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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第五章 ドノバの太陽、中央盆地の暮れない夏
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黒い嵐5  モンデラーネ公の軍議

 その夜、ドノバ州の北、リヴォン・ノセ州の南部に設置されたモンデラーネ公の幕舎にシスネロスの協力者からの手紙がもたらされた。モンデラーネ公は一通り読むと、指揮官を参集させ軍議を開始した。


 モンデラーネ公は、軍議の冒頭に指揮官達に手紙を回した。


 手紙の内容でモンデラーネ公は初期の計画とは事態が別の方向に進んでいることを確信した。すでに、別の協力者からのほぼ同じ内容の手紙も届いていたのでモンデラーネ公は、その情報によって動くことにした。


「一戦するぞ」


 モンデラーネ公の最初の言葉で、軍議の最も重要な部分が決定された。


 当初はドノバ州とリヴォン・ノセ州の境界でリヴォン・ノセ州の領主軍が対岸を守るリヴォン川の渡河点を渡ることで、シスネロスに更なる威嚇を与えてシスネロスから譲歩を引き出すのがモンデラーネ公の目的だった。


 モンデラーネ公は対岸で待機していたリヴォン・ノセ州の領主軍と合流して陣容を整え直していた。二日前に、飛び込んで来た使者の殺害という一報はモンデラーネ公にとっても予期せぬ出来事だった。


「ある意味、上出来だったな。使者を殺害されたとなると大儀は我にありだ」


 軍議の冒頭でモンデラーネ公は比較的上機嫌で言った。


 シスネロスを屈服させ資金源にするという、この年の最大目標を達成するには使者の死などモンデラーネ公にとっては許容できる損失だった。


 ただ、モンデラーネ公にも大きな誤算があった。交渉の窓口であったシスネロスのビルケンシュト市参事が暗殺されて、なんとか、お互いが妥協できるところまで行っていた交渉が、ご破算になった。


 シスネロスが低利で、金貨一万五千枚をモンデラーネ公へ貸し付ける。利子は払うが五年後に元金を見直す。少数の手勢だけを率いてモンデラーネ公はドノバ候と会見する。

 モンデラーネ公の方が爵位は上であるのでドノバ候はシスネロスより援助された金で、モンデラーネ公の訪問に対して金貨四千枚を払うなどと言ったものだった。


 これは、一見してシスネロスやドノバ候に何のメリットもないようだが、モンデラーネ公が、正式にドノバ候と会見するということは、ドノバ州の太守は現ドノバ候であると認めることである。

 例えモンデラーネ公が敵対勢力であっても、その政治的な意味合いにおいて、ドノバ候には大きなメリットがあった。


 その他に、リヴォン川を利用した水運によってモンデラーネ公支配地からの特産品を南西沿岸地域に運びだして、穀物を運ぶ込む為に他よりの安い金額で一定数のシスネロスの船舶を利用することなどの取り決めも具体的な船の隻数の話まで進んでいた。


 実はランブル市参事へのモンデラーネ公の手紙は、ビルケンシュト市参事の提案によるものだった。

 交渉に反対するに相違ないランブル市参事を、牽制するために、モンデラーネ公側の交渉の窓口であるシュテインリット男爵に依頼して届けさせたのだ。


 手紙が届いたことを、見計らってビルケンシュト市参事はランブル市参事を呼び出した。領外の有力者、それも、現在は複数の州の実質的な支配者などからの手紙を受け取ったことのないランブル市参事は混乱していた。


 そこに、ビルケンシュト市参事はつこけんで、ランブル市参事から、所持していれば内通者であると取られかねない危険な手紙だと言い聞かせ、その手紙を巻き上げることに成功していた。


 そして、手紙の存在をネタに、徐々に交渉へとランブル市参事を誘導する算段だった。


 はかりごとと交渉は密を持ってせよを、ビルケンシュト市参事は実行していた。ドノバ候と交渉派市参事のおおまかな賛意を取り、交渉内容を市参事会で公表した時にランブル市参事を手紙の件で、沈黙させることで成就寸前まで行ってたのだ。


