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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第二十一章 極北紀行
1106/1155

極北水道復路21 ディネル号の入港 -マルトニアの小さな変化-

 祐司とパーヴォットがワウナキト神殿の波止場でディネル号の到着を待っていると四半刻(三十分)もしないうちに見事な操船の技量を見せてディネル号は指呼の間に迫ってきた。


 船首には王都での祐司の親友ともいうべき存在になった、バーリフェルト男爵家の祐筆のアッカナン、そして同じく元バーリフェルト男爵家の雇用人、現在はバーリフェルト男爵家の家臣で司書の役目と公文書や正式な書簡の管理を行う文庫管理から出入り商人との折衝役になったパーヴォットの家庭教師であるヘルヴィの姿が祐司にもはっきり見えてきた。


「ヘルヴィ先生、アッカナン様」


 パーヴォットが大声を何度も出して両手を振った。


 やがてディネル号の方からも「ジャギール・ユウジ殿」「パーヴォットさん」というアッカナンとヘルヴィの声が聞こえてきた。


 四分の半刻(十五分)もしないうちにディネル号は桟橋に接岸して、すぐに渡し板が桟橋にいた桟橋の作業担当だろう複数の神人によってディネル号にかけられた。

 するとすぐにアッカナンとヘルヴィは速歩で渡し板を伝って桟橋に降り立ち、祐司とパーヴォットの方へ走ってきた。


 祐司はアッカナン、パーヴォットはヘルヴィとしっかりと両手で握手した。


「ジャギール・ユウジ殿がマルタンから出した手紙に、ワウナキト神殿を参拝する予定だとありましたがまさか会えるとは思いませんでした」


 アッカナンが喜色満面という顔付きで言った。


「どうしてアッカナンさんとヘルヴィ先生がディネル号で北極海へいらっしゃったのですか」


 パーヴォットが訊いた。


「海獣の皮革の買い付けです」


 アッカナンがすぐに答えるが、それだけでは真の目的がわからない。祐司はやはりアッカナンは詰めが甘いという家風を持ったバーリフェルト男爵家の家臣だとあらためて思った。


「海獣の皮革でレザーアーマーを製造するのです。バーリフェルト男爵家の武力向上の為です。


 今年になって各種の武具、その原料費が高騰しています。幸いにバーリフェルト男爵家はこのディネル号と専属契約をしていますので、直接海獣の皮革を買い受けて、王都でレザーアーマーに加工して貰うことにしたのです。


 金額的には王都で出来合いのレザーアーマーを購入するよりは割高になる可能性もありますが、原料を提供すると言えば武具職人の組合は優先的に仕事を引き受けてくれます。今の時勢は少々の損得より時間との勝負です。


 海獣の捕獲数は決まっております。それを船を仕立てて金をかけてでも現地で出来るだけ多く入手すると決断したのです。


 また海獣の皮革だけで足りない分は、上質なジャコウウシやトナカイの皮革でまかなわなければなりません。こういったものもすぐに取り合いになることは必定ですから、それも出来る限り入手しました」


 ヘルヴィが的確な説明をしてくれた。



挿絵(By みてみん)




 祐司はオラヴィ王による対モンデラーネ公戦争、すなわちリファニア統一戦争の開始は近い将来の事だと感じている。

 実際にその雰囲気を察した王都貴族家は余程不明な当主の家で無い限りは、数百年に一度の機会に乗り遅れまいと兵力の拡充と武具の整備に余念がない。


 去年の”北西戦役”に義勇軍として参加したバーリフェルト男爵家は”山岳猟兵”ともでも言うべき兵種を担当することになった。

(第十七章 霜を踏みゆく旅路 マルタンへの道程11 北西戦役の収支決算と王家の目論見 参照)

(第十八章 移ろいゆく神々が座す聖都 地平線下の太陽14 女優アリシアの楽屋 三 -大逃散背景- 参照) 


