閑話 その10 リファニアの武器と戦闘 下
この話を読み飛ばしても、本編の流れの理解には一切関係しません。解説のような部分は不用という方はスルーしてください。
攻城兵器および攻城戦術は、野戦における戦術の発展と比べると遅れていると言える。
火器がまったく存在しないことで、城壁が城壁としての機能を維持していることに加えてお得意の巫術が、城壁に対してひどく不効率な攻撃しかできないことがある。
戦争では必ず用いられる”雷”はかなり上位の巫術師であっても城壁に対しては無力である。
スヴェアのような超特級の巫術師ならば大石をぶつけたくらいの衝撃を与えることができるが、そのような巫術師でも一日に数回ほどしか術を放てないだろう。
その他の”突風”や”降雨”も長時間使用して城壁の耐久性を低下させることくらいしかできない。努力の割には報われることが少ないのである。
唯一、効果があるのが”降雪”や”雹”である。季節や地域が限定される術であるが”突風”などの風を利用した巫術と併用して、大量の降雪や雹で城壁と周囲の高低差を無くすことができる。
それとて相手に”降雨”や気温を上昇させるような巫術を使用されるとひどく割のあわない結果になる。
繰り返し述べるが巫術師は連続して巫術を行うと消耗する。
そのため、攻城は史実の古代世界のような戦法で打ち破るしかない。
破城壁や攻城塔あるいは坑道戦術が多用される。はては棒高跳びの技術を利用して城壁の上部に取り付く兵術もある。
カタパルトのような投石機も存在するが、ある巫術の存在がその有用性を著しく損なっている。それは城壁を強化する激成術である。
激成術は持続性のある術としては巫術師数名に一人程度ができる術であるが。中途半端なものでもよいのなら大概の巫術師が可能な術である。
激成術は巫術のエネルギーを城壁に一定方向から順序だって注ぎ込むことにより城壁を構成する石や充填物を強化できる。正確には投石された石のエネルギーを巫術のエネルギーによって激減させる巫術である。
ちゃんとした激成術ができる巫術師は一日あれば一人で高さが八メートル、幅が二メートル程のリファニアでは標準的な大きさの城壁を二十から三十メートルほどの長さで強化できる。
その作用は数日間に及び、一メートル幅程の城壁部分に数十キロ程度の重さの石が十発程度当たってもその威力を無力化できる。
ヘルトナのような中規模な都市であればこのような能力をもった巫術師が数名でもいれば平時から少しずつ激成術を城壁に施すことで城壁を常に強化した状態に保てる。
ある程度、集中攻撃をかけて城壁の激成術を無力化しても、守備側に巫術師がいればたちまち激成術をかけ直して城壁を再び強化する。二三十分程度の効果に過ぎないが、壁を一時的に強化する激成術ならば並の巫術師でも可能である。
攻城側の対抗策としては投弾する石に激成術を施すことがある。固くなった城壁により固い石をぶつけるのである。
しかし、巫術師の能力が高くとも物体に注ぎ込める巫術のエネルギーには限度があり、ある程度のエネルギー以上は受け付けなくなる。
城壁全体に溜め込まれるエネルギーの方が圧倒的に大きいために、やらないより少しばかり早く城壁を強化されたエネルギーを消費させる程度である。
城壁を攻めるには、あまり役に立たない巫術が防衛側には大いに利を与える。本文でシスネロスの傭兵隊長が籠城を主張したのは軍事的には常識的な意見であり、打って出るのは史実世界よりも格段に賭博性が高い行為である。
リファニアで城塞を攻略するには、圧倒的多数で複数地点を同時攻撃、連続波状攻撃でという飽和攻撃を仕掛けて、守備側の兵を疲労させて城壁を突破する方法と、兵糧攻めの二つが現実的な手段である。
飽和攻撃をかけるには、最低でも守備側の数倍以上の兵力が必要であり、できれば十倍の兵力差は欲しい。そして、損害続出でも敵を打ち破るまで攻撃を続ける敢闘精神が攻城側に要求される。
兵力で圧倒的な差をつけられなければ、各種の攻城兵器で補うことになる。
投石機は、前に述べたように城壁には効果的ではないが城内あるいは、市内には損害を与えられる。また、次々に石弾が放り込まれたら正常な生活は不可能になる。