 使者とビルケンシュト市参事の殺害という致命的なハプニングはあったが、決して交渉が決裂したわけではないとモンデラーネ公は考えていた。

 モンデラーネ公は賠償金の他にシスネロスから引き出す物を多くして、犯人の処刑を見届ける立会人を派遣する程度で手を打つつもりだった。


 ところが、シスネロスでの政変で情勢は急変した。相手が戦う意思を表明したのだ。武威を持って統治を行うモンデラーネ公に取って、相手から売られた喧嘩は買うしか選択肢はないのだ。


 モンデラーネ公は決して戦いをするために出陣してきたのではない。武力を背景に交渉を有利にするためと、今年は大きな戦役が予定されていないために、軍を演習目的で動かしたかったに過ぎない。


 このことは、モンデラーネ公に小姓時代から仕えているシュテインリット男爵以外は知らない。シュテインリット男爵は交渉ごとを一手に引き受けていた。


 他の家臣達はシスネロスを軍事的圧迫でひれ伏させるか、一戦してシスネロスを、モンデラーネ公傘下に置くことが今回の遠征の目的であると思っている。


 戦いが避けられなくなり一番困惑しているのはモンデラーネ公だったかも知れない。モンデラーネ公は長期に及ぶ近隣併合のプランをたてていた。

 ここ数年はモンデラーネ公の計画通りに物事が進んでいた。それらの戦争は、調略を含んで、必勝の準備が整った上で始めた戦争だった。今回の戦争は、モンデラーネ公にとっては予想外の戦争だったのだ。


(せいぜい、爪を隠しているというドノバ候の体調を崩したことぐらいが今度の戦いに有利になる要素か。ドノバ候が戦場に出てこれなければ多少は、精鋭というドノバ候近衛隊も力が落ちるだろう)


 モンデラーネ公はシュテインリット男爵とだけ図っていた数少ない対シスネロスへの謀略を頭でなぞっていた。



「シスネロス軍が打って出る準備をしているというのですか?」


 集まった七人の将すべてが手紙を読み終えるのを確かめてから、最初に手紙を読み終わった副将格ともいうべきシュテインリット男爵が口火を切った。 


 シュテインリット男爵が持っていた手紙を、ドラヴィ近侍長が受け取ってモンデラーネ公に返した。


 軍議の場に、君主の日常生活を仕切ったり、取り次役を務める近侍長がいるのは明らかに場違いである。

 ただ、ドラヴィ近侍長はお守り役として、幼少の頃からモンデラーネ公に仕えており、モンデラーネ公が、シュテインリット男爵とともに信頼する腹心だった。そのため、戦の時は、ドラヴィ近侍長を副官として従軍させていた。


「まあいい。可能性は低いかと思っておったがこちらの準備は怠りない。一気に片をつける。シスネロスにとってその代償は高いぞ。で、どこまで出て来てくるかな」


 モンデラーネ公は、自信満々に言った。


「シスネロスから真っ直ぐ北にあるバナジューニの野で防戦するつもりかと。ここを迂回してシスネロスに達するのは難しいようです」


シュテインリット男爵即座に返した。戦いになった場合の研究も怠りなくしていた証拠である。


「だろうな」


「バナジューニの野は湿地と聞いております。しかしシスネロス軍の大半は経験未熟な平民兵です。やって見なければわかりませんが、まず勝てるかと思います」


 あわてて、デラトル男爵が言う。デラトル男爵は、モンデラーネ公軍第一の勇将として名を知られている。知将である シュテインリット男爵には、何かと対抗心をむき出すクセがあった。


「やって見なければわからないだと。貴様は戦をなんと心得える。戦は国家の大事だ。絶対の自信がなければ戦をしかけるのは狂気の沙汰だ。余は勝利への絶対の自信をもって今回の戦に臨んでいる」


 モンデラーネ公は、デラトル男爵の言葉に突然、気を害したように言った。数多くの勝利をモンデラーネ公にもたらしはしたが、いつまでたっても、戦術面しか見ないデラトル男爵には、最近、モンデラーネ公はきつく当たることが多い。


 モンデラーネ公の言葉には多少の誤魔化しがあった。戦の準備は万全である。しかし、重ねて述べるが、軍勢がシスネロスに接近した時点で交渉妥結に持ち込めると算段しており、また心底からそのような展開を望んでいたからだ。


