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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第五章 ドノバの太陽、中央盆地の暮れない夏
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黒い嵐13 バナジューニの野の戦い 三

 馬の年 六月十三日 第三刻半(午前九時)


 話は少し遡る。


 モンデラーネ公軍が攻撃を開始する少し前。ドノバ侯爵軍近衛隊陣営に、ドノバ候の諜報を司るヌーイはいた。そして、ヌーイはドノバ侯の次子で、ドノバ近衛軍を率いるロムニスと、そこに居るはずのない人物に報告をしていた。


「申し訳ございません。ここに至るまでこの重大事を察知できず、いかなるお叱りも甘受いたします」


「そう、恐れ入るな。その可能性を知らせていてくれての布陣だ。これからは近衛隊の働き如何でこの事態をひっくり返せる。何より相手はこちらが察知したと夢にも思っておらんからのう。

 それにわしがここに来て居るとは夢にも思うまい。これからはそちの息子の戦働きによる」


 ヌーイに声をかけたのは、シスネロスにいるはずのドノバ候である。ドノバ候は、さんざん迷った挙げ句に、とうとう居ても立っても溜まらずにシスネロスからの補給部隊に紛れ込んでバナジューニの野の南にあるドノバ候近衛隊本陣に入り込んだ。


「お言葉ですが、やはり恐れ入ります。ただ、先程、言いましたように調略が及んでおりますのは、シスネロス直轄地非選挙地域のうち南部地域のヴァートリア郡とゼジャール郡でございます。北部の非選挙地域の動きは予想がつきかねます」


 ヌーイは部下から今朝方受けた報告の内容を手短に話した。


「至急、選挙地域指揮官のパンプルに使いを出せ。今の情報を伝えろ。あやつとは昵懇でな、ワシの考えを理解するであろう。それから、予備市民軍のネファルト司令にも、非選挙地域直轄地軍に不穏な動き有りと伝えろ」


 ドノバ候は、さして慌てもしないで言った。


「選挙地域直轄地軍への使いの内容は?」


 ヌーイの問に、これも考えていたかのようにドノバ候はよどみなく言った。


「近衛隊が戦闘開始するまで一切動くなと伝えろ。動くのはそれからだと」


 それから、ドノバ候は近衛隊を指揮する次男のロムニスの方を見て言った。その言葉はドノバ候として近衛隊長にかけるものと、息子にかけるものが相半ばしているような口調だった。


「ロムニス、頼むぞ」


「全力で事にあたります」


 ロムニスは低い声で答えた。そして、あきれたような声で言った。


「父上、ガジャンが会いたいと言っていると聞いて、料理人の姿の父上が幕舎に入って来たときは度肝が抜かれましたよ」


 ガジャンとは、ドノバ候が贔屓にしている料理人で、年格好や雰囲気がドノバ候に似ているためにドノバ候は「料理場のドノバ候」と、時々呼んでいた男だった。

 ドノバ候はガジャンに姿をやつして、ドノバ候近衛隊の輜重部隊といっしょに、密かにシスネロスを抜け出して来たのだ。


「アレ(兄に対する尊称)・エーリーはこのことを知っているのですか」


 ロムニスのすぐ後ろに立っていた、庶子のバルガネンが静かな口調でドノバ候に聞いた。


「まさか、あいつは常識人だ。まあ、それがエーリーの最大の美徳だから反対するに決まっておろう」


 ドノバ候は、バルガネンの言葉をどこ吹く風という顔で聞き流した。


「一体、今は父上の椅子に誰が座っておるのですか」


 ロムニスが聞くと、ドノバ候は悪戯っ子のように言った。


「決まっておろう。ガジャンだ」


 ドノバ候の言葉に、ロムニスは後ろのバルガネンを見た。バルガネンは肩をすくめただけだけで何も言わなかった。


「機会があれば、バルガネンに戦功を立てさせてやってくれ」


 ドノバ候は急に真面目な口調でロムニスに言った。ドノバ候は公式の場では、長子であるエーリーを優遇していたが、私生活では子供に、愛情や待遇で差をつけることはなかった。


