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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第一章  旅路の始まり
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”小さき花園”の女6  いわゆる魔女

二人だけで進んできた物語に外部から招かざる訪問者です。

 春分から一月ほどたつと太陽は地平線から姿を見せていることの方が長くなってきた。祐司がこの世界にきてからほぼ一年である。

 根雪が融けて森の大半は地面が姿をあらわした。所々にある落葉樹も芽吹いてくる。小さな小川に沿って草も所々に伸びてきた。


 ただ、日本の本州太平洋岸でいえば四月も末に当たるからそれなりに厳しい自然である。



 その日は、祐司はスヴェアとともに母屋で食する朝食前に薬草畑に出かけようとしていた。前夜仕込んだ霜よけの枯れ草を取り除いて薬草に太陽を浴びさせるためである


「ユウジ、母屋に隠れろ」


 スヴェアがハヤブサのギーミュを革手袋をはめた左手にとまらせてやってきた。


「何事ですか」


「客人をギーミュが見つけた。もうすぐここにやってくる。何者かわかるまではユウジは姿を見せない方がよかろう」


 スヴェアはギーミュやリッポーとある程度のコミュニーケーションができた。スヴェアにすればできるからとしか言いようがない能力の一つである。

 もっともスヴェアによるとギーミュからの情報はハヤブサの認識を越えることはないから限定的で警戒や恐れ、威嚇といった感情を中心とした情報である。


 祐司が刀だけを持って母屋の屋根裏に隠れてワラ屋根のワラを少し寄せた隙間から表を覗いていると、四人の男がやってきた。二人は荷を背中に載せた馬を曳いている。


 スヴェアは男たちがやってきたときは母屋の前で森の方から続く小道の方を見据えてたっていた。祐司が今まで見たことのない、赤い色のインバネス・ケープのようなものを羽織ってすこしすました表情を浮かべていた。


「たまげた。本当にいるんだ」


 抜き身の剣を右手に持った先導役の男が後ろの三人に声をかけた。


 四人の男たちはいずれも年の頃は二十代半ばで武装していた。先頭の男は、胸と腹を覆う金属製の鎧、後の三人は鎖帷子を着込んでいた。


「伝説の”千年巫女”か?」


 すぐ後ろにいた男がスヴェアに声をかけた。


 その後ろの二人の男が顔を見合せて腰に下げた剣の柄に手を伸ばそうとした時にスヴェアは巫術を発動した。


 当然、つむじ風が起こり土埃が舞い上がる。男達は飛ばされないように中腰になった。それでも大の男がよろめくほどの風力である。

 つむじ風がおさまると、スヴェアは猟の時に落とし穴をつくる巫術を行った。男達とスヴェアの間に大穴が開く。


 いつの間にかやってきた大犬のリッポーがスヴェアの横で男達を睨んでいる。


「申し訳ないな。わしの力を見せておかんとかえって怪我をする輩がでないとも限らぬからな」


「これは失礼した。わたしはギューバン・エンゲルブレクト・ハル・ビェホウネク・ドルデ・ディ・キス、キスの郷士ビェホウネクの次男です。

 この一行のリーダーをしております。あとの者たちはわたしの連れで、わたしと同じような郷士の次男三男です」


 先頭の男が丁寧に言った。後の男たちも最後に「ディ・キス」とつく同じような名乗りをあげた。


「キスとはまた遠方から。われはマミューカネリ・スヴェア・ハレ・ヴァルダン・ジャネル・ディ・ヘルコだ。長年、この地で暮らし、この地を守護する巫女である」


 リファニアでは、正式な名を「個人の卑称」・「個人名」・「ハル{男性}かハレ{女性}という前置詞」・「父親の個人名」・「氏族名」・「ディ{前置詞}」・「出身地名(州名)」という形で名乗る。