特に市街地に対して、火をつけた藁の塊を放り込めば、木造建築物の多いリファニアでは火災を発生させることは容易である。もちろん守備側も消火部隊を用意して対抗するが、直接的な守備兵力は減少する。
攻城塔は、攻撃側の策源地から持ち運ぶことが不可能なほど大きいので、攻城戦が始まってから現地で組み立てることになる。
ただ、攻城塔に対して守備側の巫術師が降雨術を用いると、地面が泥濘と化して移動が著しく困難になり、悪くすると転倒の危険もあるために使用されることは少ない。
攻城塔に比べて、門や城壁下部を破壊する破城槌は、幾分小回りが利く。破城槌に巫術師を同行させて、槌の部分に激成術をかけ続けて連続した打撃を城壁の一点に与えれば、いつかは激成術で強化された城壁も破壊できる。
ただ、破壊しようとする壁を守備側の巫術師が激成術で強化しつづければ、本来より壁は長時間耐えるため史実の破城槌の攻撃よりは数段効率が劣ることになる。
攻城塔と同種の兵器に雲梯がある。城壁に梯子をかけて登るのは常套手段であるが、手や棒で押し戻され易い。それを、防ぐのが梯子の親玉のような雲梯である。
攻城塔より、はるかに簡易な兵器であるため、数を揃えて城壁に接近して敵が対処できないようにして使用する。
兵糧攻めは、時代地域を越えて攻城戦では一般に用いられる方法である。リファニアはその生産性の低さから備蓄食糧が少ない。シスネロスが野戦を選んだ理由にされたのも、備蓄食糧に対する不安である。
リファニアでは備蓄食糧の関係から兵糧攻めは効果的な戦法である。ただ攻城側が包囲の間に自軍に十分食糧を供給できるかという問題がある。
特に近年、慢性的な不作に悩まされているリファニアでは、攻守とも長期戦を避けたがる傾向がある。
次にリファニア世界独特の兵器について触れます。
動物兵器と巫術師による変身兵器である。
まず動物兵器は史実での世界でも乗馬や輸送の為の馬やロバ、戦象など広く使用されている。今までの物語でも馬が戦車に使用されている場面があった。
しかし、史実世界にない巫術による動物兵器がリファニアには存在する。巫術としては希な術であるが、動物に巫術をかけて能力を増大させたり変身させることができる。
物語の最初に登場した、コウモリをもとにした竜や、安直に蛇を利用した大蛇がそれに当たる。ただ、そこまで、能力を引き出して姿を変えるのはスヴェアやイェルケルのような特別の巫術師だけである。
一般には体重数十キロのスグリを、スグリの凶暴性を残したまま数百キロの熊に変身させたマッカレール・ディオンの能力でも驚嘆される。
一般的なものは犬である。コーギーや柴犬ほどの中型犬を体重が百キロ近い超大型犬に仕立てて簡単な鎧を纏わせて敵陣に追いやるのである。
ただ犬はもとの性質のまま身体が大きくなるだけであるので、できるだけ凶暴な犬を訓練して人を襲うように仕付けてから大型化する。
そのような性質の犬は少なく、また凶暴な性格の犬を集団で飼っておくのも難事であるためせいぜい数十頭の犬を放って敵陣を攪乱することに用いられる。
また飼い主以外の味方も区別無く襲うこともあり、手間を考えて戦場では利用しない軍勢の方が多い。
ただ、史実世界のように警戒行動に利用したり、小規模な部隊同士の遭遇戦では大きな力を発揮することもあり、威力偵察を行う部隊や、それに対抗するような部隊には必ずその手の犬がいる。
ただ馬がほとんど巫術の影響を受けないように犬は巫術がかかりにくい動物であり、大型化することはできても他の姿に変身さえることまではできない。
最も巫術が効果的な動物はクマ科の動物である。リファニアで一般的な熊は、アメリカ黒熊である。通常は数十キロから百キロ程度で大型の個体で精々二百キロという大柄なツキノワグマ程度の熊であるが、これが優に二トン、もとの熊が大型であれば三トンを越えるような熊にできる。
そして、姿も手の平くらいある鉄のように固い爪を持ち、毛は指ほどの太さとなって矢など跳ね返してしまうほど丈夫になる。
