愛しており、お内儀もブラウリオを愛している。間男もお内儀を愛しているが、その愛のためにお内儀をブラウリオに帰すという選択をしたことにより、赤ん坊が死に一生モノの傷や鉱山での重労働という対価の果てに三人の関係は昇華されたといえる。