 すなわち男は「キス州出身のドウデ氏族に属するビェホウネクの息子である{這いつくばる者}のエンゲルブレクト」ということになる。

 ちなみにスヴェアのフルネームの意味は「ヘルコ州出身のジャネル氏族に属するヴァルダンの娘{コケモモ}のスヴェア」である。



「マミューカネリ・スヴェア、名のある巫女そして巫術師とお見受けいたします。われらはこれから”魔神の巣窟”へ入りケイバリットを手に入れたいと思います」


 リーダー格の男はここまで言うと、力強い口調にかわった。


「是非、われらに祝福を与えていただきたい」


 リーダー格の男は後の三人に手で合図を送り跪かせると、自分も跪いてスヴェアに頭をたれた。


「怪我をしておられる方もいるようだが、よくぞここまで」


スヴェアは頭に血のにじんだ包帯を巻いた男を見ていった。


「はい、”白き迷宮の森”に入って一ヶ月近く彷徨いました。その間に八人いた仲間は四人になりました」


「一ヶ月でここまで来られたのなら上々。その武勇を称えて祝福を与えよう」


 スヴェアはそう言うと小声で古代語の祈りの言葉を唱え始めた。その間、男たちは跪いて頭を垂れたまま動かない。


 祐司は男達のうち二人が暗い森を背景にして極薄い光を散発的に放っていることに気がついた。じっと見ていると他の二人もかなり間遠だが時折、薄い光が立ち上るように見える。

 この世界の人間は皆、光を発っているのかもしれないと祐司は思った。そして、その光が強い者が巫術師なのかもしれない。


「さあ、祝福は終わった。女の一人住まいゆえ家に入れることは叶わぬが、ここで天幕を張り暫く養生してから行かれてはどうか」


「いいえ、養生ならば怪我を癒すことも兼ねまして二日ほどこの先の谷でいたしました。今は気持ちが高ぶっているゆえ、この勢いで進みたいと思います」


 リーダー格の男は立ち上がりながらスヴェアを見据えて言った。


「そうか。せめて井戸で水を補給するがよい」


「そうさせていただきます」


「馬はどうする。大分弱っておるようだ。すぐに険しい山道、そして崖道、断崖になるから馬は役にたたぬぞ」


 スヴェアはあばらの浮き出た馬の頬を撫でながら言った。


「ぶしつけなお願いですが」


リーダー格の男の言葉を継ぐようにスヴェアは言う。


「わかった。お主たちが戻るまで馬は預かろう。馬から必要な荷物を下ろしたら家畜小屋の脇にでも繋いでおけばいい」


「ではお言葉にあまえましてお願いいたします。マミューカネリ・スヴェア、一つお聞きします。”魔王の巣窟”への往復ではどの程度の食料が必要になりましょうか」


「わしも核心部までは行ったことがないが、山を登る術を知っており何事もなく行けたとしても五日はかかるであろう。

 水場が見つかるとも限らぬからなるべく多くの水も持っていく必要がある。水が不足するようなら諦めて引き返すのだな」


 スヴェアは虚実を混ぜて言った。


 スヴェアの忠告を聞いた男達は馬から荷物を降ろすと自分達が背負えるように荷物を整理した。もてあます荷物はスヴェアがあずかることになった。

 それでも弩を背負った男を筆頭によろめく程の荷物を背負った男達は山の方へ向かって歩き去った。



「ユウジ出てこい」


 スヴェアは母屋の方に声をかけた。


「郷士とか言っていましたが何者ですか?」


 母屋から出て来た祐司がたずねる。


「郷士とは貴族家の家臣や土着の零細豪族が名乗る称号だ。大概は所有農地には税がかからず、地方貴族の末席として一般の住民からは尊敬の対象にもなる。井の中の蛙だが気位が高く領主気取りの連中だ。

