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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第五章 ドノバの太陽、中央盆地の暮れない夏
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黒い嵐14 バナジューニの野の戦い 四

挿絵(By みてみん)



挿絵(By みてみん)




 突然の非選挙権直轄軍の攻撃に、シスネロス予備市民軍左翼は崩れだしていた。特に、左翼中央部は、大きく食い破られて、シスネロス予備市民軍左翼は、かなり深い角度を持って三日月の形になっていた。


 だが、非選挙権直轄軍の攻撃は、追撃態勢になるに従って次第に塊から小さな塊に分裂していった。まだ、踏みとどっまていたシスネロス予備市民軍がその小さな塊を押し戻し始めた。また、右翼から、その後衛が急行して、薄いながらも新しい戦列をひいて非選挙権地域直轄地軍の突破を阻止した。


 これができたのは、シスネロス予備市民軍ネフェルト司令以下の中枢部にとっては、非選挙直轄地軍の攻撃が、まったくの奇襲ではなかったことが大きい。非選挙直轄地軍の攻撃に動揺することなく的確な命令を次々に出せたからである。


 非選挙権直轄地軍は唯一の勝機を掴み損ねた。


 逃亡し始めた兵にシスネロス予備市民軍の指揮官達は剣をかざして立ちふさがった。そして、その背後には急遽、右翼から移動してきた兵士達が一列であるが戦列をひいて槍を前にかざしていた。


「てめえら、どん百姓相手に逃げて、シスネロスにおめおめ帰れると思うな」「てめえの女房や手塩にかけた娘を彼奴にくれてやるのか」


 シスネロスの住民が潜在的に持っている直轄領住民に対する優越感、そして差別意識は暗い情念となって逃亡を始めた兵士の行き足を止めて、シスネロス予備市民軍左翼の兵士達は体勢を立て直して反撃に転じた。


 この時、最大の混乱を生じていたのは、モンデラーネ公側のリヴォン・ノセ州の領主軍だった。モンデラール公は領主軍の戦意の低いことは承知していたので、シスネロス側の予備軍に接近することで、牽制してその場から動くことを難しくすることを期待していた。


 ところが非選挙権直轄地軍から、味方として寝返ったから、至急参戦して欲しいという使いがやってきた。


 領主軍には、リヴォン・ノセ州で最高位の爵位をもつ高齢のゲルベルト伯爵が名目的に指揮官となっていたが、実質的な指揮官はモンデラーネ公から軍監として派遣されたマーヌ・ノシュト男爵だった。


 ノシュト男爵は、モンデラーネ公から「敵が動くまでは動くな。敵が動けば味方を二分にして、前衛で敵を誘い出せ。後衛に残した軍の半分で左右から攻めろ」といった内容の命を受けていた。


 そのため、寝返ったというシスネロス直轄軍左翼がシスネロス予備市民軍左翼と交戦に入った状況を見てひどく混乱した。


 モンデラーネ公から攻勢を取る指令は出されていなかったからだ。


 ノシュト男爵はモンデラーネ公が内応工作しているという情報は得ていた。もし内応によってシスネロス直轄地軍が交戦しているとすれば、それを見捨てるような行為をとれば今後モンデラーネ公の調略に応じる者はいなくなるだろう。


 ノシュト男爵は迷いに迷った末に、軍監としての責務を一時棚上げにして護衛のために率いていた配下の兵士五百人ばかりで威力偵察のような行動を取ることにした。

 ノシュト男爵はリヴォン・ノセ州の領主軍に現状で待機せよと命じてから、馬車で交戦が行われている場所に接近する。


 その時には、シスネロス予備市民軍が体勢を立て直して、直轄地軍を押し戻しはじめていた。シスネロス予備市民軍はノシュト男爵の馬車に掲げられたモンデラーネ公の旗印を見て直轄地軍を操っているのがモンデラーネ公と確信するととともに、許せぬ裏切りに直轄地軍への増悪をつのらせた。


 本来なら貴族であるノシュト男爵は自家の旗印を掲げるのだが、軍監としての威厳を示すためにモンデラーネ公から貸し出された旗印を掲げていたのがあだになった。


 反対に非選挙地域直轄地軍はモンデラール公直卒の部隊が加勢にきたと確信して意気を上げた。


 ノシュト男爵が掲げるモンデラーネ公の旗印に押し寄せるシスネロス市民予備軍。それを守ろうとする非選挙地域直轄地軍が乱戦状態になり、ノシュト男爵と彼の部下は進退がつかなくなった。