「わたしも、そのように思っておりました」


 ロムニスは、バルガネンの方を見やって言った。


「兄の足を引っ張らないように頑張ります」


 弟のバルガネンが緊張した声で言った。バルガネンは数は少ないが、ドノバ候戦車隊の指揮官である。


「お前たちは本当に仲がよいな」


 ドノバ候は、頼もしそうに言った。


「わたしは分を知っております」


 バルガネンが、そう言うとドノバ候は頷いた。


「父上、頼みがあります」


 バルガネンは、あらたまった口調でドノバ候に言った。ドノバ候は、なんだというような顔をした。


「調理場のドノバ候に差配されるのは、勝手がわろう御座います。ここに至っては、わたしも覚悟を決めました。調理人の服から戦装束にお着替えください」


「そうか。この服装も動きやすくて中々よいぞ」


 ロムニスの言葉に、ドノバ候は足をダンスのステップを切るように動かして言った。それでも、ドノバ候はロムニスの言うように甲冑を着込んだ。だが戦の料理人として、戦場で腕を振るう気は満々であった。




 神々の配慮か、この日、バナジューニの野に集結した集団のリーダーはいずれでも大なり小なり、思惑からは大きく異なった状況に対応することを強いられた。


 上手く対応策を考えていた者、とっさの判断で対応した者、はったりで乗り切ろうとした者、思わぬ展開にかえってチャンスと考えた者もいた。


 しかし、慣れない戦場の雰囲気に飲まれて、あり得ない対応に走ってしまう者もいた。




挿絵(By みてみん)




 深い森に囲まれたバナジューニの野の東は、北からシスネロスへ向かう本街道が通じている。ただ、本街道は、森が両方に迫り、一部は疎林地帯を通過するために、大軍が展開できるような場所ではなかった。

 ただ、疎林地帯を抜けると、バナジューニの野の南側の開けた農地と牧草地が交錯する場所に出る。


 モンデラーネ公軍から見れば、本街道を南下してバナジューニの野の南に出ることが出来れば、シスネロス軍を南北から挟撃できる。

 そして、シスネロス軍も、疎林地帯を突破して北上すれば、北からモンデラーネ公軍を攻撃できた。


 そのため、両軍はかなりの兵力をこの迂回路とも言うべき場所に配置して、相手に裏を取られないようにしていた。


 森の東を迂回してくるリヴォン・ノセ州を中心にしたモンデラーネ公側領主軍に備えてシスネロス市民軍予備隊とともに、布陣するのは農村の武装集団で構成されたシスネロス直轄地軍であった。シスネロス直轄地軍は二つの非選挙権地域と、一つの選挙権地域の三つの集団に分けらていた。


 そして、それぞれの集団は、いずれも二千から二千五百前後の軍勢で、全体を選挙権地域の長であるバンガ・パンプレットが指揮していた。ドノバ候が愛称のパンプルと言う名前で呼んだ男である。


 後の二つの非選挙権地域は、ノンマ・カンキンという村長会代表が率いていた。選挙権地域と非選挙権地域では人口比にすると三倍の開きがあるほど非選挙権地域の人口は多い。


 選挙権地域はシスネロス市に近い地域が多いため、自村防衛の為に兵力の三分の一程度しか派遣されていない。


 それでも、選挙権地域が全体の三分の一の兵力を占めるのは被選挙権地域の農村が選挙権がないかわりに、原則としてシスネロス市参事会の要請で動員する兵の数は選挙権地域の三分の二ほどに抑えられていたためと、遠方地域からやってくるもう一つの集団が間に合わなかった為である。


 この非選挙権地域は旧ドノバ侯爵の直轄領の過半と、ドノバ内戦時に没落した領主領から成り立っていた。選挙権地域の農村は元々がシスネロス住民の出身地であったり、シスネロスの有力者が開墾した地域である。

 そのため、シスネロスに対しては市参事の選挙権があることと相まってシスネロスの一部であるという一体感が強い。


 転じて非選挙地域の住民はシスネロスに併合されたとういう感情がいまだに色濃く残っていた。

 シスネロス直轄地に組み入れられた当初は、他の領主領と比べて低い年貢率やシスネロス市の法的支配を歓迎していたが世代がかわるに従ってシスネロス支配への反発が増していた。


