黒い嵐9 「武器をとれ、市民たちよ」
「すげえオオカミだな。何処で仕留めたんだ」
三列になって行軍する義勇軍の中で祐司の後ろからを蓮台に乗ったガオレが賞賛するように言った。
祐司はオオカミの毛皮を、穂先を革でくるんだ短槍にかけて歩いていた。
「北クルトのアヒレス村というところです。襲いかかってきたところに偶然出した剣で仕留めただけです」
「行軍中は口をつぐんでいろ」
すぐ横を監視のために歩いていた市民軍の兵士が怒鳴った。ただ、その兵士も興味深そうに祐司のオオカミの毛皮を見ていた。
祐司達のもとにも義勇軍兵士として申請してあった私物がようやく昨夜届いた。
祐司は宿屋の番頭宛にいまや愛器とも言える短槍、刀、ヘルメット、鎧、オオカミの毛皮、新しい下着、それに迷った末に登山靴を届けてくれるように手紙を出していた。
他にも欲しい近代の利器はあったが、調べられて問い詰められるのもうっとしいのでリファニア世界で、登山靴以外は違和感のないものだけを頼んだ。
短槍と刀、オオカミの毛皮、登山靴は届いたが、ヘルメットと鎧は届かなかった。祐司は無駄と思いつつも荷を運んできた役人にたずねた。
オオカミの毛皮には驚いているような役人だったが、結局、「お前の荷はこれで全部だ」の一言で追い払われた。
宿屋の番頭に間違いがあろうとは思えなかったので、途中でくすねられたのだろうと祐司は思った。この情勢が落ち着けば取り返せることもあるだろうと、祐司は自分を納得させるしかなかった。
祐司は他の大部分の兵士と同じようにヘルメットと鎧は、訓練で使っていたものをそのまま使うことにした。
巫術で強化された武器を、ただの鉄くずにするヘルメットがないのは誤算であった。ただ、短期間とはいえ猛訓練で使ってだけあって、今、使っている武具は使い勝手もわかっていたので装備にそう不満があるわけではなかった。
祐司はガークからの指名と、ガオレの頼みでガオレを乗せた蓮台の護衛隊の長になった。蓮台を担ぐ男が、交代要員を含めて六名、四人が担ぎ、二人は手空きの時は護衛になる。そして、専属の護衛役として、剣術の師匠であるテシュート・ヴェトスラルとその弟子二人がついた。これは、祐司の希望だった。
「ヴェトスラル師匠、成り行きで、この隊の長になりましたが、戦で敵が接近してきて我々も戦うような状況になったら指示はあなたが出してください」
祐司は、一隊の長を引き受けた以上は、全てその責を負うべきだろうと思っていた。ただ、祐司は小さな集団でも、リーダーという役を務めたことは、ほとんどなかった。そのために、迷いに迷った挙げ句に、思い切ってヴェトスラル師匠に言った。
「それが、いいだろう。しかし、そういった状況になるまでは、ワシは口を挟まんから長としての責はユウジ殿が負うんだぞ」
ヴェトスラル師匠は、祐司の頼みを聞くと、反対に激励するような返事をした。
「師匠も剣ではなく、槍がお得意なんですか」
祐司は、ヴェトスラルが長槍を持っていることに違和感があった。人の話ではヴェトスラル師匠は、シスネロスでは剣の達人として名が通っていたからだ。
「いや、剣の方が得意だが、戦場では槍には勝てん。槍を捨てて剣で戦うようになったら負け戦だ」
ヴェトスラル師匠は、当たり前のことを聞くなと言外に匂わせたように言った。
「師匠は嬉しそうですね」
祐司は行軍が始まってから上機嫌の様子のヴェトスラル師匠に聞いた。
「ああ、ワシもこの年だ。死んでも惜しくはない。死んで名を残せるような戦いに、参加が出来るかと思うと嬉しくてしょうがない。
ただ、お前達は犬死にせんように、最後にはオレの命に替えてでも守るから逃げるんだぞ」
ヴェトスラル師匠は、師匠とは違って緊張した面持ちの二人の弟子に声をかけた。
「師匠、我々は最後まで、師匠と一緒です」
弟子の一人が、思いを込めた口調で言った。
「バカ者、お前達は何の為に、ワシの弟子になった。ワシから技量を学び立身するためだろう。目的と手段を混同するでない」
その言葉をヴェトスラル師匠は、笑いながら聞き流すようにして言った。
「なんか、落ち着いてしまってますね」
ツハルツが、すぐ横にいるガークに言った。義勇軍は黙々と行軍していたからだ。
シスネロス市民ながら義勇軍志願のツハルツは旗手になった。旗手はガークの傍にいるので、賞金が稼げないと、ツハルツはぼやいていたが、ガークが卑怯な行いをしなかった者で、賞金は山分けにすると宣言してから俄然張り切っていた。
「ドノバ防衛隊の歌」
ガークが怒鳴った。一斉にドノバ防衛隊の男達が歌い出す。
ドノバ防衛隊には種々の職業の男達がいた。仕立屋や絵師、刺繍職人はありあわせの布で軍旗を作った。大工と家具職人は、ガオレの蓮台を作った。
そして、楽士は、シスネロスの酒場でよく歌われる戯れ歌を元にした「ドノバ防衛隊の歌」を作った。
行軍には、市民軍が、「不撓不屈の市民軍」という専門の軍歌を歌うことは間違いなかったが、ドノバ防衛隊の面々としては面白くなかったのだ。
そこで、楽士がガークに自分達専属の歌を提案した。
♪我らは街でも野でも 大熊のごとき勇壮豪腕な戦士!
