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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第二十一章 極北紀行
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大神官タブリタの系譜25 巫術師の邑ボウラ 六 ボウラの盛衰 ① -付録:尖塔山のモンスター

 ”迷いの森”の中にある、かつては繁栄したが巫術師同士の争いで滅亡したというボウラという街については”第二章 北クルト 冷雨に降られる旅路 最果ての村アヒレス1 迷宮の森”で祐司がボウラの廃墟を目撃しますが、説明はごく簡単に終わっています。

 伏線回収とまではいきませんが、11年を経てボウラとはどういう街でどのような歴史を刻み何故廃墟になったかが、この話から次第にあきらかになります。

「貴方には私の師ゼンド・ガガザレス神官になっていただきたい」


 エリーアスがまったく想像していなかったことを、ヘファ・タブリタ神官は言った。


「え?」


 驚いた様子でゼンド・ガガザレスを見たエリーアスにゼンド・ガガザレスが半ば苦笑するような感じで答えた。


「このような姿ですが、わたしはチャヤヌー神殿所属の神官です。正確には巫術を担当する職能神官ですがわたしに巫術は子供だましで、まともなのは”感知術”だけです。

 ただ”屋根”は得意で異界からの通路から導き出す時には巫術師として引っ張り出されておりました。


 貴方はわたしを巫術師の頭目と思っていたかもしれませんが、わたしは職能神官の身分ですか、このボウラの街の神官職を任されているのです」


「ゼンド・ガガザレスさんがボウラの神官であることはわかりました。でも、わたしがゼンド・ガガザレス神官になれとはどうしたことでしょう」


 エリーアスはどうもヘファ・タブリタ神官は周囲に不審がられないようにエリーアスにゼンド・ガガザレスとして身近に居て欲しいのだろうと半ばわかっていながら訊いた。


「ゼンド・ガガザレス神官は今は巫術を担当する職能神官ですが、敬神と教義の教えを受けることに熱心な方で正式な神官に叙階さわれることが決まっております」


「わたしは神学なんぞその端を囓ったに過ぎません。それに座学は苦手です。これからリファニアの神学を学んでいただいてゼンド・ガガザレスという名の神官になるのは貴方です」


 ヘファ・タブリタ神官の言葉にゼンド・ガガザレスがエリーアスに軽く頭を下げてから言った。


「エリーアスさん、ゼンド・ガガザレス神官とは顔付き、体格は似ています。もう少し太っていただければ万全かと」


 ヘファ・タブリタ神官は雑作も無いという感じで言った。


「それでも見破られます」


「ゼンド・ガガザレス神官はボウラに赴任して十七年になります。それに貴方がゼンド・ガガザレス神官として身を出すのはさらに数年先になります。正確な姿格好を憶えている者などいません」


 不安げなエリーアスにヘファ・タブリタ神官は益々楽観的な口調で返した。


「ゼンド・ガガザレス神官はそんなに長い間、ボウラに神官としているのですか」


「六年前まではムリモ・ミラベルド神官という方がボウラの街長と首席神官を務めていました。二十一年に渡ってボウラの立て直しをされたお方です。

 その後をボウラ生え抜きの神官そして巫術師として、故ムリモ・ミラベルド神官を継いだのが故ムリモ・ミラベルド神官の右腕だったゼンド・ガザレス神官です。


 わたしはゼンド・ガガザレス神官の手助けをするためにボウラに赴任したしました」


「ペルゼブ・ヤロミラさんは?」


「いいえ、わたしはボウラで育った身です。わたしはムリモ・ミラベルドの娘です。ガガザレスの妻になって十五年です。

 ボウラは秘密の多い街です。ですから外部から来るのも必要最小限にしなけれななりません。そこでボウラの住民同士で所帯をなすことが多いのです」


 ガガザレスの妻であるペルゼブ・ヤロミルが微笑んで答えた。


「この街はかなり廃れているようですが、どうした理由があるのでしょうか」


「まあ、詳しいことは文献を読んでいただくとしてボウラの年譜についてお話ししましょう」


 エリーアスの質問にヘファ・タブリタ神官はボウラの大まかな来歴を語り出した。


 以下はヘファ・タブリタ神官が語った内容に後からエリーアスが文献で知った内容である。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ”迷いの森”の中にボウラの街を造ることは、エリーアスがリファニアに到着する二百年前(祐司の時代からは五百五十年前)にチャヤヌー神殿が中心となって、聖都マルタンのマルヌ神殿が後援となって決められた。

 