そのような熊は立ち上がれば四メートル近い大きさで一撃で普通の木造住宅など破壊してしまう。槍を使用しても固い毛をよけて、さらに脂肪層を貫通してダメージを与えるのは困難である。
アメリカ黒熊ではなくホラアナ熊(注:話末参照)を使用した場合は、体重が五トンに達する像のような巨大な熊を手に入れられる。ただ、ホラアナ熊は扱いの難しさも群を抜いている。
そのため好奇心が旺盛で裕福な領主がたまに物珍しさから持っているだけで実用的な兵器ではない。
ただ、アメリカ黒熊であっても仕込むことは難しく思うようには操れない。さらに単独生活をする熊を集団で一つの目的に用いることなどできない相談である。
単独の熊であっても戦場で用いるためには特別な檻に入れて運ぶとなると、数十頭の馬と、熊の扱いに慣れた数人の人間を要する。エサも通常の熊の数倍は必要になる。
その苦労の末に戦場で熊を解き放しても、敵に向かわずに味方を襲って逃げ去ることも普通である。
このため巫術による変身した熊の効果的な使い方は敵対する領主領に、人間の味を覚えさせた熊を放して嫌がらせをすることである。
すなわち、普通の武器では手に負えない巨大な人食い熊が自らの縄張りだと考える地域に居座る。そうなると、住む住民は疎開を余儀なくされて農業生産までに打撃を受けるというような嫌がらせである。
ただ、相手が同じ手で報復を行うことも十分考えられるために常用される手段ではない。核兵器や化学兵器とまではいかないにしろ使用にはかなりの覚悟がいる。
犬と熊以外では、スヴェアの飼っていたハヤブサのギーミュのような猛禽類や、変わり種ではカエルがある。体長五十センチほどの大カエルを数百匹ほど敵の戦列に向かって放したという記録がある。
一説では跳ね回る大カエルに体当たりをされて戦列が乱れたところを、突撃され敗北を期したという。この話が本当だとしても、あくまで際物の類である。
動物に巫術をかけられる能力があっても物事はもう少し複雑である。巫術をかけられた動物は瞬く間に数倍の大きさになるわけではない。
巫術のエネルギーと言っても魔法ではないので、一般的な物理法則が通用する。大きくなるにはそれ相応の食糧が必要である。
巫術をかけられた動物は猛然と食欲が増してひたすら食べる。そうして、最短でも一月ほどかかり目的の状態になるのである。長い場合だと二三ヶ月かかる。
その間に餌が不足すると食欲を満たされないストレスから体調が崩れて死に至る。また、餌が足りていても不自然な身体の変化から新陳代謝のバランスを逸して死に至ることも多い。
理想的な状態でも巫術をもって動物兵器と成す場合の成功率は半々である。そして、成功した場合でも、変化を起こしている時期より食欲は落ちるが、それでも通常より二三割は大量の餌を必要とする。
例えば体重百キロの凶暴犬を得たければ、数十キロの穀物と百キロから百五十キロ程度の肉や魚を与える必要がある。一般的な哺乳類が体重を増加させる餌との比率からいけば、巫術の影響でかなり効率的ではあるが、生産力の低いリファニアではおいそれと手を出せる量ではない。
さらにその犬の力を維持するために一日に数キロの肉か魚を食べさせなければならない。ましてや熊となると数トン単位の餌で目的の熊にして維持のために日々数十キロの餌を用意しなければならない。
そしてより手間がかかるのは、数日から数週間おきに専門の巫術師によって巫術をかけ直す必要があることである。それを怠ると元の大きさのまま急激に衰弱する。
軽自動車をエンジンも含めて大型トレーラーに変身させたが、術が解けるとエンジンだけがもとの大きさに戻ってしまったような状態である。これでは、機敏に動くどころかようやく息をするだけの存在になってしまう。
”岩の花園”のような巫術のエネルギーの豊富な地で、スヴェアのような巫術師が術をかければその必要はないが、それは極めて希な例である。
巫術のかけ直しの必要のために数少ない動物を変身強化できる巫術師によって維持できる動物の数は限られている。
