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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第二十二章 シャクナゲ舞う南部紀行
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サヴォンリンナ神殿への道行き5  船内探索 一 -ルドヴィグ航海士見習-

 カラシャを出港して二日後の八刻半(午後七時)にソフィアネッテ号は王都の沖合にさしかかった。そこで祐司とパーヴォットは夕食後に甲板に出てみた。


 祐司とパーヴォットは数回乗客として外洋船に乗船したが、食事内容はソフィアネッテ号が質量とも一等飛び抜けていた。

 昨年マルトニア(現バフィン島)に渡航した時は、バーリフェルト男爵家の跡取りブアッバ・エレ・ネルグレットとその随員と一緒であったが乗ったのは王立水軍の輸送艦フェアズで食事内容は王立水軍の士官相当のモノだった。


 リファニアは質素を旨とする尚武の気質に溢れる土地であるので、士官向けの食事も実質第一という感じだった。

 そしてブアッバ・エレ・ネルグレットもそれを当然としており、何の文句も口にしなかった。


 他船の乗客向けの食事は王都の定食屋並という感じだった。


 ソフィアネッテ号の食事は一品は手の込んだ料理が出て、また味も王都でそこそこ値の張る料理屋並の味だった。


 夕食のメニューは鮭のスープ、家鴨のロースト、ニシンのマリネであったが、のローストは下ごしらえに工夫があるのかその味につられてライ麦パンを幾つもおかわりをしたくなるほどの美味だった。



挿絵(By みてみん)




 その為に祐司とパーヴォットは少々食べ過ぎたという感じで甲板で腹ごなしをするつもりだった。



 王都とカラシャとの間は直線距離で約二百五十リーグ(約480キロ)ほどあり、ソフィアネッテ号は多少出入りのある陸地を迂回する航路をとって恐らく三百リーグ(約540キロ)ほど航行したはずである。


 ソフィアネッテ号は平均して六ノット半(約12キロ)ほどの速度で航海して来たことになる。


 これは19世紀頃の帆船が比較的順風に恵まれて航行した時の速度に匹敵する。ソフィアネッテ号はほぼ南に向かって航行しており、風は夏季のリファニアで卓越風となる南西の風であり斜め向かい方向からの風になる。


 祐司の世界の帆船なら進行方向をこまめに変更して横風になるようにしなければならないので実際の航行距離は長くなる。


 しかしソフィアネッテ号には”変風術”を操る巫術師が乗船しているので、斜め前からの風を容易に横風にすることでほぼ最短距離を航行していた。



挿絵(By みてみん)




 高緯度のリファニアでは比較的南部に位置する王都付近でも七月初旬という時期は太陽が姿を地平線の下に隠すのは一刻(二時間)ほどであり、その間も明るい薄明が続く。

 その為に八刻半(午後七時)という時間は真昼とかわらないが、太陽の高度は低いので光が優しいように祐司には感じられた。


「さすがに陸地の陰になって王都は見えませんね」


 パーヴォットが少し残念そうに言った。


 王都はイギナ湾という幅が広く河川からの土砂の流入で浅くなったフィヨルド内にある。


 イギナ湾の湾口には王都を守護するかのようなソルト島、ロフ島、七姉妹という島々があり、また湾口の両岸は多少断崖になっているのでイギナ湾の沖合からは王都は見えない。



挿絵(By みてみん)




「また王都で暮らしてみたいか」


 祐司が訊いた。


「素敵な所だと思います。でもそれはお金があったからだと思います。それはそれでわかり易い所です。

 王族の方々の他に王都貴族に属する方が千の単位で住んでいらっしゃいます。その人達と結びつきがあるかないかでも扱いが天と地ほどあると思います。


 わたし達はバーリフェルト男爵家とケルマン男爵家の庇護を受けていたので、誹られることもなく暮らし易かったことの代償にその付き合いでは振り回されたと思います」


 パーヴォットは胸中に種々の思い出が渦巻いているような口調だった。


「そうだな。住めば煩雑な人付き合いもしなければならない。時に宿屋に逗留して物見遊山すののがいいのかもな」


 王都にいる間はバーリフェルト男爵家にさんざん利用されてきた祐司ではあるが、どこか憎めないバーリフェルト男爵家の家風に親しみがあり内心ではまたバーリフェルト男爵家と繋がりたいという考えを隠しながら言った。


