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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第二十一章 極北紀行
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極北水道復路20 碑文とディネル号

 今日は祐司とパーヴォットのワウナキト神殿訪問の出発地であるエォルンにセンバス号が入港する日であるので、祐司とパーヴォットは朝食を食べ終えると何時でも移動できるように荷物を食堂の片隅まで運んだ。


 そしてワウナキト神殿からほど近い場所にあると前日に巡礼の世話係であるコルニエド神官から教えて貰ったワウナキト神殿の縁起を刻んだ石碑を見に行った。


 それはワウナキト神殿の四半リーグ(約450メートル)ほど東にあり、まるで地面から持ち上がったようになった平たい岩盤の上にあった。

 ワウナキト神殿も岩盤の上に建っている。ツンドラ地帯では夏季に地面から融解することから恒久的な建物は岩盤が露出している場所でないと建てることができないようだ。


 また夏季はなんとかなるような地面でも、ツンドラ地帯では冬季に下手に暖房をすると下のツンドラが融けて不等沈下により家屋が傾いてしまう。


 縁起を刻んだ石碑は高さと直径がともに一間(約180センチ)というずんぐりした形状の円筒形だった。

 その側面に手の平ほども大きさの文字が横書きでぎっしりと刻んであり、円柱を何回も回りながら読むという感じだった。


 一番上の最初の文字から右隣の文字を少しずつ下にずらして、文字が刻まれておりまるで文字の列が石柱にとぐろを巻くようになっている。

 

「コルニエド神官の話ではこの文字を小声でもいいので音読しながら読むそうだ」


 祐司はそう言って自分で言ったように、小声を出しながら文字列を追って石柱の回りを歩み出した。


 パーヴォットも同じように小声を出しながら石柱を回る。


 石柱はチャートであるらしく、表面は硬質な感じがしながらも艶やかさもあり白色、褐色、赤色、緑色などが層状に入り混じっての丹青の妙という感じだった。


「縦書きにすればいいのに。読んでいる間に目が回ってしまいます」


 全ての文字を読み終わったパーヴォットが不満げに言う。


 リファニア文字は原則として左から右への横書きである。ただ石柱や柱に文字を刻む場合は縦書きもある。

 これはリファニア文字が平仮名やカタカナのような表音文字であるので、横書きでも縦書きでも不自由がないからだ。



挿絵(By みてみん)




「石柱を回ることで徳を積むのではないかな。一番上にノーマ神の御印が刻んである。そして石柱に書かれた内容の半分以上は詠唱だ」


 祐司が石柱の上部を指差して言った。そこにはノーマ神の御印が横一列にぎっしりと刻んであった。

 リファニアでは神像が目の前にないような場合に、地面にそれぞれを神の御印を描いて礼拝をすることがある。


 神像と御印は同様に尊いモノだとされているので、石柱の周囲をまわることは多くの御印を参拝しているのと同じになる。


「そうでございますね。文字を読み取るのに夢中で頭がそこにいきませんでした」


 パーヴォットが反省という気持ちを持った口調で言った。


 石柱に刻んであった内容は神々を讃える詠唱を別にすれば、要約すると以下のようなものだった。


 ”ガファスダ王八年、北辺鎮護の要としてワウナキト神殿はガファスダ王により建立されたが、建設は付近の住民が石材を運ぶことで進んだ。そしてその徳のある行為によりこの地は信仰の深い地になった。”


 そしてワウナキト神殿建立に協力した、当時のイス人の氏族と氏族長の名を刻んで功徳を讃えていた。

 ワウナキト神殿の縁起は神秘的な要素はなく、淡々と事実をそのまま伝えたあっけいないモノといえる。


 ガファスダ王はそれまでまつろわなかったリファニア北部のイス人部族勢力を、独立性を保った外臣という形ではあるが、リファニア王に従うリファニア王国の住民とした第二十二代リファニア王ネルガファサスの子である。


 ガファスダ王は政治的にリファニア王国の版図となった北辺の地に、大規模な神殿を地元のイス人の協力で建立することで文化的にもリファニア王国の一部となすことを実行したという事である。


 父王ネルガファサスはイス人内部の抗争につけ込みながらも”太陽主義政策”といった極力非軍事的で現地イス人の利権を極力保護した。

 その象徴的なものが祐司とパーヴォットも訪れた北部イス人との交易都市ツタデルハシワの建設であある。


 北部イス人との交易場所を恒久的なモノにしながら、その交易をリファニア王国が管制して悪辣なリファニア商人を排除して北部イス人との関係性が悪化しないようにしたが、ネルガファサス王は交易における税収はきっちりと確保した。


