黒い嵐6 流浪の僭称ドノバ候パウティス
軍議が、一段落するのを待っていたかのように警備担当の百人隊長が、幕舎に入って来た。
「ドノバ候が、ご面会を求めております」
百人隊長の言葉に、モンデラーネ公は顎で通せと合図した。
ここで、登場するドノバ候は、今まで話に出て来たドノバ候、すなわちボォーリー・ファイレル・ジャバン・ハル・ホデーン・ホノビマ・ディ・ドノバではない。
正式名はカマル・ガキラック・パウティス・ハル・パットウィン・ホノビマ・ディ・ドノバ、通称はモンデラーネ公陣営ではドノバ候パウティス殿、シスネロス陣営では偽ドノバ候、もしくは僭称ドノバ候、自称ドノバ候と呼ばれる人物である。
話の中で区別するために、少し長いが、ここでは僭称ドノバ候パウティスと表現する。
僭称ドノバ候パウティスは、シスネロス内戦で戦死したとされる旧ドノバ候パットウィンの忘れ形見である。
ドノバ候居城落城時に、乳母と極少数の家臣と脱出に成功した僭称ドノバ候パウティスは、王都タチに向かった。
そこで、家臣達は、僭称ドノバ候パウティスをドノバ候として叙任するようにリファニア王に求めることにしたのだ。
元来、平和時でも爵位の世襲を正式に、リファニア王に承認してもらうには、それなりの献上金が必要である。
ましてや、シスネロス市がその財力と、人脈を動員して新ドノバ候の叙任運動をしている最中である。献上金は相場を超えて支払われた。
反対に、厳寒の最中、まだ幼子の僭称ドノバ候パウティスを連れて逃避行のように王都タチに到着した家臣達は路銀もほとんど使い果たしていた。そのため、リファニア王に面会するどころか、取り次ぎ役にさえ会うことはできなかった。
ただ、同情した、リファニア王家臣の老子爵が、僭称ドノバ候パウティスが旧ドノバ候パットウィンの嫡子であるという紹介状を時の王名で貰ってくれた。
王都タチには、多くの貴族が居住しており、数代ほどさかのぼれば血筋の繋がる家が幾つかあった。取りあえず、家臣達は、それらの家に泣きついた。
王名の紹介状があったために、しばらくは面倒を見てくれる家があった。ただし、短い家で、数週間、長い家で一年ほどすると煙たがられて、住む場所を転々とした。
十二歳になるまで、僭称ドノバ候パウティスはそのような暮らしを続けた。
転機は、ある貴族の家で、そろそろ煙たがられ出した頃のことだった。
ある人物から僭称ドノバ候パウティスという人物がいると聞いたという、裕福な商人が僭称ドノバ候パウティスに興味を持ったのだ。
その商人は、とある高位貴族の庶子の子だった。妻は貴族の娘であったが、いくら高位貴族の種でも、孫となると貴族と結婚するのは至難の技である。
商人には、僭称ドノバ候パウティスよりも、二つ年上の娘がいた。商人は貴族の血筋に間違いのない僭称ドノバ候パウティスと、その娘を結婚させて貴族の血筋を残そうと考えたのだ。
こうして、商人に乳母と家臣ごと僭称ドノバ候パウティスは引き取られた。
それまで、字の読み書き程度しか教わっていなかった僭称ドノバ候パウティスは、商人が、僭称ドノバ候パウティスのことを薦めた人物が紹介した家庭教師をつけてくれた。おかげで、僭称ドノバ候パウティスは貴族として、最低限の教育を受けることができた。
僭称ドノバ候パウティスは、商人の望み通り、十七歳の時に商人の娘と結婚した。
この頃になると、家臣達も現実問題として、僭称ドノバ候パウティスがドノバ候に正式に叙任される望みがほとんどないことを理解していた。だが、貴族の血筋を引いてはいるが平民の娘を娶ることに家臣も乳母も反対した。
だが、この頃の僭称ドノバ候パウティスは、家臣達から言い聞かされた父王の無念と、命を張って僭称ドノバ候を逃した妃を美化した物語や、いつかは、リファニア王が無法な新ドノバ候を廃止して、僭称ドノバ候パウティスに正当な爵位を叙任するだろうというおとぎ話から、家庭教師の影響もあって目が醒めつつあった。
叶わぬ夢であるドノバ候に叙任されるという夢想の世界を捨てて、僭称ドノバ候パウティスは目の前の幸せを掴むという選択をした。