「そうですね。王都には半年以上いましたが、まだまだ行けていない神殿や名所がたくさんあります」


 祐司は神殿を先にあげたパーヴォットはやはり信心深い中世リファニアの少女だと感じた。



「お気分はどうですか。船酔いなどありませんか」


 横合いから声がした。いつの間にか祐司とパーヴォットの横に航海士見習のシュセ・ルドヴィグが立っていた。

*話末注あり

  

「風に吹かれて気分がいいです。わたし達は船酔いにならない体質のようです。海や川だけではなく陸も進める船があればいいと思います」


 パーヴォットが愛想良い口調でルドヴィグ航海士見習に言った。


 パーヴォットは内陸育ちなので祐司と旅を始めるまでは一度も船に乗ったことはなく、当初はかたくなに船に乗ることを拒否していたが、次第に慣れて「船ほど安全な乗り物はありません」とまで断言するほどになった。


 その経過を逐一知っている祐司は内心パーヴォットの言葉に苦笑した。


「今、わたしは非番になったところなんです。どうですか。船倉を見学しませんか」


 ルドヴィグ航海士見習が少し声のトーンを上げたような感じで言った。


 祐司ルドヴィグ航海士見習の発する巫術のエネルギーの光が緊張でざわめいていることを見て取ったが、ルドヴィグ航海士見習の様子を見ているだけでも、かなり緊張してパーヴォットに声をかけたことが丸わかりだった。


 どうもルドヴィグ航海士見習は少しばかりでも可愛いパーヴォットの近くにいて話をしてみたいようだった。


 旅を始めた頃は身の安全を多少でも向上させる為にパーヴォットは少年従者といことにして髪の毛も肩までで切りそろえていた。


 しかしパーヴォットの成長に従って少年と偽ることとが段々無理筋な話になってきた。その上に聖都マルタンの神学校に通っている時から少しばかり髪の毛を伸ばして益々女性であることを隠すのが難しくなった。


 そこでマルタンを出立してからは旅をしている時には動きやすさを重視することもあって従者姿を継続しているが、祐司とパーヴォットも少女が男装しているというという体裁だと開き直っていた。


 そして一箇所に留まったり、船に乗っている時はパーヴォットはドレス姿である。


 ルドヴィグ航海士見習は二十代半ばほどなのでパーヴォットのことが気になってしかたないのだろうと祐司は思った。


「それはいいですね。何度かこのような大きな船には乗りましたが船倉までは見ていません。

 それから出来るなら厩舎を見ることは出来ますか。わたしたちの馬やラバが元気にしているのか知りたいのです」


 パーヴォットはルドヴィグ航海士見習の想いを理解していないようなお気楽な口調で言った。


 パーヴォットは自分の容姿に関して極めて自己評価が低いので、男性が自分の姿に興味を持つなどと言う発想がなく自分のことを男性がどう見ているかなどということにはまったく気が回らない。


それが余計にパーヴォットをして謙虚な少女という姿を知らずして周囲に演出しているのだが、祐司にしてみれば多少は男性の目を引いていることを自覚して用心して欲しいところである。