このため巫術による動物兵器は使用されてはいるが、その扱いの手間から副次的な兵器にとどまっている。なお、この動物兵器には、当面登場しない極めて有効な兵器がある。ただ物語の進行の都合でここでは触れない。
恐ろしいことであるが人間に巫術を使用して強化された兵士を生み出そうとする試みは幾度か行われた。
物語で出て来た中で、これに近い者?物?は”森歩き”である。
”森歩き”は動く死者である。今は失われた巫術の術で死後直後、まだ細胞が不可逆的な変質をしていない時期に術をかけて小脳レベルで人体という物体を動かすようにしたのである。
"森歩き”は反射的に進むだけである。摂食することはないが、雨が降れば口を開けて多少は水分の補給をする。
”森歩き”を継続的に動かしているのは周囲にある巫術のエネルギーである。そして、”森歩き”が歩くのは巫術のエネルギーの濃い地域を求めてである。
しかし、歩くだけの”森歩き”といえども”迷いの森”というリファニア世界でも特別に巫術のエネルギーの多い地域だけで存在ができる。
現実世界の感覚からは不気味な存在であるが”森歩き”は兵器とはいえない。リファニアの巫術師が目指した。あるいは目指しているのが強化人間の類である。
巫術のエネルギーによって、人間を馬のように素早く動けるようにしたり、熊のような怪力を持たせる試みである。
皮肉なことに馬がリファニアの人間から見て素早いのは巫術のエネルギーの溜め込みにくいためであるのだが。
-森歩き-
イラストは「第二章 北クルト、冷雨に降られる旅路 最果ての村アヒレス 迷いの森」より再掲
長年、多くの巫術師が行っているこの試みは成功してはいない。もともと、個人に巫術のエネルギーを蓄えられる量が決まっており、それ以上を無理に注ぎ込むことはできない。また、巫術のエネルギー自体が地球上の生物自体には不自然なものであり、副作用のほうが遙かに大きいからである。
最大の関門は巫術のエネルギーを生身の人間に注ぐ技術が解明されないことである。祐司のような史実世界の水晶であれば巫術のエネルギーを自由に保管できたり、また、誰かに与えたりすることはできる。
しかし、リファニア世界では土壌に含まれている巫術のエネルギーを植物を通じて経口で得るか、ごく微量の大気中の巫術のエネルギーを吸い込むことしかできない。そのため、巫術師の巫術切れのような現象が起こるのである。
最後に変身兵器である。便宜上、変身兵器という名称を用いるが、伝説の兵器といってよい。
変身兵器とは変身する能力をもった巫術師が超常的な存在になったものである。現在のリファニアではかつては存在したかもしれないが今ではそのような能力を持った巫術師はいないというのが一般的な認識である。
ただ、本編で出て来たようにスヴェアはオオカミのような姿に変身して一夜で百キロ以上を走破する能力を持てる。またその姿のまま巫術を使用して戦闘が出来るようである。
巫術は魔法ではありません。巫術のエネルギーとは我々が知っている物理学の範囲で理解できるが、人類が、いまだに認識していない宇宙では普遍にある現象です。
その前提がないと、この物語はアドベンチャーから真性のファンジーになってしまいます。
注:ホラアナ熊
絶滅動物の一種、ヒグマに似た大型のクマで、更新世のヨーロッパを代表する動物のひとつ。一万四千年ほど前に絶滅したとされる。氷河期を生き残るために大型化したと思われる。
リファニア世界では、ユーラシア大陸全土の北極圏に生存していた。それが、ベーリング海峡(氷河期の海面低下でベーリンジアという陸地であった)を通って来たアメリカに分布を広げた。そこから、”空の割れた日”で、生息可能になったリファニアにも分布を広げた。
ホラアナグマの頭骨はアラスカヒグマよりも大きく、後脚で直立すると高さ3mに達した。平均体重は、推定で雄で500kg、雌で250kgである。
この体重は今のクマの大型種に相当する。ただ、今のヒグマほど攻撃的でなく、短い脛の骨から推してヒグマよりも動きが遅かったという説もある。
ホラアナグマは洞穴から多数の骨が発見されており、名前の由来ともなっている。 食性は主として、小型種では草食、大型種は雑食性であった。