 ボウラ建設の目的は飛び抜けた巫術の力が宿ると”迷いの森”を悪用されることのないように出来るだけ秘匿しながら巫術の研究を深化させることである。


 そして特定の人間が与えられた能力では無く、全ての人間が持っている感情や思考、或いは意識といった普遍的な事から神々の真意を求めるべきだという宗教組織の主流派の考えに対して、巫術から神々の真意を探ろうという考えを持つ反主流派の者達を外部への影響力を少なくすために集めて置こうという意図もあった。


 表向きの理由はとして、マルヌ神殿の神官長とその周辺の聖職者は巫術の研究をしたい聖職者、神人、彼等と親交のある巫術を研究する巫術師達を”迷いの森”でその研究を続けさせ、また”迷いの森”の守護を行わせるという名目で送り込むことにした。


 ボウラの街は行き当たりばったりで建設されたものではない。まず街の建設と”迷いの森”の中の交通路の設計を一括して行うために、当時、種々の神殿建設に手腕を発揮していたベセマ・エボルドという職能神官が任命された。


 まずベセマ・エボルドは街の建設地を慎重に選定した。


 ”迷いの森”の核心地域が尖塔山であることは理解されていたので、侵入者に対して街は尖塔山周辺の警戒をし易い位置であり、また侵入者が入ってくる場合にも最も容易な西と南方向への警戒を考慮した。


 そこでほぼ”迷いの森”の中心にある尖塔山から見て南西の方向にあり、尖塔山まで二刻で到着でき、”迷いの森”周辺部までは一日半程度で到着出来る位置が決められた。


 さらに街自体がランドマークにならないように接近するまで見えないという意図からと水の利用が容易い窪地が選ばれた。

 現地のイス語方言で窪地のことをボウラといういうが、このボウラは建設する街の秘匿名であったのがそのまま街の名になる。


 ボウラ建設の為に最初の住人となる五百名の神殿所属の巫術師とその家族以外に、”迷いの森”のことは口外しないと誓約した各神殿の職能神官と神人八百人が街の建設のために送り込まれた。


 まず縄張りが行われて、街の建設地内になる樹木が伐採された。これは後で街の住居建設の用材になった。

 そして周辺一リーグ以内にまるで神々が将来街を造れとばかりに置いたかのような、二箇所の崩れかけた岩壁から石材が運ばれた。


 ボウラの街は地形に沿っているのでやや凹凸のある方形で周囲がおよそ70ペス(約1260メートル)で、高さ一尋(約1.8メートル)強の石壁で囲われた。

 この程度の石壁では攻城戦では、一時的に攻城軍の行き足を止める程度しか効果は無いが、ボウラは巫術師が集まった秘匿都市で街自体を得ることに利はない。


 この為に野生動物の不意の侵入や、心得違いの侵入者を阻止する程度でいいという判断だった。

 それでも最初の防壁は木製の柵であり、ボウラ全体が石壁に囲われるには十年という歳月が必要だった。


 この間にボウラ内の家屋の建設も進み、また出来るだけ外部からの物資搬入を抑えるために農耕地や放牧地も開かれた。



挿絵(By みてみん)




 ベセマ・エボルドが何よりも重視したのが、”迷いの森”内の道普請である。ベセマ・エボルドはこの道こそが”迷いの森”を守護するための最大の防壁と考えていた。

ボウラは”宗教組織”による秘密都市という扱いであるが、どうしても外部から運び入れる物資もあれば幾ら言いくるめているとはいえ人の出入りがある以上はまったく外部に存在を秘匿することは出来ない。


 ボウラの存在が知られているという仮定で、ベセマ・エボルドは偏執狂的ともいえる道の配置を行った。


 ベセマ・エボルドはまず巫術師を動員して”迷いの森”の中で見られる豊富な”巫術の力”を根源とする霧をさらに多く発生させた。

 通常は巫術による霧を生み出す”隠霧術”は術者が術を終えると消えていくが、”迷いの森”では連鎖反応の故に霧は永続して発生した。


 そして”隠霧術”は通常の霧を出す方策と、脳内に作用して視界が霧がかかったように見え方向感覚を狂わせる方策があるが、この後者の霧も永続的に留まった。

 こうして次第に”迷いの森”の中では道を外れて進むことは深い森林に飲み込まれるという危険な行為になっていった。


 第一章で祐司が”迷いの森”の中の道を走破していく描写があるが、この迷宮とも言える道筋はベセマ・エボルドの設計によっており、数十年を経てより完璧なモノになっていった。

(第二章  北クルト 冷雨に降られる旅路 最果ての村アヒレス1 迷宮の森 参照)



挿絵(By みてみん)




