ナツコ(シャーリィ)の過去
この地下牢はいつも薄暗い。この部屋に明かりと言えば廊下に立てられている松明の明かりが漏れてくるくらいで、後は地上への小さい空気穴から僅かに光が漏れてくるくらいだ。
死罪の裁定が下ってからもう何日経っただろう。全然自分の刑が行われない。シャーリィには、もう死の恐怖は無かった。ただ死刑を執行してほしいと思った。そうすればクリスの下へ行けるかもしれない。
しかしシャーリィは今も生きている。それでも今日も残酷な「その時」がやってきた。
ガシャンと廊下の扉が開閉する音が聞こえると両脇を看守に固められた囚人が向かってくる。二人の看守と一人の囚人の足音が聞こえた。これもいつものことだった。三人はやがてシャーリィの牢屋に立ち止まり、囚人は扉越しから室内を覗き込む。シャーリィは鉄扉前まで駆け込んできて深刻な面持ちで話しかける。若い男の囚人だった。疲れた顔はしているが、少しばかりシャーリィに笑顔を作っている。精一杯の虚勢だろう。
「今日は…今日は貴方の番なの!?」
「ええ、今日言い渡されました。ロランド兵士長、今までお世話になりました。先に逝っていますから…」
シャーリィは言葉が出ない。また一人自分の部下が逝ってしまう。でも自分にはどうすることもできない。今までも何度、自分の無力感に悩まされたか分からない。でも何か言わなければならなかった。彼とは、これが最後の出会いになるのだから。
「ごめんなさい…私が不甲斐ないばかりに……私が兵士長なんかやらなければ…もっと上手く立ち回っていればこんなことには!」
「兵士長を慕うからこその今回の投獄です。兵士長を慕ったのは紛れもない俺の意志です。兵士長は悪くありませんよ。」
いつもこうだった。眼前の男のように落ち着いている者もいれば、暴れる者もいるし、死にたくないと泣き叫ぶ者もいる。しかし、ここに来る囚人達は皆一貫してシャーリィを責めたりはしない。もっと責めてくれれば、恨んでくれれば、あるいは罵ってくれれば…どれだけ気が楽だろうと思う。
どうして、こんな自分を責めないのか?
心当たりがあった。
当時からカストル支殿では兵士達より書記官達の方が立場が上だった。ホアキムが神官出身ではなく、書記官出身で神官長にまで上り詰めた男なのだから無理はない。そこに日輪狂宴祭優勝者とはいえ、ろくな教育も行ってない二十歳そこそこの小娘が兵士長になったのだ。書記官達はますますふてぶてしくなった。
だが彼女は、相手の顔色ばかり読む前兵士長と違い、毅然と立ち向かい、目上の者であろうと筋の通らない事をしたり、慇懃無礼なことをした者に容赦なかった。
おかげで今まで肩身の狭い思いをしていた神殿兵達の多くはすっかりシャーリィを見直して、彼女が兵士長になった事を歓迎した。
しかし、これが書記官達の不評を買ったのだろう。結果として今回の事件を機に、大量粛清の遠因となっているとシャーリィは確信している。
もう何度、シャーリィは自分の世渡り術の下手さを呪ったか分からない。
「最後に兵士長のお顔を見れて良かったです。それでは……さようなら。」
そう言うと囚人は再び両腕を看守に捕まれて連行されていった。言っても無駄だと分かっている。でも叫ばずにはいられなかった。
「ま、待てー!もう少し会話をさせろぉー!!」
看守はもう用事は済んだとばかりに以後は立ち止まることなく、囚人共々、扉の奥に消えていった。
そして暫くすると、断続的な悲鳴が何度も聞こえる。耳を塞いではならない。でも塞がずにはいられなかった。しかし、悲鳴は容赦なく耳を塞いでいる手を突き抜けて聞こえてくる。処刑前の拷問だ。どんな拷問かは分からないが、これから死ぬ人間に手心を加えるとは思えない。想像を絶するような拷問が行われているに違いなかった。