 この時点であわてたのが、リヴォン・ノセ州の領主たちだった。モンデラーネ公の軍監であるノシュト男爵が窮地に陥っているのを見過ごすことは後でどのような叱責をモンデラーネ公から受けるかわからないからだ。


 しかし、ノシュト男爵からは現状を維持せよという命を受けている。軍勢はただ目前の推移を見ていた。

 この時、血気にはやった若いパルミナ子爵が自分の兵を率いてノシュト男爵を救出すために先駆けを行った。


 それを切っ掛けに形式的な指揮官であるゲルベルト伯爵の制止を振り切って、五月雨式に領主軍ごとに塊となって戦闘に参加し始めた。

 ようやく、ゲルベルト伯爵の命で無秩序な参戦が収まった時には、前衛に出ていた領主軍の大半が戦闘に巻き込まれていた。


 リヴォン・ノセ州領主軍は、戦列など無視して部隊ごとに目の前の敵とおぼしき集団に突っ込んでいくという喧嘩のような戦闘をあちらこちらで繰り広げた。


 リヴォン・ノセ州領主軍の参戦は混乱に輪をかけた。

 

 シスネロス予備市民軍も直轄地軍もシスネロス市章をかたどった四角い布を目印として鎧や盾に張っていたからだ。シスネロス予備市民軍と直轄地軍であれば、ささいな意匠の違いや武装の状態で互いの見分けはついたが、リヴォン・ノセ領主軍の兵士にはその見分けはつかなかった。


 乱れた戦列で直轄軍と戦うシスネロス予備市民軍、塊となってノシュト男爵の掲げるモンデラーネ公の旗印を目指すシスネロス予備市民軍の一団と、それを阻止しようとする直轄地軍と領主軍、その領主軍は直轄地軍にも攻撃をかける。


 リファニアの戦いでは珍しく巫術師による攻撃が見られなかった。早い段階から混戦になってしまったために、命中精度に大いに疑問があり、味方までを害するような雷による攻撃が行えなくなったのだ。


 そして、巫術師は貴重な存在であるため、自らいち早く戦闘地域から離脱した。戦闘地域にいればピンポイントの攻撃もかけられるが、戦場から離れて巫術師ができるのは”屋根”をかけることだけだった。


 巫術師達はお互いが離れて敵味方がわかる地域のみに重点的に”屋根”をかけあったこともあって”雷”による攻撃が無効になってしまった。



「後衛部隊を再編しろ。戦列を整えろ」


 シスネロス市民予備軍の指揮官ネフェルト司令は、混戦に巻き込まれた前衛部隊を見限って必死になって、後衛部隊に戦列を維持させた。それによって、戦況の主導権を握り組織的な戦闘力を回復しようとした。


 この時点で、選挙地域の直轄軍は最初の陣から動かないまま、戦闘の加減で接近してきた非選挙地域直轄軍と領主軍に弓や投げ槍で打撃を与えていた。

 特に巫術師の援護が十分でないままに、接近してきた部隊には、手痛い”雷”が見舞われた。


 シスネロス予備市民軍から見ると戦闘は正面と左翼で行われ、右翼は強力な壁が防御していてくれるような感じだった。



 勝敗が見えない状態でカンキンは焦っていた。混戦が続けば非選挙地域直轄地軍は次第に消耗する。地縁血縁で結ばれた兵士は団結力があるとともに、知り合いが倒れたときの精神的打撃も大きいのだ。

 気がつけばシスネロス予備市民軍は新手が戦列を整えようとしている。選挙地域の直轄軍が敵を一歩も寄せ付けないように戦っている姿を見てカンキンは、本来の直轄地軍の戦い方を思い出した。 


「一度、退却して最初の陣で防御する。そこにシスネロスの屁野郎をおびき寄せて鉄槌を下す」


 カンキンは自軍をもとの配置場所へ戻らせようと走り回った。ところが、彼我が渾然となっている状態では一斉に、元の位置にもどることなどできなかった。カンキンの声を聞いて、敵を振り切った者達から戦場を離脱しだした。


 非選挙地域直轄地軍の圧力が減るにつれて、ノシェット男爵を目指すシスネロス予備市民軍の数が増してくる。

 それを阻止しようと、リヴォン・ノセ州領主軍は橫槍を入れるように、側面から攻撃を仕掛ける。また、そのリヴォン・ノセ州領主軍の横腹をシスネロス予備市民軍の一隊が突くという状態が続いた。