 そしてベセマ・エボルドは道の策定時には図面を書いて創意工夫をしていたが一旦道が出来ると全ての図面や文章を焼き払った。

 そして道を四等分してその部分のルートのみを数名ずつに教えた。全てのルートをしるのはベセマ・エボルドとボウラの中の責任者格の者に過ぎなかった。


 これで部外者が”迷いの森”を抜けてボウラ接近するこことは勿論、ボウラの住民は許可を取ってそして四つの区画のルートを知る人間を集めることでしかボウラから外の世界に出て行くことが出来なくなった。


 ベセマ・エボルドは死去する前に一番弟子に口伝で残りの道の普請について指示した。これは僅かな道の付け替えで知っているルートがまったく別モノになるという工夫だった。

 これを利用して時にルートが変更されて、今までのルートを知っている者に代わって別の数名のみに新しいルートが教えられた。


これは何度か”迷いの森”の中の道を歩くことで正しいルートを把握するということを阻止する為の工夫だった。

 さらに念が入ってるのは、正しいルートを知っている者も”迷いの森”の道を走破する時は三回以上わざと間違った道を歩くことが規定されていた。


 これは正しいルートばかり歩いていると道の踏み跡の様子から正しいルートを見つけ出されない工夫である。


 このようにボウラの秘匿性が上がって行くにしたってボウラの街は巫術師の街として隆盛に向かった。


 巫術師は基本的に一匹狼で、師匠から術を稽古するという方法で術を伝承している。


 これは巫術の力を溜めやすいという副作用なのか巫術師は我が強く、集団で一斉授業のように教えられるということに反発心を持ってしまう傾向があるからだ。

 その巫術師が素直にいうことを聞くのは、自分より力量が上で尊敬できると思った人間だけである。


 ただ巫術の能力は自主性を重んじれば重んじるほど効果的に向上するので、自分の能力を見極めて得意な術を伸ばしてくれる師匠に個人レッスンを行って貰う方が効率的である。


 本文で出てきた例でいえば、北西軍に所属することになった少女巫術師トンクリアがよい例である。


 トンクリアは木樵の親方の娘で、父親と親交があった近隣のワザマの街の引退した老巫術師夫婦の元で半ば家事と礼儀作法を学ぶつもりで女中をしていた。

 老夫婦も知り合いの娘さんを預かっているという立場なので、トンクリアに巫術の才能があると知るとまるで孫に教えるようにおだてながら巫術を教えた。


 巫術の発動は自信あるいは、自分は出来るという思い込みが大切なのでトンクリアは見る見る腕を上げた。


 さらに”イルマ城塞攻防戦”では祐司の指揮下にある別動巫術師隊に入った。


 そこでは祐司はミスは指摘する程度で、上手くいった時は必ず褒めるという態度をトンクリアに取っていたので彼女は急激に腕を上げた。


 そして北西軍からは手放すことの出来ない巫術師ということで、年齢と経験期間からはかなり優遇された棒級を貰い、さらには王都へ夫となった別動巫術師隊のヘルモと一緒に巫術の留学という半ば褒美を与えられた。

(第二十章 マツユキソウの溢れる小径 流れ行く千切れ雲32 ワザマの結婚式 中

 参照)


 ボウラの街が建設されだして四年目に形になってきた時に巫術師の人数も増えてきたので、ボウラの最初の責任者、役職名は街長という役職に任命されたのはウイジア・エルキュルドというマルヌ神殿の巫術担当の神官だった。


 それまではボウラ建設責任者のベセマ・エボルドがボウラの長を兼ねていたが、ウイジア・エルキュルド神官が街長になってからはボウラ建設と”迷いの森”の迷路の構築に専念している。


 こうした事情からベセマ・エボルトはボウラが動き出す前の艤装長だったという扱いで、初代の街長としては数えられない。


 通常は巫術担当者は巫術師が神殿に職能神官として奉職するが、ウイジア・エルキュルド神官は神学校を卒業して神官補に叙階された時に巫術の才がある上に学問的に初めて巫術の分類を行ったという功績で巫術担当になったという経歴の持ち主だった。


 巫術師は独立独歩だが、自分が属する組織内の権威者には従うという傾向がある。これが階級で区切られた軍隊と巫術師が相性がいい理由である。


 その点、ウイジア・エルキュルド神官はリファニア第一の神殿であるマルヌ神殿の正式な神官であり、巫術の腕も上級という人物なので巫術師の押さえにはうってつけの人物だった。