「では、船の構造から説明します。今、我々が立っている場所を上甲板といい船の一番上の甲板になります。

 ただし船尾には上甲板より高い位置に船尾楼甲板があります。今日は船尾楼から船内に入りましょう」


 ルドヴィグ航海士見習はそう言って祐司とパーヴォットを船尾に誘った。


 船尾楼の指揮所には デルデキクト船長と舵手を含む二人の船員だけがいた。


「あれ巫術師がいませんね」


 パーヴォットが不思議そうに言った。


「今は西風でほぼ横向きに風を受けています。巫術師に”変風術”を使用してもらわなくとも目的の方向に容易に直進できます。

 乗り込んでいる巫術師は二人ですから、”変風術”をしようしなくていい時は休息時間となります。


 季節と目的地によっては順風ばかりで出港してから到着するまで巫術師はほとんど出番がないということもあります」


 ルドヴィグ航海士見習はそう説明するとデルデキクト船長に「ジャギール・ユウジ殿達に船内の案内をします。ついでに船倉の様子も確認してきます」と声をかけた。


 デルデキクト船長は「よろしく頼む」とだけ言って、主檣に掲げられた風見用の細長い傍を見上げた。


 祐司とパーヴォットはルドヴィグ航海士見習に船尾楼に設けられた分厚い扉から船内に入った。


「ここは船尾楼の真下で予備の帆やロープが収納されています。荒天時に帆走用の器具が損傷したり補修するのに利用します」


 ルドヴィグ航海士見習は帆やロープ、そして板などが整頓された状態で置かれいる倉庫のようになった船尾楼直下の空間について説明した。


「一番奥の空間は海図室です。リファニア近海の海図と各種の測定器具が保管されています」


 ルドヴィグ航海士見習は倉庫の奥に見える扉を指差して言った。


「それでは第二甲板に降りましょう」


 ルドヴィグ航海士見習は他の第二甲板に降りる階段と比べて急傾斜の階段を先に降りながら言った。


 祐司とパーヴォットは海図室も見学したかったが、船舶の重要区画であろうからとルドヴィグ航海士見習に海図室の見学を乞うことはなかった。


「ここは基幹船員の区画です。ジャギール・ユウジ殿の乗船区画はその扉の先になります」


 ルドヴィグ航海士見習が船首方向にある扉を指差して言った。


 幹部船員区画は中廊下の両側に船室が並んでおり、乗船区画と同じ造りだが扉と扉の間がやや狭く部屋もそれなりに狭いのだろうと思えたが食堂での会話から全員が個室を持っているらしいのでおそらく四畳ほどの広さがあり、中世世界の船舶としては快適な居住環境を与えていると思われた。


「一番船尾にには船長室があります。そこは二室になっており一室は応接室あるいは打ち合わせ室に使っています」


 ルドヴィグ航海士見習は廊下の突き当たりにある船尾の扉を示して言った。



「結構な数の部屋があると思いますが使っていない部屋もあるのですか」


 パーヴォットが廊下の左右に合わせて十の扉があるのに気が付いて訊いた。現在、ソフィアネッテ号には基幹船員は六人乗っており、船長室が船尾にあるとすれば五室は空き部屋になる。


「はい、現在は五室は空き部屋ですが、キレナイト航路になると医師、事務長チーフパーサー、巫術師が増員されます。それでも出来る空き部屋は万が一の病室や貴重品の保管室になります」


 ルドヴィグ航海士見習はすぐに説明してくれた。


「事務長ってどんな仕事をするのですか」


 パーヴォットが訊く。


「キレナイト航路では移民を乗せます。その為に書類を点検して乗船名簿を作成します。到着時には担当役人に点検して貰います。

 移民は二百人ほども乗せますので、その為の食糧の購入や寝具の手入れと補充、水使用管理と専門の人間でないと手に負えない仕事をします。


 事務長は移民にとっては船旅を快適に過ごせるかどうかの重要な要素になります。移民船の評判がいいと王家から再度移民船の鑑札が出やすくなりますから、ヘルコ船舶商会では移民に優しく接して気の回る事務長を揃えています」


「移民船は儲かるのですか」


 パーヴォットがダイレクトなことを訊いた。


「自分から移民を希望する者でも往路分だけですが王家から一人銀貨六枚と銅貨二十枚が支給されます。

 乗客としての乗船相場は移民区画で銀貨十四枚程度なので低額で乗船できます。そこでもう少し奮発して乗船区画の船室を一家で借りてもう少し快適にキレナイトに向かう者もいます。