 そこへ、ドノバ候近衛隊の三十乗ほどの戦車が錐のような隊形になって突っ込んできた。その後に深縦隊形の重装歩兵も楔のような隊形で続く。


 この日、迂回路の戦いでもっとも活躍した戦車部隊はこの少数のドノバ侯爵近衛隊の戦車だった。


 リファニアの戦車は緩やかな丘陵が見られる開豁地と狭い山道が走る森林地帯がモザイクのようになった地形が多いため二頭を並列に繋いだ四頭立てが主力である。

 この時、戦車隊指揮官で、ドノバ候の庶子であるバルガネンは、馬を横に四頭並列にして戦車を牽引させた。


 こうすることで、より馬の蹄を兵器として有効に使用できるのと、敵に対する威嚇効果が大きくなる。


 車輪は特性の金属スパイクが装備してある。


 その戦車が横腹を見せている領主軍に突入した。何十人かの兵士が短い悲鳴をあげて、馬の蹄と車輪に踏みにじらたり、戦車のスパイクに引き裂かれながら殺された。数百人の兵士が戦車を避けようと逃げ惑う。


 乱れに乱れた隊列に、数は少ないがドノバ近衛隊の歩兵が吶喊とっかんする。それを見てリボン・ノセ州領主軍の一部が疎林の手前で防衛戦を張るために後退を始めた。


 この命令を出したの領主は有能な人物だったのだろう。しかし、総指揮官のゲルベルト伯爵が躊躇していため、左翼が下がり、右翼は突出するような形になった。


 ドノバ近衛隊は戦場を西から東へ横断するように機動していた。ドノバ近衛隊はシスネロス市直轄地選挙地域軍の手前で、一度陣形を組み直して、再びリヴォン・ノセ州領主軍の横腹に突っ込んでいった。

 

 リヴォン・ノセ州領主軍は右翼だけが突出していたために、右翼にいる軍勢は横からの攻撃を、まともに受けた。

 再び多くの兵が馬の蹄や、戦車の車輪によってはね飛ばされ、態勢を整える間もなくドノバ候近衛隊兵士の攻撃を受けた。


 右翼のリヴォン・ノセ州領主軍は堪らずに後退を開始した。


 それによって、ようやく初戦の混乱から秩序と戦列を組む余裕ができたシスネロス予備市民軍の前衛が前進を開始した。

 その分、リヴォン・ノセ州領主軍は、森の手前の狭い地域に押し込められる形になった。リヴォン・ノセ州領主軍にとって幸いなことに、ようやく、混戦の中から軍監のノシェット男爵とその軍勢が脱出してきた。

 リヴォン・ノセ州領主軍は、シスネロス予備市民軍との戦い、ドノバ候近衛隊の攻撃で少なくない損害を受けていた。積極的に攻勢に出るにはかなりの陣容の調整が必要だった。


 リヴォン・ノセ州領主軍は、領主単位の軍の寄せ集めである。A領主の軍の損害が多いから、B領主の手勢を回すというわけにはいかないのだ。


 一方、非選挙地域軍も、ようやく陣に兵の収容が終わり、防衛態勢を整えた。


 シスネロス予備市民軍は、初戦で逃亡などもあり乱れた前衛部隊にかわって,後衛部隊を前面に展開して、前衛部隊の再編成に入った。


 戦場が、次第に静かになってきた。あちらこちらで、小競り合いや、矢の応酬は続いていたが大規模な衝突は収まっていた。



挿絵(By みてみん)




 この様子に、指揮官達に考える時間が与えられた。


 シスネロス直轄地非選挙地域の本来の指揮官であるマキャンは、本当にモンデラーネ公軍が優勢で、しばらくすれば、シスネロス予備市民軍の背後にモンデラーネ公軍が現れるのは本当だろうかと疑念が湧いてきた。


 自分達が、この先、ドノバ州でいい目を見て生きていくためには、シスネロス市が降伏して、さらに現在のドノバ候が、その爵位を放棄するという、徹底的なモンデラーネ公軍の勝利が必要である。

 バナジューニの野のような戦いが複数繰り返されなければ、それは達成できないだろう。そして、その戦いでは、自分達がモンデラーネ公の先陣となって、ドノバ州の他の勢力と戦うというあまりありがたくない仕事を押しつけられるだろう。


 第一、本当にバナジューニの野でモンデラーネ公軍が勝利できるか?