 王都貴族は来たるべき合戦では、自家が独立した一軍単位の”千人隊”を組織して独自に戦い戦功を挙げたいと願っている。

 バーリフェルト男爵家は王都貴族の中では比較的大家で、江戸時代の日本の大名にすると二から三万石ほどの規模であるが小作地がかなりあるので何とか”千人隊”を編成する目処があった。


 ところが王立軍では組織の改編が行われて、複数の”千人隊”が集まった”軍団”が最小の戦略単位になってしまい自家だけで一軍を率いるのが難しくなった。


 ところが”山岳猟兵”という兵種は偵察活動や敵の補給線の妨害、時に険しい地形を踏破して敵後方に進出する為の部隊であり最大での千人程度の独立した命令系統を持つ軍集団の直轄軍という立場になりバーリフェルト男爵家軍として念願の独自の働きが出来る。


 バーリフェルト男爵軍が”山岳猟兵”という特殊な兵種に選出されたのは、祐司がもたらした迷彩を積極的に活用して巧妙な待ち伏せ攻撃を行う事で多くの戦功を挙げたことが王家から評価された結果である。

(第十六章 北西軍の蹉跌と僥倖 下 北西軍の僥倖11 森林戦 下 参照)


 ただ”山岳猟兵”は戦列を組んで戦うのではなく、敵が手薄な所に素早く進出して優勢な敵が出現すれば撤退するという兎角も足で戦をする部隊であるので装備は出来るだけ軽量であるにこしたことはない。



挿絵(By みてみん)




 リファニアの甲冑はすでにプレートアーマーが完成した形で出現しており、適度な行動力を保持しながら防御力も優れている。

 そにに次ぐのが金属片を繋ぎ合わせて日本の甲冑のような形状のラメラアーマーであり、敵と長槍で刺突したり打ち合う戦列兵の装備には欠かせない。


 そしてチェーンメイルは弓兵が主に使用するが、ラメラアーマーなどと併用することもある。


 それに比べて革製の軽量なレザーアーマーは後方の警備部隊の装備という扱いであるが、リファニアのレザーアーマーの中で北方の海獣の皮革を使用したモノは祐司の世界では知られていないリファニア独自の皮革加工技術によって弓や弩の攻撃をかなり防御できる。


 白兵戦を主要な戦闘方式として考えていない”山岳猟兵”からすれば海獣のレザーアーマーは最適な防具である。


 こうしたレザーアーマーは祐司とパーヴォットも王都で求めたモノを使用しているが、欠点は手入れを入念に行っても十年から二十年で耐久力が落ちてしまうことである。

 ただ統一戦争の開始が数年先とすればレザーアーマーの耐久力の問題は問題ではなくなる。



挿絵(By みてみん)




「お久しぶりです」


 アッカナンとヘルヴィに続いてディネル号から下船してきた男が祐司に声をかけてきた。


「ヴァウト船長、お久しぶりです」


 ヴァウトはマルトニアの沿岸航路に従事するディネル号の持ち主で前の船長デヴェインの遭難死した親友の忘れ形見である。


 デヴェイン元船長は親友との神殿での誓いで、自船の名と同じ娘ディネルの婿にヴァウトを迎えるつもりだったが、ディネルは陶工のユルリッシと駆け落ちをしてしまった。

 しかしデヴェイン船長は誓いにとらわれて、ディネルを説得して結婚させるからとヴァウトを独り身でいさせた。

(第十一章 冬神スカジナの黄昏 春の女神セルピナ16 マルトニア見聞記七 -路上の説得- 参照)


 それを祐司が説得してすでにデヴェイン元船長の孫まで産んでいた娘ディネルの結婚を認め、ディネル号の運用をヴァウトに任せるようになった。



挿絵(By みてみん)




 現在はデヴェイン元船長は毎日孫と遊ぶのを楽しみにしながら陶器とカズノコとウニの燻製の運搬の為に小船でディネル号が接岸できる同じくバーリフェルト男爵家の管理地であるバーリフェルト・ノヴェ村村まで運んでいる。


