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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第二十一章 極北紀行
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極北水道復路12 ”小三十ヵ所参り” 四 エラルドの幸せ

「ブルニンダ士爵がそのような事を言っていたのですか。余程、貴方には気を許していたのですね」


 祐司が感心したように言った。


「ええ、十代半ばから従者として仕えていましたから。ブルニンダ士爵も人間です。誰かに弱音をいいたいこともあったのでしょう」


 エラルドは少し遠い目をして言った。



 エラルドは自分で言ったように、名高い武芸者のもとで習練させようという父親の頼みもあってブルニンダ士爵の元で十代半ばからこのヨーロッパの従騎士に相当する従卒だった。


 そしてブルニンダ士爵がヴァベマ隊を組織して、エラルドが入隊できなくとも引き続き従卒をしていたのは特別な理由があった。


 ブルニンダ士爵は童貞のまま死んだ馬鹿な男と嘲られることがあるが、実ブルニンダ士爵はバルバストル伯爵妃ランディーヌに他の女性と交わることはないということを誓ったのであり、性行為自体を封印したワケではなかった。

(第六章 サトラル高原、麦畑をわたる風に吹かれて 嵐の後10 舞台裏4 監察官ゴットフリーの忠告 参照)


 実はエラルドはブルニンダ士爵に性的な奉仕もしていた。


 しかしブルニンダ士爵としてはこのことは公に出来ずに秘密を知る者を増やさないためにエラルドをずっと手元に置いていたのだ。


 陰では冗談半分の程度の種々の噂はあるにはあったが、ブルニンダ士爵とエラルドの関係は表に出ることはなかった。


 エラルドはブルニンダ士爵が本音で言ったことを祐司とパーヴォットに告げているが、ブルニンダ士爵も所詮は心の何処かに弱い部分があったので墓場まで持って行くつもりだった本音を心を許したエラルドに死出の旅の直前に話したのだ。


もし男性間の性的な関係に敏感な者ならエラルドの話を聞いている途中でエラルドとブルニンダ士爵の関係に気がついただろうが、その手の話に疎い祐司とパーヴォットは気がつくことはなかった。


 また祐司は巫術のエネルギーによる光から話相手の感情の動きを察知することが出来るがエラルドはブルニンダ士爵との間柄については全てを受け入れて昇華した明鏡止水といったような心情になっていたので、エラルドの発する光はかすかにさざめく程度だった。


 回想話などする時は自分に都合の良い内容にしたり、また自分の都合の悪いことは話さなかったりするのは常な事であるので多少は巫術のエネルギーによる光が揺れるために祐司はエラルドの話の内容にさらに質問をすることもなかった。


さらにリファニアでは一般に男色は女色の代用という感覚があり、性的な純潔を誓い常に禁欲的な生活をしていたというブルニンダ士爵が女色より性的に放縦と思われる男色などするはずがないという先入観念が祐司とパーヴォットにはあった。



「それにしてもよくお命がありましたね。伯爵舘では立て籠もっていた者の半分以上が死んだのでしょう。特に近衛隊は過半が死んだと聞いています」


 降伏しようとする者達に数で劣勢な近衛隊はバルバストル伯爵妃ランディーヌとともに伯爵舘の本館に閉じ込められ火を放たれた。

 そして堪らずに飛び出した近衛隊兵士は討ち取られていった。このことを知っているパーヴォットはエラルドが無事だった事に驚いたのだ。


「ブルニンダ士爵は自分が目的を何も果たせずに死ねばもう策はないので、バルマデン準男爵様にバルバストル伯爵妃様の助命と出来ればお立場を保持していただき、その他の者は責任を取って出来れば家中を去るという寛典を願って欲しいと伝えました。


 わたしはその場にいて聞いていたので間違いのないことです。バルマデン準男爵様はしかとそのようにしようと言いました。


 ところが夜襲が完全に失敗して伯爵舘から何歩も進めずにブルニンダ士爵が討ち取られて、ヴァベマ隊も潰滅したことをバルマデン準男爵様は何もしようとはなさいませんでした。


 わたしは必死にブルニンダ士爵様の言を実行してくださいと頼んだのですが、バルマデン準男爵様はわたしを捕らえさせると、『時が来ていない。申し訳ないがお前が騒ぎ立てるのは困る』と言って、わたしを倉庫の地下室に閉じ込めてしまいました。


 まあその為に命があったと思えば、バルマデン準男爵様には感謝しなければならないのかもしれません。


 わたしは近衛隊に所属していましたが閉じ込められた状態でつかまりました。生き残った近衛隊の者があいつは敗北主義者で投降を画策した裏切り者だから監禁されていたのだと言ったことでわたしは罪一等が許されて、死罪や無期の石切場送りではなく一生奉公になりました。

 