 その子ガファスダ王も意北部イス人を尊重する姿勢を見せるためにワウナキト神殿の建立するに当たって、最初に祭神としたのはイス人の太陽神である女神マリである。



挿絵(By みてみん)




 そしてワウナキト神殿にイス人達が訪れるようになってから、南部では女神マリが化身した姿の主神ノーマとして信仰されているという理由で、ワウナキト神殿を訪れる南部のリファニア人の為と称して主神ノーマも祭神に加えられた。


 現在のワウナキト神殿の祭神は主神ノーマであるが女神マリも北辺の守護神として祭られている。


 以上のような内容がかなりオブラートに包まれながら石柱に表現されていた。


 祐司とパーヴォットが詠唱を終えてワウナキト神殿に帰ろうと向きを変えると、ワウナキト神殿の方からかなり高齢な男性神官やってくるのが見えた。


 祐司とパーヴォットは途中でこの神官と出会った。神官は左手に香草と思える乾燥した草束を持っていた。


「こんにちは。どちらに行かれるのですか」


 パーヴォットが神官に訊いた。


「仮墓地に行きます。香草を焚いて祈りを捧げます。遺族に頼まれて命日には祈りを捧げることになっています」


 神官は立ち止まって説明してくれた。


「仮墓地というのは遠いのですか」


「あそこあたりです」


 パーヴォットの質問に神官は東にあるなだらかな丘陵を指差した。


「ああ、あれですか。棒で支えた箱のようなものが、幾つかあるのでなんだろうと思っていました」


 パーヴォットが箱のようなモノが見えるというが祐司にはさっぱり見えない。


「あれが見えるのですか。いい目ですね」


 神官は真に驚いたという口調だった。


「ひょっとして箱は棺桶でしょうか。社務所の神官様がこの辺りでは風葬をするというお話をしていました」


 パーヴォットの再度の問いかけに神官は簡潔に答えた。


「ツンドラに遺体を埋めてもいつまでもそのままです。風葬すれば夏の間に朽ちていって五年ほどすると骨ばかりになりますので、ワウナキト神殿の地下墓所に本埋葬します」


 神官はそう説明すると「それでは失礼します」と言って立ち去った。


「流石に北極海が見える北辺ですね」


 神官の後ろ姿を見ながらパーヴォットは小声で祐司に言った。



挿絵(By みてみん)




 祐司とパーヴォットは石碑の参拝が終わると食堂でハーブティーを飲みながら雑談をしていた。


 そこへヴォーナ・ルチバルド修道神官がやって来た。


「拙いことになりました」


 ヴォーナ・ルチバルド修道神官は開口一番困り顔で言った。


「どうしたのですか」


「センバス号が損傷しました」


 祐司の問いかけにヴォーナ・ルチバルド修道神官はまさに拙い状況を口にした。祐司はスヴェアの娘であるマレーリ・ラディスラから”真の夏至”を目処にエォルンに戻るように言われている。


 センバス号が予定通り出港するのなら、少々だが余裕を持ってエォルンに帰ることが出来る。


「センバス号は無事なのですか」


 パーヴォットが訊いた。


「まあ船自体は大丈夫だそうです」


「そうですと言いますと?」


 祐司はヴォーナ・ルチバルド修道神官が伝聞情報を語っていることに気がついた。


「先程ここから六十リーグ(約110キロ)ほど離れたムッタム村からカヤックで至急の知らせが届きました。

 センバス号はムッタム村の近くにある二つの別院の補給物資を揚陸するために、ムッタム村の沖合に停泊しようとしたのですが、暗礁で船底が損傷したそうです。


 北極海沿岸はまだまだ知られていない暗礁があります。


 現地のイス人は小型のカヤックや精々数人乗りのカヌーしか使用しませんし、あまり暗礁を気にしなくてよいので地元の情報も少ないのです。

 何しろセンバス号はリファニア最初のバーク型の大型船ですから、それだけ吃水も深いので事故の可能性はありました。


 損傷自体はそう大きなものはないそうですが、場所が場所だけに大事をとって浜に乗り上げて修理をするそうです。

 ただ損傷はすぐに直せても浜から離れるのは今度の大潮の時だそうです。十日ほど先になります」



挿絵(By みてみん)