 陶器は祐司が示唆した登り窯でタシラク村でディネルの夫で陶工のユルリッシが中心になって生産している。

(第十一章 冬神スカジナの黄昏 春の女神セルピナ18 マルトニア見聞記九 -タシラク村の宝 中- 参照)



 この陶器はやはり祐司が示唆した釉薬を使用しており、特にコバルトを使用するので独特の青い陶器となっておりコバルトの秘密が露見しない限りはバーリフェルト男爵家の元封土で現バーリフェルト男爵家の管理地となったマルトニア(現バフィン島)のタシラク村のユルリッシしか製造できない。



挿絵(By みてみん)




 また祐司の提案でタシラク村の特産となったカズノコとウニの燻製は爆発的な広がりとはいえないが王都を中心に次第に需要が高まっていた。

(第十一章 冬神スカジナの黄昏 春の女神セルピナ19 マルトニア見聞記十 -タシラク村の宝 下- 参照)


 現在ディネル号はタシラク村をはじめバーリフェルト男爵家の管理地マルトニアのポンテテ郡の村々も産出を始めた特産品を王都をはじめリファニア西岸地域に販売運搬するためにバーリフェルト男爵家の借り上げになっており、ヴァウト船長は王都貴族の庇護下という恵まれた状況で仕事をこなしている。



挿絵(By みてみん)




「奥さんはお元気ですか。たしかホラミラさんでしたよね」


 パーヴォットがヴァウト船長に訊いた。


 ホラミナという女性はタダラテ州の港街カラシャの女性で父親はリファニア西岸とモンデラーネ公支配地の間に位置するロクシュナル州の主家が滅びた元郷士で浪人という身だった。


 このような立場になれば大概は王都やもっと大きな都市に流れていくが、父親はすっかり争乱に疲れ果てており親類を頼ってヘルコ州にやってくると、滅んだ主家で勘定組頭をしていたという前歴を利用してカラシャのヘルコ船舶商会に番頭見習という立場で居場所を見つけた。


 ホラミナは身分と教養がある女性ということで一度はカラシャのかなり大きな商家に嫁いだが、浮気性の夫のために夫婦仲が上手くいかずに結局は離縁になり実家に帰ってきていた。


 その時に商用のためにカラシャを訪れていたヴァウトが接待ということで父親に誘われて、ホラミナの実家を訪れたおりに彼女を見そめたのだ。


 しかしデヴェイン元船長は誓いにとらわれて、ディネルを説得して結婚させるからとヴァウトを独り身でいさせた。


 この為にヴァウトはホラミナのことを諦めかけていた。


 ところが祐司の説得でデヴェイン元船長が娘ディネルとユルリッシの結婚を認めたので、ホラミナと一緒になれたことからヴァウトは祐司に恩義を感じていた。



「はい。今年の春に子供が生まれました。子供が大きくなる頃にはディネル号も古くなるでしょうから、新しい船を子供に用意してやるくらいのつもりで頑張ってます」 


 ヴァウト船長が嬉しそうに言った。


 ディネル号はサラエリザベスがもたらした情報で建造されたブリガンチン型の帆船である。元はヘルコ船舶商会の所有船でデヴェイン船長が中古船として購入した。


 リファニア船の場合は荒れた北大西洋での運用が前提なので同時代の船からすると頑強な造りで三十から四十年ほどが耐用年数だと思われる。


 それからするとデヴェイン元船長が運用しだした時点で艦齢十年は超えていたであろう中古船のディネル号はヴァウトの子が大きくなる頃には修理して使うよりは、新造する方が合理的だろうと祐司は思った。