 ただ気位は高くとも自分の家族郎党が耕す農地以外には数人の小作人に貸し出す程度の農地しか持っておらぬ者が大部分だ。

 その次男三男ともなると武勇を上げて世に出ぬ限り結婚もできず一生長男の従者扱いだ。だから、傭兵になったり一か八かの冒険に出る者も多い」


「ケイバリットって何ですか」


「巫術のエネルギーが蓄えられる金属のことだ。これさえあれば巫術が使えなくとも大きな力を発揮できるとされておる。

古来よりそれを求めて探索する人間は多い。最もケイバリットなどいう金属は存在しなかったがな」


「しなかったですか?」


「ユウジの水晶や刀はまさしく伝説のケイバリット同様の力があるであろう」


 スヴェアは皮肉っぽく微笑んで言った。


「欲しい物に限りなく近づいたのに命が幾つあっても足りない山に行かせたんですね。せめて危険を教えて引き返すように言ってもよかったんじゃないですか」


 祐司が多少不満げに言った。


「けったくその悪い連中だ」


 スヴェアは足下の石を蹴った。祐司は目をしばたけてそれを見た。スヴェアはそんな祐司の様子に気がつかずに言った。


「さて、ユウジよ。あの者どもを追跡せよ。ただし、砂場のテラス以上に上には登るなよ。まあ、そこで決着はつくだろうがな。


 決着がついたらあの者達の持っていた荷を持って帰ってこい。ただし、巫術で強化された金属はいらん。ユウジが触ればすぐに見分けがつくであろう」


続けてスヴェアは祐司の目を見ながら言った。


「あの者達に情けをかけるな。わしが力を見せたから大人しくしておったが、ただの女と見れば己の獣欲を満たし野盗同様の振る舞いに及んだであろう。

 要らぬ助けを与えても、隙を見てお前の命を狙ってくるような輩だ。ただ黙ってことの次第を見ておれよ」


「何故、そのような悪意のある連中だと?」


「郷士風情の次男三男が、あのような装備を持っておることなどない。第一馬は高価だからな。まっとうな手段で手にいれたとは思えん。

 多分、近隣で悪さをしすぎて討伐を受けたのであろう。そして苦し紛れにこの地を取り巻く”白き迷宮の森”に迷い込んできたのであろうが、あの者達が”魔王の巣窟”と呼んでおる”岩の花園”を見て一か八かの勝負に出たのだ。ケイバリットが入手できれば無敵になるのだからな。さあ準備をして行け」


「でも、ゆっくりしていたら見失いますよ。もうあいつらが出発して大分経ちます」


「大丈夫だ」


 スヴェアは確信めいた口調で言う。


 それでも祐司は倉庫の自分の部屋に急いで戻ると、リュックに水を入れたペットボトル、オペラグラス、修理補強した懐かしい山からの下山に使ったロープだけを入れて出発した。



 祐司は5分ほどで森を抜けて断崖へ続く急斜面に出た。そこで、慎重にヤブに身を隠してオペラグラスで断崖の方を探った。


 先頭の男は軽装で断崖を少し登り霧の部分に入りつつあった。後の男達は荷物の多さに遅々とした歩みで最後部の男は断崖どころかまだ急斜面の途中だった。


 どうやら、先に登った者がロープで後の人間と荷物を引き上げるようだった。祐司は時間がかかるなと判断して寝転んでペットボトルの水を一口飲んだ。一時間ほどもしてようやく荷物が霧に隠れているテラスに上がり残った男も断崖を登りだした。

 

 祐司はその男が霧に隠れると、後を追って走り出した。


 身軽なこともあるが、急斜面の岩場を祐司は自分でも驚くほどの早さで駆け上がった。 祐司は上手くバランスを取りながら岩から岩へ飛ぶようにしてあっという間に断崖の下に到着した。


 祐司は男達に見つからないように彼らが登っていったルートから数十メートル外れた灌木がそこかしこ生えている箇所を登りだした。祐司は用心して灌木から灌木へとルートを取りながら十分ほどで霧がかかっている場所に到着した。砂場のテラスまではあと少しである。


 祐司のいる岩場のすぐ上から金属バットでドラム缶を叩いたような音と短い悲鳴のような声が聞こえた。


 突然祐司の横を男が落下していった。男は垂直に近い岸壁の岩に何度もぶつかり落下していく。さらに男は急斜面に到達すると岩に当たるたびにバウンドして滑り落ちていった。男が完全に静止したのは急斜面のとっかかりである。


 十中八九絶命しているだろう。なまじ息があっても助からないだろうと祐司は思った。


 祐司は唾を飲み込むと岩場を上がり砂場のテラスに到着した。不快な熱気が祐司を包み込む。以前と同じように祐司の周囲数メートルには霧がなく祐司は霧の壁の中に居るような状態であった。ところが、しばらくすると、薄いながらも霧が祐司の周辺に満ちてきた。


 体の中に埋め込まれた水晶の作用だと祐司は気づいた。巫術によって作られた霧は最初に水晶に力を吸い取られるが、力を満たした水晶は徐々にエネルギーを周辺の空間に戻す。祐司自体は巫術を無効にする働きを続けているが僅かに戻される力の方が多いのである。


 突然、大きな蚊の飛翔音が聞こえてきた。


 薄い霧のゾーンは十メートル程に広がっていた。その中に突然野球のボールくらいの大きさがある虫が飛び込んできた。その虫は祐司の目の前で反転して濃い霧の中に戻っていった。