 この街長の下に五人の参事がおり、それぞれ財務、作事営繕、農地管理、風紀治安、巫術総見という役割があった。

 五つ目の巫術総見とはボウラで行われる巫術の研究を監督して成果を纏める役目であり、ボウラ建設の目的を最も端的に果たす役割であった。


 ベセマ・エボルドは街長補佐という役職になり、作事営繕担当としてボウラで亡くなるまで三十二年に渡って”迷いの森”の迷路を作り続けた。


 このウイジア・エルキュルド神官と同じくマルヌ神殿から来た神官である次代の街長パンニ・セウルデド、チャヤヌー神殿から来た神官の三代目街長バザト・ヘルナルドの時代であるボウラ創設以来の三十九年間がボウラの全盛期といっていい。


 それまで巫術師個人で行われていた術の普遍化や過去に存在したが廃れてしまった巫術の研究が進んだ。


 例えば術の普遍化では”送風術”の強化版である”突風術”がどうした原理で行われるかが解明されて、千人に一人ほどの巫術師が体が知ったコツだけで行っていたことから訓練で術が出来るようになるとわかり強風程度なら百人に一人ほどが出来るようになった。


 復活した術としては”熾火術”、俗称では”点火術”がある。これは手の平の上の可燃物に火をつける術で中世段階の世界としては有り難い術であるので、これは神殿の巫術師を通じてリファニア全土へ普及していった。

(第十二章 西岸は潮風の旅路 春嵐至り芽吹きが満つる10 サムロム峠の攻防 四 物見 下 参照)


 ただ”熾火術”の強化版として最大で数間(十メートル)程離れた場所の可燃物を発火させる術がある。


 これは衣服に点火させて人を焼くことも出来る危険な術なので、マルヌ神殿とチャヤヌー神殿内の知識に留まっているが、”熾火術”が普及した以上はこの術に辿りつく巫術師もいる。

(第十九章 マルタンの東雲 光の歩み26 祐司の推論 下 参照)

(第十九章 マルタンの東雲 光の歩み30 ”蚋”の襲撃 四 -クピド祐司- 参照)


 さらに研究が進んだが非公開となっているのは、効果的な動物の”強化術”である。

動物を大型化し強化する術は知られているが、対費用的に見合わないことが多いので積極的には用いられない。


 巫術といっても魔法ではないので、一般的な物理法則が通用する。大きくなるにはそれ相応の食糧が必要である。


 巫術をかけられた動物は猛然と食欲が増してひたすら食べる。そうして、最短でも一月ほどかかり目的の状態になるのである。長い場合だと二三ヶ月かかる。

 その間に餌が不足すると食欲を満たされないストレスから体調が崩れて死に至る。また、餌が足りていても不自然な身体の変化から新陳代謝のバランスを逸して死に至ることも多い。


 理想的な状態でも巫術をもって動物兵器と成す場合の成功率は半々である。そして、成功した場合でも、変化を起こしている時期より食欲は落ちるが、それでも通常より二三割は大量の餌を必要とする。


 例えば体重百キロの凶暴犬を得たければ、数十キロの穀物と百キロから百五十キロ程度の肉や魚を与える必要がある。一般的な哺乳類が体重を増加させる餌との比率からいけば、巫術の影響でかなり効率的ではあるが、生産力の低いリファニアではおいそれと手を出せる量ではない。


 さらにその犬の力を維持するために一日に数キロの肉か魚を食べさせなければならない。ましてや熊となると数トン単位の餌で目的の熊にして維持のために日々数十キロの餌を用意しなければならない。


 そしてより手間がかかるのは、数日から数週間おきに専門の巫術師によって巫術をかけ直す必要があることである。それを怠ると元の大きさのまま急激に衰弱する。


 軽自動車をエンジンも含めて大型トレーラーに変身させたが、術が解けるとエンジンだけがもとの大きさに戻ってしまったような状態である。これでは、機敏に動くどころかようやく息をするだけの存在になってしまう。


 こうしたことを考えると出費と予想される成果を考えて二の足を踏んでしまう。


 研究の結果として改良された”強化術”では中型犬を数日で子牛並みの狼のような大きさと獰猛さにすることが出来るが、術をかけられた動物はほぼ完成した状態になると数日以内に死ぬので倫理的な問題と戦闘用に動員されることを恐れて非公開である。


さらにこの研究は進んで最終的な成果が、第一章の冒頭で祐司が尖塔山で出会った、コウモリを母体としたドラゴン、ネズミを母体としたグリフォン、無毒で小型の蛇を母体とした大蛇はこの研究の最終成果である。

*話末注あり

 