「そちらの方は?」


 祐司がヴァウト船長のやや後方にいて手持ち無沙汰そうにしている四十年配の小柄だが精悍な顔つきの男について問うた。


「この人は水先案内人のペパギ・リオネルドさんです」


 ヴァウト船長が紹介すると、リオネルドという男は「よろしく」とだけ言って軽く頭を下げた。


「水先案内人ってなんですか」


初めて水先案内人という言葉を聞いたパーヴォットが問う。


「難しい海域を航行する時に、船長にかわって船の操船をしてくれる人です。ペパギ・リオネルドさんは航海士として何度も”キクレックの瀬”を超えて北極海で航海したことがあるのです。


 ですから”キクレックの瀬”から北ではわたしはお飾り船長といったところです。


 ペパギ・リオネルドさんは元はマルトニアのサスカチャでゼフェド・ローデヴェイクさんの元で雇われ船長をしてまして、わたしとは顔馴染みだったのですがローデヴェイクさんと揉めて王都で北極海巡りの船の航海士をしていたんです。


 それがわたしがバーリフェルト男爵の要請で北極海に行くための準備に王都に入港した時にばったり出会って是非にでもと願って水先案内人を引き受けて貰ったんです」


 ヴァウト船長の説明にパーヴォットは小首を傾げながら更に問うた。


「ゼフェド・ローデヴェイクさんというと確かサスカチャの船問屋でしたか?」 


「そうです。マルトニアと本土の航路を取り仕切っていたサスカチャ屋という船問屋の主人です。

 ほとんどのマルトニアの特許船はデヴェイン船長のディネル号も含めて一時はローデヴェイクさんの傘下でした」


 リオネルドが少しばかり意地の悪そうな笑みを浮かべながら言った。


 リオネルドは”マルトニアの特許船”という表現をしたが、マルトニアは王領なので王家の特許を持った者が所有する者の船しか人や荷の運搬が出来ない。

 これは王家に敵対的な地域に住む者の船を排除する為と王領の者や王家に忠誠を誓う地域の者を優遇する為である。


 このことから特に人物に問題が無く前科がなければ特許状は出るが、特許状の申請金更新金を王家は取っているので極度な過当競争にならない程度には特許状の発行は制限される。


 祐司とパーヴォットはローデヴェイクという男に出会ったことがある。


 昨年の春に祐司とパーヴォットはマルトニアの所領が、王家の所領に変更になることで、バーリフェルト男爵家は今後は蔵入地の代官という立場で統治するが以前と実態は変わらないということを直接領民に告げにバーリフェルト男爵家の世継ぎブアッバ・エレ・ネルグレットとその婚約者ニメナレ・ウオレヴィデとともに王領マルトニアの中心港湾都市サスカチャまで、王立水軍の輸送船フェアズ号で航海した。

(第十一章 冬神スカジナの黄昏 春の女神セルピナ2 マルトニアへの航海 ニ -輸送船フェアズ号- 参照)


 この辺りの領民との関係を疎かにしないバーリフェルト男爵家の気質が、バーリフェルト男爵家を古き家柄にしている要素である。


 ところがサスカチャに到着すると、サスカチャから所領のポンテテ郡に行く船があまりに貧弱で世継ぎブアッバ・エレ・ネルグレットを乗せて航行することが憚られた。

(第十一章 冬神スカジナの黄昏 春の女神セルピナ11 マルトニア見聞記二 -デヴェイン船長- 参照)


 そこでサスカチャの波止場に停泊していたデヴェイン船長のディネル号を借り上げようとしたが、デヴェイン船長はローデヴェイクの専属下請けのような立場で、ディネル号を借り上げるにはローデヴェイクと交渉しなければならなかった。


 ローデヴェイクはかなりの麻布を献上品として世継ぎブアッバ・エレ・ネルグレットに差し出してこれからもポンテテ郡の輸送を扱わせて欲しいと願うと、サスカチャの代官所の規定料金とディネル号に積んだ荷の遅滞によって生じる損額でディネル号を貸してくれた。