 非選挙権地域の長であるノンマ・カンキンは典型的な面従腹背といった人物で、機会があればシスネロスへ恨みの一撃を加えたいと願っていた。

 年に一度、非選挙地域の村会総代表としてシスネロスに招かれるが、常に席順は末席でありシスネロス側の丁寧な言葉遣いの端々に蔑んだような感じを受けていた。


 カンキンの父親はカンキンが幼い頃から、一族は旧ドノバ侯爵領当時は郷士格の扱いを受けて、地域では郷士として尊敬されていたと教え込んでいた。


 在所では今でも有力者として扱われていたが、あくまでも村長総代という役職があってこその話であることはカンキンは理解していた。

 いつか、郷士として真に地域の尊敬を集めたいというのはカンキンが知らず知らずのうちに自らが育んだ願望であった。


 ただ、市民自身による独立自治を掲げているシスネロスに属していては身分制の大規模な復活など夢物語である。


 そんな時に、旧ドノバ候の嫡子パウティスの使者というものが何度が秘密裏にノンマ・カンキンのもとを訪れるようになった。


 大領主にして高位貴族であるモンデラーネ公にしてみれば、一介の村長、それも平民のカンキンに対する工作など思いつくことはない。

 モンデラーネ公の使者と名乗る人物も実際は、勝手にシスネロス領への調略の真似事をしている旧ドノバ侯爵の子であるの臣下であった。しかも、貧窮のために、ドノバ州を出奔して僭称ドノバ候パウティスに仕官した取るに足らない者だった。


 旧ドノバ公爵領には侯爵領時代にいい目を見てきた者達の末裔がおり、ごく僅かだが旧侯爵の子である僭称ドノバ候パウティスのシンパがいた。狭い農村社会のことでカンキンの知り合いの中にその手の者がおり、使者を僭称ドノバ候パウティスの使いと称してカンキンに引き合わせた。


 カンキンは、僭称ドノバ候パウティスの使者ということですっかり舞い上がってしまった。歴史に名の残る大陰謀、いやお家再興の大事業を背負って立っているのだと勘違いしたのだ。


 僭称ドノバ候パウティスの使者は一事が起こった時は、シスネロス軍に呼応せぬ事で忠義の働きを見せよと言った。また、忠義の度合いでは、年貢の軽減やカンキンへの一代爵位も夢ではないと大風呂敷を広げた。


 カンキンは一代爵位という言葉に魅了されてしまった。


 一代爵位とは、巫術に抵抗力がある貴族の血を引いていない者が、功績によって与えられる。千年以上以前のリファニア統一戦争時には、かなりの例がある。しかし、現在では極めて希な叙任で芝居等に登場するだけである。


 そんな時に、シスネロスからの動員令がかかったのだ。カンキンは自分の働き処が来たと思った。通常なら軍勢の指揮は、このような時のために動員訓練を担当している村の傭兵出身者が行うのであるが、自ら陣頭指揮を謳ってカンキンは出陣してきた。


 カンキンは秘め事をしたまま戦場に赴いてた。しかし軍勢を自分の意思のように動かす自信がなかったため行軍中に身近な者に、シスネロスへの反旗を掲げるつもりだと伝えた。


 この情報は噂となってなってたちまち軍勢に広まった。非選挙地域住民はカンキンと同様に、かつての旧ドノバ公爵領領民というプライドを失って大なり小なりシスネロスの統治に不満のあったため、おおむねこの情報は歓迎されていた。


 噂には戸を立てられない。カンキンが内応しているという噂は戦いの前日に、選挙地域の直轄地軍を率いるパンプルの耳に入った。

 確信のない話ではあるが、旧知のドノバ候へ念の為に使者を出すと、敵がやってくる北への備えと、非選挙権地域直轄地軍が布陣する西への備えを取った。



 カンキンは戦場に布陣して、北にある疎林地帯を抜けて西の森に沿ったモサメデス川との間の草原を、こちらにやってくるモンデラーネ公側の領主軍が掲げる種々の旗指物を眺めていた。

 カンキンは、あの軍勢が自分達が布陣する森に沿った微高地から見て斜め後ろに布陣するシスネロス市民予備隊と戦闘を開始した時が忠義の見せ所であり、この一戦を決する働きをする時だと思うと胸が高まってきた。


 北方から進撃してきたのはリヴォン・ノセ州領主軍七千五百に、モンデラーネ公の分遣隊五百を合わせて八千である。


 これに対するシスネロス側は市民軍予備隊五千と直轄地軍七千を合わせて一万二千である。


 敵軍より少数であるが兵士の技量に勝り、士気の低いリヴォン・ノセ州領主軍に、多勢だが体力と技量に劣り士気の高いシスネロス軍というのが主戦場であるバナジューニの野の東にあたる迂回路での対決構図だった。