 ただ、交渉の望みがなくなったとはいえ、ここまで軍を進めてきた手前、沽券を守るためには引き返すわけにはいかなかった。

 モンデラーネ公もここに至っては望むと望まないとも限らず一戦するしかないと追い詰められていた。


 そして、負けなければいいと言うシスネロスとは異なり、支配地域に武威をとどろかす必要から、戦いは目に見える勝利で終わらねばならなかった。


「御意に」


 デラトル男爵は少しシュテインリット男爵を見やると感情を殺して言った。


「つくづく余は一軍を任せるに足る指揮官に恵まれぬな。戦場の何処にでも余がいることはできず、まして、全ての戦場で余が指揮を取ることはできないのだ」


 モンデラーネ公は嘆息したように言った。


「一命を賭して今回の戦、殿の意に叶いますよう先陣を切って敵をなぎ倒します」


 デラトル男爵は頭を下げて言った。


「情けないが、それが我が右翼を率いる指揮官の言葉か。自分は安全な場所から部下を一命を賭して戦わすように仕向けるのが指揮官の仕事だ。それをせずに己が自分の身を持って敵に飛び込んでどうするのだ」


 先代の最末期辺りから、モンデラーネ公軍の規模は大きくなり総大将である、モンデラーネ公の下に、それなりの大軍を指揮する武将が必要になっていた。

 ところが、臣下の頭がそれについていかずに、昔ながらの自分が先頭に立った直卒での戦闘を本能的にしてしまう。


「まず、軍の配置だ」


 モンデラーネ公は、机上にあるバナジューニの野の付近の地図を指さした。この地図は急遽作られたもので、おおまかなスケッチのようなものだった。


「我が主力は、バナジューニの野の北に位置する。敵軍の進出が遅れていれば、バナジューニの野の南まで進出する」


 モンデラーネ公は、地図の上を指でなぞりながら言った。


「バナジューニの野の東が本街道でございます。こちらは?」


 ドラヴィ近侍長が、地図の右端を指さして聞いた。


「情報では、森が両側にあり、行軍には支障ありませんが、軍の展開は苦しいようです。また、途中に疎林があり、一旦、ここを抜けて南に出なければ陣立てもできません」


 シュテインリット男爵が捕捉するように言った。


「リヴォン・ノセ州の領主軍に任せる。この迂回路を通じてシスネロス軍が北に来ないようにするだけでいい。

 ただし疎林を抜けられるなら、その南に展開してバナジューニの野に来るであろうシスネロス軍主力を後方から牽制させる。こちらから無理な攻撃をさせる必要はない。リヴォン・ノセ州領主軍は、敵の脅威として存在していればいい。軍監としてノシュト男爵をつける」


 モンデラーネ公の言葉に、末席にいたノシュト男爵が「御意」と短く言う。


「ノシュト男爵、今、わたしが言ったことを領主軍に守らせよ。余程の好機でなければ、絶対にこちらから攻撃するな。

 ただし、バナジューニの野からシスネロス軍が敗走を始めたら、素早く敵の敗走路を押さえよ。後方を遮断して殲滅させるのだ」


 モンデラーネ公の言葉に、再びノシュト男爵は「御意」と返事をした。




挿絵(By みてみん)




「では、我が軍の陣立てを申す」


 モンデラーネ公の一言で緊張した空気が流れた。今の日本で言えば、大事な公式戦の前に、中学校や高校の運動部監督が先発メンバーを発表するような感じが一番近いかもしれない。


「軍勢は右翼前衛をデラトル男爵、右翼後衛はコルネート士爵、右翼全体はデラトル男爵の指揮下に置く。

 左翼前衛をエスパルテ準男爵左翼後衛はヒメネス準男爵が指揮する。中央後方に近衛と戦車隊を配置してわたしが直率する。最後にシュテインリット男爵はドノバ領主軍に備えて、後方で北向きに陣をはって待機する」