 ローデヴェイクはブアッバ・エレ・ネルグレットの足元を見るまではいかないが、祐司とパーヴォットはおろか世情に疎いブアッバ・エレ・ネルグレットでも恩義を売るようで実は割高でディネル号を貸したことは理解していた。


 またデヴェイン船長のようにローデヴェイクの配下になった地元の船乗りからは、ローデヴェイクは人望がないことが祐司とパーヴォットには見て取れた。

 一言でいえばローデヴェイクという男は尊大な感じがあったのだ。恐らく傘下におさめた特許状を持つ船長を顎で使うという感じである。



挿絵(By みてみん)




「あのー、ローデヴェイクさんのことを取り仕切っていたっていわれましたよね。今は取り仕切っていないということですか」


 パーヴォットはリオネルドの言葉を隅を訊いた。


「前ほどではないということです。ディネル号がバーリフェルト男爵家のお抱えになったことで、船長達がローデヴェイクさんの元だけが稼ぎの場所ではないと気が付いたのです」


 リオネルドが思わせぶりなことを言うのでパーヴォットは更に質問した。


「どういうことでしょう?」


 これにはヴァウト船長が説明をした。


「ディネル号がバーリフェルト男爵のお抱え船になりましたよね。するとマルトニアに蔵入地を持つ他の王都貴族家も、ディネル号ほどの大きさではありませんが部に応じたお抱え船を抱えたのです」


 更にアッカナンがそれに背景を加えた説明をした。


「王都貴族は見栄の塊なのは御存知でしょう。バーリフェルト男爵家が直接蔵入地へお抱船を運航させているとなっては、他の貴族家も領民の手前お抱え船を送ることにしたのです。


 バーリフェルト男爵家はポンテテ郡から運び出して売るモノが多いので、年間を通じてディネル号はバーリフェルト男爵家のために運航していますが、他家は年貢の積み出し時期しかお抱え船を必要としませんから他の時期は王都の船問屋に運用を任せています」


 リオネルドが少し嬉しそうにまた説明を始めた。


「それからレザセ・ギスムンドル様のヘルコ船舶商会がマルトニアに出入りする特許状を得たので、ローデヴェイクの独占が崩れたのです。

 ヘルコ船舶商会は昨年の”北西戦役”の時に商売無視で王家の息のかかった人や物資の輸送に協力したそうです。そのご褒美だそうです。


 ヘルコ船舶商会の商会主のレザセ・ギスムンドル様は、わざわざマルトニアまで出向いて、特許状を持つ船長達を訪ねて対等の関係でヘルコ船舶商会と契約して荷を運んで欲しいと頼んだのです。


 西岸有数の船主がわざわざ足を運んで対等の関係と言われて、船長達はレザセ・ギスムンドル様は男気のある方だと感心したそうです。

 ですからローデヴェイクとの契約が切れた船長の過半は、ヘルコ船舶商会と契約をしているのです。


 ローデヴェイクとしては、今までの自分の取り分を減らしてなんとか傘下の船長を渡繋ぎ止めにかかっています」


 ギスムンドルはサラエリザベスの一族の取りまとめを行うリファニア西岸最大の船問屋の主人である。

 ギスヌンドルはサラエリザベスの知識を得て、ヘルコ船舶商会を中心に種々の事業を行う商会を傘下においてリファニア最初のコンチェルンを形成しつつある。


 ギスムンドルは或る意味でリファニア最初の近代的資本主義経営者かもしれないが、出自が郷士階級で華美を排した尚武の気質を持ち合わせまた侠気もある。


 リファニアの人間は如何にも商人気質という雰囲気を醸していたローデヴェイクよりも、郷士階級出身の上にその何倍も資金力に優れながら人を見下すことがないのに泰然とした大人たいじんという風情の見て取れるギスムンドルをよしとする。