 後で知りましたがバルマデン準男爵様が他の者にあいつは裏切り者だから捕らえたと言っていたようです」


 エラルドの言うバルマデン準男爵は、”王都では門番風情”と地元派から陰で罵られていた王都派の中では元からの上位の郷士身分で家格も高かった。


 そのこともありバルマデン準男爵は王都派では最も高位で家老職にあった。


 しかしバルマデン準男爵は押しが弱く、八方美人的な性格が災いして祐司に討ち取られた強硬派の近衛隊長デルベルトなどの人物を押さえる事が出来ずにいた。


 またエラルドは罪一等が許されて一生奉公と言ったが、死罪を免れて無期の石切場送りでなかったことに感謝している。


 これはリファニアにおける刑罰としての石切場送りは、命の危険と隣り合わせの血反吐を吐くような強制労働になるが、一生奉公は誰かに無給で仕えるだけで自由の身である。


 また慣例として一生奉公でも普通に仕事をしていれば二十年を目処に年季明けにある。


 現代日本の事例とは比較しにくいが一生奉公と罪人として石切場で働かせられることは、無給だが衣食住は保証してくれ時には小遣いぐらいは貰える職場で休日をもらいながら定時分だけ働くのと、実在するかは定かではないが非合法のタコ部屋に入って休みなしで一日に十数時間ほども一生働かせられるほどの差である。



挿絵(By みてみん)




「ブルニンダ士爵戦死の時点でも、バルマデン準男爵は王都派を説得する自信がなかったということですね。


 でも最後はバルバストル伯爵妃の首を刎ねて、それを土産だと言いながら投降して今はのうのうと地元派の残党狩りをしてバルバストル伯爵にどのような顔で仕えているのでしょう」


 パーヴォットが呆れた様に言う。


 バルマデン準男爵は王都派の首魁でありながら、地元派を糾合したバルバストル伯爵に寝返り、かつての同輩を摘発しながら安閑として暮らしている卑劣漢のようにパーヴォットはいうが実相は少々異なる。


 バルマデン準男爵は近衛隊を始末した者は罪に問わないで欲しいと願ったが、命は取らないかわりに身一つで追放処分にすると言われた。

 さらにバルマデン準男爵と家族は斬首に値するが、忠義の印としてバルバストル伯爵の命じた仕事をすれば咎めないと脅かされた。


 そして苦い思いをしながら家族と自分の家臣の命と生活のために後ろ指をさされるような仕事を時分への罰だと思って引き受けたのだ。

 これは王都派の残党の恨みがバルバストル伯爵や地元派に向くのではなく、バルマデン準男爵に向かうようにするというバルバストル伯爵側の策だった。


 こうした事情はパーヴォットも知ってはいるが、ついバルマデン準男爵を悪し様に言ってしまったのだ。


「こんなことを言うのは亡きブルニンダ士爵様には惨いかもしれませんが、バルバストル伯爵妃ランディーヌ様はブルニンダ士爵様以外の王都派は命を掲げてお守りする気持ちなどなかったと思います。


 ただ王都派は自分達の旗とし掲げて自分達が美味い汁を吸う為の道具にしか思っていなかった。


 だから自分を潤す債権どころか借財にしかならなくなったバルバストル伯爵妃ランディーヌ様を切り捨てるのに、バルマデン準男爵様以外の方も躊躇なかったと思います。


 今にして思えばバルマデン準男爵様は、今更降伏しても暗い未来しかない近衛隊以外の者が自分に従うようになるまで待っていたのではないかと思います。

 バルマデン準男爵様は二枚舌だの裏切り者だと陰口ばかりですが、決断力はなかったが思慮深い人だったと思います」


 エラルドは淡々と言った。


「それでも一生奉公になって御苦労されたでしょう」 


 パーヴォットが労う様に言った。


「ええ、反逆者としては一命を許される代わりに一生奉公者としてフィシュ州ナルネドの商人に売り払われたのです。


 この時には父と長兄は伯爵舘で討ち死にしていました。母と次兄、子供も含めて一族の者達は領地の舘にいるところを王都派に扇動された一揆勢に襲撃されました。


 まなじ屋敷に籠もって抵抗したので屋敷に火をかけられました。一族の者は焼死するか、たまらずに逃げ出したところを嬲り殺しのような形で殺害されて皆殺しになりました」


 エラルドの言葉は進むにつれて沈んだ口調になった。


 バルバストル伯爵家の昔から地元に根付いて領民との関係を大切にしてきた地元派は、王都派を排除する為に農民一揆を画策した。


 ”王都では門番風情”と言われた王都派は出自の低さの劣等感から、是も地元派の策謀もあって”見え”を張って贅沢な暮らしを追い求めた。


 これは王都派領主の苛政に繋がり農民の怒りが満ちていた。


 地元派はマール州の庶民により相互扶助を旨とする巡礼組織である”マロニシア巡礼会”を隠れ蓑にして農民を組織して、意図的な一揆を起こした。

(第六章 サトラル高原、麦畑をわたる風に吹かれて 虚飾と格式、領主直轄都市バナミマ11 マロニシア巡礼会 参照)