僭称ドノバ候パウティスは王都で、このままドノバ候パットウィンの嫡子という身分のまま、商人の入り婿のような形になって、食い扶持を貰いながら過ごすことに覚悟が定まった。そして、家臣達の反対を押し切って商人の娘と結婚した。
ただ、ここまで自分の為に無私で奉公してくれた家臣の手前、貴族としての矜恃は捨てきれなかった。
もし、そこまで僭称ドノバ候パウティスが過去を捨てきって、旧ドノバ候の嫡子という立場で商売を行えば、格式を重んじる王都タチの貴族階級の間で上手く立ち回れただろう。
結婚して二年目、男子が誕生した頃に、世話をしてくれていた商人が亡くなって、代替わりがあった。新しく商売を継いだ商人の長子は貴族の血筋には、興味の無い人物だった。
毎月の手当が、減らされて生活が困窮した。商人の長子は、家臣を追い出すように露骨に言った。この時点で、四人いた家臣の内、一人が亡くなっており、残りの三人も老境に達していた。
乳母と三人の家臣の行く末を思い悩んでいた僭称ドノバ候パウティスの前に、かつて、ドノバ候パットウィンの兵士だったいうマティスと名乗る男が現れた。
マティスは家名の復活と、ドノバ候叙任の望みを捨ててはいけないことを、僭称ドノバ候パウティスに説いた。
マティスは、高位だが実力のない王都タチの貴族ではなく、地方の有力領主を頼ってドノバ候への叙任を果たすべきだと言った。マティスの熱心なドノバ候への叙任を説く話に、僭称ドノバ候パウティスは、ある思い出したくない出来事が脳裏に蘇ってきた。
それは、七歳の頃に居候していた貴族の屋敷での出来事だった。
僭称ドノバ候パウティスと家臣達は、ある男爵の厚意を受けて、屋敷の離れに居住することを許されていた。
食事は、僭称ドノバ候パウティスの家臣が毎日、屋敷の台所へ行って、余り物のような食材を貰ってきては乳母が調理をした。また、僭称ドノバ候パウティスは男爵家の孫の古着が貰えた。
ある日、僭称ドノバ候パウティスが、その男爵の庭で遊んでいると、男爵の孫が二人現れた。僭称ドノバ候パウティスよりも、二つ上と、同年配の兄弟で、僭称ドノバ候パウティスを見ると、兄が僭称ドノバ候パウティスが着てる服が自分の、お古であると嘲った。
僭称ドノバ候パウティスは我慢していたが、そのうち弟までが、僭称ドノバ候パウティスを家無しだの、親無し、果てには乞食と言うようになった。
僭称ドノバ候パウティスは、つねに、家臣や乳母から将来の侯爵様と言われていたので、男爵の孫から、あしざまに言われているのが我慢できなくなった。
僭称ドノバ候パウティスは兄弟に無我夢中で殴りかかった。不意を突かれた兄は後ろ向きに転倒した。弟が掴みかかってきたので取っ組み合いの喧嘩になった。
気づいた男爵家の使用人が、二人を引き離して、僭称ドノバ候パウティスをひどく殴った。僭称ドノバ候パウティスの泣き声に気付いて家臣が駆けつけて、男爵家の使用人と喧嘩になった。
そして、僭称ドノバ候パウティスは翌日には、その貴族の家から慇懃にだが追い出された。その家を出てくときに、勝ち誇ったような、兄弟の顔を僭称ドノバ候パウティスは思い出したのだ。
そして、いつか、ドノバ侯爵となって、あの兄弟を跪かせるという妄想によって自分を慰めていたことを思い出した。
この頃の僭称ドノバ候パウティスは妻との不仲にも悩んでいた。流浪の身とはいえ、やはり貴族の矜恃を植え付けられて育った僭称ドノバ候パウティスと、裕福ではあるが平民の妻との価値観の相違は大きかった。
何より、福な商人の、気ままな令嬢の気分が抜けきらない妻に僭称ドノバ候パウティスの愛はなく、妻も同様だった。
僭称ドノバ候パウティスは、家庭の重荷から逃れたい気持ちを持っていた。そこを、マティスとマティスの策に幻惑された家臣達に説得された。
僭称ドノバ候パウティスはマティスの誘いに乗って地方の有力領主に庇護とドノバ候叙任を後押しを頼む旅に出ることにした。
僭称ドノバ候パウティスの予想通り、今の生活を捨てて妻は王都タチから離れること嫌がり、子供も手放さなかったので僭称ドノバ候パウティスは、妻子を置いて、マティスの案内で家臣と乳母を引き連れて旅に出た。
