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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第一章  旅路の始まり
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尖塔山よりの脱出1 わたしは誰かはわかるけど、ここはどこ?

 目が覚めた。薄目を開ける。薄暗い。頭がぼんやりしている。


 祐司はよろめくように上半身を少しばかり起き上がらせた。目を見開いた祐司は更に驚いた。しまった。暗くなっている。


 祐司はしっかりと上半身を起こした。シングルベッドほどの大きさがある磐台に寝ていた。次第に目の焦点が合ってくる。


「ここどこだ?」


 言葉が自然に口を出る。



 今日、遠見祐司は趣味の鉱物採集に、実家の近くの山に出かけた。里山に毛が生えた程度の山だから日帰りである。

 朝、ゆっくり起きると家人に行き先と夕食までには帰ることを告げてから、バスで三十分程度かかる登山口に向かった。


 荷物は中ぐらいのリュックに岩石採集用のハンマーとタガネ、沸かしたお茶をいれた水筒、後は家にあったものを適当に放り込んだ。

 そしてバスに乗る前に家の近所にあるコンビニによって弁当、それにいつもは一本だけ買うペットボトルを、漠然とそうした方がよいと思えて二本買った。


 土日なら家族連れなどの登山客で賑わう山だが、平日と言うこともありバス停から一時間ほど山道を歩いても誰にも出会わない。


 遠目にも明らかに春の息吹を感じさせる山の木々や、早咲きのサザンカなどを一人で堪能できるのは、それなりに楽しい。しかし、このささやかな贅沢も祐司が失業しているからこその状況なのだ。


 遠見祐司は東京の大学を出て、地元では老舗という中堅メーカーの営業に職を得た。そして就職してもうすぐ三年、ようやく仕事にも慣れてきた時に会社が倒産してしまった。

 同族経営による放漫な経理と本業以外に分不相応に投資していた株などの相場取引で多額の損失を負ったためである。


 本業は比較的順調であったために祐司は職場での感覚から会社が倒産しようとは夢にも思っていなかった。


 今までの人生では大当たりを当てたことはなくとも、大きな挫折も味わったことのない祐司は二、三日ほどは自分に起こった出来事を理解できなかった。


 最初に考えたことは、大学の四年生になってからつき合いだした同じサークルの女性のことだった。祐司が在学していた大学からすれば就職を決めた企業は比較的入りやすい企業であった。そのため祐司は大学四年の初夏には就職を決めていた。


 しかし、つき合いだした彼女はマスコミ関係が志望で秋も深まるまで就職が決まらずにいつも気まずい思いでデートをしていた。


 ようやく、小さな出版社に就職した彼女とは二、三ヶ月後には遠距離恋愛になってしまった。


 それでも連休には祐司は必ず東京に出て彼女に会うようにしていた。しかし、一年を過ぎる頃には、お互いにこの関係の発展性を考え込むようになっていた。それでも惰性で無理をしながらも上京デートを続けていた。


 祐司が失業者になって考えたことは彼女が最近遠回しに言い出した別れ話を受け入れる潮時だということである。

 

 そう思った日に上京して彼女に会って失業したことと付き合いを終えるということを伝えた。彼女は最初は驚いたようだったが、「再就職がんばって」とちょっとほっとした口調で言った。



 大学時代を含めると四年弱ばかりつき合った彼女との関係を終えて、祐司がようやく再就職先を探し始めたのは、会社が倒産して十日ほどたってからだった。



 それ以来、求職活動はしているが、三ヶ月たった今でも思うような職は見つからない。



 最近気分転換と称して三日おきぐらいに山歩きをしている。実家は定年間近の父親と、祐司の学資の足しにと数年前まで役所の臨時職員をしていた母親、地元の大学に通う妹の四人暮らしだった。


 昼間、家にいると母親が時折「早くいい仕事が見つかればいいね」などと声をかけてくる。

 もっと言いたいことがあるのに我慢していることはわかるのだが、祐司には気が重い言葉である。

 

 この春で大学四年になった妹は就活を始めており、大概祐司より早く起きては出かけている。

 そのことは、当たり前のことであると頭では理解しており、妹も祐司のことについては何も言わないが、祐司にとっては陰で非難されているようで憂鬱の一つであった。


 そのようなこともあって、求職活動がない日に家にいるのが、つらいこともあって祐司は近所の山によく行くようになった。


 今日、訪れた山は小さいながらも、水晶の出る場所が何カ所かある山だった。以前登山道から見つけた谷底の露頭に行ってみようと思ったのだ。


 そこは、登山道から外れた場所で、道もなくヤブこぎをしながら谷底に下ってから、かなりの距離を谷に沿って登るような場所だった。


 露頭につくとホームセンターで、買ったハンマーでタガネを叩いて岩に亀裂を入れる。ほとんど人の入らない場所なのか露頭は手つかずで自然な状態だった。


 二十分ほどもすると、小指の頭ほどの五つの水晶を手に入れた。


 祐司は昼もとっくに過ぎた遅い弁当を食べてから再び採集を始めた。一時間ほどはほとんど収穫がなくもう帰ろうかと思っていると立て続けに比較的キレイな水晶を二つばかり見つけた。


 祐司が後で考えるとこの水晶が災悪のもとだった。祐司は夢中になって更に谷底を奥に進んで水晶を探した。

 もうやめようと思うとまた水晶を見つけるということを繰り返して祐司は時間の経つのを忘れた。そして、次第に谷の奥に引きずり込まれるように入っていった。


 気がつくと気配が陰って、湿気を含んだ風が吹いている。祐司はあわてて採取した水晶をリュックにしまうと帰路を急ごうとした。


 しかし、その時には大きな雨粒が落ちだしてきた。雨という天気予報ではなかったので、簡易なビニール製のカッパしか用意していなかった祐司は、谷から少し斜面を登った所にある、大きな岩の陰で雨宿りすることにした。


 岩に近づくと朽ち果ててしまった注連縄が岩にかけてある。神が宿るとされる岩座というものだろう。


 祐司は少し躊躇したが、雨が本降りになってきたので少し両手を合わせて拝むと少し張り出して雨を避けられそうな岩の下に入った。



挿絵(By みてみん)





 ビニールの雨具はリュックの中に入れてあるが通り雨だと判断したのと、雨具を使えば帰ってから干したりして面倒だと思ったのだ。


 ところが、雨は止むどころか激しくなるばかりで、僅かばかりの岩の出っ張りでは雨が凌ぎがたくなった。谷底の小川も増水してきて、とても谷に沿って帰れるような状況ではなくなってきた。しかたなしに祐司は、岩の下にできた人一人が入れるような窪みに入って座り込んだ。


 そこは苔むしているが、平らな石が敷き詰められていた。


 岩下の空間は少し屈めば立てるほどで祐司が思っていたよりはかなり広かった。目が慣れてくる一番奥に小さな机くらいの岩が置いてありその上に古びた絵馬が幾つか置いてあった。


 本当は入ってはいけない場所なのかもしれないと祐司は感じた。


 家に少し帰りが遅くなると連絡をしようとスマホを取り出したが、圏外マークが出ていた。

 何かの拍子に繋がるかもしれないと思って、雨宿りしていること、暗くなってもライトを持っているので、心配しないようにという内容のメールを発信しておいた。

 

 雨は益々激しくなり稲光が祐司の顔を照らす。いつの間にか祐司はまどろみ始めた。


 雷が祐司のいる岩に落ちた。



 祐司は谷から少し登った岩陰にできた窪地で寝ていたはずだった。


 「ここはどこだ?」祐司はもう一度口に出して言った。


挿絵(By みてみん)



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