一時間も悲鳴が断続的に聞こえただろうか。やがて声が聞こえなくなった。彼は処刑されたという事だ。
処刑された人数は確実に十人に到達している。いや、自分に顔合わせさせたのが十人で本当は処刑した者はもっといるかもしれない。
あの連行直後、聖教への反逆と殺人の罪で裁かれて投獄され、痣や傷だらけになるほど殴られたあと、地下牢に所長が現れた。
その時はアルグローブ監獄は連合国の領土だったため、所長はダルシャンではない。
その当時の所長はロベルトという名前の中年の男だった。顔以外はダルシャンと変わり映えなく、身長も同じくらいで、中年太りしているところも共通していた。話を聞いているとロベルトは大変なトムフール聖教信者で背信行為をしたシャーリィが憎くて仕方がないようだった。あるいはホアキムから精神的に追い詰めるように依頼がいっているのかもしれない。一番は弱者を嬲って強者ぶる彼の性格だろう。
そこで殆どのシャーリィの部下達は死罪なのだからと拷問付きで死刑するよう指示を出したという。しかもシャーリィの精神を追い詰めるため、シャーリィの処刑は最後だと告げられた。この発言には我慢ならなかった。
「殺せ!殺すなら、私を殺せ!私はいくら痛めつけても良い。部下を苦しめないでくれ!頼む。私を殺せ!犯せ!好きなだけ弄べ!」
もはや発狂したかのような喚き声である。
部下が苦しみながら死んでいるのに、自分だけのうのうと生きているなんて耐えられない。今回投獄されたのは自分を慕っている者や、今回のシャーリィの逮捕劇に異議申し立てをした兵士達だと聞いている。
「おやおや、それが人にモノを頼む態度かな?闘聖どの?」
ロベルトは嫌みな笑みたっぷりで見下す。
「頼むならそれなりに誠意を示すべきだろう?それとも育ちが悪くて、相手を挑発することしか学ばなかったかね?」
なんとも腹立だしかったが、今の立場は彼が上である。シャーリィは従うしかなかった。シャーリィは手枷と足枷をつけられていたため、土下座は出来なかったが、頭を地につけて頼み込んだ。
「……お願いします!彼らの拷問はやめてください。私がすべての拷問を受け入れます!どうか……どうかお願いします!」
もはや聖教兵士長としての矜持は全くないといえる程の懇願であったが、今の彼女にはもうどうでも良かった。
「くくく、はははは!本当にやりおったわ。この小娘を……それも闘聖を儂がひれ伏させているのだ。まったく愉快だな。はははは!」
ロベルトは右足でシャーリィの頭を地面にグイグイと押し付けながら嘲け笑う。聞きながら自分に対する不甲斐なさと悔しさがあふれてきたが、今はこうするしかなかった。ロベルトが自分に徹底的に拷問を加えて処刑することで、精神的にすっかり満足し、部下達の拷問が減る可能性や、あるいは生き長らえる可能性もあり得るのだから。
「よしよし、せめてもの手向けだ。褒美をやる。内容は、近いうちに知ることになるだろうよ。」
ロベルトは笑いながら、そう吐き捨てた。
シャーリィは最初、その言葉の意味が分からなかったが、思った以上に早く、その褒美の実態を知ることとなった。これから処刑される部下の最期の顔会わせと会話の機会を与えるというものである。
もちろん温情などではない。シャーリィの罪悪感や責任感を追い込むための褒美であることは明白だった。とはいえ、その褒美を放棄するわけにもいかない。自分の部下の死から目をそらすのは彼女の矜持が許さなかった。
どうすればいいのだろう?
どうしてあの時、上手く立ち回らなかったのだろう?
クリスの死を詮索しなければよかったのだろうか?
