表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第二十二章 シャクナゲ舞う南部紀行
1134/1157

南部紀行前章7  ヘルキンネ商会 三 -正札、掛け売りナシ-

 祐司はマルユアックにいわゆるパターンオーダー方式とイージーオーダー方式を取り入れた衣服の定価販売と売りたい服を自ら作り出す服飾デザイナーの採用という方策を話した。

*話末注あり


「さて優れたそれでいて比較的安価な服を作っても、王都における老舗仕立屋の牙城を乗り越えてお客様に買って貰える為には工夫がいります。

 まず店に通りから見える場所に人形に服を着させて人目を引きます。どのようなモノかはあとでスケッチをお渡しします」


 祐司は宣伝方法についての話を始めた。


「そのスケッチはわたしが描きます」


 ここまで一気に熱くしゃべった祐司に相の手をいれるようにパーヴォットが口を挟んだ。

 後で祐司がラフなマネキンのスケッチを描き、パーヴォットが祐司の説明を聞きながら精美なスケッチを描いた。



挿絵(By みてみん)




 祐司は「それは有り難い。頼むよ」とパーヴォットに言うと、さらにマルユアックに語り出した。


「もう何年も王都での衣服の販売には苦戦しています。それらの方策で大丈夫でしょうか」


 今までは祐司の話を全て受け入れるように聞いていたマルユアックが初めて懐疑的に訊いた。


「新しく売り出したい服を王都の著名な人間に着て貰い、祭礼の日などに通りを練り歩いてもらう。或いは野外ステージのようなものを作ってそこで披露する等の方法があります」


「著名な人間といいますと?」


 マルユアックは頭の回転が速いようで祐司の言った内容をすぐに頭に思い描いてさらに具体的なことを訊いてきた。


「女性の場合は公認娼婦などは器量や姿がよく男性への影響力がありますが、女性客からは心理的な反発があるかもしれません。

 男性女性とものあの人が着ている服を着たいと思わせるのは、王都では役者を除いてないと思います。


 男性役者にも売る出したい服を来て貰うこともいいかもしれません。


 もちろんそれなりの謝礼が必要になりますし、直接の交渉は難しいかもしれません。そこで興行で彼等と繋がりのある渡世人に仲立ちに入ってもらえばいいでしょう」


 王都では役者は貴賤に関係なく影響力のある人間である。


 しかし役者は気難しい者も多い。ただし中世世界リファニアでは渡世人がプロモートの仕事を担っており役者には影響力がある。

 彼等に仲立ちになって貰い利を与えることで役者にモデルというリファニアにおける新しい仕事を頼める確率は高くなる。


「ミジェデ・アリシアは御存知ですか?」


 祐司がマルユアックにとっては思わぬ名を出してきた。


「はい、去年突如現れたムレッテ座の人気の女優さんです。クアリ州の出身なので北の彗星アリシアって王都では大層な人気です」


 マルユアックは祐司がアリシアにモデルを頼めといってるようだが、難しいことだろうと思いながら言った。


「アリシアはわたしの義理の娘です」


 さらに祐司がマルユアックにとって衝撃的な事を口にした。


「え、知りませんでした。でもジャギール・ユウジ様のお年からすると」


 マルユアックは二十歳という触れ込みのアリシアと目の前にいる二十代半ばほどの祐司が義理とは言え親子といわれて頭がついていかなかった。


 祐司は手短に自分の形式上の妻であるグネリ神官長の子がアリシアだと自分とアリシアの関係を説明した。

(第十八章 移ろいゆく神々が座す聖都 地平線下の太陽24 女優アリシアの回想 下 参照)


「わたしがアリシアに手紙を書きましょう。ただ先程も言いましたように必ず渡世人のベドベ・サティンカさんを通して話を入れて下さい。


 アリシアには貴方が納得できる服を持って来た時には、王都で今まで新装の服が中々買えなかった人達が新装の服を得られ易くなることなので適切な対価を持って引く受けて欲しいと書きます。


 ただアリシアが引き受けた場合は相場が出来ます。役者の副業として適切な対価の算出は難しいですが、金貨の単位で出して下さい」


 祐司はマルユアックの「わかりました」との納得した一言を確認した。


 前述したように渡世人は芝居の興行に深く関わっている。ただ王都四座ともなると自前の劇場があるので渡世人に世話にならないが、地方公演では芝居小屋の確保や場合によっては席を全て事前に買い上げて貰うといったことで世話になる。


 外部の人間が劇団に営利上の話を持っていく場合は、劇団に縁のある渡世人を通した方が話は上手くいく。これは顔を立ててくれたということで渡世人も出来るだけのことはしてくれるからだ。