地方に行くと王都では、考えられないほどにリファニア王の紹介状は権威があった。リファニア王の紹介状は、王都タチの高位貴族しか入手できなったからである。
マティスの手引きで、数年ごとに有力領主の間を渡り歩く生活が始まった。数年ごとというのは、最初は歓待してくれた領主も、時間が経つにつれて無位無冠の僭称ドノバ候パウティスを疎ましく感じ出す。そして、段々と待遇が悪くなる。
すると、マティスは新しい領主のもとへと、僭称ドノバ候パウティスを駆り立てるように連れて行った。
何年目かで、僭称ドノバ候はマティスの正体がわかってきた。マティスはケチな詐欺師だった。
僭称ドノバ候パウティスを出汁にして有力領主のもとで、それなりの贅沢な暮らしを送り、地方の商人に、僭称ドノバ候パウティスが将来ドノバ候に正式に叙任となれば何倍もの見返りがあると騙しては金を巻き上げていたのだ。
そのような暮らしをする中で、苦労をした家臣と乳母は次々に亡くなっていった。彼らは、最期の日まで、僭称ドノバ候パウティスが、ドノバ候として叙任されることだけを生き甲斐にしていた。
そんな家臣達がいなくなったことで、僭称ドノバ候パウティスの心に穴が空いた。
僭称ドノバ候パウティスは生まれはドノバ州だったが、育ったのは王都タチで妻子もいる。急に里心が出て来た。
僭称ドノバ候パウティスは、王都タチに手紙を送った。すると、妻からすでに神殿に離婚届を出して、再婚したこと。子供は五つの歳に病死したことを伝えてきた。
*リファニアでは配偶者が五年以上離れて暮らしていると、離婚を神殿に申し立てられる。
(第二章 冷雨に降られる旅路 霧雨の特許都市ヘルトナ22 グネリの子 参照)
僭称ドノバ候パウティスは、一時は錯乱するほどの状態になった。その時、滞在していたのは、南西沿岸地域でも、最も北に位置するベラ州の準男爵の領地だった。
その準男爵には、器量に自信のない婚期を逃した、大層内気な次女がいた。その次女はいたく、僭称ドノバ候パウティスに同情して、次第に二人は親しくなった。
そして、僭称ドノバ候パウティスは目の前の幸せを見いだして、人生で二度目の目覚めの時期を迎えた。
その様子に気が付いた準男爵は、僭称ではあるが、旧ドノバ候の嫡子であるとリファニア王のお墨付きを持っている僭称ドノバ候パウティスと娘を結婚させることにした。
器量は良くなくとも、気立てのよい、何よりも初めて男として自分を愛してくれる妻との生活は、僭称ドノバ候パウティスにとっては、入り婿という形で寄食の身ではあるが、人生で最も安かな日々だった。
ただ一つ、後で考えると大きな過ちを僭称ドノバ候パウティスは犯した。僭称ドノバ候パウティスは詐欺師ではあるが、世話を焼いてくれたマティスを切ることができずに、詐欺行為をしないと誓約させた上で家令として傍に置いた。
数年して、男女の双子が生まれた。男子には早世した長子名と同じトハルト、女子には、ドノバ州に多い女子名のリューディナとい名が与えられた。
しかし、不幸なことに出産は難産となり妻は帰らぬ人となった。準男爵家との絆を失った僭称ドノバ候ではあったが、岳父の準男爵が生きている間は、それなりの敬意をもって遇せられたいた。
ところが、子供達が十四歳になった時に、岳父が亡くなって義兄が後を継いだ。僭称ドノバ候パウティスが、何回か経験したことが再び繰り返された。
義兄にとっては、僭称ドノバ候パウティスは単なる穀潰しでしかなかった。義兄は露骨に援助金を減らしたり、一族の集まりでも、僭称ドノバ候パウティスを末席に置いたりした。
この時、モンデラーネ公の使者が僭称ドノバ候パウティスのもとに訪れた。使者のもたらしたモンデラーネ公からの書状には、ドノバ候への復帰を手助けする。モンデラーネ公領では、ドノバ候として処遇すると書いてあった。
ドノバ候への興味を完全に失っていた僭称ドノバ候パウティスは、少々、嫌がらせをされても妻の故郷で余生を送るつもりだった。
