プラント平原上空戦 4
駐竜場が狂死帝傭兵団の奇襲を受けている頃、リサとハルドルは光竜騎士団と戦っていた。もともとは竜二が駆け付けるまでの時間稼ぎで、竜二とラプトリアが戻ってきたら一気に攻勢に出ようとしていた。
しかし神殿契約を済ませたリサは現地契約の時でさえ十分強かったのに、更に戦闘力は上がっているようで、不利な戦況をものともしない粘り強さを見せている。
出鱈目に暴れる狂戦士というわけではなく、ハルドルや味方を騎乗時、非騎乗時とも気遣うところはやっぱりリサだなとハルドルは思っている。
「どうした?不甲斐ないな光竜騎士団共!我らたった二騎相手に勝てんとは貴様らの腕もたかが知れとるようじゃな!」
「図に乗るな。ソンブル使い!そんな事言えるのも今のうちだ!」
兵数が多いとはいえ、常人離れしたリサ相手に互角に戦えているのもレスタの実力だろう。リサも参戦当初は威勢よく二、三騎を倒してしまったが、その後はレスタが抜群の統率力を発揮し、守り重視の隊列に組み替えて持久戦目標に切り換えた。おかげでリサの連発する魔法やユーリーの攻撃にも懸命に光竜騎士団は持ちこたえることが出来ている。残存兵力こそ約三十騎近くまで減ってしまったが、このままいけばソンブルドラゴンを確実に仕留めることが出来るとレスタは見ている。
ハルドルもそこは冷静に分析している。
『リサは確かによくやっている。三十騎の光竜騎士団相手に単騎で互角に戦ってきたのだから、超一流の腕前だ。それに対し、即座に防御重視に切り換えるように判断するとはさすがの光竜騎士団よ。だが今のままでは隊長が来るまで持つか分からんな…』
リサは先ほどのように幾度と挑発しているが、光竜騎士団員にのってくる気配は全くなかった。竜二とラプトリア単騎での闘いを体験したのだ。〝イシスの悪童達〟を舐めることは命とりである事を学習していた。消耗戦に突入すれば、さすがのリサもハルドルも不利になっていくことは目に見えている。竜二の合流を待ってはいるが、さっき離脱したばかりでまだ来そうもない。
「〝炸裂〟!」
「何度やっても無駄だ!〝相殺〟!」
レスタが魔法を唱えるとリサの魔法がレスタに当たる寸前にうっすらと光を放ち、瞬時に四散して消されてしまう。
「おのれ!そのような魔法があろうとはな…」
リサほどの強者が早々と消耗戦に持ち込まれた理由。
それは光竜騎士団員全員が習得している魔法〝相殺〟のせいであった。この魔法は聖教に組する独自の魔法で光竜騎士団全員と聖甲騎士団の幹部級など特別な訓練を受けた者のみが扱えるとされ、ありとあらゆる攻撃魔法を相殺して事実無効化してしまう。
驚くことに、この魔法は竜のブレスにまで効果があった。とはいってもブレスを無効化するわけではない。ブレスの射線を寸前で変えてしまうのである。おかげでユーリーのブレスはまるで磁石の同極同士が反発しあうかのように敵に当たる寸前にあさっての方向に向かってしまう。何度やっても同じであった。
しかもユーリーは生命力と打たれ強さとブレスで勝負するタイプである。光竜騎士団程の腕ならば、動きを見切ることは難しい事ではない。
例え見切れずとも、攻撃方法が分かれば適切な防御によって、軽減すれば良いのである。
公言はしてないが、光竜騎士団が敵として最も注意するべきと提議している竜は、次の手が読めない特殊な攻撃や動きをする戦闘スタイルの竜や、目で追うことさえ出来ない速度と攻撃で攻めてくる戦闘スタイルの竜であった。それでいて物理攻撃重視で勝負してくる竜ならば、どうしても接戦となりやすい。
ユーリーも該当するが、ラプトリアはこれらいずれにも該当する竜であり、光竜騎士団にとって、まさに難敵と言える。そのため光竜騎士団達はラプトリア戦よりも早くユーリーとの戦いに順応できたのである。
おかげでリサはすっかり決定打に欠けてしまっていた。リサの卓越した鞭裁きとユーリーの触手攻撃で最初の光竜騎士団員数名は倒したが、今では見切れられてしまっており、効果的な攻撃は出来ていなかった。
ちなみにハルドルはリサを援護したい感情を抑えて徹底的に防御に徹し、頑なに時間稼ぎに重点を置いている。もしリサがやられてしまうようなことがあっても、ハルドルまでやられてはシャレにならない。
リサにもしものことがあったら、その時こそハルドルは援護と救助に向かうつもりである。リサに対して薄情かもしれないが、ハルドルなりに大局を見据えての答えであった。
「しかしソンブル使い!いったいどこまで喰らいついてくる……」
あれから暫く経って、長期戦に持ち込むとリサは腕の鈍りが見え始め、息も上がり始めている。レスタが聖教本部から聞いたところではソンブルドラゴンと契約しての戦闘は体力の消耗が著しい。特に現地契約という不完全な状態では湯水のごとく体力が奪われる。女性に到底持ち応えられるものではないと聞いていた。
にもかかわらず、ここまで粘って戦えているのは神殿契約出来たからに他ならない。レスタから見れば、聖教と離別した帝国軍人がなぜ神殿契約できたのかは不思議だったが、それで集中力を乱すレスタでもない。リサの疲労が蓄積されているのは明白である。
「松原竜二は手当てのために下がったのだとしたら、合流はもう少し先だろう。この調子ならもうすぐソンブルドラゴンを討ち取れる……ん?あれは?」
リサ達との戦いにおいて途中から戦死者こそ出てないが、これ以上引き延ばすのは騎士団にとってもリスクがある。リサが少しでも隙を見せれば即攻撃命令を出すつもりであったが、そう事は上手く進まなかった。帝国飛竜騎士団の援軍が駆け付けてきたのである。その兵数は偵察隊の報告の半分程度の二個大隊程度に相当する兵力である。
「な…増援だと!帝国軍は一体何を考えているんだ!?」
駆け付けてくる増援を見て、レスタはじめ光竜騎士団員達が動揺し始めた。それはそうだろう。最初から総出で迎撃してくればいいものを、いざ蓋を開けてみれば、ステルスドラゴン一騎だけでの戦闘だった。
その後はソンブルドラゴンとヘビードラゴンの騎士の二騎だけでの戦闘。どんな戦い方をするのかと思ったら、ひたすら時間稼ぎか、防戦としか見えない戦いぶり。松原竜二を待っているのかと思いきや、今度はようやく遅れての帝国飛竜騎士団達の増援。
戦術的には非効率極まりない。
自分達、光竜騎士団達の体力消費を狙っているのならリスクがあり過ぎる。
レスタ達にとっては帝国飛竜騎士団の動きは予測不能で、何か策を用意しているのか、あくまで光竜騎士団を侮っているのか、自分達に絶対の自信があるのか、それとも別に特別な理由があるのか検討もつかなかったのである。
レスタは戸惑いつつも的確に指示を出して隊列を整え始めると、よほど焦っているのか帝国飛竜騎士から、大きな声で伝令が聞こえた。
「リサ、ハルドル殿!ここは我らが受け持つ、至急駐竜場へ戻れ!急いでくれ!」
余りの大声であったためにレスタにまで聞こえてきた。その伝令は、レスタを怪しませるには十分な内容であったのは言うまでも無い。