それとも、何らかの方法でホアキムを…
シャーリィはそんな自問自答を何度も繰り返した。こんな理不尽なことで死にたくない。何より、自分の仲間がまた一人と殺されていくのは耐えられなかった。誰でもいいから助けてほしかった。部下だけでも自由にさせたかった。そのためならどんなことでもする。いかなる死地にも赴こう。
しかし、そのような願望の後は決まって後悔や無念に変わり、その後は絶望に変わり、最後は空虚へと変わる。
そんな肉体的にも精神的にも追い詰めた日々を過ごしている内に発狂し、性格に変化が訪れるのにさほど時間はかからなかった。日に日に牢屋に激声が響き渡るようになり、衝撃音も頻発する。
「出せや、コラァ!クソ兵士共がぁぁ!!」
鉄扉を蹴る音が頻発し、早くも歪み始めている。壁もところどころ凹んでいる。力ずくで脱出するのも時間の問題だろう。日に日に常軌を逸し始めたシャーリィに対して、ロベルトは早くも焦り始めた。
「素手でここまで壊すとはさすがは日輪狂宴祭優勝者といったところか…だが、あの手と脚では長くもつまい。」
さすがに生身の体では石壁や鉄扉を壊すのは限界がある。いくら狂気に駆られているとはいえ、痛覚はなくなってはいないのだ。やがてシャーリィの肉体は限界を迎え始める。力が入らないように、ただでさえ少ない食事量を更に減らしたため、肉体の限界は早かった。
「おめえら……全員殺してやる……看守も他の囚人もロベルトもホアキムも連合国も新教団も……絶対に…許さねぇかんな!!」
ゾンビのような濁ったような鋭い目つきで、扉越しのロベルトを睨み付けながら、気を失った。その後は、更に寒い最下層の厳重な地下牢に押し込められ、防寒出来ないように露出度の高い囚人服を着せられ、両手に拘束用の紋様が付けられた。
食事量は戻ったものの、シャーリィの下にはそれ以後、部下達の最期の挨拶はめっきり止まった。昼か夜かも分からず、部下達がどうなっているのかも分からない。
『憎い……』
シャーリィは全てが憎かった。クリスを殺し、更には自分をここにまで追いやったホアキムや聖教も、そしてこのような一生を与えた運命さえも憎かった。ストリートチルドレンだったシャーリィは幼少の頃から気が休まることがない。気が安らいだのはクリスと共にいた時間だけだ。
シャーリィはただただ、憎悪を募らせながら暴れ続けた。
その頃、外では竜二がラドルズに勝利したことで帝国軍が南下し、この直後アルグローブ監獄は帝国軍の占領下におかれ、ロベルトは兵士共々アルグローブを放棄し、ダルシャンが所長になった。
帝国軍が占領したのは巡回する看守が変わったことでシャーリィはなんとなく察することはできたが、一番の理由は新たな看守がシャーリィの罪状を知らないことだった。これにより帝国軍がシャーリィはもちろん、生き残っている部下達に死刑執行する可能性は大きく減ったことになるが、シャーリィは安堵してられなかった。部下達が戦闘奴隷として戦場に連行される可能性があったからである。
このような環境でもまだシャーリィには辛うじて自我があった。
“自分のせいで捕われた部下をなんとか開放して自由を与えたい”
全てはこれのためだった。だが紋様がある限り、逆らっても無駄に終わる。それでも逆らわずにはいられなかった。
そんな時だった。シャーリィと従士契約したいという竜騎士が現れたのは。
シャーリィは最初は断るつもりだった。弱々しい優男が主では、自分の意志とは無関係に殺されてしまうのではないか。命を預けることもままならないだろうと思ったからである。いくら自暴自棄になっているシャーリィも自分の意志以外で死に追いやられるのは御免こうむりたい。だが松原竜二という男は、“イシスの悪童達”の一種と契約していた。シャーリィは竜や契約のことに関しては兵士長に着任していただけあって、誰よりも詳しい自信があった。“イシス”の力を借りれば脱獄して部下達を助けるのも夢ではないと思った。それだけにとどまらず、竜二には能力の面でもう一つ魅力的なところがあった。この二つの要因が重なり、シャーリィは契約に承諾したのである。