「ギューバン・ハルトムート様らが同乗していたと思いますが、ギューバン・ハルトムート様や船員の皆さんにはお怪我はなかったのでしょうか」


パーヴォットが心配げに訊いた。


 ギューバン・ハルトムートは王家直参の郷士でヤドゼ・リカヴァはその妻である。

 彼等はワウナキト神殿への巡礼が認められて、祐司とパーヴォットと一緒にセンバス号でワウナキト神殿にやって来た。


 そして祐司が詐病であるが”北極熱”で病室にいる間にハルトムートとリカヴァはセンバス号でワウナキト神殿の別院の中では東端にあるラウゼウト別院に参拝を出掛けていた。


 またラウゼウト別院では周辺のイス人集落から物資が集まるので、その集荷がセンバス号の本来の役目だった。


 祐司とパーヴォットはハルトムートとリカヴァは単に発心の為にだけでワウナキト神殿に巡礼に来たとは思っていない。


 ワウナキト神殿は辺境の地で、周囲の広大な地は人跡希なために陸路での巡礼が難しい。

 ならば海路となるがワウナキト神殿に通常は”宗教組織”以外の人間を乗せないセンバス号に乗れたのはかなり裏の力があったに相違ない。


 そしてそうまでしてワウナキト神殿に来るのは北辺の近況をつぶさに見て回り、王家に報告するという隠密の様な任務があるのも相違なかった。

*話末注あり



「人的な被害は全くないそうです。ただ浜から離れるために荷を降ろして船を軽くする必要があって、また海に浮かべば荷を積み直さなければなりませんからセンバス号が戻ってくるのは十数日先になります」


「それは拙いですね」


 ヴォーナ・ルチバルド修道神官の説明に祐司は渋い顔をした。


 祐司はマレーリ・ラディスラに”真の夏至”の日までにエォルンに戻ってくるように言われているがセンバス号の状況からしてそれは実行が難しくなったからだ。


 リファニアの夏至の日は六月二十日に固定されているが、本当の夏至は平年ならば六月二十六日、閏年なら六月二十五日となって”真の夏至の日”と言われる。

 今年は閏年なので六月二十五日までにエォルンに帰って来いと言われていることになる。

*話末注あり


 今日は六月十五日であるので、今日センバス号に乗船すれば六月二十二日前後にエォルンに到着する予定だった。

 ところがヴォーナ・ルチバルド修道神官の話からするとセンバス号がワウナキト神殿に戻ってくるのは六月の末で、エォルンに到着するのは七月になってしまう。



挿絵(By みてみん)




 困ったことなったと思案している祐司にヴォーナ・ルチバルド修道神官は祐司とパーヴォットが思いもしなかったことを言った。


「そこで提案があります。今、沖合に接近中の船があります。ジャギール・ユウジさんがワウナキト神殿に到着する二日前までここの波止場に停泊して物資の売買をしていた船です。


 そして東の村々を回って不足分の買い付けをして、ここにはもう寄らずに王都に帰還すると言っていたそうです。


 で、その船が沿岸を航行しているのが目撃されたので”入港されたし”の旗を立てました。船はその旗の指示でこちらに向かっています。


 その船に同乗されればいいです」


「それはその船の者にすれば面倒なことです。断らることもあるでしょう。また乗せて貰っても邪険にされませんか」


 祐司の顔は渋いままだった。


 北極海沿岸に品物の買い付けをしにきた船は商人が仕立てた船であろうから、幾らワウナキト神殿が仲介したとしても喜んで祐司とパーヴォットを乗船させてくれるとも祐司は思えなかった。


「恐らくその船の人々はジャギール・ユウジが同乗すると聞けばお喜びしますよ。波止場に船を見に来ませんか」


 ヴォーナ・ルチバルド修道神官はお気楽な口調で言った。


「それは構いませんが、巡礼の世話係のコルニエド神官ではなくヴォーナ・ルチバルド修道神官がセンバス号の遅延に知らせに来て下さったのには何か理由が?」


「コルニエド神官は”北極熱”を発症しました。本当の”北極熱”です。ユウジさんとパーヴォットさんの世話が出来なくなり申し訳ないと言っておりました」


 ヴォーナ・ルチバルド修道神官は今度は茶目っ気のある口調だった。


 祐司が”北極熱”を患ったことにしてエリーアスの一族の束ねである医務神官のウィンバルド神官と交流する時間を得たことに対して、「本当の”北極熱”」などと言うのは半ば当てつけである。