 流民で建前はキレナイトへ強制的に送られる者は王家とキレナイト総督府が折半で、銀貨九枚の乗船費が移民船に直接支払われます。

 到着して年季奉公先が決まれば年季奉公先から手間賃として一人当たり銀貨五枚が移民船の所属する船問屋に出ます。


 ですから二百人の移民を乗せればおおよそ金貨で二百数十枚以上は船賃として入ってきます。そこから食費などを引いても金貨で二百枚弱の収入になります」


 ルドヴィグ航海士見習はパーヴォットの質問に丁寧に答えてくれた。


 現代日本の貨幣価値とリファニアの貨幣価値は生産力が根底から異なるので当てはめにくいが金貨二百枚は物価換算で四千万円ほどと思えばいい。

これに船倉に詰め込んだ荷の運送費が上乗せされるので、王領キレナイトとの交易は旨味のある商売だと祐司も理解出来た。



「第二甲板では厨房を見学してみましょう」


 ルドヴィグ航海士見習はそう言って、祐司とパーヴォットが寝泊まりしている乗客区画への扉を開けた。

 そしてルドヴィグ航海士見習は祐司とパーヴォットを引き連れて乗船区画から船首方向にある基幹船員食堂へ向かった。


 すでに祐司とパーヴォットを含めて基幹船員は全員が夕食を終えていたので、基幹船員食堂は無人だった。


 基幹船員食堂をつききると厨房への扉があるが、祐司とパーヴォットはこの扉から向こうに行ったことがない。

 ルドヴィグ航海士見習は扉を開けると中にいる人物に数言声をかけると、祐司とパーヴォットに「どうぞ中にお入り下さい」と言って厨房に入った。


 祐司とパーヴォットが乗船している船の厨房に入るのは初めてだったので、二人とも興味津々だった。


 基幹船員食堂はソフィアネッテ号の左舷にあり、基幹船員食堂の右舷側は食糧倉庫だという話だったが、厨房も左舷側にあり右舷への扉が開いており、そこから穀物袋や食料品がは入っているような感じの木箱や樽が見えたので厨房の右舷側も食糧倉庫であり、厨房からしか食糧倉庫への出入りはできないようになっているようだった。


 リファニア船では厨房長の権限は大きく食材の買い込みから保管を任されているので厨房長が食糧倉庫を管理しているということが目に見える形になっていると祐司は感じた。



挿絵(By みてみん)




 厨房は八畳ほどの広さで床は煉瓦が敷き詰められており、縦方向の船体軸のある場所、吃水から想像されるソフィアネッテ号の重心位置、すなわち船の中心近くに鋳鉄製の三口の竈が置かれていた。

 

 竈の横は棚のようになった作業台でその作業台で祐司とパーヴォットに背を向けてエプロンをかけた男がパン種をこねていた。

 そしてまだ十代とも思えるような若い男が作業台のような造りの無骨な感じの机の上に置いた水の入った木桶で食器を洗っていた。


 若い男は祐司とパーヴォットが厨房に入ると会釈をして愛想笑いをしたがパン種をこねている男は黙々とその作業を続けて一分ほどでその作業が終わると、食器を洗っている若い男に「しばらく寝かしてから天火に入れろ。焼き上がりまでは任せるからしっかり見ていろよ」と言った。


「厨房長、もう話していいかい」


 ルドヴィグ航海士見習はパン種をこねていた男に声をかけた。



挿絵(By みてみん)




注:リファニア商船の基幹船員

 リファニアの外洋を航海する商船には船長、一等航海士、二等航海士、航海士見習という軍船では士官に相当する役職者が乗船ます。

 これに准士官ともいえる掌帆長と巫術師、多数の乗客や移民を乗せた場合に必要になる事務長を加えた者が基幹船員です。


 船長を目指す者は航海士見習の前段階である航海士付きないし掌帆長付きという肩書きの船員になり一般船員と同様に仕事をして一通りの操船技術を学んでいきます。

 

 そうして適性があり経験を積んだと見なされると、航海士助手となり直接航海士から航海に必要な器具の操作方法を学びます。

 そしてそれらの器具を使いこなして通常の操船指揮が出来ると判断されると航海士見習になります。


 名称は見習ですが現代日本では航海士見習は三等航海士に相当します。


 十代後半で航海士付きないし掌帆長付になって基幹船員を目指した場合に、早い者で五年ほど通常は七年前後で航海士見習になります。

 これ以上年数がかかるのは航海技術云々より性格上の問題などから指揮に関して適性がない場合がほとんどで航海士助手として船員生活を送る者もいます。


 もう一つ航海士見習になるには掌帆長が航海士を目指す場合があります。


 掌帆長は首席船員という立場で経験豊富の上に指導力もある者しか任命されません。そして給与は航海士見習より多いことと、陰の船長というような立場なので実際は掌帆長から航海士助手を目指す者は多くはありませんが、掌帆長出身の船長や航海士は叩き上げと見なされて一目置かれます。


 さて船長から二等航海士まではそれなりの経験者なのですが、航海士見習は任命されてたての者と経験を積んだ者の間では技量に大きな差があります。

 ただ一通りのことを任せて大丈夫だと判断されると、航海士見習は一番大変な時期になります。


 リファニア船では指揮所にかならず船長から航海士見習の四人のうち一人が当直としています。

 荒天などで操船に注意が必要な時以外は航海士見習が一日の三分に一(八時間)、後の三人が一日の九分の二(五時間強)を担当します。



挿絵(By みてみん)

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