 モンデラーネ公は本来なら戦術的な柔軟性が高い、右翼、中央、左翼の構成にしたかった。しかし、信頼できる高級指揮官がほとんどいなかったために、実質的に左翼をモンデラーネ公直卒として、モンデラーネ公の命令を忠実に実行する指揮官を置いた。


 右翼は、きつい物言いはするが、モンデラーネ公の眼鏡にようやくかなったデラトル男爵を指揮官にしてある程度の柔軟な対応を任せていた。


 もっとも信頼するシュテインリット男爵を後方で待機させたのは、シュテインリット男爵をフリーにしておけば、突発的な事態に対応してくれるだろうという判断があった。




挿絵(By みてみん)




 シスネロス側が、全ての軍勢を集結してモンデラーネ公軍に当たるなら、モンデラーネ公はシュテインリット男爵に一軍を指揮させて、右翼、中央、左翼の三軍で軍勢を構成しただろう。


 ところが、シスネロス側は集結の手間と、指揮系統の煩わしさ、何より領主軍に対する信頼性の欠如から、ドノバ州領主軍をバナジューニの野の北方から接近させていた。下手をすると各個撃破される可能性もあった。

 

 ただ、ドノバ州領主軍は、シスネロス市民軍よりも、かなり後でないとバナジューニの野に到達できない距離にあった。

 このことは、モンデラーネ公軍が兵力で劣るドノバ州領主軍を先に撃破しようとすればバナジューニの野からかなり離れて合戦を行うことになる。


 ドノバ州領主軍を撃破しても、すぐに、バナジューニの野に急行して主力のシスネロス市民軍に対峙せねばならず、ドノバ州領主軍の撃破に手こずれば背後から主力のシスネロス市民軍に急襲される可能性もあった。


 領主軍の平均的な行軍速度からすれば、シスネロス市民軍を撃破してから態勢を整えてドノバ州領主軍との戦闘に入れる筈だった。その場合は、ドノバ州領主軍は戦わずに退却する可能性が高いとモンデラーネ公は考えていた。


 反対に、先にドノバ州領主軍を撃破しても、シスネロス市民軍が戦わずに退却することは考えにくかった。


そして、モンデラーネ公には、シスネロス市民軍を比較的短時間で、撃破する自信もあった。モンデラーネ公軍は自他共に認めるリファニア第一の精鋭部隊であった。

 

 天才的な戦術家でもあるモンデラーネ公も、兵力の多寡は合戦において第一義の要素であることは承知していた。敵より兵力が多ければ多様な作戦が実施できるからである。

 結果的にそれは、全軍の損失をより低く抑えることになる。しかし、雲霞のごとき大軍をモンデラーネ公軍に求めるのは難しかった。


 モンデラーネ公の本来の領地は、中央盆地からまだ北に位置する山岳地帯である。併合した周辺地域も、多少ましという程度の丘陵地帯や、山間部の盆地が大半であり、版図の割には人口が少なく土地の生産性も低かった。


 また、版図が広いことは、それぞれの地域の守備隊、治安維持のための部隊を貼り付けにする必要があり、モンデラーネ公が遠征に用いることのできる兵力は、かなり無理をして全体の半分ほどだった。


 そこでモンデラーネ公は軍の精強化に邁進した。


 この辺りは、史実でいえば、モンデラーネ公は、豊かな地域を押さえて、弱兵と罵られようが、大軍を出現させ多正面作戦を戦略的に行った織田信長ではなく、痩土の狭小な領土に、欧州第一の精兵を謳われたプロイセン軍を組織して、多正面の敵に運動戦を展開したフリードリヒ大王に近い。

 

 モンデラーネ公軍の主力は、訓練を重ねて、軍規を叩き込まれた郷士格の兵士である。個人的な武芸も優秀であるばかりか、部隊として整然と行動ができる近代的な軍である。

 モンデラーネ公軍の兵士は、戦士というより職業軍人に近いのである。個人の勇名をあげるためではなく、軍の勝利のために戦う兵士である。


 恩賞はよほど顕著なもので無い限り、個人より、部隊単位で与えられる。武勲より、命令、任務の達成が尊ばれ、武勲をあげても命令違反を犯した部隊は、むち打ちなどの目に見える罰が与えられた。