 ドノバ候近衛隊が主戦場であるバナジューニの野ではなく、副次的な戦場である迂回路に参戦してきとことから、バナジューニの野の主戦場の戦いはシスネロス側が有利に展開しているのではないかと思った。それも、ドノバ候近衛隊を投入せずしてである。


 シスネロスが勝利するとなると、自分達の運命は絶望的である。村の主立った者は叛徒として家族ごと根絶やしにされるか、よくて一生奉公になるだろう。


 家族を見捨ててリヴォン・ノセ州領主軍とともに逃亡する手もあるが、根無し草の農民兵の運命など暗いものに違いない。


 マキャンは、決断した。


「おい、弓を寄越せ」


 マキャンに弓矢を渡した兵士は、その意図に気付いているようで少し手が震えていた。


 手近にあった、小牛ほどの石の上に乗って戦況を見ていたカンキンの首筋に後ろから矢が刺さった。カンキンはうずくまるまるように、しゃがみ込んだ。口からかなりの血を出してしばらく唸っていた。


 カンキンの回りには、兵士が取り巻いていたが、誰も手を貸そうとする者はいなかった。マキャンはカンキンに近づくと突き刺さった矢を力任せに引き抜いた。

 矢の返しが頸動脈を傷つけたのか、血吹雪が首筋から吹き出た。血は止まらずにやがて倒れたカンキンは動かなくなった。

 

「流れ矢だ」


 マキャンは手に持った矢を投げ捨てた。


「村会代表カンキンは討ち死にした。カンキンは錯乱していたのだ。錯乱して誤った命令を出した。敵はリヴォン・ノセ州領主軍だ。シスネロスの旗を掲げろ。シスネロス予備市民軍に手向かうな」


 自分達がしでかしたことを顧みる余裕ができたことで、これからの先行きに大きな不安を抱え始めていた農民兵たちは、すぐさま、マキャンの命令に従った。


「おい、三兄弟お役目だ」


 マキャンは父親の死体を見て呆然としている、カンキンの三人の息子達に声をかけた。


「お前の親父はドノバ候を裏切った。そのためオレたちはひどく拙い立場にある」


 マキャンは、最初は諭すような口調で、後半は怒鳴るように言った。


「何をボッーとしている。シスネロス予備市民兵指揮官と選挙地域直轄地軍のバンガ・パンプレット殿に、今の事情を説明しに行くんだ」


「殺されます」


 三兄弟の長兄が、小声で反論した。


「殺されても無抵抗でこちらの言い分を伝えろ」


 マキャンは剣を抜くと威嚇して、三兄弟をシスネロス予備市民軍に向かわせた。 


 三兄弟のうち、末の弟は弓で射殺され、長兄は斬りつけられ重傷をおった、中の息子がなんとか、武器を捨てて無抵抗の意志を示したので、ネフェルト予備市民軍司令の前で弁明をすることができた。


「此度の行いは、それなりの償いがいるぞ」


 シスネロス予備市民軍ネフェルト司令の言葉に中に、カンキンの息子は頭を上げることができなかった。



 その同じ時刻に、ドノバ候近衛隊本陣では、帰還したバルガネンに戦車の下から、ドノバ候が声を嬉しそうに声をかけた。


「でかしたぞ。バルガネン。本当なら、ワシがあの先頭に立っておりたかったがな。お前の母親には、しっかり息子の手柄を話してやろう」


「ご冗談を。ただ、馬車で戦場を横断しただけです。敵が勝手に馬を恐れて崩れたのです」


 バルガネンは、急いで戦車から飛び降りた。ドノバ候の傍らにいた、異母兄のロムニスが、バルガネンの肩を叩きながらドノバ候に劣らず嬉しそうに言った。


「謙遜するな。バルガネン、オレは今日、生まれて初めて戦車隊の威力を目の前で見た。正直、この金食い虫が、どれほどの働きをするのか疑っていたが、古来より使用されている理由がわかった」


 そこへ、ロムニスの副官が走ってくると早口で言った。


「ディンケ殿から伝令がありました。至急援助を乞いたいと」


「崩れたのか」


 ドノバ候が思わず大声で言った。


「いいえ、戦列は維持してますが、きつくなってきたようです。こちらの物見の報告ではモンデラーネ公軍は溝を埋めて戦車攻撃を準備しているとのことです」


「よし、市民軍の援護に回る。万が一、市民軍が崩れた時の防波堤になる」


 ロムニスは、そう言うと急いで自分の指揮用戦車に乗った。


「ジャバン様、この後はロムニス様に任せてシスネロスにお戻りください。少なくとも最後尾にて待機してください。万が一の時は近衛隊とて脱出が困難になるやもしれません」


 ヌーイが、同乗するかのように、ロムニスの馬車に近づくドノバ候を諫めるように大声で言った。


「しかたない。戦いの帰趨を見られんのは悔しいがいたしかたあるまい。ただシスネロスにはもどらん。いざという時のお飾りでも、今日は出番がある気がする」


 ドノバ候は少々口惜しそうに言ったが、ヌーイの言葉には従った。


 戦術的な能力であれば、ドノバ候は戦場で現在、指揮を取っている指揮官の中でも、中庸以下の能力しかなっただろう。ただ、ドノバ候は戦略、そして、それを越える政略にかんしては、非凡なカンを持っていた。