 祐司が渡世人ベドベ・サティンカの名を出したのは、バーリフェルト男爵家の要請があったとはいえ祐司とパーヴォットの旅の安全を陰でささえているベドベ・サティンカがリファニアの渡世人の束ねであり、他の渡世人が何故自分を通さないと不平を持つ心配がないことが理由である。

(第九章 ミウス神に抱かれし王都タチ オラヴィ王八年の政変18 バーリフェルト男爵家の法則が発動する 参照)


 そしてそれに加えてベドベ・サティンカがスヴェアの一族の人間で祐司がらみことは誠実に対応してくれることがわかっていたからだ。

(第二十一章 極北紀行 極北水道8 マレーリ・ラディスラ 下 参照)


「もしアリシアさんが引き受けてくれるなら大層な宣伝になります。わかりました。金貨十枚で交渉します。渡世人のベドベ・サティンカさんには別途仲介料を用意します」


 マルユアックの口調から経営者が経営判断を下した時の口調だと祐司は感じた。



「ただアリシアが納得できない服を王都の人に着て見せる必要はないので、必ず断るように念を押して書きますのでそれなりの商品をお願いします」


 祐司は念を押すように言った。


「アリシアさんが必ず笑顔で引き受けてくれる服を作ります。その覚悟で作ります」


 アリシアがモデルとなってナデルフェト衣装店の服を宣伝するという話は十ヶ月後に実現する。

 その服は奇しくもアリシアと同じムレッテ座の衣装係統括マネロ・ブリュノドがデザインしたモノであったことも都合がよかった。


 アリシアは新作の興行前に時に行われる王都の繁華街を衣装を着て「どうぞ観に来た下さい」と言いながら一寸した行列を組んで歩く”練り歩き”に、ナデルフェト衣服店の服を着て歩いた。


 そしてその行列の後をナデルフェト衣服店の店員が”アリシアの衣装はナデルフェト衣服店の提供、現在売り出し中、各種サイズあり、無料で手直しいたします。貴女だけの一着”と書いたビラを配って回ったのだ。



挿絵(By みてみん)




 さらに舞台挨拶がある時はナデルフェト衣服店の服を着て「わたしが着ているお気に入りの服はナデルフェト衣服店から提供していただきました」と一言だけ付け加えたので、あのアリシアが気に入った服という噂はすぐに広まった。


 ただ名のある女優や男優がモデルになり商品を宣伝することは、贔屓筋でもある大店の店主達が相互に自制したことからこれ以降は滅多になかったが、若手の俳優達には実入りのいい副業としてモデル業が王都では定着していく。



「さて先程は正札販売を提案しましたが、掛け売りなしでそれを代替する月賦販売を提案します」


「掛け売りなしですか?」


 マルユアックはまた懐疑的に言った。


 掛け売りはリファニアでは店舗を構える店では常連客に対して広く見られる商習慣である。一般には得意先は三か月毎に代金を纏めて支払う方法が取られる。


 余日と一月から三月の代金は三月末以降、四月から六月は六月末以降、七月から九月は九月末以降、十月から十二月は十二月末以降に各戸を回って代金を回収するのである。

*リファニアでは全ての月が三十日で太陽暦を採用しているので十二月三十日から一月一日の間は五日ないし六日の余日がある。


「掛け売りは販売側にとっては代金が回収されるまでは債務になります。あってはならないことですが未収はある一定の割合で出るのではありませんか?」


「ま、そうですね。ないとは言えません。また支払いの延期や減額を持ちかけられることもあります。


 それなりのお客様にはそれなりの人間が行く必要があります。わたしも主人が生きておりました時にあるお得様のところに行くとお内儀など寄越して軽んじているのかと怒鳴られたことがあります。


 それを理由に支払いは次の期日が来るまでは猶予ということを飲まされました。あの時は主人が病に伏せっていると知っておられた筈なのですが」


 祐司の問いかけにマルユアックは悔しい思い出が蘇ってきたかのようだった。


 大店のお内儀であるマルユアックが主人に代わって代金を受け取りに行くとなると、個人では無く商品を卸した店だろうからその金額も大きかっただろうと祐司は思った。


「ところで掛け売りの取り損ねや減額を計算に入れた値段を設定していませんか」


 祐司は二の矢のように言った。


「まあ、計算しずらいですが損が出ないようにという頭は働きますね」


 マルユアックはそう言ってから「あ、そういうことですか」と付け足した。


「そうです。掛け売りで無ければより安価にお客様に商品を提供できます。売り手だけで無く買い手にも利があります。

 当方は掛け売りはしませんと最初から断って商売をするのです。ただそれではお客様が離れるとお思いでしたら月賦を採用すればいいと思います」


 ここでは月賦という表現をしているが、リファニアの”言葉”にそういった単語がないので”月々払い”という表現をした。


「月賦とは?大体はわかりますが詳しくは」


 祐司にはマルユアックの目が鋭くなったように感じられた。


「まず値段を一割、別に二割でも三割もいいのですが購入時に支払っていただきます。あとは月割りで分割して少しずつ支払っていいただきます。


 ただ月々に代金を回収する手間がありますから、その分の手数料は最初から契約で明確にしておきます。ただ金貸しではありませんので手数料は合計しても定価の一割程度でいいでしょう。