 またリオネルドはギスムンドルが率いるヘルコ船舶商会は昨年の”北西戦役”の時に王家に寄与したのでその褒美にマルトニアに出入りする特許を得たと説明したが、ギスムンドルが領主ロカチコンド伯爵を説得して、ロカチコンド伯爵家領の港町カラシャの一画に王立水軍の基地を置くことに尽力した事の褒美の意味合いが強いのではないかと祐司は思った。

(第十二章 西岸は潮風の旅路 春嵐至り芽吹きが満つる21 王立水軍基地とソダンキュラ神殿 参照)


「入港痛み入ります」


 祐司達の背後で声がした。 



注;木造船の寿命

 木造船の寿命とは一概に言いがたい所があります。


 江戸時代の和船は二十年ほどの耐用年数で現代日本でもその程度が目安ですが、日本の練習用帆船初代日本丸は五十四年に渡り現役であり、二代目日本丸も1984年に就役してから現在も現役です。


 1805年のトラファルガー海戦においてイギリスの提督ネルソンが旗艦にしたヴィクトリー(HMS Victory)は1776年に進水しており、すでに艦齢二十九年でした。

 その後1812年にポーツマスに係留されたから航海は行っていませんが、現在でも艦長が任命される現役のイギリス海軍の艦艇です。


 船齢は二百年を優に超えています。ただ船体はイギリス艦の象徴ともいうべき国産のオーク材から油分を含んだ外国産のチーク材やイロコ材に入れ替えられるなどの補修がこの百年行われています。


 ヴィクトリーは”テセウスの船”という状態ですが木造船は構造材の部分も取り替えがきくのでその気さえあれば長寿の船となります。



挿絵(By みてみん)




 なおヴィクトリー号よりはやや艦歴が短いモノのいまだに公開可能な木造船が存在します。

 それはアメリカ海軍所属のコンスティチューション(USS Constitution)です。コンスティチューションは1797年に就役してアメリカ合衆国海軍が戦った幾多の海戦で損傷しながらも生き残ってきました。


 初陣は1798年でフランスとの間で行われた疑似戦争(1798~1800年)で、カリブ海のフランス占領下のサンントドミンゴへの上陸作戦を支援して、フランスの私掠船サンドウィッチを捕獲します。


 1803年には北アフリカのバーバリー海賊鎮圧の為に地中海へ出動して、バーバリー海賊の拠点トリポリを砲撃して彼等との間に平和条約を締結します。


 英米戦争(1812~1815年)ではコンスティチューションはイギリスのフリゲートHMSゲリエールと一対一で砲撃戦と体当たりを行い、ゲリエールはフォアマストを折られ、メインマストは引き倒されて航行不能になって降伏後に曳航も出来ない状態のために爆破されて沈没します。


 さらにコンスティチューションはイギリスのフリゲートHMSジャバと三時間におよぶ砲撃戦で、ジャバを修理不能な状態に追い込みジャバは焼却処分にされました。


 その後コンスティチューションは戦争集結までイギリスのフリゲートHMSサイアニーとスループ艦レパントを含む八隻のイギリス艦船を捕獲しており、アメリカ合衆国国民の士気を大いに盛り上げました。


 1840年代には世界一周の航海をします。1850年代は奴隷線取り締まりのためにアフリカ沿岸に派遣されます。


 そして南北戦争では北軍海軍の艦艇として活動しますが、さすがに木造帆船が戦闘艦として活躍できる時代は過ぎていました。

ただ19世紀末には練習艦や接待艦として以前現役のアメリカ合衆国海軍の艦艇でした。


1920年代に民間の支援で再修理を施されて、1931年に再就役して引き舟に引かれてた状態ですがアメリカ大西洋岸、メキシコ湾岸およびアメリカ太平洋岸の港湾都市を訪ねて回ります。


 そして1940年にコンスティチューションは永久就役となります。


 1997年にはコンスティチューションの生誕二百周年ということで、116年ぶりに航海に出ました。

なお2025年現在コンスティチューションは、アメリカ海軍で敵艦艇を沈めた経験のある唯一の現役艦です。



挿絵(By みてみん)

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