ところが、息子がこの話を受け入れるべきだと強固に主張した。家令にしたマティスが、幼い頃より、息子に将来はドノバ候の爵位が手に入る。あなたは、このような田舎で暮らすような男ではないと吹き込んでいたのだ。
息子は、一人でもモンデラーネ公のもとに行くと言い張った。また、マティスが義兄にこの話を伝えた為に、義兄はモンデラーネ公に勝手に僭称ドノバ候パウティスをよろしく頼む。迎えを寄越して欲しいと手紙を送った。
進退窮まった僭称ドノバ候パウティスは、再びマティスの甘言に乗せられた。もしかしたら、ドノバ候への叙任が現実のものになるかもしれない。少なくとも、モンデラーネ公のもとでは、ドノバ候として処遇してくれるという話に乗って見る気になった。
僭称ドノバ候パウティスは、再び夢想の世界に生きることになった。
僭称ドノバ候パウティスを迎えたモンデラーネ公は、約束通りに僭称ドノバ候パウティスをドノバ候と呼び、領域外からくる使者にもそう紹介した。
今の使用人も家臣として連れてきてよいという話も、家令のマティスと昔から妻に仕えていた二人の使用人には郷士格まで与えられる話も、本当であったことがわかった。
僭称ドノバ候パウティスは領地こそ与えられなかったが、かなりの年金を貰って、新たな家臣団を作った。
モンデラーネ公のもとに、ドノバ内戦時に没落して不遇をかこっていた者たちの子孫が僭称ドノバ候がいるという噂を聞きつけてやってきたのだ。
一年ほどの間に、家事を担当する使用人を別にして、三十人ほどの家臣団ができた。
少年時代、僭称ドノバ候パウティスに仕えてくれた生粋の家臣達は僭称ドノバ候パウティスにとっては、家臣でありながら庇護者でもあった。
家臣達が僭称ドノバ候パウティスに何々をお願いしますということはあっても、僭称ドノバ候パウティスが、その家臣達に命令するというようなことはなかった。
ところが、モンデラーネ公の元では、僭称ドノバ候パウティスは、君主が家臣に命令するという宮廷を持った。それは、ままごとのような小さな宮廷だが、そこでは。僭称ドノバ候パウティスは「ドノバ候パウティス様」とか「殿」などと呼ばれた。
僭称ドノバ候パウティスは、すっかり悦に入って領地経営を始めた。
もちろん、僭称ドノバ候パウティスが治める領地など無かった。
僭称ドノバ候パウティスは、ドノバ州へ間諜を入れて、いずれ己が領地になる地域の情報を集め出した。家臣の大半はドノバ州から来た者であったので潜入は容易だった。
ただ、僭称ドノバ候パウティスのもとに集まる情報は非常に偏っていた。ドノバ州に旧ドノバ候を思慕する勢力は残存してはいたが、極めて限られた数だった。
大半は旧ドノバ家に便宜を受けていたが、ドノバ内戦をきっかけにして没落してしまった家の子孫である。
間諜自身が、現在のドノバ州に不満を持つ者であり、その間諜は自分の聞きたいことを言ってくれるような人物ばかりと接触していた。
その結果、僭称ドノバ候パウティスは現在のドノバ州は、シスネロスの横暴な支配で怨嗟が充ち満ちている状態であり、いっそのこと、かつてのドノバ候が全土を分け隔て無く統治していた時代が良かったという声があがっていると認識していた。
それらの偏った情報に、益々、ドノバ候叙任の夢を膨らましていた僭称ドノバ候パウティスに大きな不幸が襲った。
世継ぎであり、ドノバ候公子を名乗っていたためシスネロス側の諜報組織から小僭称者トハルトと呼ばれた息子が帰らぬ人となった。
十六歳になっていたトハルトは、モンデラーネ公軍で戦車隊の指揮官になるべく訓練を受けていた。モンデラーネ公軍の訓練は、実戦並みに厳しい。その訓練の最中に、乗っていた戦車が横転して地面に叩きつけられたのだ。
僭称ドノバ候パウティスの悲しみは大きかったが、残された娘のリューディナの縁談を探すことと、ドノバ州への侵攻、そして、ドノバ候叙任を夢見ることで悲しみを紛らわしてた。
そして、息子を失って一年後、五十も半ばに達しようとした時に、モンデラーネ公軍がいよいよドノバ州への侵攻を開始した。
僭称ドノバ候パウティスは、何度もモンデラーネ公に嘆願を繰り返して戦術的には意味のない小勢での出陣が許可された。