 これを迎え撃つシスネロス側は一キロばかり続く疎林地帯の北で疎林地帯を背に布陣するか、それとも疎林地帯を出たところで迎え撃つかを迷った挙げ句に、敵の軍勢が展開しにくい疎林地帯の南で迎え撃つことにした。


 そして、今、疎林地帯から出現して窮屈そうに展開しようとしているのはリヴォン・ノセ州領主軍である。多分、展開しても軍勢の半ばは疎林地帯で待機することになるだろう。


 カンキンにはそれが頼もしい友軍のように見えていた。


「ここで、シスネロス予備市民軍に、攻勢をかければ、モンデラーネ公、いや、パウティス様の同盟軍であるリヴォン・ノセ州領主軍は、すぐにでも疎林を抜けて一気にシスネロス予備市民軍を蹴散らすだろうな」


 カンキンの感慨を破ったのは傭兵出身者で非選挙地域直轄地軍の指揮官の一人であるガーブ・マキャンだった。


「何名かが市民軍予備軍の方へ逃亡しました。こちらのことを通報することが目的と思われます。すでに、僭称ドノバ候パウティスとの密約は陣営では公然の秘密になっております」


「裏切りか!」


 カンキンは顔を真っ赤にして叫んだ。


「シスネロス市に親族が住んでいる者も大勢います。そのような者はシスネロスとの戦いを望んでいません」


 マキャンはシスネロスの統治には苦々しい思いは持っていてもカンキンより遙かにリアリストだった。そのため、シスネロス側に逃亡した兵士を止めるつもりはなく、手遅れになってからカンキンに知らせたのだ。


 マキャンは裏切りを行うにしても戦いでの大勢が決してから介入すればよいと思っていた。シスネロスへの通報者が出たことを理由に積極的な行動を止めさせようとしたのだ。


 万が一、じっとしていてシスネロスが優勢になっても、使者が来たがそれにのるつもりはなかったでも、乗ったつもりで相手を油断させたのだと言い逃れる術があると思っていたからだ。

 

「領主軍が攻撃を開始するにはどれくらいかかる」


 カンキンがマキャンに聞いた。


 マキャンは、それに答えずに目の前の情勢を判断しようとした。窮屈な疎林を背後に置いて、わずかな平地にゆっくり展開しようとしているリヴォン・ノセ州領主軍をシスネロス予備市民軍が黙って見ていることはないだろ。


 多分、リヴォン・ノセ州領主軍は半分ほどの軍勢を見せて、残りは疎林の向こう側に配置して、シスネロス予備市民軍をおびき出す作戦だろうと思った。おびき出されたシスネロス予備市民軍は疎林地帯で隊列が乱れて、疎林を出てた端から撃破されるだろう。


 もちろん、そのような手にシスネロス予備市民軍も乗らないであろうから、結局は主戦場であるバナジューニの野で勝敗がつくまで膠着状態が続くことになるだろうと、マキャンは算段していた。


「おい、領主軍が攻撃を開始するにはどれくらいかかるんだ」


 カンキンはマキャンが黙っているので苛ついたようにもう一度聞いた。


「後、半刻(一時間)ほどかと」


 マキャンはそのようなことを自分の経験から判断していたがカンキンには生返事で返した。

 リヴォン・ノセ州領主軍が攻撃を開始するまでは、寝返るにしてもカンキンは動かないであろうから、多分、行われないリヴォン・ノセ州領主軍の攻撃を待たしておくのが上策と考えたからである。


「戦を前に兵士が錯乱することはよくあることです。予備市民軍から逃亡兵についてに問い合わせがありましょうが、現位置を死守して忠誠の証とすると返事をしておけば戦場のこととて予備市民軍は何の手出しもできません」


 マキャンは、できるだけカンキンを満足させながら自分の意志を通そうした。知ってか知らずか、カンキンは芝居に出てくる武将のように答えた。


「で、あるな」


 そこへ、シスネロス予備市民軍のネファルト司令から伝令が来た。


「伝令、シスネロス市民軍とモンデラーネ公軍が戦闘を開始いたしました。ネファルト司令より直轄地軍は現在位置を動かずに、左右から予備市民軍を援護することで領主軍を牽制するようにとの命令です」