 ご自分で店に支払いに来られる方は手数料を差し引いてもいいと思います。また支払いが滞れば品物は回収します。


 月賦にした場合はお客様は手元に現金がなくとも品物を入手できます。是を宣伝すればいいと思います。


 掛け売りでは全額が後払いで、お客様の感覚では購入したという感覚が薄く、支払時に今更自分のモノになったのに金を支払うのが億劫という感じになります。

 月賦の場合は一部でも支払いをしますので、購入したという感覚が鮮明になります。支払いは一括でないのでまあ何とか工面して貰えます。


 この月賦の利点は今まで高価で手が出しにくくて購入して貰えなかったお客様を開拓できることです。


 あれが欲しいから金を貯めようと思っても何かしら支払う金が予想外に出てきてなかなか買えない人が多いでしょう。

 そして気が付けばその商品のことを忘れたり、購入意欲が低くなっている。また別の商品に目が行ってしまったとうことになります。


 それが月賦という予想内の出費となるとその出費を差し引いて生活しますので、案外支払えることになります。

 売り手の最大の利点は今まで購入していただけなかったお客様を得ることが出来る事で、お客様の利点は今まで購入しづらいモノがその場の決心で購入できることです。


 買う気というのは生ものです。余程のモノでないと欲しいという気持ちは中々持続しません。お客様が欲しいという気になっている時に購入の決心をしていただけます。


 ただ何処に住んでどんな仕事をしているかもわからない一見さんにすぐ月賦とはいかないと思いますから、最初は信頼があるお得意さんから始めるとか、お得意さんの紹介先からすればいいと思います。


 その辺りの細かな手筈は貴女の方で工夫していただくほうがいいでしょう」


「何か言いたそうな方策がありそうですね」


 マルユアックが少しばかり悪戯っぽい目でいった。


「そうですね。お得意さんが紹介してくれたら、今度はお得意さんが購入する時に一割値引きするなどと特典をつければいいと思います。

 お得様には自分はあの店では優待してもらえる特別な存在であるとい気持ちを持ってもらえらば末永く気持ちよくお付き合いが出来ます。


 万が一に紹介して貰った月賦での購入者の支払いが滞れば、紹介者に貴方の方からも一言お願いしますとだけ言えばいいでしょう」


リファニアでは強固な共同体の中で人々が暮らしている。概ね知り合いどころか近所の住民の収入状況や性格は把握されているので、問題のある人物が紹介されることはそうそうあることではない。


 また万が一に支払いが困難になっても紹介者の面子を潰すまいと金策をしてくれる可能性は高い。


 ましてや紹介者から「わたしも貴方を紹介した手前責任を感じますのでよろしく」など言われたら共同体の中での評価が落ちてしまうのでそれこそ女房を質に入れてでもなんとかしようとするだろう。


 それでも最初から悪意のある者、どうあがいても何ともならない者もいるだろうがこれは或る程度織り込んでおけばいい。

 この数字は祐司のリファニア社会での体感から購入者の一分(1パーセント)ほども出れば高い方だと思っている。


「そうですね。お客様の面子も立てながら工夫してみます」


 マルユアックも何か思いついたのか少し上目遣いで言った。


「さて身分があったり富裕な方に一括で御座いますが、それとも月賦になさいますかと聞くとどう答えると思いますか」


「見栄がありますし、自分は一括で払うと仰るでしょうね。実際には一括の方が安価ですし」


 祐司の問いかけにマルユアックが笑みを漏らしながら言った。


「まあ金がある方ほど大概は安く買えるのは世の常ですが」


 祐司は苦笑して言う。



注:パターンオーダーとイージーオーダー

 体形を計測して完全に一から服を仕立てる場合はフルオーダーになり、リファニアの貴族階級、高位郷士階級、富裕層の衣服の入手法です。

 フルオーダーは型紙からの制作になります。それに対してすでにある型紙を利用する場合はイージーオーダーとなります。


 さらにサンプルの既製品から調整を行う場合がパターンオーダーとなります。


 祐司がマルユアックに薦めているのはパターンオーダーで、さらにエリや袖の変更、同じ既製服でも色合い異なったモノを用意することで顧客に自分だけの仕立てた服という満足感も得て貰うようにと提案しました。


 ただリファニアにはまだイージーオーダーの概念もありませんので、パターンオーダーに満足しない場合はイージーオーダーを利用しても安価に仕立て服を得られたと喜ばれます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