モンデラーネ公は、僭称ドノバ候パウティスを、将来のドノバ州との交渉でのカードとして招聘したに過ぎない。
モンデラーネ公は僭称ドノバ候パウティスが軍を率いて、ドノバ州に入るとなるとどのような影響がでるのかまでは予測がつきかねていた。
ただ、モンデラーネ公軍の演習で、僭称ドノバ候パウティスの息子が死んだという負い目もあり、最終的に僭称ドノバ候パウティスの従軍を許可していた。
とはいっても、僭称ドノバ候パウティスが軍議に呼ばれることはなくお荷物扱いであった。モンデラーネ公にとって、僭称ドノバ候パウティスは、ドノバ候に圧力をかける駒でしかない。
モンデラーネ公が僭称ドノバ候パウティスを招聘した時は、ドノバ州に侵攻した場合に、僭称ドノバ候に呼応する勢力があることを期待していた。
しかし、諜報が進むにつれて、そのような勢力は取るに足らないものであることが、明らかになっており、モンデラーネ公の計画では、すでに、僭称ドノバ候パウティスは、シスネロスとの交渉如何では、切り捨てることを躊躇しないような軽い駒である。
その僭称ドノバ候パウティスが面会を求めてきた。
「通せ」
モンデラーネ公がそっけなく言う。
軍議が行われている幕舎に入って来たのは、ドノバ州の高級指揮官の習いである、灰色に緑が薄く混じったような色のマントを着用して、モンデラーネ公拝領の黒い甲冑を纏った太り気味の五十年配の男だった。
男は、軍議の場には相応しくないお愛想笑いを浮かべながら、少しばかり足を折ってモンデラーネ公に挨拶をした。
「ドノバ候、何用ですかな」
モンデラーネ公が言った。
「早々と、面会のお許し、恐悦至極で御座います。モンデラーネ大公におかれ…」
僭称ドノバ候パウティスは、流浪の居候暮らしの間に、卑屈にならずに相手に慇懃に話す術だけには長るようになったいた。
「ここは、軍議の場だ。無用な挨拶は抜きに要望を述べられよ」
モンデラーネ公は、僭称ドノバ候パウティスが、まだ しゃべっているのを遮った。
「それでは、失礼とは存じますが、わたしの切なる願いを叶えて頂きたい。戦になるとのお話。是非にも、わたしの一隊も戦列に加えていただき、偽ドノバ候との戦に参戦させて頂きたく思います」
虚飾と美辞麗句を嫌うモンデラーネ公の機嫌を損ねないように、僭称ドノバ候としては単刀直入に言った。
「お気持ちはわかりますが、今のドノバ候の軍勢はドノバ候には、不釣り合いなほどの軍勢と思います」
モンデラーネ公は、丁寧な言い方で、断りの意志を示した。
「わかっております。近習の者を入れて三十余名という小勢で御座います。モンデラーネ大公におかれましては、臨時に兵を集めているとのお話。
その中から、百人ほどでも貸し与えていただきたく思います。さすれば、モンデラーネ大公のお眼鏡にかなうような働きもできるかと。
ましてや、幼児の時にドノバを去って以来五十年という歳月を経て生まれ故郷に明日入ります。是が非でも、己の一隊を率いて故郷の地に入らずば、人の誹りを受けましょう」
僭称ドノバ候パウティスは、いつにも似合わずに粘った。その言葉に、モンデラーネ公は言質を取られないように、ドラヴィ近侍長に目で合図した。
「善処しましょう」
ドラヴィ近侍長はモンデラーネ公の意をくみ取って僭称ドノバ候パウティスに言葉をかけた。僭称ドノバ候パウティスは、これ以上、粘るとモンデラーネ公の不興を招きかねないと思って丁寧な礼をすると軍議が行われたいる幕舎から出て行った。
「強制募集した兵から、当面は使えそうにないヤツを選んで届けてやれ」
モンデラーネ公はドラヴィ近侍長に、そう指示した。
強制募集した兵とは、行軍途中で拘束した旅人や浮浪者である。モンデラーネ公の命令によって、シュテインリット男爵は後腐れのないような紹介状しか持っていない旅人を拘束して無理矢理に補助部隊を編成した。
「配置は?」
ドラヴィ近侍長が、副官としての立場から聞いた。
「後衛の適当なところでいい。兎も角、オレより前の位置には配置するな。それより、リヴォン・ノセ州の領主達を集めろ。あやつらに配置の指示をする」
モンデラーネ公は、面倒くさそうに言った。