 マキャンはこの伝令の言葉を神の使いだと思った。シスネロス側の命令はじっとしていろということなのだ。

 領主軍に対して攻撃をしないことで、モンデラーネ公の要求を果たせるためどちらに転んでも損はない。


「ここを突破されますと市民軍が挟み撃ちにされる恐れが御座います」


 伝令は伝えろと言われたことだけを伝えればよい。自分の意見を言う必要はない。ただ、この伝令はその禁を破って最後に自分の意見を言った。この言葉によりガーブ・マキャンの思いは一転して、伝令は命を失うことになった。


「ご苦労。走ってきて暑いだろう兜を脱げ」


 カンキンの目が虚ろに光った。そして、伝令が兜を取り自分の小脇に挟むなり、剣をやにわに抜いて大上段から伝令の頭に振り下ろした。


 骨が砕かれる音がすると、脳漿と血がカンキンにふりかかった。


「リヴォン・ノセ州領主軍に使いをだせ。一刻も早く攻撃を始めろとな」


 足元でどす黒い血を地面に飲ませながら頭の半ばまで断ち割れれて無残な死体になった伝令を、最早、正気ではない目で見つめているカンキンが怒鳴った。


「はやまってはなりません」


 マキャンが反射的に反論する。


「もう、遅い。この伝令を叩き切ったのはお前だとでも釈明してくれるのか」


 このカンキンの言葉にマキャンは沈黙を強いられた。


「予備市民軍へ総攻撃だ。予備隊など一蹴するぞ。ここで手柄を立てこそ、正統なるドノバ候になられるパウティス様へ恩賞を要求できる。みなを集めろ。わしが話をする」



 シスネロス予備市民軍では、ドノバ候からの非選挙地地域直轄地軍に不穏な動きがあるという情報、逃亡者から突然もたらされた直轄地軍の謀反という報があっても、非選挙地地域直轄地軍の内応には半信半疑だった。

 ところが、直轄地軍が急激に接近してきたために、ネファルト司令によって迎撃の命が発せられた。


 ただ、これはすこしばかり遅く、また命令された側も、にわかには信じがたい命令であった。特に巫術師が攻撃を躊躇したために直轄地軍は無傷でシスネロス予備市民軍の戦列に到達した。直轄地軍の攻撃が始まった時は、多くのシスネロス予備市民軍兵士の心の準備ができていなかった。




 直轄地軍がリファニアの領主軍や傭兵隊のように戦列を組んで組織的に戦う部隊ならシスネロス予備市民軍は一撃で撃破されていただろう。


 村落単位の武装農民を組織した直轄地軍は、戦う時は後のない防衛戦という、その出自から防衛に徹していれば侮れない敵である。周囲が傷つき倒れても、全滅するまで一歩も引かないのだ。


 この特性をシスネロスの軍首脳陣が理解しているからこそ直轄地軍には動くなと言う命令が出ていた。


 ただ攻勢に出た場合は素人同然である。隊列を組むこともなく集団で吶喊とっかんする。敵に接触すれば他の者と連携することなく個人で戦う。最初の一撃で敵が怯んで崩れなければ単なる個人対個人の乱戦になるか、組織的に逆襲を行う敵の好餌となる。


 非選挙地域直轄地軍は、黙ったまま塊となってシスネロス予備市民軍左翼に襲いかかった。黙ったままの非選挙地域直轄地軍は戦いに恐れをなしたか、背後から急襲されて敗走してきたとシスネロス予備市民軍の多くの兵士は判断した。


 そのため、シスネロス予備市民軍の兵士は、盾も十分構えていなかった。シスネロス予備市民軍の兵士達が盾を構えたのは、非選挙地域直轄地軍が指呼の距離に迫り、その殺気だった兵士の表情を見てからだった。


 シスネロス予備市民軍左翼の兵士は、最初の一撃を盾で防ぐのが精一杯で、反撃のかなわないままに後退した。


 大きく直轄地軍はシスネロス予備市民軍の左翼陣営に食い込む。シスネロス予備市民軍は押されて左翼が弓状になった。そして、逃亡者が出始めた。

 一人が逃げ出すと、つられたように数名が逃げ出した。そして、それは、シスネロス予備市民軍左翼全体に波及していった。




挿絵(By みてみん)



挿絵(By みてみん)




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