 祐司がパーヴォットの顔を見ると、頭の回転の速いパーヴォットはそのことにヴォーナ・ルチバルド修道神官も一枚嚙んでいたのかと得心したような顔付きだった。

 そしてパーヴォットは祐司の方を見た。二人はどちらからともなく少し口角を上げて薄笑いするような表情になった。


 祐司とパーヴォットは互いにまだ気が付いていないが、二人は以心伝心というような間柄になっている。


 ヴォーナ・ルチバルド修道神官はそんな二人の様子にはお構いなしに「さあ桟橋に行って見ましょう」と声をかけた。


 

祐司とパーヴォットはヴォーナ・ルチバルド修道神官に見えないロープで引きずられるかのように桟橋に向かった。

 桟橋に着く前から確かに一隻の船がワウナキト神殿の方向に向かって接近しつつあるのが見えた。


「ユウジ様、あの船は」


 パーヴォットが素っ頓狂な声を出した。


「ああ、わたしにもわかる。あの船はディネル号だ」


 祐司は驚きを飲み込んで言った。


「ユウジ様、ヘルヴィ先生がいます。そしてアッカナン様も」


 人外の視力があるパーヴォットがまだ半リーグ以上(約1キロ)も沖合にいる船を見て言った。



挿絵(By みてみん)




注:王家の情報収集と情報処理能力

 リファニア王の威名がリファニア全土に轟かなくなって数百年になります。その中でも王家が自立性を失うことなくリファニアの畿内ともいうべきホルメニアを保持し続けて現在は一気に巻き返そうかという状況になっています。


 その状況を支えたのがリファニア王家の情報収集と情報処理能力です。


 防諜意識が低い領主家ならその当主が知っている事以上に領内の事案と領主家の人間関係にリファニア王家は詳しいと言えます。


 今まで本文では王家の”間諜対間諜組織”として”カラス組”の構成メンバーが何度か祐司とパーヴォットの前にも登場しました。


 ただ”カラス組”は極めて秘匿性の高い少数精鋭の組織です。またその全容を知るのはオラヴィ王だけで、高位のメンバーも誰が自分と同輩なのかも知らないことが多いという組織です。


 祐司とパーヴォットが宗教都市マルタンで住み込み女中として雇用したカリネル一家は、マルタンの主にリファニア各地から来た神学生を中心に神学校関係者の意識を外部の者の視点からといった情報を集める為に”カラス組”から送り込まれましたが、彼女達は自分の任務については知っていても自分達が”カラス組”という組織の末端だとは知りません。


 カリネルと王家直参の次男である亡夫ベルトホルドは、王都でベルトホルドの父親から、二人はカリネルが平民身分であるということを理由に結婚を反対されたのでマルタンに駆け落ちしたことにして、リファニア王国とリファニア王の為の仕事をして欲しいと言われました。


 その対価として多額の報酬と二十年後にマルタンから帰還した時は実家とは別口でのの仕官か王都で料理屋を出す資金のいずれかを約束されます。


 ベルトホルドは半ば承知しますが、ベルトホルドが証拠はと言いうとリファニア王であるテネサレル王の署名がある書状を父親から見せられます。


 そしてベルトホルドの父親はしっかり見たかと確認するとその書状の燃やしてしまいます。ベルトホルドの父親はカラス組ではなく、カラス組のメンバーである王家の高位家臣から依頼されたことでした。


カリネルは”カラス組”の関係者としてはこの高位家臣どころかベルトホルドの父親としか接触がなく、義父を通じて畏れ多くもテネサレル王から頼まれた事だとしか認識していません。


 それは同じく祐司とパーヴォットが知り合いになったマルタンに潜入して”草”として活動しているマルタン市庁舎の役人ペヘヅ・キアフレド、”料理屋白鳥亭”のルヴァルドとフェリシア夫婦も同じような立場です。


 ベルトホルド達は自分の経営する料理屋で心を許した客の話を盗み聞くといったアマチュア的なカリネル達とは異なり積極的に情報を取りにいったり、敵対勢力の間者暗殺まで担当するのプロですから、敵対勢力の間者から保護する対象としてカリネル達のことを知っていますが、カリネルはペヘヅ・キアフレド達のことを全く知りませんでした。 

 ”カラス組”のような組織は一朝一夕で出来るワケもなく、その母体は今から二百八十年ほど前の第五十九代リファニア王トライデアの時代まで遡ります。


 ただ”カラス組”は悠長に情報を集めるカリネル一家のような”草”を送り込むことはありますが、それは是非にでも情報を取りたいと思う場所に対しての対応というとになります。


 その他の情報収集は王家家臣全体が担っているといっていいでしょう。


 表向きの情報収集は監査官が行っています。王権が地方にまで届かなくなった時代が長いのですが、名目上はリファニア王国全土をリファニア王が統治するが地方の統治は領主に委任しているという体裁です。