 真っ黒なカメムシのような姿で大きな羽音を立てて飛行する虫は薄い緑色の光で包まれていることから巫術による創造物だとわかる。


 祐司は砂場のテラスを男達がいるはずの方向へゆっくり進む。その間にも何回か虫は祐司の近くにまで飛んできては慌てた感じでUターンしていった。


 霧を通して人影が見えた。祐司は地面に伏した。


「おい、誰がいるのか」


 おびえた声が聞こえてくる。祐司は伏せたまま動かなかった。


人影は剣を右手に左手には短刀を持っていた。飛翔音がけたたましく近づいてきた。男は祐司がまだるっこくなる程の遅さで、ゆっくりとその方向へ体を向ける。


 男はその方向を見据えたまま足下の石を手探りで拾うと飛翔音のする方へ投げた。祐司はじっとその石の軌跡を目で追った。


 男が剣を構えて体勢を整える前に虫が男を目がけて飛んできた。そんなにスピードはない。剣ではじき飛ばすかと祐司は思ったが、男は剣を振るうことなく虫の突入を許した。


 鈍い金属音がした。虫は男の胸を覆う鎧に当たりまた霧の中に飛び去った。男は衝撃で剣を落としてよろめいた。

 複数の羽音が押し寄せてきた。虫が続け様に二匹男に衝突する。男は頭を両手で抱えて完全に戦意を失った。そこへ次から次へと虫が突入してくる。男は砂地に仰向けに倒れて動かなくなった。


 祐司は体を低くして用心しながら男の方へ進んだ。


 予想はしていたが祐司は男の惨状に鳥肌が立った。


 男の顔は原型をとどめないくらいに損傷していた。鼻があったと思える場所は陥没して血の池のような状態だった。下顎は完全に吹っ飛ばされて口内の上部が露出していた。側頭部にも陥没があり激しく出血した様子が見て取れた。右手は不自然な方向にねじ曲がっており脱臼か骨折していた。


 祐司は更に身を屈めて男の顔を見ないようにして暫く男の横にいた。祐司は男がすでに死んでいることがわかると安堵した。あの状態で虫の息でもあったら祐司は処置に困りパニックになるかも知れないと恐れたからだ。


 祐司は恐る恐る先に進んだ。まだ二人の男の行方が知れないからだ。


 二十メートルほど進むと二人の男の末路が明らかになった。二メートルと離れていない場所に二人の男の死体があった。二人とも暑さのあまり鎖帷子を脱いだところに虫の突入を受けたようだった。


 どちらの男も胸と腹に大穴が開いて内蔵が当たり一面に飛び散っていた。



 祐司はスヴェアの指示のように荷を漁った。幸いにも男達が運んでいた荷物は二人の男の死体の傍らにまとめてあった。鹿肉の燻製と石のようになった黒パンといった食料を祐司は自分のリュックに詰めた。


 崖端の岩にロープを結びつけて崖下に垂らす。二重にせずそのまま垂らしたので、斜面になっている部分までロープの下端はとどいていた。


 祐司はそのロープを頼りに、食料を斜面に置くとまた断崖を登り次の品物を物色した。


 このようなことを何回か繰り返しているとスヴェアが最初に崖下に転落した男の死体を馬に載せて斜面をあがってきた。


「ユウジ、この死体を砂のテラスに捨ててきてくれ」


 突拍子もない言葉に祐司は聞き返したが指示は同じだった。男の死体は裸にされていた。全身に打撲、内出血のあとがあり四肢も何カ所かが折れている。致命傷は見た目にも歪んだ頭蓋骨への広範囲な陥没骨折とそれに伴う脳の損傷だろう。


 仕方なしに祐司は男を背負った。それを丁寧にスヴェアは祐司の体にロープで巻き付けた。


 男の死体は小柄だった。身長は160センチあるかないかで、体重も50キロ程度の軽さだった。この男だけでなく他の三人も同じような体格だった。


 祐司は男たちの死体をせめて一カ所にまとめておいてやろうと思った。二人の男の死体のある場所にきて祐司はまた鳥肌が立った。


 無数の虫が死体を覆っているのだ。最初は真っ黒に虫がたかっていたのでよく分からなかったが、祐司が近づいて逃げ出したのは指ほどの太さのアリだった。


 すでに男達の死体は半ば以上が食べられてしまい内臓があった部分は空虚な空間になっていた。

 祐司は少し考え込んだが、運んできた死体をその傍らに寝かせた。スヴェアはこのことを知っており死体の処理のために運ばせたのに違いないからである。


 祐司は顎を吹き飛ばされた男の死体も同じ所に置いてやろうと死体のある場所に行った。死体は服も喰われてしまったようで白骨だけが残っていた。祐司は男の甲冑と武器だけを回収した。



挿絵(By みてみん)


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