剛胆無双の我らは ドノバに満ちるアオアザミの戦士
戦友! 我ら共に行かん
恋人とは、今は別れの時
戦友! 我ら共に行かん
我らの望みは承知の通り
戦友! さあ征こう!
戦友! さあ征こう!
仇なす敵兵を粉砕だ!
楽器を返して貰った数名の楽士達の演奏で、大音声の軍歌が隊列に響き渡った。
カメラードという特徴的なリフレインの部分は、祐司の一言で決まった。歌詞を書いた樹皮紙が幾枚か配られて、字の読める者が歌詞を教えることになった。
その時、祐司はもとの歌詞で”言葉”の兵士という部分を、何となく思い出したドイツ語のカメラード(戦友)という言葉に置き換えて鼻歌を歌っていた。
そこへ、通りかかった楽士が、カメラードの意味を尋ねたので、戦友という意味だと教えると、楽士は急いで「兵士よ」という部分を「カメラード」に訂正した。
もともと、”言葉”には戦友に当たる言葉がなかったためであるが、少なくともドノバ州ではカメラード(戦友)という単語が生まれた。
ドノバ防衛隊の軍歌に触発されたのか、市民軍も「市民軍の歌」を歌い出した。
祐司は、そのメロディーと歌詞に驚愕した。度肝を抜かれたと言ってもいい。
♪シスネロスの市民達よ、栄光の日がやってきた!
我らに向かって、暴君の血塗られた軍旗がかかげられた
血塗られた軍旗がかかげられた
どう猛な兵士たちが、野原でうごめいているのが聞こえるか?
子どもや妻たちの首をかっ切るために、
やつらは我々の元へやってきているのだ!
武器をとれ、市民たちよ
自らの軍を組織せよ
前進しよう(マルション)、前進しよう(マルション)!
我らの田畑に、汚れた血を飲み込ませてやるために!
武器をとれ、市民たちよ
自らの軍を組織せよ
前進しよう(マルション)、前進しよう(マルション)!
我らの田畑に、汚れた血を飲み込ませてやるために!