 ドノバ候近衛隊が迂回路の戦場から姿を消した頃、非選挙地域軍の指揮を把握したマキャンのもとに、シスネロス予備市民軍のネフェルト司令から書状が届いていた。


「味方である証しを見せろ、か」


 書状を見た、マキャンはため息をついた。


「生き残りたければ、そして、家族を皆殺しにされたくなければオレについてこい」


 マキャンはそう言うと、一群の兵士とともにリヴォン・ノセ州領主軍に突っ込んでいた。それに、つられて迷っていた非選挙直轄地域の兵士達もあわててつづく。


「敵に近づくまで、槍や剣は構えるな」



 リヴォン・ノセ州領主軍は、接近してくる非選挙地域軍にどのように対応して良いか、迷っていた。一見、シスネロス予備市民軍に圧迫されて近づいてくるようにも見えた。


 リヴォン・ノセ州領主軍の兵士達は取りあえず、盾を構えたまま、様子を見ていた。


「行くぞ」


 指呼の距離に迫った、リヴォン・ノセ州領主軍に突然、マキャンは、自分の戦斧を掲げて突進した。


 すぐさま、一群の兵士が続く。完全な不意打ちではないが、リヴォン・ノセ州領主軍は、最初の一撃をようやく盾で受け止めるのが精一杯だった。

 非選挙地域軍の、攻撃に対して反撃の武器を構える間もなく、立て続けに繰り出される、槍、戦斧、剣を盾で、かろうじて防いだ。


 次第に、リヴォン・ノセ州領主軍は、後退して行く。


 最初の突進のエネルギーが失われて、非選挙地域軍の攻撃が散発的になってきた。やがて、リヴォン・ノセ州領主軍の後退が止まり、そして、反対に非選挙地域軍を押し戻し始めた。


 そして、塊になっている非選挙地域軍を左右から、包み込むような機動を取り始めた。


 そこへ、シスネロス予備市民軍が、やや乱れた戦列で押し込んできた。非選挙地域軍を、両翼から包囲しようと、薄くなったリヴォン・ノセ州領主軍戦列をシスネロス予備市民軍は、易々と食い破った。


「罠だ。反対に包囲されるぞ」


 誰かが怒鳴ると、リヴォン・ノセ州領主軍の兵士は何人かが、疎林の方へ逃げ出した。


 あっという間に、それは奔流のような動きとなって、リヴォン・ノセ州領主軍は疎林の中へ逃げ込みだした。


「深追いするな」


 リヴォン・ノセ州領主軍を追おうとする兵士を、指揮官達は必死で止める。ネファルト司令が攻撃の前にくどいほど、疎林の中にまでは入るなと各部隊の隊長に命令していた。


 疎林を挟んで、シスネロス予備市民軍とリヴォン・ノセ州領主軍が対峙する形になった。疎林を越えて相手に攻撃を加えるための戦列を組むことはおろか、相手と同数の兵を押し出すことも困難である。


 シスネロス予備市民軍が、疎林の手前に陣取っている限り、リヴォン・ノセ州領主軍は、南下してシスネロス市民軍主力を背後から攻撃することは難しくなった。


 もっとも、シスネロス予備市民軍も小部隊単位で、しかも分散してしか 疎林の中に攻め入ってはいけない。疎林の出口で守るにしても、部隊全体を展開できない。これが、理由でシスネロス予備市民軍も、最初は疎林からやや離れた地域に布陣していた。


 しかし、一戦を終えたところで、リヴォン・ノセ州領主軍がかなりの損害を出したことで、すぐには攻勢に移れないだろうと言うことで、ネフェルト司令以下の指揮官の意見が一致した。

 そして、相手の力量がわかり、何より自分達の戦力に自信がついたシスネロス予備市民軍は、より疎林に近い地点でビンの栓のように縦に深い隊形を取って守りに入った。


 このことで、よしんば主戦場のバナジューニの野でモンデラーネ公軍が勝利を収めても、シスネロス市民軍は退路を断たれる恐れはなくなり、撤退時にシスネロス予備市民軍の援護の得られることでシスネロスでの籠城戦に持ち込める公算が増した。


 シスネロス予備市民軍が、リヴォン・ノセ州領主軍をバナジューニの野の背後に展開させないという目的を達して迂回路の戦いは大勢が決した。



挿絵(By みてみん)


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