 その為に統治に瑕疵はないか確認するという名目で各領主領には数年に一度程度は王家の監査官が来ます。

 領主からすれば鬱陶しい限りですが、建前はリファニア王から叙任されて統治を行う身ですので無碍にも出来ず適当な饗応をしてとっとお帰り願うという感じです。


 この監察官には三段階のグレードがあり、一等監査官はリファニア王より通達官を通じて正式な書面が来ることで監査にやってきては監査の結果を領主に述べるという権限があります。


 ただ通達官を通じた公式な監察官の為に領主が種々の理由をつけて断ると派遣できなくなります。


 この為にモンデラーネ公を筆頭に領主の独立性と不輸不入の権利を掲げる領主派領主の領内には送ることが出来ませんが、これによって王権派領主かリファニア王国における絶対的な王権を否定する領主派領主かを明確に見分けられます。


 寸前に迫っているリファニア王国統一戦争前に、時勢を読めず一等監察官を派遣を拒否していた領主は悔やみきれない代償を払うこととになります。


 二等監査官は予告なしに定期的に訪れる監査官で、領主には挨拶程度で実際に監査した結果は家臣に伝えます。この二等監察官も強固な領主派領主領へ入ることは領主から断られます。


 三等私服監査官はあちらこちらの領内を歩き回っているだけですが、領主からすれば身分を明かした公認隠密のような存在です。


 この三等監察官は王家の任命書を持参しているので、領主派領主でも害したり捕らえるとなると王家と直接対峙することを宣告したことになり、王家に不忠な者を討伐せよと王命が出る可能性があり近隣領主による侵攻にお墨付きがつきます。


 ただ王命で討伐が行われないと王家の威信に傷がつくので、監察官に不測の事態が起こった場合は責任領主と王家の交渉になることが大半です。


 本文ではマール州バルバストル伯爵領を訪れて、”バルバストル伯爵領内戦”に関わった三頭監察官キンベザ・ゴットフリーが登場しています。

 ただキンベザ・ゴットフリーはただの三頭監察官ではなく、王家から密命を受けていました。

(第六章 サトラル高原、麦畑をわたる風に吹かれて 嵐の後6 監査官キンベザ・ゴットフリー 参照)

 

 さて王家の意向を伝える通達士、その上位の通達官も各地の内情を調べたり、国内ですが外交官という立場がありますのでその地位を利用して工作活動まで行う事があります。


 本文で出てくる通達官はキスガ・カレルヴォです。初出ではカレルヴォは使い走り程度の通達士でしたが、再登場時には勅使の到着を伝えその饗応の状況を査察する権限がある通達官に出世していました。

(初出 第七章 ベムリーナ山地、残照の中の道行き ベムリーナ山地の秋霖15 三組の夫婦 上)

(再登場 第十八章 移ろいゆく神々が座す聖都 マルタンの光と陰9 キスガ・カレルヴォの訪問)


通達官や通達士は役目上警戒されずに通達する場所に行けますが、それはその気になればその地の情報を何気なく集めることが出来るということです。

 祐司はカレルヴォの本当の仕事は情報収集であり、通達官はその隠れ蓑ではないかと思っています。


 またマルタンの王家の草であるペヘヅ・キアフレドもカレルヴォに関して「大概の通達官や通達士はただの者ではないだろう。通達官や通達士だけの仕事しかしないのなら無能ということだ」と言っています。

(第十九章 マルタンの東雲 光の歩み3 迎日祭とモンデラーネ公の七子 下 参照)


 さらに王家家臣も各地に巡礼に出掛けますが、情報収集も行っていることは今では公然の秘密です。

 そのような者達からの報告は皮相で内容が薄いモノではありますが、数があつまれば何かが見えて来ます。


 こうした各種の情報を分類して意味のある情報を取り出すのは、二百年に渡って情報処理の技術の磨いてきた王家の中で法務事案管理処という秘匿名がついた部署で百人以上の法務官と名乗る人間が奉職しています。



注:”真の夏至”の日

 リファニアの暦の起点は冬至でこれは形式も実際も同じ日で十二月三十日です。そこから九十日目が春分、百八十日目が夏至、二百七十日目が秋分です。


 リファニアの暦は十二月三十日と一月一日の間に平年では五日、閏年では六日の余日がありますので、平年で春分はリファニア暦で三月二十五日ですが、”真の春分の日”は三月二十七日とずれます。


 この差は夏至、秋分と進むにつれて差が大きくなって行きます。

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