(ラ・マルセユーズだ):話末参照
祐司は身の肌が立つ思いがした。
市民軍はシスネロス市内でも、行軍中に二度ほど歌っていたが、義勇軍として最後尾にいた祐司は聞いていなかった。
偶然にしても、あり得ないほどに、フランス革命時の軍歌で、現在のフランス国歌にそっくりである。たしかに、聞き慣れた「ラ・マルセユーズ」とは微妙にメロディーが異なる部分もあった。
しかし、前進しよう(マルション)という部分の歌詞は、リファニアではあり得ない歌詞である。「前進しよう」は”言葉”では、「ガッテ・マルゲ」になる。
祐司はフランス語は皆目知らなかったが、「ラ・マルセユーズ」に「マルション」というフレーズがあることはおぼろげに知っていた。このリファニアに存在しないフランス語の単語が使用されるのは偶然では説明できない。
祐司に初めて疑念が生じた。自分以外に、このリファニア世界に呼び込まれた者がいる。あるいは、いたのではないかという疑念が。
しかし、今の祐司にこのことを調べる術はない。目の前の戦いを生き残ることが最優先である。
シスネロス軍は数回小休止をしただけで、昼食も摂らずに歩き続けた。ランブル市参事が閲兵式を行った分の時間を取り戻すためである。
午後遅くなってようやく昼食が出た。道端に数十台の荷馬車が並んでおり歩いている兵士に焼きたてのパンとチーズを配っていた。
また、真水を入れた大樽が、いくつも並べられており、近くにある井戸からどんどん水を補給されていた。その樽に、祐司達は行軍中にほとんどからになった水筒をつっこんで水を補給した。
兵站組織が生きているんだと祐司は人ごとのように感心した。
パンを貰った少し先で、小休止になって祐司はようやく腹を満たすことができた。リファニアの人間より、空腹に弱い祐司は人心地着いた。他の兵士を見るとパンを半分ほど残しているが祐司にその自制力はなかった。
小休止している間に、数両の荷馬車に荷物を満載した農民達が、行軍の列に抗するかのようにシスネロスの方へ向かうのを祐司は見かけた。
井戸の辺りでは、酷く行軍が渋滞していたので、荷馬車は道の横で行軍をやり過ごすために止まった。
「モンデラーネ軍の進路の村に避難命令が出ているそうだ。一切合切の食糧や役に立ちそうな道具ごと持ってシスネロスに来いと言う命令らしい」
顔馴染みになった蓮台担ぎの男が教えてくれた。
「水をくれんかね」
そう言いながら、五つぐらいの小さな女の子をつれた老婆が祐司たちの方へやってきた。
「井戸があるからそこで貰いな」
蓮台を担いでいた男が言ったが、老婆は悲しそうに返した。
「兵士が終わってからにしてくれって言われてな。それを待っていたらいつ水を貰えるかわからん」
「お婆さん、わたしと一緒に行きましょう。水はわたしが貰いますから」
祐司はそう言って、老婆と女の子を連れて井戸に向かった。祐司は老婆から預かった壺に水を入れると、壺に入っていた柄杓に水を汲んで、女も子に水が入っている柄杓を渡した。
女の子は水を美味しそうに飲んで祐司に礼を言った。
「兵隊さん、ありがとう」
祐司は女の子に兵隊さんと言われて、ひどい違和感を感じた。そして自分が兵隊となって戦場に赴こうとしてるのだと初めて実感した。
ウチの親父が、息子が兵隊になって命のやり取りを行いに戦場に向かっていると知ったらどうするだろうと祐司は思った。
「よくできた子だね。おばあさんの孫かい」
祐司は女の子の頬を軽く撫でながら老婆に聞いた。そして、ポシェットの中に入っていたシスネロスの金平糖に似た砂糖菓子を女の子の手に握らせた。
リファニアでは、サトウダイコンから砂糖を抽出する方法が知られていたが、砂糖は現代日本と比べると単位当たりでは十倍ほどの値段はする高価な品だった。
「ああ、息子は直轄地軍に動員されていなくなるし、急に家から出ろと言われるし」
はにかみながら、祐司から砂糖菓子を受け取って嬉しそうに食べている女の子を見ながら老婆は不安そうに言った。
「それは大変ですね。母親はいないんですか」
「母親と、この子の兄は村で残った荷物の積み込みを手伝わされて後から来ます。おばあと、この子は足が遅いから先に行けと言われてな。父親は戦場で、なにやら作事をするといって駆り出されました」
「戦の時は、いつもそうなんですか?」
祐司は水が入って重くなった壺を持って老婆と荷馬車の方へ行きながら聞いた。
「ワシの子供の時以来、戦はこの辺りではなかった。死んだ親の言ってたことでは、戦いの時にシスネロスに行くなんてことは聞いたことはないです。
ランブルとかいう市参事の命令らしいが、近くにある本村の砦に立て籠もればなんとかしのげるのに、なんでシスネロスへ行かねばならんのかのう。食べ物も全て持ってこいと言うが、街の連中に食わすのかのう」