注:尖塔山のモンスター

 祐司が尖塔山で出会ったモンスターはボウラにおける巫術の研究の成果です。ただし物語に登場したような形態にしたのは大巫術師スヴェアとその夫     によります。


 ボウラの巫術師達がモンスターを生み出した理由は、巫術によるモンスターが造り出せるかという好奇心とともに”迷いの森”の核心地である尖塔山を守護する最後の砦とする為です。


 侵入者が尖塔山に取り付いたという状況は、ボウラが無力化されて人間が侵入者に征圧されたというような場合です。

 そこでボウラの巫術師は中世の自律兵器である巫術による生物兵器を生み出すことにしました。


 ”強化術”による動物を兵器となすことは本文で記述したようにコストパフォーマンスの面から疑問の多い方法です。

 ただ”迷いの森”、特に尖塔山には豊富な巫術の力がありますのでこれを効果的に受容するように細工すれば手間をかけずに強化された動物が出来ると判断されました。


 研究を始めてから六十年以上かかりますが、こうして生み出されたのが四種類のモンスターです。



挿絵(By みてみん)



挿絵(By みてみん)




 それこそ”迷いの森”で得られるありとあらゆる動物や昆虫が試されましたが、オオクビワコウモリからドラゴン、アメリカハタネズミ からグリフォン、ナルシス・スネークから大蛇、リファニアコガネムシから拳大の鉄球のような甲虫が造られます。


 この四種が子孫を残していけるほどの数で尖塔山に棲息しています。ただどうみても大型翼竜並のドラゴンや牛ほどの大きさのグリフォンが限られた空間である尖塔山では多数で棲息できません。


 尖塔山のモンスターは常は元の動物の状態で棲息しています。


 オオクビワコウモリは尖塔山の昆虫類、アメリカハタネズミは中腹から山麓に見られる灌木の実やイネ科の植物と動物や昆虫の死骸、ナルシス・スネークはアメリカハタネズミ、リファニアコガネムシは灌木の葉と尖塔山に棲息する動物の死骸を主な食糧にしており尖塔山が閉じた生態系の形成しています。


 実はこれが尖塔山のモンスターを維持する上で重要な要素で、変身する能力を持った動物昆虫を摂取した個体がまた変身の能力を獲得していきます。


 尖塔山でオオクビワコウモリは千、アメリカハタネズミは数千、ナルシス・スネークは数百、リファニアコガネムシは数万という単位で棲息しているでしょうが、このうち変身能力を発揮できるのは一割以下と思えます。


 もし人間程度の大きさの周囲の巫術のエネルギーの動きを乱す動物が侵入してくれば、それを察知した変身能力のある個体は周辺の巫術のエネルギーを含んだ水を大量に摂取して数刻でモンスターになります。


 つまり尖塔山のモンスターとは巫術の力を利用した水で出来た怪物です。


 これらのモンスターが厄介なのは、それぞれがそれなりに攻撃力があり、並の人間が相手だと瞬殺する能力があるうえに、水が主体のモンスターですから刃物で斬りつけても水を斬っているような感じになります。


 倒すにはモンスターが巫術のエネルギーを吸収するよりはやく切れ目無く損傷を与え続けて修復できないような状態に持っていくしかありません。

 それによりモンスターは元の姿に戻りますが、そうなったらこれを殺さないと再び巫術のエネルギ-を吸収して再びモンスターとして出現します。 


 そしてこれらのモンスターは巫術のエネルギーを乱す対象物を排除しようと行動します。

 この理由は変身を遂げたモンスターはかなり不快な状態になるからと思われます。不快な状態の原因である対象物を排除して元の姿に戻るために攻撃をしてくるようです。


 そういった意味ではモンスターに溜まった巫術のエネルギーを一瞬で吸い取ってしまい元の姿に戻す祐司は彼等にとって救世主かもしれません。


 また周辺の人間には都合がいいことにモンスターがモンスターの姿を維持できるのは尖塔山地域のみで外部に出てくることはありません。

 しかし僥倖に恵まれて”迷いの森”を突破してきて尖塔山に取り付いた人間で、最初に出会う鋼の甲虫から逃れた者はいません。


 あとの三種類のモンスターについては、その姿すら見られていません。


 これらのモンスターの最終形が完成したのは、エリーアスがボウラを訪れてからさらに二十年後のことになります。


 ただしボウラの巫術師達が造り出したモンスターは祐司が目撃したモノより一回り小型でした。

 それをより強力な現在の大きさにしたのは前述したように大巫術師スヴェアとその夫イェルケルで”強化術”を複数の個体に施しました。


 ただこれは効果がありすぎて、スヴェアとその夫イェルケルが協力するならともかくも、一人で相手にするにはかなり苦労するモンスターになってしまいました。

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