 これが結果として地元派の完全勝利のもとになった。



挿絵(By みてみん)




 マール州バルバストル伯爵領の主邑バナミナの伯爵舘に立て籠もった王都派の人々は近郊の王都派領地から援軍が来れば、少なくとも脱出してより強固な城塞に拠ろう考えていた。


 しかし騒乱の初日にほとんどの王都派領地の城塞や舘は農民勢により占拠され、王都派の人々は殺害されるか身代金の為に捕縛されて援軍どころが何とか逃げ出せた者が山野に潜んでいるだけだった。


 ただ農民達が自分の力を知ってしまったので、バルバストル伯爵とその家臣団は農民の愚痴が「御領主様の都合もわかるが、もう少しわしらの都合も考えてもくれんかな」程度に留まるような統治をする必要がある。



「自分の身内が全て”黄泉の国”に行ってしまったと知ってわたしはまるで魂が抜けたようになってしまいました。


 魂の抜けたわたしはまるで操り人形のようにその商人のもとで鞄持ちと、多少武芸に心得があるということで護衛をしていましたが、無表情なわたしを気味悪がっていた商人から商品の代金として、更にソウイガワネに売り払われたということです」


 エラルドは回顧するような口調で言った。


「わたしには父と母はいません。父はわたしの難儀を救う為に命を失いました。少しばかりですがエラルドさんのお気持ちはわかります」


 パーヴォットがしみじみと返した。


 パーヴォットは祐司と出会って楽しく暮らしているが、時に父母をなくした喪失感に心が痛むことがある。

 その為に身内を一気に失うというエラルドの大きな喪失感から廃人のようになったことをパーヴォットは思い遣ったのだ。


 ただエラルドの喪失感の半分はブルニンダ士爵の死だったがこれは祐司とパーヴォットの知るところではない。


「大変な経験をされたことはわかります。でも何故にユウジ様に感謝するのですか?」


 まだパーヴォットは警戒心を露わにして訊いた。


「わたしはソウイガワネに買われて、ソウイガワネの家で働くようになりました。トナカイの世話や冬籠もりの為の仕事を言われるがままにしました。

 最初はソウイガワネ様と呼んでいましたが、ソウイガワネが堅苦しいというので、姐さんと呼ぶようになりました。


 それが中々抜けきらずに夫婦になった後も時々姐さんと呼んで怒られるのは先程貴方方が見たことでおわかりかと思います。


 わたしは忙しいけれど仕事をすればソウイガワネが『ありがとう』と言ってくれることが幸せだと感じたんです。

 そしてわたしは何を求めて生きてきたのかと考えるようになりました。そうしたらわたしは幸せに暮らしたいと思って生きてきたことに気がついたのです。


 わたしは両親に勧められるまま近衛隊に入りました。両親は近衛隊に入れば幸せな暮らしが出来ると言いました。わたしも何となく近衛隊に入っていれば幸せな暮らしが出来ると思ったからです。


 バルバストル伯爵妃ランディーヌ様に仕えていれば幸せな暮らしが出来ると思ったからです。


 でもそれは他力本願な幸せでした。砂上の楼閣より脆い幸せに過ぎませんでした。第一幸せな暮らしをしたいと言いながら何が幸せな暮らしなのかなんて考えたこともありませんでした。


 ソウイガワネのもとで働いていると、自分の食い扶持を自分で得ていると実感があります。

 日々の糧を自分で作って食べてることにこのうえない充実感と幸せを感じていたのです。


 だから今感じている幸せを自分の手でしっかり握って、自分で苦労してでも育てていこうと思ったんです。


 そんな時にソウイガワネが自分を嫁にするならこの家に置いてやろうと言われました。

 わたしは躊躇なく受け入れました。よい婿になるから是非にでも嫁になって欲しいと伏して頼みました」


「そういうことですか」


 パーヴォットはようやく納得したような口調だった。


「前の亭主の子が二人います。もう二十歳と十七歳だからだからエラルドのことを”兄さん”て呼んでます。

 何しろエラルドは上の子とは六歳しか離れてていませんから、”父さん”と呼ばすのもおかしいです。


 子供にとってはエラルドは”兄さん”ってことでいいと思います。そうした家族もあるんだと自分でも時々感心します」


ソウイガワネはそう言ってから、やがて決心を固めたように口を開いた。


「もうこの年じゃあ子は出来ないと思っていたんですけどこの人の子が出来たようです。

少し気になることがあったんで、昨日、ワウナキト神殿のお医者様に診断してもらったら妊娠したようです」


「え、本当か」


 エラルドが驚き喜色を露わにした。


「今日、いつ言おうかと思っていたのだけれど、どうも今が一番いい機会のように思えたの」 


 祐司とパーヴォットの目の前で、エラルドとソウイガワネの二人は抱き合った。

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