老婆は祐司に一礼をすると、壺を荷馬車の横にくくりつけた。その間中、老婆は愚痴ともつかぬようなことを言ってから、シスネロスからの行軍が途切れたために動き出した他の荷馬車とともに、荷馬車の馬を牽いてシスネロスの方へ歩み出した。
再び、祐司達が行軍を開始した。夕刻に近い時間に、森の中の道から突然、大きな草原に出た。夕刻といっても高緯度のリファニアではまだ、太陽は地平線のかなり上にあった。
祐司の目の前には、湿地とまではいかないが、所々にある水溜まりから光が反射する草原が現れた。日光の戦場ヶ原を、草を刈り込んで、もう少し乾燥させたらこんな感じだろうと祐司は思った。
「ここがバナジューニの野だ。おれ達の墓場にならないように踏ん張ろうぜ」
蓮台を担いでいた男が誰に言うことなく呟いた。
祐司達がバナジューニの野に着いた頃、モンデラーネ公は、床几に座って早めの夕食を摂っていた。
「ドラヴィ」
モンデラーネ公は、食事の手を休めると回りの風景を見渡してから急に声を出した。
「何で御座いますか」
ドラヴィ近侍長は、毎日、何回も呼ばれるので、その呼ばれ方からモンデラーネ公の大体の気分がわかった。あまりよろしくない呼ばれ方にドラヴィ近侍長は緊張した。
「嫉妬するな」
モンデラーネ公の言葉に、最初は何のことを言っているのかドラヴィ近侍長は、わからなかった。
「は?」
「ドノバの地だ。どこも青々としておる。畑の麦も、もう穂が出ようとしておる」
モンデラーネ公は、そう言うと食事を再開した。モンデラーネ公の本領は、遙か北の地である。何年かに一度は寒い夏がやってきて凶作と、それに続く飢饉が定期的に訪れる。
「徴発隊がもどりました」
デラトル男爵が、百人隊長をともなってやってきた。モンデラーネ公は大仰に報告を促した。
「この先、七リーグばかりは人っ子一人どころか、家畜まで一切合切おりません。家はそのまま残っておりますが、家畜や食糧などは持ち出されております。井戸は土砂が放り込まれており、井戸さらえをしても数日は使えないものばかりでした」
百人隊長は、不興を買うことが確実な報告を早口で言った。
「そこまでさせるとは、シスネロスの連中は、よく農民を手なずけているな」
モンデラーネ公は食事を続けながら普段の口調で答えた。そして、デラトル男爵と百人隊長を下がらせるとドラヴィ近侍長に鋭い口調で命令した。
「ドラヴィ近侍長、後続の輜重隊に伝令を出して、全て本隊に追従しろと伝えろ」
モンデラーネ公は決戦予定地のバナジューニの野が、湿地帯であるという情報からできれば、バナジューニの野の南の耕作地でシスネロス市民軍を迎え撃とうと考えていた。
そのために少しでも早く移動できるように輜重隊を最小限にして行軍を急いでいた。
モンデラーネ公の計画はシスネロスの消極的な焦土戦術というべき状況に、その変更を余儀なくされた。戦闘は明日か明後日に起こるであろうが、それまで兵士を空腹の状態にはできなかった。
リファニアでの戦闘は人と人がぶつかる戦いだけに、事前の体力温存が大きく勝敗に影響するからである。
「フレドリが、せめてもう一人いればな」
モンデラーネ公は嘆息するように言った。
フレドリとはシュテインリット男爵のことである。シュテインリット男爵と二人の時は、愛称であるフレドリとモンデラーネ公はシュテインリット男爵を呼んでいた。
本来の副官でモンデラーネ公の信頼が厚いシュテインリット男爵は、その有能さから後衛部隊を任されてまだ行軍中だった。
忠義は厚いが、思慮の面でフレドリに及ばないドラヴィ近侍長は、フレドリ、シュテインリット男爵なら確認のために行ったであろう二三の質問をすることなくモンデラーネ公の命令を実行した。
モンデラーネ公の命令はモンデラーネ公軍の中では絶対無比である。モンデラーネ公の輜重隊に追従しろという命令は文字通りに伝達され、全ての輜重隊が本隊に追いつくべく昼夜を違わず活動した。
確かにモンデラーネ公が率いる本隊は、体力十分な状態で戦いに臨むことになったが、輜重隊の多くは、その馬や牛とともに疲労困憊した状態で五月雨式に戦場に到着することになった。
注:ラ・マルセユーズ
説明の必要もないかもしれない。現在のフランス国歌である。1792年、フランス革命時にルージェ・ド・リール工兵大尉が出作曲した「ライン軍のための軍歌」が原曲である。 マルセイユ連盟兵がパリ入城したときに口ずさんでいたために、現在の「ラ・マルセイエーズ(「マルセイユ人」の意味)」という名で定着した。革命政府を倒そうとヨーロッパ各国の軍隊がフランス国境を脅かしていたという時代背景もあり、フランス軍の士気を鼓舞する力は大きかった。