契約後の肉体の変化と言ったら、シャーリィの予想を大きく上回るものだった。その日の内に目的が果たせると悟ったシャーリィは、その日の夜、契約の代償で体が痛いと喚き散らし、様子を見るために牢屋に入ってきた看守を瞬殺して武器を奪ったあと、脱獄がばれないよう口封じのために、そして今までの憎悪や鬱憤を返すかのように、看守や守備兵、更には他の囚人達を殺しまわった。暴力への衝動がどうしても抑えられなかったのである。そしてまだ収監されている部下達を見つけ出して解放した後、憎らしい事この上ない監獄に火を放ち、ダルシャンを抹殺したのだった。あの時の爽快感は今でも覚えている。朝日の清々しさも鮮明に覚えていた。おそらく一生忘れないだろう。
神殿兵達は四十数人生きていた。どうやら帝国軍の侵攻が激しくなったことで、ロベルトは荷造りの準備に忙しくなり、刑を執行している時間がなかったようだ。シャーリィは奴隷契約を結んで彼らの紋様を消したあと、契約を解消して部下達に自由をくれてやるつもりだった。多くが実家に戻り始めたが二十人弱がシャーリィの下にとどまると言い出したのである。
理由は例え自由になっても、それは一時的なもので、すぐお尋ね者になり逃亡の日々を送ることになる。
しかも……
「最期は兵士長と一緒に運命を共にしたい。」
部下達は一様に声をそろえて言い放った。これはシャーリィとて予想外なことであり、嬉しい半面、複雑な心情であり、後悔もしていた。こんなに部下達がついてきてくれるなら何もダルシャンを殺すことはなかった。感情を抑えることが出来ずに大虐殺してしまった事に今になって後悔するはめになったのである。
シャーリィは当初、部下達を助けた後は松原竜二を適当に守って恩返しした後、出奔するつもりだった。竜二がどうなろうと知ったことではないし、まだまだ暴れ足りなかった。契約解除の指示が来るなら仕方がないとも割り切っていた。それどころか帝国の看守達を殺した自分を許すとは思えない。部下達を助け、この憎悪の念を晴らせれば後はどうでも良かったのである。出来ることなら自分や部下を陥れたホアキムには復讐したかったが、出来ないならそれでも構わなかった。
ところが部下達が自分についてきてくれたおかげで当初の計画が狂ってしまった。これによりシャーリィは誠心誠意、竜二に仕えなければならなくなった。私財を押収された無一文の自分が部下を養うことはできないし、囚人の自分が部下達を社会から守るには難しかったからだ。
主人となった松原竜二は、予想通り自分を突き放し、契約解除しようとしてきたがハルドルやハワードの進言もあり、また元兵士長という立場上、渋々竜二は自分を従士にすることに賛成してくれた。特にハワードの弁護は相当なもので竜二が決断する一因になったことは確かだろう。
最終的に竜二は部下達の面倒も見ると言ってくれたし、それどころか全員に新たな名前と家名まで与えてくれた。この時のシャーリィの内心は、今から九年前の浮浪児から神殿兵士になった時以上に嬉しかった。
尤も一番うれしかったのは、何か月かぶりの入浴だったのだが、さすがにこれはシャーリィだけの秘密である。
主である竜二からは、リサに関する極秘任務が与えられたが、それに乗じて今回ホアキムに復讐する機会を今、こうして与えられているのである。
「風呂も併せりゃ大将に貸しを何個作っちまったかな……」
思わずシャーリィことナツコは天を仰いだ。その表情は非常に柔らかい。
だがその表情とは裏腹に彼女の周りは、多数の死体であふれかえっていた。ナツコの体は血だらけだが、これは返り血である。そして足元にはホアキムがいる。腹を踏みつけて、完全に見下すポーズをとっていた。
「ひ、ひいぃぃ!シ、シャーリィ!………いや、ナツコよ。ソンブルドラゴンと正式契約する意味わかって手伝ったのか?お前は、この世の秩序が乱れることになっても構わないと言うのか!?」
言いながらホアキムはすっかり動揺していた。彼女の戦闘力は熟知しているつもりだったが、彼にとって不運だったのは、ナツコが竜二と従士契約していたことだ。護衛の兵士を一掃された後、身動きできないように両足を刺されて動きを封じられてから、左手の平を見せられホアキムはようやく彼女の強さの理由を理解した。もはや彼に残された助かる方法は会話で少しでも時間を稼ぎ、連合国兵士が見つけてくれることを祈るくらいであった。
「分かってるさ。元は聖職者だからな。だがあたしはもうステルスドラゴンの……“死神”の従士だ。主の望んだ命令に背く理由がどこにあるってんだ?歯車ならとっくに狂っちまったんだよ。あんたがクリスを……いや、あたしを登用した時点でどこか狂っちまってたのさ。」