 モンデラーネ公は今や軍を己の手足の如く使う自信があった。


 相手は、年に数度のオママゴトのような演習しか行わないシスネロス市民軍である。例えは、難しいが資質に優れた優秀な選手を集めて、日々猛練習を行って、チームとしても充実した私立の強豪高校野球部の監督を考えて欲しい。


 その強豪野球部が、新卒の野球をしたことのない監督が率いる公立の進学校の野球部と対戦することになった。

 相手は野球を始めた選手ばかりで、平日に二三時間しか練習していない。強豪校の監督は選手や周囲には、油断するなと注意を喚起するだろうが、内心はコールド勝ちだと思うはずである。


 モンデラーネ公は、自ら意識しまいとは自制していたが、相手を見くびる気持ちがなかったといえばウソになる。

 しかし彼我の戦力を分析して、相当の自信を持つ事も重要であるから一概にモンデラーネ公の油断とも言えない。


 ただ、ルールの定まった野球以上に難しいのが戦争である。九回までの戦いではなく百回の試合かもしれないのだ。その条件で、いくら強豪校でも、選手が九人で相手が百人なら勝負はわからない。

 相手が野球で勝てないと思えば、試合が始まった直後に競技をテニスに変更してしまうかもしれない。相手はラケットを使用するが、こちらはバットである。


 どのような戦いでも、モンデラーネ公が叱責したデラトル男爵の言う「やってみなければわからない」という要素は存在するのである。頭の中では、モンデラーネ公もこのことは承知していた。


 そのため、シスネロス市民軍の撃破に手間取って、ドノバ州領主軍がシスネロス市民軍との戦いの最中に戦場に到着する可能性も排除できないために、モンデラーネ公はシュテインリット男爵に背後を守る一軍を委ねざる得なかった。


 この別働隊としてのドノバ州領主軍の存在が、モンデラーネ公軍の隊形をいつになく硬直化させ、シスネロス市民軍に全軍で当たれないという状況を生み出していた。

 このことが、戦いの帰趨にどのような結果をもたらしたかの分析は、後世のリファニアの歴史家達の仕事になる。


 このような、それぞれの軍の位置関係、思惑からモンデラーネ公は主力のシスネロス市民軍の撃破を最優先したのだ。



 数刻前にモンデラーネ公は、シスネロスの協力者から別の手紙を受け取っていた。それには、ドノバ候の体調がすぐれず、かなり無理をして外出をしているという様子だということが書かれていた。


「シスネロスで小うるさいのはドノバ近衛隊だ。ただ、近衛隊とあってドノバ候が戦場にいるのといないのではかなり働きが違ってくる」


 モンデラーネ公は自分に言うように言った。


「我が軍は大公様が率いておりますゆえ無敵でございます」


 本気でそう言う左翼の指揮官でもあるエスパルテ準男爵にモンデラーネ公はうんざりした顔をした。

 作戦的な動きだけでなく、目の前の戦況まで細かな指示を出すことを強いられることに、モンデラーネ公は最近嫌気が差してきていた。


「エスパルテ、今回の戦は絵に描いたように行う。何事もきっちり行い、相手を完膚無きまでに叩きつぶす。お前は右翼をよく見ておき、その動きに合わせて軍を遅滞なく動かすのだ」


 モンデラーネ公は余計なことを言えば、エスパルテ準男爵は勘気に触れたと勘違いしかねない。モンデラーネ公はエスパルテ準男爵が無用な武勇に走ることを恐れて別の指示を出した。


「後は?」


 エスパルテ準男爵は、気負った勢いで聞いた。モンデラーネ公は、少々うんざりしたように言い返す。


「言われたように事を遂行せよ」


「御意」


 流石のエスパルテ準男爵もそう言ったきり沈黙した。ただしエスパルテ準男爵に気を取られて、モンデラーネ公は右翼を任せたデラトル男爵に後方で指揮せよと言うのを怠った。


 デラトル男爵は柔軟な指揮ができる指揮官ではあったが、攻勢に転じたときは、部隊の先頭に立つなど必要以上に、率先垂範気味な指揮官に変貌して一気にカタをつけようとするクセがあった。



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