ナツコは微笑みながら冷静に言い放った。だが目は笑っておらず、ホアキムに向ける殺気は全く衰えていない。
「わ、私は教えたことは無いはずだが、イシスの力の恩恵は知っていたのか…?」
「ああ、クリスがな。教えてくれたんだよ。ラドルズのおかげでAランクの竜には乗ることが出来た。次はいつか特Aランクの騎士に会って相竜の背中に乗ってみたいと夢を語っていたな……。」
ホアキムの時間稼ぎは火に油を注ぐ結果になったようだ。誰かさんのせいで夢が断たれたんだよと暗に語っていた。そして次のナツコの発言でホアキムは絶望することになる。
「…そういや、先日カストル支殿で聞いたんだけどよ。アンタはウチの大将が神殿契約した時の神官長の実弟だそうじゃねえか。裏はとれているぜ。“松原竜二に地獄を味あわせてやる。”と何度も言ってたそうじゃねえか?あん?」
「い、いやそれは……」
ホアキムは顔面蒼白になった。時間がたつにつれてどんどん絶望に嵌っているのがわかる。
ホアキムが書記官出身にもかかわらず神官長という地位に就けたのは、兄の存在が大きかったのは言うまでもない。その兄というバックボーンを失くすきっかけを作った竜二をホアキムはどうしても許せなかったのである。
「主人の危険要素を早めに摘んでおくのも従士の務めだよなぁ?」
シャーリィは見下しつつも冷たく言い放つ。従士にとっての大義名分がここに成立した瞬間であった。
「ナ、ナツコ!私が悪かった。謝る!だから命だけは取らないでくれ。私に出来ることなら何でもする。だから命だけは!」
ホアキムは恐怖のあまり、お漏らししながらも頭を下げ、助命嘆願をする。恥も誇りもホアキムにはもう関係なかった。
「…ああ、いいぜ。情けをかけてやるよ。」
「ほ、本当か!」
ホアキムはナツコの予想外の返答で浮足立つほどに喜んで顔を上げた。
「アンタには仮にも浮浪児だったあたしを見出してくれた恩がある。だから…さ。」
その瞬間、ホアキムの首が宙を舞った。
「苦しまずにすむように殺してやんよ。」
言い終わった直後にホアキムの首が地面に着地した。その首を見てナツコは心に憑りつかれていた何かがはじけた気がした。
「…ところでよ。覗き見は趣味が悪いんじゃねえか?ビボラさんよ。」
ナツコは後ろを振り向きながら言った。
「ふっ…気づいていたか。完全に気配を消したつもりだったが。」
木の陰から現れたのはビボラだった。冷めた笑みをしながら姿を見せる。
「真っ赤な服は目立つぜ?」
ナツコもお返しとばかりにうっすらと笑いながら言い返した。第三者が見たらものすごく緊迫した雰囲気であることが分かるだろう。
「殺気は感じられないところを見ると、私を強引に問い詰める気はないようだな。」
「問い詰めたら、口を割ってくれんのか?」
「ふ、どうかな…。それより早く主の下へ行った方が良いぞ。そろそろ狂死帝傭兵団と相対しているところだ。」
「な、何!?なぜもっと早く言わねえんだよ!!結構前からそこにいたじゃねえか!」
真実だとしたらナツコにとっては非常事態だ。すぐさま駆け付けなければならない。復讐に時間をかけている場合ではなかった。
「確かな情報だ。私はこれでも後方支援士団だからな…雷鳴将軍の近況くらいは伝えられるさ。すぐ伝えても良かったが、お前の仇討ちに対する思い入れは強いようだったからな。邪魔するのは憚られたのだよ。」
内心ビボラは、自分の存在がかなり前からバレてた事に驚きつつも薄気味悪い余裕の笑みを浮かべながらビボラは曲がれ右して立ち去ろうとする。
「…待て。その前に一つ答えな。アンタは大将の敵なのか?味方なのか?」
「ふ、愚問だな。同じ帝国軍なのに、彼と敵対する理由がどこにある?敵なら彼の危急など教えまい?」
ビボラは相変わらず笑みを崩さずに言い放った。ナツコはビボラの返答を聞いて僅か数秒だけ睨んだ後、剣を納めて直ちに竜二のところへ向かおうとする。
「帝国なんて関係ない。松原竜二とラプトリア…我が主達の敵でなければ、あたしは他がどうなろうと知ったことではねえさ。」
契約の恩恵のおかげだろう。ナツコはすさまじい速さで瞬く間に茂みに消えてしまった。その後はビボラと無数の遺体が周辺に残る。ビボラはナツコの向かった方向を見ながらこうつぶやいた。
「関係ない…か。それなら猶更、我らはお互い敵ではないだろうな……。帝国には仇なす存在かもしれんが…」
ビボラはまたも笑った。
今度は冷めた笑みではなく、親近感が湧くような好意的な笑みだった。




